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大阪高等裁判所 平成15年(行コ)3号 判決 2004年3月30日

主文

1  本件控訴に基づき原判決主文第2項を次のとおり変更する。

2(1)  控訴人生駒市長が被控訴人に対して平成12年4月21日付けでした公文書一部開示決定のうち,原判決別紙開示請求文書目録記載の各文書中,同別紙非開示部分目録記載の各部分のうち公園緑地課「B公園用地の先行取得について(依頼)」及び「B公園臨時駐車場用地の先行取得について(依頼)」中の「(ウ)取得予定金額及び単価」に関する部分を非開示とした部分を取り消す。

(2)  被控訴人の控訴人生駒市長に対するその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人生駒市長と被控訴人との間に生じた部分はこれを4分し,その1を控訴人生駒市長の,その余を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,被控訴人が,控訴人生駒市長(控訴人市長)に対し,生駒市情報公開条例(平成9年12月24日生駒市条例第26号,本件条例)に基づき,原判決別紙「開示請求文書目録」記載1ないし4の各文書(本件各文書)の開示を請求したところ(本件開示請求),控訴人市長が本件開示請求に係る本件各文書の一部(原判決別紙非開示部分目録記載の各部分,但し,同目録3項につきその1行目の「(依頼)」と,(ア),(イ),(ウ)の各「取得要望に係る用地の」とをそれぞれ削除する。)を非開示とする旨の一部開示決定をしたことから(本件各処分),被控訴人が控訴人市長に対し,行政事件訴訟法に基づき,上記一部開示決定のうち非開示とした部分の取消しを求めるとともに,1審被告生駒市に対し,国家賠償法1条1項に基づき,上記一部開示決定により被った被控訴人の精神的損害及び本件訴訟遂行に要する弁護士費用相当額の損害賠償を求めた事案であって,原審では,

(1)  本件各処分のうち不服申立てを欠く本件文書1の非開示部分(ア),同2(ア),同3(ア)(イ)及び同4(ア)(イ)(ウ)(原判決別紙「不服申立てを欠く部分目録」記載の各部分)に対する取消しの訴えの適法性,(2)本件文書1の非開示部分(ア),同2(ア),同3(ア)(ウ)及び同4(イ)(ウ)の各部分の本件条例6条2号本文該当性,(3)本件各文書の各非開示部分の本件条例6条7号該当性,(4)1審被告生駒市に対する国家賠償請求の当否が争われた。

2  原判決は,「(1)本件各処分は内容からみて各文書を一体のものとして捉えてなしたものでなく,可分的な記載内容毎に個別の非開示事由の存否を判断したものであり,被控訴人も可分的に記載内容毎に非開示事由の存否を問題にしており,よって,本件文書1の非開示部分(ア),同2(ア),同3(ア)(イ)及び同4(ア)(イ)(ウ)については異議を申し立てていないこととなり,これら処分の取り消しを求める訴えは行政事件訴訟法14条1項所定の出訴期間の制限があるところ,この期間を徒過して訴えの提起がなされたとして不適法却下を免れない,(2)本件各処分のうちその余の非開示部分(本件文書1の非開示部分(イ),同2の非開示部分(ウ)及び同3の非開示部分(ウ))の取消しを求める訴えは適法で,これらの非開示部分は本件条例6条2号本文ないしは同6条7号にも該当しないから,これらの部分を非開示とした控訴人市長の処分は違法であって取り消されるべきである,(3)上記違法な処分をした控訴人市長,また新たな文書の開示に当たって費用の納付を求めた1審被告生駒市の担当者に故意,過失は認められないので1審被告生駒市に対する国家賠償請求は理由がない。」とした。

3  被控訴人は,却下された請求及び国家賠償請求の棄却について控訴せず,控訴人市長のみが原判決の上記(2)の本件文書1の非開示部分(イ),同2の非開示部分(ウ)及び同3の非開示部分(ウ))の取消しを認容した上記判断は本件条例6条2号及び同7号の解釈,適用を誤るものとして本件控訴を提起した。

4  よって,当審における争点は,以下の2点となった。

争点(1) 本件文書1の非開示部分(イ),同2の非開示部分(ウ)及び同3の非開示部分(ウ)の本件条例6条7号該当性

争点(2) 本件文書3の非開示部分(ウ)の本件条例6条2号本文該当性

5  前提事実

次のとおり訂正するほかは原判決「理由」の「第2 事案の概要」の「2 前提事実等(争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実)」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の訂正等)

(1) 原判決3頁12行目末尾の「と規定して」を「を規定して」に訂正する。

(2) 同6頁3行目の「文書1」を「文書3」に訂正する。

(3) 同7頁17行目の「12ないし25」を「13ないし26」に,同20行目の「26ないし41」を「12,28ないし41」に,同26行目の「42ないし51」を「27,42ないし51」に訂正する。

6  上記争点に対する当事者の主張等

(1)  争点(1)-本件文書1の非開示部分(イ),同2の非開示部分(ウ)及び同3の非開示部分(ウ)は本件条例6条7号に該当するか。

(原判決判示の大要)

①用地買収は,通常の売買形式を取るにしても,私人間の取引とは異なり公的性格を有する上,地権者としても,その公的性格を当然認識していて,譲渡価格について将来にわたって全く公開されないことを期待しているとは考えられないし,仮に期待していたとしても,こうした期待は保護する必要性に乏しく,地権者が公開に難色を示すのであれば買収事務担当者において説得に向け努力すべきであること,②用地買収に伴う様々な困難は,公共事業における土地の取得価格が所定の手続に依らなければならないなどそれ自体の性格に起因するもので,用地買収の価格等が公開されることによって初めて生じるものではないこと,③買収金額等を開示している他の地方公共団体において,その開示によって用地買収に支障を来すなどの弊害は生じていないこと,④これらを非公開にすることが,かえって用地買収手続の特殊性に対する一般の理解を後らせ用地買収業務を困難なものにしている側面があること,⑤そして本件各文書のように,一定の時点(本件文書1ないし3は,平成11年度の先行取得に関する文書である。)における買収価格等の情報が開示されたとしても,これらの土地の近隣の土地につき将来買収が行われる際には,その時点で,別途,客観的な取引価格の再評価が行われるのであるから,公開された情報が直ちに買収対象土地の再評価の参考となるものでもなく,事後の買収価格等を容易に推測させるものともいえないこと,⑥買収対象土地の所有者が,土地の個別要因の差異や評価時点の差異を無視して,公開された近隣土地の買収価格等と同一条件の価格に固執することがあったとしても,そもそも既買収地の価格が適正である限り,実際の買収価格に影響を与えるものでないことからみて,上記非開示部分を開示したとしても,用地買収事業の円滑な執行に著しい支障が生じる高度の蓋然性があるとまではいえず,これらは本件条例6条7号に該当しない。

(控訴人市長)

ア 本件各文書の上記各非開示部分に係る各情報を開示すれば,交渉当事者間の信頼関係,協力関係が損なわれ,また,買収価格(単価)が明らかになることにより,生駒市の事務事業への支障が生ずるから,いずれも本件条例6条7号に該当する。

すなわち本件各文書の上記各非開示部分に係る情報は,交渉当事者である生駒市と地権者との間以外には公表しないことを前提として用地買収の交渉が進められているものである。公共事業といえども,地権者にとって自己の所有地の売買は純然たる私的な経済行為であり,交渉当事者である生駒市から一方的に個人の資産に関わる情報を開示することは,地権者にとっては自己の収入を不特定多数人に推測させることにもつながることから,1審被告生駒市に対する地権者の反発を招き,交渉が難航することが予想されるばかりか,不信感を生じさせ,地権者の任意の協力と合意により成立する用地買収事務において,最も重要な相互の信頼関係,協力関係を築くことができなくなり,今後,生駒市が行う用地買収交渉に対して,交渉拒否や非協力といった事態が起こることが多分に予想され,その結果,将来生駒市が行う用地買収事務の円滑な執行に著しい支障が生ずることになる。現に,本件訴えの提起により,用地取得金額が一般に開示される可能性があることが報道されると同時に,生駒市に対し,市民から苦情が殺到している(乙4ないし8,なお枝番を含む。)。

また取得用地の価格は鑑定評価額を基準としつつ,各土地の間口,奥行き,地積,形状,道路といった接続状況等の諸要因によって異なるものであり,しかも同一の土地であっても評価時点が異なればその価格も変動する。当該区域内の土地の地権者は地方公共団体の計画に基づき一方的に売却を要請される立場にある以上,できるだけ高値でもって自己の土地を売却したいと考えるのが通常である。したがって本件各文書の上記各非開示部分のうち取得予定金額のような価格に相当する部分を開示すると地権者が鑑定時期の差異や画地条件の差異等を正しく認識せずに,開示された価格(単価)に基づく自己の算定価格に固執し,市側の提示価格を拒否することが容易に予想され,その結果,権利変換などの事業の重要な手続を進めるための交渉が難航,長期化して事業の円滑な執行に著しい支障が生ずる。

イ 原判決は,上記非開示部分を開示したとしても,用地買収事業の円滑な執行に著しい支障が生じる高度の蓋然性があるとまではいえず,これらは本件条例6条7号に該当しないものとするが,地権者が用地買収の公的性格を的確に認識しているとは限らないばかりか,仮に非開示に対する地権者の期待が保護に値せず,用地買収は客観的な価格評価を前提に行われるもので地権者の主観的な希望等は排除されるとしても,これらのことと用地買収事業の執行に事実上支障が生じるか否かは次元の異なる問題である(上記(原判決判示の大要)の原判決説示①,⑤,⑥に対する反論)。

また,買収価格等が開示されると買収交渉に困難さが生じることは乙4ないし8(枝番を含む。),同14,証人P1及び同P2の証言からも明らかである上(原判決説示②に対する反論),甲10の1ないし6に記載された他の地方公共団体の例も本件とは全く内容の異なるもので参考事例とはならず(原判決説示③に対する反論),買収価格等を開示する方が一般の理解が深まり用地買収事務の円滑化に資するなどといった論に至っては単なる憶測の域を出るものではなく(原判決説示④に対する反論),結局,原判決の上記判示はいずれも到底是認し難いものである。

(被控訴人)

ア 本件条例1条(目的)及び同3条(責務)に照らすと,あまくで開示が原則で,非開示事由は限定列挙に過ぎない。本件条例6条7号にいう「開示をすることにより,当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的を損ない,又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」か否かについては,原則開示の立場を前提として厳格に行う必要がある(甲6の24)。したがって実施機関の主観にかかわらず,当該「著しい支障が生ずる」可能性については,極めて高度の蓋然性が客観的に認められることが必要である。

イ 本件各文書の上記各非開示部分に係る情報は,交渉当事者である生駒市と地権者との間以外には公表しないことを前提として用地買収の交渉が進められているというが,それは単なる推測の域を出ない。公共事業に協力して所有地を譲渡したこと自体は,買収が完了すれば事業の進捗等により外形上明らかとなる上,事後,登記簿を閲覧すれば公共事業に協力したことは明確に記載されている。しかも,買収価格は客観的な時価額をもって算定されることから,事業に協力したことが外形上明らかとなれば,地権者が相当の対価を得たこともおのずと判明することになる。このような前提のもとでは,地権者が事業に協力したことを秘匿したいという期待を有しているとは考えられないし,また,そのような期待は保護に値しないばかりか,地権者には譲渡に応じることにより税負担が相当軽減されるという動機付けがあり(租税特別措置法34条の2第2項4号),非開示にしないと地権者が譲渡の申出に応じてくれないというようなことは根拠に欠け悲観論に過ぎない。

なお上記非開示部分に係る情報を開示することにつき生駒市民から要望,苦情が出されているようであるが(乙4ないし8,枝番を含む。),このような一部の者からの苦情等を根拠に,業務全体に重大な支障が生じるとみるのは相当ではない。

控訴人市長が上記苦情等を強調するのは,事業を推進する立場から支障が生じるかもしれないという主観的な懸念を表明するものに過ぎず考慮に値しない。

結局,地権者との間の信頼関係の維持という問題は,上記用地買収事業に著しい支障が生じることの客観的蓋然性を根拠付けるものではない。

また土地の取得価格は,本来相手方の意図にかかわらず,当該土地の客観的価値によって決定されるものであるし(例えば公有地拡大法7条),公共事業における買収は,民間の取引とは異なり公的な性質を有している上,租税特別措置による優遇制度も用意されていることから,買収の事実や買収価格等を秘匿したいという期待を仮に地権者が有しているとしても,そのような期待は保護に値するものではない。取得価格や譲渡価格の算定にあたって,当該土地の個別の要因によって価格の差異が生じることは当然であり,地権者がこのような個別要因の差異を無視して同一の価格条件に固執するとは通常は考えられないばかりか,公共事業における買収については租税特別措置法の適用があり地権者の税負担が軽減されていることや,事業の遂行にあたっては土地収用法を適用するなど収用という制度的担保も用意されているのである。

ちなみに従前から本件と同種の情報の開示を行っている地方公共団体において,公開により以後の用地買収に支障を来すなどの弊害は生じていないとの報告がなされている(甲10の1ないし6)。

結局,地権者が自己に有利な価格に固執するために用地買収事業に著しい支障が生じることについては客観的蓋然性を根拠付けるものではない。

(2)  争点(2)-本件文書3の非開示部分(ウ)は本件条例6条2号本文に該当するか。

(原判決判示の大要)

個人に関する情報であれば全て非開示ということでは,本件条例の目的(1条)を没却することになる。個人に関する情報であると同時に公的な性格を有する情報については個人の権利保護と上記行政情報の公開目的の達成を比較較量すべきで,本件条例6条2号本文所定の「個人に関する情報」とは法的保護に値する個人に関する情報をいうと解すべきで,本件文書3の非開示部分(ウ)を開示することによって明らかになるのは,あくまでも当該個人の財産等の一部に過ぎない。売却要望に係る用地費等は取引当事者の主観や個別事情を排除した客観的な評価に基づき算定されるものである上,公共用地の取得及び処分は,私人間の取引とは異なる公的性格を有するものであることを総合考慮すると,上記非開示部分は個人のプライバシーとして保護する必要性の高い情報であるとは解されず,したがって,法的保護に値する個人に関する情報であるとはいえず,本件条例6条2号本文に該当しない。

(控訴人市長)

ア 被控訴人の主張する情報公開請求権は本件条例によって創設された権利である以上,本件条例の規定する文理や趣旨を越えて非開示事由の範囲を画することは許されない。本件条例6条2号の趣旨は,本件条例3条後段が,「実施機関は,個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定していることを受け,個人の尊厳を守り,基本的人権を尊重する観点から,個人に関する情報を最大限に保護することを目的としたものである。他の地方公共団体の情報公開条例における,個人情報の非開示事由の規定の仕方について,単に「個人が識別できる情報」(以下「個人識別型」という。)とするものと,それに加えて「通常他人に知られたくないと認められるもの」(以下「プライバシー型」という。)との要件を設けるものがあるが,生駒市は,プライバシーの具体的な内容やその保護すべき範囲が法的にも社会通念上も必ずしも明確ではないため,開示・非開示の分岐点を客観化・明確化することにより恣意的運用を排除し,かつ開示請求に対して迅速な対応が可能になるという観点から,本件条例において,前者,すなわち「個人識別型」の方式を採用したものである。したがって,個人に関する情報であって,特定の個人が識別され又は識別されうるものは,一律に本件条例6条2号本文に該当するものと解するのが相当である。そしてこの立場を前提にすると,本件文書3の非開示部分(ウ)(売却要望に係る用地費,金利,金額)は個人に関する情報であって特定の個人を識別することが可能であるから本件条例6条2号本文に該当する。

イ 原判決は,本件条例6条2号本文所定の「個人に関する情報」とは法的保護に値する個人に関する情報をいうものと解すべきであるとするが,このような解釈は個人情報の管理保護の重要性に対する認識に欠けるもので,本件条例の文理に反するばかりか,その目的・趣旨を越えるものであって失当である。また,この点は措くとしても,そもそも当該情報がプライバシーとして保護の必要性が高いか否かは,個人の重要な秘密として保護すべきかどうかという観点から決すべきものである。開示される情報の全財産に占める割合であるとか,当該取引の価格形成が正常で客観的であるかとか,公開の必要性が高いか否かなどといった次元の異なる事情はプライバシー保護の要否について何の根拠となるものではない。

(被控訴人)

ア 本件条例の目的(1条)及び実施機関の責務(3条)の規定の仕方からすれば,本件条例は,あくまで市民の情報公開請求権を重視した上,具体的場面において公開が不相当なケースを非開示事由として限定列挙しているものと解され,生駒市の保有する情報はあくまでも公開が原則である。そうすると本件条例が個人情報の非開示事由について個人識別型を採用したのは,プライバシーの具体的な内容やその保護すべき範囲を一般的,客観的に定めることが困難であるという主として立法技術的な理由に基づくものに過ぎない。したがって個人識別型が採用されているからといって,非開示となる個人情報の範囲を形式的観点から一律に決すべきであるということにはならず,むしろ,このような解釈は本件条例の目的・趣旨を損なうものである。

そもそも本件条例6条2号本文に該当するためには①「個人に関する情報」であって,かつ②「特定の個人が識別され,又は識別されうるもの」の2要件を充足する必要があるが,上記①の要件は,それ自体,一定の価値評価を必要とする規範的概念であるから,同号は本件条例の目的・趣旨に照らし,プライバシー保護の見地から法的保護に値する個人の情報に限って,これを非開示とする趣旨であると解釈されるべきものである。そして,この解釈こそが今日では裁判例の趨勢となっており,同様の立場を採用した原判決はもとより正当である。

イ 本件文書3の非開示部分(ウ)に含まれる情報は何らプライバシー性がない。

仮にプライバシー性があるとしても,当該情報の持つ公的性質がすこぶる強いものであって,本件条例6条2号が保護の対象とする典型的な個人情報と同列におくことはできないものである。用地の所有者の氏名及び住所などの当該土地の所有者を特定させる情報や土地の地番,位置図などの既買収地の場所を特定させる情報は,当該事業が行われた,おおよその場所さえ把握可能であれば,市販の住宅地図や不動産登記簿,公図を参照することにより,容易に把握できるものである。また,取得予定額,用地費など当該土地の価値を推測させる情報は土地所有権についての情報であり登記簿により公開されている上,その価格の手掛かりとなる相続税路線価,公示価格等も公表されていることからすれば,プライバシー性の極めて希薄な情報であるばかりか,個人の全保有資産が開示されるわけでもないのである。いずれにしても生駒市に対する土地の譲渡ないし公社からの土地の買受けは,公有地の拡大に関する法律や租税特別措置法の規定にもあるとおり,私人間の取引とは異なり極めて公的な性質を帯びた特殊な売買であるから,私人間の取引についての情報の場合と異なりプライバシー保護の要請は一歩後退すべきである。上記各情報を非開示としてしまうと公共事業における用地買収が適正になされたか否かを市民がチェックすることが不可能となることからも,公開の必要性が高い。

ウ 本件文書3の非開示部分(ウ)がプライバシーとして法的保護に値するかを判断するに当たって原判決が指摘した上記各事情は,いずれも上記非開示部分の情報がプライバシーとして保護の必要性が低いことを基礎付ける事情であって,その指摘は正当である。そもそも本件条例は住民の主観的なプライバシー感情のようなものは保護の対象としていないのである。控訴人市長の上記反論は,このようなものまで個人情報として保護の対象としようとするもので失当というよりほかはない。

第3当裁判所の判断

1  当審では,本件文書1の非開示部分(イ)(取得予定金額),本件文書2の非開示部分(ウ)(取得予定金額及び単価)及び本件文書3の非開示部分(ウ)について本件条例6条7号に,これに加え,本件文書3の非開示部分(ウ)(売却要望に係る用地費,金利,金額)については本件条例6条2号本文にそれぞれ該当するとして非開示とした控訴人市長の各処分の適法性が問題となっているところ,当裁判所は,本件文書2の非開示部分(ウ)(取得予定金額及び単価)については,その取消しを求める被控訴人の請求は理由があり認容すべきものであるが,本件文書1の非開示部分(イ)及び本件文書3の非開示部分(ウ)については,これらを非開示とした控訴人市長の各処分は適法で,その取消しを求める被控訴人の各請求は理由がなく棄却すべきであると判断する。

以下,該当するとされた条例に即して,その理由を説示する。

2  本件条例6条7号該当を理由とする本件文書1,同2の各処分について

(1)  本件条例6条7号前段所定の市又は国等が行う「事務事業に関する情報」とは,同号例示の事務事業に限定されるものではなく,市又は国等が行う一切の事務事業に関する情報をいうものと解される。

甲3の7ないし10,甲4の1ないし4及び弁論の全趣旨によれば,本件文書1の上記非開示部分は,生駒市が施行するA駅前北口地区市街地再開発事業の用地の先行取得について生駒市が生駒市土地開発公社に要望した内容のうち「取得予定額」に関するものであって,本件条例6条7号前段所定の生駒市が行う「事務事業に関する情報」に該当する。また,甲3の21,甲4の6ないし42及び弁論の全趣旨によれば,本件文書2の上記非開示部分は,生駒市が施行するB公園整備事業の用地の先行取得について,生駒市が生駒市土地開発公社に要望した内容のうち「取得予定額」に関するものであるから,本件条例6条7号前段所定の生駒市が行う「事務事業に関する情報」に該当する。

そうすると,本件文書1,同2の上記各非開示部分を開示することにより,生駒市の上記事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるか否かが問題となる。そこで,上記各文書についてこの点を検討する。

(2)  本件文書1の非開示部分(イ)(「A駅前北口地区市街地再開発事業用地の先行取得について(依頼)」と題する公文書中の「取得予定額」欄に記載された取得予定金額)に関しては,以下のとおり上記事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じると認められる。

ア 甲3の8・9,甲4の1・2及び弁論の全趣旨によれば,本件文書1による対象事業用地の取得依頼は平成10年6月17日付けで行われているところ,その取得予定時期は同月下旬であり,実際の契約もそのころ行われており,いずれも近接していることから,上記非開示部分の「取得予定金額」は生駒市土地開発公社の取得価格(買収価格),すなわち前地権者の売却金額を容易に推測することができる。

イ 上記用地取得は,任意売買によるものであって取得価格は当事者間の合意によるが,代金は公的資金を原資とするのであるから,適正な価格に基づいて決定されなければならないことは当然である。

しかし,そうだとしても,任意売買であるから価格についての交渉は当然予期されるし,利便な地域であれば権利関係が錯綜し,多数の複雑な要因に規定される個別性が強く,価格を定立した基準によって一律に算出することは不可能であることは容易に推認されるところである。

さらに,甲3の9,乙8,証人P1及び同P2によれば,本件文書1に係る用地の取得は平成11年中に既に完了しているが,本件処分1の非開示決定がされた同12年4月当時,同用地の所在するA市駅前北口第4地区再開発事業が本格化し,地権者らから構成される再開発準備組合を通じて,当該区域内の土地の権利変換交渉が活発化する段階に差し掛かっており,しかも,その終了後,同第2,3地区の再開発事業が着手される予定であったことが認められる。すなわち,本件文書1に係る用地にあっては,その所在する開発区域においてなお買収事業が継続しており,その実行のため権利変換交渉が本格化することが予想されたのである。

このような状況下で隣接の既買収地の取得価格が公になれば,未買収地の地権者は自己の土地と既買収地の画地条件や評価時点の違いを正しく認識しないまま,あるいは微細な差異を誇張して既買収地の取得価格を前提に自己に有利な価格を主張し,これに固執する可能性がより高まることが推認され,しかも,その打開策として私人間の交渉のように買収価格の安易な上積みで対処することはできないので,未買収地の地権者の誤解等を解消するために多大の努力と時間を要し,その結果買収交渉が通常要する期間を大幅に超え長期化する蓋然性が高いものと考えられ,上記事業の円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるものといわざるを得ない。

ウ 多数の既買収地の取得価格が開示されることで地権者は自己所有地との比較が容易になり,その価格を正しく認識し,提示された買収価格に応じ易くなることもあり得よう。また,用地買収に伴う様々な困難は,公共事業における土地の用地買収が公的資金を原資としていることや所定の手続に依らなければならないなど,それ自体に長期化する要素を含んでおり,長期化の原因が用地買収の価格等が公開されることによって初めて生じるものではないともいえる。

しかし,そもそも地権者はその買収に応じなければならない義務はなく,自らの希望あるいは必要によって土地を売却するのではないから,法上の優遇措置があり,かつ土地収用という強制処分が控えていてもより高い価格での売却に固執し,近隣の既買収地の取得価格の開示を受け,仮にその価格が適正なものでも,各土地の個別要因等の相違を了解,納得して自己所有地の価格について過分な主張を差し控え用地買収に協力するといった可能性は低いものといわざるを得ない(なお甲10の1ないし6に記載の事例は案件を異にし,この判断の妨げとはならない。)。

よって,原判決が指摘している非公開にする方が用地買収手続の特殊性に対する一般の理解を後らせ用地買収業務を困難なものにしている面があるとか,事業の長期化は用地価格の公開によって初めて生じるものではないとの見解は採用できないところであるが,とりわけ本件文書1に係る用地のごとく,その所在する地区でなお買収事業が継続しており,しかも権利変換交渉の活発化が予想される事案においては,近隣の既買収地の取得価格が開示されると,その影響で,より買収交渉が難航・長期化する可能性が高まり,事業の円滑な執行に支障が生じることは容易に予期できると言わざるを得ない。

エ そうすると本件文書1の上記非開示部分は,これを開示すると上記事業の用地買収の円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるということができ,したがって,本件条例6条7号に該当し,よって,本件文書1の上記部分を非開示とした控訴人市長の処分は適法である。

(3)  他方,本件文書2の非開示部分(ウ)(「B公園用地の先行取得について(依頼)」及び「B公園臨時駐車場用地の先行取得について(依頼)」と題する公文書中の「取得予定額」欄に記載された取得予定金額及び単価)は,以下のとおり,本件文書2の上記非開示部分を開示することにより,生駒市の上記事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるとは認められず,本件条例6条7号該当にしないと判断される。

ア 甲3の22,甲4の6・35及び弁論の全趣旨によれば,「B公園用地の先行取得について(依頼)」による対象事業用地の取得依頼は平成10年12月14日付けで行われ,その取得予定時期は同月下旬で,実際の契約もそのころ行われており,「B公園臨時駐車場用地の先行取得について(依頼)」による対象事業用地の取得依頼は平成11年2月3日付けで行われているところ,その取得予定時期は同月中旬であり,実際の契約もそのころ行われており,いずれも近接していることからすれば,本件文書2の上記非開示部分の「取得予定金額及び単価」は生駒市土地開発公社の取得価格(買収価格),すなわち前地権者の売却金額を容易に推測させるところではある。

イ ところで,甲1の2,甲3の22・23,甲4の6・35及び弁論の全趣旨によれば,本件文書2に係る用地の取得は平成11年中に既に完了していたものと推認されるので,仮に未買地の地権者が本件文書2に係る用地(既買収地)の取得価格を前提に自己に有利な価格を主張したとしても,交渉担当者としては各用地の対象となる事業や立地条件の相違,更には評価時点の相違等を説明するとともに,租税特別措置法上の優遇措置や土地収用という強制処分の存在を示唆することにより,早期に未買収地の地権者から一定の理解と協力を得ることは比較的容易な筈である。

また,本件文書2に係る用地の取得価格が開示されたからといって,そのことから直ちに,これとは異なる対象事業地の地権者の信頼を損ない用地買収の円滑な執行に著しい影響が生じるものといい難い。

なお,本件処分2の非開示決定がされた同12年4月当時,隣接地において用地買収が予定されていたものの,それは市道拡幅事業の用に供するものであって,本件文書2に係る対象事業の一環としての工事であるとは認められず,その関連性も明らかではない。

そうすると本件文書2に係る用地に関しては,その取得価格を開示したとしても,買収交渉が通常要する期間を大幅に超え長期化する蓋然性が高いものといえるかは,なお疑問の残るところである。

ウ したがって本件文書2の上記非開示部分は,これを開示すると上記事業の用地買収の円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるとまではいい難く,よって,本件条例6条7号には該当しないものというべきで,本件文書2の上記部分を非開示とした控訴人市長の処分は違法であるから取り消されるべきこととなる。

(4)  本件文書3の非開示部分(ウ),すなわち「用地先行取得に係る平成11年度予算の計上について」と題する公文書中の「売却要望に係る用地費,金利,金額」欄記載の金額は,以下のとおり本件条例6条2号に該当するものと認められる。

ア 本件条例6条2号本文は,①個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,かつ②特定の個人が識別され,又は識別され得るものであることを非公開の要件としている。

上記①の「個人に関する情報」とは氏名,住所のほか,病歴,学歴,職歴,思想,信条,資産,収入,家庭状況等個人に関する一切の情報をいうものと解されるところ,本件文書3の非開示部分(ウ)の「売却要望に係る用地費,金利,金額」とは生駒市土地開発公社と買収地の元所有者とが締結したE線用地に関する売買契約の代金額とその金利等をいうものであるから(甲3の35,甲4の47,甲5の2),個人の資産,収入に関する情報として上記①の要件を充足する。

イ 上記②の「特定の個人が識別され,又は識別され得るものであること」とは,当該情報だけから直接,特定の個人を識別でき,又は識別され得る可能性がある場合のほか,他の情報をも総合すれば容易に特定の個人を識別し,又は識別することができる場合も含まれるものと解するのが相当であるところ,確かに本件文書3の非開示部分(ウ),すなわち「売却要望に係る用地費,金利,金額」は,それだけから直接特定の個人に関する情報を識別することは不可能である。

しかし本件文書3には「用地費」と併せて各用地の地番が詳細に記載されているが,通常,土地の地番さえ分かれば不動産登記簿を閲覧することにより容易に土地の所有者が誰であるかを知ることが可能であるのだから,本件文書3の非開示部分(ウ)のうち「用地費」は,これに各用地の地番記載を結び付けることにより,当該用地の元所有者とその収入状況を特定識別することが可能な情報であると認められる。

ウ また,各用地の金利の額及び金額は,一般に公表されている生駒市土地開発公社の決算書等にある当該用地の保有期間,借入利率から当該用地の用地費を算出することができ(甲3の35,弁論の全趣旨),これに地番等他の情報を結び付けることにより,当該用地の元所有者とその収入状況を特定識別することが可能な情報であると認められ,これらからすると,上記②の要件を充足し,本件文書3の非開示部分(ウ)は本件条例6条2号本文に該当すると判断される。

エ なお,生駒市に対する具体的な公文書開示請求権は,憲法21条1項により保障される表現の自由ないしはその派生原理としての知る権利から直接導かれるものではなく,また,これにつき規定した法律もないのであるから,あくまで本件条例によって創設された権利であると解されるのであって,その保障の程度ないし限界は,つまるところ個々の条例の規定の文言に即して,これを合理的に解釈することにより画定するほかない。そして,本件条例3条は実施機関の責務として,公文書の開示を請求する市民の権利を十分に尊重することを求めつつ,その一方で,個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならないものと規定していることにかんがみると,本件条例は,公文書の公開を原則としつつも,その開示に当たっては,個人情報が「みだりに」,すなわち実施機関の恣意的な判断ないし取扱いによって公表されることのないよう最大限の配慮を求めているものと解され,そうすると非開示とされる個人情報の範囲は,できるだけ客観的で恣意的判断の入る余地のない方法でもって画定される必要がある。

被控訴人は,本件条例6条2号本文所定の「個人に関する情報」(上記①の要件)とは,個人に関する一切の情報をいうものではなく,プライバシー保護という観点から法的保護に値する情報に限られる旨主張するが,プライバシーという概念は,その範囲・内容が必ずしも明らかではなく未だ確立されたものであるとはいい難く,このような概念を前提に法的保護の必要性を判断すると,結果として開示非開示の判断に実施機関の主観的な判断が入りやすく恣意的運用を招くおそれがあり,プライバシー保護という見地から上記①の要件の意味内容を限定する被控訴人の上記主張は同号の文言はもとより,その趣旨・目的に沿わないものといわざるを得ない。

なお本件条例6条2号本文を上記のとおり解した場合,「個人に関する情報」のうちプライバシーに関係しないことが明らかなものがあるとか,プライバシーを保護する余地のないもの,あるいは他の公益上の要請から公開の必要性が高いものなども含まれる可能性もあるが,このような情報に対しては本件条例6条2号ただし書ア,イ及びエ所定の法令上閲覧可能情報,公表目的情報及び公益公開情報該当性の問題として扱うことで適当に対処することが可能であると解され,上記のとおり解したとしても格別不都合はない。よって,被控訴人の上記主張は前提において採用することができない。

オ よって,本件文書3の上記非開示部分を非開示とした控訴人市長の処分は,上記非開示部分の本件条例6条7号該当性を検討するまでもなく適法である。

第4結語

以上のとおり,本件文書1の非開示部分(イ)(取得予定金額)及び同3の非開示部分(ウ)(売却要望に係る用地費,金利,金額)を非開示とした控訴人市長の各処分はいずれも適法であるから,この非開示処分を違法であるとして取り消した原判決はその限度で変更を免れず,よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 岸本一男 裁判官 伊良原恵吾)

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