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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)3066号 判決 2004年2月26日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  原判決主文2項を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  事案の概要は,次のとおり付加,訂正し,後記2に控訴人の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁末行の「「本件保険金」」の次に「又は「本件死亡保険金」」を加える。

(2)  同3頁2行目の「簡易生命保険法(」の次に「平成14年法律第98号による改正前のもの。」を加える。

(3)  同4頁11行目の「自殺した」の次に「(以下,上記殺害を「本件事故」という。)」を加える。

(4)  同6頁11行目の「指定しない場合」の次に「」」を加え,12行目の「除斥謄本」を「除籍謄本」と改める。

(5)  同7頁2行目の「責」を「責め」と改める。

2  控訴人の当審における付加主張

(1)  原判決は,法56条1項の免責条項の規定につき,保険者の意思とは無関係に,免責事由発生の時点で,免責の効果が生じ,保険者の保険金支払債務が全体的に消滅する旨判示する。

しかしながら,私的自治の原則により自己責任による経済活動を奨励している自由主義国家の下で,保険者の意思とは無関係に免責の効果が生じることは疑問であることからすると,法56条1項は免責条項の援用権の規定であると解するのが相当である。しかるに,被控訴人は,免責規定を援用することなく,本件保険金を支払ったのであるから,有効な弁済であって,控訴人が本件保険金を受領したことは,法律上の原因に基づくものである。

(2)  仮に,本件保険金の受領が法律上の原因に基づかないものであったとしても,次のとおり,民法705条(非債弁済)に該当し,控訴人は受領した本件保険金を返還すべき義務はない。

すなわち,C郵便局の担当者は,控訴人から提出された新聞記事等の添付資料により,保険契約者兼保険金受取人であるAが被保険者であるBを殺害した事実を認識したか,あるいはその疑いを持ったが,多額の保険料を前納していたのに,非業の死を遂げたBの不幸と遺族の悲観を放置することは社会倫理に反すると考えるとともに,控訴人が多額の郵便貯金を有し,多数の簡易保険を契約している優良顧客であったことから,弔意を表す必要があり,控訴人との間の信頼関係を壊すことができないことから,免責条項を援用せずに,あえて本件保険金を即時に支払うことにしたものと考えられる。

また,仮に,担当者において,免責条項に該当することを知らずに本件保険金を支払ったとしても,重過失があることは明らかであり,公平の原則からして重過失は悪意と同一視することができ,民法705条に該当し,被控訴人は本件保険金相当額の返還を求めることはできない。

(3)  さらに,仮に,上記1及び2の各主張が認められないとしても,被控訴人が控訴人に対し本件保険金の真正な債権者であるとして本件保険金を支払った行為は,保険業者に課せられた社会的義務に著しく違反したものであるのに,自己の不誠実や社会的義務の違反を援用して,弁済した保険金の取戻しを求めることは,条理及び信義誠実の原則に違反するものであり,許されない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の請求は理由があり,これを認容すべきものと判断する。その理由は,次のとおり訂正,削除し,後記2に理由を補足するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決8頁19行目の「「」を「,」と改め,「」」を削り,22行目の「本件保険事故」を「本件事故」と改める。

(2)  同9頁24行目の「保険受取人」を「保険金受取人」と改める。

(3)  同10頁13行目の「本件保険事故」を「本件事故」と改める。

(4)  同11頁2行目の「いえるが」から10行目末尾までを次のとおり改める。

「いえ,本件保険金を支払ったことにつき過失があったことは否定できない。しかしながら,民法705条は,債務が存在しないことを知りながら弁済する者は保護する必要がないことから設けられた規定であり,債務の弁済をした者において,弁済当時,債務が存在しないことを知っていた場合に限り適用されるのであって,過失によって知らなかった場合には,過失の程度を問わず,同条は適用されないものと解される。

したがって,本件保険金の支払につき,Dに重大な過失があったとしても,同条を適用することはできず,控訴人の上記主張は採用できない。」

2  控訴人の当審における主張に鑑み,以下,理由を補足する。

(1)  控訴人は,法56条1項は免責条項の援用権の規定であり,保険者が免責条項を援用せずに弁済した場合には有効な弁済になる旨主張する。

しかしながら,引用にかかる原判決が説示するとおり,法56条1項3号及び4号は,保険金受取人又は保険契約者によって故意に惹起された事故は,保険の特性である偶然性を欠く上に,保険金受取人や保険契約者が故意に被保険者を殺害して保険金を受け取るような事態を招くのは好ましくないことから設けられたものであり,公益性を有する規定であると解される。したがって,免責事由が発生した時点で,保険者の援用を要することなく,当然にその効果は発生すると考えられ,免責事由が存在するのに保険者が保険金を支払った場合には,法律上の原因に基づかないものということができる。

(2)  控訴人は,C郵便局の担当者は,保険契約者兼保険金受取人であるAが被保険者であるBを殺害した事実を認識したか,あるいはその疑いを持ったが,免責条項を援用せずにあえて本件保険金を支払ったので,民法705条に該当する旨主張する。

しかしながら,保険金支払担当者において,免責条項に該当し,保険金を支払う必要がないことを知りながら,あえて保険金を支払うとは考え難い上に,本件において,C郵便局の担当者が,免責事由に該当することを知りながら,あえて本件保険金を支払ったと認めるに足りる証拠はない。

また,同担当者において,本件保険金を支払ったことにつき重過失があったとしても,民法705条が適用されないことは,上記のとおりである。

(3)  控訴人は,被控訴人が本件保険金の取戻しを求めることは条理及び信義誠実の原則に違反し,許されない旨主張する。

確かに,上記のとおり,C郵便局の担当者において,本件保険金を支払ったことにつき過失があったことは否定できないが,そのことによって,支払った保険金相当額の返還を求めることが条理や信義誠実の原則に違反するといえるものではなく,他に被控訴人の本件保険金相当額の返還請求が許されないとする事情を認めることはできない。

3  よって,被控訴人の請求を認容した原判決は正当であり,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 大島眞一 裁判官 細島秀勝)

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