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大阪高等裁判所 平成16年(う)10号 判決 2004年4月14日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中80日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人柳川博昭作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。

論旨は,被告人を懲役10年及び罰金500万円に処した原判決の量刑は,重過ぎて不当である,というのである。

そこで,原審において取り調べた証拠を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると,本件は,被告人が,営利目的で,Aらに対し,覚せい剤結晶約10グラムを代金7万円で譲り渡し(原判示第1),B及びCと共謀の上,営利目的で,覚せい剤結晶約61.794グラム及び大麻草約80.162グラムを所持し(同第2),D,E,F,G及びHと共謀の上,営利目的で,覚せい剤原料と覚せい剤との混合結晶約994.87グラムを所持し(同第3),覚せい剤結晶約0.045グラムを加熱気化させて吸引使用し(同第4),Iと共謀の上,営利目的で,Kに対し,覚せい剤結晶約4.8グラムを代金3万5000円で譲り渡し(同第5),営利目的で,覚せい剤結晶約47.05グラムを,営利目的なく,覚せい剤を含有する錠剤4錠,1種類の麻薬を含有する錠剤2錠及び2種類の麻薬を含有する錠剤3錠を所持した(同第6)という事案である。

被告人は,合計1キログラムを超える大量の覚せい剤等を営利目的で所持しあるいは譲渡したものであるところ,これらの犯行は,暴力団組長であるDの統率のもとに被告人らによって組織された密売グループにより敢行されたもので,その態様は,密売人らの注文を一つに取りまとめて東京の仕入先に大量の覚せい剤等を注文し,これを第三者宛ての宅配便に隠匿して宅配業者の営業所留めで送らせ,受け取った覚せい剤等を密売人らに分配し,各密売人がこれを各自の配下の密売人らに密売するものであり,仕入れから密売まで大規模かつ組織的,計画的になされたものであって,極めて悪質である。

被告人は,いずれも覚せい剤自己使用の罪を含む原判示の累犯前科2犯を有しながら,またも覚せい剤の自己使用や同目的の所持に及んだほか,手早く金員を得ようと覚せい剤等の密売にまで手を染め,上記密売グループにおいては,仕入れの取りまとめ等を担当するなどの重要な役割を果たし,自らの密売組織においても,配下の者を指揮統率し,小売りの密売人らに密売して多額の利益を得ていたものであり,配下の者が検挙され,密売拠点も捜索されて,原判示第2の犯行が発覚したのに,更に同第3ないし第6の各犯行に及んだもので,その規範意識の鈍磨は著しい。

被告人らが密売した原判示第1及び第5の覚せい剤のほとんどは,譲受人から更に第三者に譲渡されてその害悪が拡散し,また,被告人らが所持していた原判示第2,第3及び第6(1)の覚せい剤等も,その拡散の危険が切迫していたもので,被告人が社会にもたらした害悪は甚大である。

以上のようにみてくると,被告人の刑事責任は重大である。

所論は,原判示第3の覚せい剤等の共同所持について,被告人は,その注文前である平成14年6月11日,Dの傷害事件で,皆が伊丹警察署に出頭することになっていたのに出頭しなかったため,同日付けで所属暴力団から絶縁処分を受けているから,同犯行に関与のしようがなく,また,後継者であるHに150万円を渡しているが,それは前に譲り受けた覚せい剤の代金であって,上記覚せい剤等の代金ではないから,被告人による上記共同所持の共謀共同正犯の成立には疑問がある旨主張する。

しかし,関係証拠によれば,被告人は,前記出頭予定日の前日である同月10日,Dの指示を受け,自己の身柄拘束に備えて,仕入れ担当という自己の役割をHに引き継ぎ,仕入先への送金用の郵便貯金通帳も引き渡し,キャッシュカードは手元に残した上,Hに対し,自己の密売の仕事はBに任せるので,自己の密売分としてBに従前どおり覚せい剤等を回してほしい旨頼んで,覚せい剤等の仕入れを依頼し,Hもこれを引き受けたこと,その後,Hは,被告人に前記覚せい剤等約1キログラムを注文する旨告げ,被告人も,Hに仕入れた覚せい剤等のうち100ないし200グラムを自己に回してほしい旨告げ,Hが了承したことから,同月17日,その仕入れ代金として150万円を上記郵便貯金口座に入金し,Hが仕入先に550万円を送金した結果,同月18日,上記覚せい剤等が宅配便の営業所留めで送られてきたこと,被告人は,Hとの間では,これをBに受け取らせることにしていたが,同日,被告人の密売拠点が捜索されるなどしたことから,Bによる受領が困難となったため,Hに対し,H側で上記覚せい剤等を受け取りに行ってほしい旨伝えた結果,Hの依頼を受けたG,Gの依頼を受けたE,Eの依頼を受けたFとの間に順次共謀が成立し,同月19日,Fによって同覚せい剤等の所持が実行されたことが認められる。以上によれば,たとい同月11日に被告人が警察署に出頭せず,そのために所属暴力団から絶縁処分を受けたとしても,被告人は,その処分とは無関係に,上記覚せい剤等の共同所持の共謀に加わり続けたというべきであるから,被告人がその共謀共同正犯であることに疑問の余地はなく,所論は採用できない。

また,所論は,被告人に科された追徴金10万5000円のうち,3万5000円は,原判示第5のIがKに覚せい剤を売った代金であるが,被告人は,Iから同代金を受け取っておらず,Kに売ったという報告も受けていないから,Iが自己の管理下にある覚せい剤をKに売った可能性もあるので,被告人が上記3万5000円の追徴を受ける理由はなく,また,Iに対する判決により,Iが同額の追徴金を科されているから,被告人からこれを追徴することは,二重の追徴となる旨主張する。

しかし,関係証拠によれば,IがKに売った覚せい剤約4.8グラムは,被告人からIに渡された覚せい剤であって,Iが独自に自己の管理する覚せい剤をKに売り渡した可能性はなく,被告人も,そのことを認識しており,Iと共謀の上,Kに上記覚せい剤を代金3万5000円で譲り渡したものと認められるところ,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律11条1項1号,13条1項前段の趣旨,目的に照らすと,薬物犯罪収益と認定できる上記譲渡代金3万5000円を没収できないときは,その価額を「犯人」すなわち正犯,共同正犯,教唆犯又は幇助犯の全員から追徴すべきであって,犯人が現にその収益の分配を受けたか否かによって,この結論は左右されないから,同代金相当額である3万5000円を共謀共同正犯である被告人から追徴することは,何ら違法ではない。また,当審における事実取調べの結果によれば,Iに対しては,原判決が宣告された平成15年11月20日より前の同年8月21日,被告人と共謀の上,Kに対して覚せい剤約4.8グラムを代金3万5000円で譲り渡した罪等により,懲役2年4月及び罰金50万円,金3万5000円追徴の判決が言い渡され,同判決は,Iの控訴取下げにより同年11月10日に確定したが,同追徴が執行されたのは,Iが追徴金の一部である2万円を納付した平成16年3月1日のことであると認められるので,原判決宣告時においては,なお被告人に対しては,上記3万5000円全額の追徴が可能であったというべきであるから,原判決が同額を被告人から追徴したことに,何ら違法はない(なお,原判決が確定した場合に,被告人から追徴の執行が可能であるのは,Iから納付された金額を控除した額にとどまるが,これは裁判の執行の問題であって,原判決の主文に影響する問題ではない。)。所論は採用できない。

そうすると,原判示第2,第3及び第6の大量の覚せい剤等が捜査機関によって押収され,その拡散が未然に防がれたこと,被告人が本件各犯行を認め,密売の態様や方法,仕入先,共犯者,とりわけDの関与等についても供述し,本件各犯行の全容解明に一定の寄与をし,被告人なりに反省の態度を示していること,実父や知人女性が原審公判廷において被告人のために証言していることのほか,被告人が原判決後Dに対する被告事件の公判に検察官側の証人として出廷し,Dの関与等について証言したことなど,被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮し,かつ,共犯者らとの刑の権衡に配慮しても,原判決の量刑は,刑期及び罰金額ともに,やむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近江清勝、裁判官 渡邊 壯、裁判官 西﨑健児)

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