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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)3707号 判決 2004年9月10日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、614万円及びこれに対する平成14年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第1・2審を通じて、これを10分し、その1を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

3  この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、714万円及びこれに対する平成14年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は、控訴人が被控訴人の設置する大阪医科大学(以下「本大学」という。)の平成13年度の入学試験に合格し、被控訴人との間に在学契約を締結して入学金100万円及びその余の納付金620万5000円(委託徴収金6万5000円を含む。)の合計720万5000円(以下、これらの入学手続時に被控訴人に納付することを要する費用を総称して「入学時納付金」という。)を納付したものの、その後、学年が開始する前に入学を辞退して在学契約を解除したと主張し、準委任契約の終了に基づく受取物返還請求権ないし不当利得返還請求権(これらを選択的に主張しているものと解される。)に基づき、被控訴人に対して、入学時納付金全額の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年10月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。被控訴人は、入学時納付金の授受により控訴人が本大学への入学資格を取得している上、不返還の特約があるから入学時納付金の返還義務はないなどと主張してその返還を拒絶しているのに対し、控訴人は、入学時納付金はすべて委任事務処理のための前払費用であり、在学契約が解約された以上、被控訴人はその返還義務を負うというべきであり、また、入学時納付金の不返還特約は公序良俗に反し無効であるなどと主張して、これを争っている。

(2)  原審は、入学金については、教育労務に対する費用ないし報酬ではなく、大学に入学し得る資格ないし地位を得ることの対価であるから、在学契約を解除したとしても、そもそも返還を要しないとし、その余の納付金については、控訴人・被控訴人間に被控訴人主張の不返還特約が存在し、同特約は有効であるから、やはり返還を要しないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。

(3)  控訴人は、原判決の取消しと自己の請求の認容を求めて控訴した。なお、控訴人は、当審において、返還済みの委託徴収金6万5000円の返還請求部分を取り下げ、714万円及びこれに対する付帯請求に減縮した。

2  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠上容易に認定することができる(末尾に証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。なお、以下、特に断らない限り、日付は平成13年である。)。

(1)  当事者

ア 被控訴人は、教育基本法及び学校教育法に従い、医科大学その他の教育施設を設置することを目的として設立され、私立学校法に基づき文部大臣(現文部科学大臣)の認可を得た学校法人であり、大阪医科大学(本大学)を設置・運営している。

イ 控訴人は、本大学の平成13年度の入学試験を受験して合格し、入学時納付金を納付した者である。

(2)  本大学学則の規定

本大学学則には、次のとおり規定されている(乙1)。

ア 入学定員、修業年限(3条2項、6条)

医学部医学科の入学定員は100名、収用定員は600名とし、修業年限は6年とする。

イ 合格者の選考(14条)

入学志願者に対しては試験を行い、その成績により合格者を選考する。

ウ 入学手続及び入学許可(15条)

選考の結果に基づき合格の通知を受けた者は、所定の期日までに在学保証書等の書類を学長に提出するとともに、入学金、教育充実費、授業料、実習費及び施設拡充費を納入しなければならない。

エ 入学の時期及び学年(11条、8条)

入学の時期は学年の始めとする、学年は4月1日に始まり、翌年3月31日に終る。

オ 授業料その他の納入金(36条)

(ア) 授業料その他の納入金は、次のとおりとし、納入期限については、第1期分は、第1学年次については入学時、第2学年次以降は4月15日、第2期分は9月15日、第3期分は1月15日とする。

a 授業料

年額182万円(第1期分61万円、第2期分61万円、第3期分60万円)

b 実習料

年額34万円(第1期分12万円、第2期分12万円、第3期分10万円)

c 施設拡充費

年額122万円(第1期分41万円、第2期分41万円、第3期分40万円)

(イ) 上記(ア)に定めるもののほか、次の諸費を、入学時に一括納付しなければならない。

a 入学金   100万円

b 教育充実費 500万円

(ウ) 納入した授業料その他の納入金は、いかなる理由があっても返還しない。

(3)  平成13年度入学試験要項の記載

本大学の平成13年度入学試験要項には、以下の趣旨の記載がある(乙2)。

ア 合格者は、3月2日午後3時までに入学手続を完了しなければならない。

イ 欠員が生じた場合は、面接試験・小論文及び健康診断を実施の上順次繰り上げ、合格者(補欠)を決定する。

ウ 入学手続時に、以下の納入金(以下「本件学納金」という。)を納付する。

<1> 入学金         100万円

<2> 授業料(第1期分)    61万円

<3> 実習料(第1期分)    12万円

<4> 施設拡充費(第1期分)  41万円

<5> 教育充実費(初年度分) 500万円

エ 上記ウ以外に、入学手続時に、以下の委託徴収金合計6万5000円(以下「本件委託徴収金」という。)を徴収する。

<1>PA会(保護者会)費(年額10万円のうち、第一期分)   5万円

<2>学友会入会金       5000円

<3>学友会会費(年会費)     1万円

オ 入学手続完了者が、3月21日正午までに本大学所定の書面により入学辞退を申し出た場合には、入学金以外の本件学納金び本件委託徴収金を返還するが、3月21日正午以降に入学辞退の申し出があった場合は、本件委託徴収金は返還するが、本件学納金は返還しない。

(4)  「入学に関する手続について」と題する書面の記載

本大学の「入学に関する手続について」と題する書面(平成13年度の第1次繰上合格者用)には、次のとおりの記載がある(乙4)。

ア 本件学納金及び本件委託徴収金は、振込依頼書により、3月8日午後3時までに必着するよう納入しなければならない。

イ 上記(3)オと同旨

(5)  事実経過

ア 控訴人の受験と合格

控訴人は、本大学の平成13年度入学試験を受験して、平成13年3月2日、同試験の合格発表(第1次繰上合格)を受けた。

イ 控訴人による入学手続の完了

被控訴人は、3月2日、控訴人に対し、本大学入学試験の合格通知(乙3と同様のもの)、「入学に関する手続について」と題する書面(乙4と同様のもの)、振込依頼書及び振込金受取書(乙5と同様のもの)を発送し、控訴人は、3月5日、本大学への入学手続を完了したが、その際、被控訴人に対し、本件学納金計714万円及び本件委託徴収金計6万5000円の合計720万5000円を納付した(甲2)。

ウ 本件学納金の不返還特約の成立

控訴人は、上記(3)(4)の記載を認識して、上記のとおり本件学納金を納付し、上記(3)(4)記載のとおりの内容の本件学納金の不返還特約(以下、このような控訴人・被控訴人間に成立した学納金不返還の取扱いに関する合意を「本件不返還特約」という。)を承諾した(乙1、2、4、弁論の全趣旨)。

エ 控訴人による本大学への入学辞退

控訴人は、3月22日午後2時(なお、平成13年度の国立大学の後期入試の合格発表は、すべて、同月22日に行われた。)、別に受験していたK大学医学部の平成13年度の後期日程入学試験(以下単に「後期入試」という。)に合格し、同月26日、同大学への入学手続を完了したため、同日、被控訴人に対し、口頭で入学辞退を申し出たところ、被控訴人から書面を求められたので、同月27日付けで入学辞退申請書を提出し、改めて本大学への入学を辞退する旨の意思表示をした(甲2、乙7)。

オ 被控訴人による委託徴収金の返還

被控訴人は、4月6日、控訴人に対し、入学辞退に基づき、本件委託徴収金相当額6万5000円を返還した。

(6)  学納金に関する文部省通達

文部省(当時)管理局長及び文部省大学局長による文部大臣所轄各学校法人理事長宛の昭和50年9月1日付文管振第251号による「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて(通知)」と題する通知(以下「昭和50年文部省通知」という。)によれば、<1> 私立大学が健全な私学経営を図るため、一定の入学者数の確保を図る必要上合格者の入学意思を確認するため早期に入学料(本件における入学金に相当するものと解される。)を徴収する必要がある場合も多いと考える、<2> しかし、入学料以外の学生納付金については、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避けることとする、<3> 例えば、入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降に徴収することとする等の配慮をすることが適当と考える、などとされている(甲26)。

(7)  授業料に関する文部科学省の行政指導

文部科学省は、平成14年5月17日、私立大学等に対し、「平成15年度大学入学者選抜実施要項について」と題する通知(文科高第170号文部科学省高等教育局長通知)を発して、私立大学の入学時における学生納付金の取扱いについて、昭和50年文部省通知を参照し、少なくとも入学料以外の学生納付金を納入する時期について、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避ける等の配慮を求め、同月21日には、私立大学に対し、入学を辞退した受験生に対し、授業料や施設整備費などを返還するよう指導を強化する方針を示し、さらに同月28日には、入試要項から不返還条項を削除し、入学辞退者に対し授業料や施設費等を返還するよう求める通知を発した(以下、上記の通知等を「平成14年文科省通知」という。)(甲27、弁論の全趣旨)。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  在学契約及び学納金の法的性質等

〔控訴人〕

ア 在学契約とは、学校法人が、学生に対して教育役務を提供し、学生が学校法人に対して対価を支払うことを約することにより成立する準委任契約又は同契約類似の契約であり、学納金は教育役務提供の対価としての報酬ないし費用の前払いとみるべきところ、控訴人と被控訴人間に締結された在学契約(以下「本件在学契約」という。)は、被控訴人が控訴人に合格発表(通知)をした3月2日ころ又は遅くとも控訴人が本件学納金を納付した3月5日までには成立していた。

なお、学納金のうち、入学金についても、その額が高額であること、当事者も入学金とその余の学納金とを明確に区別しておらず(学校法人会計基準によっても、入学金収入は、授業料等と並んで学生生徒等納付金収入という大科目の中の小科目とされている。)、学納金として一体として捉えていることなど、通常の当事者の合理的意思からすれば、「入学し得る資格ないし地位」の対価ではなく(上記会計基準によれば、入学金は授業料等とともに前受金収入の項目に分類されており、「入学し得る資格ないし地位」の対価であれば、前受金とすべきではない。)、授業料をはじめとする他の学納金と同様に、教育役務に対する費用ないし報酬の前払的性質を有するものである。仮に、入学金の全額が教育役務に対する費用ないし報酬とみることができず、その一部が入学準備の諸手続のための費用としての性質を有するとしても、大部分は、教育役務に対する費用ないし報酬に該当することは明らかである(諸手続のための費用は、特定商取引に関する法律<以下「特定商取引法」という。>が、大学の在学契約と同質性を有する外国語会話教室、学習塾等の特定継続的役務取引につき、契約が解除されたときは、損害賠償額の予定又は違約金の定めがあるときにおいても、役務提供前には政令に定める「契約の締結及び履行のために通常要する費用の額」及び法定利率の遅延損害金の額を超える金員の支払請求はできないと規定しており、その額は外国語会話教室が1万5000円、学習塾が1万1000円とされている<同法49条2項、同法施行令16条>ことからしても、せいぜい数万円にとどまる。)。

イ また、被控訴人の主張するように「入学し得る資格ないしその資格を保持する地位」を本件学納金という対価をもって売買しているというのであれば、私立学校法上の公告等の手続が必要であるところ、そのような処理はされていない。

ウ そして、控訴人は、教育役務の提供開始前の3月27日には、被控訴人に対し、書面により入学辞退の意思表示をして本件在学契約を解除したから(民法651条1項、652条)、被控訴人は本件学納金の給付保持権原を失っており、控訴人は、被控訴人に対し、本件学納金相当額の不当利得返還請求権を取得している。

〔被控訴人〕

ア 在学契約は、教育基本法及び学校教育法に従って学則に則った教育を行うことを内容とする公法上の規制を受ける無名の有償契約(附合契約)であり、教育研究に必要な物的施設の利用関係、教育実施役務の提供関係、学校という部分社会(団体)加入とそれによる身分地位取得関係等の諸要素を特徴とするものであって、準委任契約ではない。在学契約は合格通知(契約の申込資格の授与)・学納金納付等の入学手続の履践(学則に則った附合契約の申込)・入学許可(契約の承諾。承諾日は契約の申込手続の完了日)を経て成立し、その効力は学年度の始めの4月1日より生じる(始期付契約)。

民法651条1項は、実質的妥当性及び立法の沿革から、その適用範囲は、無償契約又は法律行為の委任契約に限られ、有償契約である在学契約に適用されるべきではない。

仮に、民法651条1項が在学契約に類推適用されるとしても、その場合は、契約の一般原則から履行利益の損害賠償が必要である。

イ 学納金は、入学試験の合格者による在学契約の申込みにおける構成要素であると同時に、同人が大学に入学する資格とその資格(上記のような各種の関係)を保持し得る権利を取得することの対価であって、在学期間中の教育施設利用や教育役務提供の対価ではないというべきであるから、控訴人は本件学納金の納付により本大学に入学する資格とその資格を保持し得る権利を取得したのである。したがって、その後、控訴人が本大学への入学を辞退したとしても、被控訴人の履行は完了しており、控訴人が自ら取得した権利を放棄したにすぎず、不当利得の問題は生じない。

(2)  本件不返還特約の有効性

〔控訴人〕

本件不返還特約は、以下の理由により、その全部又は一部が無効であり、控訴人を拘束しない。

ア 暴利行為による無効

(ア) 他人の無思慮・窮迫に乗じた点(主観的要件)について

本件在学契約のように、対等ではない当事者間の消費者契約においては、主観的要件は、「状況及び地位の利用」という程度に緩和して考えるべきである。

被控訴人は、自ら募集要項や入学手続を決定し、合格者を決定するという地位を有しており、その地位を利用して、入学金以外の学納金を返還するための入学辞退期限を必要以上に早期である、国立大学後期入試の合格発表のされる日時(3月22日午後2時)のわずか26時間前に設定した本件不返還特約を押しつけているのに対し、控訴人ら受験生は、同特約が存在するため、受験浪人を回避するために、国公立大学等他に受験した大学の合格発表を待つことなく、学納金を納めて入学手続をし、後日入学辞退をした場合に、納入した多額の学納金の損失を被る危険を負担するか、あるいは、多額の学納金の損失を回避するため、他の本命校に合格できなかった場合に受験浪人をする危険を負担し、学納金を納入せず、本大学への入学手続を採らないことにするかという二者択一を迫られ、進退両難の地位に陥れられた結果、受験浪人を回避するため、やむなく、被控訴人が一方的に入学試験要項等に不動文字で記載した同特約に従い、学納金を納入しているにすぎないのであるから、被控訴人が自らの有利な状況や地位を利用していることは明らかである。

(イ) 甚だしく不相当な財産的給付を約させた点(客観的要件)について

a 本件学納金の金額は、700万円を超えており、公務員の初任給(約20万円)の約35倍、会社員の平均年収の約2倍に相当する高額の金員である。

b 控訴人の学納金支払義務は、本来、本大学の教育役務提供義務と対価性を有しているのであるから、控訴人の入学辞退により本大学は教育役務提供義務を免れているにもかかわらず、本件不返還特約により、学納金の返還をしないことは、何ら対価性のない金銭の取得を認めることになり、不当である。

c 本大学は、毎年、合格発表・入学手続・入学辞退・欠員補充の手続を繰り返しており、長年の経験により様々なデータを有し、これにより、定員割れの事態の発生を回避することが可能であり、現に少なくとも平成11年度から同15年度までの入学試験においては定員が確保され、予定定員から教育役務の対価である学納金を徴収しているのであって、入学辞退により被控訴人の被る実損害は、せいぜい控訴人に対する各種通知の郵送費や人件費等というわずかな額にすぎないから、本大学は、本件不返還特約によって損害を填補するにとどまらず、これを利用して利益を上げているのである。

なお、学力不足の生徒を合格させなければ定員が確保できないという問題は、少子化や学校の魅力不足の問題であり、同特約により解決される問題ではない。

d 大学進学希望者は、本来、自分が合格した複数の大学の中から、自由に進学する大学を決めるという大学選択の自由を有しているところ、不返還特約が存在するため、他の大学への進学を断念せざるを得ない事態も考えられ、「教育を受ける権利」(憲法26条)及び「教育の自由」(憲法23条)への不当な干渉にもなる。

e 学校法人の公的性格、学校法人はその設置する学校に在学する学生に係る修学上の経済的負担の適正化を図るように努めなければならない旨定める私立学校振興助成法(以下「私学助成法」という。)3条の趣旨、同法の審議の過程でされた本件不返還特約のような取扱いの是正を求める国会(参議院予算委員会)での質疑(昭和50年3月)、これを受けた日本私立大学連盟(以下「私大連名」という。)の入学辞退者から授業料等を前払いさせて返還しない習慣を改めるとする方針の決定(同年8月)、前納授業料の不返還は、国民の納得を得られないという趣旨の文部省の通知(昭和50年文部省通知)の存在、英会話学校等の継続的役務提供契約が役務提供前に解約された場合にその対価の不返還特約を厳しく制限している特定商取引法49条2項2号の趣旨、比較法的視点等に照らしても、本件不返還特約の暴利性は明らかである。

(ウ) 本件不返還特約の合理性の欠如について

被控訴人は、本件不返還特約によって、本大学の定員を満たす優秀な学生を早期に確保するために必要不可欠であると主張するところ、そのような目的に一応の合理性があるとしても、不返還特約があったからといって、受験生は高次の志望校に合格すればその大学に入学するのが通常であって、不返還特約はそのような目的を達成する手段たり得ない。また、上記のような目的は、補欠合格制度や推薦入学などの多用な入学試験制度を採用する等の方法によって達成することが可能である。したがって、本件不返還特約には、上記のような目的を達成する手段としての合理的関連性を認めることはできないから、同特約には合理性を認めることはできない。

被控訴人が同特約を定める真の目的は、入試制度を奇貨として、前納学納金を没収して大学の運営に必要な経済的基盤を確立しようとするところにあることは明白であるが、上記で述べたとおり、そのような目的のために、恣意的に辞退期限を設定して、本件学納金全額を不返還とする特約を結ばせるという手段は、対等な当事者間において締結されたものでなく、控訴人をはじめとする入学辞退者の学納金返還に対する権利を過度に制約するものであって、社会通念を逸脱する不合理なものとして無効というべきである。

イ 消費者公序違反による不公正な消費者契約条項の無効

在学契約が、大学を事業者、受験生を消費者とする消費者契約であることは、消費者契約法施行以前においても同様であるところ、一般に、消費者契約においては、事業者が、その圧倒的な交渉力を利用して、一方的に、消費者の利益を犠牲にして事業者に不当に有利な条項が規定されやすいため、このような不公正条項を是正するために消費者契約法が制定されたところ、同法の契約規範の内容は、その制定直前である本件在学契約締結当時においても、既に社会の公序良俗(消費者公序)の内容となっていたというべきである。そして、本件不返還特約は、消費者契約法9条1号及び10条に具体化された消費者公序に抵触するものであるから、公序良俗に反し、民法90条により無効である。

ことに在学契約は、契約当事者の個別的交渉の結果ではなく、事業者が一方的に作成した約款等によって契約内容が定められるものであるから、その内容の適正性確保の要請はさらに強いというべきである。

ウ 損害賠償額の予定条項としての無効

本件不返還特約は、損害賠償額の予定(民法420条)に当たるところ、本大学が入学申込者の入学辞退により被る損害はせいぜい事務処理費用相当額(特定商取引法49条2項、同法施行令16条の各規定に鑑みると、その額は1万5000円を超えることはない。)にとどまり、損害賠償額の予定としての本件学納金の額は著しく過大であるから、同特約は、公序良俗に違反して全部無効であるか、少なくとも、同特約のうち上記損害額を超える部分については無効である。

エ 信義則による援用制限

上記アに主張したような本件の個別具体的事情の下では、被控訴人に本件不返還特約の援用を許せば、被控訴人に合理的根拠のない利益を与え、控訴人に著しく不合理な不利益を与えることになるから、信義則上、被控訴人による同特約の援用は許されない。

オ 当事者の合理的意思解釈による適用制限

上記の事実によれば、本件不返還特約は、せいぜい、入学辞退者の発生によって定員割れが生じた場合の損害を填補することを目的とするものに過ぎない。そうすると、同特約は、これを上記目的に照らして合理的に解釈する限り、本大学に現実に定員割れが生じて被控訴人に損害が生じた場合でなければ適用されないというべきである。しかし、本大学は、平成13年度入学者の定員を確保しており、控訴人の入学辞退によっても定員割れによる損害を被っていない。したがって、同特約は、本件に適用されない。

〔被控訴人〕

本件不返還特約は、以下にみるとおり合理性があり、その全部又は一部が公序良俗又は信義則に反するものとはいえず、また、制限的に解釈されるべきものでもないから、控訴人の主張はいずれも理由がない。

ア 医科大学にとって、定員確保は必須の要請であり、一旦欠員が生じると6年間欠員を抱えることになり、多大な損害が生じるのでそれを回避する必要があり、本件不返還特約は、<1> 被控訴人が本大学の定員を満たす優秀な学生を早期に確保するために必要不可欠であり、<2> 本大学への入学意思のない者を早期に確定することにより、繰上合格を早期に実施し、他の受験生が本大学に進学する機会を保障することにもなる上、<3> 結果的に、在学生の学費の軽減にも役立っている。控訴人は、被控訴人が恣意的に学納金の返還期限を定めていると主張するが、上記のような事情を総合的に検討し、国立大学後期入試受験者にとっても、自己採点により合否予測がある程度は可能であることを考慮して決定しているものであり、昭和50年文部省通知にも従ったものである。

イ 特に、定員確保については、私立大学として一般に定員遵守義務があるだけでなく、本大学(医学部)においては、他学部と異なって、社団法人日本私立医科大学協会(以下「医大協」という。)による定員に関する申合せ事項により、入学定員を上回ることも下回ることも許されないため、合格発表後極めて短期間のうちに定員を正確に確定しなければならないところ、被控訴人にとって合格者の本大学への入学意思の有無は、学納金を納付するかどうかと、本件不返還特約による学納金の返還期限までに入学を辞退するか否かで判断せざるを得ない。したがって、早期に入学意思の固い者を判別して入学定員を確保するため、学納金の納付を含む入学手続を早期に実施させ、かつ、学納金の返還期限(入学辞退期限)を設定することが必須なのである。

なお、控訴人は、被控訴人が欠員補充等により定員割れを回避できるというが、これが常に可能であるとは限らないし、補欠合格は優秀な学生を確保するためには極力避けるべきことであるから、控訴人の上記主張は失当である。控訴人の主張のごとく入学辞退を自由に認めれば、欠員の現出は不可避的であり(国公立大学の複数受験者が増え、入学辞退者が増大する。)、入学辞退時期(本件学納金の返還期限)を遅らせれば、新学期直前であるため欠員の補充はほとんど不可能ないし困難となる。

ウ また、控訴人が本件不返還特約の存在を知りながら敢えて本件学納金を納付したのは、受験浪人とならなくて済むという利益を得るためであって、本大学への入学を辞退したのも、国立大学の後期入試に合格後、本大学に対する入学を辞退して国立大学に進学する方が、本件学納金が返還されないことを考慮してもなお利益であるという、専ら控訴人の個人的な事情による利益衡量に基づくものである。したがって、控訴人には何らの不利益も存在しない。

エ なお、控訴人は本件学納金の金額が高額に失すると主張するが、医学部の学生1人当たりにつき6年間に要する平均的な費用が1500万円に上ることなどを考慮すれば、控訴人の上記主張は当たらない。

オ 控訴人は、本件不返還特約が対等な当事者間での合意でないと主張するが、大学は、受験生に受験を強制するものではなく、受験するか否か、合格後に入学手続をするか否かは受験生の一方的な選択に委ねられていることを無視した片面的な主張であり、妥当ではない。

カ また、控訴人は、種々の理由を挙げて本件不返還特約に合理性がないと主張するが、本大学において定員割れが生じていないのは、数次にわたる追加合格(平成13年度は16回)などの被控訴人の多大な努力の結果であって、控訴人が主張するような推薦入学等によって容易に達成できることではない。なお、同特約は受験生の進路選択を何ら制約するものではない。

キ 上記(1)で述べたとおり、控訴人が民法651条1項の類推適用により、本件在学契約の解除が許されるとしても、その場合は、契約の一般原則から履行利益の損害賠償が必要であるところ、その額は、本大学の得べかりし利益(本大学の場合は6年間の学納金合計約3000万円)から、合格者が入学を辞退したことによって本大学が支出を免れた金額を控除した金額ということになるが、入学辞退があってもマンツーマンで教える家庭教師や語学学校等と異なり、人件費が減少することはあり得ないし、施設に要する費用も変わらず、結局本大学が入学辞退によって支出を免れた金額とは、辞退者に対する各種事務手続費用にすぎず、その金額は限りなく零に近いものであるから、履行利益の賠償額は、本大学が受領すべき6年分の学納金額に近いものである。

そうすると、本件学納金の額は、上記賠償額を超えないから、被控訴人が控訴人に返還すべき金員は何ら存在しない。

第3当裁判所の判断

1  在学契約の法的性質等について

(1)  在学契約の法的性質

ア 私立大学は、それぞれの大学独自の建学の精神及び教育理念に基づき、学生に専門的かつ高度な知識を教授することを目的とする高等教育機関としての役割を担うとともに、人的及び物的設備を利用して、大学独自の研究活動を行うという学術研究機関としての役割をも担っている。

このように、大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育法52条)から、大学を設置する学校法人と所定の入学手続を経て当該大学の学生となった者との間に締結される在学契約は、学校法人が、当該大学において、その学生に対し、上記目的に応じた講義、実習、実験等の教育活動を行う機会を提供するとともに、そのために必要となる教育施設の利用を許すなどの方法により教育役務等を提供し、学生が学校法人に対し、その費用を負担し、報酬を支払う義務を負うことを中核とする双務有償の契約関係と解される。

そして、このような在学契約の法的性質については、学生が当該学校法人に対して、両者間の信頼関係を前提として上記教育役務提供事務を委託している点を本質としているから、準委任契約類似の無名契約と解するのが相当である。

ただし、在学契約においては、学則中大学と学生との権利関係に関する規定によってもその契約内容が定められており、学生は上記内容に一律に服するものである。その点では、学則は、約款と類似の機能を有しており、在学契約は一種の附合契約としての性質をも有するものと解するのが相当である。

イ これに対し、被控訴人は、在学契約は、教育基本法及び学校教育法に従って学則に則った教育を行うことを内容とする公法上の規制を受ける無名契約(附合契約)であって、準委任契約ではない旨主張している。

なるほど、在学契約においては、学校法人は理由なく在学契約を解除することは許されない等の国家的制約を受け、他方、学生は予め定められた学則等による包括的規律を受けるという意味で、純然たる準委任契約と異なるものではあるが、これらの制約は、教育法規等に基づく教育上の配慮が必要であるという学校教育の特殊性によるものにすぎず、このことによって、準委任契約類似という上記在学契約の本質が左右されるものではないというべきであるから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

(2)  本件在学契約の成立時期

大学への入学手続は、一般には、学生募集、願書提出、入学試験、合格発表通知、学納金の納付、入学許可、入学式の挙行の手順で行われるところ、在学契約においては、合格者による学納金の納付を主体とする入学手続の履践がその申込み、学校法人がこれに異議を留めずに受領することが黙示の承諾にそれぞれ該当し、合格者の入学手続の完了により、始期を次年度の学年の開始時期とする在学契約が成立すると解すべきである(なお、本大学の学則上は、学長による入学許可が要求されているが〔16条〕、被控訴人において異議を留めることなく控訴人の入学手続が完了したときは、現実の入学許可を待たずに学長による黙示の入学許可を認めるべきである。)。

したがって、本件においては、前記前提事実(5)イ記載のとおり、控訴人は、3月5日に本大学に対する学納金の納付を含む入学手続を履践し、被控訴人がこれに異議を留めることもしなかったのであるから、同手続が完了した時点である3月5日ころに、控訴人と被控訴人との間に、4月1日(本大学の学則上、学年は4月1日に始まることとされている。)を始期とする本件在学契約が成立したものと認められる。

(3)  本件在学契約の終了時期

前記前提事実(5)エ記載のとおり、控訴人は、3月27日ころ、被控訴人に対して本件在学契約を解除するとの意思表示をしたのであるから、同契約は、同日ころ、その効力の発生しないことが確定したというべきである。

2  学納金の法的性質について

(1)  上記のとおり、在学契約は学校法人と学生(入学手続を完了した合格者を含む。)との間の有償の準委任契約類似の無名契約と解されるから、学生が学校法人に支払う金銭(学納金)は、特段の事情のない限り、その名目のいかんにかかわらず、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬と解するのが相当である。しかるところ、本件学納金は、<1>入学金、<2>授業料、実習費、施設拡充費及び教育充実費の校納金からなるので、以下、これらを分けて、特段の事情の有無(返還義務の有無)を検討する。

(2)  入学金について

ア 入学金については、その付された名称自体からはその内容が判然とせず、本大学の入学試験要項、「入学に関する手続について」と題する書面及び学則を検討しても、入学時に納付する金員ということ以上にその内容を直ちに確定することは困難であると言わざるを得ない。しかしながら、<1> 本大学における入学金の支払義務は、入学する際に必要とされるのみであり、学生は、次年度以降においてはその支払義務を負わないこと、<2> 本件学納金のうち入学金以外の金員については、一定の時期までに入学辞退届を提出すれば、返還を受けることができるが、入学金については一切返還されないものとされ、その取扱いが別異のものとされていること、<3> 昭和50年文部省通知や平成14年文科省通知においても、入学金については返還するよう求めてはいないこと、<4> 昭和50年文部省通知に基づいて、学納金の取扱いを検討した私大連盟も入学金を除いて改善を求めたにすぎないこと(詳細は後記)など、入学金と授業料等のその他の学納金とは一般的に異なる取扱いがされていることが認められる。

イ 控訴人の主張によれば、このような制度はわが国に独自の制度のようであるが、戦後間もなくから私立学校においては授業料等の他に入学金の名目での金員を納入することとされていたということであり、永年の慣行となっていることがうかがわれる。また、わが国においては、私立学校関係だけでなく、継続的な人的関係(団体)に参加する場合(塾や習い事やスポーツクラブ等)には、定期的な費用以外に、参加時にのみある程度まとまった金員を添えて申し込むことは一般に行われており、そのような金員については、後に参加を取りやめても返還されない場合が多い。さらに、賃貸借契約における権利金なども同様の性格を帯びたものもあると推定される。

これらの初期費用の性格には、参加の真摯性の担保(証約手付的機能)、新たな参加者のための事務経費(名簿の追加・更新、連絡費用等の実費部分)、参加を取り止める場合の制裁金(解約手付的機能)、参加しなかった場合の当該団体の被る損害に対する賠償金(賠償額の予定としての機能)、当該団体に参加することを許諾すること自体の対価(権利金的性格)等種々の要素が含まれているものと考えられる。

ウ 入学金が、これらの性格のいずれを目的としたものかは、学則等から推し量ることは困難であるが、大学入試の実態として、いわゆる滑り止めを含めた複数大学の受験が常態化しており、滑り止めの役割を担わされることの多い私立大学にとっては、受験者の入学意思を確認し、少しでも入学辞退者を減少させることに重要な利害関係を有すると考えられるから、手付的機能や賠償額の予定としての機能は重要である(私立大学を設置する学校法人側にしてみれば、それぞれ遵守しなければならない収容定員及び入学定員があり、しかも、私立大学においては、かかる収容定員及び入学定員に基づいて財務面を含む事業計画が策定されているところ、収容定員に対する在籍学生数ないし入学定員に対する入学者数が一定の割合を上回ったり下回ったりした場合には、補助金が減額されたり打ち切られる可能性が生じるし、私立大学は、随時入退学が可能な語学学校等とは異なって、学生を募集できる時期が各年度ごとに1回と限定されているため、学生を補充できる時期が限られ、かかる時機を逸して一旦欠員を生じさせると、途中で学生を補充することができないため、一般的な修学年限の期間中は欠員のままとなってしまうし、私立大学が、その所期するところの学術水準を維持し研究成果を発揮するためには、入学者数のみならず入学者の学力水準及び多様性を確保することが重要であることもいうまでもない。)。

そして、このような役割を持った入学金を納付することによって、受験生は、大学に入学し得る地位を得ることになり(それが「滑り止め」としての機能である。)、反面、大学側は一方的に解除することを制約されることになる(補欠合格者の採用などにおいて、入学金を納付した者を入学予定者として扱わなければならない。)。その意味では、入学金は一種の権利金的な性格も持っている。また、大学側としては、入学金を納付した受験生が入学を辞退しない限り、当該入学予定者が大学に現実に入学するか否かにかかわらず、在学契約の始期である4月1日から入学する者として諸種の事務処理手続を行う必要が生じるから、入学金は、そのための準備行為を行うための手続費用としての性質をも有していると解することができる。

エ 入学金の性質について、上記のような解釈を前提としても、個々の入学金自体は、大学側が一方的に入学金という名目及び金額で学生から徴収しているものであるから、必ずしも個々の入学金全額が上記のような目的に相応しい額であるとは限らず、その目的に照らして相当な価額を超える場合は、その超える部分は、他の学納金と同様に、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬と評価せざるを得ないものである。

しかるところ、本来の入学金としての相当額がいくらであるかという評価については、入学金が上記のような多くの性格を有することから一概に決定することは困難であるが、手付金的性質という観点からみると、手付(民法557条1項)について民法上は限度が定められていないものの、宅地建物取引業法は宅地建物取引業者がみずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手付の額が代金の2割を超えることを禁じており(39条1項)、一応の基準として考慮されるべきである。もっとも、損害賠償額の予定の面からみれば、裁判所はその額を増減することはできない(民法420条1項)ものとされていること、上記の事務処理費用としての側面もあることに加え、永年の慣行である面も否定できないこと(もっとも、このような不明確な趣旨の金員を支払わせる慣行の妥当性については、今後十分検討されなければならないと考える。)からすれば、厳格に基礎となる金額の2割を限度とすることにも問題がないわけではなく、概ねこれを参考として、社会的相当性を超えない場合は、本来的な入学金と評価せざるを得ないものと判断する。なお、手付金にしても賠償額の予定にしても、基礎となるのは契約金額であるところ、本件の場合においては、上記基礎額は通常の在学期間全体の学納金の総額とみる余地もあるが、それでは手付としても賠償額の予定としても過大になりすぎ、必ずしも当事者の合理的な意思に沿うものとは考えられず、また、実際の入学時の納入額とすると年額で支払うものと授業料等のように学期毎に分納できるものがある上、在学契約における修学年限は長期であるから、これらの点も考慮すると基礎額は1年分とするのが常識的であると考える。

オ そこで本件について検討するに、前記前提事実(2)記載のとおり、本大学の年間の教育役務に対する費用ないし報酬の額は、授業料182万円、実習料34万円、施設拡充費122万円、教育充実費158万円(教育充実費については、初年度徴収額が突出していることから、年間の額としては、6年間に要する費用全額<950万円>を算定して、その6分の1とするのが相当である。)の合計496万円となり、本大学の入学金の額100万円は、その2割をわずかに超える程度であり、概ね2割というを妨げないから、本件においては、入学金すべてが本来的入学金としての性質を持つものと解するのが相当である。

したがって、入学金については、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬とは認められないから、本件不返還特約の効力に関わらず、入学を辞退した控訴人に対して返還する必要がないものというべきである。

カ 控訴人は、入学金は、経理上授業料と区別されることなく、その使途も授業料と区別されることなく大学運営の経費一般に充てられていることなどを理由に、入学金も教育役務等の対価と位置づけられると主張するが、いったん、大学に納付された金員が、その後、いかなる用途に用いられるか、また、大学の経理上どのように扱われるかという点は、必ずしも当該金員の性質を直接に左右するものではないと解すべきであるから、これらの事実は、上記判断を左右するものではない。

(3)  入学金を除く本件学納金について

前記前提事実(2)記載のとおり、学則によれば、授業料、実習費及び施設拡充費は、1学年を3期に分けて入学手続時にはその第1期分のみを納入し、教育充実費については、初年度に年額として500万円を納入すべきものとされているから、授業料及び実習費については、文字どおり、当該期間(第1期)内に提供される教育役務等の対価としての性質を有するものであると認められ、また、施設拡充費についても同様と解される。これに対し、教育充実費については、6年間の総額が950万円であるのに、初年度に500万円を納入させているものであって、約3年分を前納させていることになるが、その期間に見合う教育充実目的のために支出される金員であって、いずれもそれぞれの期間に提供される教育役務等の対価であると認めるのが相当である。

そして、本件在学契約は、既述のとおり、その始期である4月1日より前に控訴人の解約の意思表示により終了したと認められるから、控訴人は、上記校納金の対価である反対給付を何ら受けていないと認められる。よって、被控訴人は、原則として、控訴人に対して、これらの校納金全額を返還する義務を負うというべきである(その法的根拠については後記3)。

(4)  これに対し、被控訴人は、入学金を含め、本件学納金のすべてが入学資格とその資格を保持し得る権利(教育を受ける権利)そのものの対価であり、授業料等は単に学生の負担軽減のために分納を認めているに過ぎないと主張している。

しかし、入学金には、前記のように入学し得る地位を確保するための対価としての性格もあるといえるが、授業料等の校納金は、その名称からしても資格保持の対価とはみ難いし、授業料等は、日々提供される教育役務等の対価であって、そのような役務等を受けられる地位を一括して売買したものと解しなければならない必然性もなく、被控訴人の上記主張は採用し難い。

3  入学金を除く本件学納金の返還義務の法的根拠について

先に判示したとおり、在学契約は準委任契約類似の無名契約と解されるから、委任者たる学生は、大学に対して在学契約を将来に向かって解除する旨の一方的な意思表示をすることにより、いつでも同契約関係を解消することができると解される(民法656条、651条)。

なお、在学契約の目的ないし内容は、学生と大学の間の信頼関係を前提として、学生が、大学の提供する教育機会を活用して広く知識を習得するとともに、専門の学芸を研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開することにあるというべきであるが、入学予定者が当該大学で教育を受ける意思を喪失した場合には、契約の目的を達成することができないことは明らかであるし、自らが入学する大学を選択する自由は、憲法26条1項の趣旨に照らしても、最大限尊重されるべきであるから、契約を継続するか否かについては、入学予定者の意思が最大限に尊重されるべきである。このような在学契約の本質からしても、入学予定者ないし学生の側からいつでも在学契約は解消することができるとされなければならない。

そして、かかる任意解除権が行使された場合には、在学契約は、将来に向かってその効力を失うと解すべきである。

ちなみに、民法651条所定の任意解除権は、契約当事者双方から何らの理由がなくとも自由に行使することを許容するものであるところ、大学側からの一方的な解除が許されない(本大学においては、大学の解約権について、学則上、学生に対する除斥及び懲戒処分の1つとしての退学処分を規定するとともに、その要件を定めている<乙1。31条、35条>ことから、大学の解約権は、上記要件に該当する場合以外はこれを行使できないものと解される。)ことからすれば、学生側のみに任意解除権を認めることには疑義もあるが、大学側がその権利を行使できないのは、先にも述べたように学校教育という特殊性による国家的制約によるものであって、上記判断に影響するものではない。

したがって、入学手続をした合格者すなわち入学予定者ないし学生は、いつでも在学契約を将来に向かって解約することができるのであるから、控訴人がかかる解約の意思表示をした以上(前記前提事実(5)エ)、既に被控訴人に納付した本件学納金のうち入学金以外の部分については反対債務が履行されていない状態であるからその返還を求め得るというべきである。そして、その法的根拠は不当利得返還請求権であると解する。

4  本件不返還特約の有効性について

(1)  認定事実

前提事実及び証拠(甲2、26、27、31ないし37、41、44ないし60、乙1、6、8、9の1・2)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 所管行政庁による行政指導等及び消費者取引法に関する立法の動き

(ア) 昭和50年文部省通知に至る経緯

昭和50年文部省通知が出される以前は、入学金のみならず、授業料、施設費等を一括納付させ、納入した合格者が最終的に入学を辞退した場合でも、これを返還しないという取扱いが多くの私立大学でみられた。

ところが、大学への進学率が格段に高くなり、私立学校振興助成法(昭和50年)の制定による私学助成が強化される動向の下で、一方において、国費により私学助成がされるにもかかわらず、私立大学側がなお入学辞退者の前納学納金につき、その全額を徴収するということは国民の納得を得られず、不公正であるとの指摘がされ、参議院予算小委員会においても問題として取り上げられたりした。その結果、文部省は、昭和50年文部省通知を発して、私立大学に対し、入学辞退者の前納学納金の取扱いについて改善を求めた。

(イ) 私大連盟の対応

このような動きの中で、私大連盟は、昭和50年8月11日入試小委員会と常務理事会で、入学辞退者からも年間授業料を前払いさせて返さない習慣は改めるとする方針を打ち出した。

そして、私大連盟は、同年9月2日開催した常務理事会において「大学の授業を受けない者から授業料を徴収したり、施設設備を利用しない者から施設設備費を納入させることは好ましくないが、それは一面、自立経営している私立大の現実だ。しかし私学振興助成法も成立したので、私立大も社会的慣例と心情から判断、納付金の扱いを改める」として2つの試案を取りまとめた。

第1試案は、入試の合格発表後1ないし2週間以内にまず入学金を納入、入学式の前2週間以内に残りの納付金を納める。第2試案は、納付金全額をいったん納め、入学式の前2週間以内に入学辞退と納付金返還を申請した者に、授業料と施設設備費に相当する額を返すという内容であった(上記の入学式の前2週間以内とは、当時の国立一期校の合格発表の時期を念頭に置き、その合格発表の後という意味である。)。

しかし、私立大学協会、私立大学懇話会、私立短期大学協会等の私大団体は前納学納金返還についての昭和50年文部省通知に難色を示し、また、私大連盟も前記試案の採用については各私立大学の自主性に委ねたため、一部の私立大学は、入学金以外の前納学納金の返還に応ずるなどの改革を行ったが、多くの私立大学は昭和50年文部省通知や私大連盟の方針に反対し、従前の取扱を改めなかった。

そして、文部省もそのような実態を把握しながら、それ以上行政指導を強めるなどの対応をしてこなかったが、平成14年に至って、平成14年文科省通知を発して、入試要項から不返還条項を外し、入学金以外の学納金を返還するように指導するに至っている。

(ウ) 消費者取引法に関する立法の動き

事業者と消費者との契約において、両者に情報力や交渉力の格差があることから消費者被害やトラブルが多発するようになったことを社会的背景として、国民生活審議会消費者政策部会は、平成6年4月に消費者取引法上の問題等の検討を開始し、消費者と事業者との間で締結される契約を対象として具体的な民事ルールを規定する消費者契約法をできる限り速やかに制定すべきであるとの報告を行い、国民生活審議会の審議を経た「消費者契約法案」が平成12年4月28日に成立し、同年5月12日に公布され(平成12年法律第61号)、平成13年4月1日から施行されている。

同法の成立過程においては、前納学納金の不返還特約の問題も議論され、前納学納金が同法9条1項の「損害賠償額の予定」と構成する可能性も指摘されており、同法の適用のある学納金返還請求訴訟においては、前納学納金の不返還特約は、同法9条1項の「損害賠償額の予定」に該当すると判断する下級審の裁判例が多数存在している。

イ 本大学における入学試験の実施状況

(ア) 本大学の定員は、入学定員が100名、収容定員が600名(各学年100名)である(学則3条2項)。

ところで、私立大学には、一般に定員があり、これに著しく反することは許されないが、本大学のような医学部ないし医科大学においては、特に入学定員を遵守することが強く要請され、その学生募集については、学則定員100名の大学は定員を厳守するとともに、100名以内にとどめる旨の医大協の昭和63年6月9日付理事会申合せ事項が存在し、平成13年度入学試験当時も同申合せ事項の遵守が求められていた。

また、大学は、収容定員数に応じ、大学設置基準所定の人的・物的教育施設を整える義務を負っている(学校教育法3条、学校教育法施行規則66条参照)。

(イ) 本大学は、控訴人・被控訴人間で本件在学契約が締結された平成13年を始めとして、平成11年度から平成15年度までの間、正規合格者と補欠合格者の14次ないし18次にわたる繰上合格等により、入学辞退者があっても、結果的には、すべて入学定員(いずれの年度も100名)を現実に確保することができ、少なくともこの期間において本大学に定員割れが生ずることはなかった。

本大学の入学式は、平成10年度以降は4月3日に実施されているが、平成11年度から平成15年度までの間の繰上合格は、正規合格者の手続締切日から発表され、最終の繰上合格者の手続締切日は最も遅い場合で4月2日である。したがって、入学式までにはすべての繰上合格者についても手続が完了している。

なお、本件の平成13年度についてさらに詳しく検討すると、定員100名のところ、2月24日に発表された正規合格者は83名であり、そのうち入学手続締切日の3月2日までに手続をした者は59名(確定合格者の71%)、うち40名(同48%)が入学を辞退し、確定入学者は19名(同23%)である。そして、正規合格者の手続期限の日には第1次繰上合格者51名が発表され、その後本件不返還特約による入学辞退の期限である3月21日までに第11次繰上合格者(第1次からの合計163名)が発表され、上記入学辞退期限以前に76名が入学手続をし、その後も第16次まで繰上合格を認め、結局、繰上合格者についても合計125名中101名が入学手続をし、そのうち20名が入学を辞退して、81名が入学している。このような経過は、平成11年度から平成15年度においてもほぼ同様であり、正規合格者のうち実際に入学するのはこの5年間の平均で約25%である(以上の入学状況は、被控訴人が開示した「新入生選考過程一覧表」による。)。

平成13年度の国立大学の後期入試の合格発表は、控訴人が合格したK大学を含め、すべて3月22日に行われたが、本件不返還特約においては、入学金を除く学納金の返還を受けられる入学辞退手続の期限は、3月21日正午までに設定されている。

(ウ) 本大学の前納学納金の金額は、本大学が一方的に決定しているものであるが、このうち最も大きな割合を占める教育充実費については、6年間の納付総額が950万円であるにもかかわらず、入学手続時にその半額以上である500万円を納付させており、その点について合理的な理由は示されていない。

被控訴人の平成11年度から平成14年度までの大学部門の収支は、毎年大幅な赤字を計上しており、学生から徴収する学納金についても、授業料以外の実習費、施設充実費、教育充実費についても、人件費や教育研究費に使用されており、本来の目的使途と対応関係にない。なお、医学部において学生1人につき要する経費は、本件在学契約当時、私立大学の平均で約1500万円であった。

(エ) 本大学の運営費は、学生の学納金と国庫補助金及び附属病院の医療収入などにより賄われてきており、定員超過や定員の割り込みが生じた場合は文部科学省からの国庫補助金が減額される可能性がある。

ウ 控訴人は、2月25日にK大学医学部の前期入試を受験したが不合格となり、本大学に合格後も、3月12日にK大学の後期入試を受験する予定であったものの、競争率は10倍以上であり、確実に合格しているとの予測が困難であるため、不合格であった場合に受験浪人を回避するため、やむなく、本大学の所定期限内である3月5日に本件学納金を納付して入学手続を完了し(本件不返還特約を締結し)、K大学後期入試の合格発表日まで本大学の入学を辞退することなく待った。

なお、学納金約720万円については、320万円については、父母の預貯金から、200万円については、父親の勤務先からの借入れ、残り200万円については、祖父母からの借入れにより賄った。

(2)  本件不返還特約の性質とその目的

ア 先に判断したとおり、在学契約は、教育役務提供事務の委託を本質とする準委任契約類似の契約であり、本来的な意味での入学金を除く本件学納金は、大学から提供される教育役務の費用ないし報酬の前払いであり、在学契約が解除された以上、本来、被控訴人においてこれを保持し得る理由は見出し難いというべきである。

したがって、本件不返還特約は、大学が学納金の対価たる教育役務を提供していない場合であってもこれを返還しないことを合意するものであって、違約金ないし損害賠償の予定(民法420条)を定めたものと解することができる。

イ 被控訴人は、本件不返還特約は、<1> 控訴人において、本件学納金を納入することによって入学する権利を確保するという利益を享受しており、<2> 大学側にとっては、定員割れを防ぎ、かつ、適正な学力を有する学生を早期に確保する一手段であり(それによって財政基盤も確立する。)、<3> 入学辞退者の納入した学納金を返還しないことにより大学の財政基盤を充実させる(ひいては、在学生の負担軽減)上で必要不可欠であり、合理性のある制度であると主張している。

(ア) まず、<1>の点については、被控訴人が本件不返還特約を定めているから、合格者が所定の期限までに本件学納金を納入することによって入学資格を確保できるということであって、合格者には事前の負担なしに入学資格を付与することができないわけではないし、入学金のみによって入学資格を確保している大学もあるのであって、不返還特約の合理性の根拠となるものではない。

(イ) また、<2>の点については、確かに、私立大学は、定員数を基本的な基準として、それに見合った人的・物的教育施設を設けているのであって、定員割れが生じたからといってそれに応じて上記施設を削減することは困難であるし、補助金にも影響することからしても、定員の確保は、財政基盤の確立にとって最重要の課題であると思われる。それのみならず、正規合格者で定員を確保できるか否かは大学の評価にもつながりかねないところであって、少子化等の社会的状況の下において、各私立大学が定員確保のために多大な努力を払っていることは想像に難くない。

したがって、本件不返還特約がそのような定員確保に役立つのであれば、相応の合理性があるともいえよう。しかし、多くの受験生は、志望順位の異なる複数の大学を受験しており、上位の志望校(多くの場合は国公立の大学)に合格すれば、下位の志望校(いわゆる滑り止め)に学納金を前納しており、かつ、不返還の特約があり、前納学納金が無駄(もっとも、その後の学費を考えれば、全体とすれば経済的にも有利な場合が多い。)になったとしても、上位志望校に入学するのが一般的であると考えられ、果たして、本件不返還特約がどの程度定員割れ防止に対し実効的役割を果たしているか疑問であるというべきである(想定されるのは、志望の程度に余り差がなく、かつ、学納金にも大差がない複数大学に合格した場合に、先に学納金を納付しているという理由でその大学に入学するような場合であるが、実例があるかさえ疑問である。)。被控訴人もこの点について何ら具体的な説明をしていないし、その実効性について実証的な検討がされているとも思えない。仮に、経済的に余裕のない受験生の一部に、二重に学納金を納める余裕がないために、上位の志望校を諦めさせる効果があるとすれば、憲法26条1項の教育を受ける権利から導かれる大学選択の自由を制約することにもなりかねないというべきであろう。

そうすると、この点も本件不返還特約の正当性を理由づけるものとしては十分でないし、幾ばくかの効果があるとしても、大学選択の自由を制約するものとして過大に評価すべきではない。

(ウ) 残る<3>の点については、まさにそれが本件不返還特約の意図であり、実際的な理由であると思われる。しかし、当該合格者が入学を辞退したことによって現実的な損害が生じた場合はともかくとして、実際に入学しない合格者から、教育役務等の提供という対価なしに、本来その対価であるはずの学納金のすべてを没収するような入学制度を採用し、そのいわば不労所得をもって財政確保の重要な要素とすることは、私立大学の公共性、その財政が極めて厳しい現状にあることを考慮しても、果たして社会的相当性を有するといえるか、甚だ疑問であるというべきである。

(3)  公序良俗違反について

ア 上記のとおり、本件不返還特約は、違約金ないし損害賠償額の予定条項と解されるから、その額が不当に巨額である場合など、暴利行為に該当する場合には、民法90条により、その全部又は一部が無効になるものと解される。

イ そこで、まず、違約金ないし損害賠償額の予定額と在学契約が解除された場合に本大学に生じる実損害額との対比(暴利行為の客観的要件)について検討する。

4月1日以降、学期の途中において、学生が在学契約を解除して退学した場合には、大学にあっては入学時期が限定されているから、転入者でもない限り、ほぼ確実に定員割れの状態になり、その状態が修学年限が終わるまで続くことになるから、相当額の損害が発生することは想像するに難くない。しかし、控訴人のように4月1日よりも前に辞退した場合については、そもそも大学は、入学手続を行った全員が入学するとの前提で人的・物的教育施設を整えているものではなく、入学辞退者数を予測しながら、多めに合格者を決定しておいたり、繰上合格や補欠合格等によって欠員が生じないように受入準備を進めているのであり、一部の合格者が入学を辞退したからといって、それによって直ちに損害が発生するとは考え難いところである。

現に本大学においては、例年、正規合格者が現実に入学するのは4分の1程度に過ぎないのが実態であり、入学金以外の学納金が返還される入学辞退期限を待たずに、正規合格者がすべて入学すれば大幅な過員となるほどの繰上合格をさせて、定員を確保するための処理をしてきており、実際にも最近5年の間は定員割れが生じたことはないことからすれば、定員割れを前提とした大きな損害が発生するとは到底認められない。確実に発生する損害は、当該受験者のそれまでの受入準備に要した費用が無駄になるということであろうが、その費用は前記で述べたとおり、本来、入学金の中に含まれているはずである。それ以外に考えられる損害は、繰上合格の手続等事務手続が煩瑣になるという点が考えられるが、これ自体は、前記のとおり、大学において既に織り込み済みの手続・費用であり、控訴人が入学辞退したことによって新たに発生した損害といえるか疑問があるし、控訴人1人当たりの費用として考えると、限りなく零に近い極めて僅少な額にとどまるものといえる。

そうすると、本件不返還特約による違約金ないし損害賠償額の予定額は、前記のとおり、614万円であるから、本大学の被る実損害額を著しく上回る異常な高額であるというべきである。

ウ 次に、暴利行為の主観的要件について検討する。

本件不返還特約と同種の学納金の不返還特約は、相当古くからほとんどの私立大学において存在したものと考えられ、当初は大学自体も公序に反するとか、受験生の窮迫に乗じてなどという意識を有していなかった可能性は否定できない。

しかし、公序良俗違反の判断の基準時は、当該法律行為の時点であるところ、学納金の不返還特約が生まれて以降、今日までの間に社会情勢及び法的状況は大きく変化しており、昭和43年には、「消費者保護基本法」が、昭和51年には、「訪問販売等に関する法律」がそれぞれ施行され、その後改訂されており(現在は特定商取引法)、地方公共団体においても、種々の消費者保護条例が制定されるに及び、学納金の不返還問題に関しても、私立学校振興助成法の制定に関連して、既に昭和50年の時点において、監督官庁である文部省から、「当該大学の授業を受けない者から授業料を徴収し、また当該大学の施設設備を利用しない者から施設設備費等を徴収する結果となることは、容易に国民の納得を得られないところである」旨の通知により、不返還特約の問題点が指摘されており、わが国の私立大学が教育という崇高な事業を国公立大学とともに担うという極めて公共性・公益性の高い存在である上、同通知が国民の納得という見地から示されているものであることからすると、その趣旨は控訴人が本大学の入学試験を受験した当時においても十分に尊重されるべきものであったというべきである。また、消費者契約法の成立過程においても、前納学納金の不返還問題は議論されていたのである。

そして、前記認定事実によれば、本件不返還特約は、本大学が学則等に一方的に規定したものであり、本大学への入学手続をする者は例外なくこれに応じざるを得ないこと、不返還となる学納金の金額自体も本大学が一方的に決定しているものであって、その額の合理性が検討された形跡は見出せないこと(とりわけ、本件学納金のうち最も大きな割合を占める教育充実費について、6年間に納付する全額が950万円であるのに、その半額以上の500万円を入学手続時に納付させており、入学定員に変化がないことからして、初年度に多額の納入をさせる合理的な理由もなく、4分の3もの入学辞退者がいることを前提として、これを没収することで多額の収入<平成13年度の正規合格者の入学辞退者だけでも40名にのぼり、その金額は2億円となる。>を得ることを目的としているとみられても仕方がないといえよう。)、加えて、入学金を除く学納金の返還を認める入学辞退期限については、国立大学の後期入試の合格発表の前日に設定し、国立大学の後期試験に合格して、本大学の入学を辞退しようとする者から、学納金返還の機会を奪っていること(1日後にすることによって重大な事務手続上の支障が生じるとは考え難い。)、控訴人としては、国立大学の後期試験の合格を待って、本大学の入学手続をしなければ、本大学から入学を取り消され、国立大学の後期入試にも不合格であった場合には、受験浪人をすることを余儀なくされるという切迫状態にあり、高額な学納金を納付しても入学手続をすることの方がより「小さい害悪」であると考えて、本件学納金を納付したことなどが認められ、これらの事実に前記の社会情勢及び法的状況の変化をも併せ考慮すると、本大学は、4月1日より前に在学契約を解除する学生との関係においては、本件不返還特約につき認め得る前記合理的限度をはるかに逸脱して、むしろ、上記の受験者の心理状態に乗じて、多額の学納金を納付させ、これを返還しない扱いにすることにより、本大学の収入を増加させて財政状況の改善に資することを企図して本件不返還特約を締結したものと推認さぜるを得ないのであって、まさに控訴人の「窮迫に乗じた」ものと評価せざるを得ないものである。

そうすると、本件不返還特約は、大学側がその優越的地位を利用してその裁量により学納金の納付期限を設定し、かつ、いわば受験生の状況に乗じて(いわゆる「状況の濫用」)一方的に定めたものであると評さざるを得ない。

エ 以上の次第であるから、本件不返還特約は、4月1日より前に在学契約を解除した控訴人との関係においては、暴利行為といえ、しかも違約金ないし損害賠償の予定額は本大学の実損額を大幅に上回る異常な高額であることからすると、その全部が公序良俗に違反して無効であると解するのが相当である。

5  結論

以上によれば、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、入学金以外の学納金相当額である614万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年10月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

よって、原判決を上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 高山浩平 裁判官 神山隆一)

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