大阪高等裁判所 平成16年(う)1405号 判決 2004年12月21日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人有馬純也作成の控訴趣意書及び同補充書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
1 控訴趣意中、事実誤認又は法令適用の誤りの主張について
論旨は、原判示第2の事実について、(1)同判示の詐欺(以下、この項において「本件詐欺」という。)は、被害者をして現金2722万7475円をA1名義の普通預金口座(以下「本件預金口座」という。)に振込送金させた時点において既遂に達しており、その後に行われた本件預金口座からの預金の払戻しはいわゆる不可罰的事後行為となる、また、(2)本件預金口座は、共犯者のB及びCが「A1」の名義で開設し、Bが管理していたものであって、このように自ら管理する口座から預金を引き出す行為は犯罪を構成せず、いずれにせよ、同判示の事実のうちA1名義の普通預金払戻請求書1通を偽造、行使した点(以下「本件払戻請求書偽造等」という。)は罪とならない、さらに、(3)仮にそうでないとしても、本件払戻請求書偽造等は本件詐欺が既遂に達した後に行われたもので、両者は手段結果の関係に立たないので牽連犯とはならない、したがって、本件払戻請求書偽造等につき被告人を有罪とし、これと本件詐欺とが牽連犯となるとした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認又は法令適用の誤りがある、というのである。
(1) 論旨(1)(本件詐欺の既遂時期)について
そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、まず、本件詐欺が被害者をして現金2722万7475円を本件預金口座に振込送金させた時点において既遂に達したと解されることは、原判決が、その「法令の適用」の項において、「関係証拠によれば、本件預金口座は、B及びCによりA1名義で開設され、Bが管理していたものと認められるから、銀行に同口座が不正な偽名口座であると発覚するなど特段の事情がない限り、同口座に振込送金された金員は被告人らにより自由に処分でき、したがって、振込送金の時点で詐欺罪が既遂になるものと考えられる」旨説示するとおりであって、当裁判所もその判断を是認することができる。
ところで、原判決は、上記説示に続いて、「検察官が、『本件預金口座は架空口座であり、架空口座に振込送金させただけでは、被告人らが自由に処分し得べき状態下に詐取金を置いたとはいえないので、詐欺の既遂時期については現実に被告人らによる現金2720万円の払戻しを受けた行為によって既遂に達した』との見解に基づいて訴因を構成し、立証活動を行っており、この構成も首肯し得ること、また、振込送金の時点で詐欺罪が既遂になるとすると、被告人らの詐取金額が2722万7425円とされなければならないなど被告人に不利益となるおそれもあることを考慮して、検察官の上記見解に従い(本件詐欺が被告人らが本件預金口座から現金を引き出した時点で既遂に達したことを前提に)、法令を適用することとした」旨説示している。しかしながら、被告人らが本件預金口座に振込送金された詐取金を引き出すためには、更にA1本人に成りすますなどして銀行側を欺く必要があることは確かであるが、そうしたことは、既に同口座を開設し管理していた被告人らにとってさほど困難なことではないし(現に、上記詐取金は、後記のとおり、それが振込送金となった直後にそのほとんどが引き出されている。)、他に本件において、被告人らが本件預金口座から預金を引き出すことについて障害となるような事情のなかったことも明らかである。そうすると、やはり本件詐欺は、本件預金口座に詐取金が振込送金された時点で既遂に達したと解さざるを得ないところ、法令の解釈適用は最終的には裁判所の専権事項であるから、検察官の訴因の立て方や立証活動いかんによってこれを左右させるべき理由はないといわなければならない。また、このような解釈が被告人に不利となるとの点についても、現金2720万円(及び現金1343万円及び小切手3通)の詐取の範囲内で本件詐欺の成立を認めることは、その既遂時期をどう解するかということと直接結び付くわけでもない(単に、検察官が犯罪事実の一部を起訴したものと解して、その範囲で有罪認定するというにすぎない。)から、この点に関する原判決の上記説示も当を得たものとはいえない。結局、原判決が、本件詐欺のうち現金2720万円を詐取した点につき、これが本件預金口座に振込送金された時点でいまだ犯罪が既遂に達していないとしたことには、法令の解釈適用の誤りがあるといわざるを得ない。もっとも、この誤りは、それ自体としては判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない(この点に関し、所論は、本件詐欺が既遂に達した以上、その後に行われた本件払戻請求書偽造等はいわゆる不可罰的事後行為となる、とも主張しているが、本件払戻請求書偽造等が新たな法益侵害を伴うものであるとすれば、不可罰とならないことは明らかであるので、この所論を直ちに採用することはできない。)。
(2) 論旨(2)(本件払戻請求書偽造等につき私文書偽造罪等が成立するか否か)について
関係証拠によれば、本件預金口座の開設及び同口座からの現金引出しの経緯等に関し、
ア Cは、Bの指示を受け、平成15年3月24日株式会社○○銀行××支店において、A1名義の新規普通預金申込書を作成した上で、A1の父親であるA2に成りすまし、同人名義の偽造国民健康保険被保険者証を示しながら、「子どもが病気で来られないから、自分が来た。病院に払うべきお金を入れたりするためにこの口座を使う」などと申し向けるとともに、上記新規預金申込書を提出して、本件預金口座を開設したこと
イ 被告人らは、同年4月4日に被害者から現金1343万円及び小切手3通の交付を受けた後、追加融資の名目で更に金員を交付させようとしたが、その際、少しでも金を引き出しやすくするために、詐取金を本件預金口座に振込入金させることとしたこと
ウ 同月10日本件預金口座に被害者から現金2722万7475円が振込送金された後、かねて同銀行△△支店と取引があり、同支店の行員と面識のあったBが同支店に電話をかけ、本件預金口座から現金の払戻しが可能であることを確認した上で、A1に成りすましたCを伴って同支店に来たこと
エ 同行員は、以前から取引のあったBの紹介であったことなどから、CがA1本人であると信じたこと
オ そして、Cは、A1名義の本件払戻請求書を作成し、これを窓口に提出して本件預金の払戻しを請求し、Bと共に現金2720万円の交付を受けたことがそれぞれ認められる。そして、私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解されるところ(最高裁判決昭和59年2月17日・刑集38巻3号336頁、同決定平成5年10月5日・刑集47巻8号7頁、同決定平成11年12月20日・刑集53巻9号1495頁参照)、上記認定事実からすると、本件払戻請求書偽造等は、あらかじめA1の名義で不正に開設しておいた本件預金口座に振込送金された詐取金を引き出すために、Cにおいて、A1本人に成りすまして実行したものであって、同払戻請求書に表示された名義人もA1本人と解するほかなく、名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせていることは明らかである。したがって、本件払戻請求書偽造等につき有印私文書偽造、同行使罪の成立を認めた原判決は正当である。
これに対し、所論は、本件預金口座はBらが事実上及び法律上管理、支配していたものであり、このように自己の支配する口座から預金を引き下ろす行為が罰せられるいわれはない、と主張する。そこで、この所論にかんがみ、付言するに、確かに、他人の名義で預金口座等を開設し、管理する者(以下「本人」ともいう。)は、その他人の名称を自己を表すものとして利用していることになるから、当該他人名義で作成された払戻請求書は、名義人と作成者の人格の同一性を偽るものではないのではないか、との疑問がないではない。しかしながら、他人又は仮名口座を利用する不正行為に対する規制の必要性が一般に認識され、実務においても厳格な取扱いが定着している今日においては、預金口座等の開設やその引出し等は本人の名義で行うべきものというのが社会通念であって、他人の名義で払戻請求書を作成、提出する行為は、金融機関側がこれを知って敢えて許容し又は黙認している等の特別の事情のない限り、原則として、私文書偽造罪等に該当すると解すべきである。そして、本件においては、前記のとおり、被告人らは、単にA1の名義を本件預金口座の実質的預金者を表すための名称として利用したというにとどまらず、A1の父親に成りすますなどして本件預金口座を不正に開設した上で、A1本人に成りすまして本件払戻請求書偽造等を行ったものであって、かかる行為が私文書偽造、同行使罪に当たるのは当然である。したがって、上記所論は採用できない。
なおまた、所論は、他人名義による口座の開設が違法であるとしても、実質的な預金者本人が預金等を引き出す行為を詐欺や窃盗として処罰の対象とするのは不当である、とも主張するが、私文書偽造等の保護法益は文書に対する社会的信頼であって、預金等に対する財産権の保護を目的とするものではないから、預金等を引き出す行為が詐欺罪等に該当するか否かと、その手段として行われた払戻請求書の偽造等につき私文書偽造罪が成立するか否かは別問題というべきである。この所論も採用できない。
(3) 論旨(3)(本件詐欺と本件払戻請求書偽造等との罪数関係)について
所論のいうとおり、本件払戻請求書偽造等は本件詐欺が既遂に達した後に行われた犯行である上、融資金名下に他人をだまして金員を交付させたという詐欺の行為と、その犯行により犯人の管理する預金口座に振込送金された現金を引き出す手段として行われた私文書偽造、同行使の行為とが、一般的に手段結果の関係に立つとも考えられないから、本件詐欺と本件払戻請求書偽造等が牽連犯となると解する余地はなく、両者は併合罪となると解すべきである。したがって、本件詐欺と本件払戻請求書偽造等が牽連犯となるとして科刑上一罪の処理をした原判決には、法令適用の誤りがあるといわざるを得ない。しかし、この誤りは、最終的な処断刑の範囲に変更を来すものではないから、判決には影響を及ぼさない。
(4) 以上のとおりであって、原判決には、詐取金が本件預金口座に振込送金された時点では本件詐欺が既遂に達していないとした点と、本件詐欺と本件預金払戻請求書偽造等が牽連犯となるとして科刑上一罪の処理をした点で、法令適用の誤りがあるが、これらはいずれも判決に影響を及ぼさないので、論旨は結局理由がない。
2 控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、仮に、前記主張が認められないとしても、原判決の量刑は重すぎる、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が、(1)分譲マンションの販売に携わっていた際に、顧客の一人から、2回にわたり、中間金等の名目で現金合計170万円をだまし取った(原判示第1の1、2)ほか、(2)暴力団関係者らと共謀の上、2回にわたり、他人所有の土地につき、その所有者に成りすまして、金融機関等から融資金名下に金員を詐取しようと企て、偽造文書を作成、行使したり、不動産登記ファイルに不実の記録をさせたりした上で、2か所から現金合計7863万円及び小切手3通(額面合計4000万円)をだまし取り(同第2、第3)、さらに、(3)同様の手段方法により金融業者から2億5000万円をだまし取ろうとしたが、失敗に終わった(第4)という事案である。
原判決も「量刑の理由」の項で詳細に説示するように、これらの犯行は、いずれも利欲目的でなされたもので、その動機や経緯に酌量の余地は乏しい。また、その手口等を見ても、特に上記(2)、(3)のいわゆる地面師詐欺事件は、偽造された運転免許証や印鑑証明書、登記済権利証等を使用して、不動産登録ファイルに虚偽の記載をさせたり、あらかじめ土地所有者名義で預金口座を開設しておいたりするという種々の手練手管を用いた組織的な犯行であって、犯情極めて悪質である。その中にあって、被告人は、不動産取引に関する知識経験を駆使し、自ら被害者との交渉や計画の立案を行って各犯行を実現に導いたもので、その果たした役割は重大であり、各犯行による利得も少なくない。そして、上記のとおり、本件各犯行による直接的な金銭的被害だけでも多額に達しているところ、これに、上記(1)の犯行に係るマンション販売業者及び同(2)以下に係る各土地の所有者その他の関係者の被った迷惑や精神的被害、更には、公的な証明文書が悪用されたことによる社会的影響等をも併せると、本件の被害は甚大である。これらの諸点に照らすと、被告人の刑事責任は相当に重いといわなければならない。したがって、他方で、原判示第1の被害者に対してはマンションの販売業者により被害弁償がなされており、被告人も弁償に努めていること、また、同第2、第3の各被害者との間では、合計900万円を分割で支払う旨のいわゆる刑事上の和解が成立していること、被告人が罪を認め反省の態度を示していること、これまで前科を有しないこと、母親が被告人の更生への助力を約束していること、更には、実姉が当審において情状証人として出廷し、同様の約束をしたことなど、被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、いまだ被告人を懲役7年に処した原判決の量刑が不当に重いとまではいえない。
なお、所論は、原判示第3の共犯者であるD及びEはいずれも累犯前科を有する上、殊にDは同犯行の主犯格であるにもかかわらず、各懲役4年の刑にとどまっており、被告人に対する原判決の上記量刑はDらとの間で刑の均衡を失している、と主張する。しかしながら、Dらは原判示第3の事実1件だけで起訴されているのに対し、被告人は多数の犯行を犯している上、各犯行において重要な役割を果たしてもいることなどの前記事情に照らすと、その量刑はいまだDらとの間に刑の不均衡があるとまではいえず、所論は採用できない。
量刑不当の論旨もまた理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・白井万久、裁判官・的場純男、裁判官・畑山 靖)