大阪高等裁判所 平成15年(う)1436号 判決 2004年4月13日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人若松芳也作成の控訴趣意書に記載のとおりである(なお、弁護人は、同書面第2の4は、任意性のないA及びBの自白調書を証拠として採用した点を訴訟手続の法令違反として主張するものであり、また、同第3の2は法令解釈適用の誤りの主張ではなく、不法に公訴を受理した違法の主張であって、いずれも独立した控訴趣意である旨、それぞれ訂正、釈明した。)から、これを引用する。
1 控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は、A及びBの各自白を内容とする検察官調書(原審検察官請求証拠番号甲67ないし72)にはいずれも任意性がなく、証拠能力を有しないのに、原審裁判所がこれらを証拠に採用して有罪認定の用に供したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反である、というのである。
そこで、記録を調査して検討するに、原審裁判所が上記各検察官調書に証拠能力を認め、これらを証拠として採用したことは、すべて正当として是認することができる。
これに対し、所論は、「担当警察官から虚偽の説明を受けたり、言い分を全く聞いてもらえなかったりしたため、投げやりな気持ちになった」というAの原審供述及び担当警察官から暴行脅迫を受けた旨のBの原審供述はいずれも十分信用に値するとして、あくまでも前記各検察官調書には任意性がないと主張するが、Aらの上記原審供述は、その内容自体が不自然不合理で、到底信用できるものではなく、所論は採用の限りでない。そしてまた、他に上記各検察官調書の任意性を疑わせる事情も全くない。
論旨は理由がない。
2 控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、被告人は、自己が関与していた不動産取引が宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)に違反することを知らず、かつ、それが適法であると信じたことについて相当の理由もあったから、無罪であるのに、上記違法性の認識があったと認めて被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、記録を調査して検討するに、原判決が、その挙示する証拠により、被告人には前記違法性の認識に欠けるところがなかったと認めて、本件宅建業法違反の事実につき被告人を有罪としたのは正当であり、また、その「事実認定の補足説明」の項において、所論と同旨の原審弁護人の主張を排斥したところも、おおむね相当として是認できるのであって、当審における事実取調べの結果によっても、この認定、判断は動かない。以下、所論にかんがみ、若干付言する。
所論は、宅建業法の規定は法律専門家ですら十分に理解しておらず、もとより素人である被告人にその正確な知識はなく、また、被告人の供述は一貫しているなどとして、あくまでも被告人には違法性の認識がなかった、と主張する。そして、被告人も、原審及び当審で、資金提供者からこれを勧められたことや、宅建業の免許がないのに不動産競売に公然と参加している者が他にも複数名いたことなどを挙げて、「裁判所の競売手続で不動産を落札し、免許のある仲介業者を通じて売却することは、免許がなくても行うことができると思っていた」旨弁解する。
しかしながら、宅建業法の規定の詳細はともかくとして、不動産業を営むには免許が必要なことは社会常識であり、少なくとも約1年半にわたり不動産取引を反復継続していた被告人が、その程度の認識さえなかったとは到底考えられない。殊に、被告人は、いわゆる総会屋としての経歴を有し、直近の懲役前科も有していた者であって、単にそれが違法であることを教えられなかったというだけで、その弁解するように無免許で不動産業を営むことができると軽率に信じたとはおよそ考え難いというべきである。もっとも、被告人らが専ら裁判所の競売手続によって不動産を取得し、売却の際は原則として宅建業者を通していたことは事実のようである。しかし、関係証拠によれば、<1>被告人らは、宅建業の免許を有しないAに対しても不動産の売りさばきを依頼していたところ、その際、同人に正規の仲介業者を関与させるよう指示するなどした形跡はなく(被告人は、当審において、Aの親方に当たる人物にその旨依頼していたと供述するが、到底信用できない。)、実際、同人がかかわったことが明らかな原判決書添付別表番号7の売買には、宅建業者が仲介した事実はないし、契約書にもその旨の記載はないこと、また、<2>同番号27及び29の各売買においても、宅建業者に仲介させておらず、このうち同番号27の売買においては、買主との間の価格等の交渉を被告人が直接行ったこと、さらに、<3>被告人には、これまで不動産取引の実績がなかったところへ、多数の物件を落札して資金繰りに窮し、そのため、取得した不動産の売却を急いでいたという事情もあったことがそれぞれ認められ、これらの事実からすると、被告人らが不動産の売却を宅建業者に依頼していたことは、単にその売却先を早期に確保するためではなかったかと思われる。そしてまた、取得不動産を宅建業者を通じて売却すること等に、仮に法の規制を免れようとする意図が含まれていたとしても、上記認定事実からすると、被告人らにおいて、そのような方法で自己の行為が適法になると信じていたとは到底考えられず、やはり、それは、業として不動産の売買をしていることを発覚し難くし、摘発を免れるための擬装であったとみるべきである。したがって、所論は採用できない。
なお、所論は、A及びBの前記各検察官調書には信用性がなく、むしろ、違法性の認識がなかった旨の同人らの各原審供述こそ信用できるものである、と主張するが、この点については、原判決がその「事実認定の補足説明」の4項で説示するとおりであって、Aらの各捜査段階供述はいずれもその内容が合理的で、信用性が高いと認められるのに対し、不当な取調べによって虚偽の自白をした旨の同人らの各原審供述は信用することができない。したがって、この所論も採用できない。
その他所論がるる主張する点を検討しても、被告人に前記違法性の認識があったと認めた原判決の判断は、結論において正当であって、事実の誤認をいう論旨も理由がない。
3 控訴趣意中、不法に公訴を受理した違法及び法令解釈適用の誤りの各主張について
論旨は、(1)本件の捜査は別件発砲事件の捜査を目的としたものであった上、共犯者のAらを起訴することなく、被告人とCだけを起訴したことは不公平であるから、適正な公訴権の行使とはいえず、本件公訴は棄却すべきものであり、これを受理して審理、判決した原審裁判所の措置には、刑訴法378条2号(不法に公訴を受理したこと)に該当する違法がある、また、(2)<1>裁判所の競売手続で不動産を取得することは宅建業法2条2号の「売買若しくは交換」には当たらず、<2>裁判所の競売手続で取得した不動産を免許を有する宅建業者を通じて売却した行為にまで宅建業法79条2号、12条1項を適用することは憲法22条1項及び29条に違反するから、いずれの点からしても被告人は無罪であり、それにもかかわらず、被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、これらの点については、原判決が「法律上の主張に対する判断」の項において、所論と同旨の原審弁護人の主張に対し、いずれも理由がない旨説示して排斥するところを、すべて相当として是認することができる。
すなわち、宅建業法は無免許で不動産売買等を業とすることを規制するものであって、所論のように裁判所の競売手続で不動産を取得して転売する場合を除外する理由など全くなく、また、本件事案の性質、態様、殊に無免許で宅建業を営むこと自体、宅建業法の規制を根底から覆すものであって、悪質な犯罪行為といわざるを得ないことにかんがみると、本件起訴が裁量を逸脱したものであるとか、本件事案に宅建業法の規定を適用することが違憲であるとかの主張が、いずれもその前提を欠き、失当であることは明らかである。
これらの論旨も理由がない。
4 控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、仮に、前記1ないし3の各主張が認められないとしても、原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人には罰金刑のみを選択すべきである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が、ほか数名と共謀の上、免許を受けていないのに、裁判所の競売手続で落札した不動産を転売する形態の宅建業を営んだという事案である。原判決も「量刑の理由」の項で説示するように、その犯行は、動機や経緯に酌量の余地がないこと、被告人は、共犯者らに各不動産売買を指示し、それによる利得の大半を手にしたもので、犯行の首謀者の地位にあったこと、しかも、被告人にあっては、多数の懲役前科を有し、平成11年6月に前刑を満期出所した後1年余りにして本件犯行に及んでおり、更生意欲の乏しさとともに、規範意識の希薄さが認められることに照らすと、その刑事責任は軽視できない。したがって、他方、被告人が今後暴力団とのかかわりを絶つ旨述べていることやその健康状態など、所論が指摘する被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人を懲役1年2月及び罰金70万円に処した原判決の量刑が不当に重いとまではいえない。
この論旨も理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。