大阪高等裁判所 平成15年(ネ)3564号 判決 2004年6月23日
控訴人 甲野太郎(仮名)
被控訴人 国 ほか1名
代理人 奥岡直子 笠原久江
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して200万円及びこれに対する、被控訴人国については平成14年10月25日から、被控訴人大阪府については同月24日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
(4) 仮執行の宣言。
2 被控訴人ら
主文と同旨。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、控訴人の子である亡Aが死亡した交通事故について、同事故を発生させたBに対する刑事捜査及び刑事処分につき、大阪府富田林警察署の警察官らが事実に反する捜査関係資料を作成し、大阪地方検察庁堺支部の担当検事が十分な捜査をすることなく不適正な処分をし、同警察官ら及び検事がこれら違法捜査を隠蔽するために捜査の適正さを調査せず、また、控訴人に対して十分な説明をしなかったなどとして、控訴人が、被控訴人らに対し、それぞれ国家賠償法1条1項に基づき、連帯して、慰謝料200万円及びこれに対する、被控訴人国については訴状送達の日の翌日である平成14年10月25日から、被控訴人大阪府についても同様に同月24日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 原審裁判所は、控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却した。これに対し、控訴人が、上記第1の1のとおりの判決を求めて控訴した(控訴人は、当審において慰謝料金額を減額し、上記のとおり請求の減縮をした。)。
(3) 当審における審判の対象は、控訴人の上記(1)の各請求の当否である。
2 前提事実並びに争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 前提事実
前提事実は、原判決2頁11行目から同7頁9行目までに記載されているとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。
ア 同2頁17行目から同頁19行目までを次のとおり改める。
「 Aは、平成10年○月○日(以下「本件事故当日」という。)午後11時54分ころ、大阪府○○市所在の○○病院において、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡したことが確認された。」
イ 同5頁16行目から同頁17行目までを「(5) その後、控訴人は、平成12年8月29日、大阪警察本部監察室に架電し、J巡査部長がこれに対応した。」に改める。
ウ 同5頁19行目の「同文書」の次に「(<証拠略>)」を加え、同頁23行目の「(<証拠略>)」を削る。
エ 同6頁5行目の「説明を受けた」の次に「(<証拠略>)」を加える。
オ 同6頁10行目の「ファクシミリで回答した(<証拠略>)。」を「ファクシミリで回答(<証拠略>)した。」に改める。
カ 同6頁11行目から同頁12行目を、「(12) 控訴人は、質問状と題する書面を郵送するとともに、同年9月30日、ファックスでも回答を求める文書を送付した。」に改める。
キ 同6頁18行目から19行目にかけての「ファクシミリ送信した(<証拠略>)。」を「ファクシミリ送信(<証拠略>)した。」に改める。
ク 同7頁4行目の「それぞれ送付した」の次に「(<証拠略>)」を加える。
ケ 同7頁9行目の次に、行を改めて次を加える。
「5 控訴人の民事訴訟
控訴人は、平成13年4月9日、大阪地方裁判所堺支部に、Bを被告として本件事故に関する損害賠償請求訴訟を提起し(同裁判所平成13年(ワ)第469号)、平成15年2月24日、2100万円余の損害賠償請求を認める判決を受けた(<証拠略>)。」
(2) 争点及びこれに関する当事者の主張
争点は原判決7頁11行目から同頁14行目までに、争点に関する当事者の主張は同頁16行目から同12頁24行目までに、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。ただし、次のとおり補正する。
ア 原判決7頁22行目の「5月2日付」を「5月27日付」に、同8頁19行目の「S’医師」を「S医師」に、それぞれ改める。
イ 同9頁16行目の「最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決」の次に「(以下「最高裁平成2年判決」という。)」を加え、同9頁23行目から24行目及び25行目の各「上記最高裁判例」をいずれも「最高裁平成2年判決」に改める。
ウ 同10頁22行目から23行目の「最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決」及び同11頁5行目の「上記最高裁平成2年2月20日判決」をいずれも「最高裁平成2年判決」に改める。
エ 同12頁18行目から同頁19行目までの「余儀なくされている。」を「余儀なくされた。」に改める。
オ 同12頁24行目の「2000万円を下ることがない。」の次に「ただし、控訴審においては、そのうちの200万円を請求する。」を加える。
3 控訴人の原判決批判
(1) 平成8年以降、被害者対策要綱の制定、被害者等通知制度の制定、犯罪捜査規範の改正、犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続きに付随する措置に関する法律(犯罪被害者保護法)の制定により、犯罪被害者等に対する施策が実現された。これによって、刑事手続が本来有する犯罪被害者等の被害回復目的及び機能が具体化されるに至った。それにもかかわらず、原判決は、最高裁平成2年判決をいたずらに踏襲したにすぎず、捜査官又は検察官の職務上の法的義務が個人の権利又は自由を保護する目的のためのものであることを無視し、犯罪被害者等に向けられた上記各施策の制度趣旨を没却せしめるもので、重大な誤りがある。
(2) 上記各施策等によれば、捜査機関の被害者等に対する被疑者の処分結果及び犯罪捜査状況に関する情報の提供は、捜査官の犯罪被害者等に対する法令上の義務といわなければならない。原判決は、信義則上の義務と位置付けている点で、誤りである。
また、刑事訴訟手続が本来有する犯罪被害者等の被害回復機能からすれば、説明の程度は形式的なものでは足りず、犯罪態様、結果の程度及び捜査経過等の個々の事項につき、犯罪被害者等に対し被害回復に足るべき程度の説明を要すると解される。控訴人は、捜査に関する具体的な疑問等を呈して回答を求めていたところ、原判決は、E検事の口頭による説明及びK副署長による平成12年9月1日付けファクシミリ送信(<証拠略>)をもって説明が足りたとするが、およそ説明義務を果たしたとはいえない。
仮に、信義則上の説明義務という位置づけであったとしても、本件の上記経緯からすればこのような説明義務すら果たされていない。
(3) 原審裁判所は、控訴人が申請した捜査官ら証人及び控訴人本人の尋問を採用せずに結論に至っており、審理不尽であり、その結果、事実誤認を招いた。
第3当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 国家賠償法1条1項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と定めている。この趣旨は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることをいうものである(最高裁昭和60年11月21日判決)。
(2) また、捜査機関の犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪被害者等の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではないから、犯罪被害者等が捜査機関の捜査又は検察官の公訴提起によって受ける利益は、事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである(最高裁平成2年判決)。
(3) ところで、最高裁平成2年判決の後、犯罪の被害者に関する次のような法制定等がある。
ア 新たに制定された犯罪被害者保護法は、次のような規定を置いている。すなわち、同法は、犯罪被害者等がその被害に係る刑事事件の審理の状況及び内容について深い関心を有するとともに、これらの者の受けた身体的、財産的被害その他の被害の回復には困難を伴う場合があることにかんがみ、刑事手続に付随するものとして、犯罪被害者等の心情を尊重し、かつその被害の回復に資するための措置を定め、もってその保護を図ることを目的とする(同法1条)。その目的のために、犯罪被害者等が公判手続の傍聴において、優先的な傍聴を可能とするように配慮しなければならない(同法2条)。犯罪被害者等は、一定の場合に公判記録の閲覧・謄写をすることができる(同法3条)。刑事手続において犯罪被害者等と被告人との民事上の争いについて和解をすることができる(同法4条)。
イ また、刑事訴訟法が改正されたことにより、犯罪被害者等が意見陳述すること(同法292条の2)、裁判所は、証人尋問において証人への付添い、遮蔽、ビデオリンク方式をとるなど一定の配慮をする措置をとり得ること(同法157条の2、157条の3、157条の4第1項)が定められた。
ウ さらに、検察審査会法が改正されたことにより、犯罪被害者の遺族も検察審査会に対して審査を申し立てることができるもの(検察審査会法2条、30条)と定められた。
(4) しかし、上記の法の制定ないし改正は、刑事訴訟手続及びそれに付随する手続において、犯罪被害者等の権利又は利益の回復に資するような制度を個別に定めたにすぎないし、刑事訴訟法において、公訴権行使に関する検察官の専権、起訴便宜主義という基本的な建前は維持されており、犯罪捜査又は刑事手続自体を、犯罪被害者等の権利又は利益の回復を目的とするものに変更したものではない。
したがって、上記の法の制定ないし改正後も、犯罪捜査や刑事訴訟手続によって、被疑者・被告人に適正な捜査が行われ、適正な刑罰が課せられる結果として、犯罪被害者等の心情が癒される等の影響があるとしても、これが刑事訴訟手続の反射的ないし波及的効果であると解すべきことは、従来と同様であって、これを変更すべきものではない。
(5) そうすると、犯罪被害者等であっても、犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使が違法であることを理由として、国家賠償法に基づく損害賠償を請求することはできないというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の主張する捜査官の違法行為(争点1、2についての控訴人の主張(1))のうち、ア、イ、エに基づく請求は理由がない。
(6) 控訴人は、富田林警察署長、同K副署長、大阪府警本部警察官ら及びE検事は、違法な捜査を隠蔽するため、Bの第1不起訴処分を不服として、捜査状況及び不起訴理由の説明並びに本件捜査の適正さの調査を求めた控訴人に対し、本件捜査の適正さに関する調査を行わず、また、控訴人に対し、十分な説明を行わなかったことが、国家賠償法上の違法事由となると主張する(争点1、2についての控訴人の主張(1)ウ)。
ア このうち、上記捜査官らが本件捜査の適正さに関する調査を行わなかった点については、そもそも捜査官にそのような調査義務を認めるべき何らの根拠法令もないから、所論はその前提を欠き失当である。
イ 捜査機関による犯罪被害者等に対する説明については、捜査機関が、国家及び社会の秩序維持を目的として、あくまで公益的な見地から、犯罪捜査を遂行するものであるとしても、他方で、犯罪被害者等は、犯罪捜査の状況及び内容に最も関心を有する者であるから、捜査機関としては、なるべく犯罪被害者等に対し、被疑者の処分結果及び犯罪捜査の現状について教示するのが望ましいものということができる。
しかし、犯罪被害者等が上記のような事項について捜査機関から説明ないし教示を受ける利益は、上記と同様、事実上の利益にすぎないというべきである。この点は、最高裁平成2年判決の趣旨、上記の法の制定ないし改正の趣旨、内容等や、下記2の説示に照らしても、動かしがたいというべきである。
したがって、捜査機関において犯罪被害者等が求める事項について教示ないし説明を怠ったとしても、そのことから直ちに国家賠償法上、法的利益の侵害があったということはできないのである。
ウ そうすると、その余の判断をするまでもなく、この点に関する控訴人の上記主張も採用できない。
2 控訴人の原判決批判に対する判断
(1) 控訴人は、平成8年以降の、<1>被害者対策要綱の制定、<2>被害者等通知制度の制定、<3>犯罪捜査規範の改正、<4>犯罪被害者保護法の制定により、犯罪被害者等に対する施策が実現され、捜査機関の犯罪被害者等に対する情報の提供が法令上の義務になったと主張する。
ア しかし、こうした施策等により、一般的に控訴人の主張する捜査機関からの情報提供がされるとしても、これにより犯罪被害者等が受ける利益は、依然として事実上のものであると解すべきことは、上記のとおりである。
イ また、個別的にみても、捜査機関の情報提供等について次のようにいうことができる。
<1>について 被害者対策要綱は、警察署の内部規律であり、地域部門による被害者への積極的な訪問等により、捜査状況、被害回復、被害拡大防止等に関する情報の提供及び被害者からの相談の受理を行ない、もって被害者の当該事件の処理状況等を知りたいとするニーズに応えるとともに、被害者が再び被害に遭うことを予防し、及びその不安感の解消に努めると定められているものの、あくまで、警察署が犯罪被害者等に対してアフターケアーにも務めることを内部的に確認したに止まり、個別的に犯罪被害者等に対して情報開示義務を課したものとは理解できない。
<2>について 被害者等通知制度は、被害者等通知制度実施要領として通達上認められた制度であって、行政組織としての法務省内部の指揮命令上のものであるし、被害者を始めとする国民の理解を得るとともに、刑事司法の適正かつ円滑な運営に資することを目的とするものであって、犯罪被害者等に対する保護を直接の目的とするものではない。そして、犯罪被害者等が希望する場合には、公訴事実要旨、不起訴裁定の主文、理由の骨子、勾留及び保釈等の身柄の状況及び公判経過等について通知することができるとしているものの、これは、警察官の有する捜査情報のうち開示できる範囲を明確化したにすぎない。
<3>について 犯罪捜査規範の改正も、警察署の内部規律の改正であり、警察官に対して犯罪被害者等に対する配慮を求めたものにすぎない。
<4>について 犯罪被害者保護法も、上記のとおり、公判手続の傍聴、公判記録の閲覧等、刑事手続における和解等の制度が制定されたものの、控訴人が主張するような義務を設定したものではない。
これら諸施策中に、犯罪被害者等に対して捜査に関する情報を開示し説明を求めるような私法上の請求権を根拠付けたと認めるべき条項等も存しない。
これらを要するに、捜査機関が犯罪被害者等に対し情報を提供する義務が設定されたとはいえず、この点の控訴人の上記主張は失当というほかない。
(2) 以上の説示からして、原審(当審)において人証を採用しなかったことが控訴人の請求の当否についての結論を左右させるものではない。したがって、この点に関する控訴人の主張も採用できない。
3 結論
以上の次第であって、控訴人の各請求は、その余の判断をするまでもなく、いずれも理由がなく失当として棄却すべきである。これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大出晃之 赤西芳文 川口泰司)
[参考]第1審(大阪地裁 平成14年(ワ)第10295号 平成15年10月16日判決)
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して、2000万円及びこれに対する被告国については、平成14年10月25日から、被告大阪府については、同月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、原告が、警察官等の犯罪捜査等及び検察官の公訴権行使(不起訴処分・略式命令請求)などにより、犯罪被害者又はその遺族としての権利又は法律上の利益を害されたなどとして、被告国及び被告大阪府に対して、国家賠償請求した事案である。
【一 争いのない事実等(証拠により認定した事実は、各事実の末尾に書証番号を摘示した。また、被告大阪府の警察官の氏名は、弁論の全趣旨により認定した。)】
1 当事者
原告は、A(以下「A」という。)の母親である。
2 交通事故の発生
Aは、平成10年○月○日(以下「本件事故当日」という。)、次の交通事故により、同日午後11時54分ころ、大阪府○○市所在の○○病院(仮名)で死亡が確認された(以下「本件事故」という。)。
事故の日時 本件事故当日午後11時ころ
事故の場所 大阪府富田林市<略>先道路上(以下「本件事故現場」という。)
加害者 B(以下「B」という。)
加害車両 普通乗用自動車両(以下「B車両」という。)
事故態様 Aは、本件事故現場付近の東西道路において普通自動二輪車(以下「A車両」という。)を運転して東進中、転倒して東西道路中央付近の路面に横臥していた(以下「本件第1事故」という。なお、A車両は、前方に駐車していた訴外C所有の普通乗用自動車(以下「C車両」という。)の車体下部に衝突していた。)。このため、付近にいた者たちが、Aの救助をするとともに、交通整理を行っていた。このころ、Bは、上記東西道路においてB車両を運転して東進していたが、B車両でAを轢き、そのまま走行をした(以下「本件第2事故」という。)。その後、Bは、本件現場付近で、本件事故の目撃者らに制止された後、本件現場に駆け付けた警察官により、現行犯逮捕された(<証拠略>)が、勾留されることはなかった。
3 Bの刑事処分
(1) 大阪府富田林警察署(以下「富田林警察署」という。)は、Bの取調べを行うなどした上、平成11年2月15日、本件事故に関するBの業務上過失致死及び道路交通法違反(不救護不申告)被疑事件(以下「本件事件」という。)を大阪地方検察庁堺支部に送致した。
(2) 大阪地方検察庁堺支部では、当初、D検事(以下「D検事」という。)が本件事件の主任検事となり、同年4月1日以降は、E検事(以下「E検事」という。)が本件事件の主任検事とされた。
E検事は、同年10月12日、Bの本件事件をいずれも嫌疑不十分として不起訴処分とした(以下「第1不起訴処分」という。)
(3) 原告は、平成13年4月11日、堺検察審査会に対し、Bの第1不起訴処分について審査申立てをし、同月12日、同審査申立てが受理された(<証拠略>)。
堺検察審査会は、同月23日、不起訴処分不当の議決(<証拠略>)をした。
(4) 堺検察審査会が申立代理人に送付した「審査事件の結果について(通知)」と題する書面には、議決の理由として、以下のような記載内容がある(<証拠略>)。
ア 業務上過失致死について
本件の死亡解剖を行った鑑定人F(以下「F医師」という。)作成の平成10年5月27日付「回答書」(以下「本件回答書」という。)と司法警察員Gが同鑑定人から聞き取り作成した平成11年10月6日付「調査結果」(以下「本件調査結果」という。)を検討した結果、本件回答書と本件調査結果に齟齬があると思われる。
本件は、本件回答書及び本件調査結果の判断が不起訴裁定の主因となっていると思慮されるから、本件調査結果の聞き取り内容について疑問を持たざるを得ない。
イ 道路交通法違反について
本件の場合には、「交通事故の場合の措置」に違反している可能性は高いと思われる。
(5) 堺検察審査会の上記議決を受けて、大阪地方検察庁は、本件事故の主任検事をH検事(以下「H検事」という。)とした。
H検事は、平成13年4月27日、Bの業務上過失致死被疑事件について、大阪簡易裁判所に略式命令請求(罰金30万円)する(以下「略式起訴処分」という。)とともに、同年5月1日、同人にかかる道路交通法違反被疑事件を、不起訴処分(嫌疑不十分)(以下「第2不起訴処分」という。)にした。
4 原告の警察、検察に対する申入れについて
(1) 原告は、本件事故後、富田林警察署署長宛に、2回にわたり要望書を提出した。その後、原告は、富田林警察署交通課長宛に、平成10年12月26日付の書面を提出した(<証拠略>)。
富田林警察署I巡査(以下「I巡査」という。)は、同年12月28日、原告の供述調書を作成した(<証拠略>)。
(2) 原告は、平成11年3月2日、大阪地方検察庁堺支部で、D検事から事情聴取を受け、同日、原告の供述調書が作成された(<証拠略>)。
その後、原告は、同年4月1日以降、数度にわたり、E検事に対し、電話をかけるなどした。
(3) I巡査は、同年10月6日、F医師に対する事情聴取をした結果として、「被疑者の転倒時の生死調査結果について」と題する捜査報告書を作成した。なお、上記捜査報告書は、検察審査会で「調査結果」と指摘された文書(本件調査結果)のことであり、その中には、F医師から「被疑者がひいたことによる傷に生体反応があった等の根拠があったわけではない」との回答を得たとの記載がある(<証拠略>)。
(4) 原告は、同年10月13日、E検事から、連絡があったので、同月14日か15日、E検事と面談をしたところ、E検事は、原告に対し、Bに対する第1不起訴処分をしたと通知した。
(5) その後、原告は、平成12年8月29日、大阪府警察本部監察室に架電し、J巡査部長に対し、本件事故の捜査状況等の説明を求めた。
(6) 富田林警察署K副署長(以下「K副署長」という。)は、同年9月1日、原告に対し、文書をファクシミリ送信した。同文書には、「府警本部から連絡を受けて、関係者から調査を進めていますが、なにしろ、二年前のことですので、しばらくの猶予をいただきたいと思います。なお、来週水曜日(同月6日)をメドにご返事ができるよう調査を進めておりますので、あしからずご了解ください。」と記載されていた(<証拠略>)。
(7) 原告は、同年9月6日、富田林警察署にK副署長宛に電話をし、報告を求めるとともに、同内容の文書をファクシミリ送信した。同月7日、原告は、大阪府警察本部監察室に電話をしたところ、これに対し、L巡査部長が応対した。
(8) 原告は、同年9月8日、知人とともに富田林警察署を訪問し、これに対し、K副署長、M交通課警部が応対した。
(9) 原告は、同年9月11日、E検事に対して電話をして、Bの第1不起訴処分の理由を尋ね、嫌疑不十分であったとの説明を受けた。
(10) 原告は、同年9月13日、大阪府警察本部に富田林警察署からの回答がないとの電話をした。
(11) 同年9月28日、K副署長から、原告に対し、翌日に来署をするように求める文書がファクシミリ送信された。原告は、同月29日、富田林警察署には行けない旨をファクシミリで回答した(<証拠略>)。
(12) 原告は、同年9月30日、質問状(<証拠略>)及びこれに対する回答を求める文書(<証拠略>)をファクシミリ送信した。
(13) 大阪府警本部監察室のN室長補佐は、同年10月4日、原告宅の電話に留守番電話のメッセージを残した。
(14) K副署長は、同年10月6日、原告に対し、文書による回答ができない、会って説明する日時を指定して欲しい旨の文書をファクシミリ送信した(<証拠略>)。これに対し、原告は、富田林警察署宛に、上記文書に抗議し、質問状に対し文書での回答を求める内容の文書をファクシミリ送信した(<証拠略>)。
(15) K副署長は、同年10月12日、原告に対し、捜査を適正に行って、検察庁に送致した、検察庁の不起訴の判断をした事件に関して警察が意見や感想を言える立場ではない、検察審査会による審査申立ての制度があるなどと記載された文書をファクシミリ送信した。
このため、原告は、大阪府警察本部監察室のN室長補佐に対し、電話をかけた後、再度、大阪府警察本部監察室宛に電話をしたところ、これに対してO警部補が応対した。
(16) 原告は、同年10月13日、大阪府警察本部を訪ね、これに対し、P警部及びQ警視が原告の応対をした。
(17) さらに、原告は、同年11月7日、同月9日、大阪府警察本部長宛に質問状と題する書面をそれぞれ送付した。
(18) 富田林警察署長は、同年11月15日付で、原告に対し、「『警察としては、適正に捜査をして検察庁に送致をしております。』検察庁の処分に対して、警察はコメントできませんが、検察審査会法により異議を申し立てる制度があることを申し添えます。」との内容が記載された文書を送付した(<証拠略>)。
【二 争点】
1 被告国及び被告大阪府(以下「被告ら」という。)の捜査又は公訴提起に関する違法行為責任ないし原告の被侵害利益の有無
2 被告国及び被告大阪府の捜査官の違法行為の有無
3 原告の損害
【三 争点に対する当事者の主張】
1 争点1、2について
(原告の主張)
(1) 被告らの捜査官の違法行為
ア 本件事故捜査に関わったI巡査ほか富田林警察署警察官は、Aの解剖を担当したF医師に対し、本件第1事故について、Aが、C車両に衝突し転倒した、Aはヘルメットを装着していなかったとの誤った情報を提供し、F医師は、それに基づいて平成10年5月2日付で本件回答書を作成した。
そして、Bが加入していた保険会社である千代田火災保険株式会社が、C車両の自賠責保険会社である大東京火災株式会社に対して、平成10年9月末以降、保険金請求をしたころから、富田林警察署の捜査員は、千代田火災保険株式会社の意向に沿う方向での捜査を行い、I巡査は、F医師が本件第2事故とAの死亡との因果関係を肯定する回答書を作成しているにもかかわらず、平成11年10月6日付でこれに反した虚偽の本件調査結果を作成した。
以上のとおり、富田林警察署の警察官らは、Aが、本件第1事故を死因とすることを目的として、殊更に事実に反する捜査関係資料を作成した。
イ E検事は、Aの死因が本件第2事故であることを認識し、又は、認識し得たにもかかわらず、十分な調査を尽くすことなく、本件第2事故とAの死亡との間に因果関係がないとして、Bを第1不起訴処分とした。
ウ 富田林警察署署長、同K副署長、大阪府警本部警察官ら及びE検事は、上記違法な捜査を隠蔽するため、Bの第1不起訴処分を不服として、捜査状況及び不起訴理由の説明並びに本件捜査の適正さの調査を求めた原告に対し、本件捜査の適正さに関する調査を行わず、また、原告に対し、十分な説明を行わなかった。
エ H検事は、原告が厳重処罰を求めており、Bが道路交通法違反事実の故意を有していることを認識していたにもかかわらず、Bを道路交通法違反被疑事件について第2不起訴処分とした。
また、H検事は、Aが本件第1事故当時、ヘルメットを装着していたことを認識しながら、S’医師に、ヘルメットを装着していなかったとの情報を提供して、同医師の判断を誤らせ、同医師から、Aは本件第1事故による受傷が重篤であるとの供述を得た上で、Bを業務上過失被疑事件について、略式起訴処分とした。
(2) 原告の被侵害利益
ア 原告は、Bにより、一人息子であるAを失った犯罪被害者である。犯罪被害者又はその遺族(以下「犯罪被害者等」という。)は、その被害にかかる刑事裁判及び刑事捜査手続において、その心情が尊重され、かつ、被害回復が図られるべき法律上の利益を有している。原告は、富田林警察署の警察官が、事実に反する捜査資料を作成し、それに基づき検察官が、Bを第1不起訴処分としたことにより、本件事故を解明されることによって癒されるべき心痛が、癒されることなく多大な精神的苦痛を被り、さらには、身体的・精神的苦痛も受けることとなった。
イ Bが第1不起訴処分となったため、原告は、Bとの示談交渉によっては損害賠償を受けることもできなくなった。
ウ 富田林警察署署長、同K副署長及び大阪府警本部の警察官並びにE検事が、本件捜査が適正になされたかの調査をせず、又は、原告に対する十分な説明をしなかったため、原告の精神的苦痛は、増大した。
エ H検事は、Bを、業務上過失事件について極めて軽い略式起訴処分とし、道路交通法違反被疑事件については第2不起訴処分としたため、原告は、精神的苦痛の回復を阻害され、逆に、多大なる精神的苦痛を被った。
(3) 以上のとおり、原告は、被告らの加害行為により上記のとおり、犯罪被害者等としての法律上の利益を侵害された者である。
これに対し、被告らは、最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決を援用して、犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使により、犯罪の被害者の受ける利益は、犯罪の捜査又は公訴の提起により反射的にもたらされる事実上の利益に過ぎず、法律上保護された利益でないと主張する。
しかし、その後、犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下「犯罪被害者保護法」という。)の制定がなされ、また、犯罪捜査規範、被害者対策要綱においても、犯罪被害者等を救済することを目的とすることを明らかにするなどしている。このように、上記最高裁判例は、先例としての意義を有さず、また、捜査機関が殊更に事実に反した捜査資料を作成した場合には、上記最高裁判例の射程外である。
(被告国の主張)
(1) 犯罪捜査は、公訴提起をするか不起訴処分をするかを決する目的で犯人及び犯罪の証拠を発見、収集、保全する行為であり、公訴の提起は、国家・社会の秩序維持という公益を図る見地から行われるものである。刑事訴訟法は、このような見地から、公訴権行使について、検察官の専権とし(刑事訴訟法247条)、検察官の公訴提起について起訴便宜主義(同法248条)を採用しているものである。
そして、検察官が公訴を提起しない処分をした場合については、犯罪被害者等の申立てにより、検察審査会の審査によって判断し、民意を反映させて適正を図るものとし(検察審査会法1条1項、30条)、あくまでも、公訴権行使が、犯罪被害者等のためではなく、民意、すなわち、国家・社会公益的な見地により決せられるべきものとしている。
したがって、検察官の公訴権行使は、国家、社会の秩序維持という公益を図る見地から行使するべきものである。
(2) また、国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに成立する責任であると解されているところ(最高裁昭和60年11月21日第1小法廷判決)、上記のとおり、犯罪捜査及び検察官の公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益又は損害の回復を目的とするものではない。したがって、犯罪被害者等は、捜査機関による捜査が適正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として、国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできないというべきである(最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決)。
(3) なお、犯罪被害者保護法は、犯罪被害者等の心情を尊重し、かつその被害の回復に資するための措置を定め、その保護を図ることを目的として制定されたものであり、また、犯罪被害者保護法等により新たに犯罪被害者等には、優先して公判手続を傍聴できるように便宜を図ったり、公判記録の閲覧及び謄写を認めることにより、犯罪被害者等が刑事訴訟手続に付随して一定の便宜を付与される措置が取られるようになったが、検察官の捜査権及び公訴権行使について、現行法制に変更を加えたものではない。
(4) また、上記最高裁平成2年2月20日判決は検察官の公訴権行使が、個別の国民に対して負担する法的義務の遂行には該当しないとして、検察官の捜査及び公訴権行使が国家賠償法1条1項の射程範囲外と判断したものであるから、原告が主張するように、仮に、捜査機関が、殊更に事実に反した捜査資料を作成し、これに基づき被疑者を不起訴処分とし、さらに、これらの違法な捜査及び公訴権行使を隠蔽するために、原告に対する説明義務を尽くさなかったような場合でも、上記判決の射程が及ばなくなるというものではない。
(5) さらに、各検察官は、適正な証拠評価に基づき、適正かつ妥当な判断を行ったもので、検察官の捜査及び公訴権行使に違法はない。
(被告大阪府の主張)
(1) 犯罪の捜査は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者等の被侵害利益又は損害の回復を目的とするものではなく、犯罪被害者が捜査によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益に過ぎず、法律上保護された利益ではない。
(2) また、仮に、犯罪の捜査が国家賠償法上違法となり得るとしても、被告大阪府の捜査には、何ら違法行為はなかった。また、被告大阪府の警察官らは、原告に対して、本件事故後、誠実に対応しており、むしろ、原告において警察官らの説明に対し聞く耳を持たず、一方的に自己の主張をしていたものである。
2 争点3(損害)について
(原告の主張)
(1) 原告は、Aと2人きりの生活を送っていたもので、23歳と若いAだけが、原告の生きる支えであった。それにもかかわらず、原告は、Aを本件事故で突然失ったものであり、原告は、捜査機関が適正な捜査により真相を解明し、加害者に対し適正な処罰がなされることを信じていた。しかしながら、富田林警察署及び検察庁は、違法かつ杜撰な捜査を行ったため、原告が、何度も富田林警察署や検察庁に赴き、適正かつ迅速な捜査を依頼しなければならない状態であった。
そのうえ、検察官が、Bを第1不起訴処分としたことから、原告は、富田林警察署に対し、何度も再捜査及び調査を要請し、結局は、堺検察審査会に対し、審議申立てをしなければならなくなった。にもかかわらず、堺検察審査会の不起訴不当の決議後も、検察官は、業務上過失致死についてBを極めて軽い略式起訴処分とし、道路交通法違反被疑事件については、第2不起訴処分としてその後公訴時効を完成させ、原告は、刑事手続上更なる処分がなされることを期待できない状態を余儀なくされたのである。しかも、捜査機関の不適切かつ杜撰な捜査のため、原告は、加害者Bとの示談交渉が難航して、損害賠償請求訴訟の提起を余儀なくされ、また、その訴訟においても、十分な捜査資料が作成されていない結果、訴訟の長期化を余儀なくされている。
原告は、このような経緯のため、一時は入退院を繰り返さなければならないほどに心神が衰弱し、現在も、床に伏すことが多い日常生活を送らざるを得ない。
(2) 以上のとおり、大阪府警察署警察官及び検察官の違法行為により原告が被った精神的苦痛は、2000万円を下ることはない。
したがって、原告は、被告大阪府及び被告国に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として、損害金2000万円及びこれに対する訴訟送達の翌日である被告国については平成14年10月25日から、被告大阪府については同月24日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
第3争点に対する判断
1 争点1について
(1) 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。
(2) そこで、まず、捜査機関の犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使(不起訴処分、略式起訴処分等)に関して、捜査機関ないし検察官が個別の国民(本件では犯罪被害者等)に対する関係で職務上の法的義務を負担するかについて検討するに、捜査機関の犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪被害者等の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではないから、犯罪被害者等が捜査機関の捜査又は検察官の公訴提起によって受ける利益は、事実上の利益に過ぎず、法律上保護された利益ではないというべきである(最高裁平成2年2月20日第3小法廷判決参照)。
(3) ところで、上記最高裁判決の後、犯罪被害者保護法が制定されたところ、同法は、犯罪被害者等がその被害に係る刑事事件の審理の状況及び内容について深い関心を有するとともに、これらの者の受けた身体的、財産的被害その他の被害の回復には困難を伴う場合があることにかんがみ、刑事手続に付随するものとして、犯罪被害者等の心情を尊重し、かつその被害の回復に資するための措置を定め、もってその保護を図ることを目的としており(同法1条)、同目的のために、犯罪被害者等が公判手続の傍聴において、優先的な傍聴を可能とするように配慮するべきこと(同法2条)、一定の場合に公判記録の閲覧・謄写することができること(同法3条)、刑事手続において犯罪被害者等と被告人との民事上の争いについて和解をすることができること(同法4条)などと定められ、また、刑事訴訟法が改正されたことにより、犯罪被害者等が意見陳述すること(同法292条の2)、証人尋問において証人への付添い、遮蔽、ビデオリンク方式をとるなど一定の配慮をする措置をとり得ること(同法157条の2、157条の3、157条の4第1項)が定められ、さらに、検察審査会法が改正されたことにより、犯罪被害者の遺族も検察審査会に対して審査を申し立てることができるもの(検察審査会法2条、30条)と定められるなど、犯罪被害者等が捜査及び公判手続において、一定程度関与する機会が与えられるに至っている。
しかし、上記の各法制定ないし法改正は、刑事訴訟手続及びそれに付随する手続において、犯罪被害者等の権利又は利益の回復に資するような制度を個別に定めているに止まり、犯罪捜査又は刑事訴訟手続自体を、犯罪被害者等の権利又は利益の回復を目的とするものと定めているわけではない。そして、もとより犯罪捜査や刑事訴訟手続によって、被告人に適正な刑罰が適用される結果として、犯罪被害者等の心情が癒される等の影響があるとしても、そのことは、刑事訴訟手続の反射的ないし波及的効果というべきものであって、犯罪捜査又は刑事訴訟手続それ自体が、直接に犯罪被害者等の権利又は利益の回復・擁護を目的とするものではないと解される。
なお、交通事故の捜査に関しては、これが適正になされることによって、後に、交通事故の被害者が加害者に対し、民事上の損害賠償請求を有利に進めることができる場合があるのは確かであるが、交通事故の捜査であっても、これが交通事故の被害者の民事上の損害賠償請求権の確保を目的とするものではないことは他の事件の場合といささかも異ならないのであるから、交通事故の被害者等が捜査機関の捜査又は検察官の公訴提起によって受ける利益を、法律上保護された利益であるということはできない。
(4) そうすると、犯罪被害者等は、捜査機関の犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使によって、法律上保護された利益を侵害される関係にはなく、捜査機関ないし検察官は、犯罪の捜査及び公訴権の行使に当たり、犯罪被害者等に対する関係で直接の法的義務を負担するものではないというべきである。そして、この理は、捜査機関ないし検察官が、仮に、犯罪の捜査や公訴権の行使に当たり負っている職務上の法的義務に違背した場合(本件では意図的な証拠収集行為等)であっても(これについて当該捜査官に制裁が科されることがあることは別として)、異なることはないと解される。したがって、犯罪被害者等は、犯罪の捜査及び検察官の公訴権の行使が違法であることを理由として、国家賠償法に基づく損害賠償を請求することはできないというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の主張する捜査官の違法行為(争点1、2についての原告の主張(1))のうち、ア、イ、エに基づく請求は理由がない。
(5) 次に、原告は、富田林警察署長、同K副署長、大阪府警本部警察官ら及びE検事は、違法な捜査を隠蔽するため、Bの第1不起訴処分を不服として、捜査状況及び不起訴理由の説明並びに本件捜査の適正さの調査を求めた原告に対し、本件捜査の適正さに関する調査を行わず、また、原告に対し、十分な説明を行わなかったことが、国家賠償法上の違法事由となると主張する(争点1、2についての原告の主張(1)ウ)。
このうち、上記捜査官らが本件捜査の適正さに関する調査を行わなかった点については、そもそも捜査官にそのような調査義務を認めるべき何らの根拠法令もないから、所論はその前提を欠き失当である。しかし、捜査機関が、国家及び社会の秩序維持を目的として、あくまで公益的な見地から、犯罪捜査を遂行するものであるとしても、他方で、犯罪被害者等は、犯罪捜査の状況及び内容に最も関心を有する者であるから、捜査機関としては、なるべく犯罪被害者等に対し、被疑者の処分結果及び犯罪捜査の現状について教示するのが望ましいものということができるから、上記捜査官らが原告に対する十分な説明を行わなかったことについては、少なくとも条理上、説明義務違反の違法事由となることもあり得ると解されるので、以下検討する。
ア 上記争いのない事実等並びに<証拠略>によれば、以下の事実を認めることができる。
富田林警察署は、平成11年2月15日、本件を大阪地方検察庁堺支部に送致し、大阪地検堺支部は、同年10月12日、Bの第1不起訴処分をした後、E検事は、同月15日ころ、原告に対し、Bの処分結果を通知した。
原告は、その後、10か月を経過した後の平成12年8月29日になって、大阪府警本部監察室に対し、富田林警察署の捜査経緯の調査と本件の再捜査を要請し、その後、原告は、大阪府警本部、富田林警察署に対し、説明を求める事項を記載した書面を送付し、回答を求めた。
一方、原告は、同年9月11日、E検事に電話したところ、E検事は、原告に対し、第1不起訴処分の理由が嫌疑不十分であることを伝え、あわせて、不服があるときは検察審査会に申し立てることができる旨を説明した。
その後、富田林警察署は、同年9月28日、原告に対し、翌29日に富田林警察署で説明をしたいと文書でファクシミリ送信したが、原告は、同月29日、体調不良を理由として同日に富田林警察署に行くことができないと連絡し、後日、改めて原告が連絡することとなった。これに対し、K副署長は、原告に対し、富田林警察署を訪問するときには、原告の要望により大阪府警本部監察室の係員が来て説明をする関係上、事前に連絡をして欲しいとの要望を伝えた。
しかし、原告は、同年10月6日付書面で、富田林警察署に対し、書面で説明するように求めたため、同日、K副署長は、原告に対し、大阪府警監察担当者が富田林警察署において口頭で原告に説明をしたいと連絡したが、原告は、同月9日、書面での説明を求める文書をファクシミリ送信した。
そこで、K副署長は、原告に対し、同月12日、「『捜査を適正に行い、検察庁に送致し、不起訴の判断があった』ものと考えていますし、すでに、ご説明申し上げているとおり、『検察庁の不起訴の判断のでた事件に関して警察が意見や感想を言える立場ではない』と考えてい」ること、「検察審査会法による審査申立ての制度がある」ことなどが記載された書面をファクシミリ送信した。また、富田林警察署長は、原告に対し、同趣旨の平成12年11月15日付文書を送付した。
イ 上記認定事実によれば、E検事は、本件事件の処分結果及び処分理由を原告に通知し、その処分に不服がある場合には、検察審査会に申し立てる方法があることを原告に説明し、被告大阪府の警察官らも、原告から本件事件の捜査経緯の説明を求められた際、大阪府警が本件事件の捜査を終了し、検察官が本件第1不起訴処分をしたこと、その処分に対する不服がある場合には、検察審査会の審査を得る方法があることを原告に対し説明したものであるから、上記検察官及び警察官らは、原告に対し、適正に犯罪捜査の処分結果及び内容を説明したと評価し得るものである。
ウ したがって、本件においては、捜査機関の原告に対する説明義務違反の違法性を認めることはできず、原告の上記事由に基づく請求も理由がない。
2 結語
以上のとおり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないので、原告の本件請求をいずれも棄却するべきものである。
第4結論
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 塚本伊平 金子隆雄 小山恵一郎)