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大阪高等裁判所 平成15年(う)849号 判決 2003年9月12日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

第1弁護人の控訴理由

検察官請求の鑑定書(一審検察官請求番号12)及び被告人の警察官に対する供述調書(同番号15)は,捜索差押許可状の発付を受けることなく押収した被告人の血液を鑑定した結果が記載された書面及びこれを被告人に示して作成された供述調書であるから,違法収集証拠である。したがって,これらを証拠として採用した一審の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすべき法令違反がある。

第2控訴理由に対する判断

証拠によれば,次の事実が認められる。

被告人は,一審判決第1の事故により負傷し,平成14年4月25日午後11時50分ころ,A病院に搬送された。翌26日午前0時ころ,同病院に勤務する医師Bが治療目的で注射器を使用して被告人の血液約20ミリリットルを採取したが,その際,被告人には意識があり,採血されることを認識しながらこれに異議を述べなかった。警察官Cは,そのころ同病院に赴き,看護師から被告人にはかなりの酒臭があると聞いて酒気帯び運転の嫌疑を持ち,B医師に対し,採取した血液があれば任意提出してほしいと求め,同医師は,同日午前0時50分ころ,これに応じて前記の採取血液の一部を任意提出した。そこで,Cはこれを領置し,D警察本部刑事部科学捜査研究所においてこれを鑑定した結果,被告人の血液1ミリリットル中1.93ミリグラムのアルコールが検出され,一審判決第2の酒気帯び運転の事実が判明した。

以上の事実を前提として検討する。

被告人は,傷害を負って医師の治療を受けたのであるから,被告人と医療機関との間には診療契約が成立しており,かつ,医師が採血した際,被告人はこれを認識しながら異議を述べなかったのであるから,採血について黙示の同意があったものと評価することができる。弁護人は,採取された血液は遺伝情報を始め多くのプライバシー情報を含むものであるから,医療機関には,これを治療目的以外に使用してはならず,不要になった場合には廃棄しなければならない義務があると主張する。この主張自体は正当であって,医療機関には,診療契約に付随する義務として,採取した血液を正当な理由なく治療目的以外に使用してはならない義務があると解される。そして,本件においてB医師は,被告人との間に診療契約を結んだ医療機関に勤務する医師として,同契約に基づき被告人の血液を保管していたものであるから,警察官の求めに応じてこれを任意提出した同医師の措置は,被告人との診療契約上の義務に反した行為である。

しかしながら,そのような私法上の義務違反が直ちに刑事訴訟法上の違法となるものではない。捜査機関が強制処分をする場合には,原則として司法機関に令状の発付を求め,その事前審査に服する必要があるが,刑事訴訟法はこれにいくつかの例外を認めているのであって,刑事訴訟法221条の任意提出された物件の領置もその一つである。同条後段によれば,捜査機関は所有者,所持者又は保管者が任意に提出した物を領置することができるのであって,その物に対して所有権等の権利を有する者が提出した物だけではなくその物を占有するにすぎない者が提出した物も令状なく押収することができる。その趣旨は,権利者の直接の占有を離れ,それ以外の者が直接占有している物をその占有者が任意に提出する場合には,これを権利者の意向にかかわらず押収しても,その権利を侵害する程度は類型的に低いから,司法機関による審査を経る必要がないとするものと解される。したがって,所持者又は保管者が任意に提出した物については,これらの者がこれを任意提出する私法上の権限を有しているか否かにかかわらず,原則として捜査機関はこれを適法に領置することができるのであって,本件においても,被告人の血液を保管する医師がこれを任意に提出したのであるから,警察官のした領置は適法である。

なお,弁護人は,本件において,警察官は被告人の呼気検査を試みるべきであり,これをすることなく被告人の血液を押収したことは違法であるとも主張するが,捜査官は捜査の必要があれば法の許容する強制処分をすることができるのであって,弁護人の主張は独自の見解であり,採用することができない。

よって,一審の訴訟手続に弁護人主張の違法はなく,本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 豊田健 裁判官 奥田哲也 裁判官 長井秀典)

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