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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)3620号 判決 2004年5月11日

主文

1  原判決中1審原告らの1審被告に対する請求に関する部分を次のとおり変更する。

2  1審被告は,1審原告Aに対し,1495万円及びこれに対する平成14年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  1審被告は,1審原告Bに対し,1500万円及びこれに対する平成14年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  1審原告らの1審被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審被告の負担とする。

6  この判決の主文第2項及び第3項は,言渡しの日から2週間が経過したときに,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1申立て

1  1審原告ら

(1)  原判決中1審原告らの1審被告に対する請求に関する部分を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は,1審原告らに対し,それぞれ1500万円及びこれに対する平成13年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  仮執行宣言

2  1審被告

(1)  原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る1審原告らの請求をいずれも棄却する。

(3)  仮執行免脱宣言

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,本判決別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件交通事故」という。)により,亡Cが運転していた本件車両に同乗していた亡Dが死亡したことについて,亡Dの相続人(父母)である1審原告らが,本件車両が無保険車であったことを理由として,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)72条1項後段に基づき,1審被告に対し,本件交通事故によって被った損害のてん補金及びこれに対する本件交通事故発生の日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実

以下のとおり訂正,削除するほか,原判決5頁21行目から6頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁24行目の「ア」及び同末行から6頁1行目までをいずれも削除する。

(2)  同6頁4行目の「本件車両に乗車していた亡C,亡D及び亡E」を「本件車両を運転していた亡C,並びにこれに同乗していた亡D及び亡E」に改める。

(3)  同頁4行目の「(丙1」から6行目の「ある。)」までを削除する。

3  争点

(1)  政府の自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)損害てん補基準(丙2。以下「てん補基準」という。)及びそれに基づくてん補金額認定の拘束力(原審における争点3)

(2)  好意同乗減額の可否及び減額割合(原審における争点4)

(3)  損害(原審における争点6)

(4)  遅延損害金発生の有無及び起算日(原審における争点5)

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(てん補基準及びそれに基づくてん補金額認定の拘束力)について

原判決9頁14行目から12頁24行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決10頁17行目の「争点5」を「当審における争点(4)」に改める。

(2)  争点(2)(好意同乗減額の可否及び減額割合)について

原判決12頁末行から15頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決15頁5行目の「争点3」を「当審における争点(1)」に改める。

(3)  争点(3)(損害)について

以下のとおり訂正,削除するほか,原判決17頁7行目から19頁15行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決18頁14行目の「3517万5617円」を「3517万7617円」に改める。

イ 同頁16行目から19行目までを削除する。

(4)  争点(4)(遅延損害金発生の有無及び起算日)について

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決15頁9行目から17頁5行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決15頁11行目及び16頁8行目の各「争点3」をいずれも「当審における争点(1)」に改める。

イ 同16頁5行目の「この時点」の次に「(本件では,1審被告に対する訴状送達の日の翌日)」を加える。

5  原審は,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権が社会保障政策上の見地から認められた公法上の請求権であるとしても,同請求権の具体的な内容について,自賠法が明確に規定していないことからすれば,その内容は,同法の規定,保障事業の趣旨・目的等を総合的に考慮して判断すべきであるところ,それらの諸点を総合すれば,てん補基準は,行政機関における運用指針を定めた内部通達としての効力を有するにとどまり,裁判所に対する拘束力を有するものではないと解すべきであって,被害者がてん補金の支払を求める訴えを提起し,その実損害額を立証した場合には,裁判所は,てん補基準を超える金額の損害額を認定し,自賠法72条1項,同法施行令20条の上限の範囲内で,1審被告に対し,てん補金の支払を命じることができると解するのが相当である,本件交通事故発生当時,亡Cは,呼気1ミリリットルあたり0.41ないし0.45ミリグラムのアルコールを身体に保有していて,酒気帯び状態にあり,かつ,制限速度を相当程度超過した速度で本件車両を走行させるという危険かつ無謀な運転を行っていたこと,他方,亡Dは,亡Cが飲酒していたことを認識しながら,本件車両に同乗していたと認められるものの,亡Cと共に飲酒していたとの事実は認められないこと等を考慮すると,本件においては,亡Dに生じた全損害について,2割の好意同乗減額を行うのが相当である,本件交通事故により,亡Dは3000万円を超える損害を被ったことが認められる,被害者によるてん補金の請求がなされた場合には,その支給認定までには様々な証拠資料を収集し,事実関係を調査する必要が生じるのであり,そのことは制度上当然に予定されているものといえるから,てん補金の請求がなされてから支給認定を行うまでに通常必要とされる合理的期間内においては,遅延損害金の発生を認めることはできないが,合理的期間を経過してもなお遅延損害金が発生しないと解することは,被害者の救済という見地からも妥当とはいえないから,その後は遅延損害金が発生するというべきである,本件において,てん補金の支給額を算定することが可能となったのは,本件訴訟における原審口頭弁論終結時であると認めるのが相当であるなどとして,1審原告らの1審被告に対する請求を原判決主文第3項記載の限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却する内容の判決を言い渡した。

1審原告らは,上記請求棄却部分に関する原審の判断を不服とし,前記第1の1記載の判決を求めて控訴を提起した。

他方,1審被告は,上記請求認容部分に関する原審の判断を不服とし,前記第1の2記載の判決を求めて控訴を提起した。

6  当審における1審被告の新主張(国民健康保険からの給付)

(1)  1審被告の主張

ア 1審原告Aは,国民健康保険から葬祭費として5万円の給付を受けた。

イ したがって,自賠法73条1項に基づき,てん補されるべき損害額から上記5万円が控除されるべきである(仮にてん補されるべき損害額が同法施行令20条所定の3000万円である場合には,2995万円が1審原告らに対して支払われるべきである。)。

(2)  1審原告らの認否

上記(1)アは認める。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決20頁10行目から16行目まで,21頁2行目から12行目まで,22頁末行から23頁21行目までに各記載のとおりであるから,これらを引用する。

(1)  原判決20頁10行目の「5ないし8」を「5,6」に改め,同行の「丙1」の次に「,4,5」を加える。

(2)  同21頁2行目の「ウ」を「イ」に,22頁末行の「オ」を「ウ」に,23頁11行目の「カ」を「エ」に,それぞれ改める。

2  争点(1)(てん補基準及びそれに基づくてん補金額認定の拘束力)について以下のとおり付加,訂正するほか,原判決27頁22行目から31頁6行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決29頁19行目の「充当させるために,」の次に「政府は」を加える。

(2)  同30頁8行目の「これを」を「算定基準の定立ないしてん補金額の最終的な確定を」に改める。

(3)  同頁10行目から11行目にかけての「てん補金の算定」を「算定基準の定立ないしてん補金額の最終的な確定」に改める。

(4)  同頁11行目の「解することも」を「解することは」に改める。

(5)  同頁12行目から22行目までを以下のとおりに改める。

「さらに,政府によるてん補に関する通知は,実体法上の請求権に変動を生じさせるものではなく,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条)に該当しない(最高裁昭和50年6月27日第二小法廷判決・訟務月報22巻2号529頁参照)から,政府によるてん補金額の算定に不服な被害者が行政不服審査法ないし行政事件訴訟法の定める手続によってその算定を争うことはできない上,自賠法や同法施行令には,政府によるてん補金額の算定に不服な被害者がこれを争うための手続は何ら法定されていない。それにもかかわらず,政府によるてん補基準に基づくてん補金額の算定が裁判所を拘束する効力を有するとすれば,その算定に不服な被害者がこれを争う方法は存在しないことになってしまう。」

(6)  同頁24行目の「見地から」の次に「被害者に対して最小限度の救済を与える趣旨で」を加える。

3  争点(2)(好意同乗減額の可否及び減額割合)について

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決31頁8行目から32頁24行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決31頁8行目の「上記3(1)で述べたとおり」を「上記のとおり」に改める。

(2)  同32頁21行目の「亡Dに」を「亡Dについて,」に改める。

(3)  同頁23行目の「亡D」の次に「ないし1審原告ら」を加える。

4  争点(3)(損害)について

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決33頁末行から35頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決35頁10行目の「前記5で認定説示したとおり」を「前記のとおり」に改める。

(2)  同頁14行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「(7) 自賠法72条1項所定のてん補金額

上記(6)記載の亡Dないし1審原告らの損害額は,自賠法施行令20条所定の上限額3000万円の範囲内にあるから,自賠法72条1項に基づいて1審原告らがてん補を受けることができる金額は,それぞれ1500万円であると解される。」

5  争点(4)(遅延損害金発生の有無及び起算日)について

(1)  前記のとおり,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,被害者が本来有している不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なり,他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対して最小限度の救済を与える趣旨で,同条によって新たに創設された権利であると解されるところ,その法的性質等に鑑みれば,自賠法72条1項所定の「損害」に被害者が加害者に対して請求し得る遅延損害金が含まれると解することはできないし,同項に基づくてん補金請求権について交通事故時から遅滞に陥ると解することもできないというべきである。

したがって,1審原告らが1審被告に対して本件交通事故発生日以降の遅延損害金を請求することができる旨の1審原告らの主張を採用することはできない。

(2)  しかしながら,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権が公法上の請求権であるとしても,それだけの理由で直ちに弁済期及び遅延損害金に関する民法の規定が適用ないし準用されないと解するのは相当でない。

むしろ,国を当事者とする金銭債権について,会計法は,30条ないし32条において時効に関して民法の特則を定めているにもかかわらず,時効以外の点に関しては明文の規定を設けていないが,その趣旨は,公法上の金銭債権であっても,時効以外の点に関しては,その金銭債権の性質に反しない限り,原則として民法の規定を準用する法意に出たものと解するのが相当である(そのように解しないと,公法上の債権については,いかに支払が遅れても,国が債権者であるものも含めて,個別の行政法規に特別の規定が存しない限りは遅延損害金が発生しないことになるが,会計法がそのような事態を想定しているとは考えにくいというべきである。)。

これを自賠法72条1項に基づくてん補金請求権についてみるに,弁済期及び遅延損害金に関する民法412条3項及び419条を準用することが同請求権の性質に反すると解すべき理由は見当たらない〔自賠法72条1項は,同項所定の事実が存する場合には,行政処分等によることなく,被害者の請求によりその受けた損害をてん補する旨を規定していること等に照らすと,同請求権が被害者に対して最小限度の救済を与える趣旨のものであることは,支払が遅れた場合に遅延損害金が発生しないと解すべき理由とはなり得ないというべきである。また,請求を受けてから支給を行うまでの間に一定の調査が必要であるとしても,その点は自賠法16条1項に基づく保険会社に対する直接請求権の場合も同様である(要件が異なることに伴って,調査事項の範囲にも違いがあり得るとはいえ,その相違は相対的なものにとどまるものと解される。)が,同直接請求権については民法412条3項及び419条が適用される(最高裁昭和61年10月9日第一小法廷判決・裁判集民事149号21頁,最高裁平成6年3月25日第二小法廷判決・交通民集27巻2号283頁参照)のであるから,上記の点は民法412条3項及び419条の準用を否定する理由とはなり得ないというべきである。〕から,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,私法上の金銭債権の場合に準じて,期限の定めのない債務として発生し,民法412条3項によって請求を受けたときから遅滞に陥り,同法419条によって法定利率(同法所定の年5分)による遅延損害金が発生するものと解すべきである。

なお,1審被告は,請求から支給認定までの期間は調査に当然要する期間とみるべきであり,これをもって「債務者の責めに帰すべき事由」による遅滞期間と評価することはできない旨も主張しているが,そもそも,金銭債務について,民法419条2項は「債務者は不可抗力を以て抗弁とすることはできない」旨規定しており,「債務者の責めに帰すべき事由」の有無は遅延損害金発生の要件とはされていないのであるから,1審被告の前記主張は,前提を欠いており,理由がないというべきである。

したがって,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権については遅延損害金が発生しない旨の1審被告の主張を採用することはできない。

(3)  本件において,1審原告らは,1審被告に対し,本件訴状の送達(送達日は平成14年5月23日)をもって自賠法72条1項に基づくてん補金の支払を請求したことが認められる(当裁判所に顕著な事実)から,その翌日である同月24日以降は遅延損害金が発生しているものと解するのが相当である。

6  当審における1審被告の新主張(国民健康保険からの給付)について

(1)  自賠法73条1項は,被害者が健康保険法等に基づいて自賠法72条1項による損害のてん補に相当する給付を受けた場合には,その給付に相当する金額の限度において,政府は同項の規定による損害のてん補をしない旨を規定している。

(2)  1審原告Aが国民健康保険から葬祭費として5万円の給付を受けたことについては,当事者間に争いがない。

(3)  そうすると,自賠法72条1項に基づいて1審原告Aがてん補を受けるべき金額(上記4記載の1500万円)から上記5万円が控除されるべきであるから,これと同旨の当審における1審被告の新主張(国民健康保険からの給付)は理由がある。

7  まとめ

上記1ないし6によれば,1審原告らの1審被告に対する本訴各請求は,1審原告Aが1495万円,1審原告Bが1500万円,及びこれらに対する平成14年5月24日(1審被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があると解される。

8  当審における当事者双方の主張に対する判断(補充)

(1)  1審原告らの主張について

当審において,1審原告らは「保障事業の制度趣旨・目的は,被害者の救済を図るという点で自賠責保険制度と同一であり,いわば自賠責保険制度を補完する役割を担うものであること,財源面に着目しても,保障事業の財源のほとんどは自動車保有者の負担する金員で賄われており,他方,自賠責保険制度においても,保険料収入だけでなく,政府の出捐によって保険金が賄われている側面を有するから,両制度の相違は極めて相対的なものにすぎないこと等に鑑みれば,不法行為日(交通事故の日)から遅延損害金が発生するというべきである。」旨主張する。

しかしながら,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,被害者が本来有している不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なり,他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対して最小限度の救済を与える趣旨で,同条によって新たに創設された権利であるところ,その法的性質等に鑑みれば,自賠法72条1項所定の「損害」に被害者が加害者に対して請求し得る遅延損害金が含まれると解することはできないし,同項に基づくてん補金請求権について交通事故時から遅滞に陥ると解することもできないというべきこと,したがって,1審原告らが1審被告に対して本件交通事故発生日以降の遅延損害金を請求することができる旨の1審原告らの主張を採用することはできないことは,前記のとおりである。

そして,1審原告らの上記主張を考慮しても,上記の判断が覆ることはないというべきであるから,1審原告らの上記主張を採用することはできない。

(2)  1審被告の主張について

ア 当審において,1審被告は「自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,私法上の損害賠償請求権ではなく,他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対して最小限度の救済を与えることを目的として認められた公法上の請求権であるから,そのてん補金額は,不法行為上の損害賠償金額とは異なり,政府の社会保障政策の一貫たる保障事業における保障金として相当の額が算定されるべきである。なお,自賠責保険は契約法理的には被保険者の賠償責任の免脱を図るという機能を有するのに対し,保障事業は,被保険者がいないか,被保険者が不明の場合に機能するものであって,給付それ自体としては,そもそも責任免脱機能を持つものではなく,両者には決定的な相違があることを否定できないから,両者が同質の制度であることを前提とする原判決の判断は誤りというべきである。上記の目的に鑑みれば,被害者に対して迅速に公平で均一な損害のてん補を図ることが要請されているというべきであって,そのために,損害額の算定について,裁判等による認定手続を経ずにある程度定型化,類型化した算定基準を定め,これを統一的に適用することによって,上記の要請に応えることにも合理性があるものと考えられる。そこで,保障事業を所管する旧運輸大臣において,損害のてん補額の統一的な算定方法としててん補基準を定め,てん補基準の解釈・運用を統一するために実施要領が規定され,これにより,被害者に対する迅速・公平・均一な損害のてん補が図られているのである。社会保障政策の一貫としての保障事業における保障金をどのような算定方法により決定するかについては,社会・経済的諸条件,国の財政事情,多方面にわたる複雑多様で高度の専門技術的な考察及びこれらに基づく政策的判断が必要とされるものであり,国土交通省(旧運輸省)は,このような観点から,昭和39年にてん補基準を定めて,損害の公正かつ適正な査定の確保に努めているところ,てん補基準は,その後,変動する社会的経済的諸情勢に適応するよう数次の改定作業がなされて,現在に至っている。このように,国土交通省自動車交通局保障課は,保障事業の実務において,てん補基準や実施要領を踏まえた適正公平な実務を行うとともに,変動する社会経済的情勢を踏まえて改正されるてん補基準等を直ちに反映させて,より適正公平な実務を行っている。したがって,1審被告がてん補基準によって算定された金額をてん補額として支払うことについては,合理性が認められるというべきであって,1審被告は,1審原告らに対して,てん補基準によって算定された金額を上回る金員を支払うべき義務はないというべきである。」旨主張する。

しかしながら,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権が公法上の請求権であるとしても,同請求権の具体的な内容について,自賠法が明確に規定していないことからすれば,その内容は,同法の規定,保障事業の趣旨・目的等を総合的に考慮して判断すべきであること,同法72条の文理上は,被害者が実際に被った損害をてん補するものと解釈するのが自然であること,同条により委任を受けた同法施行令は,てん補金額の上限については規定している(同法施行令20条)ものの,具体的な損害の算定基準については何ら規定しておらず,同法上も,算定基準の定立ないしてん補金額の最終的な確定を政府に委任する旨の規定は存在しないこと,政府によるてん補基準に基づくてん補金額の算定は,行政庁の内部手続に過ぎず,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条)に該当しないから,政府によるてん補金額の算定に不服な被害者が行政不服審査法ないし行政事件訴訟法の定める手続によってその算定を争うことはできない上,自賠法や同法施行令には,政府によるてん補金額の算定に不服な被害者がこれを争うための手続は何ら法定されていないにもかかわらず,政府によるてん補基準に基づくてん補金額の算定が裁判所を拘束する効力を有するとすれば,その算定に不服な被害者がこれを争う方法は存在しないことになってしまうこと,保障事業は,自賠責保険によって救済されない被害者について,等しく交通事故の被害者であることから,その救済を図ろうとした制度であって,被害者の救済を図るという点では,自賠責保険制度とその趣旨を同一にし,いわば自賠責保険制度を補完する役割を担うものであるということができること,自賠責保険制度は,報償責任原理,危険責任原理に基づき,各車両ごとの保険契約締結を強制することによる保険方式を基本とする制度であるのに対し,保障事業制度は,保険方式以外の方法によって被害者保護を図る制度である点で,両者は異なるものであるが,両制度の財源等を仔細に検討すると,その相違は相対的なものにすぎないということができるから,その相違をもって,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権について,自賠責保険の場合と異なり,実損害額の多寡に関わらず,政府が定めたてん補基準に基づいて認定された額に限定され,その結果に裁判所が拘束されると解することはできないというべきこと,以上の諸点を総合すれば,保障事業に基づくてん補金が社会保障政策上の見地から被害者に対して最小限度の救済を与える趣旨で給付されるものであることを考慮しても,てん補基準は,行政機関における運用指針を定めた内部通達としての効力を有するにとどまり,裁判所に対する拘束力を有するものではないと解すべきであって,被害者がてん補金の支払を求める訴えを提起し,その実損害額を立証した場合には,裁判所は,てん補基準を超える金額の損害額を認定し,自賠法72条1項,同法施行令20条の上限の範囲内で,1審被告に対し,てん補金の支払を命じることができると解するのが相当であることは,前記のとおりである。

そして,1審被告の上記主張を考慮しても,上記の判断が覆ることはないというべきであるから,1審被告の上記主張を採用することはできない。

イ 当審において,1審被告は「本件交通事故時における亡Cの保有アルコール量は他の類似事案(原審における1審被告の平成15年6月30日付の第2準備書面第1の4(2)記載のとおり)と比較して多いこと,及び亡Dは,亡Cが多量のアルコールを身体に保有している状態を許容した上で,亡Cが運転して高速度で走行する本件車両に同乗していたことに照らせば,少なくとも30パーセントの好意同乗減額がなされるべきである。そうすると,本件における1審原告らがてん補されるべき損害額は,前記のとおりの争点(3)(損害)についての1審被告の主張額(合計2585万1584円)から30パーセントを控除した1809万6108円となる。」旨主張する。

しかしながら,本件交通事故発生当時,亡Cは,呼気1ミリリットルあたり0.41ないし0.45ミリグラムのアルコールを身体に保有していて,酒気帯び状態にあり,かつ,制限速度を相当程度超過した速度で本件車両を走行させるという危険かつ無謀な運転を行っていたこと,他方,亡Dは,亡Cが飲酒していたことを認識しながら,本件車両に同乗していたと認められるものの,亡Cと共に飲酒していたとの事実は認められないこと等を総合考慮すると,本件においては,亡Dないし1審原告らに生じた全損害について,2割の好意同乗減額を行うのが相当であること,本件交通事故により,亡Dないし1審原告らは合計3000万円を超える損害を被ったことが認められることは,前記のとおりである。

そして,本件においては,亡Cが多量の飲酒をしたことに関して亡Dがどのような関与をしたのか,亡Cが制限速度を相当程度超過した速度で本件車両を走行させるという危険かつ無謀な運転を行っていたことに関して亡Dが許容するような態度を示していたのか等について,事実を認定するに足りる証拠がないこと等に照らせば,1審被告の上記主張を考慮しても,上記の判断が覆ることはないというべきである。

よって,1審被告の上記主張を採用することはできない。

ウ 当審において,1審被告は「一般に,公法関係については,法の一般原則(民法1条2項,3項等)及び法に関する技術的規定(民法138条以下)を除き,民法の規定は原則として適用されないと解されてきたところであるところ,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,社会保障政策上の見地から認められた公法上の請求権であるから,当然に民法の規定が適用されるものと解すべきではない。同請求権は,他の手段によって救済されない被害者に対して最小限度の救済を与えることを目的とする恩恵的受益的権利であるから,その権利の性質上(恩恵的受益的権利の場合には,本来の給付を行うこと自体が特別な利益を与えたことになるから,請求者がその給付金を運用する利益までをも政府が保障する必要性に欠ける。自賠法72条1項所定の損害がてん補されれば,被害者救済の目的は果たされる。遅延損害金が発生すると,損害額元本と遅延損害金との合計額が同法施行令20条所定の上限を超えることもあることになり,保障額の上限を定めた規定が実質的にその効果を発揮し得ないことになる。自賠法16条1項に基づく保険会社に対する直接請求権とは,権利の性質及び根拠が異なる他,請求を受けてから支払うまでの間に必要となる調査事項の範囲にも違いがあるから,同直接請求権について遅延損害金が発生するからといって,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権についても同様に解するのは相当でない。),民法412条3項及び同法419条が準用されることはないというべきである。なお,政府が請求を受けてからてん補金を支払うまでに不当に長期間を要した場合の被害者の救済については,運用益の回収を立法趣旨とする民法412条3項及び同法419条の適用ではなく,国家賠償法1条の適用において,公務員の不作為が違法であるかどうかの問題として解決するのが相当である。したがって,同請求権については,遅延損害金が発生する余地はないというべきである。また,仮に遅延損害金が発生し得るとしても,給付行政については,特別な規定がない限り,契約方式の推定が働くと解されていること,及び社会保障政策的見地から行われる行政上の給付は,私法的には贈与の性質を有することに鑑みれば,被害者による自賠法72条1項に基づくてん補金の請求は贈与契約の申込に,国土交通大臣の決定の通知はその承諾の意思表示に相当するということができるから,同請求権は,法的には交通事故時において客観的に発生し,直ちに請求し得るものであるからといって,請求の時から遅滞に陥ると解するのは相当でなく,特段の事情がない限り,請求に対する行政機関の決定が請求者に告知された時,ないし被害者が訴えの提起により請求する場合には,請求を認容する判決が確定した時までは,遅滞の責めを負うことはないというべきである(予備的主張)。」旨主張する。

しかしながら,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権が公法上の請求権であるとしても,それだけの理由で直ちに弁済期及び遅延損害金に関する民法の規定が適用ないし準用されないと解するのは相当でないこと,むしろ,国を当事者とする金銭債権について,会計法が,30条ないし32条において時効に関して民法の特則を定めているにもかかわらず,時効以外の点に関しては明文の規定を設けていない趣旨は,公法上の金銭債権であっても,時効以外の点に関しては,その金銭債権の性質に反しない限り,原則として民法の規定を準用する法意に出たものと解するのが相当であること,これを自賠法72条1項に基づくてん補金請求権についてみるに,弁済期及び遅延損害金に関する民法412条3項及び同法419条を準用することが同請求権の性質に反するとまで解すべき理由は見当たらないから,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権は,私法上の金銭債権に準じて,期限の定めのない債務として発生し,民法412条3項によって請求を受けたときから遅滞に陥り,同法419条によって法定利率(同法所定の年5分)による遅延損害金が発生するものと解すべきであること,したがって,自賠法72条1項に基づくてん補金請求権については遅延損害金が発生しない旨の1審被告の主張を採用することはできないことは,前記のとおりである。

そして,1審被告の上記主張を考慮しても,上記の判断が覆ることはないというべきである。

また,自賠法72条1項は,同項所定の事実が存する場合には,行政処分等によることなく,被害者の請求によりその受けた損害をてん補する旨を規定しており,同項に基づくてん補金請求権は,客観的には交通事故時において直ちに発生するものとされているのであって,被害者による請求が贈与契約の申込に,国土交通大臣の決定の通知がその承諾に相当すると解することはできないから,1審被告の予備的主張は理由がない。

よって,1審被告の上記主張(予備的主張を含む。)を採用することはできない。

9  以上によれば,原判決主文第3項及び第4項中1審原告らの1審被告に対する請求に関する部分は一部失当であるから,これらを本判決主文第2項ないし第4項のとおり変更することとし,訴訟費用については,民事訴訟法67条2項前段,64条ただし書を適用し,仮執行宣言については,同法259条1項を適用するとともに,事情に鑑み,判決言渡後2週間の猶予期間を定めることとし,1審被告の仮執行免脱宣言の申立てについては相当でないからこれを却下することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 細島秀勝)

裁判官 大島眞一は,転補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 太田幸夫

別紙交通事故目録

日時  平成13年10月27日午後11時30分ころ

場所  神戸市a区b町c番地(以下「本件交通事故現場」という。)

加害車両  自家用普通乗用自動車(神戸dてe。以下「本件車両」という。)

態様  C(以下「亡C」という。)が運転し,D(以下「亡D」という。)及びE(以下「亡E」という。)が同乗していた本件車両が,運行中に暴走して路外に逸脱し,電柱に激突して,上記3名がいずれも死亡した。

本件車両は大破し,上記3名はいずれも車外に放出された。

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