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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)2260号 判決 2004年5月27日

控訴人(原告) X

同訴訟代理人弁護士 亀井尚也

被控訴人(被告) 第一生命保険相互会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 中尾正浩

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成11年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

4  この判決は、第2項にかぎり、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴人の申立て

主文と同旨。

第2事案の概要

事案の概要は、次に付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決5頁12行目冒頭から同6頁3行目までを、次のとおり改める。

「本件約款第1条が高度障害保険金の支払事由となる高度障害状態を責任開始期以降の障害または疾病(以下、単に「疾病」という。)を原因とするものに限定したのは、責任開始期の時点で算定した予定高度障害率を維持するためであるから、責任開始期の時点における疾病と高度障害状態との因果関係は、責任開始期において予定高度障害率の維持が可能か否かという観点から判断すべきである。そうすると、責任開始期において、当時の医療水準によっても予見が不可能であった疾病は保険料算定に当たって考慮されていないのであるから、このような予見可能性のない疾病は、責任開始時期において存在した疾病とは、それが後の医学の進歩によって条件関係が認められるに至ったとしても、相当因果関係がないものというべきである。

本件約款には、因果関係の判断基準として予見可能性という主観的要件は明示されていないが、その解釈に当たっては、その約款や条項の存在目的を掘り下げて合目的的に解釈すべきであるから、上記のとおり、責任開始期前の疾病と因果関係がない疾病には、責任開始期に既に生じていた疾病からは当時の医療水準に照らして予見がおよそ不可能であったと評価しうる疾病を含むというべきである。

本件では、被控訴人の責任開始期において、専門家ですら控訴人の当時の症状がクラッベ病であり、これから高度障害が生じることをおよそ予見できなかったところ、その後、控訴人の疾病の原因を明らかにしたいとの強い希望もあって、遺伝子診断という高度医療検査を受けたことから、控訴人がクラッベ病に罹患しているとの診断がされたのであって、責任開始期にすでに存在した控訴人の疾病と控訴人の両下肢機能全廃との間には、仮に因果関係があるとしても相当因果関係はなく、したがって、本件約款第1条にいう因果関係はないので、控訴人の高度障害状態は責任開始期以後の疾病を原因とすることになり、本件保険金の支払事由に該当する。

なお、被控訴人が保険金を支払う必要がないと解釈したいなら、信義則上、本件保険契約締結の際に、控訴人に対し、同契約時の症状を同契約後に発生ないし悪化した症状が同一疾病であることにつき、契約時期の医療水準に照らしては予見が不可能であっても、後日の医学の進歩により診断が可能となったときには、上記の因果関係があるとして同保険金を支払えないことを説明すべき義務があった。被控訴人は、同保険契約締結時に、控訴人の症状を把握しながら、上記の説明義務をつくさず、控訴人の症状を取るに足りないものとして同契約を締結したにもかかわらず、予測できない疾病の変化に、同契約締結後発生の要件を充たさないから保険金を支払わないというのは、控訴人に対する著しい不意打ちの解釈であって許されない。」

2  同7頁9行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加入する。

「なお、控訴人は、被控訴人に説明義務違反があるのに、要件を充たさないとして高度障害保険金を支払わないとの解釈は不意打ちであるというが、被控訴人は、極めてオーソドックスに、本件規定を『責任開始期以後に発病した疾病を原因とした高度障害状態について高度障害保険金を支払うものである。』と解釈して、そのように主張しているだけで、特異な解釈をしているわけではないから、その解釈は不意打ちではないし、説明義務違反もない。」

3  同8頁4行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加入する。

「百歩譲って、法的な立証責任を被保険者側が負うとしても、責任開始期前の疾病について保険加入時に保険者の側で保険医の診断を行い、問題がないとして保険加入を認めた以上は、責任開始期前の疾病と高度障害状態の原因たる疾病との間には因果関係はないものと事実上の推定がされるべきである。

クラッベ病の成人型は、我が国では数例の症例しかなく、その病状や症状の発現、進行についてはほとんど分かっていない。それゆえ、控訴人のクラッベ病がいつ発病したかは厳密には不明である。そこで、控訴人が、責任開始期前にクラッベ病を発病していたかどうかは断定できない。控訴人の病状の変化は、平成2年ころに至って急激に悪化したのであるが、遺伝的素因があっても発病しない場合もあり、遅く発病したり、症状が安定したりする場合もあるから、控訴人についても、責任開始期前にはクラッベ病を発病していなかったが、症状が固定していたのに、クラッベ病の遺伝的素因に責任開始期以後の環境的要因や疾病要因等が影響したため、急激に症状が悪化した可能性がある。」

4  同13行目末尾の次に、行を改めて、次にとおり加入する。

「また、控訴人は、責任開始期前の疾病と高度障害状態の原因たる疾病との間には因果関係はないものと事実上の推定がされるというが、証明の有無という点からは、控訴人の現在の症状が責任開始期前に発病した疾病を原因とすることは立証できている。すなわち、控訴人の10歳ころからの症状はクラッベ病によるものであると考えられるし、その後の症状経過を追えば、それが一連の症状であることは明白で、控訴人の現在の症状は、クラッベ病以外のこれと無関係な原因が加わって悪化したものでなく、クラッベ病そのものの進行によって障害状態が悪化したものである。」

5  同21行目末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「控訴人の症状がクラッベ病であると診断されたのは、本件保険契約締結後の遺伝子診断技術等の診療技術の進歩によるが、このように後の医学の進歩によって可能となった最先端の医療である遺伝子診断を受けたために責任開始期前の疾病と因果関係があるとされるのであれば、化学が進歩してより進んだ医療を受ければ受けるほど被保険者は、不利益を受ける結果となるのであって、これは最先端の医療を受けるという憲法13条に規定する幸福追求権を侵害する結果となり、公序良俗に反する。特に、遺伝子診断ないし遺伝子検査に基づく遺伝子情報については、それがその人の治療指針に直結するのであれば格別、そうでなければ単に遺伝子異常を知らされただけで、過去及び将来を宿命的に知るという、結果として不利益だけの情報であるというデリケートなものであるが、その情報を治療以外の目的に用いることは、遺伝子情報の保険における濫用的利用につながるものであって、許されるべきでない。」

6  同9頁11行目冒頭から同10頁17行目までを、次のとおり改める。

「(4) 信義則違反の有無

ア  控訴人の主張

(ア) 控訴人の高度障害状態は責任開始期前の疾病と因果関係のない疾病を原因とすると解釈すべきであることは既に述べたとおりであるが、この点を控えめに見たとしても、その因果関係の有無については、いずれとも解釈する余地がある。

(イ) そして、被控訴人は、本件保険契約締結に際し、控訴人のその時点の症状を問題としなかった。すなわち、控訴人は、本件保険契約締結に際し、保険会社の指定医の診断を必要とする保険をわざわざ選んだうえ、中学時に足の手術を受けたことやその後も神戸市立中央市民病院で診察を受けていることを進んで告知し、上記指定医に対しても、包み隠さず述べた。これに対して、被控訴人は、何ら問題ないとして保険に加入させ、責任開始期前の発病が原因で高度障害状態に陥った場合に保険金は支払われないといった留保条件は一切説明しなかった。すなわち、被控訴人は、控訴人が本件保険契約締結時に有していた症状について、医学的に見てこれが危険因子であるという評価はしなかったし、この点について控訴人に告知することもなかったのである。

また、入院給付金については、責任開始期から2年を経過しない間は、その入院が責任開始期以後に発病した疾病の治療を目的とすることが支払条件とされているところ、控訴人は、2年以内に2回の入院をし、その際、その疾病については、原因が不明とされてはいたが、発症時期については、昭和42年12月ころとされていたのに、被控訴人は、控訴人の疾病は従前の疾病とは質的に異なる新たな疾病に当たるとして、入院給付金を給付した。被控訴人は、ここに控訴人の当時の症状が責任開始期以後の疾病であるとの判断を下したのであり、控訴人も以後この判断を前提に行動することとなったのである。

その上、控訴人は、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求を相談したところ、同支部長は、控訴人に対し、『高度障害保険はもらえるけど、そうすると保険を止めなくてはいけません。今後入院したときに入院給付金がもらえなくなりますよ。このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいですよ。』とアドバイスした。控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の給付はされることを前提に、安心してその請求を先に延ばした。そして、平成11年に被控訴人に対して、高度障害保険金の請求をしたところ、被控訴人尼崎支部長は保険金が支払われる旨を述べて、控訴人に申請用紙を送付した。

(ウ) 以上のように、控訴人の症状に対する評価と本件保険約款条項への当て嵌めについて、被控訴人の取り扱いと解釈は、本件保険契約締結時から平成11年にかけて一貫して、控訴人の症状を問題とすることなく、平成2年の急激な症状の質的変化に対して責任開始期後発病ないし責任開始期前の疾病と因果関係のない疾病に該当すると解釈適応して対応してきたのであり、控訴人もこの解釈適応に対する期待権を有するまでに至っており、この期待権は法的保護に値するほどのものになっていたというべきである。被控訴人尼崎支部長さえも、被控訴人が過去2回の入院について入院給付金の給付を認めたことを前提に行動しているのに、従前の長期間とってきた解釈を突然変更したのであるが、これは控訴人の期待権を侵害するものであり、かかる解釈の変更は信義則上許されない。

イ  被控訴人の主張

(ア) 被控訴人が控訴人と締結した本件保険契約は、責任開始期前に発病した疾病を原因とする高度障害状態に対しては保険金を支払わないという内容の保険契約であって、控訴人に対してのみ、特別の約定をしているものではなく、約款には、上記の内容の高度障害保険金の支払事由が明確に記載されており、被控訴人に説明義務違反はなく、信義則違反を基礎付ける事実は全くない。

(イ) 被控訴人が控訴人主張の2回の入院給付金の支払をしたことは事実であるが、これは支払事由がないにもかかわらず誤って支払ったものである。そして、この2回の入院給付金と本件の高度障害保険金は、その支払義務の根拠が本件保険契約若しくはその特約の本件約款にあるという点は共通するものの、それぞれの保険事故に該当する事実が発生したか否かという全く別個の法律関係に基づくもので、相互の関連性は全くない。したがって被控訴人が過去に入院給付金を誤って支払い、これによって控訴人が高度障害保険金が支払われると期待したからといって、そこに信義則違反が生じる余地はない。

また、被控訴人尼崎支部長が平成11年に控訴人に対し高度障害保険金が支払われると言った事実はないし、平成4年についても、判断の材料となる診断書の提出もないのに、同保険金が支払われると告げたとは考えられない。百歩譲って、同保険金が支払われる旨の話をしたとしても、それは一般論の話で、具体的な支払の可否についてとは考えられない。

仮に、控訴人が、高度障害保険金が支払われるものと期待したとしても、その期待は法的保護に値するとまではいえない。

(ウ) 以上によれば、控訴人の信義則違反の主張は失当である。また、仮に、期待権の侵害があるとしても、その侵害による損害額が高度障害保険金の額である1000万円になる根拠はない。」

第3当裁判所の判断

1  認定事実

認定事実については、次に付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」の記載と同じであるから、これを引用する。

(1)  原判決10頁21行目の「27、乙1ないし5、7」を「27、32の1及び2、34、35、乙1ないし5、7ないし9」と改める。

(2)  同13頁17行目冒頭から同24行目末尾までを次のとおり改める。

「(11) 成人型のクラッベ病の発症経緯は、一般的には、10歳前後に運動障害、知能障害という形で発症するが、35歳ころに至って発症するものも、発症しない場合もある。発症後の進行は緩やかで、臨床診断としては下肢の痙性麻痺という診断がされることが多い。この時期においても、下肢の神経伝達速度を測定すれば低下が認められたり、髄液での蛋白の増加が認められたり、MRIにて白質病変が認められることもあるが、異常の認められない場合もある。その後の症状は、視力障害、上肢の運動障害、知能障害、小脳失調が進行し、両下肢機能の悪化に関しては緩徐であるものの進行性のもので、経過は10年以上を要する。ただし、進行が停止することや軽快することもあるし、急激に悪化することもあるとも言われ、症例が少ないことから、症状の変化は医学的に必ずしも明らかとなっているとはいえない。

我が国における症例としては、小学校低学年ころより徒競争が苦手で、11歳ころ両足がやや尖足位であることに気づく程度であったが、30歳ころ急激に両下肢が突っ張るようになり、自転車にも乗れないようになった後、翌年には歩行不能となったというものがあり、控訴人を含めて5例程度である。」

(3)  同14頁5行目末尾の次に「控訴人についても、同年以降、遺伝子診断、画像診断技術等の医療技術が進歩したことから、クラッベ病との診断が可能となったものである(甲21)。」と加える。

(4)  同6行目冒頭から同14行目末尾までを次のとおり改める。

「(13) 控訴人は、上記のとおり、平成2年7月27日から同年8月28日まで、京大病院神経内科に精査目的で入院したが、その際、被控訴人尼崎支部長に入院した事実を告げて、入院給付金が支払われるかを尋ねたところ、同支部長は、これに断定的ではないが支払われる旨回答し、請求に必要な書類を控訴人に送付した。そして、被控訴人は、特段、その入院と責任開始期前の疾病との因果関係を問題にすることなく、入院給付金を支払った。また、平成3年5月16日から同月22日までの入院についても、同様に、上記のとおり入院給付金名目の金員を支払った。

その後、控訴人は、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求について相談したが、その際、同支部長は、控訴人に対し、高度障害保険金をもらうと、本件保険契約が終了し、今後入院したときに入院給付金がもらえなくなるから、このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいとアドバイスした。控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の請求を先に延ばした。

(14) 控訴人は、平成11年に至って、被控訴人に対し、高度障害保険金の支払を請求したところ、被控訴人保険金課は、控訴人に対して高度障害保険金は支払われない旨回答した。」

2  争点(1)(責任開始期前発病不担保条項の解釈)について

(1)  支払基準の解釈準則

支払基準を解釈する視点についての判断は、原判決14頁17行目から同15頁6行目までの記載と同じであるから、これを引用する。

(2)  本件約款の規定の検討

ア そこで、本件約款(甲2)の規定をみると、本件約款第1条の「保険金を支払う場合」とは、典型的には、被保険者が責任開始期以後の疾病を原因として保険期間中に高度障害状態に該当した場合で、この場合、責任開始期前にすでに生じていた障害状態に責任開始期以後の疾病(責任開始期前にすでに生じていた障害状態の原因となった疾病と因果関係のないものに限る。)を原因とする障害状態が新たに加わって高度障害状態に該当した場合を含むとされている。すなわち、責任開始期以後の疾病とは責任開始期前にすでに生じていた障害状態の原因となった疾病と因果関係のないものに限られることは明白である。

そして、このような因果関係が要求される理由としては、責任開始期前に既に存在した保険リスクをも保険の対象に含めると、高度障害状態に該当するリスクの高い者が多数保険に加入し、保険事故の発生率が高くなりすぎる恐れがあると同時に、被保険者間のリスクに差異が生じることとなり不公平となることは明らかであって、そのような事態を回避するためであるといえる。

イ 以上によれば、保険金の支払基準として、高度障害状態の原因となった疾病の発生時期を客観的に識別する必要があるといえるし、原因となる疾病の発生時期、因果関係の有無を判断するに当たっては、純粋に科学的観点からされるべきものと解するのが相当である。

控訴人は、支払基準の解釈は合目的的にされるべきであり、責任開始期において当時の医療水準によっても予見が不可能であった疾病は予定高度障害率に考慮されていなかったのであるから責任開始期にすでに存在した疾病とは因果関係がないものというべきであるとして、上記規約上の因果関係については相当因果関係をいうものと解すべき旨を主張する。

確かに、保険契約時において予見が全く不可能であった疾病は予定高度障害率に考慮されていないし、上記のいわゆる逆選択の問題も不公平の問題も生じないとはいえるのであるが、本件約款の規定自体から条件的因果関係を採ったとみるのが自然であり、相当因果関係を採ったとみられるような文言もないうえ、因果関係の有無について相当因果関係によって判断することになれば、その予見可能性をできるだけ客観的に判断するとしても、主観的要素を考慮することには相違なく、障害や疾病の種類によっては、その判断ははなはだ困難であり、多数の保険契約について画一的に処理する必要がある保険事故の有無の解釈基準としては不適切というべきである。

ウ 控訴人は、被控訴人に、本件保険契約の締結に当たって、信義則上、医学の進歩によって契約前後の疾病自体及びその症状の原因が判明し、同一の疾病、症状によって高度障害状態になったと認められた場合、同保険金を支払わないと説明すべき義務があったのにそれをせずに、同保険契約後発生との要件を充たさないから同保険金を支払わないというのは不意打ちの解釈である旨主張するが、本件約款第1条の規定の趣旨は明確であって、被控訴人の主張が不意打ちの解釈であるとまではいえず、その主張のような説明義務が被控訴人にあったとまでは認められない。

また、控訴人は、本件で高度障害保険金の支払が認められないとすると、被控訴人は予期に反して利益を受けることとなり不当であると主張するが、希有の事例のため予定高度障害率の検討の際に考慮されていなかったとしても、予定高度障害を考慮のうえ、ひとたび支払要件を決めた以上、同要件に該当するか否かを検討し、同要件に該当しない場合、その保険金の支払いをしなかったとしても、これを不当な利益ということはできない。

3  争点(2)(保険金支払の要件が備わっているか)について

(1)  主張立証責任の所在及び控訴人の高度障害状態の発症時期並びに保険金支払いの要件が備わっていないことについての認定判断は、次に付加するほか、原判決17頁8行目冒頭から同19頁2行目末尾までの記載と同じであるからこれを引用する。

(2)  同18頁22行目末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、責任開始期にクラッベ病を発病していたかどうかは断定できない旨主張する。確かに、クラッベ病の成人型は、我が国では数例の症例しかないし、その病状や症状の発現、進行については、研究者や医師の見解も分かれているが、上記1(2)の認定判断のとおり、成人型のクラッベ病の発症経緯は、一般的には10歳前後に運動障害、知能障害という形で発症するものであるところ、責任開始期前に生じていた控訴人の歩行機能障害については、クラッベ病と考えれば合理的に説明可能であるのに対して、他の要因や疾病が原因となっていることを認める証拠はないから、クラッベ病によると推認するのが相当である。したがって、控訴人は、責任開始期前にクラッベ病を発症していたというべきであるから、控訴人の上記主張は採用できない。また、同病による症状が安定する場合があるとしても、上記のとおり、これが進行性のものであるといわれていることからすると、他の要因や疾病が原因となっていることの蓋然性が肯定できない以上、控訴人の高度障害状態は、責任開始期に発症していたクラッベ病がその後進行したものといわなければならない。」

4  争点(3)(原告の請求を拒絶することが公序良俗に反するか否か)について

(1)  争点(3)についての認定判断は、次に加除訂正するほか、原判決19頁4行目から同21頁5行目までと同じであるから、これを引用する。

(2)  同19頁24行目から同25行目の「高度医療検査の結果を用いてはならないことにはならない。」の次に「本件においては、高度医療検査を受けたことにより被保険者である控訴人が不利益を受けたが、逆に、同検査を受けることにより、被保険者が利益な結果を得ることがありうるから、一般的に同検査自体ないしその結果の利用が憲法13条に違反し、公序良俗に反することになるとはいえない。」と加え、同行目の「また」から同20頁2行目までを削除する。

(3)  同20頁22行目冒頭から同21頁2行目末尾までを、次のとおり改める。

「本件は、保険加入のために遺伝子情報の提供が問題となった事案ではないが、保険金請求のための疾病が責任開始期前の疾病と因果関係を有するかどうかということの立証の場面において遺伝子情報が利用されたという点で、遺伝子情報の扱いについての最近の議論と同根の問題をはらんでいるということはできる。ただ、本件では、既にその結果が明らかになった上での保険金請求権の有無が問題となっているのであり、遺伝子情報の開示とか提供が問題となっているのではない。遺伝子情報の管理について、未だ何らの法規制もない現状では、遺伝子情報によって明らかになった事実を証拠法の上で排除する理由はない。」

5  争点(4)(信義則違反の有無)について

(1)  上記認定のとおり、被控訴人は、本件保険契約締結に際し、控訴人から過去の症状等について詳細に告知を受けたが、指定医の診断を経て、控訴人のその時点の症状が本件保険契約の障害になるとは判断しなかったし、平成2年7月27日から同年8月28日までの入院及び平成3年5月16日から同月22日までの入院については、特段その入院と責任開始期前の疾病との因果関係を問題にすることなく、入院給付金を支払った。また、その後、控訴人が、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求を相談した際には、同支部長は、控訴人に対し、高度障害保険金をもらうと、同契約が終了し、今後入院したときに入院給付金がもらえなくなるから、このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいとアドバイスし、控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の請求を先に延ばした。そして、その後の平成6年になって、控訴人はクラッベ病であるとの確定診断を受けたのである。

(2)  以上の各事実からすると、控訴人が、平成4年、被控訴人尼崎支部長のアドバイスに従わないで、高度障害保険金の請求をしていれば、同保険金の支払を受けられたことの可能性は非常に高かったというべきである。同支部長に同保険金の支給についての決定権限のないことは明らかであるが、同支部長の上記アドバイスにより、控訴人が、同保険金の支払いを受けることができなくなった可能性が非常に高かったというべきであることに、同支部長の職務内容、地位等を考慮すると、被控訴人が控訴人の高度障害保険金の支払請求を拒否することは信義則違反に該当するといわざるをえない。

したがって、控訴人のこの点の主張は理由がある。

6  結論

以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成11年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払をすべき義務があるから、控訴人の請求はこれを認容すべきところ、原判決はこれと異なるので、相当でないから、これを取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 松本哲泓 末永雅之)

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