大阪高等裁判所 平成15年(行コ)108号 判決 2006年1月31日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,宇治市の住民である被控訴人らが,宇治市が平成7年度(平成7年4月1日から平成8年3月31日まで)から平成9年度(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)にかけて発注した原判決別紙3・入札一覧表記載の土木建設工事の各入札(以下「本件各入札」という。)において,控訴人aと土木建設業者であるその余の控訴人らが,違法な談合を行い,その結果,落札による各契約金額が適正価格より高額になり,宇治市が損害を被ったにもかかわらず,宇治市はその損害賠償請求権を行使しないなどと主張して,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号後段により,控訴人らに対し,不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金を宇治市に支払うよう求めた住民訴訟である。
2 争いのない事実等,争点,争点に対する当事者の主張は,後記2のとおり当審における当事者の補足的主張を付加するほか,原判決「事実及び理由中」の「第二 事案の概要」欄一ないし三記載の控訴人らに関する部分のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における当事者の補足的主張
(1) 控訴人ら
ア 控訴人bことc,同d株式会社,同eことf,同gことh,同株式会社i(以下「控訴人cら」という。)
(ア) 原判決は,控訴人aの供述調書に基づき,本件の談合の事実を認めた。
しかし,控訴人aの供述調書は「贈収賄事件」に関するもので,「談合罪」に関するものではなく,刑事事件で認められたのも贈収賄の事実であって,談合の事実ではない。
しかも,控訴人aは,原審において談合の事実を否定しており,同控訴人の上記供述調書は,早期の釈放を目的として,捜査官の言いなりに作成されたものであり,信用性はない。
さらに,控訴人cが営むbは,Bランクの業者であるが,「j会」に加入したことや,会費や歩金を支払ったことはなく,同控訴人の知っている限り,Bランクの業者で,「j会」に加入したり,会費や歩金を支払っていた業者はない(乙②1ないし4,7)。
以上からすると,本件において談合の事実がなかったことは明らかであり,談合の存在を前提とした原判決の事実認定の誤りは明白である。
(イ) 原判決は,宇治市は契約金額の3.89ないし8.04パーセントの損害を被ったと認定した。
しかし,そもそも「設計金額」という制度により,入札業者は最初から入札の上限が設定されているのであり,しかも,「設計金額」そのものが,宇治市において種々の資料を使用して,適正な工事代金として計算されたものであり,不当に高額な価格を設定したものでもない。
また,原判決別紙3・入札一覧表番号169の工事は,請負金額が4389万1390円(当初の請負金額3687万4000円(落札金額3580万円に消費税を加えたもの)がその後増額変更された。),経費が4197万3242円で,粗利益は191万8148円,粗利益率は請負金額の4.4パーセントとなる。そして,責任施工,瑕疵担保責任等,公共工事の受注者に課せられた責任の重大性にかんがみれば,粗利益率5パーセントというのが採算のとれるぎりぎりの利益率であり,上記4.4パーセントというのは,不当な利益率でないことはもちろん,むしろ低い利益率というべきである。
さらに,上記入札一覧表番号2の工事は,請負金額が3374万7950円(当初の請負金額3141万5000円(落札金額3050万円に消費税を加えたもの)がその後増額変更された。),経費が3117万6305円で,粗利益は257万1645円,粗利益率は請負金額の7.6パーセントとなる。これにしても20パーセントというような高い利益率ではなく,また,この工事はたまたま機械を新たに購入する等の特別な支出が必要なかったものであり,この粗利益率は一般化されるものではない。
以上からすると,原判決の損害の認定は,業者に利益や品質を度外視した工事をせよというに等しい暴論というべきである。
したがって,本件について宇治市には損害がないか,あるいは,少なくとも宇治市の損害の有無,額は確定できないというべきである。
(ウ) 控訴人らに何らかの賠償義務が認められるとしても,宇治市には注意義務違反があり,相当割合の過失相殺がされるべきである。
この点,原判決は,kの情報漏洩により落札金額が引き上げられた部分があるにしても,控訴人らはその部分の利益を享受している旨判示して過失相殺の適用を否定している。
しかし,kが設計金額等を長年にわたって漏洩できたのは,その使用者である宇治市がその監督責任を怠ったためであり,宇治市は損害の拡大に寄与したものであるから,控訴人らがその部分の利益を享受しているか否かにかかわらず,過失相殺がされるべきである。
イ 控訴人有限会社l,同m株式会社(以下「控訴人lら」という。)
(ア) 損害について
原判決は,談合がなかった場合の想定落札金額は,いずれの入札についても,少なくともその工事の設計金額の9割を上回ることはなかったと判断している。
しかし,設計金額は,適正な工事を施工する場合必要な費用を基準に積算されており,もともと宇治市が負担を覚悟していた金額である。
一方,デフレ経済の中で,公共工事の設計金額も従前と比べると下落傾向にあり,施工業者が享受する利益は薄くなっている。
このような状況下で設計金額より5パーセントを下回るような価格は,赤字受注となるのは必至であり,ダンピングである。
本件において,宇治市に損害が認められるとしても,それは設計金額の5パーセントの範囲内にとどまるとみるべきである。
(イ) 過失相殺について
原判決は過失相殺の法理による減額を否定したが,本件においては,損害の発生に宇治市の監督義務違反が関与したウェイトは大きいと考える必要がある。すなわち,宇治市が発注する土木建設工事については,入札の結果,設計金額に近い価格で落札されている状態が継続しており,これを異常というのであれば,宇治市はその異常性について落札結果を整理すれば容易に認識し得たにもかかわらず,長期間これを放置していたものであって,損害発生に寄与した割合は軽視できない。
不法行為の被害者といえども損害の拡大防止を図る義務があり,一方でかかる義務を果たさないでおきながら,他方で発生した損害のすべての賠償を求めるのは信義に反し,公平の見地からも妥当でない。
本件には過失相殺の法理を適用して,相当割合の減額が図られるべきである。
ウ ア,イを除くその余の控訴人ら(以下「控訴人nほか48名」という。)
(ア) 本件においては,談合の有無にかかわらず,宇治市に損害は発生していない。
原判決は,本件で認定されるべき損害を漫然と「談合がされなかった場合の想定落札価格」と実際の契約金額との差額ととらえているようであるが,誤りである。
本件で認定されるべき損害とは,公正な競争により形成された価格(公正な価格)と実際の契約金額との差額をいう。そして,公正な価格とは,工事実費に各入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格による入札によって形成される落札価格をいう。したがって,損害があるというためには,上記の意味での公正な価格が実際の契約金額よりも低い金額であっても,この価格に企業の適正な利潤が保たれていることを論証しなければならないというべきところ,原判決は,この論証をせずに,上記の意味での「公正な価格」を無視して,次のとおり独自の損害論に立って想定落札価格を設計価格の90パーセントとしている点で,理由不備ないし事実誤認,又は法の解釈を誤った違法がある。
原判決の損害認定は,一言でいえば,落札率の二極化に依拠するものである。すなわち,原判決は,落札予定者が決定していた場合には高落札率になり,決定していなかった場合には低落札率になると結論付け,そこから翻って,ほぼ中間の率である,設計価格の90パーセント相当額を想定落札価格とみて,その価格と契約金額との差額を損害と認定している。
しかしながら,このような推論には論理の飛躍がある。なぜなら,上記のとおり,損害とは,公正な価格と実際の契約金額との差額でなければならないが,原判決は,設計金額の90パーセント相当額が公正な価格であることを認定していないからである。上記金額が「公正な価格」であるというためには,その金額が工事価格に適正な企業利益を加えたものであることを論証しなければならないが,原判決はこのような検討を行っていない。
他方で,原判決は,高落札率群については,それが高落札率であるということのみから談合があったと認定しているところ,これは論理の飛躍がある。なぜなら,談合があった場合に高落札率であることは,談合がなく,公正な競争によって形成された価格が高落札率にならないことを意味せず,企業の適正な利益を加えて行われた自由競争によって形成されるべき公正な価格は,必然的に高落札率になるのであるからである(そのことは,上記控訴人らが提出する経営事項審査に関する各資料(乙①の34・35,),平成7年度ないし平成10年度の「建設業の経営分析」と題する冊子(乙①の45ないし48)からもいうことができ,また,これらの書面から,原判決の想定落札率である設計価格の90パーセントという率は,上記控訴人らに赤字受注,ダンピング合戦を強要するものであるということができる。)。したがって,原判決のように,高落札率であるということのみから談合があったと認定するのは誤りである。
以上からすれば,公正な価格は現実の落札価格と同程度であるから損害は存在しないということができ,百歩譲って,公正な価格が現実の落札価格を下回るとしても,それは原判決の認定する「設計価格」の90パーセント相当の価格ではなく,もっと高い価格となるはずである。
(イ) 原判決は,低落札率群の入札は談合によらず,入札参加業者間で自由競争がされた結果であると認定するが,その根拠が示されていないばかりか,そのこと自体大いなる誤りである。
甲7添付の一覧表,乙①の42の1・2,乙①の43の1・2等を分析すれば,ダンピング入札での「生き残り組」の入札が「自由競争に基づくもので,その入札価格が自由競争された結果もたらされたもの」であるとの事実は全く認められず,むしろ,ダンピング受注に巻き込まれたダンピング価格であることが明らかであるし,かつ,その入札価格の中には設計金額の9割を上回るものも数多くあり(乙①の42の2),原判決がいうように「ほとんどが9割を下回っている」という状況になかったことが認められるから,この点に関する原判決の事実認定の誤りは明白である。
(2) 被控訴人ら
ア 予定価格は入札における上限を画する基準として機能するのみであり,落札業者の絶対的な利益を保証するものではない。入札参加業者は,入札に際し,自己の建材調達能力,現場の状況等に応じて,より低額で入札し,他の入札参加業者と競争しなければならず,予定価格の範囲内であるから問題がないとする見解は,競争入札の趣旨を根底から否定することになってしまう。なお,予定価格は,かねてから実態より高額になっていると指摘されている。
イ 控訴人らは落札した工事により利益が上がっていない旨の主張をするが,仮にそれが事実であるとしても,本訴で被控訴人らが請求しているのは,控訴人らが得た利益(不当利得)の返還ではなく,控訴人らが行った談合により宇治市が被った損害の賠償である。適正な競争が行われていたなら,実際に落札した控訴人ら自身,より低額で入札したであろうし,そうでないとしても,他の入札参加業者が低額で入札した蓋然性が高いのであるから,落札した控訴人らの利益にかかわりなく宇治市の損害が認められなければならない。
ウ 控訴人nほか48名は,低落札率群の各入札は全てダンピング合戦で行われたことを前提とするが,訴状添付の一覧表で落札率が85パーセント前後のもの(乙①の43の1)は,落札業者が談合を取り仕切っていた控訴人aに対して部金を支払っていたものであり,談合が行われていなかったら部金を支払う必要もないから,これらの入札においても談合が行われたといえるところ,これらの工事においては事前に設計価格を聞き出すことができなかったため,落札価格が低くなったものと推測できる。したがって,上記控訴人ら主張とは逆に,85パーセント前後であっても十分利益が上がっていたことを示している。
また,上記控訴人らは,ダンピングであったと主張する入札においては無効の入札が多く自由競争とはいえないと主張するが,談合が成立しなかった場合,一部の業者が適正な入札を放棄したに過ぎず,落札価格がダンピングによる受注であるとは到底いえない。
さらに,上記控訴人らは,上記第2,3(1)ウ(イ)のとおり主張する。確かに,上記控訴人らの分析(乙①の42の2)をみると,「設計金額の9割を上回るもの」も一部存在するが,多くは「9割を下回っている」のであって,上記控訴人らの分析は,その主張とは逆に原判決の認定が正しいことを裏付けている。
エ 控訴人nほか48名は,落札想定率は採算ライン内でなければならないと主張し,上記第2,3(1)ウ(ア)の各資料をもとに,原判決の想定落札率である設計価格の90パーセントという率は,上記控訴人らに赤字受注,ダンピング合戦を強要するものである旨主張する。
しかし,上記各資料は一般的な調査結果に過ぎず,対象となる工事についても公共工事,民間の工事等による区別すらもされていない。上記のとおり,本件における宇治市の損害とは,落札した当該業者の利益を織り込んだ価格と実際の落札価格との差額ではなく,談合がなければ,他の業者の入札を含めて落札されたと想定される価格と実際の落札価格との差額なのである。仮に,設計価格の90パーセントでは当該落札業者が赤字となる価格であったとしても,他の業者が落札できれば,その想定落札価格と実際の落札価格との差額が宇治市の損害となる。したがって,上記控訴人らの主張は無意味である。現実には,適正に入札が行われた場合の落札価格の立証は不可能なため,一定の基準により損害が認定されざるを得ないところ,本件では,低落札率群の落札率が85パーセント前後であるものが多いことを理由に,原判決は実際の落札価格と設計金額の9割との差額を損害と認定しているのであるが,この損害の認定も控えめな認定といえる。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人らの本訴請求は,原判決主文1,2項掲記の限度で認容し,その余を失当として棄却すべきものであると判断する。その理由は,次のとおり訂正し,後記2のとおり当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決18頁15行目の「甲6」を「甲7」と改める。
(2) 原判決22頁3行目の「談合によらず,」から4行目の「考えられるから,」を「談合によらずに入札が行われた結果もたらされたものであると考えられるから,」と改める。
2 当審における控訴人らの主張に対する判断
(1) 控訴人cらは,控訴人aの供述調書は「談合罪」ではなく「贈収賄事件」に関するものであるうえ,早期の釈放を目的として,捜査官の言いなりに作成されたもので,信用性はないから,控訴人aの供述調書に基づき本件の談合の事実を認めた原判決は誤りである旨主張する。
しかし,控訴人aの供述調書を含む贈収賄事件の関係者の供述調書(甲6ないし19,25ないし29)に信用性を疑わせるような具体的事情がうかがわれないことは原判決が指摘するとおりであり,信用性が認められるこれらの証拠を加えた本件各証拠及び弁論の全趣旨を総合して認められる次の事実・事情,すなわち,原判決指摘の,①控訴人ら業者を含む本件各入札の落札業者は,控訴人cを含め,いずれも「j会」の会員であったこと(なお,たとえば甲26,29(及びこれに添付された,控訴人aが「談合会議」を開いたことを示すノートの記載)は,それのみでも,控訴人cが本件の談合に関与したことを強く推測させるものというべきである。),②本件各入札のうち,原判決別紙3・入札一覧表番号14,27,30,92,95,111,138,145,162及び165の各入札については,いずれも談合があったことを証する直接の(供述)証拠があること,③本件期間中の当該各入札の落札率が95パーセント前後と85パーセント前後又はそれ以下と二極化する中で,本件各入札の落札率はいずれも97.87パーセントから92.53パーセントまでの範囲内に集中しており,高率であること,④本件各入札においては,原判決別紙3・入札一覧表番号120の入札を除き,第1回目ないし第2回目で落札者が決定されており,しかも第2回目の入札が行われた場合も,第1回目の入札において最低価格で入札した者と第2回目の入札における落札者が同一人であること等の事実・事情を総合すると,原判決別紙3・入札一覧表番号120の入札を除く本件各入札に当たり,控訴人aが宇治市の職員であるkから工事の設計金額等の情報を得て予め入札価格を調整することにより,同一覧表記載の各落札業者をして宇治市との間に当該工事の請負契約を締結させることを目的とした談合がなされ,入札の公正を害する行為がなされたものというべきである。控訴人cらの上記主張は採用できない。
(2) 控訴人cら及び同lらは,設計金額そのものは,宇治市において種々の資料を使用して,適正な工事を施工する場合に必要な費用を基準に積算されており,不当に高額な価格を設定したものではなく,もともと宇治市が負担を覚悟していた金額であり,本件各入札の落札価格をいずれも上回っているから,宇治市に現実に損害は生じない旨主張する。
しかし,設計金額は,予定価格等を設定するための前提となる金額であるにすぎず,上記予定価格も,発注者の利益を損なわないようにするため,これを上回る価格による落札は認めない趣旨のもとに設定される入札の上限価格にすぎないのであって,工事の受注を希望する業者間で自由かつ公正な競争を経た場合には,現実の落札価格はこれを下回るのが通常であると考えられるから,設計金額(あるいは予定価格)が本件各入札の落札価格をいずれも上回っていることから宇治市に損害は生じないなどということはできないというべきである。控訴人cら及び同lらの上記主張は採用できない。
(3) 控訴人らは,原判決別紙3・入札一覧表番号169の工事の粗利益率が請負金額の4.4パーセントであり,同表番号2の工事の粗利益率が請負金額の7.6パーセントであることからしても,原判決の損害の認定は業者に利益や品質を度外視した工事をせよというに等しい暴論である(控訴人cら),設計金額の意義,デフレ経済で公共工事の設計金額自体が下落傾向にある状況下において,設計金額より5パーセントを下回るような価格では赤字受注となるのは必至であるから,本件において損害が認められるとしてもそれは設計金額の5パーセントの範囲内にとどまるべきである(控訴人lら),本件で認定されるべき損害とは,公正な価格,すなわち,工事実費に各入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格による入札によって形成される落札価格と実際の契約金額との差額であるというべきであるところ,原判決が認定した設計金額の90パーセント相当額が,工事実費に各入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格であることを原判決は何ら論証しておらず,この価格は現実の落札価格と同程度か,設計金額の90パーセント相当額より高額となるはずである(控訴人nほか48名),などと主張して,原判決の損害認定を批判する。
ところで,本件各入札(ただし,原判決別紙3・入札一覧表番号120の入札を除く。以下同じ。)における控訴人らの談合行為が,入札に参加する業者の間で入札価格を競わせることにより適正な契約価格を形成しようとする競争入札の目的に反し,適正な契約価格の形成を阻んだことは明らかであるから,宇治市は,本件各入札における,実際の契約金額と,控訴人らの談合行為がなかった場合に形成されていたであろう請負金額(想定落札金額)との差額について,損害を被ったものと認めるのが相当である。
もっとも,本件証拠上,上記想定落札金額を合理的に算定することは極めて困難であるといわざるを得ない。
しかし,原判決が指摘するように,本件期間中の当該各入札のうち,談合がなされなかったと考えられる低落札群に属する各入札の落札率が85パーセント前後であるものが比較的多いこと,それらの入札において参加業者の入札金額のほとんどがその工事の設計金額の9割を下回っていること(控訴人nほか48名が当審において提出する乙①の42の2をもってしても,この認定を覆すに足りない。),これらの低落札群に属する各入札においては,小規模業者が多いBランク以下の入札参加業者の中に,工事実績を上げ信用力を高める等の目的で利益を度外視した低価格での入札を行った者があった可能性や,恒常的に頻繁に行われる談合による過分な利益を享受していた各業者が,利益を度外視した過当な低価格競争を行った可能性があることも,全く否定することはできないこと等を総合すると,談合がなかった場合の想定落札金額は,いずれの入札についても,少なくとも,その工事の設計金額の9割を上回ることはなかったものと認めるのが相当であり,これをもとに宇治市の損害額を認定した原判決は相当である。
この点,控訴人らは,上記のように,想定落札金額を設計金額の9割として損害を認定したのでは,本件各入札にかかる工事の粗利益率,控訴人nほか48名が提出する上記各資料からしても,控訴人らに赤字受注,ダンピング合戦を強要することになるとして,上記損害認定を批判する。
しかし,本件各入札において,設計金額の9割相当額で落札することが,控訴人ら主張のように赤字受注になるということを認めるに足りる十分な証拠はないうえ,本件における宇治市の損害とは,落札した当該業者の利益を織り込んだ金額と実際の契約金額との差額ではなく,上記のとおり,談合がなければ他の業者の入札を含めて落札されたと想定される価格と実際の契約金額との差額であるというべきであり,たとえ本件各入札にかかる工事のため現実に要した費用が契約金額を上回ったとしても,工事を請け負った業者としては,請負契約上,発注者との間の合意により定められた代金額で工事を完成させる義務を負い,他方発注者は,この合意により定められた代金額を超える金員の支払義務を当然に負うものではないのであるから,上記工事の原価が実際の契約金額を上回るなどして実質赤字受注になったとしても,そのことは発注者である宇治市の損害の有無及び程度を左右するものとはいえないというべきである。控訴人らの上記主張は採用できない。
(4) 控訴人cら及び同lらは,kが設計金額等を長年にわたって漏洩できたのは,その使用者である宇治市がその監督責任を怠ったためであり,宇治市は損害の拡大に寄与したものであるから,控訴人らがその部分の利益を享受しているか否かにかかわらず,過失相殺がされるべきである旨主張する。
確かに,宇治市の職員であるkが本件各入札にかかる工事の設計金額を業者に漏洩し,これにより本件各入札の落札金額のうち不当につり上げられた部分があることは上記のとおりであるが,kが設計金額等を長年にわたって漏洩できたのが,その使用者である宇治市がその監督責任を怠ったことに原因していることをうかがわせるような証拠は見当たらないうえ,本件の談合行為は控訴人らの故意によるものであること,過失相殺を肯定した場合には上記不当につり上げられた部分の利得が落札者となった控訴人ら側に保持されることになること等に照らしても,本件について過失相殺を行うのは相当でないというべきである。控訴人cら及び同lらの上記主張は採用できない。
(5) その他,控訴人らの当審における主張,立証を精査しても,上記判断を左右するほどのものはない。
第4結論
よって,原判決中,控訴人らに関する部分は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 植屋伸一 裁判官 末永雅之)