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大阪高等裁判所 平成15年(行コ)70号 判決 2004年7月28日

控訴人 甲(以下「控訴人甲」という。)

控訴人 乙(以下「控訴人乙」という。)

控訴人ら訴訟代理人弁護士 服部正弘

被控訴人 城東税務署長

田幡民生

同指定代理人 小島清二

同 豊田周司

同 堀本繁喜

同 森川幸敏

同 成瀬裕

同 福田幸治

同 今井景子

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人甲の平成4年8月22日相続開始に係る相続税について、被控訴人が平成8年2月14日付けでした更正処分のうち課税価格1億3991万4000円、納付すべき税額6682万5900円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

3  控訴人乙の平成4年8月22日相続開始に係る相続税について、被控訴人が平成8年2月14日付けでした更正処分のうち課税価格5億6267万1000円、納付すべき税額1億8523万円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

4  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、控訴人らが被控訴人に対し、平成4年8月22日相続に係る相続税につき、被控訴人が平成8年2月14日付けでした更正処分の一部及び過少申告加算税賦課決定処分の全部の取消を求める事案である。

控訴人甲が原審において取消を求めた処分の範囲は、主位的には課税価格1億3991万4000円、納付すべき税額6682万5900円を超える部分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分であり、予備的には課税価格2億5996万4000円、納付すべき税額1億2146万2500円を超える部分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分である。また、控訴人乙が原審において取消を求めた処分の範囲は、主位的には課税価格5億6267万1000円、納付すべき税額1億8523万円を超える部分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分あり、予備的には課税価格5億6267万1000円、納付すべき税額、1億9940万2600円を超える部分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分である。

原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却した。

その他、本件事案の概要は、後記一のとおり補正し、二のとおり控訴人らの当審における補充主張の要旨を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の第2の1以下に記載したとおりであるから、これを引用する(以下略語も引用部分にならう。)。

一  原判決の補正

1  原判決14頁22、23行目の「農業投資価格に基づく相続税の総額」を「農業投資価格による相続税の総額」と改める。

2  同16頁23行目の「規定に適用」を「規定の適用」と改める。

3  同19頁16、17行目の「(以下「本件通達」という。)」を削除し、24行目の「を引き受けて」を「で引き受けて」と改める。

4  同20頁12行目の「株式」を「株主」と改める。

5  同21頁22行目の「義務には違反」を「義務に違反」と改める。

6  同22頁18、19行目の「責めに帰すべき過失はないから」を「責に帰すべき過失はなく」と改める。

7  同29頁6行目の「責め」を「責」と改める。

二  当審における控訴人らの補充主張の要旨

控訴人らの当審における主張は、基本的に上記引用にかかる原審での主張と同じであるから、以下は補充主張の要旨のみを摘示する。

1  本件地上権設定契約に法64条を適用して否認できるか。

(一) 法64条と憲法84条との関係について

法64条は、租税回避行為の否認を認めた規定であり、租税回避を否認するということは、本来課税要件に該当しないにもかかわらず、課税庁によって新たな課税要件事実が作り出され、これを基礎として課税がされるものである。このことは、納税者にとって、自ら行った行為や計算を無視され、自ら行わなかった行為や計算を事後的に強制されることを意味する。これは、租税法律主義が要請する予測可能性や法的安定性を害し、租税回避行為の否認のあり方如何によっては、憲法84条の租税法律主義が大きく損なわれる危険がある。一般条項的な租税回避否認規定によって、課税庁が立法的権限を行使するとすれば、法治主義の妥当しない特異な領域を認めることになる。これらの考察を前提とすれば、法64条の要件は、以下のとおりと解すべきである。

① 同族会社自身の行為計算であること

② 同族会社が、通常選択されるであろう合理的な行為に代え、同族会社にとって異常、不合理な行為を選択したこと(同族会社の行為計算の異常性)

③ 通常採用される合理的な行為計算と同様の経済的成果が実現されていること(経済的成果の同一性)

④ その結果、株主等の相続税又は贈与税が不当に減少していると認められること(租税負担の不当減少)

(二) 同族会社と株主の取引が同族会社の行為又は計算であるかについて

原判決は、「同族会社を一方の当事者とする取引当事者が」と判示するが、これは、法64条1項がその適用要件を「同族会社の行為又は計算で」として対象を同族会社の行為に限定しているにもかかわらず、これを拡張したものである。このような解釈を認めれば、課税庁が同族会社の行為計算否認規定を用いて第三者の行為を自由に否認しうることになり、租税法律主義の見地から許されない。原判決は、否認対象を同族会社自身の行為のみに限られるとした浦和地裁判決昭和56年2月25日を無視するものであって、審理不尽、法令適用の誤りがある。

(三) 本件地上権設定契約が異常・不合理であるかについて

(1) 地上権は、民法において認められた土地利用権である。ところが、原判決は、結局のところ、地上権の設定自体が異常・不自然なものと判示している。しかし、本件地上権設定契約が不自然であるなら、賃借権設定契約も不自然なはずである。ところが、原判決は、賃借権設定契約であれば合理的な行為というのであって、本質を見誤った判断である。不自然・不合理であるとすれば、それは高額な地代であり、これを否認すべきものである。

(2) 行為が異常・不合理なものであるか否かは、同族会社が達成しようとした経済的動機に応じた経済合理性があるか否かで判断すべきである。Aが本件土地に地上権を設定したのは、堅固な立体駐車場設備を設けて駐車場事業を行い、長期にわたる安定的な土地利用を確保したいという経済的動機に基づく。この目的達成のためには、地上権の設定以外には考えられず、現にAは、この目的達成のための駐車場事業を行ってきたのであって、本件土地に地上権を設定した行為は、自然で合理的な行為である。

(3) 原判決は、本件地上権設定契約の不合理性を地価下落の予想可能性などから論じているが、平成3年当時、バブル経済が崩壊することなど誰にも予想できなかったものである。控訴人らは、本件土地近辺の事情から、将来の採算性を見込んで駐車場事業を開始したのであって、その後もバブル経済崩壊による影響が顕著であった時期を除き、好調な業績をあげている。原判決には事実誤認、審理不尽の違法がある。

(四) 経済的成果の同一性の要件について

租税回避行為の否認の趣旨からすると、法64条1項の適用要件として、同族会社が選択した不自然・不合理な行為計算により実現した経済的成果が通常採用される合理的な行為計算により実現した経済的成果とがほぼ同一でなければならず、この要件を充足しなければ、実現していない経済的成果に課税することになり、「財産なきところに課税する」という不当な課税になる。原判決は、この要件を外して賃借権設定契約を擬制したものであって、判例にも学説にもない新たな判断であり、税務署長に不当に広範な裁量権を与えるものであって不当である。

(五) 第1次更正処分の「更正又は処分」該当性について

被控訴人が平成7年8月7目に行った処分は、「更正すべき理由がない旨の通知処分」であるから、そもそも法64条1項の「更正又は決定」には当たらず、本件において法64条1項の適用はない。

(六) 相続税負担軽減の意図について

控訴人らは、本件申告当時、本件地上権設定契約によって地上権を控除した価額で評価することは考えなかったため、本件土地に小規模宅地の特例適用をしたり、物納申請の手続等を行ったりしている。したがって、控訴人らには、相続税の負担軽減の意図はなかった。

2  本件出資の評価につき、本件通達を適用して純資産評価方式によって評価することができるか。

(一) 本件出資が控訴人らに返還されることが容易に想像できるかについて

原判決は、本件出資が本件相続にかかる相続税の申告完了後、Dから控訴人らに返還され、これがEへの弁済にあてられるであろうことは容易に推認し得る情況にあったと判示する。しかし、Dは、出資金のほぼ全額をパーッと遣ってしまっているのであるから、出資金の返還など客観的に不可能である。また、Dの行った地下げ事業の実態からしても、当事者の意図に返還の予定など全くなかった。原判決には事実誤認がある。

(二) 本件出資の目的について

(1) 本件出資について、配当還元方式を適用することによって3億円の相続税を免れたとしても、そのために返還されるあてのない4億9000万円の出資をする者はいない。本件被相続人の出資目的は、配当を期待して出資したと捉える以外にはない。

(2) 原判決の趣旨は、地価の下落が予想でき、配当など期待できないことがわかっていながら出資したのであるから、本件出資の目的は配当目的ではないというものである。しかし、金融機関やエコノミストなどでさえバブル崩壊や地価の下落を予想することはできなかった以上、本件被相続人及び控訴人らがこれを予想できるはずがない。したがって、事後的に地価が下落したからといって、本件出資の当時、本件出資が有望と考えられた地下げ事業に対する出資をして配当を得る目的であったことを否定する理由は全くない。

(3) 原判決は、本件被相続人が95歳と高齢であること、本件出資の原資は借入れによって調達されたことから、本件出資が経済的に不合理ないし不自然であると判示する。しかし、本件被相続人は、高齢ではあったが、投資を理解する能力はあったし、地下げ事業に投資することによって利益配当が得られる可能性は高かった。また、本件被相続人は、本件出資に当たり、土地を売却して原資にすることを検討していたのであるから、本件出資の原資を借入れによって調達したとしても、少しも不自然・不合理ではない。原判決には事実誤認、審理不尽がある。

(4) 本件被相続人及び控訴人らは、当初の相続税の申告時、物納による納税の準備をしていたのであるから、相続税負担軽減の意図はなかった。

(三) 配当還元方式による評価と節税行為について

アメリカの判例においては、何ら事業目的を有せず、租税回避の目的以外に目的がない場合には、非課税規定の適用が否認されるが、納税者には租税を回避する当然の権利があり、行為の目的が事業目的と租税回避の目的の双方がある場合は通常の事業行為であり、単に租税回避の目的があるというだけでは、否認の対象にできないとの事業目的の原理が認められている。この原理は、わが国の税法においても認められるから、仮に本件出資に相続税負担軽減の意図があったとしても、本件出資には地下げ事業遂行の目的があったから、本件通達が予定している配当還元方式の適用を否認することはできない。このことは、本件出資の実態・性質論からみても同様である。

(四) 「特別の事情」について

出資が一時的な状態にすぎず、それが現金に戻ることが予定されている事情が「特別の事情」の直接事実であり、原判決が挙げる本件被相続人が高齢であったこと、Dが本件被相続人の死亡時期に近接して設立されたこと、本件被相続人が出資金を借財によって工面したこと、利益配当がされていないこと等の諸事情は、間接事実にすぎない。しかるところ、本件出資には買取約束はなく、そうである以上、配当還元方式によらないことを正当と是認する「特別の事情」があるとは認められない。

g事件等の裁判例においては、出資が一時的な事情にすぎず、これが現金に戻ることが予定されている事情が「特別の事情」の最も重要な事実とされている。本件においては、買取約束等が存在しないのであるから、純資産評価方式を適用することは、判例と矛盾する。

(五) 純資産価額方式を適用することの妥当性について

(1) 仮に「特別の事情」があるとしても、原判決は、配当還元方式を適用しない場合に純資産価額方式を適用することの理由が述べられていない。

(2) 仮に出資払込金100万円全額が資本金に組み入れられた場合には、配当還元方式を適用することにより時価は1口50万円と算定されると解されるから、これを上回る評価をした原判決は違法である。

(3) 本件出資に係る評価方法ないし評価額は、本件と同様にhが代表取締役を務める同族会社に対する出資に係る評価方法ないし評価額が争点になっている別件訴訟(大阪地裁平成12年(行ウ)第5号、同第6号)と異なっており、矛盾する。また、被控訴人は、純資産価額方式を適用することの正当性の論証、具体的な評価額についての主張・立証責任を果たしていない。

3  国税通則法65条所定の「正当な理由」があるか。

本件出資の評価方法として評価基本通達が適用されないなどということは予期できるものではないから、本件申告に過少申告加算税を賦課すべきではない。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、当審における控訴人らの主張立証を考え合わせても、本件各処分はいずれも適法であり、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないものとして棄却すべきものと判断する。

その理由は、後記一のとおり原判決の補正をし、二のとおり当審における控訴人らの補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」で説示されているとおりであるから、これを引用する

一  原判決の補正

1  原判決31頁末行及び32頁1行目を「前記第2の1の前提事実、証拠(甲4ないし6、8、11、21、27、28、32、85、86の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。」と改める。

2  同32頁9行目及び12行目の各「存在期間」をいずれも「存続期間」と改める。

3  同33頁7行目の「係属している」を「継続している」と改める。

4  同34頁8行目の「行われなかったであろう」を「行われない形態」と改める。

5  同36頁22行目の「178条以下」を「178以下」と改め、同24行目の「及び本件通達」を削除する。

6  同37頁8、9行目を「前記第2の1の前提事実、証拠(甲10、13、17、20、21、167、168、184、証人h)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。」と改める。

7  同40頁6行目の「適用することはなく」を「適用することなく」と、「交換価値に評価」を「交換価値を評価」とそれぞれ改める。

8  同40頁10行目の「1年4か月」を「1年3か月」と、同12行目の「目的として」を「目的で」と、同23行目の「相当と認められる」を「相当である」とそれぞれ改める。

9  同41頁13行目の「責め」を「責」と、同18行目の「正当な理由があると認められず」を「正当な理由があるとは認められず」とそれぞれ改める。

10  同41頁24、25行目の「あることから」を「あって」

と改める。

二  当審における控訴人らの補充主張に対する判断

1  1(一)の主張について

法64条は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されており、所有と経営が結合しているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み、そのような行為や計算が行われた場合、税負担の公平を維持するため、これを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。そして、税務署長は、この規定に基づき、課税価格の計算に関し、現実の法律関係を否認し、引き直された法律関係に基づいて課税価格を計算することができることは、原判決を引用して説示したとおりである。したがって、これと異なる前提に立つ控訴人らの主張は、採用することができない。

また、同条は、税務署長に対し、包括的、一般的、白地的に課税処分をする権限を与えたものではなく、合理的基準に従って同族会社の行為や計算を否認する権限を与えているものであるから、これが憲法84条に違反するものとはいえない。

2  1(二)主張について

法64条1項所定の同族会社の行為又は計算は、同族会社と株主等との取引の全体を対象とし、その取引行為が客観的にみて経済的な合理性があるか否かの観点から同条項の適用の有無及び効果を判断すべきものである。株主等と同族会社間の取引に対して同条項の適用がないとすれば、同条項の適用場面はほとんど想定し難く、同条項の立法趣旨である税負担の公平が達成できなくなるし、文言上もそのように解し得るからである。

なお、控訴人らが挙げる浦和地裁判決は、同族会社が一方の当事者である場合に法64条1項の適用がないことを判断したものではないから、控訴人らの主張は失当である。

3  1(三)の主張について

本件地上権設定契約が不自然・不合理であり、本件地上権設定契約は、Aが同族会社であるが故に締結されたものというほかなく、Aの社員である控訴人らの相続税の負担を不当に減少させる目的で行われたものといわざるをえないことは、原判決を引用して説示したとおりであって、地上権設定そのものだけを捉えてこれが異常・不自然であるというものではない。控訴人らの補充主張及び当審提出証拠を考慮にいれても、以上の判断を左右しない。また、乙15の1・2、16ないし26及び弁論の全趣旨によれば、平成2年末から平成3年5月ころにかけては、既にバブル経済の崩壊といわれ、大阪圏においても、地価が下落し、本件土地も同様の傾向にあったことが認められるから、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。

4  1(四)の主張について

この点に関する控訴人らの主張は、不合理な行為と合理的行為の法的・経済的効果のほぼ完全な一致を法64条1項の適用要件とするものである。しかし、同条項の文言上そのように解すべき根拠はなく、また、このように解すべき実質的根拠もない。

控訴人らの主張は、独自の見解というほかなく、採用できない。

5  1(五)の主張について

甲1の1・2によれば、被控訴人は、平成7年8月7日、控訴人らに対し、本件相続に係る相続税につき、「更正」をしたことが認められから、この点に関する控訴人らの主張は前提を欠き失当である。

6  1(六)の主張について

本件地上権設定契約は、Aが同族会社であるが故に締結されたものであり、Aの社員である控訴人らの相続税の負担を不当に減少させる意図の下で行われたものであるとしか考えられないことは前記のとおりである。控訴人ら主張の申告内容や物納申請の準備をしていたことは、上記の認定判断を動かすものではない。

7  2(一)の主張について

仮に、Dが本件出資のすべてを不動産の購入資金として使用したとしても、本件出資は、現金が不動産に変わってDにとどまっているだけである。そして、Dが購入した不動産の転売を行い、これを金銭化することを意図していたことは、控訴人らにおいてこれを自認している。そうだとすれば、控訴人らの目的である相続税の軽減が実現することが確定する将来の時点においては、不動産が現金化され、控訴人らに返還されるものと推認することができる。これが滞ったのは、その後の地価下落等の事情によるものにすぎないと考えられる。したがって、Dが本件出資を不動産購入資金に充てたとしても、本件出資を控訴人らに返還する予定がないとはいえない。本件出資が本件被相続人にとって全く経済的な合理性がなく、控訴人らが本件5億円の出資を配当還元方式で評価し、価額を245万円として申告し、他方借入金5億円を計上していることなどの事実を総合考慮すれば、本件出資が相続税軽減の目的を遂げた後には控訴人らに返還され、これがEへの弁済に充てられるであろうことが容易に推認し得る情況にあったことは、原判決を引用して説示したとおりである。

8  2(二)の主張について

本件出資の返還が不可能な状態にはなく、将来、本件出資が控訴人らに返還されることが容易に推認できること、本件出資に経済的な合理性が見出せないことは前記のとおりである。原判決を引用して示したDの設立目的、出資方法、株式の保有割合、資本組入れの方法、利益配当の有無、本件被相続人による本件出資の原資の調達方法、本件被相続人の年齢等の事実を総合考慮すれば、本件出資は、配当還元方式を定める評価基本通達の適用を受けることにより、本件相続に係る相続財産の価額を大幅に圧縮し、他方で借入金債務を負担し、これによって控訴人らの相続税の負担を減少させる利益を得ることだけを意図して、当初から計画的に実行されたものと認められるのであって、これらの各事実の一つ一つを分解してこの意図がないことを主張する控訴人らの主張は採用できない。

9  2(三)の主張について

前記のとおり、本件出資行為は、専ら課税標準である本件出資の評価額を減少させることを目的として、課税要件の充足を回避するために異常な法形式を用いて行われた行為であるから、租税法規の予定するところに従って税負担を適法に減少させる行為である節税行為とはいえない。

10  2(四)の主張について

「特別の事情」の有無は、買取約束の有無によって決せられるものではなく、諸般の事情を総合考慮の上、相続開始時において、評価基本通達による評価方法を形式的に適用すると不適当な結果となる状態があるか否かによって判断すべきものである。

そして、本件において、「特別の事情」があると認められることは原判決を引用して説示したとおりである。控訴人らが主張する裁判例は、このような考えと矛盾するものではない。この点に関する控訴人らの主張は採用できない。

11  2(五)の主張について

本件出資は、評価基本通達の定める配当還元方式によらない「特別の事情」があるのであるから、他の合理的方法によって本件相続開始時における本件出資の客観的交換価値を評価して課税することが許される。しかるところ、株式の理論的、客観的価値は、会社の純資産の価額を発行株式数で除したものと考えられており、純資産方式は、株式の評価方法として高い合理性を有する。また、評価基本通達の189(3)及び189-3本文によれば、相続開始時点で開業3年未満の会社は、純資産方式によって評価することとされているところ、Dの設立は平成3年5月15日で、本件相続開始時点において1年3か月ほどしか経っていなかったのであるから、本件出資の評価を純資産方式で行う合理性があるというべきである。

また、本件出資は現実に1口100万円が資本に組み入れられたものではないから、このような仮定の事実との比較を前提とする控訴人らの主張は採用できない。

さらに、被控訴人の本件出資に係る評価方法及び評価額の合理性に関する主張・立証に欠けるところはなく、別件訴訟における出資に係る評価方法ないし評価額は、本訴請求とは別個の問題である。そして、本件出資の時価が本件更正処分において採用した課税価格を下回るものでないことは、原判決を引用して説示したとおりである。

12  3の主張について

国税通則法65条4項所定の「正当な理由」は、税法の解釈に関し申告当時に公表されていた課税庁の見解がその後変更されたり、災害又は盗難等に関し申告当時は損失とするのが相当とされたものがその後予期しなかった保険金の支払や盗難品の返還を受けた場合等、申告当時は適法とみられた申告がその後の事情の変更によって、納税者の故意又は過失に基づかずに過少申告になった場合のように、その申告が真にやむを得ない理由によるものであって、過少申告加算税の賦課が不当又は酷になる場合を指すものと解される。しかるところ、本件全証拠によっても、控訴人らの申告にこのような理由があったとは認められず、かえって、控訴人らは、Dが出資金の100分の1を資本金、100分の99を資本準備金にするという不自然かつ不合理な資本構成をとっていることを認識した上で、専ら相続税軽減の意図から本件出資をしているのであるから、本件更正処分を受ける可能性のあることは十分予測できたというべきである。控訴人らに上記「正当な理由」があったとは認められない。

13  その他の点について

その他、控訴人らが当審において種々補充主張する点を考慮しても、以上のような判断を左右するに足りない。そして他に、上記の認定・判断を左右し得る証拠もない。

第四  結論

以上のとおりであって、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 裁判官 青沼潔)

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