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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)1824号 判決 2004年2月17日

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  原判決主文第1項は,請求の趣旨の訂正により,次のとおりに変更された。

被控訴人G及び被控訴人Hと控訴人ら及び被控訴人Iとの間で,被控訴人G及び被控訴人Hが原判決別紙物件目録記載の各不動産につきそれぞれ2分の1の共有持分権を有することを確認する。

3  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴人F

(1)  原判決中控訴人F敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る被控訴人G及び被控訴人H(以下「被控訴人Gら」という。)の請求をいずれも棄却する。

2  控訴人F以外の控訴人ら(以下「控訴人Aら」という。)

(1)  原判決中控訴人Aら敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る被控訴人Gらの請求をいずれも棄却する。

(3)  原判決別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)が亡Jの遺産であることを確認する。

第2事案の概要等

1  以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」(ただし,原判決5頁18行目から20行目及び6頁5,6行目を除く。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁23行目の「亡Kの」の次に「遺産に関する」を加える。

(2)  同4頁11行目の「本件不動産は」から12行目の「あった」までを「本件不動産につきそれぞれ2分の1の共有持分権を有している」に改める。

(3)  同頁15行目の「被告Iは」から16行目末尾までを「被控訴人I,控訴人Fは,これを争っている。」に改める。

(4)  同頁22行目,6頁2行目及び4行目の各「本件贈与契約」をいずれも「本件死因贈与契約」に改める。

(5)  同4頁25行目の「同意書(」の次に「甲11,」を加える。

(6)  同5頁3行目の「死亡し」から5行目末尾までを「に死亡したことにより,亡Lは,本件死因贈与契約における受贈者たる地位を相続した。そして,平成12年1月3日に亡Jが死亡したため,亡Lは,本件死因贈与契約に基づいて,本件不動産の所有権を取得した。」に改める。

2  原審は,本件死因贈与契約は成立したと認められる,本件死因贈与契約における亡Mの契約当事者としての地位は,相続の対象となるというべきである,亡Jが死亡したことにより,亡Mの全財産を相続した亡Lは,本件死因贈与契約に基づいて,本件不動産の所有権を取得したなどとして,被控訴人Gらの請求を原判決主文第1項及び第2項記載の限度で認容し,控訴人Aらの請求を棄却する内容の判決を言い渡した。

控訴人らは,控訴人ら敗訴部分に関する原審の判断を不服とし,前記第1記載の判決を求めて本件各控訴を提起した。

なお,被控訴人Gらは,当審において,原判決主文第1項に関する請求の趣旨を本判決主文第2項のとおりに訂正した。

3  当審における控訴人らの新主張について

(1)  書面によらない贈与の取消し

ア 控訴人らの主張

仮に本件死因贈与契約が成立したとしても,それは書面によらない贈与であるところ,平成12年1月3日までに,亡Jは,亡Mに対し,死因贈与の意思がないことを表明した。そのことは,以下の諸事情からも窺われる。これらの亡Jの行為は,本件死因贈与契約を取り消す旨の意思表示であったと解すべきである。

(ア) 亡Mが亡Jの面倒をみなかったこと

亡Mとは亡Jとは同じ家(本件不動産)に住んではいたものの,同居とは程遠い状況であり,2階に住んでいた亡M及びその家族と,1階に住んでいた亡Jとの間には,ほとんど交流がなかった。

また,体が弱く病気がちであった亡Jの面倒は,同居していた亡Mらではなく,他の兄弟らがみていた。

本件死因贈与契約の前提条件としては,当然亡Jの面倒をみるということがあったと解されるところ,亡Mは亡Jに対して一般の同居家族では考えられない仕打ちをしていたから,死因贈与契約の基礎が失われていたというべきである。

(イ) 本件不動産の権利証を渡さなかったこと

亡Jは,再三にわたり,亡Mからの本件不動産の権利証の交付要求を拒否しており(証拠上明らかに立証されている事実だけでも,次の(あ)及び(い)がある。),そのような行動の中で,当然,亡Mに対し,自分の死後も本件不動産を亡Mの自由にはさせないことを表明していたはずである。

(あ) 平成7年夏ころ,亡Mが亡Jに対して本件不動産の権利証の交付を要求したのに対し,亡Jは,警察に通報してまで,その要求を拒否した。

(い) 平成8年2月ころ,亡Jは,病院に長期入院するに際し,かねてから本件不動産の権利証を自己に引き渡すように要求していた亡Mの求めに反し,その権利証を長女である控訴人Aに預けた。

(ウ) 宗教上の問題

亡Mの妻である亡Lは,Nの熱心な信者であり,被控訴人Gと共に,Nの活動を熱心に行っていた。亡Jは,真言宗の信者であって,Nを毛嫌いしており,亡M夫婦が本件不動産を継ぐことを心から心配していた。遺言状(乙7)中の「私が死んだら,O家は永久に真言宗でまつる事。他宗でまつるなら,墓,仏だんとも真言宗でまつってくれる子供に渡す事」との記載は,死後,本件不動産を長男夫婦に渡さないという亡Jの強い意思の表れである。亡Jにとって,本件不動産は唯一の自分の居場所であり,死後も本件不動産において夫が祭られている仏壇に入りたいという気持ちが強かったから,仏壇と本件不動産とは切り離せないものであり,単に仏壇だけを移して他の子供たちがこれを祭ればよいというものではなかった。

このような状況下で遺言状(乙7)が作成されたのであり,その時点(平成2年)で既に,亡Jは,亡Mに対し,死因贈与の意思はないことを表明していたことが推測できる。

イ 被控訴人Gらの主張

(ア) 前記アは,いずれも否認ないし争う。

控訴人らの主張は,亡Jが,いつ,誰に対して,どのような態様で,取消しの意思表示をしたのかが全く特定されていない。

(イ) 亡Mないし亡Lが亡Jの面倒をみていたことは,亡Lの陳述書(甲30)記載のとおりである。

(2)  遺留分減殺請求

ア 控訴人Aらの主張

(ア) 亡Jには本件不動産以外に見るべき財産がなかったから,仮に本件死因贈与契約が成立した場合,本件死因贈与契約は,亡Jの相続に関する控訴人Aらの遺留分を侵害するものである。

控訴人Aらの遺留分は,各自14分の1である。

平成15年7月4日,控訴人Aらは,同日付け控訴理由書の到達をもって,被控訴人Gらに対し,本件不動産について,遺留分減殺の意思表示をした。

したがって,仮に本件死因贈与契約が成立したとしても,控訴人Aらは,本件不動産について,各自14分の1の共有持分権を有している。

(イ) 後記イ(イ)(消滅時効)に対する反論

(あ) 本件死因贈与契約については,亡J自身が書いたものが存在せず,何の裏付け証拠もなかったため,控訴人Aらは,本件死因贈与契約の成立が認められることは100パーセントないと信じていた。控訴人Aらとしては,原判決の正本の送達を受けたときに,初めて本件死因贈与契約の成立が認められる可能性があることを知ったのである。

したがって,本件の場合,控訴人Aらの遺留分減殺請求権の消滅時効は,原判決の正本が控訴人Aら訴訟代理人に送達された平成15年4月28日から進行するというべきであるから,未だ消滅時効は完成していない。

(い) 原審において,被控訴人Gらからの本件不動産についての所有権確認請求に対して,控訴人Aらは本件不動産が亡Jの遺産であることの確認請求訴訟を提起した。また,平成12年6月,被控訴人Gらは,控訴人らを相手方として大阪家庭裁判所に対して遺産分割調停を申し立て,同調停はその後審判に移行したところ,同調停及び同審判において,控訴人Aらは法定相続分による分割を請求していた。それらの請求の中には,当然に遺留分減殺請求権の行使が含まれていたというべきである。

イ 被控訴人Gらの主張

(ア) 前記ア(ア)は,いずれも否認ないし争う。

(イ) 消滅時効

控訴人Aらは,遅くとも原審第1回口頭弁論期日である平成13年7月27日には,本件死因贈与契約がなされた事実を知っていたのであるから,その翌日から1年後の平成14年7月27日の経過により,控訴人Aらの遺留分減殺請求権については,消滅時効(民法1042条前段)が完成している。

平成15年10月1日,当審第1回口頭弁論期日において,被控訴人Gらは,控訴人Aらに対し,前記消滅時効を援用した。

なお,最高裁判決(昭和54年(オ)第907号同57年11月12日第二小法廷判決・民集36巻11号2193頁参照)に照らせば,本件訴訟において控訴人Aらが本件死因贈与契約の無効を主張していた等の事情によって前記消滅時効の完成が妨げられることはないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,当審において審理の対象となっている被控訴人Gらの請求(原判決主文第2項で認容された所有権移転登記手続請求,及び当審における請求の趣旨の訂正後の共有持分権確認請求)はいずれも認容すべきものであり,控訴人Aらの請求は棄却すべきものと判断する。

その理由は,以下のとおり付加,訂正,削除し,下記3において当審における控訴人らの新主張についての判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」(ただし,原判決11頁23行目から12頁23行目までを除く。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁8行目の「亡J」から9行目の「という。)」までを「本件死因贈与契約の成否」に改める。

(2)  同頁15行目の「2号」の次に「所在」を加える。

(3)  同7頁17行目の「遺産分割協議書(」の次に「甲31,」を加える。

(4)  同8頁1行目の「相続」を「負担ないし相続」に改める。

(5)  同頁12行目の「被告F本人は,」を削除し,15行目の「供述する」の次に「(原審における控訴人F本人)」を加える。

(6)  同頁16行目の「被告D本人も,」を削除し,17行目の「供述する」の次に「(原審における控訴人D本人)」を加える。

(7)  同頁24行目の「甲23の3」の次に「〔控訴人Aは,別訴において,本文に記載のある本件同意書に捺印したことを認める証言をしている。〕」を加える。

(8)  同9頁23行目から10頁1行目までを以下のとおりに改める。

「以上の諸事情と,証拠(甲11,23の1ないし3,29ないし32)及び弁論の全趣旨とを総合考慮すれば,亡Kの遺産に関する遺産分割協議の際,亡Jを含む亡Kの全相続人の間で,亡Jが本件不動産を相続するが,亡Jが死亡したときには亡Mが本件不動産を取得することが合意され,その合意に沿う形で,本件遺産分割協議書及び本件同意書が作成されたことが推認できるから,本件死因贈与契約が成立したものと解するのが相当である。」

(9)  同10頁16行目の「民法994条は,遺贈は」を「民法554条は,死因贈与契約については遺贈に関する規定を準用する旨規定しているところ,同法994条1項は,遺贈について」に改める。

(10)  同10頁18行目から11頁7行目までを以下のとおりに改める。

「(2) しかしながら,仮に死因贈与契約について原則的には民法994条が準用されるとしても,死因贈与契約も本来的に契約自由の原則が支配する契約の一種であること等に鑑みれば,契約当事者が別段の意思を表示し,死因贈与契約における受贈者たる地位も相続の対象となり得ることを特に契約の内容としたと解される場合には,民法994条は準用されないものと解するのが相当である(大審院昭和8年2月25日判決・新聞3531号7頁参照)。

本件の場合,前記認定のとおり,亡M夫婦及び被控訴人Gらは,亡Mが亡Kから購入してもらった大阪府守口市a町b番地所在の家に居住し,亡K夫婦とは別居していたが,亡K夫婦からの同居してほしい旨の要請を承諾し,昭和49年2月以降,本件不動産において,亡K夫婦と一緒に居住するようになったこと,その後,亡Mらが居住していた家は売却されたこと,昭和58年8月19日に亡Kが死亡した後も,亡M夫婦及び被控訴人Gらは,本件不動産において,亡Jと一緒に居住していたこと,控訴人B,控訴人C及び控訴人Fは,それぞれ,婚姻するに際して亡Kから家を購入してもらっており,控訴人A,控訴人D及び控訴人Eは,それぞれ,婚姻するに際して亡Kから嫁入り道具を用意してもらっていたこと,亡Kの遺産に関する遺産分割協議の際,亡Jを含む亡Kの全相続人の間で,亡Jが本件不動産を相続するが,亡Jが死亡したときには亡Mが本件不動産を取得することが合意され,その合意に沿う形で,本件遺産分割協議書及び本件同意書が作成されて,本件死因贈与契約が成立したことが,それぞれ認められるところ,本件遺産分割協議及び本件死因贈与契約を成立させた亡Jを含む亡Kの全相続人の合理的意思に鑑みれば,本件不動産の所有権について,亡Jの生存中は亡Jに帰属させるものの,亡Jの死亡後は亡Mに取得させ,さらに,亡Mの死亡後は亡Mの相続人らに相続させることを承認していたものと認めるのが相当である。

以上によれば,本件死因贈与契約を成立させた亡J及び亡Mの合理的意思解釈として,本件死因贈与契約においては,受贈者たる地位が相続の対象となり得ることを特に契約の内容としていたと認めることができるから,本件死因贈与契約については,民法994条1項は準用されないと解するのが相当である。」

(11)  同11頁15行目の「16日当時」から同行の「所有であった」までを「16日,被控訴人Gらは本件不動産を共同相続(相続分各2分の1)した」に改める。

(12)  同頁17行目の「本件不動産が」から18行目の「所有であった」までを「被控訴人Gらが本件不動産につきそれぞれ2分の1の共有持分権を有している」に改める。

2  当審における控訴人らの主張に対する判断(補充)

(1)  当審において,控訴人らは「長男である亡M夫婦は,亡K夫婦と同居しながら,亡K夫婦の面倒をみておらず,また,亡MはO木材株式会社に対して種々の迷惑をかけており,控訴人ら兄弟姉妹はそれらのことについて日頃から頭を痛めていた。亡Kの遺産に関する遺産分割協議当時,亡MにO木材株式会社を継がせていいのかについて,亡Jや控訴人ら兄弟姉妹には大きな危惧があり,結局,O木材株式会社の経営を続けて行うこと,亡Jの面倒をみること,他の兄弟姉妹らが困ったときには助けることといった条件を付けて,亡MがO木材株式会社を引き継ぐことを認めたという経緯があった。そのような事情の下,しかも当時亡Jは元気であったにもかかわらず,亡Kの遺産に関する協議を重ねている最中に,亡Jの死亡後のことについてまで協議するということは,余程の事情がない限りあり得ないことである。控訴人らは本件同意書に捺印したことはない。本件同意書に手書きで記載されている「59.2.6」という数字は,本件遺産分割協議書には記載されておらず,後日に昭和59年2月6日付けで作成するようにとの指示があったことを物語るものであること,及び本件同意書中の控訴人らの住所表示の記載方法は,本件遺産分割協議書中の控訴人らの住所表示の記載方法と異なっていること等に照らせば,本件同意書は,本件遺産分割協議書と同じ日に作成されたものではないというべきである。仮に控訴人らが本件同意書に捺印したとしても,本件遺産分割協議当時,税務上のものであるなどとして多くの書類への捺印を求められた際に,内容を確認できないままに捺印した可能性が高い。仮に控訴人らが本件同意書の内容を認識して捺印していたとしても,単に「母親の面倒をみてくれたら,他の兄弟は何も言わない」という程度の気持ちを表明したものにすぎず,確定的な内容をもった法的拘束力のある死因贈与契約の成立やそれに対する同意と認定するのは相当でない。亡Jは本件同意書の存在を認識していなかった。もしそのような認識を有していたのであれば,亡M及びその家族らから面倒をみてもらえない状況になったときに,死因贈与契約を否定する行動をとったはずである。仮に亡Jが本件同意書の存在を認識していたとしても,控訴人らの場合と同様のことが言える。亡Jにとって仏壇と本件不動産とは切り離せないものであったから,遺言状(乙7)中の「私が死んだら,O家は永久に真言宗でまつる事。他宗でまつるなら,墓,仏だんとも真言宗でまつってくれる子供に渡す事」との記載は,死後に本件不動産を長男夫婦に渡さないという亡Jの強い意思の表れである。亡Mは亡Kが経営していたO木材株式会社を引き継いだところ,同社は広大な土地やマンション及び現金等を有しており,亡M及びその家族らは固有の住居となるべき不動産を十分すぎるくらいに有することとなったのであるから,亡Jの死後に亡M及びその家族らの固有の住居を確保するために本件不動産の所有権を亡Mに取得させる必要はなかった。亡Jが死亡してから半年も経たない平成12年6月,被控訴人Gらは,控訴人らを相手方として大阪家庭裁判所に対して遺産分割調停を申し立てたが,同調停の席上において,本件建物が亡Jの遺産であることを認めた上で,控訴人らの相続分についての買取りを申し出ており,本件死因贈与契約の成立等の主張をしていなかった。以上の諸事情と,本件死因贈与契約に関する亡J自身が押印した書面が存在しないこと等に照らせば,本件死因贈与契約が成立したと認めるべきでない。」旨主張する。

しかしながら,亡M夫婦及び被控訴人Gらは,亡Mが亡Kから購入してもらった大阪府守口市a町b番地所在の家に居住し,亡K夫婦とは別居していたが,亡K夫婦からの同居してほしい旨の要請を承諾し,昭和49年2月以降,本件不動産において,亡K夫婦と一緒に居住するようになったこと,その後,亡Mらが居住していた家は売却されたこと,昭和58年8月19日に亡Kが死亡した後も,亡M夫婦及び被控訴人Gらは,本件不動産において,亡Jと一緒に居住していたこと,控訴人B,控訴人C及び控訴人Fは,それぞれ,婚姻するに際して亡Kから家を購入してもらっており,控訴人A,控訴人D及び控訴人Eは,それぞれ,婚姻するに際して亡Kから嫁入り道具を用意してもらっていたこと,本件遺産分割協議書には,亡Jを含む亡Kの相続人全員が捺印したこと,本件同意書は,本件遺産分割協議に際して,本件遺産分割協議書と一体のものとして作成されたこと,控訴人らは,本件不動産は,亡Jの死亡による相続開始時において,亡Mが相続することに同意する旨記載された本件同意書(甲11)に,本件遺産分割協議書に捺印したものと同じ印鑑を用いて捺印したこと,本件死因贈与契約によって実質的に不利益を被るのは控訴人らであるから,本件同意書に控訴人らの捺印をもらえば足り,亡J名義の死因贈与契約書をあえて作成しなかったとしても,不自然ではないこと,亡Jが平成2年9月ころに作成した遺言状(乙7)には,本件不動産についての記載がないこと,それらの諸事情等に照らせば,亡Kの遺産に関する遺産分割協議の際,亡Jを含む亡Kの全相続人の間で,亡Jが本件不動産を相続するが,亡Jが死亡したときには亡Mが本件不動産を取得することが合意され,その合意に沿う形で,本件遺産分割協議書及び本件同意書が作成されて,本件死因贈与契約が成立したものと解するのが相当であることは,前記のとおりである。

そして,P税務会計事務所のQは,本件同意書及び本件遺産分割協議書は同時に作成されたものであり,住所表示の記載方法が違うことに特別な意味はない旨を回答していること(甲32),遺言状(乙7)中の控訴人らが指摘する部分の記載は,墓及び仏壇に関する記載であると読むのが自然であること,家庭裁判所における遺産分割調停において,被控訴人Gらが控訴人らに対して本件不動産についての控訴人らの相続分の買取りを申し出たとしても,そのことは,何ら本件死因贈与契約の成立を認定する妨げとはならないというべきこと等に照らせば,控訴人らの前記主張を考慮しても,前記の事実認定及び判断が覆ることはないというべきである。

よって,控訴人らの前記主張を採用することはできない。

(2)  当審において,控訴人らは「死因贈与契約が成立したとしても,受贈者が贈与者よりも先に死亡した場合には,民法554条によって同法994条が準用されるから,死因贈与契約は無効となり,死因贈与契約における受贈者としての地位も相続されないというべきである。遺贈と死因贈与契約とは,法形式こそ異なるものの,どちらも相続人に帰属すべき財産の処分という実質を有する点で共通するものであり,それゆえにこそ,同法554条は,あえて法形式の異なる規定を準用することにしたものである。したがって,死因贈与契約の契約性を強調して,同法994条の準用を否定すべきでない。」旨主張する。

しかしながら,仮に死因贈与契約について原則的には民法994条が準用されるとしても,契約当事者が別段の意思を表示し,死因贈与契約における受贈者たる地位も相続の対象となり得ることを特に契約の内容としたと解される場合には,民法994条は準用されないものと解するのが相当であること,本件の場合,本件死因贈与契約を成立させた亡J及び亡Mの合理的意思解釈として,本件死因贈与契約においては,受贈者たる地位が相続の対象となり得ることを特に契約の内容としていたと認めることができること,結論として,本件死因贈与契約については,民法994条は準用されないと解するのが相当であることは,前記のとおりである。

そして,控訴人らの前記主張を考慮しても,前記の判断及び結論が覆ることはないというべきである。

よって,控訴人らの前記主張を採用することはできない。

3  当審における控訴人らの新主張(前記第2の3)について

(1)  書面によらない贈与の取消し(控訴人らの主張)について

控訴人らは前記第2の3(1)ア記載のとおりの主張をする。

しかしながら,前記認定のとおり,本件死因贈与契約は,亡Kの遺産に関する遺産分割協議の際,亡Jを含む亡Kの全相続人の間で,亡Jが本件不動産を相続するが,亡Jが死亡したときには亡Mが本件不動産を取得することが合意され,その合意に沿う形で,本件遺産分割協議書及び本件同意書が作成されて成立したものであって,実質的には本件遺産分割協議と一体のものであったことが認められるから,本件遺産分割協議によって本件不動産の所有権を相続した亡Jが,本件死因贈与契約を自由に取り消すことができると解することは,亡Mの利益を著しく害することになる。したがって,書面によらない贈与契約であるとはいえ,本件死因贈与契約については,民法550条本文によって取り消すことはできないと解するのが相当である(なお,同条本文の趣旨は,贈与契約が贈与者から受贈者に対して無償で利益を与える性質のものであり,自由な取消しを認めても受贈者の利益を著しく害する結果とならないことを前提として,贈与意思の明確化を図ること及び軽率な贈与を予防することにあるものと解されるから,本件死因贈与契約のように,自由な取消しを認めると受贈者の利益を著しく害する結果となる場合には,同条本文は適用されないものと解するのが相当である。)。

また,亡Jが亡Mに対して本件死因贈与契約を取り消す旨の意思表示をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない(かえって,亡Jが平成2年9月ころに作成した遺言状(乙7)には,本件不動産についての記載がないことは,前記のとおりである。)。

よって,いずれにしても,控訴人らの前記主張を採用することはできない。

(2)  遺留分減殺請求(控訴人Aらの主張)について

ア 控訴人Aらの遺留分減殺請求の主張に対し,被控訴人Gらは前記第2の3(2)イ(イ)記載のとおり消滅時効の主張をするので,以下検討する。

イ 民法1042条前段にいう「減殺すべき贈与・・・があったことを知った時」とは,贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知った時と解すべきであるが,民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば,遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば,それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であっても時効は進行を始めないとするのは相当でないから,被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者がその事実を認識しているという場合においては,無効の主張について,一応,事実上及び法律上の根拠があって,遺留分権利者がその無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともと肯認し得る特段の事情が認められない限り,その贈与が減殺することのできるものであることを知っていたと推認するのが相当というべきである(最高裁昭和54年(オ)第907号同57年11月12日第二小法廷判決・民集36巻11号2193頁参照)。

ウ 本件の場合,訴状には,既に本件死因贈与契約が成立した旨の被控訴人Gら及び亡Lの主張が記載されていたことが認められ,また,前記認定のとおり,昭和59年2月6日ころ,控訴人Aらは,本件死因贈与契約が成立したのと同じ日に,本件死因贈与契約と同様の趣旨が記載された本件同意書に捺印したことが認められる。それらの事実と証拠(甲23の1ないし3)及び弁論の全趣旨とを併せ考慮すれば,控訴人Aらは,遅くとも原審第1回口頭弁論期日が開かれた平成13年7月27日には,本件死因贈与契約が成立したことを知っていたことが推認できるから,控訴人Aらは亡Jの財産の大部分が死因贈与されていた事実を認識していたものというべきである。

また,控訴人Aらは,原審において本件死因贈与契約の不成立及び無効を主張し続けていたものであるが,本件死因贈与契約は成立したものと認められること,控訴人Aらは,本件死因贈与契約が成立したのと同じ日に,本件死因贈与契約と同様の趣旨が記載された本件同意書に捺印していたこと,本件死因贈与契約においては,受贈者たる地位が相続の対象となり得ることを特に契約の内容としたと認めることができるから,亡Mの死亡後も本件死因贈与契約は有効であり,亡Jが死亡したことにより,本件死因贈与契約に基づいて亡Lが本件不動産の所有権を取得したことが認められることは,前記のとおりである。そして,その結論及び理由に照らせば,平成13年7月27日以降,控訴人Aらが本件死因贈与契約の不成立及び無効を主張し続けたことについて,前記「特段の事情」が存すると認めることはできないというべきである。

以上によれば,遅くとも同日当時,控訴人Aらは本件死因贈与契約が減殺することのできるものであることを知っていたと推認するのが相当であるから,その翌日から控訴人Aらの各遺留分減殺請求権の消滅時効が進行するというべきであり,その1年後の平成13年7月27日の経過をもって,控訴人Aらの各遺留分減殺請求権の消滅時効が完成したと解するのが相当である。

エ これに対し,控訴人Aらは前記第2の3(2)ア(イ)(あ)記載のとおりの主張をするが,上記イに記載したところに照らして,これを採用することはできない。

オ また,控訴人Aらは前記第2の3(2)ア(イ)(い)記載のとおりの主張もしている。

しかしながら,弁論の全趣旨によれば,控訴人Aらは,家庭裁判所における遺産分割の調停及び審判,並びに原審を通じて,一貫して本件不動産が亡Jの遺産であること及び本件死因贈与契約が不成立ないし無効であることを主張し続け,予備的にせよ本件死因贈与契約の存在を前提とする主張を一切していなかったことが認められるから,そのような主張の中に当然に遺留分減殺請求権の行使が含まれていたと解することはできないというべきである。

よって,控訴人Aらの前記主張を採用することはできない。

カ そうすると,その余の点について判断するまでもなく,遺留分減殺請求に関する控訴人Aらの主張は理由がない。

4  以上によれば,本件各控訴はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。なお,原判決主文第1項は,請求の趣旨の訂正により,本判決主文第2項のとおりに変更された。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 細島秀勝 裁判官)

川谷道郎は,転任のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 太田幸夫

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