大阪高等裁判所 平成16年(う)1702号 判決 2005年3月02日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1 弁護人の控訴理由
1 一審判決第1の事実につき、一審判決は、被告人の手が無意識のうちに被害者の身体に触れたことがあるが、被害者からそのことを指摘された後はその身体に触れたことはないのに、被告人が当初から故意に被害者の身体を触った事実を認定しているから、一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
2 量刑不当 一審判決第2の器物損壊の罪の動機は上記条例違反の罪で現行犯逮捕された際警察官から暴力を振るわれたことを問題にするために証拠を残そうとしたというものであるから、情状として酌むべきものがあり、一審判決の量刑は重すぎて不当である。
第2 控訴理由に対する判断
1 事実誤認の主張について
証拠によれば、一審判決第1の事実を優に認めることができる。一審判決が、事実認定の補足説明で被害者の一審公判における供述(以下「証言」という。)及び被告人の捜査段階における自白供述がいずれも信用性が認められ、他方で、被告人の公判供述が信用できないことにつき詳細に検討し説示しているところはおおむね正当であって、当裁判所もこれを是認することができる。
これに対し、弁護人は、被害者の証言にあいまいな点や、被害者の捜査段階における供述と多少食い違う点が見られる上に、被害者の供述はその時期によって変遷がみられることからその信用性は乏しい旨主張する。しかしながら、被害者の供述は、その細部において前後一致していない点も見られるものの、被告人からその手で臀部等を二度にわたって触られたという根幹部分については終始一貫しており、その内容に不自然、不合理な点はなく、その根幹部分の信用性は高いものである。上記不明確、不一致及び変遷は時間の経過による記憶の減退ないし変容によるものであり、その程度はその信用性に影響を及ぼすほどのものではない。
そして、被告人の捜査段階における自白供述が信用でき、公判廷における供述が信用できないことについては、一審判決が説示するとおりである。すなわち、被告人の自白供述は上記信用できる被害者の証言とよく符合する上に、被告人は、捜査段階では当初本件犯行を否認していたが、途中から本件犯行を認めるようになり、それまで否認していた理由を、「私には彼女がいますので、痴漢をしたということが恥ずかしくて認めたくなかったからです。」と捜査官の知り得ない事実を前提に自己の心境をまじえなから説明していることや検察官の取調べまで自白供述を維持していることに照らすならば、被告人の自白供述の信用性は高いものと認められる。他方、被告人の公判供述についてみるに、一審判決が指摘するように、捜査段階で自白に転じた理由についての部分は到底納得のいくものではなく、全体としても場当たり的供述に終始しており、その内容は不自然、不合理な点が多々見られるのみならず、前後矛盾し一貫性が認められず、到底信用することができない。
そうすると、一審判決には弁護人主張のような事実誤認はない。
2 量刑不当の主張について
本件は、公共の乗物である地下鉄電車に乗車していた被告人が、右隣に座っていた被害者の臀部等に著しくしゅう恥させるなどの方法で触った上記大阪府条例違反と上記条例違反で現行犯逮捕された際に暴れて交番の引き戸ガラスを足蹴にし、ガラスを損壊した器物損壊の事案である。
まず、条例違反の事案についてみるに、被告人は、地下鉄電車に乗車していた際、拡げていた手が隣席の被害者の太股に当たったことからこれに乗じてことさら被害者の身体を触ろうと考え、太股の下に手を差し込んだり、臀部を触るなどしたため、被害者からその行為をやめるように言われ、いったんはこれを中止したものの再度太股を触るなどしたものである。自己の性的欲求を満たそうとした本件犯行には何ら酌むべきところはない。そして、被害者から制止されたにもかかわらず再び犯行に及んでおり、その態様は執ようかつ悪質であり、被害者に与えたしゅう恥心等の精神的苦痛は大きい。しかるに、被告人は不自然な弁解を繰り返すなど反省の態度が見られない。被害者に対しては慰謝の措置が講じられておらず、被害者の処罰感情は強い。
次に、器物損壊の事案についてみるに、本件についての被告人の供述が変遷しており、必ずしもその動機は明らかではないものの、いずれにしても立腹してその腹いせに出たものであって、被告人の犯行は何ら正当化されるものではない。証拠によれば、本件現行犯逮捕に不当な点はなかったものと認められる。そして、本件による被害額は軽微とはいえない。
そうすると、犯情は悪質というほかなく、被告人の刑責は軽いとはいえず、器物損壊の財産的損害は高額とまではいえないこと、第1の犯行は偶発的契機から誘発された面があること、第2の犯行については被害弁償がされていること、被告人は若年で、これまで前科はないこと等被告人のために酌むべき一切の事情を十分考慮しても、被告人を罰金40万円に処した一審判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。
第3 適用法令
刑事訴訟法396条、181条1項ただし書