大阪高等裁判所 平成15年(ネ)2503号 判決 2004年7月30日
控訴人
清水陽一
同訴訟代理人弁護士
別紙代理人目録に記載のとおり
被控訴人
大阪府住宅供給公社
同代表者理事長
松尾純
同訴訟代理人弁護士
別紙代理人目録に記載のとおり
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、二一万四八八〇円及びこれに対する平成一四年一〇月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決主文二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、三四万二三七八円及びこれに対する平成一四年一〇月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
二 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人から特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律に基づく特定優良賃貸住宅を賃借していた控訴人が、建物賃貸借契約を解約し賃借建物を明け渡したとして、当該建物賃貸借契約に付随する敷金契約に基づき、被控訴人に対して、差入れ済みの敷金(ただし未返還部分)の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一四年一〇月三〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、被控訴人が控訴人の差し入れた敷金から明渡しによる補修費を控除したことも、補修費の額も相当であると判断して、控訴人の請求を棄却した。そこで、控訴人は、本件控訴を提起した。
以上のほか、事案の概要は、後記二のとおり原判決を補正し、後記三のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の一項以下に摘示のとおりであるから、これを引用する。なお、略語は、特に断りのない限り原判決の例による。
二 原判決の補正
(1) 二頁一〇行目の「六ヶ月前までに」の前に「月の」を加える。
(2) 二頁一九行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
「立退き及び明渡し
事由のいかんを問わず、賃貸借契約が終了したときは、賃借人は、直ちに住宅を退去すると共に、これを明け渡す。明渡しに要する費用は賃借人の負担とする。
賃借人は、住宅を明け渡すときは、……大阪府特定優良賃貸住宅and・youシステム住宅修繕費負担区分表(一)5(退去跡補修費等負担基準。原判決一八頁から二三頁に別紙として添付のもの。)に基づき、補修費を賃貸人の指示により負担しなければならない(以下「本件負担特約」ということがある。ただし、同特約の成否は争点である。)。」
三 当審における当事者の補充主張
(1) 本件負担特約の成否について
ア 控訴人
賃貸物件の通常の使用に伴い生じた損耗(以下「通常損耗」ということがある。)は賃料によってまかなわれるのが民法上の原則であり、このような原則とは異なって、賃借人に通常損耗の修繕費用まで負担させる本件負担特約の成立が肯定されるためには、次の要件を充たす必要があるというべきである。
① 本件負担特約を定める必要性・合理性があること
② 賃借人が通常の原状回復義務を超える修理等の義務を負うことについて認識していること
③ 賃借人が本件負担特約による義務負担の意思表示をしていること
被控訴人は、賃借人の清潔志向の高まりに応えるため、退去後のリフォーム費用を賃借人負担にさせたとしても不合理ではないと主張するが、自然損耗ないし通常損耗による建物価値の劣化は賃料により補償されており、退去後のリフォーム費用を賃借人に負担させることは、賃料の二重取りとなり、さらに賃貸人に当初の投資を超える利益を与えることになり、何ら本件負担特約の必要性・合理性は説明できない。
控訴人が、通常の原状回復義務を超える修理等の義務を負うことについて認識していなかったこと、したがって、このような特約による義務負担の意思表示をしていないことは既に主張しているとおりである。
イ 被控訴人
本件負担特約の必要性・合理性、控訴人が本件負担特約の内容を十分に理解して本件賃貸借契約を締結したことは、既に主張しているとおりである。
(2) 本件負担特約の法令違反及び公序良俗違反性
ア 控訴人
(ア) 本件負担特約が、特優賃貸法三条及び特優賃貸規則一三条に違反するものであることは既に主張しているとおりであるが、さらに補充して主張する。
(イ) 退去時実費精算方式は、賃借人が支払うべき責任原因、修繕の範囲、金額などが不明確で、予測不可能であるし、賃貸人の不当な「ぼったくり」を排除できない性質を有しており、明らかに特優賃貸規則一三条が禁止する金員の移転に該当し、また、「不当な負担」に当たる。よって、退去時実費精算方式は、同条に違反するものである。
(ウ) 平成五年、旧建設大臣の諮問機関である住宅宅地審議会から民間賃貸借住宅の賃貸借契約書のひな形である「賃貸住宅標準契約書」が答申された。特優賃貸法制定のための国会審議において、政府委員は、「賃貸住宅標準契約書」を特優賃貸住宅においても使用させると答弁していた。そして、特優賃貸法及び特優賃貸規則施行後に発出された通達(平成五年七月三〇日旧建設省住宅局長「特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律の運用について」。以下「運用通達」という。)において、賃貸借契約書の様式を定め、これによるよう指示しているが、同契約書式一三条によれば、建物明渡しの場合、「通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き、本物件を現状回復しなければならない。」と定めており、この約定は「賃貸住宅標準契約書」一一条(明渡し)と同旨である。
平成一〇年三月、旧建設省住宅局及び財団法人不動産適正取引推進機構は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)をとりまとめたが、これも、通常損耗は賃借人の負担する原状回復義務の範囲に含まないとされている。
平成一四年六月一九日、大阪府建築都市部住宅まちづくり政策課長は、大阪府下の特優賃貸住宅認定事業者及び管理法人あてに、「特定優良賃貸住宅入居申し込み者に対する賃貸借契約時及び退去時の対応について(通知)」を発出し、この中で、「賃貸人は、賃借人に対して通常の使用に伴い生じた損耗を除き、原状回復することを求めることができますが、不当な負担となることを賃貸条件とすることはできません。」として、ガイドラインの趣旨を踏まえて十分説明した上で賃貸借契約を締結するように通知している。
このような立法、行政における動向にかんがみると、通常損耗の回復を賃借人の負担とすることは、いかなる形式であろうと、特優賃貸法三条及び特優賃貸規則一三条に違反し、違法性が強いというべきである。
(エ) 法の規制目的を達するためには、行政法令違反の行為は、特段の事情のない限り、原則として私法上も無効になると解すべきである。さらに、行政法令違反行為の私法上の効力の判定について、① 規定の趣旨、② 倫理的非難の程度、③ 取引の安全、④ 当事者の信義・公平の四要素を考慮するとの通説により検討しても、次のとおり、本件負担特約は無効であると解すべきものである。
取引の安全については、本件において、第三者の利益が害されるということはあり得ない。倫理的非難の程度については、公費による援助を受けながら特優賃貸法及び特優賃貸規則に違反して通常損耗分の原状回復費用を賃借人から受け取る行為が非難されるべきことは当然である。本件負担特約を私法上も無効とすることはまさに当事者の信義・公平に合致し、立法趣旨にも沿うものである。
(オ) 被控訴人は、地方住宅供給公社法により設立された法人であり、その設立の目的(地方住宅供給公社は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。同法一条)や、住宅又は宅地の賃貸その他の管理及び譲渡に関する業務を行なうには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、賃貸料又は譲渡価格が適正なものとなるように努めなければならない(同法二二条)とされていること等からすると、特優賃貸法三条及び特優賃貸規則一三条の趣旨、行政指針、ガイドラインに示された理念を尊重するのが当然である。そのような立場にある被控訴人が、特優賃貸法三条及び特優賃貸規則一三条に反する本件負担特約を賃借人に負担させようとすることは、違法性が極めて強いものというべきである。
イ 被控訴人
(ア) 本件負担特約の必要性・合理性については既に主張したとおりであるが、本件負担特約の採る退去時実費精算方式は合理的である。修繕費を賃借人の負担とする場合、その精算方式としては、① 家賃の額に一定額を上乗せする方式、② 敷金から一定の額を差し引くいわゆる敷引き方式、③ 退去時に実費を賃借人に請求して精算する方式が考えられる。
①は、本件が特優賃貸法の適用があり限度額家賃が定められていること及び賃貸借の期間が予測できないため適正な費用をあらかじめ家賃に含めて徴収することは不可能であることから、妥当でない。②は、その額及び割合によっては賃借人に不当に不利となる場合があることから妥当でない。③は、本件においては、あらかじめ修繕費の負担区分が明確に定められており、退去時の査定の際に、賃借人の立会を認め、賃借人の申入れに応じて査定を変更することもある上、補修費を算出した後は内訳を明らかにし、賃借人が希望するときは賃借人負担部分の工事業者を賃借人が選定することも認めている以上、最も適切な方法というべきである。
(イ) 本件負担特約が法令に違反せず、公序良俗にも違反しないことは既に主張しているとおりである。
特優賃貸規則一三条は、オーナーからの供給計画の認定申請に対する都道府県知事の認定基準を定めた特優賃貸法三条の細則にすぎず、特優賃貸法三条及び特優賃貸規則一三条が賃借人を直接的に保護した規定であるということはできない。したがって、本件負担特約が両条に反するから私法上の効力がないとの控訴人の主張は、その前提において失当である。
控訴人は、ガイドライン、標準契約書、国会における政府委員の答弁などを主張の根拠にしているが、これらは、飽くまでも一つの指針ないしひな型(モデル)であって、その使用が契約当事者に強制されるものではないし、その内容が直ちに個々の当事者間の賃貸借契約の内容となったり、法的拘束力を有するものでもない。
第三争点に対する判断
一 当裁判所は、控訴人の本件請求は、当審における当事者の補充主張をも含めて検討すると、主文二項掲記の限度で理由があるものと判断する。その理由は次のとおりである。
二 本件負担特約の成否(争点(1))について
(1) この点については、後記(2)のとおり原判決を補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 判断」欄の一項(一〇頁六行目から一一頁一六行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 一〇頁九行目の文頭から同一三行目の「趣旨)。」までを次のとおり改める。
「しかしながら、上記前提事実、乙一、六及び弁論の全趣旨によれば、① 控訴人は、本件賃貸借契約の締結に先立つ平成七年一二月中旬ころ、被控訴人の開催した入居説明会に参加し、そこで、被控訴人作成の「すまいのしおり」や賃貸借契約書用紙等書類一式の交付を受けたこと、② 被控訴人担当者は、入居説明会において、特優賃貸住宅について説明した上、賃貸借契約書の内容等についても要点を絞って説明したこと、③ 本件負担区分についても、被控訴人担当者は、畳表の表替えを例に出して、退去跡査定及び補修費用の負担については、本件負担区分記載の基準に基づき退去者及び所有者が負担することになる旨説明し、その場で質疑応答を行い、自宅に帰ってから契約書内容を確認するように付け加えたこと、④ その後の同年一二月二七日に、本件賃貸借契約が締結されたこと、以上の事実が認められる。」
イ 一一頁四行目末尾に次のとおり加える。
「さらに、「項目」・「各種床仕上材」の「基準になる状況」は「生活することによる変色・汚損・破損と認められるもの」とされ、「項目」・「各種壁・天井等仕上材」の「基準になる状況」は「生活することによる変色・汚損・破損」とされ、「項目」・「畳表・縁」の「基準になる状況」は空欄であり、これらの「負担基準」はいずれも「退去者」とされている。」
ウ 一一頁七行目の「説明されて」の前に「平易な表現で」を加える。
エ 一一頁一三行目の「これらの点を総合すると」を次のとおり改める。
「以上によれば、控訴人は、入居説明会においてある程度時間をかけて本件負担区分を含めて本件賃貸借契約の内容の説明を受け、賃貸借契約書を含む書類一式の交付も受けており、入居説明会から本件賃貸借契約締結までの間にこれらの書類を十分検討する時間もあり、かつ、本件負担区分は、それが通常損耗の範囲内かどうかにかかわらず、具体的にどのような項目について退去者が修繕費用を負担するのかの点に関して明確かつ平易な表現をもって記載されているのであるから」
三 本件負担特約の有効性(争点(2))について
(1) 当裁判所は、本件負担特約は、本件負担区分に基づき賃借人に対し退去時の原状回復義務として通常損耗分についてまで原状回復義務を負わせている点において、遅くとも上記の大阪府からの通知がされた平成一四年六月以降は、民法並びに地方住宅供給公社法及び特優賃貸法によって形成される公序良俗に違反し無効であるものと判断する。その理由は次に述べるとおりである。
(2) 民法上の原則
賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に対し目的物の使用収益をさせる義務を負い、賃借人は賃貸人に対し、目的物の使用収益の対価として賃料を支払う義務を負うことをその本質とするものである。賃借人による目的物の使用収益は、賃貸借契約に定める期間継続するから、時間の経過により目的物の経済的価値が減損することは免れないし、また、使用収益自体の結果としても経済的価値は減損する。したがって、使用収益の対価としての賃料は、これらの経済的価値の減損をも考慮して決定されるものであり、換言すると、使用収益による経済的価値の減損は賃料により補償されている関係にある。したがって、契約の本旨に従って目的物の使用収益をしている限り、賃貸借契約終了時に賃借人が負担する原状回復義務の範囲は、特約がなければ、これらの通常損耗分を含まないと解するのが相当である。
ところで、本件賃貸借契約における本件負担特約は、前示のとおり、本件負担区分をもって、それが通常損耗の範囲内かどうかにかかわらず、退去者が修繕費用を負担する項目を一律に定めているものであるから、上記の意味での特約に当たる。
控訴人は、このような本件負担特約が特優賃貸法に違反し、また、民法九〇条にも違反すると主張するので、以下この点について検討する。
(3) 被控訴人の公的性格
被控訴人は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者の資金を受け入れ、これをその他の資金とあわせて活用して、これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として、大阪府によって設立された法人である。
被控訴人は、この目的達成のために、住宅の賃貸業務を行うことができるが(地方住宅供給公社法二一条三項一号)、住宅の賃貸に関する業務を行なうには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、賃貸料が適正なものとなるように努めなければならない(同法二二条)。そして、被控訴人は、その業務について国土交通大臣(本件賃貸借契約当時は旧建設大臣。以下同じ。)及び大阪府知事の監督を受ける。
よって、被控訴人が、本件において賃貸人となっているのは、同法所定の業務の遂行の一環としてである。
(4) 特優賃貸制度の概要
ア 特優賃貸法は、主として新たな用地取得を必要としない民間の土地所有者等の建設する良好な賃貸住宅について、建設費の助成、家賃減額のための助成を行うこと等により、良好な賃貸住宅に対するニーズの大きい中堅層の居住の用に供する優良な賃貸住宅の供給の拡大を図り、もって国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的としている(特優賃貸法一条)。特優賃貸法の要点は、① 全般的に居住水準の改善が立ち後れており、新たな対策が要請されている中堅層を施策対象とすること、② 住宅の質、住環境についての一定の基準を満たす優良な賃貸住宅に対して建設及び家賃の減額のための助成を行うとともに、家賃、入居者選考等についての公的関与を行うこと、③ 家賃については市場家賃を原則としつつ、供給初期段階について、家賃軽減のための逓減的な助成措置を行うこと、④ 国と地方の役割分担を踏まえ、国と地方が適切に費用負担を行いつつ、公的助成を行うこと等である。
イ 都道府県知事の認定を受けた供給計画(特優賃貸法二条一項)に係る賃貸住宅については、次のような助成措置が講じられる。① 建設及び家賃の減額に対する国及び地方公共団体の補助(特優賃貸法一二条、一五条)、② 住宅金融公庫等の融資に当たっての配慮(特優賃貸法一六条)、③ 国及び地方公共団体による資金の確保等(特優賃貸法一七条)。
ウ 都道府県知事の認定を受けた供給計画に従って賃貸住宅の建設及び管理が適正に行われるように、次のような措置が講じられている。① 都道府県知事による報告の徴収(特優賃貸法八条)、② 同改善命令(特優賃貸法一〇条)、③ 認定の取消し(特優賃貸法一一条)、④ 建設に要する費用の補助を受けた特優賃貸住宅における家賃の限度額の設定(特優賃貸法一三条)、⑤ 改善命令に従わない場合等における罰則の適用(特優賃貸法二〇ないし二三条)、⑥ 国土交通大臣による特優賃貸住宅の管理を行うに当たって配慮すべき事項の策定(特優賃貸法六条)、⑦ 地方公共団体による管理に関する助言及び指導(特優賃貸法七条)。
エ 建設に要する費用の補助を受けた特優賃貸住宅における家賃の限度額の設定(特優賃貸法一三条)の詳細は次のとおりである。特優賃貸住宅の認定管理期間における家賃額には法定限度が設けられるが、法定限度額は、特優賃貸住宅の建設に必要な費用の償却額、維持管理費(管理費及び修繕費)、損害保険料、地代に相当する額、公課及び貸倒れ等損失引当金を構成要素として算定することとされる(特優賃貸法一三条一項、特優賃貸規則二〇条一項)。
オ 特優賃貸法六条は、国土交通大臣は、認定計画に基づき建設される特優賃貸住宅の管理が適切に行われるよう、認定事業者が特優賃貸住宅の管理を行うに当たって配慮すべき事項を定め、これを公表するものとするとしている。これに基づき、「認定事業者が特定優良賃貸住宅の管理を行うに当たって配慮すべき事項」(平成五年七月二七日旧建設省告示第一六〇一号。以下「配慮事項」という。)が告示されている。
配慮事項は、強制力や拘束力を持たないが、できるだけ尊重されるべきであることは当然である。配慮事項第三は「賃貸借契約書を適正に作成し、保管すること」(一号)と定めるが、「適正に作成し」とは、後記キの特定優良賃貸住宅賃貸借契約書を作成することを意味するものである。
カ 都道府県知事による供給計画の認定等
(ア) 賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者は、国土交通省令(旧建設省令。以下同じ。)で定めるところにより、当該賃貸住宅の建設及び管理に関する計画(「供給計画」といわれている。)を作成して、都道府県知事の認定を申請する。供給計画には、賃貸住宅の家賃その他賃貸の条件に関する事項(特優賃貸法二条二項六号)を記載する。
(イ) 供給計画の認定基準(特優賃貸法三条)には、賃貸住宅の家賃の額が近傍同種の住宅の家賃の額と均衡を失しないよう定められるものであること(同条五号)や、賃貸住宅の入居者の選定方法その他の賃貸の条件が国土交通省令で定める基準に従い適正に定められるものであること(同条六号)等がある。そして、特優賃貸法三条六号の国土交通省令に定める基準は、特優賃貸規則八条により、同九条から同一四条に定めるとおりとされている。
(ウ) 特優賃貸規則一三条は、「賃貸住宅を賃貸する者(以下「賃貸人」という。)は、毎月その月分の家賃を受領すること及び家賃の三月分を超えない額の敷金を受領することを除くほか、賃借人から権利金、謝金等の金品を受領し、その他賃借人の不当な負担となることを賃貸の条件としてはならない。」と定める。
キ 特定優良賃貸住宅賃貸借契約書
平成五年七月三〇日付け旧建設省住管発第四号・同省住建発第一一〇号住宅局長の知事あて「特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律の運用について」(運用通達)は、特優賃貸住宅における賃貸借契約書は、特定優良賃貸住宅賃貸借契約書(以下「特優賃貸住宅契約書」という。)によることを求めている。これは、後に説示する標準契約書に必要な修正を加えたものである。
特優賃貸住宅契約書一三条一項は、明渡時の原状回復義務について、物件が、契約により定められた使用方法に従い、かつ、社会通念上通常の使用方法により使用していればそうなったであろう状態であれば、使用開始当時の状態よりも悪くなっていたとしても、そのまま貸主に返還すればよいとすることが適当であろうとの考えの下に、「乙(注・賃借人)は、本契約が終了する日までに……、本物件を明け渡さなければならない。この場合において、乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き、本件物件の原状に回復しなければならない。」と定めている。そして、実際の原状回復に当たっては、原状回復の範囲、方法等については、事前に当事者間で協議により決定することを求めている(同契約書一三条三項)。
(5) 通常損耗についての考え方
ア 住宅宅地審議会は、平成五年一月二九日、賃貸住宅標準契約書(以下「標準契約書」という。)を答申した。賃借人の居住の安定の確保と賃貸住宅の経営の安定を図るため、公的な機関が中立的な立場で、内容がより明確かつ合理的な住宅賃貸借の標準的な契約書の雛形を作成し、周知することにより、賃貸借当事者間の紛争を防止し、健全で合理的な賃貸借関係を確立する必要があるとの趣旨で作成されたものである。
イ 修繕義務について標準契約書は、民法の規定の趣旨及び一般に修繕費用は家賃に含まれているとの考え方に基づき、これを原則として賃貸人が負うこととし、明渡時の原状回復義務(一一条一項「乙(注・賃借人)は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き、本物件を原状回復しなければならない。」)についても、同様の考え方をしている。すなわち、物件が、契約により定められた使用方法に従い、かつ、社会通念上通常の使用方法により使用していればそうなったであろう状態であれば、使用開始当時の状態よりも悪くなっていたとしても、そのまま貸主に返還すればよいとすることが適当であるとされている。すなわち、通常損耗分の原状回復の費用は、減価償却費として一般的に賃料に含まれていると考えられるのであり、また、借主が原状回復義務を負う場合は、新たに物件に付加した設備等がある場合と、借主の通常使用以外の使用により損耗した部分の修繕に限られると考えることが適当であるというのである。そして、通常使用に伴う損耗分として、畳表の日焼けによる変色、通常の歩行による畳の擦り切れ、ドアノブ等の手垢による変色等が挙げられている。
ウ 特優賃貸法制定時の国会審議においては、標準契約書の答申に携わった参考人玉田弘毅(当時明治大学教授)は、「標準契約書は、特優賃貸住宅における契約関係においてもおおむね妥当する。基本的にはそのまま用いられて当然と思われる。」旨の意見を述べ、三井政府委員(当時建設省住宅局長)も、「特優賃貸住宅における契約関係については、基本的には標準契約書を使い、これを必ず使って頂くようにする。」旨述べていた。また、運用通達においても、特優賃貸住宅契約書によることを求めている。
エ 平成一〇年三月、旧建設省住宅局の委託を受けた財団法人不動産適正取引推進機構は、「賃貸住宅リフォームの促進方策検討結果報告書~原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」をとりまとめ、これを基にして、旧建設省住宅局・財団法人不動産適正取引推進機構は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)をとりまとめた。ガイドラインは、「近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方等について、トラブルの未然防止の観点から現時点において妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとしてとりまとめることとした。」ものであるが、「標準契約書と同様、その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきもの」であるとする。
ガイドラインは、次のような考え方に立っている。① 建物の価値は、居住の有無にかかわらず、時間の経過により減少するものであること、また、物件が、契約により定められた使用方法に従い、かつ、社会通念上通常の使用方法により使用していればそうなったであろう状態であれば、使用開始当時の状態よりも悪くなっていたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよいとすることが学説・判例等の考え方であることから、原状回復は、賃借人が借りた当時の状態に戻すものではないということを明確にし、その考え方に沿って基準を策定した。② 実務上トラブルになりやすいと考えられる事例について、判断基準をブレークダウンすることにより、賃貸人と賃借人との間の負担割合等を考慮するうえで参考となるようにした。③ 賃借人の負担について、建物・設備等の経過年数を考慮することとし、同じ損耗・毀損であっても、経過年数に応じて負担を軽減する考え方を採用した。④ 標準契約書においては、(a)賃借人の通常の使用により生ずる損耗と(b)これ以外の損耗を区別し、(a)は賃借人に原状回復義務がなく、(b)については賃借人が原状回復義務を負うとされている。ガイドラインでは、(ア)建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)、(イ)賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)、(ウ)賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等に区分し、(ア)及び(イ)を賃貸人の負担、(ウ)を賃借人の負担と考える。
オ ガイドラインが示された以降の平成一一年二月一〇日衆議院建設委員会において、当時の建設省住宅局長は、議員の質問に対し、「住宅供給公社の契約については、ヒアリングや担当者の全国会議、地域での講習会等を行い、ガイドラインとの差を少しでも近づけて、全体としてバランスのとれた運用内容になるように指導していきたい」と答弁している。
カ 平成一四年六月一九日、大阪府建築都市部住宅まちづくり政策課長は、大阪府下の特優賃貸住宅認定事業者及び管理法人あてに、「特定優良賃貸住宅入居申し込み者に対する賃貸借契約時及び退去時の対応について(通知)」を発出した。同通知は、特定優良賃貸住宅に係る退去時補修トラブルに関する報道がされたことを踏まえ、「特定優良賃貸住宅は、公的資金を投入し運営されている賃貸住宅であることから、国が示した特定優良賃貸住宅の標準契約書を踏まえて、具体の賃貸借契約を結ぶこととされております。賃貸人は、賃借人に対して通常の使用に伴い生じた損耗を除き、原状回復することを求めることができますが、不当な負担となることを賃貸条件とすることはできません。そこで、入居申込者に対しては、退去時の修繕負担区分についてガイドライン(平成一〇年三月:旧建設省監修)の趣旨を踏まえ充分説明した上で、賃貸借契約を締結することとされたい。また退去時の原状回復工事の際には、その内容及び費用について賃借人・賃貸人双方が、充分協議の上実施するなど、適切に対応されるようお願いします。」として、ガイドラインの趣旨を踏まえて十分説明した上で賃貸借契約を締結するように通知している。
キ 住宅金融公庫法一七条一項三号、三五条、同法施行規則一〇条は、公庫融資を受けて住宅を建設して賃貸事業を行う事業者が締結する賃貸借契約について、特優賃貸法・特優賃貸規則と類似の賃貸条件や家賃額の制限に関する規定をおいている。そして、住宅金融公庫は、同事業者に対して、「賃貸住宅経営上のご注意」と題する文書を配布しているが、これには、次のような記載がある。「自然損耗部分の修繕費を入居者に負担させるなど、入居者の不当な負担となることを賃貸の条件とすることは避けてください。」「入居者に不当な負担をさせた場合(権利金・礼金・謝金といった金品を受け取ったり、自然損耗部分の修繕費を入居者に負担させるなど)……には、住宅金融公庫法により罰金刑の対象となる場合がありますので、十分ご認識ください。」「なお、公庫から融資を受けた賃貸住宅については預かった敷金の範囲内であっても、自然損耗部分の修繕費を入居者に負担させることはできませんので、ご注意ください。」
(6) 検討
以上の諸事情を基に、本件負担特約の有効性について検討すると次のとおりである。
特優賃貸法は、「優良な賃貸住宅の供給を図り、もって国民生活の安定と福祉の増進に寄与する」目的で、認定事業者に対して各種の助成を行い、その反面として、罰則を含む公的規制を行うものであって、社会政策的立法といえる。
特優賃貸法三条、特優賃貸規則一三条は、供給計画の認定基準を定めるものであるが、都道府県知事による認定後は、認定事業者が認定計画に従っているかどうかは、改善命令(特優賃貸法一〇条)、認定の取消し(特優賃貸法一一条)を行うに当たって主要な判断要素となるものであるから、認定後も供給計画の認定基準は、認定事業者の行為規範になっているものということができる。
特優賃貸規則一三条は、賃貸人は、毎月その月分の家賃を受領すること及び家賃の三月分を超えない額の敷金を受領することを除くほか、賃借人から権利金、謝金等の金品を受領し、その他賃借人の不当な負担となることを賃貸の条件としてはならない旨定めているが、賃貸借契約終了による原状回復義務の範囲に関する民法の解釈を前提に、特優賃貸法の枠組み、特優賃貸法制定前後の国会審議の状況、住宅金融公庫法における規制内容及びその解釈の実情等を総合考慮すると、通常損耗分の原状回復義務を賃借人に負わせることは、同条の禁止する「不当な負担」に当たると解するのが相当である。
そして、通常損耗分の原状回復義務を賃借人が負わないとの解釈は、立法・行政の分野でも是とされているものであり、現に平成一四年六月には前示のとおり大阪府建築都市部住宅まちづくり政策課長からの具体的な通知もされているところであるから、公法人であり、住宅の賃貸に関する業務を行うに当たり、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、賃貸料が適正なものとなるように努めなければならない被控訴人としては、これに沿うように努めることが当然要求されているというべきである。さらに、公営住宅として多くの特優賃貸住宅を供給している被控訴人が、住宅を必要とする勤労者との関係では優越的な地位にあることも明らかである。
このような立場にある被控訴人が、賃借人との間で、通常損耗分を含めた原状回復義務を賃借人に負担させることを内容とする契約書を一方的に定め、これにより一律に契約を締結して、賃借人に対して不当な負担をさせることは、上記立法・行政における動向などをも考慮すると、本件賃貸借契約締結時はともかくとして、遅くとも数次の契約期間の更新を経た平成一四年六月ころには、特優賃貸法の規制を著しく逸脱し、社会通念上も容認し難い状態になっていたと認めるのが相当であるから、その限度で本件負担特約は公序良俗に違反し無効になるというべきである。
(7) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は、本件負担特約の内容は、賃貸人及び賃借人のどちらか一方に偏したものではないので、賃借人に不当な負担を与えるものではないと主張するが、被控訴人が賃借人に対して通常損耗分を含めて原状回復義務を負わせることが「不当な負担」になることは既に説示したとおりであり、賃貸人も原状回復費用を一部負担することになるとしても、この結論に影響を及ぼすものではない。殊に、後にも説示するが、本件負担区分においては、畳表は、賃借期間の長短や生活することによる変色かどうかを問わず一律に表替えをし、その費用をすべて賃借人の負担としているが、これが一方的に賃貸人に有利であることは明らかであるし、床・壁・天井等の仕上材についても、生活することによる変色・汚損・破損まで補修の対象としつつ、その対象面積を何ら限定していないことも、一方的に賃貸人に有利な定めとなっているというべきである。
よって、同主張は採用できない。
イ 被控訴人は、リフォームの必要性があることを強調するが、リフォームは、原状回復を超えて経年変化を回復させ賃貸人に賃貸物件の価値の上昇をもたらすものであって、その経費を賃借人に負わせることは、賃貸人に当初の投資以上の利益を享受させるものであって、被控訴人が特優賃貸法の適用を受ける限り到底許容できないというべきである。よって、この点の主張も採用できない。
ウ 被控訴人は、本件賃貸借契約における賃料額は法定限度額の範囲内で決定されており、本件の補修費全額を上乗せして月額賃料を算定してみても法定限度額の範囲内であると主張する。しかし、特優賃貸法一三条一項は、修繕費も家賃額決定に当たり参酌されることを明記し、特優賃貸規則二〇条一項二号においては、住宅の維持管理費として特優賃貸住宅の建設に要した費用の一〇〇〇分の一・四を構成要素として算定することとしているが、同比率のうち一〇〇〇分の一の部分は、住宅の償却期間中の平均的な修繕費とされている。そして、通常損耗による修繕費は、その性質上、平均的な修繕費に含まれる。したがって、家賃限度額が償却期間中の平均的修繕費を含んだ金額であることは特優賃貸法上も明らかであり、具体的な家賃額がこれを下回っていたとしても、修繕費部分のみを控除して家賃額が算定されたと考えることはできない。そうすると、家賃限度額の範囲内で決定した家賃額に通常損耗分をも含めて本件補修費全額を上乗せすること自体が不当であることは論を待たない。よって、この点の主張も採用できない。
エ 被控訴人は、修繕費の退去時実費精算方式は合理的である旨主張する。当裁判所もその一般的な合理性を否定するものではないが、本件で問題とされるべきは、通常損耗分まで含めた原状回復費用を賃借人に負担させることであって、修繕費の負担方式の当否を問題とするものではない。よって、この点の主張も採用できない。
オ 以上の次第で、被控訴人の主張はいずれも採用できず、他に前示の判断を覆すに足りる事情も認められない。
四 具体的原状回復費用の算定
(1) 以下においては、通常損耗分に係る原状回復費用額について検討する。
前提事実及び《証拠省略》によれば、被控訴人から委託を受けている株式会社大阪住宅公社サービスの補修箇所査定担当者及び補修工事業者担当者ほか一名の計三名が、平成一四年八月九日、控訴人夫婦の立会いの下で、本件負担区分に従い、本件建物の控訴人負担となる補修箇所を控訴人夫婦に示しながら査定を行い、控訴人夫婦の確認をとったこと、控訴人夫婦は、これらの査定結果に特に異議を述べなかったこと、査定担当者は、その場で補修費用の概算額が三四万五〇〇〇円になることを控訴人夫婦に伝えたこと、被控訴人は、後日、退去跡補修査定結果報告書、工事発注書兼工事完了報告書及び精算内訳書を控訴人に交付したこと、被控訴人は、最終的に補修費を三四万二三七八円と決定し、同金額を敷金額から控除したこと、以上の事実が認められる。
前示のとおり、上記補修費は、通常損耗分の補修費も含むものであり、通常損耗分の補修費を控訴人に負担させることは許されないから、これに相当する額は控訴人に返還されるべきものである。
なお、清潔志向の高まりなどを考えると、床・壁・天井面仕上材の部分的な汚損であっても、実際に新たにその居室を賃貸するについては、壁等の仕上材全体の張替えを行う必要があると考えられる。しかし、それは新たな賃貸のために生じるものであって、本来的には賃貸人が負担すべきものであるから、そのための費用をそのまますべて賃借人に負担させることは許されない。賃借人の負担とするのは、実際の補修費用のうち、最小限度の補修に必要な範囲に限るべきである。
(2) 具体的補修箇所及び費用についてみると次のとおりである。なお、費用額については税抜きの金額であり、小数点以下は四捨五入する。
ア 全室ホームクリーニング
全室ホームクリーニングは、入居後短期間で退去する場合を除き、次の入居者のために一律に実施するものであるが、その内容は清掃・ワックスがけ等であり、通常の使用による汚れを含めて実施するものと考えられる上、控訴人が退去に当たり清掃をしなかったために特に多額のクリーニングを要したなどの立証もないから、その全額を原状回復とは関係のない費用に当たるものと認めるのが相当である。よって、被控訴人はこの費用に当たる二万八三〇〇円を返還すべきである。
イ クロスの洗浄(九m2)
これらは、床・壁の汚れ落としであり、経過年数や、控訴人が通常使用による汚れを超えて汚損させたとの立証もないから、通常損耗分に対するものと認める。よって、被控訴人はこの費用に当たる一八五四円を返還すべきである。
ウ 玄関・廊下回り
玄関・廊下の壁クロスB面は、破れ一箇所、キズ三箇所が認められるので、この部分は、控訴人の故意ないし過失に基づくものと認められる。壁クロスD面は一部の汚れがみられるものの、経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。従って、最低限の補修として、一m2×二箇所×一四八〇円=二九六〇円を控訴人に負担させることは許されるが、その余の二万二四九六円(二万五四五六円-二九六〇円)を被控訴人は返還すべきである。
和室入口戸襖クロスの汚れは、経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。よって、被控訴人はその費用に当たる二三六八円を返還すべきである。
エ 洗面所
壁クロスは、全面にわたり破れやキズが見られるため、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
洗面台ボールキズは、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
オ 台所
天井クロスの状況区分は、汚れであり、経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。したがって、被控訴人はこの費用に当たる七二六八円を返還すべきである。
壁クロスの状況区分も汚れであり、経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。なお、ピン穴も通常使用の範囲内と認められる。したがって、被控訴人はこの費用に当たる一万八三五二円を返還すべきである。
床フローリングについては、キズが七箇所見られるが、日常の使用により床にキズが入るのはやむを得ない面があり、キズの程度も明らかではない。よって、被控訴人はこの費用に当たる六三〇〇円を返還すべきである。
流し台異物除去及び引出し修理は控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
水栓蛇口の泡沫キャップは紛失であり、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
台所コンセント本体一箇所のひび割れは、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
カ 居間(LD)
天井クロスの汚れ部分は電気焼けであり、経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。破れは、控訴人の故意過失によるものと判断される。破れの補修金額は、最低単位の一m2×一五八〇円と認め、被控訴人はその余の一万八〇一二円(一万九五九二円-一五八〇円)を返還すべきである。
壁クロスは、C面を除く各面に多数の破れ、キズがあり、C面には釘穴が一箇所認められ、これらは控訴人の故意過失によるものと判断される。各面の汚れは経過年数からすると通常使用による汚れを超えないものと判断する。したがって、A・B・D面の張替費用及びC面の一m2の張替費用を控訴人は負担すべきである。C面の張替を要しない部分の面積は明らかでないが、全体の四分の一と認め、三六・七m2÷四×一四八〇円=一万三五七九円を被控訴人は返還すべきである。
床フローリングについては、キズが七箇所見られるが、日常の使用により床にキズが入るのはやむを得ない面があり、キズの程度も明らかではない。よって、被控訴人はその費用に当たる六三〇〇円を返還すべきである。
居間カウンターにはキズがあり、これは控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人はその補修費用を負担すべきである。
居間ガスコンセントはプレートが破損していたもので、これは控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人はその補修費用を負担すべきである。
キ 和室
襖(片面)は、六枚のうち一枚が破れ、五枚が汚れている。破れているものは、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人はその補修費用を負担すべきである。汚れているものについては、経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。よって、被控訴人は五枚分の九三五〇円(一八七〇円×五)を返還すべきである。なお、襖については柄合わせの必要性も認められるものの、張替費用全部を賃借人に負担させることは、賃貸人に新品取得の利益をもたらすことになるので、相当でない。
畳は、全部張り替えるというのであるが、特段問題となる使用方法の指摘はない(そもそも、本件負担区分によると、畳は状況のいかんにかかわらず表替することになっている。)から、通常損耗を超えるとは認め難い。よって、被控訴人は六枚分の二万三八二〇円を返還すべきである。
壁クロスは、A面の一部に汚れがあり、B面に破れ一箇所があるので張り替えるというものであるが、汚れは、経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。破れについては、最低単位の一m2×一四八〇円を控訴人が負担すべきである。よって、被控訴人はその余の一万二四三二円(一万三九一二円-一四八〇円)を返還すべきである。
ク 洋室(1)
壁クロスは、A面は破れ三箇所・釘穴五箇所があり、C面はキズ一箇所があり、D面は破れ八箇所・キズ二箇所があるので、これらは控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人はその補修費用を負担すべきである。B面の汚れ及びその他の面の汚れは、経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。よって、B面全部及びC面のうち一m2(キズ一箇所)を除く部分の張替費用を全体の三分の一程度に当たるとみて、一万〇八〇四円(二一・九m2÷三×一四八〇円)を被控訴人は返還すべきである。
天井クロスは、破れ一箇所と汚れが見られるというものの、汚れは経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。破れは、控訴人の故意過失によるものと判断されるから、控訴人はその補修費用を負担すべきである。そうすると、被控訴人は破れ部分の補修費用一m2×一五八〇円を控除した七一一〇円(八六九〇円-一五八〇円)を返還すべきである。
ケ 洋室(2)
壁クロスは、A面は汚れのみであり、経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。B面は、破れ二箇所・キズ三箇所があり、D面は、破れ一〇箇所もあるので、これらは、控訴人の故意過失によるものと判断され、控訴人は、その全部の補修費用を負担すべきである。C面の破れ一箇所は、控訴人の故意過失によるものと判断され、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。以上の結果、A面の全面及びC面の一m2(破れ一箇所)を除く面の補修費用をAないしD面の面積の四分の一と認めて、一九・一m2÷四×一四八〇円=七〇六七円を被控訴人は返還すべきである。
クローゼット内クロスは、B・C面汚れのため張り替えるというのであるが、汚れは経過年数からすると日常使用による汚れを超えないものと判断する。よって、被控訴人は四七三六円を返還すべきである。
床フローリングには、キズ五箇所があるが、日常の使用により床にキズが入るのはやむを得ない面があり、キズの程度も明らかではない。よって、被控訴人はその費用に当たる四五〇〇円を返還すべきである。
入り口扉のはがれは、控訴人の故意過失によるものと判断され、控訴人は、その補修費用を負担すべきである。
(3) 以上の検討の結果、被控訴人が敷金から控除した補修費用のうち、合計二〇万四六四八円は通常損耗分に係るもの、又は原状回復とは関係のない費用と認められるから、同金額は控訴人に返還されるべきである。よって、返還額は、消費税相当分を加算した二一万四八八〇円となる。
第四結語
以上の次第で、被控訴人が、控訴人が差し入れた敷金から控除した三四万二三七八円のうち、二一万四八八〇円は通常損耗分に係る原状回復費用若しくは原状回復とは関係のない費用というべきである。そうすると、被控訴人は、同金額を控訴人に返還すべきであり、控訴人の本件敷金返還請求は、この限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、以上と結論を異にする原判決は一部不当であるから、これを変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 下野恭裕)
<以下省略>