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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)1187号 判決 2003年9月25日

大阪府<以下省略>

控訴人(兼被控訴人・原審原告)

上記訴訟代理人弁護士

植田勝博

山田治彦

浅葉律子

大阪市<以下省略>

控訴人(兼被控訴人・原審被告)

朝日ユニバーサル貿易株式会社

上記代表者代表取締役

大阪府岸和田市<以下省略>

控訴人(兼被控訴人・原審被告)

Y1

上記両名訴訟代理人弁護士

津乗宏通

主文

1  控訴人Xの控訴に基づき,原判決主文1,2項を下記のとおり変更する。

(1)  控訴人朝日ユニバーサル貿易株式会社及び同Y1は,連帯して,控訴人Xに対し,1416万9640円及びこれに対する平成13年7月10日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人Xのその余の請求を棄却する。

2  控訴人朝日ユニバーサル貿易株式会社及び同Y1の控訴をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人朝日ユニバーサル貿易株式会社及び同Y1の負担とする。

4  この判決は主文1項(1)に限り仮に執行することができる。

事実

【当事者の求めた裁判】

1  控訴人X

(1)  原判決主文1,2項を「控訴人朝日ユニバーサル貿易株式会社及び同Y1は,連帯して,控訴人Xに対し,1514万6910円及びこれに対する平成13年7月10日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。」と変更する。

(2)  主文2,3項と同旨

(3)  仮執行宣言

2  控訴人朝日ユニバーサル貿易株式会社及び同Y1

(1)  原判決のうち同控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2)  その取消部分に係る控訴人Xの請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも控訴人Xの負担とする。

【事案の概要】

(以下,原判決と同様に,当事者3名を「原告」「被告会社」「被告Y1」といい,被告会社及び被告Y1を「被告ら」という。)

1  原告は,被告Y1の不法行為(違法な勧誘や詐欺的言動)によって被告会社と商品先物取引の委託取引を行い,多額の取引差損を被ったことを原因として,被告Y1に対しては民法709条及び710条に基づき,被告会社に対しては民法715条に基づき,その取引差損,慰藉料,弁護士費用の合計1514万6910円の損害の賠償を求めた。

2  原判決は,被告Y1の不法行為によって原告に1286万9640円の損害(取引差損)が生じたと認めたが,賠償すべき無形損害が生じたとは認めず,原告の落ち度を考慮して損害の3割を減じるのを相当と判断し,被告らに対し,その減じた損害と弁護士費用の合計1000万円及びこれに対する平成13年7月10日から完済まで年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう命じ,原告のその余の請求を棄却した。

3  原告と被告らは,いずれも原判決を不服として控訴を提起した。

【当事者の主張】

第1請求原因

1  原告は,昭和19年生まれの男性であり,平成13年4月当時小学校の教員をしていた。

被告会社は,国内の商品取引所における取引の受託及び自己取引を主たる業務とする株式会社であり,被告Y1は,被告会社に勤務する外務員である。

2  原告は,平成13年4月6日(以下,年号のない月日は平成13年のものである。),被告会社に署名押印した約諾書(乙第5号証)を提出し,被告会社との間で,商品先物取引委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し,その後,被告会社に対し,次のとおり,合計2089万5000円の委託証拠金を預託した。

(1) 4月9日 105万円

(2) 4月10日 105万円

(3) 5月22日 525万円

(4) 6月8日 100万円

(5) 6月11日 1254万5000円

3  原告は,本件契約に基づき,4月9日から6月6日までの間,被告会社に委託して,別表に①ないしfile_2.jpgと付記したとおり,中部商品取引所のガソリン(以下「中部ガソリン」という。)の先物を売り買いした(以下,新規に実行された売り買いを「①建玉」などという。)。①ないしfile_3.jpg建玉は,別表の矢印で示したとおりの反対売買で差金決済され(以下,建玉及びその決済をあわせた取引を「①取引」などといい,また,①ないしfile_4.jpg取引全部を「本件取引」という。),7月3日には原告と被告会社との取引は手仕舞いとなった。

原告は,本件取引を通じ,次のとおり,被告会社から合計802万5360円の支払を受けた。

(1) 4月18日 6000円

(2) 4月20日 2万1270円

(3) 7月6日 799万8090円

4  被告Y1の不法行為

(1) 原告は,本件取引により,3か月足らずの短期間に合計1286万9640円もの損害(前記2の預託金2089万5000円と前記3の返還金802万5360円の差額)を被ったが,次の(2)以下に述べるとおり,この損害は,被告Y1の不法行為によってもたらされた損害である。

(2) 原告は,10年前に購入したダーバン株,九州電力株といった現物株式をわずかに保有していたにすぎず,投機的な取引の経験が全くなかったが,被告会社の外務員であるB(以下「B」という。)の訪問を受け,「今,ガソリンが推奨できる。今買えば,絶対値上がりして,儲かる。」などと,ガソリンの先物取引の勧誘を受けていた。

そうしたところ,Bの上司である被告Y1は,4月6日午後7時ころ,Bと共に原告宅を訪問し,「今,中部ガソリンが値上がりを続けている。多少上がり下がりはあるが,今後も上がり続ける。」「最低の取引の50枚・105万円を出してください。今買うと5月の連休前には2倍,3倍にしてみせます。」「必ず儲かる,うまくいけば,2倍,3倍になる。」と繰り返し申し向けた。

(3) ところで,商品取引所法施行規則46条では,取引単位を告げない勧誘行為の禁止を定めており,受託等業務に関する規則4条1項3号は,商品取引員は顧客に対し,「取引の仕組み及びその投機的本質及び預託資金を超える損失が発生する可能性についての説明」をしなければならないと定めているが,被告Y1は,先物取引の仕組み,危険性を原告に十分理解させようとはせず,ただ,必ず儲かるというばかりであった。

結局,原告は,連休前までの短期の話であるならばと考え本件契約に至った。

(4) 被告Y1は,4月16日午後1時30分ころ,原告の勤務先に電話をし,「ガソリンの減産が報じられている。さらに買い足ししてもっと儲けましょう。」などと強く言ってきた。

原告は,周囲の同僚の目もあり,余り詳しい話もできない状態だったが,とにかく,これ以上金は出せないと言うと,被告Y1は「新たにお金を出さずに,今持っているものを売って枚数を増やせばよい。新たにお金はいらない。」と言った。原告が「値上がりしているのを売るのは問題だ。」と言うと,被告Y1は,「もっと上にいく。任せておいてほしい。もっと儲かる。」と説明した。

被告Y1は,4月18日午後1時30分ころにも,原告の勤務先に電話をし「値上がりしている。枚数を増やす。」と言ってきた。原告が「値上がりしているなら,もう売ったらいい。」と言ったが,被告Y1は,「儲かる。任せておけ。」と言った。

結局,被告Y1は,余り詳しい説明もしないまま,①②建玉を決済して益金を委託証拠金に振り替え,原告の計算で新規に③④建玉を買い建てたがこれもすぐに決済し,4月19日には原告の計算で⑤建玉を買い建てた。

(5) その後,被告Y1は,5月18日から22日にかけて,原告の事前の承諾を得ることなく,原告の計算で,手数料を稼ぐ以外に殆ど意味のない⑥ないし⑬建玉の買い建てとその決済を繰り返したばかりか,その間の5月21日には,買い足せばもっと儲かるなどと断定的な説明に加え,「奥さんも500万の追加投資を了解している。」などと嘘を交えて勧誘し,原告に525万円の委託証拠金を拠出させた。その結果,5月22日の取引終了時点での原告の建玉は610枚にまで達した。

また,被告Y1は,再々にわたる原告の手仕舞い要求に対し,いくら儲かっているのかも告げずに「儲かっているのに売るのは損だ。」などと言葉巧みに手仕舞いを先延ばしにし,上記のような強引な取引の拡大を行ったものである。

(6) 中部商品取引所の先物ガソリンは6月6日に暴落した。

被告Y1は,平成13年6月6日午後1時半ころ,原告に対し,電話で「オペック総会の結果,7月にまたオペック総会が持たれることになった。東京ガソリンの午前中は総会の結果を受けてストップ安になっている。中部ガソリンもストップ安になる。」との情報を提供して,両建を勧誘し,両建のため新たに必要な1300万円余りの委託証拠金の支払を求めた。6月6日当時の原告の建玉は買建玉645枚であり,両建のためには645枚分で合計1354万5000円の新規の委託証拠金が必要となる状態であった。

原告がこれを拒否すると,被告Y1は「ストップ安になった。決済すると900万円以上差し引かれる。7000万円くらいの損になるかもしれない。」と申し向け,わざと大袈裟に原告の損失を述べ立て,原告を困惑させ,恐がらせて両建をすることを指示した。

そこで,原告は,恐怖感を煽られ,このままでは土地や家まで手放さなければならなくなると不安になり,預金してあった妻の退職金から両建のための委託証拠金を出すことにし,両建を了解した。

⑲⑳file_5.jpg建玉の売り建て(両建)により,原告の建玉は合計1290枚となった。

両建は,単に被告会社の手数料収入を増やすだけで,原告がこれを行う合理的な理由はないが,被告Y1は原告の無知につけ込んで,両建を勧誘したものであり,このような勧誘は詐欺に等しい。

(7) 以上のとおりであって,被告Y1は,商品先物取引が賭博に近い投機的取引であるにもかかわらず,取引の知識も経験も皆無の原告に対し(このような者に対する商品先物取引の勧誘はそもそも不適当である。),必ず儲かるとの断定的な判断の提供を伴う違法な勧誘を繰り返し,必ずしも事前の承諾を得ることなく原告の計算で取引を繰り返して建玉を拡大し,取引の実態を良く理解していない原告に事後的に取引を承諾させ,しばしば手仕舞いを拒否し,原告の恐怖心を煽って何ら意味のない両建を勧誘し,その結果として,原告に多大の損失を被らせた。

このような被告Y1の行為は,詐欺に等しく,社会的相当性を著しく逸脱する違法な行為であって,被告Y1は,民法709条,710条に基づき,原告に生じた後記損害を賠償する責任を負う。

5  被告会社の責任

被告会社は,被告Y1の使用者として,民法715条に基づき,原告に生じた後記損害を賠償する責任を負う。

6  原告の損害(合計1536万9640円)

(1) 本件取引の差損 1286万9640円

(2) 慰藉料 120万0000円

原告は,被告Y1の不法行為によって多大の精神的な苦痛を受けたところ,これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては120万円が相当である。

(3) 弁護士費用 130万0000円

原告は,被告Y1の不法行為による損害の賠償を求めるため,本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人弁護士に有償で委任することを余儀なくされた。本件の不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額としては130万円が相当である。

7  まとめ

よって,原告は,不法行為に基づく損害の賠償として,被告らに対し,上記6の損害1536万9640円の一部1514万6910円の支払を求めるとともに,損害賠償金に対する不法行為後の平成13年7月10日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第2請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4(1)ないし(6)の事実は否認し,同4(7),同5ないし7の主張は争う。本件取引の経過は次のとおりであった。

(1) 被告Y1は,4月6日午後6時,Bを伴って原告宅を訪問し,原告に対し,商品先物取引が差金決済取引であること,ハイリスク・ハイリターンの取引であるため危険性が伴うこと,思惑が違って値段が逆に行った場合,証拠金の追加が必要になること等の取引の仕組みを説明した上,「今,中部ガソリンが値上がりしております。多少の上がり下がりはあると思いますが,今後も値上がり基調と思われます。儲けて頂けると思いますから,買ってくださいませんか。」と勧誘したところ,原告は,「では50枚の105万円で勉強のつもりでやってみる。」と答え,4月7日に105万円を預託し,4月9日以降取引を行うようになった。

被告Y1は,必ず儲かるなどとは言っていないし,上記のような勧誘は何ら違法ではない。

なお,原告は,a大学○○部を卒業し,取引開始当時,57歳で市立小学校の教諭をしていたほか,10年以上も株式の現物取引の経験を有し,自宅及び500万円未満の金融資産を有し,500万円以上1000万円未満の給与収入を得ていたものであり,先物取引の不適格者ではない。

(2) 原告は,①建玉の後,追加投資をして②建玉を買い建てたところ,被告Y1は,4月16日午後1時すぎに,原告の勤務先に電話した。ただ,職場への電話では詳しい取引の話がしにくい気配であったため,被告Y1は,「夕方にお宅に電話を入れます。」と伝えて直ちに電話を切り,同日午後6時20分ころ,原告宅に電話をかけ「ガソリンの減産が報じられています。更に値が上がると思いますので,更に買い足ししてもっと利益を取りませんか。」と勧めると,原告は「更に追加の資金などない。」とのことであったので,「既に買った建玉に利益が乗っておりますので,これを仕切って利益を出し,この利益分で更に買えば,追加の資金は不要です。」と説明すると,原告は「それならば,結構だ。」と応諾した。

そこで,被告Y1は,「では,明朝に既存の中部ガソリン100枚を売り決済して利益を出し,その利益と既存の証拠金で買えるだけの中部ガソリン10月限を買いましょう。」と相談した結果,原告の応諾を得た(①②建玉の決済,③④建玉の買い建て)。

次に,被告Y1は,4月19日午後3時30分ころ,原告の職場に電話し,当日の市況報告をした上,4月17日の建玉に利益が乗っていることを伝え,益出しによる増建玉を相談したところ,原告は,既存買建玉163枚の決済と買い直しで増建玉することを承諾した(③④建玉の決済,⑤建玉の買い建て)。

(3) 被告Y1は,原告の事前の了解を得て5月18日から22日までの取引を注文したものであるが,5月21日午後3時30分,原告に電話し,中部商品取引所のガソリンの先物がますます値上がりすると思われるので追加資金を500万円ほど上乗せして,250枚(証拠金525万円)を買い建てしないかと勧めると,原告は,これに応諾し,翌22日に証拠金を入金する旨述べたので,後場3節で250枚を買建てし,都合560枚の買建玉の状態とした。この525万円の追加投資について,被告Y1が嘘を述べた事実はない。

(4) 被告Y1は,5月29日,原告に市況報告をした際,原告に対し「期近が高く,期先が期近よりも安いので,明日朝一番の相場次第で,証拠金の残高で買えるだけ10月限を買いませんか。」と勧めたところ,原告から任せると言われた(⑮建玉の決済,⑯建玉の買い建て)。

被告Y1は,5月30日午後7時,原告に売買を報告し,「明日も値上がるようなら,利が乗っている建玉を利食いして,増玉しますか。」と質問すると,原告は「大きく利益をとりたいので,そうしよう。」と応諾した(⑰⑱建玉の買い建て)。

(5) 被告Y1は,6月6日午後1時30分ころ,原告に電話をかけ,ストップ安の気配を伝え,思惑違いの場合の対処法(乙第7号証に記載された対処法)を一通り説明し,対応を協議したところ,既存の645枚の買建玉に対して同枚数の建玉を売り建てることになった(両建)。その際,原告は,「自分の一存では行かぬので,妻とも相談する。」とのことであったため,被告Y1は,原告の妻のCに電話をかけ,当日の状況を説明した。

被告Y1が,原告に対し,証拠金1354万5000円をどのようにして用意するかを聞くと,「妻と相談して何とか用意する。」と返答した。

被告Y1は,同日午後6時30分,原告宅を訪問し,今後の相場への対応を協議し,委託証拠金の集金をどうするかを相談したが,原告は「こんな動きをするんだったら,怖いな。」と述べ,同月11日までに委託証拠金を支払うとのことであった(その委託証拠金は,6月7日に100万円を集金し,残額1254万5000円が6月11日に被告会社に振込送金された。)。

被告Y1は,両建の際,原告が主張するような言葉は述べていない。

第3被告らの抗弁(過失相殺)

原告は,a大学を卒業し学校教員をしており,年齢相応の金融資産も有する男性であり,先物取引の不適格者ではない。

そのような原告が,被告Y1の勧誘を信用するだけで,法定書面(乙第26ないし第28号証)を熟読することなく取引に参加しているのであり,原告主張の損害が発生又は拡大するについては,原告にも落ち度がある。

したがって,民法722条2項に基づき,原告の落ち度を斟酌してその損害の減額がされるべきである。

第4抗弁に対する認否

抗弁については争う。

理由

第1事実経過について

請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがなく,この事実に,甲第1ないし第4号証,乙第1ないし第11号証,第12号証の1・2,第13ないし第19号証,第20号証の1ないし7,第21号証,第22号証の1,2,第23号証の1,2,第24号証の1,2,第25,第26号証,第27号証の1,2,第28号証,第29号証の19,30ないし32,第32号証,原告本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

1  本件取引に係る委託手数料・委託証拠金等

(1)  本件取引は,中部ガソリンの先物取引を対象とする売買の委託取引である。中部商品取引所における取引時間は,前場1節が9時40分,前場2節が11時30分,後場1節が13時40分,後場2節が14時40分,後場3節が15時40分である。

(2)  中部ガソリンは1キロリットル単価で値段が付けられるが(別表記載の「約定値段」も同様),取引の単位は20キロリットル(これが「1枚」と呼ばれる。)とされている。例えば,①建玉は「平成13年10月を限月として(同月末を最終取引期限として)2674万円で1000キロリットルのガソリンを買う。」との売買の委託(及び取引所での実行)を意味する。

(3)  限月以前に先物取引を決済して利益を獲得するためには,反対売買を注文して差金決済を行うことになる。例えば,①建玉の決済は,原告が被告会社に対し,「平成13年10月を限月として2761万円で1000キロリットルのガソリンを売る。」との売買を委託すること(及び取引所でこれを実行すること)によって行われ,原告と被告会社とは,限月を待たずして売買差益の受渡しを行ったものである。

(4)  原告が被告会社に支払うべき委託手数料は建玉1枚当たり1155円(消費税相当額を含む。以下も同じ。)であるが,差金決済を行うためには売りと買いの2つの建玉が必要となるから,建玉とその決済という取引単位でみれば,委託手数料は1枚当たり2310円である。例えば,870円値上がりした時点で差金決済がされた①取引の場合,原告が実際に獲得する利益(帳尻益)は,売買差益87万円から委託手数料11万5500円を控除した75万4500円となる。

(5)  原告が本件取引に関して被告会社に支払うべき委託証拠金は,1枚当たり1万8000円(1枚の約定単価が2万2000円以上2万7000円未満の場合)又は2万1000円(1枚の約定単価が2万7000円以上の場合)である。

2  取引開始に至る経緯

(1)  原告は,昭和19年○月○日生まれの男性(平成13年4月当時57歳)であり,妻と2人の子供があり,昭和42年4月以降●●●の公立小学校で教員をしており,平成13年4月当時も小学校教員として勤務を続けていた。原告の平成13年3月分の給与は,支給総額が55万円余り,手取額が42万円余りであるが,ローン等を控除した後の実際の手取額は25万円余りであった。

原告の妻C(以下「C」という。)は,やはり小学校の教員であったが,平成13年3月に退職し,その退職金のうち約1000万円を自宅の増改築資金として普通預金口座に預け入れ,残余の退職金のうち1000万円を老後の生活資金として定期預金(預入期間5年)としていた。

原告は,電力会社等の株式を現物で買い入れてこれを所持していたが,株式の信用取引や商品取引に投資をした経験もなく,手堅い資金運用以外に自己の蓄えを投資する気持ちもなかった。

(2)  Bは,4月3日(火曜日),原告宅に電話をして,中部ガソリンの先物取引を勧め,4月4日,原告宅を訪問し,原告に対し,商品先物取引委託のガイド(乙第27号証の1,2)を交付し,原告からその受領書を受け取り(乙第3号証),4月5日午後8時ころ,原告宅に電話をし,500万円くらいの取引はどうかと先物取引を勧誘したが,原告が「そんなお金はない。」と返答したことから,「100万円ぐらいならどうですか。」などと勧誘を続けた。

原告は,勧誘を断っていたが,Bの話には耳を傾けていたところ,Bは,4月6日午後7時ころ,上司である被告Y1を伴って原告宅を訪問した。

(3)  被告Y1は,原告に対し,「今,中部ガソリンが値上がりを続けている。株と違って短期間で決済しなければならないが,しばらくは値上がりが続く。今買うと5月の連休前には2倍,3倍にして見せます。儲けさせるから見て欲しい。」などと熱心に勧誘し,原告は,被告Y1の話を聞いているうちに,その話が嘘ではないと感じるようになり,連休前までの短期間で取引が終了するのであれば損をすることもないであろうと思い,連休前までの短期間の資金運用という軽い気持ちで商品先物取引を行うことにし,中部ガソリン50枚の買い注文を行うこと,そのため,被告会社と取引を開始すること,委託証拠金105万円を預託することを承諾した。

(4)  原告は,4月6日,被告Y1から,「お取引について」と題する冊子(乙第26号証)及び「商品先物取引を始める前に(お取引を始める前に必ずご自分でお読み下さい。)」という副題の付いた「ステップ」という冊子(乙第28号証)を受け取った。

また,原告は,同日,被告Y1に対し,4月6日付けの約諾書(乙第5号証)及び商品先物取引委託意思確認書(乙第8号証)に署名押印し,これら2通の文書を被告Y1に交付した。

(5)  上記「約諾書」は,契約書という体裁の文書ではないが,原告と被告会社との間の継続的な取引の基本契約書となる文書であり(乙第27号証の1),そこには「先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」と印刷されている。

また,上記「商品先物取引委託意思確認書」には,「お取引のご理解度」という欄があり,原告は,「①商品先物取引委託のガイドの説明及び交付を受けましたか,②商品先物取引のリスクについて説明を受け,ご理解頂けましたか,③商品先物取引の仕組みについて説明を受け,ご理解頂けましたか」という質問項目のいずれに対しても,「1.はい」の方に○印を付けた。

なお,上記「ステップ」という冊子の2頁には,「始めに」の見出しで,「当初から本日までの間,営業担当者より「絶対にもうかる」「利益は保証する」等の断定的判断を提供されていない事。又はお客様が強引に勧誘され仕方なく参加した事実がないことを確認致します。その様な事に抵触していると思われた方は即刻取引を中止致しますので前ページの管理部まで早急にご連絡下さい。」との記載が下線付きで印刷されている。

(6)  原告は,4月7日(土曜日)午前9時ころ,原告宅を訪問した被告Y1に対し,委託証拠金105万円を交付し,被告会社にこれを預託した。

3  4月19日まで(⑤建玉まで)の取引経過

(1)  被告Y1は,4月9日(月曜日),原告の計算で①建玉を買い建てた。

(2)  被告Y1は,4月10日午後,原告の勤務先の小学校に電話をし,「アメリカの精油所で爆発事故がありました。海外の市況も値上がり基調のままで,変わっていません。勝負できます。さらに100万円ほど出しませんか。」と申し向け,原告も最終的にこれを承諾したため,同日後場において,原告の計算で②建玉を買い建てた(被告Y1は,同日午後6時ころ,原告宅を訪れ,追加の委託証拠金105万円を集金した。)。

(3)  被告Y1は,4月16日(月曜日)午後1時30分ころ,原告の勤務先の小学校に電話をし,「中部ガソリンが値上がりする。今の建玉を売って,建玉を増やしましょう。任せて欲しい。もっと儲かります。」などと言って建玉の増加を勧誘した。

原告は,被告Y1が悪いようにはしないであろうと思い,「お願いします。」と言って,①②建玉の決済と新規の買注文を承諾した。

被告Y1は,4月17日,①②建玉を決済し,これによる帳尻益132万9000円のうち132万3000円を委託証拠金に振り替えた(残余の6000円は原告に送金された。)。

その結果,委託証拠金の累計額は342万3000円(163枚分に相当)となり,被告Y1は,同日,その委託証拠金の全部を使用し,原告の計算で③④建玉を買い建てた。

(4)  被告Y1は,4月18日午後1時30分ころ,原告の勤務先の小学校に電話をし,上記(3)と同様の勧誘を行い,再び,買い増しについて原告の承諾を得た。

被告Y1は,4月19日,③④建玉を決済し,これによる帳尻益100万8270円のうち98万7000円が委託証拠金に振り替えられた(残余の2万1270円は原告に送金された。)。その結果,委託証拠金の累計額は441万円(210枚分に相当)となり,被告Y1は,同日,その委託証拠金の全部を使用し,原告の計算で⑤建玉を買い建てた。

(5)  上記(3)(4)のように,値上がりしている買建玉を決済し,その帳尻益を委託証拠金に振り替えて建玉を増加すること(買い直し)は,新たな委託証拠金の拠出なしに取引を拡大できるという利点がある。

しかし,原告にとっての利点はそれだけであり,買い直しは,原告に次のような不利をもたらす。

まず,買い直しを行うと,建玉の枚数及び取得価格が大きくなるため,少しの値下がりで多額の差損が出ることになる。つまり,建玉に差損が発生しやすくなる(本件でも,⑤建玉以降の買い直しがなければ,後記5の6月6日のストップ安の時点でも,なお多額の差益が生じていたはずである。)。

次に,買い直しを行うと,売り買いを頻繁に行うことになって委託手数料の負担が増大するため,買い直しによる建玉の増加は,必ずしも,これに見合う差益の増大をもたらすわけではない(後記4(1)参照)。

要するに,買い直しは,被告会社にとっては委託手数料の増加をもたらすが,原告にとっては取引の危険が増大する割には利点が少ないのであり,もし資金があるならば,買い直しをするよりも,資金を追加して建玉を買い建てる方が危険は少ない。

しかしながら,原告は,このような買い直しの危険性を全く認識しておらず,被告Y1に勧められるままに,買い直しを承諾したのである。

(6)  原告及びCは,5月の連休前及び連休中の時期に,電話により,被告Y1に対し,何度も,5月の連休前に決済する約束だったから,一旦取引を全部決済して精算して欲しい旨を申し向けたが,被告Y1は,「中部ガソリンが値上がりしていて儲かっているから,決済するのは損である。安心して任せて欲しい。」などと言葉巧みに言い逃れ,原告の意向に応じて⑤建玉を決済し,原告の取引を手仕舞いしようとはしなかった。

4  5月18日から5月31日まで(⑰⑱建玉まで)の取引経過

(1)  5月の連休前から存した⑤建玉は,5月18日決済され,これによる帳尻益52万2900円のうち50万4000円が委託証拠金に振り替えられ(残余の1万8900円は5月22日に委託証拠金に振替え),その結果,委託証拠金の累計額は491万4000円(234枚分に相当)となり,被告Y1は,その委託証拠金の全部を使用し,原告の計算で⑥⑦建玉を買い建てた。しかし,これら決済及び新規買い建ては原告の指図に基づかず,被告Y1の判断でされたものである。

このように,原告の建玉は,短期間のうちに,当初の100枚(①②建玉)から234枚(⑥⑦建玉)まで増加し,委託証拠金も当初の210万円から491万4000円に増加したが,建玉を倍増させるために売り買いを繰り返した結果,原告は,売買差益の中から,被告会社に対し,合計109万2630円もの委託手数料を支払ったものである。

そのため,⑤建玉が決済された5月18日時点では,当初の100枚の建玉をそのまま保持して決済したと仮定した場合の帳尻益(258万9000円と計算される。)と現実の帳尻益累計(別表記載の286万0170円)との間に余り大きな違いはなく,原告には,買い直しによる利益は殆ど生じていない。

(2)  ⑥建玉は5月21日に決済されたが,被告Y1は,直ちに,原告の計算で,⑥建玉と同一限月・同一枚数の⑧建玉を実行し,同日のうちに⑧建玉も決済し,さらに,原告の計算で,⑧建玉と同一限月・同一枚数の⑩建玉を買い建てた。

5月21日には⑦建玉も決済され,被告Y1は,直ちに,原告の計算で,⑨建玉を実行し,これも同日のうちに決済した。

5月21日には,合計4回の取引の決済がされ,原告には157万9290円の帳尻益が生じたが,その全額と⑤取引の帳尻益のうち委託証拠金に振替未了の1万8900円の合計159万8190円が委託証拠金に振り替えられ,委託証拠金の残高は651万2190円(310枚分に相当)となった。そして,この委託証拠金に見合う新規取引として,原告の計算で⑩⑪建玉が買い建てられたものである。

しかしながら,これら既存建玉の決済及び新規建玉買い建ては,原告の指図に基づかず,被告Y1の判断により原告の計算で行われたものである。

(3)  ところで,5月21日には,最終的に,原告の計算で⑫建玉(250枚)が実行されているが,それに見合う委託証拠金(525万円)は預託されておらず,⑫建玉は,現実に委託証拠金の預託を受けないまま買い建てられたものである。⑫建玉の買い建ての経過は次のとおりである。

被告Y1は,5月21日午後3時ころ,原告の勤務先の小学校に電話をし,「東京商品取引所ではガソリンがストップ高になっている。中部ガソリンも値上がり間違いなしで,今500万円の委託証拠金を追加して建玉を増やすべきである。奥さんも500万円を出して良いと言っている。」などと勧誘し,原告は,妻が追加の投資を了解しているならば被告Y1の勧誘を断るまでもないと考え,500万円の委託証拠金の追加を承諾した。そこで,被告Y1は,5月21日後場3節において原告の計算で⑫建玉を買い建てたものである。ところが,実際には,原告の妻は,500万円の追加投資を了解していたわけではなく,原告は,同日帰宅後そのことを知った。原告夫婦は,嘘をついてでも多額の追加投資をさせようとする被告Y1に多大の不信感を抱いたが,原告は,経緯はともあれ,原告の承諾に基づいて⑫建玉の買い建てが実行されており,その旨の電話連絡を受けてもいたので,委託証拠金の追加に応じることにした。そこで,原告は,翌5月22日午後,妻に預金を払い戻してもらい,被告会社に対し,⑫建玉に見合う525万円の委託証拠金を預託した。

(4)  その後,5月22日から5月31日までの間,⑩⑪建玉の決済,原告の計算での⑬⑭⑮⑯建玉の買い建て,⑫⑮建玉の決済,原告の計算での⑰⑱建玉の買い建てが行われ,帳尻益は委託証拠金に振り返られた。

しかしながら,これら既存建玉の決済及び新規建玉買い建ては,原告の指図に基づかず,被告Y1の判断でされたものである。

その結果,5月31日の取引終了時における未決済建玉は,下記のとおり,合計645枚(取引代金の総額3億7615万3000円)となっており,中部ガソリンの値段が100円変動するごとに129万円もの売買損益が生じるまでに取引が膨らんでいた。

⑭建玉(12月限)=28,910円×20kl×200枚=115,640,000円

⑯建玉(10月限)=29,720円×20kl×170枚=101,048,000円

⑰建玉(12月限)=28,970円×20kl×250枚=144,850,000円

⑱建玉(11月限)=29,230円×20kl×25枚=14,615,000円

合計376,153,000円

(5)  また,5月31日の取引終了時における委託証拠金の残高は1354万5000円まで増加していたが,そのうち619万5000円は買い増しによるものであり,その間,被告会社は,帳尻益の中から414万4140円もの委託手数料を取得していた。

(6)  Cは,被告Y1の嘘を交えた勧誘のため,525万円もの自己の預金を原告の取引に投資させられたため,5月22日から5月31日までの間,被告Y1に対し,「訳の分からない取引はやめたい。儲けはなくて良いから,投資したお金だけは返して欲しい。もし値下がりしていても,1週間以内に決済して欲しい。」と伝えたが,被告Y1は,必ず値上がりするから資金運用を任せて欲しいとか,6月のオペック総会の結論が出れば中部ガソリンは確実に値上がりするなどと言葉巧みに手仕舞いを先延ばしにした。原告夫婦は,何とか円満に取引を終了させたかったので,被告Y1に対して余り強い事を言わないまま5月がすぎた。

5  6月6日の両建ての経過

(1)  中部ガソリンは,4月9日以降概ね値上がり基調であったが,5月下旬以降,騰貴と下落を繰り返すようになり,6月5日にかなり大幅に下落し(10月限月=340円安,11月限月=270円安,12月限月=140円安),6月5日の取引終了時には,原告の建玉には,下記のとおり,234万8000円の差損が生じる事態となった。もっとも,被告Y1は,この日には,差損の発生を原告に伝えていない。

⑭建玉(12月限)=(28,910-28,810)×20kl×200枚=-400,000円

⑯建玉(10月限)=(29,720-29,400)×20kl×170枚=-1,088,000円

⑰建玉(12月限)=(28,970-28,810)×20kl×250枚=-800,000円

⑱建玉(11月限)=(29,230-29,110)×20kl×25枚=-60,000円

合計-2,348,000円

(2)  中部ガソリンは,6月6日には各限月とも700円下落のストップ安(10月限月=28,700円,11月限月=28,410円,12月限月=28,110円)の暴落となり,6月6日の取引終了時には,原告の建玉の差損は1107万8000円(委託証拠金の残高1354万5000円の約8割)にまで膨らんだため,原告は,被告会社に委託追証拠金(追い証)を支払って取引を継続し値上がりを待つか,追い証の支払を避けるため建玉を決済するかの選択を迫られる事態となった(乙第26号証・8頁,第27号証の1・11頁)。

ところが,原告は,下記のとおり,既存建玉と同一限月・同一枚数の反対建玉(合計645枚)を売り建て,取引を「両建」の状態とした。両建は,取引差損を固定し,その拡大を防止する方法である。しかし,両建によって建玉が倍増するため,原告が被告会社に支払うべき委託手数料は,148万9950円(645枚分)から297万9900円(1290枚分)に倍増した。

既存建玉(買い):反対建玉(売り)

⑭建玉及び⑰建玉:file_6.jpg建玉(12月限・450枚)

⑯建玉:⑲建玉(10月限・170枚)

⑱建玉:⑳建玉(11月限・25枚)

(3)  上記(2)の両建に至る経緯は,次のとおりであった。

ア 被告Y1は,6月6日,午後1時30分ころ,原告の勤務先の小学校に電話をし,中部ガソリンが暴落する見込みであることを伝えたところ,原告は「すぐに全部決済してくれ。」と述べた。

ところが,被告Y1は,原告に対し「午後の結果を待って考えましょう。午後4時ころ電話をしてください。」と述べ,その直後の同日後場1節(午後1時40分)の取引において,原告の取引を手仕舞いするどころか,逆に,原告の計算で⑲⑳file_7.jpg建玉を売り建て,原告の取引を両建にし,取引残高を倍増したのである。

イ 被告Y1は,同日午後4時ころ,電話により,原告に対し「決済すると900万円以上の損失が出る。これ以上値が下がっても安全にする方法に両建がある。両建のためには1350万円が必要となる。」と告げた。

原告が「お金のことは妻と相談しないと何もできない。」と返答したため,被告Y1は,Cに電話を入れ,「このままでは投資額が全部無くなる。対処方法としては両建だけであるが,そのためには1354万5000円が必要となる。両建にしないともっとお金を出さないといけなくなる。」と告げた。

ウ 被告Y1は,6月6日午後8時ころ,原告宅を訪問し,原告夫婦に対し,「このままだと7000万円ほども損が出そうだが,両建ならいくら値が下がっても損は生じないため,両建を続ける限り安心だ。値が底になったときから順に売りを少なくして行けば,損を取り戻せる。底から1000円上がれば元がとれる。2000万円はお返ししようと思うが,うまくいけば2700円位返せるかもしれない。」と説明した。

エ 原告は,これまでの投資資金を取り戻すためには両建しかないと思い,被告Y1の言うとおり,両建とすることを承諾し,そのため新たに委託証拠金を差し入れることにし,妻の定期預金を解約するなどして,被告会社に対し,6月11日昼ころまでに1354万5000円を預託した。

6  手仕舞いの経緯

(1)  被告Y1は,6月14日,Cの承諾を得ただけで⑳file_8.jpg建玉の決済をし,その帳尻益488万2500円を追い証に振り替えた。

⑳file_9.jpg建玉は,両建の7割以上を占めていた建玉であり,これを決済すると,両建が解消され,以後,⑭⑰⑱建玉(475枚)について再び値下がりによる多額の取引差損が発生することを意味する。実際にも,中部ガソリンは,6月6日に続いて6月14日には再びストップ安となっているのであり,両建解消により,⑭⑰⑱建玉(475枚)について多額の取引差損が発生することは,ほぼ間違いがない状況であった。

また,被告Y1は,追い証の問題を原告夫婦には説明しておらず,⑳file_10.jpg建玉の帳尻益を追い証に振り替えることも全く説明していない。

(2)  Cは,6月15日午前11時ころ,被告Y1に対し,とにかく取引全部を決済したいと申し向けたが,被告Y1はこれに応じなかった。

(3)  原告は,被告Y1のこれまでの対応に照らして,被告Y1や被告会社に騙されているものと確信し,6月18日には消費者センターに,6月19日には大阪弁護士会に相談し,原告訴訟代理人植田勝博弁護士に解決を依頼した。

(4)  植田勝博弁護士は,6月28日付け内容証明郵便により,被告会社に対し,被告Y1の行為は不法行為であると指摘した上,預託した金員の全部を直ちに返還するよう請求した。

(5)  前記5の両建の後には新規の建玉はなく,本件取引は,別表のとおり,7月3日までに手仕舞いされた。このような経過により,原告は,本件取引を通じ,4月7日から7月3日までの3か月足らずの間に,被告会社に合計2089万5000円の資金を預託し,802万5360円を受け,合計1286万9640円の損害を被った。

第2被告Y1の供述等について

1  前記の事実が認められるところ,これによれば,本件取引のうち原告の事前の明示的承諾に基づいて行われたものは,①②③④建玉の買い建てとその決済,⑤建玉の買い建てのみである。

前記認定のとおり,⑫建玉の買い建てについては,被告Y1の虚偽の説明に基づく承諾(勘違いによる承諾)がされたにすぎないし,⑲⑳file_11.jpg建玉の売り建て(両建)については,取引所での取引実行後に承諾が得られたにすぎない。

そして,それ以外の取引(⑤建玉の決済,⑥ないし⑪取引,⑫建玉の決済,⑬ないし⑱取引であり,全部が「買い直し」である。)については,事前にも事後にも原告の明示的な承諾はなく,このような取引が原告の計算で実行されたことを前提として,原告が両建を承諾したため,事後的に包括的な取引の追認がされたにすぎないのである。

すなわち,本件取引は,取引の手順に目を向けると,⑤建玉の買い建て後の取引は,常に,被告Y1が,自分の判断に基づき,原告の計算での売り買いを実行し,委託証拠金の預託が必要な建玉(⑫建玉及び⑲⑳file_12.jpg建玉)の場合だけ,原告に明示的な承諾を求め,所要の委託証拠金を預託させるという異常な手順で行われている。

また,本件取引は,その取引内容に目を向けると,買い直しの繰返しにより多額の委託手数料を支払った挙げ句,少しの値崩れによっても多額の損失が出る危険な状態を招来し,その後訪れたストップ安の局面でも手仕舞いがされず両建が選択されたという,かなり自滅的な取引内容となっている。

2  被告Y1は,原審の本人尋問及び乙第41号証の陳述書において,原告は,被告Y1の説明などにより,自己の判断で取引できる程度に先物取引に関する一定の理解がある旨を供述するとともに,本件取引は,すべて,原告の事前の明示的承諾に基づいて建玉が建てられ決済されたものである,必ず儲かる旨の断定的な言辞による勧誘をしたことがないとか,嘘をついて原告に⑫建玉に係る委託証拠金の拠出を了解させたことはない,手仕舞いを先延ばしにしたことはない,6月6日に対処方法として両建しかないと述べていないなどと,前記認定(これは原告の原審本人尋問の供述及びその陳述書の記載に沿うものである。)と全面的に矛盾する供述をしているので,以下,その供述の信用性について検討する。

(1)  商品取引所における先物取引は,値動きが激しく,わずかの値動きでも多額の売買損益が生じる投機性の高い取引であり,顧客としては,当該商品を巡る様々な社会事象や時々刻々変化する相場の状況を把握し,相場に関する予測を立て,自己の資力をも勘案した上で,その場その場の迅速な判断を下すのでなければ,取引業者(取引所における取引員)の外務員に対し,適切な取引の指図などできない。

ところが,原告は,小学校教員であり,平日の昼間に行われる取引所の相場の状況を時々刻々自ら把握することなど不可能であったし,商品先物取引の経験も全くなかったのであるから,被告Y1からの教示に頼って取引を行うしかなかったはずである。しかし,原告としては,職場の同僚がいる前で,被告Y1との電話により,当日の中部ガソリンの値動きや相場の予測に関する詳細な会話を交わしたり,被告Y1に売買に関する具体的な指図を行うことも困難であったといわざるをえない。

そうすると,原告の職業や取引経験の無さに照らし,本件取引の個々の売り買い全部について原告の事前の明示的承諾があったとは考えにくい。

(2)  原告は,小学校の教員という地味で堅実な職業にあり,老後の生活の安定を第一に考える年齢にさしかかっており,危険をおかしてまで投機取引で金儲けをしたいと思う人物とは考えにくいから,原告が先物取引を始めた上,⑤建玉まで取引拡大を承諾したのは,やはり,必ず儲かるという被告Y1の巧みな勧誘により,先物取引への投資がそれほど危険なことではないと思ったからであろう,つまり,必ず儲かるとの勧誘があったのであろうと考えるのが自然であり,被告Y1の供述には疑問がある。

また,買い直しの反復は,自己資金で追加投資をする余力はないが大きな投機取引を希望するという顧客であれば希望するかもしれないが,通常は,いたずらに委託手数料の負担や追い証の危険を増大させるだけであって顧客にとって殆ど実益がなく,原告が,自己の判断で買い直しの反復を行ったとは考えにくい。むしろ,原告は,被告Y1の勤務先への電話(原告からみれば熟慮の余裕のない電話)による買い直しの勧誘に惑わされ,買い直しに不利や危険はないと誤解して買い直しを承諾したか(⑤建玉まで),あるいは,被告Y1が原告の承諾を得ないまま買い直しを実行したか(⑫建玉を除く⑥以降の建玉。両建の際これら買い直しが追認されたとみられる。)のいずれかであろうと考えるのが自然であり,被告Y1の供述は信用できない。

殊に,5月21日にされた取引は,どう考えても異常な反復売買であり,このような異常な取引を易々と承諾する顧客があるとは考えられず,このような取引すら事前の承諾を得て行ったという被告Y1の供述は到底信用できない。

(3)  乙第1号証(被告会社作成保管に係る原告の顧客カード)及び原審の原告本人尋問の結果によれば,本件取引の当時,原告には500万円未満の金融資産しかなかったことが明らかである。したがって,1000万円以上の委託証拠金の追加預託が必要な両建(⑲⑳file_13.jpg建玉の売り建て)について,原告が,当日(6月6日)の昼間,取引を両建とする旨の迅速な決断ができた状況にあったとは到底考えられず,両建について原告の事前の明示的承諾があったとは考えられない。

(4)  本件では,⑫建玉及び⑲⑳file_14.jpg建玉は,原告の資力を大幅に超える多額の委託証拠金が必要となり,原告が本当に委託証拠金を工面できるかどうかに疑義があると思われるのに,これら建玉は,予め原告から委託証拠金の預託を受けないまま取引が実行され,委託証拠金は後日回収されるという,本来あるべき手順が逆転した拙速な営業活動がされている。

しかも,本件では,6月5日に中部ガソリンの値が下落し,原告に200万円以上の大きな差損(値洗い損)が生じていたのであるから(ただし追い証までは生じていないし,取引全体ではなお原告の収支は黒字である。),普通なら,6月5日の取引終了時にはその旨が原告に連絡され対応が協議されるべきであるのに,被告Y1は,6月5日には全く原告と連絡をとらず(乙第35号証の被告Y1の日誌にも6月5日の記載がない。),ストップ安となった6月6日になって初めて中部ガソリンの暴落を原告に告げているのであり,原告に対して極めて不誠実な対応をしている。

このような取引遂行の拙速さ,値下がり状況での対応の不誠実さに照らせば,事前に原告の明示的承諾を得ながら取引を進めるという手堅い営業が原告との関係で行われていたというのは非常に疑わしい。

(5)  乙第1号証及び原審の原告本人尋問の結果によれば,原告は,⑫建玉の委託証拠金525万円を自己資金によって工面することができず,Cにその工面を頼むしかなかったことが明らかであるから,5月21日の昼間に被告Y1から電話を受けた原告が,Cと相談しないまま,直ちに⑫建玉の買い建てを決断し,これを承諾することなどできないはずである。

したがって,原告が5月21日の昼間に直ちにその承諾をしたのは,Cがその委託証拠金の拠出を了解しているとの説明(嘘の説明)が被告Y1から原告に対してされたためと考えるのが合理的である。

(6)  両建の勧誘についてみると,相場が急落した場合の原則的な対処方法は追い証又は手仕舞いであり,先物取引を初めて行った原告が自発的に両建を発想するとは考えられないし,被告Y1の誤った教示(両建以外に対処方法がないという誤った教示)なしに,原告が,そう易々と,自己に利点のない両建を承諾することなどありえないと思われる。

(7)  以上のとおり,本件取引を巡る様々な事情に照らせば,上記の被告Y1の供述は,およそ信用できないものというべきである。

3  さて,本件取引全般を担当した被告Y1の供述が信用できないとすれば,被告Y1の部下であるBの原審証言や乙第40号証の陳述書の記載も採用することができず,他には,前記認定を左右する証拠は見当たらない。

第3被告らの責任について

1  被告Y1の不法行為責任

(1)  被告Y1は,前記第1の2に認定のとおり,原告に対し,必ず儲かる旨の断定的な判断を提供して先物取引の開始を勧誘し,前記第1の3に認定のとおり,原告に対し,必ず儲かる旨の断定的な判断を提供して取引(建玉)の拡大を勧誘したものである。このような勧誘行為は,商品取引所法136条の18第1号に違反する。

また,原告の年齢・職業・取引経験に照らせば,被告Y1が4月6日から4月18日の間に行った勧誘行為は,投機取引に関する顧客の判断を著しく歪め,判断を誤らせる勧誘行為であって,社会的相当性を逸脱しているものといわなければならない。

(2)  また,被告Y1は,前記第1の4に認定のとおり,原告の事前の承諾を得ないまま,原告の計算で殆ど実益がない買い直しを反復し,かつ,虚言を交えた勧誘をしてまで新たに委託証拠金525万円を拠出させて原告の建玉を拡大し,5月下旬には取引の手仕舞いが強く求められたのに,言葉巧みにこれを拒否して手仕舞いを先延ばしにし,その結果,値崩れによって多額の取引差損が発生し易い事態を招いた。

(3)  さらに,被告Y1は,前記第1の5に認定のとおり,6月6日には,原告の承諾を得ないまま,645枚もの⑲⑳21>建玉を売り建てて取引を両建とし,その上で,両建以外には対処方法がないなどと故意に誤った教示を行い,原告にそれまでの取引(買い増しの反復)を追認させて両建を承諾させ,1300万円以上の委託証拠金を拠出させ,両建となった合計1290枚もの建玉の決済の過程で,多額の委託手数料の負担や取引差損を発生させたのである。

(4)  上記(1)ないし(3)の行為は,商品取引業者の外務員が,初めて商品先物取引を行った顧客に対して行うことが絶対に許されない行為であり,明らかに社会的相当性を大きく逸脱した違法な行為であって,不法行為を構成する。

したがって,被告Y1は,上記(1)ないし(3)の行為によって原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

2  被告会社の責任

被告会社が被告Y1の使用者であることは争いがないから,被告会社は,民法715条に基づき,被告Y1と連帯して,原告に生じた後記損害を賠償する責任を負う。

第4原告の損害について

1  本件取引の取引差損1286万9640円が被告Y1の上記不法行為と相当因果関係に立つ損害であることは,既に説示のところから明らかである。

2  弁論の全趣旨によれば,原告は,上記損害の賠償を求めるため,その訴訟代理人弁護士に有償で委任して本訴の提起及び追行を余儀なくされたことが明らかである。そして,被告Y1の上記不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額は130万円と認めるのが相当である。

3  前記第1に認定の事実経過に照らせば,被告Y1の不法行為によって原告が大きな不安感・不快感を抱いたことは明らかであり,また,原審の原告本人尋問の結果によれば,被告Y1の不法行為によって自宅の増改築工事を中止せざるをえず,この点でも原告が無念の思いをした事実が認められる。

しかしながら,上記1及び2の財産的損害の賠償を受けても,なお,それだけでは償われないような無形損害(独立に金銭賠償を要する程度の苦痛)が原告に生じたとは認められず,原告の慰藉料請求は失当である。

4  以上のとおり,被告Y1の不法行為による損害は合計1416万9640円となるところ,被告らは,過失相殺を主張しているので,この点について検討する。

上記損害は,直接的には,前記認定説示に係る被告Y1の一連の不法行為のうち,再三の手仕舞いの要求があったにもかかわらず,被告Y1が5月末までに取引を手仕舞いせず,これを先延ばしにした行為及び両建に関する誤った教示によって発生したものである(5月末までに手仕舞いがされていれば原告には損害が生じなかったものである。)。

前記第1の2(4)のとおり,原告には先物取引に関する冊子が渡されているが,初めて先物取引に関与した者が,手仕舞いの先送りに遭った場合,あるいは,相場暴落の場面で対処方法が両建しかないとの誤った教示を受けた場合,これら冊子の記載を手がかりとして適切な対応をとり,損害の発生や拡大を食い止めることなど実際には不可能であり,本件損害が,被告Y1の故意行為によるものであることを考慮すれば,本件において民法722条2項の適用は相当ではない。

なお,前記第1の2(5)のとおり,原告は,先物取引に関する一定の理解があるかのような文書を被告会社に差し入れているが,本件取引の客観的な経過は,原告が,先物取引の仕組みや危険性を現実には全く理解していないことを明瞭に示しているのであり,これら文書の差入れの事実を根拠として民法722条2項を適用することも相当ではない。

第5結論

以上のとおり,原告の本件請求は,1416万9640円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の後である平成13年7月10日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,原告の本件控訴を容れ,以上と異なる原判決主文1,2項を変更し,被告らの本件控訴を失当として棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下方元子 裁判官 水口雅資 裁判官 橋詰均)

<以下省略>

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