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大阪高等裁判所 平成15年(行コ)63号 判決 2003年12月24日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

中島光孝

井上二郎

被控訴人

茨木税務署長 炭崎耕三

同指定代理人

横田昌紀

山口宏明

中塚常治

西口伸彦

浅野由佳

主文

1  本件控訴を棄却する。

ただし、原判決主文第2項を次のとおり更正する。

被控訴人が平成10年3月3日付けでした控訴人の平成8年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める訴えを却下する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人が控訴人に対し平成10年3月3日付けでした次の各処分をいずれも取り消す。

ア 控訴人の平成5年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分

イ 控訴人の平成6年分所得税の更正のうち納付すべき税額62万0400円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

ウ 控訴人の平成7年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定

エ 控訴人の平成8年分所得税の更正のうち納付すべき税額153万0400円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(2)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  控訴に至る経過(原判決別表1ないし6参照)

(1)ア  被控訴人は、平成10年3月3日付けで、次の各処分をした(以下「本件各処分」という。)。

(ア) 平成4年分及び平成5年分の各所得税に係る控訴人の更正の請求に対し、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「平成4年通知処分」などといい、あわせて「本件各通知処分」という。)

(イ) 平成6年分ないし平成8年分の各所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定(以下各年ごとに「平成6年更正」、「平成6年賦課決定」などといい、あわせて「本件各更正」、「本件各賦課決定」という。)

イ  控訴人は、本件各処分の取消しを求めた。

ただし、平成6年更正については修正申告に係る納付税額を超える部分、平成8年更正については確定申告に係る納付税額を超える部分についてそれぞれ取消しを求めたものである(平成7年更正については、修正申告に係る税額が0円〔欠損〕であったことから、平成7年更正の全部の取消しを求めた。)。

(2)  原審は、次のとおりの判決をした。

ア (1)ア(ア)の本件各通知処分に係る取消請求を棄却する。

イ (1)ア(イ)の本件各更正及び本件各賦課決定に係る取消しの訴え等ついて

(ア) 平成6年更正及び平成6年賦課決定の取消請求を棄却する。

(イ) 平成7年更正及び平成7年賦課決定については、訴え提起後減額再更正及び再賦課決定がされたことから、更正のうち減額再更正に係る納付税額を超える部分及び賦課決定のうち再賦課決定に係る税額を超える部分の取消しの訴えは訴えの利益がなくなったので却下し、その余の請求(減額再更正に係る税額及び再賦課決定に係る税額の取消しを求める部分)を棄却する。

(ウ) 平成8年更正及び平成8年賦課決定については、確定申告に係る税額を下回る税額に減額再更正がされ、過少申告加算税を0円とする再賦課決定がされたことから、取消しの訴え全部につき訴えの利益がなくなったので訴えの全部を却下する(原判決主文第2項はその趣旨であると解される。)。

(3)  これに対し、控訴人が控訴して、前記のとおり、平成4年通知処分を除き、原審の請求どおりの裁判を求めたものである(平成4年通知処分については、控訴の対象としていない。)。

2  争いのない事実等、争点及び当事者の主張

争いのない事実等、争点及び当事者の主張は、控訴人の主張を次項のとおり加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決2頁22行目から43頁16行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

3  控訴人の主張

以下のとおり、本件各貸付けに係る所得は、事業所得に該当する(原審の争点(2))。

(1)  所得税法施行令63条8号は「金融業及び保険業」を、同条12号は、「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」を所得税法上の事業所得を生ずる事業であると定めている。

したがって、本件各貸付けに係る所得が事業所得に該当するかどうかを判断するに当たっては、まず同法施行令63条8号の金融業に当たるかどうかを検討し、これに該当しない場合であっても、更に同条12号該当性を検討することを要する。金融業の判定基準に当たらないからといって安易に事業性を否定すべきではない。

そして、金銭の貸付けが同条12号に該当するかどうかの判断に当たって「その貸付口数、貸付金額、利率、貸付けの相手方、担保権の設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付けのための広告宣伝の状況」等の項目を判断基準とすべきであるとしても、これらは、主として金融業を念頭に置いたものであるから、更に「貸付けを行うに至った経緯及び目的」、「貸付けの相手方及び相手方との関係」、「貸付資金の調達方法」、「関係官庁・団体への届出の有無」等を勘案し、当該金銭の貸付けが「貸し付けた者の計算と危険において独立して営んでいるか」、「資産と勤労の協働(結合)によって所得を得ているか」、「営利性、継続性があり事業としての社会的客観性を有しているか」を判定して決すべきである(最高裁昭和56年4月24日判決参照)。

(2)  まず、独立性の有無については、本件各貸付けが控訴人の計算と危険において独立して行われたことは明らかである。

(3)  次に、「資産と勤労の協働(結合)による所得であるか否か」については、貸付けを行うためにどのような労力を要したか、貸付けを行ってからどのような労力を要したかが判断されるべきところ、本件各貸付けは、以下のとおり控訴人の資産と勤労の結合されたものであることが明らかである。

控訴人が本件各貸付けをするに至った動機は、海外で不動産事業を手掛けたいということであった。ただ、個人よりも現地法人の方が同事業の展開に適していたため、豪州や米国に現地法人を買収・設立した上、これら現地法人に控訴人が金銭を貸し付ける方法によって不動産事業を行った。

本件各貸付けを実現させるために、控訴人は現地の市場や法規制を十分に調査し、事業としての将来性があることについて、金融機関を説得し、当時の大蔵大臣への届出書提出等を行った上で豪州D社を設立し、同社に対する貸付けによって初めて利息収入を得ることができた。このような収入は、控訴人の資産と勤労とが結合して得られた所得である。また、米国C社については、ロッジの経営の将来性、将来の売却益を目論んで同社に金銭の貸付けを行ってきたものであり、同様に資産と勤労の結合によって所得を得るための貸付けであった。

(4)  営利性、継続性があり事業としての社会的客観性を有していることについては、本件各貸付けの所得税法施行令63条12号該当性の点から検討されるべきである。

控訴人は、主に、豪州D社と米国C社という特定少数の者に対して反復継続して金銭の貸付けをすることによって利益を得る意図を有していた。したがって、看板の設置や広告宣伝活動及び事務所等設置の必要性はない。

控訴人は、乙及び丙と共同で豪州での不動産事業を企画し、豪州D社を買収し、買収資金及び同社への貸付原資をG銀行から調達して同貸付けを行い、同社からの利息を受領している。このような事実によれば、控訴人の豪州D社への貸付けは、事業として社会的客観性を有している。また、米国C社に対する貸付けも、控訴人がG銀行から調達し、当時の大蔵省に対する届出をした上で貸付けをしており、同様に社会的客観性を備えている。

控訴人の本件各貸付けは不動産事業のために必要不可欠なもので、それ自体事業性を強く帯びる。

個人で不動産投資等の事業を行えば、それが事業性を認められるのに、現地法人を設立して同法人への貸付けを通じて不動産事業を営む方法によった場合には当該貸付けの事業性が否定されるとすれば、租税負担の公平性に反する。

第3当裁判所の判断

1  本件訴え及び請求について

当裁判所も、控訴人の本件訴え及び請求(控訴の対象となった部分)につき、次のとおり判断する。

(1)  平成5年通知処分の取消しを求める請求は、理由がないから棄却すべきである。

(2)  平成6年更正のうち納付すべき税額62万0400円を超える部分及び平成6年賦課決定の取消しを求める請求は、理由がないから棄却すべきである。

(3)  平成7年更正及び平成7年賦課決定のうち納付すべき税額274万3300円、過少申告加算税額43万9500円を超える部分の取消しを求める訴えは不適法(訴えの利益がない。)であるから却下すべきであり、その余の部分(各税額を超えない部分)の取消請求は理由がないから棄却すべきである。

(4)  平成8年更正及び平成8年賦課決定の取消しを求める訴えは、その全部について不適法(訴えの利益がない。)であるから却下すべきである。

その理由は、当審における控訴人の主張に対する判断を次項のとおり加えるほか、原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1ないし9(原判決43頁17行目から67頁3行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決44頁18行目の括弧書部分及び51頁11行目から12行目にかけての「独立性、」を削除する。

2  控訴人の主張について

前記1で認定したところ(原判決を引用した部分)に基づき、以下控訴人の主張の当否について検討する。

(1)  判定基準等について

控訴人は、本件各貸付けについて、まず、所得税法施行令63条8号(金融業)に該当するかどうかを判断し、それに該当しない場合に同条12号に該当するかどうかを判断すべきであると主張する。

確かに、同条は、1号ないし11号に特定の事業を掲げ、同条12号は「前各号に掲げるもののほか」と規定しているから、金銭の貸付けについては、金融業に該当しないとしても同条12号の事業性を判断すべきものである。

しかし、所得税法27条1項及び同法施行令63条の規定にかんがみると、事業所得を生ずべき事業とは、対価を得て継続的に行う事業をいい、結局は社会通念によって決するほかないと考えられるから、殊更まず同条8号の該当性を判断した上、該当しない場合に同条12号の該当性を判断しなければならないものではなく、同条1号ないし12号の共通概念としての事業性の判断をすることによって決定することで足りるということができる。

(2)  事業該当性について

ア ところで、本件各貸付けについては、原審の認定するとおり、次の事情が認められる。

(ア) 控訴人が本件各貸付けの原資の大部分を金融機関からの借入れにより調達していること。

(イ) 豪州D社に対しては一括して一定金額を貸し付け、米国C社に対しては継続的に金銭貸付けを行っていること。

(ウ) 豪州D社からは貸付金の返済を受け、米国C社についても同社所有の不動産を売却するなどの方法による回収の見込みがないとはいえないこと。

(エ) 本件各口座の通帳その他の資料によって本件各貸付けに係る貸付金額、受取利息の額等が一応明らかになること。

イ しかし、他方、本件各貸付けについては、次の事実が明らかである。

<1> 控訴人の金銭貸付けは、自己が代表取締役等の立場にある控訴人関係法人4社に対するもののみであって、他の企業や個人に対する貸付けは行っていないこと。

<2> また、本件各貸付けは、控訴人自身の関係法人に対するものであることから、あらかじめ明確な契約を取り交わしているというものではなく、担保も設定していないものであること。

<3> 控訴人が金銭貸付けに係る利息を受領しているのは豪州D社のみであり、米国C社については、ア(ウ)の事情はうかがえるが、本件係争各年において、利息を全く受領せず、元本の返済も受けていないこと。

<4> また、控訴人は、控訴人関係法人4社に対してのみ貸付けを行うことからくるものではあるが、不特定多数の者を相手に金銭の貸付けを行うための独立した事務所や従業員等の物的人的設備を有しておらず、金銭貸付けについて看板の設置や広告宣伝等広く顧客を求める方策を全く講じていないこと。

<5> 貸金業の登録等の関係官庁への届出や、金銭の貸付けに係る帳簿書類の備付けをしていないこと(控訴人が大蔵大臣に提出した「対外直接投資に係る金銭の貸付契約に関する届出書」が上記貸金業の登録に係る届出でないことは、原判決52頁19行目の「なお、」以下に判示のとおりである。)。

ウ そうとすると、控訴人の金銭貸付けは、営利性・有償性及び反復継続性に乏しいというべきであり、貸付けに係る事業として社会的な地位ないし実体を有しているといい難いのであって、社会通念上所得税法上の事業と認めることはできないというべきである。

(3)  独立性について

控訴人は、本件各貸付けが独立性を有することを所得税法施行令63条8号又は12号の事業に該当することの根拠として主張するところ、給与所得との対比において、独立性(自己の計算と危険において行うものであること)がある場合には給与所得でないことは明確になるけれども、上記の趣旨における独立性の要件のみを充足しているからといって、直ちに事業該当性を認定することはできないというべきである。

(4)  資産結合所得性について

各種所得は、その性質によって資産性所得、勤労性所得、資産勤労結合所得に分けられるところ(それぞれによって担税力に違いがあるとされる。)、事業所得は、一般に資産勤労結合所得に分類されている。

ところで、資産勤労結合所得にいう結合される勤労とは、所得を生ぜしめる役務の提供をいうものと考えられる。そして、金銭の貸付けについていえば、社会通念上事業といいうるためには、金銭の貸付先を確保するために積極的に広告・宣伝等の活動をし、あるいは債権回収のために担保権の設定を受けてそれを実行するなどの手段を講じることをいうものと考えるのが相当であって、控訴人が主張するような豪州D社等の買収、設立やその後の経営のための一般的な労力は、本件各貸付けのための勤労に当たるとはいい難いというべきである。

なお、雑所得は多様な所得を含むから、資産勤労結合所得であるからといって常に事業所得であって雑所得ではないとは断定できない(また、雑所得を得るためにも、一定の勤労を要するのは当然のことである。)。

(5)  貸付けの経緯等について

また、控訴人は、本件各貸付けを豪州D社などの海外現地法人に行い、現地法人による不動産売買やロッジ経営などによる収益を企図したのであるから事業性を有すると主張する。

しかしながら、控訴人とは別個の法人格を有する現地法人が本件各貸付けを原資として収益を上げることと、控訴人による現地法人への貸付けとが法的に別個のものであることはいうまでもなく、控訴人の意図するところや控訴人の本件各貸付けと現地法人の営業とを経済的に一体として見た場合に事業性を有するからといって、本件各貸付けが所得税法施行令63条8号又は12号の事業に該当するということはできない。

また、このように解したとしても、租税負担の公平性に反するものということはできない。

3  結論

以上によれば、控訴人の本件請求は、被控訴人が平成10年3月3日付けでした本件各処分につき、控訴人の平成7年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定のうち納付すべき税額274万3300円、過少申告加算税額43万9500円を超える部分の取消しを求める訴え、平成8年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定の取消しを求める訴えはいずれも訴えの利益がないから却下すべきであり、その余の請求はいずれも失当であるから棄却すべきものである。

よって、本件控訴は理由がないから棄却することとする。なお、原判決主文第2項中の括弧書部分は、控訴人の請求自体が平成8年更正のうち納付すべき税額153万0400円を超える部分の取消しを求めるものであることを念のため明らかにしたもので、同主文第2項は平成8年更正の取消請求に係る訴えの全部を不適法としたものと解されるが(このことは、原判決主文第1項との記載の違い及び争点に対する判断の9項で平成8年更正の適法性について判断していないことからも明らかと思われる。)、同括弧書部分が不適法とする部分を限定したかのように理解される可能性もあるので、疑義を除くために削除して更正することとする(また、控訴人は減額再更正の請求をしたことに伴い、取消しを求める範囲を拡大したものと解されなくもないから、いずれにせよ、原判決主文第2項中の括弧書部分は削除するのが相当であると考えられる)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 鎌田義勝 裁判官 松田亨)

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