大阪高等裁判所 平成15年(ネ)878号 判決 2003年9月30日
控訴人
A野一郎
他2名
上記三名訴訟代理人弁護士
藤井勲
同
渋谷元宏
被控訴人
国
上記代表者法務大臣
野沢太三
上記指定代理人
安西二郎
他5名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人A野一郎に対し、二六九万四五五九円及び内六五万八八八三円に対する平成一二年一二月一日から、内一七二万三六六五円に対する平成一四年二月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は、控訴人A田一江及び同A野二江に対し、それぞれ二二〇万五六七六円及び内一七万円に対する平成一二年一二月一日から、内一七二万三六六五円に対する平成一四年二月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一・二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人らの負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人A野一郎(以下「一郎」という。)に対し、三三二万八一三六円及びこれに対する平成一四年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人は、控訴人A田一江(以下「一江」という。)及び同A野二江(以下「二江」という。)に対し、それぞれ二九〇万三九九九円及びこれに対する平成一四年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、交通事故により死亡した被害者の相続人である控訴人らが、加害者に対する損害賠償請求訴訟によって損害を認容されたものの、加害者が無保険であったため、国に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)七二条に基づき、損害のてん補を請求したところ、判決で国が認容された損害額の一部しかてん補されなかったとして、判決による認容額とてん補額との差額とこれに対する弁済期後の遅延損害金を請求した事案である。
二 争いのない事実等(証拠を記載した以外は争いがない。)
(1) 交通事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成一一年八月二九日午前三時三五分ころ
イ 場所 兵庫県加古郡播磨町古田六九二番地の四先交差点
ウ 被害者 亡A野太郎(以下「太郎」という。)
エ 態様 太郎が交差点を自転車で横断中、B山松夫(以下「B山」という。)運転の自動車が衝突した。
(2) 太郎は、本件交通事故により即死し、その実子である控訴人らがその権利義務を承継した(《証拠省略》)。
(3) 控訴人らは、B山を相手方として、神戸地方裁判所姫路支部に損害賠償請求の訴えを提起し(同裁判所平成一二年(ワ)第二〇八号)、同裁判所は、太郎及び相続人らの損害額合計三二三一万三八八三円(内訳は下記のとおり)を認定し、これに過失相殺(五割)を施し、弁護士費用を加え、控訴人らの請求を一部認容し、B山に対して、控訴人一郎に損害金六四七万三六四七円、控訴人一江及び同二江に対し、損害金各五六四万八六四七円並びに各損害金に対する平成一一年八月二九日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を命じる判決をし、同判決は確定した(以下「別訴確定判決」という。)。
記
ア 逸失利益 九八一万三八八三円
イ 慰謝料 二一〇〇万円
ウ 小計 三〇八一万三八八三円
エ 過失相殺 △一五四〇万六九四一円
オ 相続(一/三) 各五一三万五六四七円
カ 控訴人一郎の葬儀費用(過失相殺後) 七五万円
キ 弁護士費用
控訴人一郎につき 五八万八〇〇〇円
控訴人一江及び同二江につき 各五一万三〇〇〇円
ク 合計
控訴人一郎につき 六四七万三六四七円
控訴人一江及び同二江につき 各五六四万八六四七円
(認容総額一七七七万〇九四一円)
(4) 控訴人らは、B山が強制保険及び任意保険に加入していなかったため、政府に対し保障事業による損害のてん補請求をしたところ、被控訴人は、平成一四年二月一日、政府保障金として合計一〇七九万四〇九七円を控訴人らに支払った。
三 争点と当事者の主張
(1) 自賠法七二条一項の保障請求権の性質について
ア 控訴人らの主張
保障事業の財源は、そのほとんどが自動車保有者の支払う賦課金によって賄われており、保障事業制度が、一種の危険責任思想を背景として、自動車保有者集団に属する人々の不心得な行動によって人身損害を被った被害者の救済を保有者集団全体の責任において実現することをも目的としている以上、保障事業制度は、自賠責保険制度の延長線上にあるものと位置づけられ、これに基づく保障請求権も私法上の請求権と解される。
イ 被控訴人の主張
自賠法は、自動車保有者の損害賠償責任を定め、保有者に対し原則として自賠責保険に加入することを義務付けるとともに、政府をして、自動車損害賠償保障事業を行わせることとした。これは交通事故による被害者をおしなべて救済するという社会的要請に基づき自賠責保険を中核とする制度を設けることとしたが、そのような保険の制度によっては、自動車の保有者が明らかでないため保有者に対し責任の追及をすることができないとき、あるいは自動車の保有者が明らかであっても、保有者が自賠責保険に加入していないか、又は加入していても事故につき被保険者とならないときのように、保険の制度になじまない特殊の場合には被害者を救済することができないこととなるようでは、等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険による救済を全く受けることができない者が生じるのは適当でないので、社会保障政策上の見地から、特に、とりあえず、政府において被害者に対し損害賠償義務者に代わり損害のてん補をすることによって、上記のような特殊の場合の被害者を救済しようとしたものである。
したがって、政府の保障事業による救済は、他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与ける趣旨のものと解されている(最高裁判所昭和五四年一二月四日第三小法廷判決・民集三三巻七号七二三頁)。このことは、政府が、保障金を支払ったときは、被害者の本来の賠償義務者に対する損害賠償請求権を代位取得すること、被害者が他の法令に基づいて損害のてん補を受けたときは、その金額の限度において、自賠法七二条一項後段のてん補をしないこと、事業の事務執行費用を国庫において負担し、自賠責保険のそれとは異なっていることなどからも、法文上裏付けられている。
すなわち、政府保障事業による保障金請求権は、損害賠償請求権ではなく、損害賠償請求権の存在を前提とする保障請求権であって、本来、帰責原因のない政府に立替払を求める権利であり、社会保障政策上の見地から自賠法により初めて認められた権利であって、公的請求権である。
(2) てん補額の基準について
ア 控訴人らの主張
自賠法七二条一項は、「政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。」と規定しているのであり、別訴確定判決の認容額ないしは本件訴訟において控訴人らの立証に基づき裁判所が認定される金額がてん補額となるものである。
なるほど、てん補額には、上限額の設定はあるが、上限額の設定があることから、てん補額の決定について、政府が司法機関による判断を超越した裁量権を有している根拠にならないのはいうまでもなく、てん補額の決定の法的性質が行政処分ではなく、てん補額に関する政府の決定に対して不服のある者は、抗告訴訟ではなく、本件訴訟のように国に対する直接の給付訴訟を提起することで権利の実現を図るとされていることからも、政府のてん補額の決定に対して、司法判断による是正が許容されることは明らかである。
イ 被控訴人の主張
社会保障政策の一環としての保障事業における保証金を、どのような算定方法により決定するかについては、社会・経済的諸条件、国の財政事情、その他多方面にわたる複雑多様なしかも高度の専門技術的考察及びこれに基づく政策的判断が必要とされるものである。
自賠法七一条は、政府は自賠法の規定により保障事業を行う旨規定しているが、同法は、損害のてん補の限度額(同法七二条一項、同法施行令二〇条)及び他の法令による給付・賠償責任者からの支払額との調整(同法七三条、同法施行令二一条)に関して規定するのみで、算定方法に関する明文を置いていない。しかし、保障金の算定方法に関する明文規定をおかず、その限度額に関して規定しているからといって、限度額までであれば無限定に保障金を支払うべきものでないことも明らかである。そして自賠法七二条一項が「被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する」と規定していることからすれば、同条項の規定する「損害」を合理的に算定した金額が具体的なてん補額、保障額であると考えられる。
ところで、自賠法による保障事業は、自賠責保険による救済を受けられない交通事故被害者を社会保障的見地から救済しようとするものであり、被害者本人や遺族に対して、迅速に公平で均一な「損害」のてん補を図ることが要請されている。そのため、「損害」額の算定については、裁判等による認定手続を経ずに、ある程度定型化、類型化した算定基準を定め、これを統一的に運用することによって前記要請に応えることにも合理性があるものと考えられる。
国土交通省(旧運輸省)は、このような観点から、昭和三九年に運輸省自動車局通達「自動車損害賠償責任保険(共済)支払基準及び政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準」(平成一一年一二月二二日改正)(以下「本件基準」という。)を定めて、損害の公正かつ適正な査定の確保に努めており、この基準は、その後変動する社会的経済的諸情勢に適応するよう数々の改定を重ね現在の本件基準(平成一一年自保第二五七号)となっている。
(3) 遅延損害金について
ア 控訴人らの主張
(ア) 不法行為時から発生する加害者に対する不法行為に基づく遅延損害金について
これも控訴人らの損害であるから、当然てん補される損害にあたる。
(イ) 保障金請求権に対する遅延損害金について
保障金請求権は、上記のとおり、私法上の請求権であるから、当然遅延損害金の発生も肯定されるべきである。
仮に、保障金請求権が公的請求権であるとしても、その法的性質のみで遅延損害金が発生しないと解するのは妥当ではなく、むしろ国を当事者とする金銭債権について、会計法が三〇条ないし三二条の規定において時効について民法の特則を定めながら、他の事項について触れていないことからすれば、民法の規定どおり、少なくとも、本件において、政府が請求を受けた時(平成一二年一一月三〇日)に履行遅滞に陥ると解され(民法四一二条三項)、この時点から遅延損害金の発生も肯定すべきである。
イ 被控訴人の主張
(ア) 不法行為時から発生する加害者に対する不法行為に基づく遅延損害金について
上記のとおり、政府保障事業に対する被害者の請求権は、自動車事故の被害者の救済を目的として、自賠法七二条によって創設された公法上の権利であり、不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なり、被害者の請求を受けて政府がする支払は、被害者が交通事故によって蒙った損害を、同条に基づいててん補するにすぎず、加害者が被害者に対して負う損害賠償債務に対する弁済としてされるものではないから、損害のてん補額につき、弁済充当がされる余地は存在せず、結局、てん補される損害額に遅延損害金は含まれないものと解される。
(イ) 保障金請求権に対する遅延損害金について
自賠法七二条一項の保障金請求権は、上記のとおり、同条項によって創設された公的請求権というべきであるから、この性質にかんがみれば、遅延損害金に関する規定がないのは、もともと遅延損害金を付すことが予定されていないからというべきである。
(4) 本件のてん補額について
ア 控訴人らの主張
控訴人らが本件訴訟において、主張する損害額、すなわちてん補請求額は、次のとおりである。
(ア) 治療費 三万七六〇〇円
(イ) 逸失利益 一三〇七万一一〇一円
太郎が死亡した七五歳から八〇歳までの間は、平成一〇年賃金センサス男子労働者の年齢別平均賃金(六五歳以上)である年収三七七万八〇〇〇円を基礎収入とし、八一歳から八五歳までは年金額一六〇万〇三〇〇円を基礎収入とする(生活費控除はいずれも四〇パーセント)。
3,778,000×0.6×4.3294≒9,813,883
1,600,300×0.6×(7.7217-4.3294)≒3,257,218
9,813,883+3,257,218=13,071,101
(ウ) 慰謝料 二一〇〇万円
(エ) 葬儀費用(控訴人一郎支払) 一五〇万円
(オ) 小計 三五六〇万八七〇一円
(カ) 過失相殺(五割) △一七八〇万四三五〇円
(キ) 弁護士費用 一六一万四〇〇〇円
(ク) 合計 一九四一万八三五一円
(ケ) 配分
① 控訴人一郎 七〇二万二七八三円
② 控訴人一江 六一九万七七八四円
③ 控訴人二江 六一九万七七八四円
(コ) 遅延損害金(平成一一年八月二九日から平成一四年二月一日まで、二年一五七日間分)
① 控訴人一郎 八五万三二六八円
② 控訴人一江 七五万三〇三〇円
③ 控訴人二江 七五万三〇三〇円
④ 合計 二三五万九三二八円
(サ) 政府保障の既払分の充当
既払分一〇七九万四〇九七円をまず上記遅延損害金に充当し、残八四三万四七六九円を控訴人らの債権の割合で次のとおり充当する。
① 控訴人一郎 三〇五万〇四九三円
② 控訴人一江 二六九万二一三八円
③ 控訴人二江 二六九万二一三八円
(シ) 控訴人らの残損害額
① 控訴人一郎 三九七万二二九〇円
② 控訴人一江 三五〇万五六四六円
③ 控訴人二江 三五〇万五六四六円
(ス) 控訴人らの請求額
控訴人らは、上記金員のうち、次の金員及びこれに対する平成一四年二月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
① 控訴人一郎 三三二万八一三六円
② 控訴人一江 二九〇万三九九九円
③ 控訴人二江 二九〇万三九九九円
イ 被控訴人の主張
本件基準によって、本件事故についてのてん補額を算定すると、下記のとおり合計一〇七九万四〇九七円となり、これは自賠法七二条一項の保障金として十分な金額である。
記
(ア) 治療費 三万四〇〇〇円
(イ) 文書料 三六〇〇円
(ウ) 葬儀費用 九四万七七六七円
(エ) 逸失利益 一〇二〇万二八二八円
(オ) 慰謝料 一〇五〇万円
(小計)二一六八万八一九五円
(カ) 過失相殺(五割) 一〇八四万四〇九七円
(キ) 国保給付額 △五万円
(合計)一〇七九万四〇九七円
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(自賠法七二条一項の保障請求権の性質)について
自賠法七二条一項の保障金請求権は、その前提となる損害賠償債権と異なり、本来、損害につき帰責事由を有しない政府に損害てん補責任を認めたもので、通常の私法上の債権とは発生の基礎を異にしており、また、同法七四条が保障金請求権を差押禁止債権とし、同法八〇条では保障事業賦課金及び過怠金について滞納処分を認めていることからすると、公法上の請求権と解するのが相当である。
二 争点(2)(てん補額の基準)について
政府は、被害者から自賠法七二条三項所定の手続をもって保障金の支払請求がされれば、事故発生の有無など必要な事項について調査した上で、本件基準に基づいて具体的な支払金額について決定し、これを保障金として被害者に支払うこととなる。
ところで、政府の行うこの支払金額の決定処分は、行政事件訴訟法三条所定の行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為には該当せず、被害者の損害額を客観的に査定する行政庁の内部手続にすぎず、その実質は、責任保険における損害査定と何ら異なるところはないものと解するのが相当である。
そして、自賠法七二条自体も「政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する」と規定しているにすぎないことからすると、この「損害」とは、まさに被害者が加害者の行為により被った損害自体を指すものと解するのが相当であって、それとは別個の「自賠法七二条によりてん補されるべき損害」という概念を容れる余地はない。
この点について、被控訴人は、社会保障政策の一環としての保障事業における保証金を、どのような算定方法により決定するかについては、社会・経済的諸条件、国の財政事情、その他多方面にわたる複雑多様なしかも高度の専門技術的考察及びこれに基づく政策的判断が必要とされるものであるとして、自賠法七二条の規定する「損害」を合理的に算定した金額が具体的なてん補額、保障額であると主張する。
しかし、国の財政事情については、政令で限度額を規定することにより十分考慮されているというべきであって、他に自賠法七二条の「損害」を被害者が実際に被った損害額と異なる概念であると解するべき相当な根拠はないというべきであるし、そもそも文言解釈からしても、そのような解釈は困難であるといわなければならない(被控訴人が引用する最高裁判所昭和五四年一二月四日判決も被控訴人が主張する趣旨まで判示したものではない。)。
そうすると、政府が被害者から直接保障請求を受けた場合に、迅速に公平で均一な「損害」のてん補を行うために、一次的に本件基準のような基準を設けて損害を算定すること自体は、特段違法、不当とする根拠はないとしても、被害者がその算定に不服のある場合は、当然のことながら、直接に国に対して給付の訴えを提起し、その訴訟において、自らの損害額を主張・立証し、それに基づいて受訴裁判所が適正な損害額を認定することになるのであって、その際、被害者や受訴裁判所が行政処分でもない、単なる行政庁の内部手続の基準である、本件基準に拘束されるいわれは全くないものといわなければならない。
したがって、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
三 争点(3)(遅延損害金)について
(1) 不法行為時から発生する加害者に対する不法行為に基づく遅延損害金について
控訴人らは、これも損害額であるから、当然てん補されるべきであると主張している。
しかし、この遅延損害金は、不法行為時に発生した損害金を加害者が支払わないため、損害金に対して民法所定年五分の割合により発生するものであって、厳密な意味では自賠法三条の規定による「損害」それ自体ではない。
さらに、上記のとおり、政府保障事業に対する被害者の請求権は、自動車事故の被害者の救済を目的として、自賠法七二条によって創設された公法上の権利であるから、当然には、遅延損害金のように、加害者の作為・不作為によりその発生及びその額が左右されるような性質のものをてん補するべきものとは解されず、他に遅延損害金までてん補すべき根拠は見当たらない(かえって、遅延損害金も含むとすると、被害者が自賠法七二条による請求手続を遅らせることにより、てん補額が増額するという不合理が生じる。)。
(2) 保障金請求権に対する遅延損害金について
被控訴人は、自賠法七二条一項の保障金請求権は、上記のとおり、同条項によって創設された公的請求権というべきであるから、この性質にかんがみれば、遅延損害金に関する規定がないのは、もともと遅延損害金を付することが予定されていないからというべきであると主張している。
しかし、国に対する保障金請求権は公法上の金銭債権ではあるが、ただそれだけの理由で直ちに同債権には民法の支払期日及び遅延損害金に関する規定が適用されないと解するのは相当ではない。
むしろ、国を当事者とする金銭債権について、会計法が、三〇条ないし三二条の規定において、時効について民法の特則を定めながら、他の事項について触れるところがないのは、公法上の金銭債権であっても、時効以外の点については、その金銭債権の性質がこれを許さないと解される場合でない限り、原則として民法の規定を準用する法意に出たものと解するのが相当である。
そして、自賠法七二条の定める国のてん補金支払義務について、自賠法及び関係法令中に民法四一九条の規定の趣旨を排除するものと解される規定は存在しないから、自賠法七二条に基づく国のてん補金支払義務は、私法上の金銭債権に準じ、その支払期日について別段の規定が存在しない以上期限の定めのない債務として成立し、民法四一二条三項により請求を受けたときから遅滞に陥り、同法四一九条により遅延損害金が発生するものと解するのが相当である(保険会社に対する被害者の直接請求権(自賠法一六条一項)も同様に解されており(最高裁判所昭和六一年一〇月九日判決・判例時報一二三六号六五頁参照)、自賠法七二条に基づく保障請求権はこれに準じるものと解するべきである。)。実質的に見ても、国が不当に手続を遅滞しても、一切その遅滞の責任を負わないとするのは、たとえ公法上の債権ではあれ、法律に請求権として明記されている権利の実効性を失わせるものというべきであり、相当ではない。
四 争点(4)(本件のてん補額)について
(1) 上記で説示した趣旨からすれば、具体的なてん補額の算定方法(過失相殺を含む。)は、被害者の加害者に対する損害賠償請求における損害額の算定と変わるところはないものというべきである。なお、控訴人らは、控訴人らと加害者との間の別訴確定判決の認定損害額が本件のてん補額であるかのような主張もしているが、被控訴人が当事者の異なる別訴確定判決に拘束されるいわれはなく、控訴人らの同主張は採用できない。
(2) 具体的な損害について、各費目毎に認定する。
ア 太郎の損害額
(ア) 治療費
《証拠省略》によれば、太郎は、本件事故により心臓破裂等により即死したものであるが、死亡が確認されるまでの治療費として、三万四〇〇〇円を要したことが認められる。
(イ) 文書料(被控訴人自認分)
被控訴人は、本件事故による文書料として三六〇〇円を自認しており、同金額を超える文書料の主張・立証はない。
(ウ) 逸失利益
《証拠省略》によれば、太郎(大正一二年一〇月二〇日生、本件事故当時満七五歳)は、本件事故により、心臓破裂等の傷害を負い、即死したこと、太郎は、本件事故当時、年間一五九万〇九九六円の年金を受給していたほか、随時村の仕事などをして収入を得ており、満八〇歳まで就労可能であったこと、満八一歳の年間の年金額は一六〇万〇三〇〇円であることが認められる。
そうすると、逸失利益算定の基礎収入としては、太郎は、本件事故時から満八〇歳までの間は、平成一〇年度賃金センサス男子労働者の年齢別(六五歳以上)の平均賃金である年収三七七万八〇〇〇円を得ることができた蓋然性があるから同額を、それ以降平均余命満八五歳(平成一一年簡易生命表によれば、満七五歳男性の平均余命が一〇・二八であることは当裁判所に顕著である。)までは年間の年金収入一六〇万〇三〇〇円と認め、太郎の年齢や収入額に照らすと、生活費控除の割合は五割と認めるのが相当である。
これにより、ライプニッツ方式により太郎の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり合計一〇八九万二五八四円となる。
3,778,000×(1-0.5)×4.3294≒8,178,236(円未満切捨て)
1,600,300×(1-0.5)×(7.7217-4.3294)≒2,714,348(円未満切捨て)
8,178,236+2,714,348=10,892,584
(エ) 慰謝料
太郎の年齢、生活状況その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、太郎の慰謝料(遺族固有の慰謝料を含む。)としては、二一〇〇万円をもって相当と認める。
(オ) 小計
以上(ア)ないし(エ)の合計額は、三一九三万〇一八四円
イ 控訴人一郎の葬儀費用
《証拠省略》によれば、控訴人一郎は、太郎の葬儀費用として、九四万七七六七円を支出したこと、国民健康保険から給付額五万円を受給したことが認められる。
そうすると、控訴人一郎の葬儀費用としては、八九万七七六七円と認めるのが相当である。
(3) 本件事故の態様
ア 前記争いのない事実等及び《証拠省略》によれば、本件事故の態様について、次のとおり認められる。
(ア) 本件事故現場は、別紙図面記載のとおり、ほぼ南北に通じる二車線の道路とほぼ東西に通じる五車線の道路が交差する、信号機により交通整理の行われている市街地の交差点である。
道路状況は、アスファルト舗装されており、本件事故当時路面は乾燥しており、速度は時速六〇キロメートルに規制されていた。
(イ) B山は、平成一一年八月二九日午前三時三五分ころ、普通乗用自動車を前照灯を点灯させて運転し、本件事故現場付近の道路を東から西に向かい進行し、本件事故現場付近の交差点に差しかかった際、同所は道路標識により最高速度が六〇キロメートル毎時と指定された道路であったから、速度を調節して前方左右を注視し、進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、交通閑散であった上、対面する信号機の信号が青色を表示しているのに気を許して前方左右を注視せず、漫然時速約九〇ないし一〇〇キロメートルの高速度で直進しようとした過失により、折から進路前方を右方から左方に横断中の太郎運転の自転車に気付かず、別紙図面記載②の地点でfile_6.jpgの地点の太郎を初めて発見したがそのまま同図面記載のfile_7.jpgの地点で同自転車に自車右前部を衝突させて同人を自車ボンネット上に跳ね上げた上路上に転倒させた。
(ウ) B山は、本件事故を惹起したのに、停止して太郎を救助することなく、そのまま現場から逃走した。
イ 上記認定事実によれば、B山には、時速三〇キロメートル以上の速度違反、前方不注視の重大な過失があるが、太郎にも赤信号無視の過失があり、その他本件事故発生が夜間であること、太郎が老人であることなどの諸事情も認められる。
(4) 過失相殺及び損害のてん補
上記の事故態様からすれば、五割の過失相殺を認めるのが相当であるから、前記の損害額から五割を控除すると、太郎の残損害額は一五九六万五〇九二円となり、控訴人一郎の葬儀費用相当の残損害額は四四万八八八三円(円未満切捨て)となる。
ところで、控訴人らは、前記のとおり、平成一四年二月一日に一〇七九万四〇九七円の支払を受けているが、その充当関係については、甲五の記載内容からしても、控訴人らの損害額元本に弁済の指定充当(民法四八八条一項)をしたものと認められるから、これを太郎の損害額元本に充当すると、太郎の残損害額元本は、五一七万〇九九五円となる。しかし、前記のとおり、保障金請求権についても請求の日の翌日である平成一二年一二月一日(《証拠省略》によれば、本件請求の日が平成一二年一一月三〇日であることが認められる。)から平成一四年二月一日までの四二八日間についても、民法所定年五分の遅延損害金が発生するものであるから、上記支払日までの確定遅延損害金は、太郎の損害額について、九三万六〇三五円となる。
15,965,092×0.05×428÷365≒936,035 (円未満切捨て)
(5) 控訴人らの相続
太郎の残損害額は、上記の残損害元本額五一七万〇九九五円と確定遅延損害金九三万六〇三五円の合計額六一〇万七〇三〇円であるから、控訴人らの法定相続分である各三分の一に相当する額は、二〇三万五六七六円となる。そして、控訴人一郎の損害額は、これに四四万八八八三円を加算した二四八万四五五九円となる。
(6) 弁護士費用
本件事案の内容、遅延損害金を除いた認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、控訴人一郎が二一万円、控訴人一江及び同二江が各一七万円と認めるのが相当である。
そうすると、控訴人一郎の残損害額は、二六九万四五五九円、控訴人一江及び同二江の残損害額は各二二〇万五六七六円となる。
(7) まとめ
そうすると、控訴人一郎の請求は、損害金二六九万四五五九円及び内六五万八八八三円に対する平成一二年一二月一日から、内一七二万三六六五円に対する平成一四年二月二日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、控訴人一江及び同二江の請求は、損害金各二二〇万五六七六円及び内一七万円に対する平成一二年一二月一日から、内一七二万三六六五円に対する平成一四年二月二日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある(控訴人らの確定遅延損害金を除く認容額は、既払いの政府保障金を考慮しても、自賠法七二条一項の政令で定める金額の範囲内である。)。
五 結論
以上のとおり、控訴人らの請求は上記の限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないから、原判決をその趣旨に変更することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 神山隆一)
<以下省略>