大阪高等裁判所 平成15年(ネ)1929号 判決 2004年3月04日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2 事案の概要
1 控訴に至る経緯
(1) 本件は、被控訴人が、店舗総合火災保険契約に基づき、控訴人に対し、建物、商品等の火災保険金4億円余りの内金5000万円と商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し、控訴人は、本件火災が偶然に発生したことを否認するとともに、被控訴人の故意(放火)による免責を主張して争った。
(2) 原審は、本件火災は偶然のものであると認定し、控訴人の被控訴人の故意(放火)による免責の抗弁を排斥して、被控訴人の請求を全部認容した。
(3) これに対し、控訴人は、原審と同様、火災の偶然性を争うとともに、被控訴人の故意(放火)による免責を主張したほか、損害額も争って控訴した。
2 前提事実
(1) 被控訴人は、輸入雑貨・服飾の販売を営むa株式会社(以下「a社」という。)を経営している。
(2) (本件保険契約)
被控訴人は、平成11年12月2日、控訴人と次の内容の保険契約(以下「本件保険契約」又は「本件契約」という。)を締結し、同日、保険料48万6300円を支払った。
ア 保険種目 火災保険(店舗総合保険)
イ 証券番号 <省略>
ウ 保険の目的 原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)、家財一式及び商品・製品等一式
エ 保険金額 建物 2億円
家財一式 7000万円
商品・製品等一式 2億円
オ 保険料 48万6300円
カ 保険期間 平成11年12月2日午後4時から
平成12年12月2日午後4時まで
(3) (本件火災)
平成11年12月7日、本件建物内部で火災が発生し、これにより、4階居室20m2を焼損し、他の階の各室に煙水損の被害が生じたほか、建物内に保管されていた被控訴人及びその家族の所有する家財道具、被控訴人の経営する店舗の在庫品についても、一部に焼損及び消火活動に伴う浸水等の被害が発生した(以下「本件火災」という。)(甲3)。
3 争点と当事者の主張
本件の主たる争点と当事者の主張(要点)は、次のとおりである。
(1) 本件火災の偶然性とその主張立証責任
(控訴人の主張)
商法629条は「偶然ナル一定ノ事故」を保険金請求権の発生要件としているから、被控訴人が、本件火災が偶然であること、すなわち、故意又は重大な過失によるものでないことを主張立証すべきである。
(2) 被控訴人の故意又は重大な過失
(控訴人の主張)
本件火災は被控訴人の故意(放火)により生じたものであるから、控訴人は、本件保険店舗総合保険普通保険約款第2条(以下「約款」という。)に基づき保険金支払義務を負わない。
(3) 損害額
(被控訴人の主張)
被控訴人には、次のとおり、少なくとも4億円以上の損害が発生した。
ア 建物の損壊による修理費用 1億4437万5000円
イ 家具類 5993万円
ウ 商品(毛皮製品等) 2億6512万8000円
(内被保険金額2億円)
エ 以上合計 4億6943万3000円
(内被保険金額4億0430万5000円)
第3 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の保険金(内金)請求は理由があるから、これを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 争点(1)(本件火災の偶然性とその主張立証責任)について
当裁判所も、本件火災の偶然性の主張立証責任は保険金の請求者(被控訴人)が負うべきものであるが、被控訴人は「火災」の発生について外形的類型的な事実を主張立証すれば足り、火災が被控訴人の故意又は過失によって生じたものでないことまで主張立証すべき責任を負うとはいえないと解する。その理由は、原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」(原判決3頁18行目から6頁21行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
控訴理由にかんがみ補足すると、次のとおりである。
(1) 原判決5頁7行目から15行目までを次のとおり改める。
「 商法の上記定めからすれば、被控訴人である保険契約者は、保険金請求の請求原因として損害保険契約において合意されているところの、通常は偶発的に発生するものとして外形的・類型的に定められている事故の発生を主張立証すべき責任を負い(この点の立証ができれば、偶然の事故であることが事実上推定される。したがって、この証明は、一応の証明で足りると考えられる。)、逆に、控訴人である保険会社は、保険金請求に対する抗弁として具体的に発生した事故が被控訴人の故意又は重大な過失によるものであることを主張立証すべき責任を負うものと解される。」
(2) 原判決6頁20行目から21行目までを次のとおり改める。
「(5) 以上のような本件火災の客観的な態様からすれば、本件火災は、外形的・類型的に、偶然に生じた事故によって発生したものと認めるのが相当である。少なくとも、本件火災の客観的な態様に関する限り、控訴人が主張するような被控訴人の保険金取得の動機・目的など主観的要因は、この認定・判断を左右しない。
この点に関連して、当審において提出された乙38(J教授の意見書)によると、本件火災は急激に短時間で発達する火災であり、複数箇所において火炎の立上りが認められるとされている。
しかし、この事実は、本件火災の原因が、たばこの火の不始末であるとの可能性を減殺する事情とはなりえても(乙7〔火災原因判定書〕においてもたばこによる出火の可能性は低いとされている。)、後記のとおり、直ちに放火に結びつけるにはいささかの飛躍がある。乙7においても、放火については物的証拠がなく、部外者による放火の可能性は極めて低く、被控訴人内部の者による放火は不明とされ、結局、出火原因は不明として処理されている。乙38も、本件火災が外形的類型的には偶然に生ずる事故によるものとの前記認定・判断を動かすものではない。」
2 争点(2)(被控訴人の故意又は重過失)について
当裁判所も、本件火災は、被控訴人の故意又は重過失により生じたものとまではいえず、控訴人は保険金支払義務を免れないと判断する。その理由は次のとおりである。
証拠(甲7、8、乙3の1、2、乙4、5、7、8、10の1、2、乙11、20、21の1、2、乙22ないし31、35、38、証人G、同F、同D、被控訴人本人)と弁論の全趣旨によれば、次のとおり認定・判断するのが相当である。
(1) 被控訴人の家族、a社の概況等
ア 被控訴人(昭和○年○月生まれ。本件火災当時47歳)には、家族として、夫H、長男D(昭和○年○月生まれ。本件火災当時26歳。以下「D」という。)及び長女C(昭和○年○月生まれ。本件火災当時15歳。以下「C」という。)がいる。
a社の代表取締役は夫のHであるが、Hは香港で別の会社を経営しており、本件建物にはたまに帰ってくる程度であった(離婚話も出ていたという。)。DとCは、本件建物で被控訴人と同居していた。Dには当時婚約していた女友達がおり、同女は本件建物の4階のDの部屋に泊まっていくことも多かった(本件火災の時も、前夜から泊まっており、後述するとおり、Dと女友達は本件火災発生の直前に外出した。)。
イ 本件建物は、平成8年9月に新築したもので、被控訴人の所有であり、被控訴人名義で所有権保存登記をしていた。
ウ 被控訴人は、形式的にはa社の(専務)取締役であったが、実質的にはそのオーナーであり、その経営をしていた。
a社は、昭和61年に設立された高級トータルファッションを扱う小売業で、高級インテリア商品、毛皮等の輸入物を含む衣料、靴、小物類その他の商品を扱っていた(被控訴人は、小売とはいっても、固定客の注文を受けてオーダーの衣料を販売することが多かったという。)。本件建物が新築された後の平成9年4月にa社の本店を本件建物に移転し、本件建物を店舗、倉庫等としていた。
a社の従業員としては、経理を見ていたA(当時69歳くらい。以下「A」という。)がいた(もっとも、Aは、実際には書類の整理程度をしていたという。)。また、かつては、B(以下「B」という。)もa社で働いていたが、Bは平成10年12月ころ居酒屋を開業した。もっとも、Bは、その後もa社と関係し、a社の営業活動をしていたようであり、本件本件建物の2階の部屋に寝泊まりし、本件建物から経営する居酒屋に出勤していた。
エ a社は、平成10年ころまでは順調に経営されていたごとくであるが、平成11年には売り上げが減少し、本件火災前は経営は順調でなかったようである。
被控訴人は、信用組合関西興銀(以下「関西興銀」という。)から借入れをしていたが、平成8年9月本件建物の新築時に本件建物に根抵当権を設定していた。
被控訴人は、平成10年10月ころI1ことIから借入れをしており、平成11年1月ころには「債務承認及びその履行に関する契約」の公正証書(乙8)を作成し、平成11年9月に本件建物につき強制競売開始決定がされていた。
さらに、被控訴人は、消費者金融業者からも一定額を借りていた。
被控訴人は、これらについて夫Hからも送金を受けて返済していたと陳述・供述している。
オ 被控訴人は、本件建物及びその敷地を売却して、東京で新たに事業を行うことを計画した。そして、平成11年8月に仲介業者の株式会社恵幸商事に仲介を依頼し(乙10の1、2)、当初は、1億8000万円で売りに出していたが、買い手が現れなかったので、1億3800万円に下げて売りに出していたところ、買い手が現れ、売買契約の話が進んでいた。
(2) 本件保険契約に至る経緯等
ア 本件保険契約は、控訴人・被控訴人間で初めての契約である。
被控訴人は、これまでに、火災保険契約等を結んだことはあるが、一定額の保険金を取得したことはない。被控訴人は、以前、関西興銀に対し本件建物に根抵当権を設定した際、関西興銀の勧めで火災保険契約を締結したが、同保険契約は、平成11年2月ころには期間が終了しており、被控訴人も、その後関西興銀からからそのことを指摘されていた(被控訴人は平成11年9月ころに知ったという。)。
イ 被控訴人は、平成11年6月ころ、Bの経営する居酒屋でBを介して控訴人の保険代理店を営むGと知り合った。Gは、控訴人と関連する生命保険会社にも勤務しており、当初は被控訴人に生命保険の勧誘をしたが、同年11月初め、被控訴人が火災保険なら契約してもよいと話し、本件保険契約の話になった。
このように、被控訴人の側から積極的に火災保険を持ち掛けたわけではない(もっとも、Gは、火災保険の契約の締結はむつかしいと思っていたところ、その後被控訴人が積極的になったと証言しているが、被控訴人は、Gが熱心に契約を勧めたと供述している。なお、被控訴人は当初は商品について盗難保険に入ることも考えていたごとくであるが、Gが、控訴人では商品の盗難保険を扱っていないことを伝えると、被控訴人は了承した。)。
ウ 本件保険契約は、平成11年12月2日に締結された。
保険金額は建物2億円、商品・製品等一式2億円、家財7000万円と高額である。
Gは、事前に、控訴人の担当者と共に被控訴人方を訪れて、本件建物及び商品等を見分し、一見したところでは、いずれも豪華な印象を受けた。高額の保険契約を締結した方が営業成績につながることから、保険金の限度額(2億円)という話を出したのもGの方からのようである。被控訴人は、特に高級品に係る明記物件についても希望していなかったようである。
被控訴人は、高額の保険金額の割りには保険料が安いと感じて、勧められるままに本件保険契約を結ぶに至ったようである。
控訴人側も、契約前日(平成11年12月1日)に商品の棚卸表(乙2)を受け取ったのみで、評価額を裏付ける客観的な資料が提出される前に、本件保険契約を締結した。
以上のように、被控訴人の側から積極的に高額の保険金額にこだわった形跡は必ずしも見当たらない。
エ 検討
以上のとおり、控訴人にはこれまでにみるべき保険金の取得歴はない。
また、自ら進んで控訴人側に本件保険契約を持ち掛けたり、高額の保険金にこだわっていたわけでもない。そこには、放火してまで保険金を騙し取るという不自然な事情は見出しがたい。
(3) 本件火災の状況
ア 本件建物は、平成8年9月に新築された鉄骨・鉄筋コンクリート造地下1階付の4階建物(延床面積約340m2、敷地面積は約165m2)である。
本件建物は、住宅街の中にあり、人通りの多い道路に面している。
本件建物は、被控訴人らの居宅とa社の店舗(商品の展示、販売)や倉庫として使用されていた。すなわち、本件建物の地下1階はプレールーム、1階及び2階はa社の店舗であり、2階の奥の部屋には本件火災発生当時Bが寝ていた。3階にはリビングルームとCの居室があり、4階にはDの部屋とCの寝室があった。
出火場所のDの部屋の状況は、別紙出火場所(Dの部屋の見取図)のとおりであり、4階の各部屋の配置は、別紙四階平面図のとおりである。
本件保険契約の目的となっていた商品は、3階・4階吹き抜けの部屋と4階のCの寝室の南隣のロフトに置かれていた。商品は、本件火災の煙による被害と消火の際の浸水を受けたが、商品等の一部は焼損を免れている。
イ 本件建物には被控訴人らが居住しており、本件火災発生時、建物の中にいたのは、被控訴人、C、従業員のAと知人のBである。
本件出火前の関係者の行動は、おおよそ次のとおりである。
(ア) Dと女友達は、前夜、3階のDの部屋(出火場所)で寝た。本件火災当日の朝6時ころ、2人でいったん外出した。Dは、このときにたばこを1本吸ったが、消して灰皿に置いたという(女友達がたばこを吸うかどうかは不明である。)。
Cは、4階の寝室で遅く寝た。なお、Cは、当日被控訴人とミシンを買いに行く予定であった。
(イ) 被控訴人は、午前10時すぎないし11時ころ、建物の窓を開ける等のために、4階に上がった。
この点について、被控訴人は、当日はゴミの収集日(火曜日)であったので、ゴミを集めるために4階に上がった、Dの部屋の中をのぞいたがDと女友達はいなかった、Dの部屋の窓から下をみるとDと女友達がいた、Cの部屋の前からドア越しに声をかけ、少し話をした後に、Cが「また寝る。」などと言ったので、そのままドアを半開きにして出て、階下に下りたと陳述・供述する(結局ゴミはなかったと供述する。)。
しかし、Cは、被控訴人が起こしに来た、部屋に入った、部屋のドアを開いて出て行ったと陳述している(乙26)。
(ウ) Dと女友達は、午前11時ころ、外出先から戻った。Dは自動車のナンバープレートを付け替えるためにドライバーを取りに、女友達は服を取りに、一緒にDの部屋に上がり、10秒ほど部屋にいただけで、外に出た。この際は、Dはたばこを吸っていないし、部屋の中に火の気その他の異常はなかったという。
そして、午前11時すぎ(Dは、ナンバープレートを付け替えて時計を見たところ、11時5分だったという。)、女友達と自動車で陸運局に向かったが、その途中で、携帯電話にBから連絡が入り、本件火事を知らされた。
ウ 本件火災の第1発見者は、Cである。Cは本件火災当時、上記のとおり4階の自分の寝室で寝ていた。
午前11時11分ころ、回りからバチバチと音がして、部屋のドアから煙がもくもく入ってきた。Cは、すぐに火事だと思って部屋を飛び出したところ、Dの部屋の入口ドアから白い煙が吹き出していた。
Cの部屋は、別紙四階平面図のとおり、Dの部屋と同じ4階であるが、Dの部屋から数段の階段を上がった場所にある。Cが階下に下りるためには、この階段を下りてDの部屋の前の廊下を通り、更に3階に通ずる人1人が通れる程度の狭い階段を下りなければならない。
Cは本件火災時、階下に避難する際、Dの部屋から吹き出した煙を吸い込んでいる。
Cは、3階に下りて、踊り場から階下に向かって「火事だ」と何回も大声で叫んだ。被控訴人、A、Bがすぐに階上に上がった。Bは、毛布を持って4階に上がろうとしたが、煙がひどくて断念した。
Cは、Bの指示で、すぐに119番通報をした。
エ 検討
(ア) 本件火災は、平日の白昼、住宅街の中にあって人通りの多い道路に面している本件建物内に、従業員のA、知人のBがおり、しかも、Cが寝ている最中に発生している。放火とすれば、被控訴人の関係者ということになるが、これらの者が放火するならば、普通、人目に付きやすい昼間や他人がいるときは避けるのが自然である(放火による保険金詐欺は、深夜、人気のないところで発生している例が多い。)。本件のような状況下で放火を敢行するのは不自然である。
(イ) とりわけ、本件火災により、Cの寝ていた部屋に煙が流れ込んだり、Dの部屋から煙や炎が階段に吹き出して逃げ遅れたCが脱出できない状態に陥る危険があった。
控訴人は、そのために、被控訴人が事前にCを起こしてドアを開けておいたと主張する。しかし、被控訴人の供述では、Cは「また寝る。」と答えたというのであり、Cの陳述でも、すぐには起き出さなかったというのであるから、その直後に放火すれば、煙や炎によりCに危険が及ぶことに変わりはない。被控訴人が、あえて実の娘(当時15歳、学生)が就寝中に、その近くの部屋に放火するとは考えにくい。
(ウ) 放火という重大犯罪を敢行する以上、本件建物や商品、家財道具等を完全に焼損させ、保険金満額の取得を狙うのが普通である。本件では、直接商品に放火して毀損することが容易であった。ところが、実際には商品の保管場所からは離れた場所から出火し、しかも商品の一部は焼損を免れている。
控訴人は、実損害を拡大せずに保険金を取得するため、水損や煙損を企図したものであると主張する。しかし、被控訴人は、今回、控訴人とは初めて結んだ契約である(事前にそのことを照会した形跡はない。)。被控訴人には、過去にみるべき火災保険金の取得歴もないから、そこまで考えていたとはいい難い。
(エ) 被控訴人やBは、Cが火事だと叫ぶのを聞いて、すぐに階上の出火場所に駆けつけている。Bは、危険を冒して消火を試みたり、消火が不可能と知るやCに指示して直ちに消防署に電話させ、被害拡大の防止を図っている。そこに、火災の発見者として不自然な行動はない。
本件火災発生時、被控訴人は本件建物の中にいたから、放火の疑いがかかることは当然に予想できたものである。しかし、失火や第三者の放火と見せかけるための偽装工作が行われた形跡もない。
(オ) 本件火災につき放火の可能性を検討する場合、現場の状況からみて、外部の者による放火の可能性は考慮の外に置いてよい。
被控訴人や関係者など内部の者による放火とすると、被控訴人、D、A、Bなどが実行行為者と考えられる(Cは第1発見者であるが、就寝中でもあり、除いて差し支えない。)。
しかし、被控訴人の属性(当時47歳、女性、a社経営)や保険金取得歴もないことからすると、いきなり、重大犯罪である放火を、しかも後記のとおり、4階に上がった2、3分の間に、しかも後に痕跡も遺さないような方法で、放火を敢行すると考えるには疑問が多い。
D(当時26歳、ガソリンスタンド店員)は、本件火災当時建物の外に出ていたようであるし、女友達と一緒にいる時に、あえてこのような放火に及ぶとも考えにくい(また、Dの陳述や証言は率直で、虚偽の事実を語っているとはうかがえない。)。
A(当時69歳)はa社の従業員(取締役でもある。)、Bは被控訴人の知人で本件保険の紹介者でもある。しかし、いずれも、被控訴人に金を貸しているなど格別の利害関係があるわけではない。人助けに(被控訴人のために)、あえて、放火という重大犯罪を敢行する動機に乏しい。
(カ) 本件火災の状況は、被控訴人あるいはその関係者による保険金目的による放火としては不自然というべきである。
(4) 本件火災の態様
ア 出火場所
(ア) Dの部屋の床では、灰皿付近の床上が最も強く焼けており、近くに置かれていたソファーが強く燃えていると考えられることから、a 消防署は、その付近が出火場所と判定している。この灰皿付近の床上が出火場所と考えられる。
(イ) 控訴人は、複数の火炎の立ち上がりの箇所があると主張する。そして、当審において提出された乙38(J教授の意見書は、ドア直近の南側壁面からドアを通ってその東側、ドアの東側から北隅部を含んで(ソファの接している領域)にかけて、強い燃焼の立ち上がりが少なくとも4か所見られ、出火場所は、<1>ドア前下部、<2>テレビの載っていた机の右側(西側)床面、<3>北東側ソファの部分、<4>北隅部であるとしている。
しかし、この意見書は、事後に、乙7(火災原因判定書)、乙35(実況見分状況書)等の資料に基づいて作成されたものである。現場を実地に見分して作成したものではない。強い燃焼の立ち上がり箇所がそのまま出火場所といえるのか、その正確性には自ずから限界があるというべきである。
イ 出火原因
(ア) Dの部屋の床に、油その他の可燃物が撒かれたような形跡はない。
控訴人は、これは消防署による検証等が杜撰なためである、もし燃残物を採取して精度の高いガスクロマトグラフ質量分析法などによる可燃性液体(固体)量調査を行っていれば、炭化水素(系油性成分)が検出された可能性があると主張する。
しかし、これは放火という結果論を前提とする憶測の域を出ないものといわざるを得ず、採用しがたい(消防署による検証等を杜撰であると非難するのなら、控訴人が自ら調査すれば足りることである。)。
(イ) 出火当時、Dの部屋の東側の壁付近には衣類が掛けてあり、床上のトレーの上には簡易ライター、オイルライター、ライター用のオイル缶などが置かれていた。いずれも本件火災後、元の場所に残存し、Dの部屋の南側のはしごから続く部屋(ロフト)には衣類の束が残存していた。出火場所となった上記灰皿周辺の床上付近には、ソファーに掛けられた掛け布団もあった。
Dの部屋には段ボール箱が置かれており、本件火災後、警察が回収しているが、現場検証をした警察官は、放火の可能性を否定するような発言をしたようであり、段ボール箱は放火に使用されたような状態ではなかったと考えられる。
Dの部屋の灰皿は、本件火災後も同じ位置に残存しており、中の吸い殻は燃えずに残存していた。Dは喫煙の習慣があり、部屋の灰皿にはいつも吸い殻が山盛りとなっていた。
(ウ) Dは、当日の行動について、午前6時ころに室内のソファーに横になってたばこを吸い、その後外出したが午前11時ころ帰ってきて、自動車のナンバープレートを付け替えるためにドライバーを取りに女友達と一緒に部屋に入った、しかし、その時は室内でたばこを吸うことなく10秒くらいで部屋から出たと供述している。
他方、被控訴人は、ゴミを集めるために4階に上がり、Dの部屋の外から室内を見たが煙やにおいはなく何かが燃えている様子はなかったと供述している。
(エ) Dが自動車のナンバープレートを付け替える作業を終了したのは午前11時5分ころである。被控訴人は、Dの部屋の外から室内を見た後、窓からDらを見た。そのとき、Dらはこれから出かけるか、あるいは帰ってきたような様子であった。
被控訴人が4階にいたのは2、3分であり、被控訴人が下に下りていった後、Cが時計を見たら午前11時11分であった。これによると、被控訴人がDの部屋を見たのは午前11時5分過ぎころであったと考えられる。
(オ) そうすると、本件火災は、午前11時5分ころから5分前後で出火したことになる。たばこのような微少火源では、このような急激な火災の発達は考えられない。乙7(火災原因判定書)や乙38(J教授の意見書)にもあるとおり、たばこの火の不始末による可能性は低いとみるのが自然である。
ウ 検討
(ア) まず、出火原因が、たばこの火の不始末であるという可能性は低い。
(イ) そして、本件火災において油など可燃物が使用された形跡はない。
(ウ) Dの部屋には、ライターや缶入りのライター用オイルなど可燃物が床に置かれたトレーの上に残されている。放火犯は、それらを使うことができたのに、それらに触れることもなく、あえて他の手段により放火したことになる。ほかに、犯人は室内の段ボールや衣類、ソファーなど可燃物に着火して完全焼毀を狙うこともできたのに、灰皿付近の床上に放火したことになる。その際、灰皿を倒すなどしてたばこが原因であるかのように見せかけるなどの偽装工作が行われた形跡もない。
(エ) このような本件火災の状況からすると、本件火災が、何者かにより故意に発生させられた(放火)と断ずるには不自然・不可解な点が多いといわざるを得ない。
(オ) 控訴人は、本件のように急激に短時間で発達する火災、しかも複数箇所に火炎の立ち上がりが認められることから、むしろ放火による火災であると主張し、乙38(J教授の意見書)を援用する。
しかし、複数箇所の火炎の立ち上がりを火元といえるかは、前記のとおり疑問がある。急激に短時間で発達したことから放火と断ずることも、前記のとおりなおちゅうちょされるところである。出火原因は、消防署の火災原因判定書(乙7)にあるように、不明とするほかない。
(5) 控訴人の主張に対する検討
ア これに対し、控訴人は、次のように指摘して、本件火災が被控訴人の故意によるもの(放火)であると主張する。
(ア) 被控訴人は、本件火災の直前に本件の保険に加入している。
(イ) 被控訴人は、本件建物について加入していた保険を平成11年2月以降継続しておらず、そのことを同年春ころには知っていたが放置していた。
(ウ) 被控訴人は、目的物の価格に比して高額な本件保険に加入した。
(エ) 本件火災当時、a社の売上げはほとんどなく、経営に行き詰まっていた。また、被控訴人は、本件火災直前に消費者金融等から数百万円の借入れを行うなど、経済的に困窮していた。
(オ) 被控訴人は、保険金を直接取得するために、本件保険契約をむすんだことを関西興銀に知らせず、質権設定を免れた。
(カ) 被控訴人は、本件火災後、当日の行動や消費者金融の借入れ状況等について矛盾し、あるいは事実に反する説明をしている。
(キ) 被控訴人は、本件火災後、Eと名乗る人物に保険金請求を依頼し、控訴人らに対し、不適切な保険金請求行為や交渉を行わせている。
イ 検討
(ア) 確かに、本件火災(平成11年12月7日)は、本件保険契約(同月2日)後わずか5日で発生している。これが偶然の一致なのか、疑問を感ずるのにも無理はない。
しかし、被控訴人が経済的に困窮していたとしても、本件建物にすぐに放火しなければならないように切迫した事情があったとはいえない。
本件建物が競売に掛けられていたといっても、直ちに競落される見込みがあったわけではないし、被控訴人は任意売却の途を模索したり、東京でブティックをやり直す算段もしていたようである。高額の保険金を掛け、すぐに放火するなどという見えすいた行動に出たならば、かえって怪しまれ、保険金の支払を拒まれる危険の方が大きい。本件火災の直前に本件の保険に加入していることは、必ずしも放火を推認させるものではないというべきである。
(イ) 控訴人は、被控訴人は、本件建物について加入していた保険を平成11年2月以降継続しておらず、放置していた、それなのに、突如、本件保険契約を締結したのは不自然であると主張する。
しかし、被控訴人が、本件建物の根抵当権者(関西興銀)のために設定した火災保険が切れたことをいつ知ったかは判然としない(被控訴人によると平成11年9月ころであるという。)。被控訴人としては、任意売却を考えていた本件建物が、売りに出す前に毀損することを慮って、たまたま知り合ったGから勧められて火災保険に加入することになったと考えることもできる。
(ウ) 控訴人は、被控訴人は、目的物の価格に比して高額な本件保険に加入した(超過保険)と主張する。
しかし、前記のとおり、被控訴人方に赴いて、本件建物・商品等を実地に見分し、営業成績上、いずれも限度額一杯の2億の話を出したのは控訴人側のようである。被控訴人がことさらに高額の保険金額にこだわっていたとは認められない。
(エ) 被控訴人(a社)の経営が必ずしも順調ではなく、経済的に困窮していたことは、被控訴人が保険金を取得しようとする動機があったことをうかがわせる。
確かに、この動機は、本件火災の客観的な状況から放火の可能性がある場合には、放火を推認させる重要な間接事実たり得る。しかし、前記のとおり、本件では、本件保険契約に至る経緯、本件火災の状況、その他の客観的状況からみて、被控訴人が故意に本件火災を発生させた(放火)と認めるのは困難なのである。そうすると、被控訴人に保険金取得の動機があることだけから、上記の認定を左右することはできない。
(オ) 質権設定については、被控訴人にそれほど知識があったとは思えない。Eに、交渉を任せていたところ、いったん関西興銀に譲渡された保険金請求権は、後日解除されて、平成12年4月26日には、被控訴人に戻されたようである(乙15、16)。本件保険契約時点で、関西興銀と質権設定をしなかったからといって、それほど不自然であるとはいえない。
(カ) 控訴人は、その他、本件火災後の被控訴人の行動や、保険金請求の態様の不自然さを指摘する。
しかし、被控訴人の説明が保険金の詐取を認めるのに決め手となるような虚偽事実の申告とまではいえないし(記憶違いということもあり得る。)、被控訴人としては、Eが不適切な交渉していると分かっていたなら、同人には任せなかったというのである(被控訴人本人)。いずれも、前記の認定を動かすものではないというべきである。
(6) まとめ
以下検討したとおり、本件保険契約に至る経緯、火災の状況・態様等を総合判断するならば、本件火災が被控訴人らの故意によって生じたもの(放火)であると認めるには十分でないというべきであり、他に、放火の主張を認めるに足りる事情も見出しがたい。控訴人が指摘する、被控訴人の経済的困窮その他の動機も、前記のとおり、この認定を動かすものでない。
そして、控訴人は、たばこの火の不始末等本件火災が被控訴人の重大な過失により生じたと評価すべき根拠となる事実についての主張・立証をしないから、本件火災が被控訴人らの重過失により生じたと認めることもできない。
控訴人は、被控訴人に対する本件の保険金支払義務を免れない。
3 争点(3)(損害額)について
当裁判所も、本件火災による被控訴人の損害額は、5000万円を下らないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の3(原判決12頁10行目から13頁15行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
控訴理由にかんがみ補足すると、次のとおりである。
(1) 控訴人は、損害の具体的な立証がないと主張する。
しかし、建物修繕に係る甲4(御見積書)や商品に係る甲5(損害明細表)が被控訴人から提出されている。これに対し、控訴人はその信用性を論難するのみで、損害の査定については、控訴人の業務の一部であると考えられるのに、鑑定書や意見書の提出その他の方法による有効な反証をしていない。
(2) そうすると、前記(原判決引用部分)のとおり、本件建物、在庫商品及び家財道具の価格からすれば、本件火災により生じた本件建物、在庫商品及び家財道具の損害を合計すれば、少なくとも5000万円を超える損害が生じたと認めるのが相当である。これを左右するに足りる確たる証拠はない。
(3) 控訴人の主張は採用できない。
第4 結論
以上によれば、被控訴人の保険金請求は理由があるからこれを認容すべきである。よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(別紙四階平面図及び出火場所Dの部屋の見取図省略)