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大阪高等裁判所 平成15年(ネ)813号 判決 2004年3月24日

東京都中央区日本橋兜町7番12号

控訴人(第一審被告・控訴人さくらフレンド証券株式会社訴訟承継人)

SMBCフレンド証券株式会社

上記代表者代表取締役

●●●

上記訴訟代理人弁護士

●●●

兵庫県●●●

被控訴人(第一審原告)

●●●

上記訴訟代理人弁護士

山根良一

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決主文1項を次のとおり変更する。

控訴人は,被控訴人に対し,634万5639円及びこれに対する平成12年6月21日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

【当事者の求めた裁判】

1  控訴人

(1)  原判決中,第一審被告さくらフレンド証券株式会社敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の本件請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

【事案の概要】

1  神栄石野証券株式会社(以下「旧会社」という。)と山種証券株式会社が平成12年4月1日に合併して第一審被告さくらフレンド証券株式会社となり,同社が平成15年4月1日に明光ナショナル証券株式会社に吸収合併され,同社が同日,その商号を現在の「SMBCフレンド証券株式会社」に変更したこと,本件は,旧会社の加古川支店(以下「加古川支店」という。)の取引に関する訴訟であることは,記録上明らかである。

2  被控訴人は,加古川支店の担当者が誤って被控訴人の注文と異なる買付けを行ったが,旧会社が被控訴人から事後承諾を得たとしてその誤った買付けを被控訴人の計算に帰属させ,その結果,多額の取引差損を被ったとし,不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づき,その取引差損(634万5639円)の賠償を求めるとともに,慰藉料(300万円)及び弁護士費用(100万円)の賠償も求めた。

3  原判決は,旧会社の不法行為責任を認め,第一審被告に対し,上記取引差損の賠償を命じ,被控訴人の慰藉料及び弁護士費用の賠償請求を棄却する旨の判決をした。

4  第一審被告は原判決を不服として本件控訴を提起し,控訴人が訴訟を承継した。

被控訴人は,原判決に対する不服申立てをしていないが,当審において,請求の根拠が不法行為(使用者責任)に基づくものである旨を明らかにした。

【当事者の主張】

第1請求原因

1  平成12年3月9日(以下,平成12年の日については年号を省略する。)の取引開始前の状況

(1) 被控訴人は,昭和9年●●●月●●●日生まれで,平成12年3月当時65歳の無職男性であり,古くから加古川支店に取引口座を開設し,旧会社との間で株式の信用取引をしていた(以下,信用取引を反対売買によって差引計算し清算することを「決済」といい,未決済の信用買付けを「買建玉」,未決済の信用売付けを「売建玉」という。)。加古川支店における被控訴人の担当営業社員は城●●●(以下「城●●●」という。)であった。

(2) 被控訴人には,3月9日の取引開始前,CSK株の買建玉400株と売建玉200株があり,他にもニコン株の買建玉3000株を含む多数の建玉があった。

(3) 証券取引所の受託準則(被控訴人と旧会社の信用取引契約の内容ともなる。)39条により,被控訴人は,旧会社に対し,建玉の金額の3割の委託保証金を差し入れる義務を負い,信用取引に係る注文時に委託保証金が不足していた場合,売買成立日から起算して3日目の取引日(受渡日)の正午までに不足額を差し入れる義務を負っていた。また,旧会社は,委託保証金の総額が建玉総額の30パーセントを下回った状態では,顧客から新たな信用取引の注文を受け付けない取扱いをしていた。

(4) 3月8日の取引終了時では,被控訴人の建玉の総額は6748万5000円であり,委託保証金の総額は2236万0773円であり,委託保証金の預託率は33パーセントであった。

その委託保証金の中には,CSK株100株の株券が代用証券として差し入れられていた。

2  3月9日の状況

(1) 被控訴人は,3月9日午前8時40分ころ,城●●●に対し,電話により,

ア ニコン株買建玉3000株の決済(指し値4130円)

イ CSK株売建玉200株の決済(指し値6900円),

ウ CSK株200株の新規信用買付け(指し値6900円)を注文した。

(2) 上記アの注文は同日中に成約とならなかった。上記イの注文は指し値のとおり成約となった。

ところが,上記ウの注文について,城●●●は,株数を誤り,取引所に2000株を指し値6900円で買い付ける旨の注文を出し(以下「本件注文」という。),これが指し値通りに取引所で成約となり,旧会社は誤ってCSK株2000株を取得した(以下,2000株全部を「本件株式」といい,そのうち1800株の超過注文部分を「超過買付株式」という。)。

3  本件株式の処理

(1) 旧会社は,3月14日,被控訴人から,本件株式を現物で買い受けること,委託保証金を取り崩してその売買代金を支払うこと及び本件株式全部を委託保証金の代用証券として差し入れることにつき事後承諾があったとして,被控訴人の取引口座(現金の委託保証金)から,1389万8322円の売買代金(取引手数料を含む金額)を引き落とした。

(2) 被控訴人は,本件株式を旧会社との信用取引又は現物取引の対象とすることを事後的に承諾した事実(つまり,本件注文を被控訴人の計算で行うことを事後的に承諾した事実である。以下「追認」という。)はないから,本件注文に係る計算を被控訴人に帰属させることはおかしいと主張したが,旧会社は,被控訴人が本件注文を追認した以上,後になって任意にその追認を撤回することなどできないとの立場をとり,被控訴人の取引口座に本件株式の売買代金を返還することを拒否し続けた。

(3) 被控訴人は,4月7日,第一審被告さくらフレンド証券株式会社から本件株式のうち300株の株券の引渡しを受けてこれを出庫した(乙第34号証)。

被控訴人は,6月21日までに前記1(2)のCSK株の買建玉400株の全部を現物株で取得し,6月21日,預託してあるCSK株2200株(本件株式のうち1700株,上記400株及び前記1(4)の100株)のうち2000株を,1株単価3450円で売却し,売買代金684万7612円(取引手数料控除後の金額)を得た。

なお,被控訴人は,8月1日,残余のCSK株200株の株券の引渡しを受けてこれを出庫した(乙第35号証)。

4  控訴人の責任

(1) 本件注文は,信用取引では1380万円もの建玉となり,本件注文を信用取引として追認した場合には,414万円もの多額の委託保証金が必要となり,被控訴人にはそのような余剰資金調達の余裕はなかった。また,本件注文を現物取引として追認した場合,1380万円もの多額の売買代金が必要となるが,委託保証金を取り崩す以外に資金調達の方法はなかった。

したがって,被控訴人は,本件注文を追認することができる状況にはなかった。

(2) 城●●●は,誤って本件注文をしたことを知った直後の電話により,被控訴人に対し,本件注文を信用取引として追認してもらえるかどうかを尋ねた。被控訴人は,信用の余力(建玉総額の3割を超える委託保証金の余裕)があるのかどうかを城●●●に尋ねたところ,城●●●から「2800万円ほど余力があるので,大丈夫と思う。」との返答を得たが,結局は「そんなんいいですよ。」として,信用取引として追認する旨を述べなかった。

城●●●は,3月9日午後3時ころに電話をし,今度は,本件注文を現物取引として追認することを勧誘してきたが,被控訴人は,やはり追認をする旨は述べなかった。

(3) ところが,城●●●は,被控訴人が本件注文を追認したとして,被控訴人の取引口座(現金の委託保証金)から,本件株式の売買代金1389万8322円を引き落とし,かつ,本件株式の株券を委託保証金の代用証券として預かるとの社内処理をした。

被控訴人は,城●●●の上司や旧会社の本社にも異議を申し述べたが,旧会社は,城●●●の言い分のみに耳を傾け,被控訴人が本件注文を追認したとの対応に終始し,本件注文の計算関係を訂正しようとはせず,本件注文の計算を被控訴人に押し付ける姿勢を全く変えなかった。

そのため,被控訴人は,もはや単独での交渉では埒が明かないと諦めざるをえない状況に置かれた。しかも,CSK株は,急落を続けており,万一,本件注文の計算が被控訴人に帰属する場合に備え,その取引損の拡大を食い止める必要もあった。

(4) 以上のとおり,被控訴人は,本件株式を処分するため,本件注文を現物取引として追認せざるをえなくなり,これを追認し,前記3(3)のとおり,CSK株を処分した。

その結果,本件株式の取引差損は,前記3(1)の本件株式の取得代金1389万8322円から,前記3(3)のCSK株2000株の処分代金684万7612円の差額705万0710円となり,そのうち超過買付株式に係る取引差損は634万5639円となる。

(5) 以上のとおり,城●●●は,誤って本件注文をした上,被控訴人が明確に追認したわけではないのにこれを被控訴人に押し付け,加古川支店の支店長を含む城●●●の上司らも,城●●●に加担し,被控訴人に上記取引差損を発生させたものである。

したがって,旧会社は,民法715条により,後記損害を賠償する責任を負う。

5  被控訴人の損害

(1) 取引差損

被控訴人は,城●●●及びその上司の前記不法行為により,前記4(4)の超過買付株式に係る取引差損634万5639円を被った。

(2) 慰藉料

被控訴人は,前記不法行為により,多大の精神的苦痛を受けたが,その苦痛を慰藉するための慰藉料の額としては300万円が相当である。

(3) 弁護士費用

被控訴人は,上記損害の賠償を求めるため本訴の提起及び追行を被控訴人訴訟代理人に有償で委任することを余儀なくされたところ,前記不法行為と相当因果関係に立つ損害は100万円である。

6  まとめ

よって,被控訴人は,民法715条に基づき,控訴人に対し,前記5の損害合計1034万5639円及びそのうち934万5639円に対する損害が確定した平成12年6月21日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求権を有するが,控訴審においては,原判決認容額(634万5639円と平成12年6月21日から完済まで年5分の割合による金額)以上の支払を求める申立てはない。

第2請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2(1)  同4(1)(2)の事実は否認する。

城●●●は,3月9日の午前には「2800万円ほど余力があるので,大丈夫と思う。」などという委託保証金の余裕に関する説明をしておらず,単に「余力はあります。」と説明しただけである。すなわち,控訴人が原審裁判所に提出した答弁書や城●●●の陳述書(乙第1号証)では,城●●●が「2800万円ほど余力があるので,大丈夫と思う。」と説明した事実を認める旨の陳述をしたが,これは誤りである。

請求原因2(1)アのニコン株買建玉3000株の決済が成約となって当該建玉(取得単価4130円×3000株=1239万円)がなくなれば,本件注文を信用取引として追認しても,委託保証金を追加差入れする必要はなかったのであり,城●●●は,そのことを根拠として,「余力はあります。」と説明したものである。

そのうえで,被控訴人は,自ら,相場の状況を勘案して投機的な判断を行い,本件注文を追認したのである。

(2)  同4(3)ないし(5)は争う。

被控訴人が本件注文を追認したことは,次の事実経過に照らし,全く疑いがないのであり,一旦追認した取引につき,後日,相場環境が変化したからといって追認を撤回することは自己責任を忘れた不合理な申入れにすぎない。すなわち,旧会社が,被控訴人が追認してもいない取引を押し付けたという事実は存在しない。

ア 被控訴人は,3月9日午前10時49分,本件注文を信用取引として追認することを前提として,本件株式のうち1000株を指し値7240円で決済(売却)することを注文した。

イ 被控訴人は,3月31日付けで作成された月次報告書に相違がないとする4月7日付け回答書(乙第37号証)を旧会社に返送した。

ウ 被控訴人は,4月7日以降も,第一審被告さくらフレンド証券株式会社との取引を継続していた(乙第27号証末尾)。

エ さらに,被控訴人は,6月30日付けで作成された月次報告書に対する回答書(乙第39号証),7月31日付けで作成された月次報告書に対する回答書(乙第40号証)でも何ら異議を申し述べていない。

オ 被控訴人は,請求原因3(3)のとおり,自ら本件株式を任意に処分した。

3  同5及び同6は争う。

理由

第1  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本件注文及びその後の経緯について

1  上記争いのない事実に,甲第6ないし第9号証,第10号証の1,2,乙第5号証,第7ないし第10号証,第24号証,第26ないし第28号証,第36号証,第37号証,第41ないし第43号証,当審における証人城●●●の証言(ただし一部)及び被控訴人本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

(1)  3月8日の取引終了時では,被控訴人の建玉総額は6748万5000円,委託保証金の総額は2236万0773円,委託保証金の預託率は33パーセントであり,委託保証金の余力(新規建玉の担保となり得る額)は211万円余りであった。

すなわち,被控訴人は,3月9日の取引開始時には,約700万円の信用取引の新規注文が可能な状態であったが,それ以上の額の取引には,委託保証金の追加が必要な状態であった。被控訴人は,その当時,新たな委託保証金を差し入れる資金の余裕がなく,委託保証金の余力をもう少し多くするため,建玉の決済が必要であると認識していた。

(2)  城●●●は,3月9日午前10時40分ころ,本件注文が成約となった直後,誤買付けの事実に気付き,直ちに,その当時加古川支店の支店長であった●●●(以下「●●●支店長」という。)にその旨を報告した。●●●支店長は,被控訴人と相談してから本件株式の処理の仕方を決めることにしようと提案し,城●●●に対し,被控訴人の意向を尋ねるよう指図し,城●●●は,その直後,電話により,誤発注の事実を被控訴人に告げた上,これを追認するかどうかを尋ねた。

(3)  本件株式の売買価格は1380万円であり,その3割の414万円の委託保証金がなければ本件注文を追認することができない。そして,被控訴人は,長年自己の判断で信用取引をしていたものであり,3月9日時点で委託保証金の余力がどの程度あるかを知っており,委託保証金を追加しなければ本件注文を追認することができないことは分かっていた。

そこで,被控訴人は,その電話において,最初は「そんなんいいですわ。」と追認を断っていたが,一応,「CSK株の株価はいくらになっていますか。」と尋ねたところ,城●●●は「6850円前後を行き来しています。」と答えた。また,被控訴人が「信用取引の余力はありますか。」と尋ねたところ,城●●●は「余力があります。」と答えた。

(4)  城●●●は,無条件で余力があると考えたのではなく,3月9日朝に被控訴人から指し値(4130円)で決済の指図があったニコン株買建玉3000株の決済ができればという条件付きで,本件注文を追認する余力があると判断したものである。

ところが,城●●●は,そのような条件には一切言及せず,ただ単に委託保証金の余力があると答えたのである。

(5)  この城●●●の答えは,被控訴人にとって予想外であった。被控訴人は,城●●●の答えを聞いて「旧会社は,顧客側が信用取引の新規注文を出す場合,委託保証金の差入れをうるさく求め,その預託率が30パーセントを割ることを警戒するくせに,自分達が誤って買い付けた株で商売する場合,委託保証金をうるさく言わないのは,極めて矛盾した身勝手な態度である。」と憤慨した(ただし,城●●●にはそのようには言っていない。)。

(6)  そこで,被控訴人は,「本当に余力があるというのなら,指し値7240円でCSK株1000株の新規の売建玉(空売り)だって建てられるだろう。そうしておいたらいい。」という趣旨のことを城●●●に言いつけた。

(7)  ところが,城●●●は,上記の(6)の被控訴人の言葉を取り違え,被控訴人が本件株式のうち1000株の決済を指図した,すなわち,被控訴人が本件注文を追認し,超過買付株式についても自己の買建玉とした上で,そのうち1000株を指し値で決済するよう指図したものと誤解し,分かりましたなどと述べて被控訴人との電話の遣り取りを終えた。

そして,その誤解に基づいて本件株式のうち1000株の売却手続を進めたが,そのような指し値でCSK株が売却できる相場状況ではなく,その決済ができなかった。

また,3月9日午後3時には,同日の取引所の取引が終了し,ニコン株3000株の売却(決済)が不成約となり,本件注文を追認するには,委託保証金が足りず,被控訴人に200万円余りの委託保証金の追加差入れを求めなければならない事態となった。そこで,城●●●は,CSK株の値下がり局面では,本件株式を現物取引で取得した方が被控訴人に有利であろうと考え,「本件注文の追認」を「本件株式の現物買い注文」に変更することを勧誘するため,同日午後3時過ぎ,被控訴人に対し,その旨の電話をした。

被控訴人は,本件注文を追認した覚えなどなかったため,城●●●の勧誘に驚き,本件注文は自分の取引ではないこと,本件株式の現物取得を勧めるのなら城●●●自身で買えばよい,などと強く抗議をした。

しかし,城●●●は,被控訴人が一旦本件注文を追認し,本件株式を購入した以上,後にこれを自由に取り消すことなどできないはずであると考え,被控訴人が,本件株式を現物取引で購入することを注文した旨の社内伝票を作成し,その取扱いを社内的に確定させた。

(8)  なお,CSK株の3月9日の終値は6700円であった。また,終値の推移をみると,3月10日が6300円,3月13日が5300円,3月14日が4600円,3月15日が5100円と急落した後,3月16日が6100円,3月17日が6600円となって値を戻したが,3月21日に6370円となった後は,2度と6000円台に戻ることはなく,3月22日以後は5000円台,3月31日以後は4000円台となった(乙第36号証)。

(9)  被控訴人は,週が変わった3月13日(月曜日)朝,信用取引の新規注文を出そうとしたが,委託保証金が足りないという理由で,信用取引の受諾を拒否された。これは,本件株式の現物取引に係る売買代金の差入れが未了であり,委託保証金がその差入れの担保とされたからである。被控訴人は,本件注文を追認したことも本件株式の現物取得を了解したこともないとして,計算を元に戻すよう城●●●に強く抗議した。

(10)  旧会社は,城●●●が確定させた社内処理のとおり,3月14日,被控訴人の取引口座(現金の委託保証金)から,本件株式の現物取引に係る売買代金1389万8322円(取引手数料を含む金額―乙第26号証11枚目)を引き落とし,本件株式全部を委託保証金の代用証券として預かった。

(11)  被控訴人が,その後も執拗に抗議を繰り返すので,城●●●は,3月16日,被控訴人宅を訪問し,「自分の不注意で迷惑をかけたが,一度購入した株式について任意に注文を取り消すことはできません。」との趣旨の説明をした。

被控訴人は,新規に多額の委託保証金を用意する資力がなく,このままでは,委託保証金不足によって信用取引ができなくなるため,城●●●の説明では到底納得せず,さらに加古川支店に抗議を繰りかえした。そのため,●●●支店長,加古川支店の営業課長及び城●●●の3名は,3月24日夜,被控訴人宅を訪問した。その席上,●●●支店長は,「城●●●からは,被控訴人が本件株式の購入を了承したとの報告を受けている。一旦了承した以上,後日,任意にその取引を取り消して欲しいと言われても応じられない。」という説明を繰りかえしただけだった。

被控訴人は,もはや,加古川支店の人間に文句を言っても仕方がないと考え,3月27日,加古川支店を通じて旧会社本社監査部と連絡をとり,監査部に直接抗議をすることにした。加古川支店から連絡を受けた本社監査部の五●●●は,3月28日,被控訴人及び●●●支店長の双方から事情を聴取し(被控訴人との連絡は電話),「被控訴人が本件注文を追認しない旨を明確にしなかったから,城●●●が追認があったと誤解したのではないか。トラブルとなった時すぐに監査部に連絡をもらえれば対処方法もあったが,3週間が経過した今となってはどうすることもできない。」との説明をした。

(12)  ここに至り,被控訴人は,もはや,抗議を続けて旧会社に誤りを認めさせようとしても無理であり,このままでは本件株式を適宜の時期に売却して損失を最小限に食い止めることもできないため,やむなく,旧会社から本件株式を現物取引で買い受けたことにし,自己の判断で本件株式を含む取引全部の手仕舞いができるようにし,超過買付株式に関する損害も確定させるしかないと考えるに至った。

そのため,被控訴人は,4月7日以降,請求原因3(3)のとおり,本件株式を含むCSK株に関する取引を手仕舞いし,超過買付株式を自己の計算で取引した結果,634万5639円の取引差損を被った。

(13)  被控訴人は,4月初旬,旧会社から3月末時点の月次報告書(甲第9号証)を受け取り,4月7日,月次報告書の記載に誤りがなく,本件株式を委託保証金代用有価証券として差し入れることに同意する旨の回答書(乙第37号証)を作成し,これを旧会社に送り返した。ただし,被控訴人は,その際,「3/9file_2.jpgCSK2000株除く 200株買建注文していたので承諾済 1800株は担当者のミスで超過注文したもの 全損失額を返還後,解決するまで計2000株を一時代用保証金とし,印を押す.4月7日●●●」と記載した書簡(甲第8号証の4枚目及び検証の結果)を同封しており,上記(10)の旧会社の取扱いによって生じた損害の賠償を求める意向を明らかにしていた。

2  以上の事実が認められるところ,証人城●●●は,原審及び当審の証人尋問において,3月9日午前10時40分ころの電話において,被控訴人は,CSK株を6900円で2000株買ったことにしておいてくださいなどと言って本件注文を明確に追認し,さらに同日午後3時ころの電話で,本件株式を現物取引で取得することを承諾した旨証言し,原審提出の陳述書(乙第1号証)においても同旨の内容を述べている。

しかしながら,次項以下に述べるとおり,被控訴人がそう易々と本件注文を追認したとは考えられない。したがって,城●●●が被控訴人の意向を故意に無視して前記1(7)の事務処理を進めたと解すべき根拠が見当たらない本件においては,城●●●のその事務処理は,被控訴人との電話でのやりとりを誤解してされたものと認めるほかないといわなければならない。

3  まず,本件注文を追認した場合,被控訴人は,委託保証金の余力をなくしてしまうばかりか,200万円以上の委託保証金の追加差入れが必要となるが,被控訴人にはそのような資金的余裕がなかったのであって,極めて短期間で確実に相当の値上がりが見込まれるという状況でもない限り,被控訴人が1380万円ものCSK株の買建玉を即座に了解するとは考えられない。

次に,前記1(3)のとおり,被控訴人は,城●●●から,CSK株が既に本件注文の成約価格6900円から50円値下がりし,本件注文には差損が生じていたことを聞かされたのだから,もし,被控訴人が,本件注文を追認するだけの委託保証金の余裕があると誤解し,短時間で売り決済を行う腹づもりでCSK株2000株の買建玉を欲したならば,6900円という価格の本件注文を追認し,むざむざ10万円の差損を引き受けることなどあり得ず,6850円又はそれ以下の指し値で買建玉を注文する(その上で,模様眺めをしながら値上がり局面でこれを決済する)としか考えられない。取引には常に手数料が必要であって,10万円の差損は,本件株式の取引手数料に匹敵する金額であり,顧客からみて無視できるような少ない額ではない。

さらに,本件注文を追認して得をするか損をするかは,相場の状況を慎重に検討しないと予想がつきにくいし,その上でないと追認の可否など決断できないはずであり,1800株もの超過買付けをしたなどと驚くような事柄を告げられ,しかも,CSK株が値下がりしているなどと伝えられ,それでも,極めて短時間の電話のやりとりだけで被控訴人が本件注文の追認を即決即断するというのは非常に不可解である。

したがって,3月9日午前10時40分ころの電話において本件注文を追認したとの城●●●の前記証言は,その当時における状況に鑑み,到底採用できない。

4  被控訴人が本件注文を追認したと認められない以上,被控訴人が3月9日午後3時の電話で本件株式を現物取引によって買い受けることを承諾したとも考えられない。

また,この時点では,ニコン株の買建玉の決済ができないことが明らかになっており,もし,本件株式を現物取引によって買い受け,委託保証金でその売買代金を支払ってしまうと,大幅に委託保証金が目減りし,多額の委託保証金を追加しないと,もはや新規の信用取引が一切できなくなってしまうことが明らかであり,被控訴人がそのような選択を敢えて行うとは考えられない。

5  なお,前記1(13)の事実に照らせば,3月分以降の月次報告書に対する回答書に特段の異議が記載されていないとしても,被控訴人が,本件注文を追認したり,本件株式を現物取引で買い受けることを承諾したということにならないことは当然のことである。

第3  控訴人の責任について

1  本件株式は,城●●●の単純ミスによる誤買付け株式であり,旧会社は,本来,超過買付株式によって手数料収入を得ることはできないし,被控訴人の意向を聞くまでもなくこれを処分して何ら差支えがないのである。そして,旧会社がその処分をせず,本件注文の追認を得るという行為は,旧会社が偶然に取得した超過買付株式の購入を被控訴人に勧誘する行為にほかならない。

また,本件注文は,被控訴人の事前の熟慮を経てされたものではない上,当初注文額の10倍もの桁違いに大きな注文であるから,被控訴人としては,突然,その追認を勧誘されたとしても,通常は困惑するだけである。

しかも,本件注文の追認を得た場合,旧会社は手数料収入を得るだけで損をすることはないが,被控訴人は,相場の状況いかんでは大きな損失を被る危険がある。

このような事情を考慮すれば,旧会社が本件注文の追認を勧誘する場合には,被控訴人に対し,まず正確な情報を伝えるとともに,相場や資金の状況を熟慮するため一定の時間の猶予を与えることが,信義則上強く要求されるといって差支えがない(●●●支店長が,被控訴人と相談して本件株式の処理を決めるよう指図したのも,顧客に即決即断を求める趣旨であったとは到底解されない。)。

2  ところが,城●●●は,最初に本件注文の追認を勧誘した際(3月9日午前10時40分ころ),ニコン株3000株の売注文が成約とならなければ委託保証金に余裕など生じないのに,無条件に「余力があります」などという不正確な情報を提供し(これによって被控訴人は,前記1(6)のような,やや紛らわしい言葉を発したのである。),かつ,適切な判断を行うための時間的猶予を被控訴人に与えようとはせず,最初の簡単な電話のやりとりだけで被控訴人の確定的な追認があったと即断した。

もし,城●●●が,午後3時の時点で,当初の情報提供を訂正し,午前の電話の「余力があります」というのが無条件でそうだというわけではなく,現時点では委託保証金の余力はないことになった旨の正確な情報を提供し,再度,正確な情報の下で被控訴人に追認の可否を判断する機会を与えていたならば,被控訴人が午前の電話で城●●●に述べた言葉の意味がどのようなものであるかを理解し,自らの誤解を解くことができたはずであり,したがって,受渡日までの間に社内処理を是正し,被控訴人に取引差損が生じないようすることが可能であったといわなければならない。

3  したがって,城●●●は,本件注文の追認を求める際に極めて不適切な勧誘を行い,その際,被控訴人が本件注文を確定的に追認したなどと誤解し,その誤解に基づき,本件株式に係る取引を自由に取り消すことなどできないと考え,被控訴人が,本件株式を現物取引で購入したとの取扱いを社内的に確定させ,かつ,確定的な追認があった旨を上司である●●●支店長にも伝えていたものである。その結果,●●●支店長を含む旧会社の上司も,城●●●の言葉を疑うことなく,受渡日(3月14日)までに適切な措置をとることができず,前記認定のとおり,被控訴人に本件株式の現物取得を余儀なくさせ,634万5639円の取引差損を被らせたものである。

城●●●の上記誤解及び誤解に基づく事務処理は,取引通念上当然に必要な顧客に対する配慮を欠いた結果生じた違法な行為であって,過失による不法行為を構成するものといわざるをえない。

したがって,旧会社は,民法715条に基づき,城●●●の過失行為によって被控訴人に生じた取引差損相当の損害を賠償する責任を負うものであり,控訴人は,合併により,その損害賠償債務を承継したものである。

4  なお,前記1(6)のような被控訴人のやや紛らわしい言葉は城●●●の不正確な情報提供に由来すること,城●●●は誤買付けの結果を顧客に追認させる際の配慮を全く欠いていることに鑑みれば,城●●●の誤解について被控訴人の落ち度を問うべき事案とは考えられず,本件では,民法722条2項に基づく過失相殺をすべきではない。

第4  結論

以上の次第で,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴人の訴訟承継により原判決主文1項を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下方元子 裁判官 橋詰均 裁判官 髙橋善久)

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