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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)2235号 判決 2004年7月16日

控訴人(1審原告)

三洋電機株式会社

控訴人(1審原告)

タカラベルモント株式会社

控訴人ら訴訟代理人弁護士

松本司

緒方雅子

被控訴人(1審被告)

株式会社大廣製作所

同訴訟代理人弁護士

後藤秀継

赤松純子

玉置健

同補佐人弁理士

鮫島武信

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙イ号物件目録記載の物件を製造し、販売してはならない。

3  被控訴人は、前項の物件を廃棄せよ。

4  被控訴人は、控訴人三洋電機株式会社に対し666万6667円、控訴人タカラベルモント株式会社に対し333万3333円及びこれらに対する平成14年8月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、発明の名称を「自動洗髪機」とする特許発明の特許権の共有者である控訴人らが、被控訴人に対し、被控訴人の製造、販売する自動洗髪機は上記特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権に基づき、被控訴人製品の製造及び販売の差止め並びに廃棄を求め、かつ、特許権侵害の不法行為に基づく損害の賠償請求をした事案である。

原審は、上記特許発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、控訴人らの特許権は、同法123条1項2号に該当し、無効であることが明らかであるから、控訴人らの上記特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるとして、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが本件控訴を提起した。

(以下、控訴人三洋電機株式会社を「原告三洋電機株式会社」、控訴人タカラベルモント株式会社を「原告タカラベルモント株式会社」、被控訴人を「被告」という。)

2  前提事実

当事者間に争いがない事実並びに各項に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決2頁12行目から3頁23行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  2頁21行目の「本判決末尾添付の」を「原判決」と、3頁17行目及び同18行目の各「別紙」をいずれも「原判決別紙」と各改める。

(2)  3頁23行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。

「4(1) 被告は、平成14年11月27日、本件特許権について、特許庁に無効審判を請求した(無効2002-35507号)。(乙26)  特許庁審判官は、上記無効審判事件について、平成15年5月13日付けで、本件発明についての特許を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。(乙27)

(2) 原告らは、本件審決を不服とし、東京高等裁判所に審決取消請求訴訟(同庁平成15年(行ケ)第261号)を提起するとともに、特許庁に対し、平成15年11月25日、審判請求書を提出して、下記のとおり本件明細書に記載された特許請求の範囲を訂正することなどを求める訂正審判の請求(以下「本件訂正審判請求」という。訂正部には下線を付した。請求項2以下は省略。)をした(訂正2003-39253号)。(甲7)

「 洗髪に使用する温水を溜めるための貯湯タンクと、水槽内に備えられた複数の温水噴射用ノズルと、上記貯湯タンクに溜められている温水を汲み出して上記温水噴射用ノズルに与えるためのポンプと、洗髪コースに従って被洗髪者の髪を自動的に洗髪するよう指示するためのスタートキーと、上記温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっている水を前記温水噴射用ノズルを通じて排出する処理の実行を手動で指示するための水抜きキーと、を有し、前記スタートキーが操作されると、洗髪コースに従って前記ポンプを駆動して洗髪を実行し、前記スタートキーが操作されていない場合において前記水抜きキーが操作されると、前記ポンプが駆動され、前記水槽内に備えられた複数全ての温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっている水を排水する処理を実行するマイクロコンピュータを備えたことを特徴とする自動洗髪機。」

第3争点及び争点に関する当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決3頁25行目から13頁9行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  4頁1行目及び同22行目の各「別紙」をいずれも「原判決別紙」と、同9行目の「18カ所」を「18ケ所」と各改め、5頁15行目及び同16行目のの各「経路容積」の前にいずれも「ノズル前」を、9頁18行目の「採用しておらず、」の次に「「すべての」冷水を排水することは」を、11頁6行目の「操作により」の次に「直ちに」を各加える。

2  12頁16行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。

「(4) 控訴審における補充主張

ア  実開平7-30902号公開実用新案公報(乙9の1。以下「乙9の1公報」といい、同公報記載の考案を「乙9の1考案」という。)記載の考案は、捨湯流路9dから洗面ボール1内に排出する捨て水(以下「捨て水A」という。)と、混合水供給経路9a中の冷水を排出する捨て水(以下「捨て水B」という。)が存在するところ、「捨て水A」と「捨て水B」がされるのは、被洗髪者の頭部が洗面ボール1内に置かれたときに、操作者が「手動」で「自動洗髪スイッチ」をオンにする場合であって、自動的に、20分ごとにされたり、混合水供給経路9a中の残水が40℃以下になったときにされる捨て水は、「捨て水A」のみである。

このことは、「自動」でされる捨て水について、「この捨て水用電磁弁13は、図1に示す操作パネル1d及び図7に示すコントロール部20に連動しており、吐水開始時、20分毎に自動的に開弁され、給湯源からサーミスタ12間の冷えた湯が捨湯流路9dから洗面ボール1内に排出される。」(乙9の1公報【0024】)と記載されていることから明らかである。

また、仮に、「捨て水B」まで「自動」でするのであれば、その吐水は、洗面器の開口から飛び出してしまい、床が水浸しになる可能性もある。けだし、捨て水が「自動」でされるのは、被洗髪者が頭部を洗面ボール1内に置いていない場合だからである。

イ  してみると、乙9の1考案は、「自動洗髪スイッチ」をオンにすると、「捨て水A」及び「捨て水B」がされた後に洗髪行程に入り、洗髪行程が終了した後、20分以上「自動洗髪スイッチ」がオンにされない場合、又は混合水供給経路9a中の残水が40℃以下になった場合、自動で「捨て水A」をし、それ以前に「自動洗髪スイッチ」がオンにされると、短縮された「捨て水A」及び「捨て水B」がされるものといえる。

その結果、事前に、「捨て水A」により冷水の一部を排水するが、ノズルに至る経路に溜まっている冷水を確実に排水することはできない。

また、「自動洗髪スイッチ」をオンにした際に、「捨て水A」は短縮されるものの、短縮された「捨て水A」及び「捨て水B」がされるから、初期排水行程をなくして直ちに洗髪行程に入ることはできない。

ウ  これに対して、本件発明は、乙9の1考案の「自動洗髪スイッチ」に相当する「スタートキー」を押せば、直ちに洗髪行程に入ることができる。」

3  12頁19行目の「被告は」の次に「、」を、同22行目の「被告は、」の次に「遅くとも」を各加える。

第4当裁判所の判断

1  争点3(明白な無効理由(進歩性欠如)その2)について判断する。

(1)  本件特許権に係る特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である乙9の1公報には、次のような記載がある。

ア 「【請求項1】給湯源と該給湯源に接続され電磁弁の開閉によって吐水及び停止を行う吐水装置を備え、さらに前記給湯源と吐水装置の流路中途に、前記電磁弁閉止後所定時間経過して、又は前記電磁弁が閉止状態の時の残水が設定温度以下の場合に、前記流路内の残水を自動的に排除する制御系を備えたことを特徴とする自動捨て水装置。」(【実用新案登録請求の範囲】)

イ 「ところが、使用後長時間放置しておくと、湯の供給源とノズルまでの流路に残っている湯が冷えてしまう。このため、再び使用するときには、この流路中に残って冷たくなった水が押し出されるようにしてノズルから放出されることになり、特に冬の寒冷期では使用者に不快感を与えてしまう。」(【0007】)

ウ 「そこで、本考案において解決すべき課題は、使用初期の低温の洗浄水の吐出を短時間で解消し、常に快適に使用できるようにすることにある。」(【0010】)

エ 「【課題を解決するための手段】本考案の自動水捨て装置は、上記課題を解決するために、給湯源と該給湯源に接続され電磁弁の開閉によって吐水及び停止を行う吐水装置を備え、さらに前記給湯源と吐水装置の流路中途に、前記電磁弁閉止後所定時間経過して、又は前記電磁弁が閉止状態の時の残水が設定温度以下の場合に、前記流路内の残水を自動的に排除する制御系を備えたことを特徴とする。」(【0011】)

オ 「【作用】給湯源と吐水装置の流路中途の残水は、吐水装置の使用の如何にかかわらず、予め設定された時間あるいは温度によって自動的に外部に排出されるため、冷めた残水が給湯源と吐水装置の流路内に滞ることが無い。」(【0012】)

カ 「ハウジング2の内部には、シャワーヘッド3,5,ノズルヘッド4及びハンドシャワー6にそれぞれ適当な温度の温水を供給する湯水混合栓9を備える。湯水混合栓9からの混合水供給経路9aには、シャワーヘッド3,5,ノズルヘッド4及びハンドシャワー6の全てが接続され、シャワーヘッド3,5に向かう水側及び湯側の流路にそれぞれ逆止弁9b,9cを備える。逆止弁9cには捨て水用サーミスタ12が連設され、さらにサーミスタ12には捨て水用電磁弁13を備えた捨湯流路9dが接続される。」(【0023】)

キ 「この捨て水用電磁弁13は、図1に示す操作パネル1d及び図7に示すコントロール部20に連動しており、吐水開始時、20分毎に自動的に開弁され、給湯源からサーミスタ12間の冷えた湯が捨湯流路9dから洗面ボール1内に排出される。」(【0024】)

ク 「以上の構成において、自動洗髪スイッチオンによって、電磁弁13(「11」とあるのは誤記と認める。以下同じ。)が開き、ボール1内の捨て水ノズル(図示せず)から吐水が開始し、給湯温度がサーミスタ12で温度47度を感知したら電磁弁13を閉じ、シャワーヘッド3やノズルヘッド4等へ適温湯が供給される。また、電磁弁13を閉じると同時に、洗面機から吐水が飛び出ない位置に設けられたシャワーヘッド3の開閉弁3dが開かれ、その後順次残りの電磁弁を開けて捨て水を完了する。」(【0029】)

ケ 「ここで、先の使用後に流路系に残る湯や水が冷えてこれが吐出されるのを防ぐため、上記したように、シャワーヘッド3,5,ノズルヘッド4、又はハンドシャワー6からの吐水終了後20分継続して再度の使用がない場合、上記した捨て水制御(20分間隔毎の捨て水)が行われる。これによって、前回の使用から長時間たっている場合でも、混合水供給経路9a中は常に適温となっているので、従来のように捨て水を長時間することなく、シャワーヘッド3,5,ノズルヘッド4及びハンドシャワー6にただちに適温の湯を供給することが可能となる。」(【0031】)

コ 「なお、上記実施例では、電磁弁閉止後20分毎に捨て水する構成としたが、無論これに限定されず、例えば混合水供給経路9a中にサーミスタを設け、混合水供給経路9aの中の残水がたとえば40℃以下となったときに捨て水する構成としてもよい。この場合、先の実施例に比べ、特に無駄な捨て水を排除することができる。」(【0032】)

サ 「【考案の効果】給湯源と吐水装置の流路中途の残水は、吐水装置の使用の如何にかかわらず、予め設定された時間あるいは温度によって自動的に外部に排出されるため、冷めた残水が給湯源と吐水装置の流路内に滞ることが無く、速やかに適温を吐水することができ、常に快適な使用が可能となる。」(【0033】)

(2)ア  前記(1)認定の乙9の1考案と本件発明とを対比する。

(ア) 乙9の1考案における「シャワーヘッド」及び「ノズルヘッド」は、本件発明における「温水噴射用ノズル」に相当するものである。

(イ) 乙9の1考案における「自動洗髪スイッチ」は、本件発明における「スタートキー」に相当するものである。

(ウ) 乙9の1考案は、「自動洗髪スイッチ」が操作されると、洗髪コースに従って洗髪が実行されるものである。

(エ) 乙9の1考案は、自動洗髪をする前の段階で、自動洗髪とは別に、温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっている冷水を排水する(以下、自動洗髪行程とは別個に水抜きをすることを、「事前捨て水」という。)処理を実行するものである。

(オ) 乙9の1考案には、マイクロコンピュータを使用することは明示されていないが、同公報には、捨て水のために開閉される捨て水用電磁弁13がコントロール部20に連動していることが記載されており(【0024】)、コントロール部をマイクロコンピュータで構成することは普通に行われることであるから、乙9の1考案の「コントロール部」は、本件発明の「マイクロコンピュータ」に相当する。

イ  してみると、乙9の1考案は、「温水噴射用ノズル」と、洗髪コースに従って被洗髪者の髪を自動的に洗髪するよう指示するための「スタートキー」を有し、上記「スタートキー」が操作されると、洗髪コースに従って洗髪を実行し、前記「温水噴射用ノズル」に至る経路に溜まっている水を排水する処理を実行する「マイクロコンピュータ」を備えた「自動洗髪機」である点で一致し(本件発明の構成要件A2、A4、B1、B2、B3及びCを備えている。)、下記の①及び②の点で相違する。

① 本件発明が「貯湯タンク」に溜められている温水を「ポンプ」で汲み出して与えるものであるのに対し、乙9の1考案は、「貯湯タンク」及び「ポンプ」のいずれも備えておらず、「給湯源」から直接温水が電磁弁の開閉により供給されるものである。

② 本件発明が水抜きキーの操作により「手動」で事前捨て水の指示を行うものであるのに対し、乙9の1考案は、この事前捨て水を「自動」で行うものである。

ウ  これに対し、原告らは、乙9の1考案は、事前に、「捨て水A」のみを、温水噴射用ノズルとは別経路から排出するものであるから、配管経路に溜まっているすべての冷水を確実に排出するものではなく、その結果、初期排水行程をなくして直ちに洗髪行程に入ることはできないものであるところ、本件発明は、温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっているすべての冷水を排水するものであり、直ちに洗髪行程に入ることができるものであるから、この点も相違点である旨の主張をする。

確かに、本件明細書の【特許請求の範囲】には、「温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっている水を前記温水噴射用ノズルを通じて排出する処理」をするものであり、その【発明の効果】の項にも「冷水を残さずに確実に排水することができる」ことが記載されている(【0079】)のに対し、乙9の1公報(【0023】、【0024】、【図7】)には、流路途中に給湯源からノズルに至る流路とは別系統で設けた「捨て水回路」が示されていることが認められる。

エ  しかしながら、乙9の1考案は、事前捨て水として、「捨て水A」のみならず、「捨て水B」をも行うものであると認めるのが相当であり、原告らの前記主張は、前提を誤ったものであって採用することができない。その理由は、次のとおりである。

(ア) まず、前記(1)ア、エによれば、乙9の1考案は、「給湯源と該給湯源に接続され電磁弁の開閉によって吐水及び停止を行う吐水装置を備え、さらに前記給湯源と吐水装置の流路中途に、前記電磁弁閉止後所定時間経過して、又は前記電磁弁が閉止状態の時の残水が設定温度以下の場合に、前記流路内の残水を自動的に排除する制御系を備えたことを特徴とする自動捨て水装置」というものであって、そこでは、制御系は、給湯源と吐水装置の流路内の残水を自動的に排除するものとされており、給湯源と吐水装置のうちの特定部分のみの残水を排除するものに限定されていない。

そして、前記(1)イ、ウ、エによれば、乙9の1考案は、「・・・湯の供給源とノズルまでの流路」内の冷めた残水が使用者に不快感を与えるという問題の解決を課題とし(【0007】、【0010】)、上記課題の解決手段として、「・・・流路内の残水を自動的に排除する制御系を備えたことを特徴とする。」(【0011】)のであるから、上記流路とは、給湯源からノズルまでの流路すべてを指すものと解するのが自然である。

(イ) さらに、前記(1)コによれば、乙9の1考案は、実施例として、混合水供給経路9a中にサーミスタを設け、混合水供給経路9aの中の残水がたとえば40℃以下となったときに捨て水をする構成を記載している(【0032】)。

乙9の1考案は、流路内の冷めた残水が使用者に不快感を与えることから、上記残水を捨て水することを意図したものである(【0007】、【0010】等)から、混合水供給経路9a中にサーミスタを設け、混合水供給経路9aの中の残水がたとえば40℃以下となったときに捨て水するというのであれば、混合水供給経路9a中の残水、すなわち「捨て水B」も、事前捨て水の対象に含まれるものと解すべきである。

このように解しないと、混合水供給経路9a中の残水がたとえば40℃以下になったときに、「捨て水A」のみがされ「捨て水B」がされない以上、混合水供給経路9a中の残水の温度が40℃を超えることはないから、混合水供給経路9a中に設けられたサーミスタは、混合水供給経路9a中の残水の温度40℃以下を感知し続け、コントロール部20から電磁弁13に対して開放の指示が出され続けることになってしまうが、当業者がこのような明らかに不合理な制御態様を採用することはおよそ考えられない。

そして、乙9の1公報には、「シャワーヘッド3の開閉弁3dが開かれ、その後順次残りの電磁弁を開けて捨て水を完了する」【0029】との記載があることからすれば、「捨て水B」は、本件発明の「温水噴射用ノズル」に相当する「シャワーヘッド」からされることが明らかである。

(ウ) 原告らは、乙9の1考案において、「捨て水B」まで自動でするのであれば、その吐水は、洗面器の開口から飛び出てしまうと主張する。

しかしながら、乙9の1公報には、「洗面機から吐水が飛び出ない位置に設けられたシャワーヘッド3の開閉弁3dが開かれ、その後順次その余の電磁弁を開けて捨て水を完了する。」(【0029】)との記載がある。そして、シャワーヘッド3の開閉弁3dから捨て水されるのは、混合水供給経路9a中の冷水、すなわち「捨て水B」であると認められる(【図7】)から、乙9の1考案は、「捨て水B」についても、洗面器の開口から吐水が飛び出ないための構成が開示されているというべきである。

したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。

(エ) してみると、乙9の1考案は、事前捨て水として、捨湯流路9dを経由してされる「捨て水A」のみならず、本件発明の「温水噴射用ノズル」に相当する「シャワーヘッド」からされる「捨て水B」をも行うものであると認められる。したがって、乙9の1考案は、事前捨て水として、「捨て水A」のみを、温水噴射用ノズルとは別経路から排出するものであるから、配管経路に溜まっているすべての冷水を確実に排出するものではなく、その結果、初期排水行程をなくして直ちに洗髪行程に入ることはできないとの原告らの主張は、その前提を誤ったものであって、採用することができない。

オ  なお、そもそも、温水噴射用ノズルに至る経路に溜まっている水をどの経路から排出するかは、当業者が必要に応じて適宜行う設計的事項というべきであるから、仮に、原告らの前記主張に係る相違点が存在するとしても、上記相違点をもって、本件発明の進歩性を認めることはできないものといわざるを得ない。

カ  他に、原告らは、手動で指示するための水抜きキーを有するか否か(争点3(原告らの主張)(1)イ)、スタートキーの操作により直ちに洗髪が実行されるか、又は洗髪スイッチオンにより捨て水処理が行われた後、洗髪が実行されるか(同ウ)も、本件発明と乙9の1考案との相違点である旨を主張するが、これらの点は、前記②の相違点として指摘した点(事前捨て水を手動で行うか自動で行うか)に集約されるものと解される。

(3)  そこで、進んで前記①及び②の相違点について検討する。

ア 前記①の相違点について検討すると、「貯湯タンク」に溜められている温水を「ポンプ」で汲み出して与えるものは、本件発明の特許出願時に既に多くの自動洗髪機に採用されていた周知の技術であったことは明らかである(乙9の2~5)。

イ 次に、前記②の相違点について検討する。

(ア) 実開平6-87486号公開実用新案公報(乙14、公開日平成6年12月22日。以下「乙14公報」という。)は、考案の名称を「温水洗浄装置」とし、人体臀部を温水で洗浄する温水洗浄装置(シャワートイレ)に関する考案が記載されており、人体の一部に温水を噴射してこれを洗浄するという点で本件発明と共通する技術分野に関するものである。乙14公報の【実用新案登録請求の範囲】の請求項1には、「洗浄ノズルと、該洗浄ノズルに温水を供給する供給路と、該供給路から分岐した捨て水流路と、該供給路から捨て水流路への流路選択を行なう手動式の切換弁とを有する温水洗浄装置において、該供給路及び捨て水流路の少なくとも一方に感温表示体を設けたことを特徴とする温水洗浄装置」と記載され、捨て水流路への流路選択を行う切換弁を手動式とすることが開示されている。その【実施例】においても、「捨て水ボタン92」が配列され(【0019】、【図2】~【図5】)、この「捨て水ボタン92を操作して捨て水用開閉弁70を開弁させると、配管50及びそれよりも上流側の流路内の水が捨て水配管74を介して洋風便器78の便鉢78a内に排出される。」(【0021】)、「このようなことから、シャワーノズル58又はチャームノズル66の使用を開始するに先立って、・・・捨て水操作を行なうことにより、十分に冷水排出を行なうことができる。」(【0023】)ことが記載されている。上記事実によれば、乙14公報には、自動洗髪機における事前捨て水を手動で行うことについて契機となり得る技術的思想が十分開示されているということができる。

(イ) これに対し、原告らは、被告主張の各発明又は考案の組み合わせには、自動(乙9の1~5)を、技術的に退歩に見える手動(乙14)化することは考えがたい、操作者と利用者(被洗髪者)が異なるもの(乙9の1)と、操作者自身が利用者でもあるもの(乙14~16)とは設定されるべき技術的課題の観点が異なる旨を主張する。

しかし、昭54-102065号公開特許公報(乙18、公開日昭和54年8月11日)、昭54-144053号公開特許公報(乙19、公開日昭和54年11月9日)、昭55-106196号公開特許公報(乙20、公開日昭和55年8月14日)には、洗浄の機能を有する電気製品という点で本件発明と産業上の利用分野が比較的近接する(全)自動洗濯機において、自動洗濯コースと手動洗濯コースとを自由に選択できる旨が開示されており(乙18の特許請求の範囲には「入力スイッチが自動プログラム作動用と手動プログラム作動用の両スイッチからなり」と記載されている。乙19の3欄末行~4欄3行には「第2図に示すように全自動、洗いのみ、排水脱水、すすぎ脱水の実行行程を指定する自動復帰押釦形のスイッチ2,3,4,5」と記載されている。乙20の9欄6行~11行には「手動-自動切換スイッチ(85)は、洗濯機の運転を全自動式にするか、手動運転にするかの切換スイッチであり、手動側にしておいて前記キーボードスイッチ

(6)  のドラム回転キー(ニ)あるいは脱水キー(ホ)を押せば、洗濯行程のみ、あるいは脱水のみを行う。」と記載されている。)、これによれば、自動と手動とは、利用者の便宜に応じて自由に選択して採用されるものと考えられ、手動化が「自動」と比較して技術的に退歩に見えるとか、又は自動と手動とが相反する構成であるなどということはできない。同様に、カーエアコンに関する昭57-138412号公開特許公報(乙21、公開日昭和57年8月26日)及び昭60-1011号公開特許公報(乙22、公開日昭和60年1月7日)や、給水装置に関する平2-261135号公開特許公報(乙23、公開日平成2年10月23日)にも、自動と手動とを適宜使い分ける技術が開示されており、自動を手動化することに特段の阻害事由も見出せない。したがって、「自動」の手動化の点に関する原告らの主張は採用することができない。

また、操作者が同時に利用者を兼ねる場合であっても、操作者が自ら(利用者)の便宜を考慮して種々の調整を行うべきことは自明の技術的課題であるにすぎず、操作者と利用者とが別人に分離したとしても、利用者が操作者にとって顧客等の立場にあれば、利用者の便宜を一層考慮すべきであるという程度の相違があるにとどまり、両者の技術的課題が相違するということはできないから、技術的課題の観点に関する原告らの主張も採用することができない。

ウ 以上によれば、乙9の1公報に記載された考案と本件発明との間には前記①、②の相違点があるものの、当業者であれば、乙9の1考案を前記各公報(乙9の2~5、14、18~23)に開示された技術と組み合わせることによって、容易に本件発明に想到し得たものというべきである。

したがって、本件発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法123条1項2号に該当し、無効であることが明らかなものというべきである。そうすると、原告らの請求は、権利の濫用として許されない。

(4) なお、原告らは、前記前提事実のとおり本件訂正審判請求をしたが、訂正がされた後の特許請求の範囲の記載を前提として本件特許発明を検討しても、同発明には、やはり特許法29条2項の規定に違反して特許された無効理由があることは明らかであるから、本件訂正審判請求がされていることは、原告らの請求が権利の濫用に当たらないというべき特段の事由に該当しない。

(なお、本件訂正審判請求は、本件口頭弁論終結後である平成16年5月7日、審判請求取下げにより終了した。)

2  その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審の認定判断を覆すほどのものはない。

3  結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は棄却を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 中村心)

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