大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成15年(ネ)1985号 判決 2004年3月25日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,6679万2162円及びこれに対する平成13年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,1,2審とも被控訴人の負担とする。

5  この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1申立て

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,6679万2162円及びこれに対する平成13年10月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人,被控訴人とも中間介入業者としていわゆる介入取引に関与したものであるところ,商品の買主である控訴人が,売主である被控訴人に対し,代金を支払ったが,実際には商品が存在せず,商品が存在するとしてもその引渡しがないと主張して,主位的に商品の不存在を理由とする売買契約の原始的無効による不当利得金返還請求権に基づき,予備的に商品の引渡欠缺を理由とする売買契約解除による原状回復請求権としての売買代金返還請求権に基づき,既払代金6679万2162円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年10月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,本件商品は存在しなかったものと推認されるが,控訴人が被控訴人に対し売買契約の無効等を主張して売買代金の返還を求めることは信義則に反するとして,控訴人の請求を棄却した。

控訴人は,控訴を提起し,上記主張のほか,不当利得金返還請求に関し,第三者の詐欺による売買契約の取消しの主張を追加した。

2  基礎となる事実関係,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり付加,訂正し,後記3に控訴人の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する

(1)  原判決3頁15行目から16行目及び4頁25行目の各「理由とする主張をする」をいずれも「理由として本件契約の無効等を主張する」と改める。

(2)  同5頁5行目の「一部であった」の次に「(以下,この取引を「本件取引」ともいう。)」を加える。

3  控訴人の当審における付加主張

(1)  本件契約の無効等について

ア 本件契約は,売買契約の目的物たる本件商品が存在しないため,原始的に無効である。仮に,本件商品が存在するとしても,履行期は平成12年8月31日とされていたところ,本件商品の引渡しがなく,対象商品の性質上,季節性が強く,半年以上引渡しがされていないことから,控訴人は,平成13年5月11日,被控訴人に対し,本件契約を解除する旨の意思表示をした。さらに,仮に,本件商品が存在し,不特定物であり履行可能であるとしても,控訴人は,被控訴人に対し,平成15年11月21日の当審第2回口頭弁論期日において,1か月内に本件商品を引き渡すよう催告するとともに,履行がないことを停止条件として,本件契約を解除する旨の意思表示をした。

イ 仮に,上記アの無効又は解除の主張が認められないとしても,次のとおり第三者の詐欺による取消しにより,本件契約は遡及的に効力を失った。すなわち,本件契約は,売買という形式を採り,最初の売主が最終買主であるAに本件商品を直接納入することになっていたものの,その実態は,Aに対する金融支援を狙いとしたものであり,実在しない本件商品を売買の目的とした架空取引であった。Aの代表者であるBは,当然のことながら,このような実態を熟知していたにもかかわらず,控訴人に対し,Aに商品が直接納入されるいわゆる通し取引であるかのような説明して本件取引を勧誘する欺罔行為をし,その結果,控訴人をしてその旨誤信させて被控訴人との間で本件契約を締結させたのであるから,本件契約は第三者であるBの詐欺により締結されたものであることは明らかである。そして,被控訴人は,Bがこのような欺罔行為をしていることを知っていたものと考えられる。

控訴人は,平成15年11月21日の当審第2回口頭弁論期日において,被控訴人に対し,第三者であるBの詐欺を理由として,民法96条2項に基づき,本件契約を取り消す旨の意思表示をした。

(2)  信義則違反について

原判決は,本件契約が売買であり,本件商品が存在せず,引渡しがされていないことを認定しながら,控訴人が被控訴人に対し本件契約の無効等を主張することが信義則に反し,許されない旨判示する。

しかしながら,控訴人は,Aが資金融通のために本件取引をしていたことを全く知らずに,平成12年9月から本件取引に関与したものであるのに対し,被控訴人は,それ以前からAと取引をし,被控訴人の社員がAに出向していたほどであり,本件取引が資金融通のためであると認識していたと考えられる。そうすると,Aが破産したことによって現実化したリスクは,被控訴人に負わせるのが社会通念上妥当であり,正義に適うものであって,控訴人が被控訴人に対し本件契約の無効等を主張することは何ら信義則に反するものではない。

また,原判決は,控訴人の本件契約の無効等の主張が信義則に反し許されない理由として,控訴人が,被控訴人に対し,取引に際し,一度も連絡を取らず,売買の目的物である本件商品の存在や引渡し等の確認をせずに被控訴人に対し売買代金を支払ったことを挙げる。しかしながら,本件取引は,実質上の売主と買主との間で既に合意ができている売買契約に,主として与信のために商社が介入するいわゆる通し取引であり,商社が取引内容の確定に関与する必要性はなく,控訴人の担当者であるCが本件商品の引渡し等の確認をしなかったことは,何ら落ち度といえるものではない。仮に,Cに営業担当者として注意を欠いていた点があったとしても,上記のとおり,控訴人は平成12年9月の本件取引がAとの初めての取引であったのに対し,被控訴人はそれ以前からAと取引をし,深く係わっていたことからすると,控訴人が本件契約の無効等を主張して,支払った売買代金の返還を求めることが信義則に反するとは考えられない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

認定事実は,次のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」のうち「1 認定事実」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁11行目から12行目にかけての「第三者が介入し,介入した第三者が」を「介入し,被控訴人が」と,21行目の「同月」を「平成12年4月」と,それぞれ改める。

(2)  同7頁25行目の「出なかったが」を「出なかったものの」と改める。

(3)  同8頁16行目末尾に「なお,出荷案内書は被控訴人が作成したものであり,出荷元が作成した出荷案内書やAの物品受領書等の書類は添付されていなかった。被控訴人では,Bから,商品の搬入が終わった後に請求書が送付される旨聞かされていたので,売主から請求書が送付されてくると,商品はAに納入済であると理解し,上記の請求書と出荷案内書を作成の上,控訴人に送付することにしていたものである。」を加える。

2  本件商品の存在及び引渡しの有無(争点(1)・(2))について

(1)  売主と買主との間で既に売買につき合意が成立しているが,その中間に商社等が介入するいわゆる介入取引といわれるものには,大別すると,次の2種類がある。すなわち,①売買の対象となる商品が現実に存在し,売主と買主との間で既に売買契約の条件は確定しているが,売主が早期に確実に売買代金を入手するために,買主が代金支払の時期を遅らせるために,あるいは,売主と買主との間においては取引枠(予信枠)の関係で直接の取引ができないために,中間に商社等を介入させるもの,②商品が存在せず,あるいは商品が存在しても,その引渡しがされることは予定しておらず,本来であれば消費貸借とすべきところ,会社の稟議等の関係で売買という形式を採ったにすぎず,専ら資金融通のためのものがある(この2種類は典型例であり,例えば,当初は①の売買であったが,次第に商品の引渡しが軽視され,②に移行していく場合など,中間的なものも存在する。)。前者は通し取引,後者は金融取引などといわれている。

②のいわゆる金融取引については,専ら資金融通のために売買の形式を採ったにすぎず,商品の引渡しがされることは予定されていないのであるから,それを前提として取引に関与した者は,商品が存在しないことや引渡しがされていないことを理由として売買契約の無効等を主張することは,信義則上許されないと解することはできるが,①のいわゆる通し取引の場合は,商品の引渡しが予定されており,それが最初の売主から最終買主に直接引き渡される点で特殊性を有しているにすぎず,通常の売買と何ら異なるものではないのであるから,買主は売主に対し,自己又は最終買主に対し商品の引渡しを求めることができ,商品が存在しない場合には売買契約は無効になると解される。

(2)  本件は,控訴人,被控訴人とも,専ら取引枠の関係で介入したものであり,①のいわゆる通し取引であるとの前提で本件契約を締結したものである。すなわち,控訴人では,Aが平成13年3月に手形の不渡りを出して以降,Cらが,Aのほか,D商事やE工場跡などを訪問して本件商品の所在や本件商品が授受された証拠の調査をしており(甲10,11,原審証人Cの証言),商品が実在し,引渡しがされるという前提で本件契約を締結したことは明らかであるし,被控訴人においても,担当者のFが,本件契約締結当時,本件商品が存在し,正常な売買取引であると考えていたことを原審における証人尋問で証言しているところである。

しかるに,Aの破産後,Aの在庫商品の中には,本件商品α及び本件商品βのいずれも発見されておらず,控訴人の上記調査によっても,本件商品を見つけることができなかったのであり(甲10,11,原審証人Cの証言),本件全証拠によっても,本件商品の所在は明らかではないのであるから,当初から本件商品は存在せず,最終買主をAとする本件商品の取引は,実質的にはAやその関連会社であるGやEの資金融通のためであったものと推認することができ,その推認を左右するに足りる証拠はない。

そうすると,控訴人と被控訴人間の本件契約は,存在しない商品を目的とした売買契約であり,当初から無効であったということができる。もっとも,本件商品は不特定物ではあるが,本件契約当時から本件口頭弁論終結日に至るまで,不特定物としてもおよそ存在していたと認めるに足りる証拠はない。

3  本件引渡擬制合意の成否(争点(3))について

当裁判所も,控訴人と被控訴人間において,書類の授受のみをもって目的物の引渡しに代える旨の本件引渡擬制合意がされたと認めることはできないと判断する。その理由は,原判決11頁13行目から17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

4  信義則違反の有無(争点(4))について

(1)  被控訴人は,控訴人が被控訴人に対し本件契約の無効等を主張して支払った売買代金の返還を求めることが信義則に反し許されない旨主張し,原判決はそれを認め,控訴人の請求を排斥した。

原判決は,控訴人の本件契約の無効等の主張を信義則に反し許されないとした理由として,①控訴人は,被控訴人に対し,取引に際し,一度も連絡を取らず,売買の目的物である商品の存在や引渡しのみならず,商品の内容,数量等,通常の売買であれば,当然確認すべき事柄を確認しないで,被控訴人に対し本件商品代金を支払ったこと,②控訴人は,本件商品について何ら関心を示しておらず,控訴人は本件商品が最終買主のAに引き渡されることに独自の利益を有していないこと,③控訴人は,Bから本件取引の依頼を受け,Aの支払能力を信頼し,これに応じたものであること,④控訴人及びH商事がAの倒産により支払を受けられなかった点を除くと,関係者の間において全ての取引の決済が完了しているのに,控訴人に本件契約の原始的不能又は解除の主張を認めることは,他の関係者にも同様の主張を認めることになり,既に決済済みの法律関係を混乱させること,⑤被控訴人は,控訴人に対し,本件契約に関して,格別働きかけをしておらず,欺罔行為等も行っておらず,被控訴人がBを通じて又はBとともに控訴人に対し,被控訴人が負担すべきであった破綻リスクを負わせたとまで認めるに足りる証拠がないことを挙げる。

(2)  しかしながら,上記諸点は,控訴人が被控訴人に対し本件契約の無効等を主張して支払った売買代金の返還を求めることを信義則に反するとして排斥するような事情とは解されない。

ア まず,上記①の点について検討するに,本件取引の経緯は,次のとおりである。Aと被控訴人は,Aが売主から商品を買い受けるにつき,被控訴人が中間に介入する取引を継続していたが,被控訴人では平成12年からAとの取引枠を5億円に減額したため,Aにおいて,新たな介入業者を探す必要が生じ,H商事に依頼し,売主から,被控訴人,H商事を経て,Aが買い受ける取引を始めた。しかし,H商事についても,取引枠の関係でAとの取引額が制限されていたため,Bは,控訴人の営業部マネージャーであるCに依頼し,控訴人が本件取引に関与することとなった。控訴人が関与した本件取引については,本件商品αは,G,D商事,被控訴人,控訴人を経てAが買い受け,本件商品βは,E,I産業,被控訴人,控訴人,H商事を経て,Aが買い受けるというものであり,本件商品は,売主のGやEから直接Aに引き渡されることになっていた。被控訴人は,自己への売主から請求書の送付を受けると,本件商品はAに納入済であると理解し,請求書と出荷案内書を作成して控訴人に送付していた。

以上の経緯からすると,Cにおいて,被控訴人に対し,売買の目的物である本件商品の存在や引渡し等を確認することなく,本件商品代金を支払ったことにつき,過失があったということがいえるにしても,同様の過失は被控訴人についてもあったのであり,Cの上記過失をもって,控訴人が被控訴人に対し本件契約の無効等を主張することが信義則に反するととして排斥できるものではない。

イ 上記②及び③の控訴人において本件商品がAに引き渡されることにつき独自の利益を有していない点や,控訴人がBから本件取引の依頼を受け,Aの支払能力を信頼し,これに応じたという点については,売買契約においては,商品の存在・引渡しは,代金回収のためにも重要な意義を有するのであり,本件商品がAに引き渡されることにつき控訴人も利益を有しているといえるし,商品が存在せず,引渡しがされていない以上,控訴人がいかにAの支払能力を信頼して本件取引をしたとしても,売主に対し支払った商品代金の返還を求めることができるのは当然のことである。

ウ 上記④の関係者の間において全ての取引の決済が完了しているのに,控訴人に契約の原始的不能又は解除の主張を認めることは,他の関係者にも同様の主張を認めることになり,既に決済済みの法律関係を混乱させる点については,売買の目的物たる商品が存在せず,引渡しがされていない以上,それに即した法的解決が図られるべきであって,既に関係者間で代金決済が全て完了していることは,何ら本件契約の無効等を主張する妨げとなるものではない。

エ 上記⑤の被控訴人が控訴人に対し本件契約に関して格別働きかけをしておらず,欺罔行為等も行っていない点については,控訴人は被控訴人に対し不法行為による損害賠償請求をしているのではなく,支払った売買代金の返還を求めているにすぎないのであるから,その返還請求を信義則に反するとして排斥するような事情とは解されない。

オ 改めて本件全証拠を検討しても,控訴人が被控訴人に対し,本件契約の無効を主張して売買代金の返還を求めることが信義則に反し許されないと解すべき事情を認めることはできない。

5  以上のとおり,控訴人の不当利得返還請求に基づき6679万2162円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年10月12日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める請求は,理由がある(ただし,遅延損害金について,控訴人は商事法定利率年6分の割合によって請求しているが,不当利得による返還請求が商行為とは解されないので,民法所定年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。)。

よって,原判決を上記判示のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 大島眞一 裁判官 細島秀勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例