大阪高等裁判所 平成16年(う)510号 判決 2005年1月20日
主文
原判決を破棄する。
被告人Aを懲役二年二月に、被告人Bを懲役一年八月に処する。
被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各一〇日をそれぞれその刑に算入する。
被告人Aから、大阪地方検察庁で保管中の現金八三五万二九八七円(大阪地方検察庁平成一五年領第六五六七号の一から七)を没収し、金一億四五〇二万九四〇二円を追徴する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人谷宜憲作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下に判断する。
第一事実誤認及び法令適用の誤りをいう控訴趣意について
一 本件バカラ賭博店「A野」の団体性、組織性について
論旨は、原判決は、本件バカラ賭博店「A野」(以下「店」という。)が組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織犯罪処罰法」という。)三条一項二号、二条一項に規定する団体性や組織性の要件を満たしていないのに、これが「団体」に該当するとした上で、原判示行為が団体の活動として、これを実行するための組織により行われたものと認定して、被告人ら及び共犯者らの行為に同法三条一項二号、二条一項を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。
しかし、関係証拠によると、原判決が(事実認定の補足説明)の項の二において適切に説示するように、
(1) 被告人Aは、バカラ賭博を主体とする賭博場である店を開設し、多人数の従業員を雇用して多額の給与を支払い、継続的に店を営業運営し、収益を上げてきたものであること、
(2) 同店の営業は、被告人Aの総括的な指示と指揮監督の下に、店長、キャッシャー、黒服(接客係)、ディーラー等の役割分担をし、これらに従って、一体として行われてきたこと、
などの事実を認めることができるのであって、これらによると、店が、共同の目的を有する多人数の組織的な結合体であり、原判示行為が、店の活動として、組織によって行われたものであることが明らかであり、したがって、原判決が、本件に、組織犯罪処罰法三条一項二号、二条一項を適用したことになんらの誤りはない。
所論が、るる主張をする点を子細に検討しても、上記結論を左右するに足りず、この点の論旨は採用できない。
二 賭博開張図利罪の成立について
論旨は、本件被告人らの行為については、常習賭博罪が成立するにすぎないから、賭博開張図利罪を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、という。
しかしながら、原判示賭博開張図利罪は優に肯認することができ、原判決が、(事実認定の補足説明)の項の三の(2)で説示しているところも、概ね正当として是認することができる。すなわち、関係証拠によると、
(1) 「バカラ」と称する賭博の一般的かつ基本的な概要は、客が、バンカー側とプレイヤー側に別れてそれぞれ同額のチップを賭け、負けた方がチップを失い、勝った方が賭けたチップと同額のチップを得られるが、バンカー側に賭けた客が勝った場合、店はその配当の五パーセントをコミッションと称する寺銭として徴収するというものであり、店で行われていたバカラ賭博も、これとほぼ同一のものであったこと、
(2) しかし、店においては、これ以外にも、客同士が勝負をする場合でも、バンカー側とプレイヤー側の賭けたチップが同額にならない場合、店側は同額になるように努めるが、二〇〇〇ドルバランス台では差額が二〇〇〇ドルまで、五〇〇〇ドルバランス台では差額が五〇〇〇ドルまで、店側が差額を負担して同額にし、もって、客と店が勝負をする形になるというシステムを導入していたほか、客の数が少ないことなどの理由から、店と客が勝負することも多くあったとうかがえるところ、いずれの場合においても、客がバンカー側に賭けて勝った場合、五パーセントのコミッション(寺銭)を店が客から取っており、一方、店がバンカー側に賭けて勝った場合、店は、勝金を取得する上、寺銭を払わないで済む、という関係にあったこと、
(3) 被告人らは、バカラ賭博をする場として店を設け、賭客を集め、同客らに上記のようなシステムによる賭博をさせること自体によって、利益を上げようと意図し、同店において相当期間にわたり、継続的に営業を続け、かつ利益を上げてきたものであること、
以上のような事実を認めることができるのであり、これらの事実に加えて、関係証拠からうかがえる本件店舗開設に至る経緯及び同店舗における具体的な営業状況などの状況事実を総合すると、原判示賭博開張図利の事実は、優に肯定することができる。
上記(2)認定のように、店が客と勝負していたことがあるという事実は、原判決も説示するとおり、それ自体としては、店側において、賭客のバカラ賭博を成立させることによって、店がコミッション(寺銭)を取得して利益を図るための手段としての性格を有していたものに他ならないから、賭博開張図利罪に含めて評価されるべきものであり、賭博開張図利罪とは別個の常習賭博罪を構成するものではないと解される。
所論は、店側では、コミッション(寺銭)は一切取っていなかったと主張し、被告人らの弁解中にも、これに沿う部分が存する。しかしながら、店の黒服であったC、ディーラーであったDらは、いずれも、捜査段階において、上記(2)に沿う供述をしていたところ、上記供述は、被告人らが、利益を上げる目的で相当期間にわたって店での営業を続けていたという客観的事実と良く符合しており、十分信用に値するのに対し、これを否定する被告人らの弁解は上記客観的事実と大きく矛盾しており、信用できない。(なお、この点に関し、所論は、店における利益を裏付けるものとして、およそバカラ賭博では、店側の方が客に対して精神的に圧倒的に有利な立場で勝負できることや、店側が常に出目などを統計的に研究するなどしていたことなどを挙げるけれども、いずれも、それ自体極めて不合理な立論であり、到底採用することができない。)
また所論は、店と客が勝負をしていた本件において、これを賭博開張図利罪に含めて評価することは、開張者が自ら開張した賭博に加わり、勝者として賭金の収得をはかる如きは賭博開張の対価性を欠き、賭博開張図利罪に当たらないとした最高裁判所昭和二四年六月一八日判決・刑集三巻七号一〇九四頁に反しているというけれども、上記指摘の判例は、本件とは事案を異にするものであって適切ではない。
その他、所論がるる主張する点を子細に検討しても、上記結論に影響を及ぼすに足りず、この点の論旨は理由がない。
三 犯罪収益の計算について
論旨は、本件において、被告人Aには、常習賭博で得た収益しかなく、賭博開張図利罪で得た収益はなかったのに、組織犯罪処罰法一六条一項、一三条一項一号、二条二項一号に基づき、同被告人が、賭博開張図利罪によって犯罪収益を得たとして、検察官主張どおり、被告人Aから、金一億四五〇二万九四〇二円を追徴した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法令適用の誇りがある、という。
確かに、本件において、店側が客と勝負していたことがあったこと及び検察官が追徴の対象として主張する金額の中に、そのように、店側が客と勝負して得た勝金が含まれていることは事実である。しかしながら、店が客と勝負していたことそれ自体は、前記説示のとおり、店において、バカラ賭博を成立させることによって、店がコミッション(寺銭)を取得して利益を図るための手段として行われたもので、賭博開張図利罪に含めて評価され、これとは別個の常習賭博罪が成立するものではないと解されるから、そのような手段として行われた行為によって得られた勝金も、賭博開張図利罪によって得たものと評価して差し支えない。そして、これを実質的にみても、さらなる賭博開張図利の犯罪に再投資され得る性質を持ったものであったと認められるから、このような場合、店が客と勝負して得た勝金についても、賭博開張図利罪によって得た収益に当たり、これを、前記法条に基づき、任意的没収の対象とすることができると解するのが相当である。
また、関係証拠を総合すると、原判示賭博開張図利の犯罪行為によって、被告人Aにおいて、原判示のとおり、金一億四五〇二万九四〇二円の収益を上げていた事実を認めることができる。
所論は、本件バカラ賭博におけるサービスチップはチップ数による計算に入れるべきであり、貸しチップは売上げから除外されるべきである、というけれども、関係証拠によると、原判決も説示するとおり、サービスチップは換金できないから、収益計算に算定することはできないし、貸しチップは、借り受けた現金をチップに替えている以上、収益計算に算定されることは当然といえる。
その他、所論にかんがみ子細に検討しても、上記結論を左右するに足りる事情は見当たらず、この点の論旨も理由がない。
第二量刑不当の控訴趣意について
論旨は、被告人Aを懲役二年四月に、被告人Bを懲役一年一〇月に処した原判決の量刑は、著しく重きに失し不当である、というのである。
そこで、記録を調査して検討すると、本件は、被告人Aがバカラ賭博の常設店を経営し、被告人Bを同店の店長とし、その他の共犯者ら従業員約二〇名により各職務の分担をし、最上位の被告人Aや次位の被告人Bが同店従業員らを指揮監督等して、組織的に同店を運営し、バカラ賭博場を常設して賭客らにバカラ賭博をさせ、賭客から寺銭を徴収する等し、団体の活動として、組織的に賭博場を開張して利益を図ったという事案である。
被告人Aは本件賭博店の経営者として、被告人Bは同店従業員のトップとして、組織的、かつ、大規模にバカラ賭博常設店を運営し、六か月間に一億五〇〇〇万円を超える多額の収益をあげている。
被告人Aは、野球賭博による罰金前科一回がある上、平成一三年ころから、二回にわたり、バカラ賭博店を経営した経歴を有し、本件賭博店の前身の店では被告人Bらを雇用していたものである。また、被告人Bは、バカラ賭博店の客として賭博罪により罰金刑に処せられた前科一回がある上、平成一一年ころから、バカラ賭博店のディーラー等としての稼働歴を有しているものである。
以上のような本件犯行の重大性、被告人両名のそれぞれの地位、役割、経歴等に徴すると、被告人Aの刑事責任は最も重く、被告人Bの刑事責任はそれに次いで重いものである。
そうすると、被告人両名が、それぞれそれなりに本件を反省していること、被告人両名が、原審で保釈後、それぞれ正業に就いて稼働していること、被告人Aの妻と雇主が、また被告人Bの内妻が、それぞれの被告人の更生を援助すると述べていること、被告人Aが合計四〇〇万円を贖罪寄附していることなど、それぞれの被告人のために酌むべき各事情を十分に考慮しても、被告人Aを懲役二年四月に、被告人Bを懲役一年一〇月にそれぞれ処した原判決の量刑は、その言渡しの時点を基準とする限り、いずれもこれが重すぎて不当であるとは認められない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決言渡し後、被告人Aはさらに三〇〇万円を、また、被告人Bは一〇〇万円をそれぞれ贖罪寄附し、いずれも反省を深めているとうかがわれることなどの事情が認められ、これらの事情に、原判決言渡しの当時認められた前記の被告人のために酌むことのできる諸事情を併せて考慮すると、原判決の量刑は、現時点においてみる限り、いずれも重きに失するに至ったというべきで、それぞれこれを破棄しなければ明らかに正義に反するものといわなければならない。
第三破棄自判
よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、被告事件につき更に判決する。
原判決が認定した(犯罪事実)に原判決の挙示した法令をそれぞれ適用し、それぞれ所定刑期の範囲内で、被告人Aを懲役二年二月に、被告人Bを懲役一年八月に処し、刑法二一条を適用して、被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各一〇日をそれぞれの刑に算入し、大阪地方検察庁で保管中の現金八三五万二九八七円(大阪地方検察庁平成一五年領第六五六七号の一から七)は、判示の犯行の用に供しようとした物で、被告人A以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文によりこれを同被告人から没収し、判示の犯行により同被告人が得た現金一億四五〇二万九四〇二円は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律一三条一項一号の犯罪収益に該当するが、既に費消して没収することができないので、同法一六条一項前段によりその価額を同被告人から追徴することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 那須彰 裁判官 白神文弘 浅見健次郎)