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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1002号 判決 2004年12月07日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人らは,控訴人に対し,各自728万1332円及びこれに対する平成12年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その4を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,各自3561万4783円及びこれに対する平成12年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,Bのアルバイトとして引越荷物の運搬作業に従事していた控訴人が,被控訴人会社が保有する車両に付設されていたパワーゲートを操作していた被控訴人Aの安全確認義務違反の過失により,同パワーゲートと同車両の荷台との間に右足指を挟まれて負傷したなどとして,被控訴人Aに対しては不法行為(民法709条)に基づいて,被控訴人会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条本文に基づいて,それぞれ損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めている事案である。

2  前提事実

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の2頁16行目から3頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁19行目の「採用した。」の次に「控訴人は,」を加える。

(2)  同頁19行目,24行目,3頁4行目,同行から5行目にかけて,8行目の各「本件事故」の前に「後記」をそれぞれ加える。

(3)  同3頁4行目の「本件引越作業」を「前記引越作業」に改める。

(4)  同頁16行目の「パワーゲート」を「被控訴人車両の後端部に付設されていたパワーゲート(以下,単に「パワーゲート」という。)」に改める。

3  争点及び争点に関する当事者らの主張

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の3頁24行目から9頁23行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁22行目の「陳列作業東」を「陳列作業等」に改める。

(2)  同7頁18行目の「本件作業場場所」を「本件作業の場所」に改める。

(3)  同8頁8行目から9行目にかけての「各傷害」の次に「(以下「本件各傷害」という。)」を加える。

(4)  同頁13行目から14行目にかけての「医療法人CD病院」の次に「(以下「D病院」という。)」を加える。

(5)  同9頁18行目の「E県交通共済協同組合」を「交通共済組合」に改める。

4  原審は,上昇し始めたパワーゲートに飛び乗ってきて,その者がパワーゲートと荷台との間に足を挟むことを予見することは,ほとんど不可能に近いことである,上昇し始めたパワーゲートに飛び乗ってきた者がいた場合に,必ずしもその者が事故を起こすとは限らないから,そのような場合に常に直ちにパワーゲートを停止すべきであったとすることもできない,控訴人がパワーゲートと荷台との間に足を挟んだ時点においては,既に事故を回避することは不可能であったと見るべきである,したがって,本件事故は,控訴人の過失によって発生したものであり,被控訴人Aには過失がなかったものと認められるから,被控訴人Aは,控訴人に対する不法行為責任を負わない,被控訴人会社は,自賠法3条但書により,控訴人に対する損害賠償責任を負わないなどとして,控訴人の請求をいずれも棄却する内容の判決を言い渡した。

控訴人は,原審の判断を不服とし,前記第1記載の判決を求めて本件控訴を提起した。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決9頁末行から14頁3行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決9頁末行の「乙3,」を「乙1,3,」に改める。

(2)  同10頁22行目の「指示は」を「指示を」に改める。

(3)  同11頁5行目の「水平に」を「水平のまま」に改める。

(4)  同頁22行目の「立って」を削除し,23行目の「直前には,」を「直前,被控訴人Aは,」に改める。

(5)  同頁25行目の「そうすると」を「その後,パワーゲートの上昇中に」に改める。

(6)  同頁末行の「左足,右足と進み,」の次に「バランスを崩して,」を加える。

(7)  同12頁1行目から2行目にかけての「挟まれそうになって,」を「挟まれそうになった。控訴人は,」に改め,同行の「それと同時に」の次に「右足指を」を加える。

(8)  同頁4行目の「事故」を「本件事故」に,5行目の「それに」を「,被控訴人Aはそのことに」に,それぞれ改める。

(9)  同頁6行目の「以上に認定した事実に基づいて検討する。」を「事実関係に関する当事者らの各主張について,以下検討する。」に改める。

(10)  同頁11行目の「原告が」を「控訴人を含むアルバイト従業員が」に改める。

(11)  同頁16行目の「また,」から20行目の「何もないところ,」までを削除する。

(12)  同頁21行目の「水平に」を「水平のまま,」に改める。

(13)  同13頁2行目の「その勢いで」の次に「,バランスを崩しながら,」を加える。

(14)  同頁4行目から10行目までを削除する。

(15)  同頁19行目から14頁3行目までを以下のとおりに改める。

「エ 被控訴人らは,パワーゲート上での作業はFのみが担当しており,本件事故前に控訴人がパワーゲートに乗ったことはなかった旨主張しており,証拠(乙3,原審における被控訴人A本人)中にはそれに沿うかのごとき供述も存するが,証拠(甲6,原審における証人G,同控訴人本人)等に照らして,被控訴人Aの上記供述を採用することはできない。」

2  争点(1)(被控訴人A及び控訴人の各過失)について

(1)  前記認定のパワーゲートの仕組み及び動作速度等に鑑みると,パワーゲートと荷台との間に作業員の足が挟まれるということは,一般的には,比較的稀な事態であると解される。

しかし,通常の場合にはそのようにいえるとしても,作業員が上昇途中のパワーゲートに飛び乗ってきた場合には,バランスを崩すなどして荷台との間に足が挟まれる危険性も,相当程度存すると解される。そして,前記認定のパワーゲートの仕組み等に鑑みると,ひとたび足が挟まれた場合には,重い傷害を負うことも,十分に予想されるところである。

また,前記認定のとおり,本件事故以前にも,控訴人を含むアルバイト従業員がパワーゲートに乗ったことがあったのであるから,本件事故当日にパワーゲートの操作を繰り返していた被控訴人Aにおいて,控訴人を含むアルバイト従業員がパワーゲートに乗ってくることを予見することは,可能であったというべきである。

さらに,前記認定のとおり,パワーゲートの奥行きは150㎝くらいあり,かつ,パワーゲートの上昇用のボタンから指を離すと,パワーゲートは直ぐに停止する仕組みになっていたのであるから,仮に,被控訴人Aにおいて,パワーゲートの上昇中も,周囲に注意を払い,パワーゲートに飛び乗ってくる者がいた場合には,その動静を注視し,状況(その者がバランスを崩すなど)に応じて,その時点でパワーゲートの上昇用のボタンから指を離せば,本件事故に類する事故の発生を回避することが可能であったものと認められる。

以上によれば,本件事故当時,足が挟まれた場合には重い傷害を負うことも予想されるパワーゲートの操作を繰り返していた被控訴人Aには,パワーゲートの上昇中も,周囲に注意を払い,パワーゲートに飛び乗ってくる者がいた場合には,その動静を注視し,状況に応じて,パワーゲートを停止させるべき注意義務があったと認めるのが相当である。

ところが,前記認定のとおり,被控訴人Aは,本件事故当時,パワーゲートが上昇中であったのに,周囲に注意を払わず,被控訴人車両の荷台の方を向いていて,控訴人の悲鳴を聞くまで,パワーゲートに飛び乗ってきた控訴人に全く気付かなかったというのであるから,被控訴人Aには上記の注意義務を怠った過失があるというべきである。

(2)  これに対し,被控訴人らは「パワーゲート上での作業はFのみが担当しており,控訴人らその余の従業員がパワーゲートに乗り込んでくることは到底予測できなかったから,被控訴人Aには本件事故発生の予見可能性がなかった。」旨主張する。しかしながら,本件事故以前にも,控訴人を含むアルバイト従業員がパワーゲートに乗ったことがあったこと,被控訴人Aにおいて,控訴人を含むアルバイト従業員がパワーゲートに乗ってくることを予見することは可能であったというべきであることは,前記のとおりである。

また,被控訴人らは,「控訴人は,単にバランスを崩し,かつ,目測を誤ったために,パワーゲートの先端から右足がはみ出して,本件事故が発生したものである。被控訴人Aは,そのような状況を知ることはなかったし,本件事故を回避することは不可能であった。」旨主張する。しかしながら,仮に,被控訴人Aにおいて,パワーゲートの上昇中も,周囲に注意を払い,パワーゲートに飛び乗ってくる者がいた場合には,その動静を注視し,状況に応じて,パワーゲートの上昇用のボタンから指を離していれば,本件事故の発生を回避することが可能であったものと認められることは,前記のとおりである。

(3)  他方,パワーゲートに飛び乗って,自らバランスを崩した控訴人の不注意は大きいというべきであるから,本件事故の発生については,控訴人にも過失(民法722条2項)があったと解すべきである。

そして,前記のとおり,パワーゲートの仕組み及び動作速度等に鑑みると,パワーゲートと荷台との間に作業員の足が挟まれるということは,一般的には比較的稀な事態であると解されること,控訴人がパワーゲート上に乗ってから控訴人が足を挟まれるまでの間には,数秒間しかなかったこと,その他前記認定の各事実等を総合考慮すると,本件事故に関する双方の過失割合については,被控訴人Aが3割,控訴人が7割と解するのが相当である。

3  被控訴人らの責任について

(1)  被控訴人Aの責任

本件事故の発生について,被控訴人Aに過失があったことは,前記のとおりである。

したがって,被控訴人Aは,控訴人に対し,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償義務を負っていると解するのが相当である。

(2)  被控訴人会社の責任

前記認定の各事実及び弁論の全趣旨によれば,パワーゲートは被控訴人車両固有の装置であると認められるから,パワーゲートを上昇させることは,被控訴人車両を「当該装置の用い方に従い用いること」(自賠法2条2項)に該当するというべきである。

上記の点と前記認定の各事実とを併せ考慮すれば,控訴人は,被控訴人車両の「運行によって」(自賠法3条本文)本件各傷害を負ったものと認められる。

また,本件事故の発生について,パワーゲートの運転者である被控訴人Aに過失があったことは,前記のとおりであるから,同条但書の適用はないと解すべきである。

したがって,被控訴人会社は,控訴人に対し,自賠法3条本文に基づく損害賠償義務を負っている(上記(1)の被控訴人Aの損害賠償義務とは,不真正連帯債務の関係に立つ。)と解するのが相当である。

(3)  なお,本件事故の発生について,仮にBにも安全配慮義務違反等の過失があったとしても,控訴人に対する被控訴人らの損害賠償義務の存否ないし範囲が変わることはないというべきであるから,Bの過失の有無については判断しないこととする。

4  争点(2)(控訴人の損害)について

(1)  控訴人の負傷及び治療経過

ア 証拠(甲2,3,乙1,丙23,24,原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故により,控訴人は本件各傷害を負ったこと,控訴人は,本件各傷害の治療のため,平成12年11月14日から同年12月29日まで入院し(入院日数46日),平成13年1月5日から同年5月23日までD病院に通院した(実通院日数8日)ことが認められる〔控訴人は,D病院への実通院日数は15日である旨主張するが,D病院の診療録(丙24)中の記載等に照らして,控訴人の上記主張を採用することはできない。〕。

イ なお,交通共済組合は「平成13年2月23日の時点では,初診時に控訴人が訴えていた痛みは消失していた。」旨主張しており,D病院の診療録(丙24)中にはそれに沿う記載が存する。

しかしながら,証拠(甲3,丙24)及び弁論の全趣旨によれば,D病院の医師は,控訴人に対し,同日以降も通院の指示を出していたこと,D病院の医師は,本件各傷害に係る症状固定日を同年5月23日と診断していることが認められ,それらの事実等に照らすと,交通共済組合が主張する上記事実が認められるからといって,本件事故と同年2月24日以降の通院との間の相当因果関係は否定されないというべきである。

(2)  後遺障害

ア 前記認定の各事実,証拠(甲3,4,丙24)及び弁論の全趣旨によれば,本件各傷害については,平成13年5月23日,D病院の医師により,症状固定と診断され,控訴人には,右第1,4趾の一部欠損及び右第2,3趾の全部欠損の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残ったこと,本件後遺障害に関して,H労働基準監督署は,右第1,4趾の一部欠損については「1足の第1の足指を含み2以上の足指の用を廃したもの」(後遺障害別等級表11級の10)に,右第2,3趾の全部欠損については「1足の第2の足指を含み2の足指を失ったもの」(同12級の10)に,それぞれ該当し,障害等級は併合10級となる旨判断したことが認められる。

また,証拠(甲3,6,原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,現在でも,控訴人は,重い物を持って歩いたり,長時間立ち続けたりすると,相当な痛みがあることが認められる。

上記各事実,証拠(甲6,丙23,原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨等を併せ考慮すれば,本件後遺障害は後遺障害別等級表の併合10級に相当するものであり,本件後遺障害により,控訴人は27%に相当する労働能力を喪失したものと推認するのが相当である。

イ これに対し,交通共済組合は「診療記録上は,本件事故を原因とする控訴人の運動機能障害は認められない。」旨主張する。

しかしながら,I病院の診療録(丙23の79頁)には,指がなくなった場合にどのような障害が残るかとの控訴人の家族からの質問に対し,同病院の医師は,「先の方に力が入らないので,いろいろ不便なことが出てくると思う旨述べたことが記載されているし,上記ア記載の諸事情等に照らしても,本件後遺障害によって控訴人が27%に相当する労働能力を喪失したとの上記アの判断が覆ることはないというべきである。

(3)  損害額

ア 入院雑費

前記認定の各事実及び弁論の全趣旨等を併せ考慮すれば,入院雑費としては,5万9800円(1日1300円×入院日数46日)を認めるのが相当である。

イ 通院交通費

前記認定の各事実及び弁論の全趣旨等を併せ考慮すれば,通院交通費としては,3200円(1日400円×実通院日数8日)を認めるのが相当である。

ウ 休業損害

(ア) 前記認定の各事実,証拠(甲2,3,5,6,丙23,24,原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故前,控訴人は,Bのアルバイトとして引越作業に従事し,平成12年10月20日から同年11月14日までの26日間に合計15万3500円〔平均日額5903円(円未満切捨て。以下同様)〕の収入を得ていたこと,本件事故の結果,控訴人は,平成12年11月15日から平成13年5月23日までの190日間,就労が困難な状態にあったことが認められる。

(イ) そうすると,休業損害としては,112万1570円(5903円×190日)を認めるのが相当である。

エ 入通院慰謝料

本件各傷害の内容,上記入院日数,上記通院期間及び実通院日数,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば,入通院慰謝料としては,170万円を認めるのが相当である。

オ 後遺障害逸失利益

(ア) 本件後遺障害により,控訴人は27%に相当する労働能力を喪失したと推認できることは,前記のとおりである。

(イ) 証拠(甲2,3,丙23,24)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故当時,控訴人は20歳の健康な若者であったことが認められるところ,そのことと弁論の全趣旨とを併せ考慮すると,本件事故がなければ,控訴人は,67歳まで平均賃金程度の収入を得ることができる相当程度の蓋然性があったものと認められる。

したがって,控訴人の後遺障害逸失利益を算定する際の基礎収入額としては,平成13年の賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均賃金565万9100円)を採用するのが相当である。

(ウ) 前記認定の各事実によれば,平成13年5月23日の症状固定当時,控訴人は21歳であったことが認められる。

(エ) 上記(ア)ないし(ウ)を前提とすると,後遺障害逸失利益としては,2731万9871円〔565万9100円×27%×17.88(46年のライプニッツ係数)〕を認めるのが相当である。

カ 後遺障害慰謝料

前記認定の本件後遺障害の内容,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば,後遺障害慰謝料としては,550万円を認めるのが相当である。

キ 上記アないしカの合計額は,3570万4441円となる。

(4)  過失相殺

前記2(3)を前提として,上記(3)キの3570万4441円について7割の過失相殺をすると,過失相殺後の控訴人の損害額は,1071万1332円となる。

(5)  損害の填補

上記(4)の1071万1332円から,前記のとおり,控訴人が労災保険から損害の填補を受けたことを自認している413万円を差し引くと,残額は658万1332円となる。

(6)  弁護士費用

本件事故の内容,本件訴訟の難易度,被控訴人らの応訴態度等の諸事情に鑑みると,弁護士費用としては,70万円を認めるのが相当である。

(7)  上記(5)及び(6)の合計額は,728万1332円となる。

5  以上によれば,控訴人の請求は,被控訴人ら各自に対し,728万1332円及びこれに対する本件事故の日である平成12年11月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって,原判決は上記の限度で失当であり,本件控訴は上記の限度で理由があるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 大西忠重 裁判官 細島秀勝)

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