大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1170号 判決 2005年1月25日
被控訴人・附帯控訴人 X
控訴人・附帯被控訴人 国
代理人 藤川浩司 林敬三 北田登 ほか5名
主文
1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 本件控訴
(1) 控訴人
ア 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
イ 被控訴人の請求を棄却する。
ウ 訴訟費用は、第1、第2審とも被控訴人の負担とする。
(2) 被控訴人
ア 控訴人の本件控訴を棄却する。
イ 控訴費用は控訴人の負担とする。
2 本件附帯控訴
(1) 被控訴人
ア 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。
イ 控訴人は、被控訴人に対し、さらに990万円及びこれに対する平成14年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 訴訟費用は、第1、第2審とも控訴人の負担とする。
(2) 控訴人
ア 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
イ 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟の経過
(1) 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づいて損害賠償として1100万円及びこれに対する違法行為日以後の平成14年12月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
その請求の概要は、次のとおりである。すなわち、弁護士である被控訴人は、大阪拘置所(以下「拘置所」ともいう。)に勾留中の被告人の刑事弁護人として、同拘置所の職員らに対し、同被告人の刑事事件において証拠物として採用されたビデオテープを再生しながら同被告人と接見することを申し入れた。しかし、同職員らから、同ビデオテープの内容の検査を求められ、その検査を経なければ同ビデオテープを再生しながらの接見は認められないとされ、同被告人との接見を違法に拒否された。被控訴人は、この違法行為によって精神的な苦痛を受け、慰謝料1000万円及び弁護士費用相当額100万円の損害を被った。
そこで、その損害の賠償を求めるというものである。
(2) 原審裁判所は、慰謝料100万円及び弁護士費用10万円並びにこれに対する上記同様の遅延損害金の支払を求める限度で、被控訴人の請求を認容し、その余を棄却した。
(3) 控訴人は、これを全部不服として控訴し、上記第1の1(1)のとおりの判決を求め、被控訴人は、このうちの敗訴部分を不服として附帯控訴し、上記第1の2(1)のとおりの判決を求めた。
(4) よって、当審における審判の対象は、被控訴人の上記(1)の請求の当否である。
2 基礎となる事実(確定根拠を記載していない事実は、当事者間に争いがない。)
原判決2頁12行目から同9頁12行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。
(1) 原判決2頁18行目の「(以下「B」という。)」を「(以下「B職員」という。)」に改め、以下、すべての引用部分を含め、「B」を「B職員」と読み替える。
(2) 同2頁20行目の「(以下「C」という。)」を「(以下「C職員」という。)」に改め、以下、すべての引用部分を含め、「C」を「C職員」と読み替える。
(3) 同2頁20行目の「(以下「D」という。)」を「(以下「D職員」という。)」に改め、以下、すべての引用部分を含め、「D」を「D職員」と読み替える。
(4) 同3頁1行目の「原告本人」の次に「〔人証はすべて原審。以下、すべての引用部分を含め、同じ。〕」を加える。
(5) 同5頁13行目の「(以下「E」という。)」を「(以下「E職員」という。)」に改め、以下、すべての引用部分を含め、「E」を「E職員」と読み替える。
(6) 同7頁26行目の「侵害するなどと説明した」を「侵害するし、<人名略>国賠の判決からしても、拘置所の扱いは違法であるなどと説明した」に、同8頁21行目の「前記の同様の」を「前記と同様の」に、それぞれ改める。
3 争点
(1) 被控訴人が、C職員に対し、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することを申し入れた際、C職員から報告等を受けたD職員が、B職員と相談した上、大阪拘置所として、本件ビデオテープの内容の検査を要求し、検査を経なければ本件ビデオテープを再生しながら接見することは認められないとした所為(以下「本件拒否行為」という。)は、被控訴人の被告人との接見交通権を侵害し、違憲ないし違法であるか。
(2) B、D及びCの各職員らには、本件拒否行為について、公権力の行使に当たる公務員としての過失があったか。
(3) 損害の発生及びその数額
4 争点についての被控訴人の主張(当審における主張を含む。)
原判決9頁24行目から同18頁13行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。
(1) 原判決9頁25行目から同頁26行目の「ころ、」までを次のとおり改める。
「憲法、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)及び刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)は、以下のとおり、弁護人と身体を拘束された被疑者・被告人(以下、被疑者と被告人とをあわせて「被告人等」という。)との間の秘密交通権を保障している。」
(2) 同17頁2行目の冒頭に「ア」を加え、同頁23行目の末尾に行を改め、次のとおり加える。
「イ(ア) 最高裁判所が採用しているという「職務行為基準説」は、国家賠償訴訟において、国等の行った職務行為の違法性を緩やかに解することになって、不当である。
(イ) 控訴人が引用する最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁等の立場は、国家等の違法行為を理由もなく被害者に受忍させるものであって、相当ではない。
加えて、本件においては、大阪地裁判決(平成12年5月25日言渡)がある。この判決は、大阪拘置所における弁護人と被告人との信書の記録化行為及び検察官の照会に対する回答行為を秘密交通権の侵害を理由として違法と判断したものである。D職員らは、同判決の結果を尊重して、秘密交通権の重要性を反映した接見交通事務を行うべきであった。ところが、大阪拘置所は、上記判決の内容等を職員らに指導せず、説明も行わなかった。職員らも、憲法、刑訴法の研究をせず、本件拒否行為の前に被控訴人から上記大阪地裁判決のあることを直接指摘されながら、これを調査確認もしなかった。これらの点からして、D職員らに過失があったことは明白である。」
(3) 同17頁25行目の冒頭に「ア」を加え、同18頁13行目の末尾に行を改め、次のとおり加える。
「イ 本件は、秘密交通権の侵害による損害賠償請求訴訟である。秘密交通権のような重要な保護法益を侵害された者に対する救済に対しては、十分な金額の賠償を命ずるのが相当であり、特に、本件のように違法性が極めて高い場合には、懲罰的な損害賠償が認められないとしても、慰謝料額を低額にならないようすべきである。」
5 争点についての控訴人の主張(当審における主張を含む。)
原判決18頁15行目から同23頁1行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。
(1) 原判決19頁25行目の末尾に行を改め、次のとおり加える。
「 この点、最高裁判所の判決(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁、同平成15年9月5日第二小法廷判決・判例時報1850号61頁)等の判示からしても、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の各規定全体が憲法に反するものとはいえないし、監獄法50条による委任の範囲が、被告人と弁護人との接見交通の秘密と関係しない事項に限られると合憲解釈すべきものではない。」
(2) 同22頁24行目から同23頁1行目までを次のとおり改める。
「(2) B、D及びCら各職員の過失(争点(2))について
ア 注意義務の基準
(ア) 国家賠償法1条1項にいう「違法」とは、保護法益が侵害されたことを前提として、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することを意味し、違背(過失)があるかどうかは、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたかどうか、によって決せられる(最高裁昭和57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁等)。
(イ) 公務員が誤った法解釈に基づいて行政処分を行った場合でも、誤った解釈を採ったことについて相当の根拠があるときは、同公務員に過失があったとはいえない(最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁等)。
イ 注意義務の履行
(ア) Bら各職員は、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の各規定に従って職務を執行すべき地位にあったが、以下のとおり、明らかに違法とはいえない政令、省令又は通達等に従って事務処理をしたものであり、これら政令等(職員らが採った見解)には相当の根拠があるものであり、また職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとはいえないから、過失はなかった。
a 昭和38年4月4日矯正甲第279号通達は、弁護人が被告人との接見内容を録音機を用いて録音し持ち帰ることは、書類の授受に準ずる、としている。また、昭和45年10月8日矯正甲第944号通達は、録音機の接見室内への持ち込みを禁止している。
b D職員らが、本件検査要求行為以前に行った調査では、弁護人が被告人との接見においてビデオテープの再生を希望したが、事前に検査を行った事例(<証拠略>)があった。
(イ) 最高裁(平成3年7月9日第三小法廷判決民集45巻6号1049頁)は、監獄法施行規則120条及び124条に基づく被勾留者と幼年者との接見を許さなかった事案について「本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともな」いことから、拘置所長がその規定の違法無効を予見し、予見すべきではなかったとはいえないとした。
本件においても、本件検査要求行為が適法であると判断したD職員らには、相当の根拠があったものであり、これが違法であると予見することはできなかった。
(3) 損害の発生及びその数額(争点(3))について
以下の事情からすれば、被控訴人が本件検査要求行為により本件ビデオテープの再生をせずに接見したことによって、弁護活動に具体的な支障は生じなかった。
被控訴人は、本件検査要求行為日にA被告人と接見を行った。被控訴人は、平成13年10月17日に本件ビデオテープを差し入れ、現実にこれを見ながら接見をすることを申し出たのは、平成14年1月29日であった。被控訴人はこの間同被告人と10回ほど接見を行ったからである。」
第3当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の本件請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、原判決23頁3行目から同43頁2行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。
1 原判決25頁2行目から同27頁24行目を次のとおり改める。
「イ 以上のとおり、刑訴法39条1項の接見等の交通権は、憲法の保障に由来するものである。その実質的根拠は、かかる接見等の交通権が直接的に被告人等の人身の自由等の保障に資する点のみならず、被告人等が弁護人と相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会が確保されることにより、国家の権能である刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使の適正化が図られ、もって、実体的真実の発見に資する点にも求められるのである(以上の法規範ないし法解釈は、憲法及び刑訴法の上記各規定の趣旨、目的等から導くことができるものであると考えられることから、当裁判所としては、被控訴人の主張するB規約の内容等には触れないこととする。)。」
2 同29頁5行目の「密接不可分である」を「、実際の接見の場面でも密接不可分であるし、被告人の防御権行使の点、弁護人の弁護権の行使の点から規範的に見ても密接不可分のものとすべきである」に改める。
3 同29頁24行目から同30頁25行目までを次のとおり改める。
「イ 控訴人は、当審においても、<1>「接見」とは面会であり、面談であって、特定の被収容者と外部の特定の者との間の面談(口頭)による意思の伝達を意味する。その内容には書類等の提示行為が当然に含まれるものではないし、接見とその際に事実上付随してされる証拠書類等の提示行為とを区別することは可能であり、実際上も容易である。<2>書類等の提示行為は、被告人等にその内容を了知せしめようとするものであるから、「書類等の授受」と目的を同じくするとともに、その効果においても「書類等の授受」と同様であると考えるのが合理的である、などと主張し、刑訴法39条1項の「接見」には、口頭での打合せに付随する証拠書類等の提示をも含む打合せと解すべきであるとした原判決の判断を非難する。
しかし、すでに、詳述したとおり、憲法34条前段以下の関係規定の趣旨、目的等から考えれば、上記のような法規範ないし法解釈がいわば論理的に導き出されるのであって、控訴人が<1>でいうような「行為」の性質や概念上の区別等とか、<2>でいうような事情はこれを動かすには足りない(特に<2>のように、行為の一面である「その内容を了知せしめようとするもの」のみを取り上げて行為の異同を論ずると、書類等の提示行為と書類等の授受は同様の行為になることは否定できない。しかし、それのみならず、口頭による面談も、書類等の授受と同様の行為とならざるを得なくなる。このように控訴人の上記主張は、物事の一面を見たり、核心を逸したものであって採用できないのである。)。」
4 同37頁2行目の「並びに刑訴法39条1項の背景たるB規約14条3項bの趣旨」、同頁7行目の「並びにこの背景たるB規約14条3項bの趣旨」、同38頁12行目の「しB規約14条3項bの趣旨にも合致」をそれぞれ削り、同39頁26行目の末尾に行を改め、次のとおり加える。
「 控訴人は、当審においても、ビデオテープの特質(情報の質量の高さ、迫真性等)を挙げ、その再生を「書類等の授受」に準ずべきであるかのように主張するが、このようなビデオテープの特質等は、弁護人の接見交通権と監獄法上必要な措置との調整を図る上で有意・重要なものとは認められず、上記の判断を左右するには足りない。」
5 同40頁13行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「 (オ) 控訴人は、最高裁判所の判決を引用して、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の各規定全体が憲法に反するものとはいえないし、監獄法50条による委任の範囲が、被告人と弁護人との接見交通の秘密と関係しない事項に限られると限定(合憲)解釈すべきものではない、と主張する。
しかし、最高裁平成11年3月24日大法廷判決(民集53巻3号514頁)は、その要旨を「刑訴法39条3項本文の規定は、憲法34前段、37条3項、38条1項に違反しない。」とするものであり、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の各規定の効力等を判断したものではない。また、最高裁平成15年9月5日第二小法廷判決(判例時報1850号61頁)は、次のとおり判示するものである。すなわち、「在監者の信書の発受に関する制限を定めた監獄法50条及び監獄法施行規則130条の規定が憲法21条、34条、37条3項に違反するものでないことは当裁判所大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。」として、<1>最高裁昭和45年9月16日判決・民集24巻10号1410頁、<2>最高裁昭和58年6月22日判決・民集37巻5号793頁、<3>最高裁平成11年3月24日判決・民集53巻3号514頁を掲記したものである。そして、<1>の判決の判示事項は、監獄法施行規則96条中未決勾留により拘禁された者に対し喫煙を禁止する規定は、憲法13条に違反しない、とし、<2>の判決は、要旨を、監獄法3条2項、監獄法施行規則86条1項の各規定は、未決勾留により拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由を監獄内の規律及び秩序維持のため制限する場合においては、具体的事情のもとにおいて当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められるときに限り、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲においてのみ閲読の自由の制限を許す旨を定めたものとして、憲法13条、19条、21条に違反しない、などとし、<3>の判決は、要旨を、刑訴法39条3項本文の規定は、憲法34条前段、37条3項、38条1項に違反しない、とする。そうすると、これら一連の最高裁判決の判旨等に照らしても、最高裁判所が監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の各規定をあらゆる観点から検討してその効力を肯定したものとは理解できず、被告人と弁護人との接見交通権との関係でも同法条等を合憲と判断したとか、監獄法50条による委任の範囲を限定(合憲)解釈をしてはならないとしたものとはいえない。この点の控訴人の主張は採用できない。」
6 同42頁6行目ないし同頁7行目の「B規約」を削り、同頁8行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「(2) 以下、控訴人の当審の主張について判断する。
ア 注意義務の基準
(ア) 控訴人は、国家賠償法1条1項における「過失」の有無の判断は、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたかどうか、によって決せられる、と主張し、その根拠として最高裁昭和57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁等を引用する。
確かに、控訴人が引用する<1>最高裁昭和57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁、<2>最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、<3>最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁、<4>最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・裁判所時報1236号3頁によれば、控訴人の主張するとおりと理解される。特に、<4>の判決は、「市町村長が住民票に法定の事項を記載する行為は、たとえ記載の内容に当該記載に係る住民等の権利ないし利益を害するところがあったとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と右行為をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当であると判示して、<3>の判決を引用しており、その趣旨が明らかである。
しかし、「公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽く」したかどうかを判断する場合、全公務員を通じた共通の判断基準があるわけではない。上記の各判決を見ても、<1>は裁判官、<2>は国会議員、<3>は税務署長、<4>は市町村長について国家賠償法1条1項における「過失」の有無の判断をするに当たって各「公務員」の職責、職質、特にその公権力の行使による国民に対する権利侵害の性質、程度等を勘案しているものと理解される。この点は、国会議員についての<2>の判決に明瞭に顕れている。したがって、本件において、公務員である拘置所の職員の過失の有無を判定するに当たっても、その職責、職質等を吟味しこれを踏まえて判断すべきである。
(イ) 控訴人は、公務員が誤った法解釈に基づいて行政処分を行った場合でも、誤った解釈を採ったことについて相当の根拠があるときは、同公務員に過失があったとはいえないと主張する。
そして、控訴人が引用する<1>最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁、<2>最高裁昭和49年12月12日第一小法廷判決・民集28巻10号2028頁は、控訴人の主張する趣旨の判示をしている。<1>は、「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、のちにその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でない。」と判示する。また、<2>は、「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例、学説がなく、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといつて、ただちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でなく、」と判示する。
これらの判旨を注意義務の基準の観点から見ると、公務員が負担する「通常尽くすべき注意義務」を特定の公権力の行使場面で具体化したものと理解することができ、公務員が職務の執行に当たって法律見解を選択すべき場合に、選択肢として複数の法律見解があるという場面では、各法律見解のいずれをも検討し、各内容の論拠を確認した上で一つの見解を選択すべき義務が通常尽くすべき義務に含まれると判示したものと理解される。
イ 注意義務の履行
(ア) 相当の根拠の有無について
a 政令等の内容
監獄法50条は、「接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム」と定め、これを受けた監獄法施行規則第127条は「1 接見ニハ監獄官吏之ニ立会フ可シ但刑事被告人ト弁護人トノ接見ハ此限ニ在ラス 2 前項但書ノ場合ニ於テハ逃走不法ナル物品ノ授受又ハ罪証湮滅其他ノ事故ヲ防止スル為メ必要ナル戒護上ノ措置ヲ講ス可シ」と定めている。
b 通達の内容
(a) 昭和38年4月4日矯正甲第279号通達は、次のとおりである。
すなわち、弁護人が被告人と接見するに際し録音機を用いてその内容を録音し、これを持ち帰ることが、弁護人の接見交通権の範囲内に属するものであって、刑訴法39条の適用上は、書類の授受に準ずるものとして取り扱うべきものと解した上で、弁護人からの同願出については、これを許可し、接見内容を録音したテープ等を弁護人が持ち帰る場合には、当該テープ等を再生の上内容を検査し、未決拘禁の本質的目的に反する内容の部分又は戒護に支障を生ずるおそれのある部分があればその部分を消去されたいとするものである。
(b) 昭和45年10月8日矯正甲第944号通達は、次のとおりである。
弁護人が被告人と接見するに際し、テープレコーダー等の録音機を用いて、その内容を録音して持ち帰ることは、刑訴法39条の適用上、書類の授受に準ずるものとして取り扱うべき旨通達している。行刑施設へ出入りする者については、施設側において保安その他の見地から必要と認める場合には、その携帯品を検査している。接見者が無断で録音機を接見室に持ち込むことは禁止している。けだし、録音機は、例えば、当該接見者以外の者の声を録音し、施設内に持ち込んで再生することが可能であり、また、当該接見者以外の者に対する話を録音し、施設外に持ち出して再生することも可能であるという意味においても、施設において、これを無断で持ち込み、又は持ち出すことを禁止している。弁護人が被告人との接見内容を録音するため接見室内に録音機を持ち込むことを願い出たときは、施設側において必要と認める場合には、接見室に持ち込む前にテープ等を検査し、また、接見終了後、弁護人立会のもとに当該録音を再生の上内容を検査し、未決拘禁の目的に反する内容の部分、戒護に支障を生ずるおそれのある内容の部分等があれば、その部分を消去することを条件として、許可する取扱いとしている。接見内容を録音して持ち帰ることは、刑訴法39条の適用上、書類の授受に準して取り扱うべきものであり、同条2項の書類の授受に関しては、適時に検査を受けるなど必要な措置に服すべきものと解して、そのように指導している。
c 検討
上記ア(イ)の<1>の判決がいうところの「(法律見解についての)相当の根拠」は、法理論的にみて相当の根拠があると考えるべきであり、この点は、<2>の判決では「そのいずれについても一応の論拠が認められる場合」と表現されていることからも裏付けられる。
この観点で、本件をみると、拘置所の職員らが採用した見解は、法理論的には根拠のないものであるといわざるを得ない。引用した原判決が詳細に説示するとおりである。
若干敷衍すると、監獄法50条及び監獄法施行規則第127条は、原判決が説示するように限定(合憲)解釈すべきであるから、接見時のビデオテープの再生を書類の授受に含めるなどの見解は法理論的には根拠がないといわなければならない。通達の内容は上記のとおりである。これらはいずれも録音機に関連するものであり、当然には本件で問題となっているビデオテープの再生についての見解を導くものではなく、この内容(命題)から一定の推論過程を経て初めて職員らが採用した法律見解に至ることができるにすぎない。この推論過程が憲法の趣旨に合致し合理的であって初めて「相当の根拠」があるというべきものであるが、このような合理的な推論ができるとは解せられないし、現に職員らがそのような推論を行った上で、当該法律見解を採用したと認めるに足りる証拠もない。
(イ) 通常尽くすべき注意義務の履行
a 控訴人は、拘置所の職員らは、明らかに違法とはいえない政令、省令又は通達等に従って事務処理をしたから、通常尽くすべき注意義務を尽くしたと主張する(なお、控訴人は、「明らかに違法とはいえない政令・・・」と主張するが、ここでは、この形容詞句がないものとして判断し、その余の点は後に述べることとする。)。
しかし、上記ア(イ)で明らかにしたとおり、公務員が職務の執行に当たって複数の法律見解の中から一つの見解を選択すべき場合は、選択肢である各見解の内容論拠を確認すべき義務があったというべきである。拘置所の職員らは、上記のようないわば職員らが採った見解に沿う(ないし類する)見解等を確認したに止まり、被控訴人から指摘されたような対立する見解ないしこれに類する見解を確認検討したものとは認められない(原判決第2の2)。したがって、先ずこの点において、職員らに過失があったことが明らかである。
b また、控訴人は、D職員らが、本件検査要求行為以前に行った調査では、弁護人が被告人との接見においてビデオテープの再生を希望したが、事前に検査を行った事例(<証拠略>)があったことをも根拠にして、注意義務を尽くしたかのように主張する。
しかし、<証拠略>の調査結果の詳細は、以下のとおりである。すなわち、川越少年刑務所浦和拘置支所に勾留中の被告人の弁護人が、平成12年6月ころ、接見時にハンディカム(再生機能付きビデオカメラ)を持ち込み、テレビ番組を録画したビデオテープを再生・視聴させたいとの申し出をした。これに対し、同支所は、同弁護人に対し、被告人にビデオテープを視聴させる方法としては、同ビデオテープを差し入れた上、後刻、接見時以外に同人に視聴させる方法と、接見時に視聴させる方法とがあるが、いずれの場合でも、上記ビデオテープを事前に検査する必要がある旨回答した。弁護人は納得し、前者の方法を選択し、上記ビデオテープを差し入れた。同支所は、上記ビデオテープの内容を事前に検査し、接見時でないときに、上記被告人に視聴させた、というものである。
これは、弁護人が被告人との接見時にビデオテープの再生を希望した際、拘置所が当該弁護人に対し、事前にその内容の検査を行った例があるというにすぎず、事前検査(ないしこれを基礎づける見解)が法論理的に相当の根拠を持つことを裏付けるとか、対立する見解を吟味したというものではない。したがって、<証拠略>の調査を行ったことから、過失がなかったかのようにいう控訴人の主張も採用できない。
c 控訴人は、最高裁(平成3年7月9日第三小法廷判決・民集45巻6号1049頁)を引用して、本件検査要求行為が適法であると判断したD職員らには、相当の根拠があったものであり、これが違法であると予見することはできなかったとも主張する。
上記判決は、控訴人が指摘するように、監獄法施行規則120条及び124条に基づく被勾留者と幼年者との接見を許さなかった事案について次のとおり判示したものである。すなわち、「国家賠償法1条1項にいう「過失」の有無につき検討を加える。思うに、規則(監獄法施行規則を略称している。)120条(及び124条)が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法(監獄法を略称している。)50条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。しかし、規則120条(及び124条)は明治41年に公布されて以来長きにわたつて施行されてきたものであつて(括弧内省略)、本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても第一、二審がその有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。そうだとすると、規則120条(及び124条)が右の限度において法50条の委任の範囲を超えることが当該法令の執行者にとつて容易に理解可能であつたということはできないのであつて、このことは国家公務員として法令に従つてその職務を遂行すべき義務を負う監獄の長にとつても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のようなことを予見し、又は予見すべきであつたということはできない。」
以上、詳細に引用したように、この判決が予見可能性がないとした事情と本件における事情が大幅に異なることが明らかであろう。本件では、拘置所の職員らは、本件拒否行為の以前である平成12年5月25日に、大阪地裁から同裁判所平成10年(ワ)第13934号損害賠償請求事件の判決言渡のあった(<証拠略>)ことを経験した(ただし、大阪拘置所のD職員は、<証拠略>において、この判決のことを「はっきりした内容は見てませんが、そんなことどっかで聞いたか、ちらっと見たかのような記憶は多少はございますけども、そういわれてみたらですね。」などと証言している。)。のみならず、D職員は、被控訴人との折衝の場で、被控訴人からこの判決を指摘され、この判決の内容からしても、本件検査要求行為が弁護人の接見交通権を侵害する違法のものと主張され、国家賠償請求訴訟を提起するとまで言明されたのである。これらの事情及び後記dで述べる事情等からすれば、拘置所の職員らが、本件検査要求行為ひいては本件拒否行為が違憲ないし違法であることなどを予見する可能性がなかったということは到底できない。
d この大阪地裁判決の内容に関連してさらに敷衍する。同判決の内容のうち本件と密接に関連する説示部分は、おおむね以下のとおりである。すなわち、
『 刑訴法39条1項で定める被拘禁者と弁護人とが立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をする権利は、憲法の保障に由来するものであることは前判示のとおりである。
また、刑訴法は、被拘禁者と弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との間の接見又は書類若しくは物の授受についての交通権については、39条とは別個に、その80条及び81条に規定を置き、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由があるときには(括弧内の記述は省略)、裁判所が、検察官の請求又は職権によりこれらを禁止することができると規定している。このように、憲法21条2項で保障されている権利も右規定により裁判所の決定による制約を受けることが許容されているところ、この接見等の禁止決定がされた場合であっても、39条1項に基づく弁護人との間の接見や書類若しくは物の授受についての権利は、なおもその影響を受けないものとされている。
これは、前判示のとおり、右規定が憲法34条前段の憲法の保障に由来するからであり、弁護人以外の者との通信等が禁止されるほどの事由があっても、むしろ右の禁止がされた場合にこそ、弁護人との問の接見等の交通権を確保することが極めて重要であるとみなしていることによるものと解される(括弧内の記述は省略)。
そして、刑訴法39条1項が被拘禁者が弁護人と立会人なくして接見することができるとしているのは、弁護人から有効かつ適切な援助を受ける機会を持つためには、被拘禁者とその弁護人との間において、相互に十分な意思の疎通と情報提供や法的助言等が何らの干渉なくされることが必要不可欠であり、特に、その意思の伝達や情報提供のやりとりの内容が捜査機関、訴追機関、更には収容施設側に知られないことが重要であるので、この点を明文で規定したものと考えられる。なぜなら、接見の機会が保障されても、その内容が右の機関に知られるということになるのでは、被拘禁者側からは、その防御権、すなわち有効適切な弁護活動を弁護人にしてもらうことが期待できず、弁護人の側からは、その弁護権、すなわち有効適切な弁護活動を行うことができないことも十分予想されるからである。したがって、右の「立会人なくして接見し」とは、接見の内容を右の各機関等が窺い知ることができない状態で接見する権利、すなわち接見についての秘密交通権を保障することを意味するもので、例えば、収容施設側の立会人がいなくても収容施設側が接見の内容を録音するというのでは、右規定に反することになるというべきである。接見についての秘密交通権がこのようなものである以上、被拘禁者とその弁護人との間の接見において、仮に訴追機関や収容施設側が重大な関心を持つと考えられる被拘禁者側からの罪証隠滅の希望や示唆、更には被拘禁者の心情の著しい変化等の内容にわたる可能性があったとしても、それを理由に右の接見についての秘密交通権自体を否定することは法的にはできないというべきである。同条2項にいう「必要な措置」の中には接見による秘密交通権自体を否定することまでは含まれないと解される。
このような接見についての秘密交通権は、それ自体が憲法の規定によって直接に具体的な内容として保障されたものであるとまではいえないが、前判示のとおり、憲法で保障された弁護人を依頼する権利の保障に由来する極めて重要なものであることは明らかである。』
以上のとおりである。
確かに、この判決も、弁護人と被告人の接見時におけるビデオテープの再生の問題自体については直接判断説示したものではない。しかし、大阪拘置所の職員らが不断から、自らの職務自体に関する憲法、刑訴法、監獄法、同法施行規則等について真摯な研鑽を続けていれば、本件当時、被控訴人から、接見時A被告人に本件ビデオを見せて接見したいとの申入れを受けた時点で、この重要性を直ちに理解し、被控訴人の要望の許否を決するに当たっては、上記の大阪地裁判決が重要な意味を持ち、同判決の説示は、被控訴人の申入れを容認するあるいはこれに極めて近い考えであることを比較的容易に理解できたものと考えられる。
以上に述べたところからしても、拘置所の職員が、本件検査要求行為ひいては本件拒否行為の違法性を予見する可能性がなかったとの控訴人の主張は採用できない。
なお、憲法(99条「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負」う。)、国家公務員(98条1項「その職務を遂行するについて、法令に従」わなければならない。)、弁護人の被告人との接見交通に関する憲法及び刑訴法の諸規定、関連の監獄法、監獄法施行規則の各規定の趣旨・内容、拘置所の職員の職責、職質等、被告人との接見交通に関する裁判例が多く、鋭い見解の対立が見られる現在の諸状況等にかんがみると、拘置所の職員としては、事務を処理するなかで、憲法等の趣旨等の理解を深めるべく不断の研鑽を行う(もとより、拘置所の職員のみでこれを実行することが困難であれば、上級庁等の支援を得ることを含むことはいうまでもない。)職責があったことは当然である。
e 控訴人は、拘置所の職員らは、明らかに違法とはいえない政令、省令又は通達等に従って事務処理をしたから、注意義務違反がなかったかのように主張する。
この「明らかに違法とはいえない・・・」の趣旨は理解が困難である。これまで引用した原判決を含めて詳細に述べたとおり、被告人と弁護人との接見交通権との関係で監獄法50条による委任の範囲を限定(合憲)解釈をすべきであり、この解釈を施さない限り、同条が違憲であることは明らかである。控訴人のいう「明らかではない」との表現がこれに反する趣旨であれば、採用できない。また、明らかに違法とはいえない・・・」の趣旨が外観上存在しているとの程度の意味であれば、注意義務を尽くしたとの主張の根拠とならないことが明白である。」
7 原判決42頁10行目を「(1) 本件拒否行為は、憲法に由来する刑訴」に改め、同頁26行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「(2) 控訴人及び被控訴人ともに、原判決が認定認容した慰謝料額に対する強い非難をしている。しかし、当裁判所は、これら双方の主張をいずれも理由のないもの判断する。その理由の中心は、すでに上記(1)で述べたとおりである。以下では、若干の点を敷衍するに止める。
ア 被控訴人の主張について
重要な保護法益を侵害されたものに対する救済は十分でなければならないなどと主張する。
しかし、被控訴人も自認するとおり、我が国法制では、いわゆる懲罰的な損害賠償の考えは採用されておらず(最高裁平成9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁)、また、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである(最高裁平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。
勿論、上記基本原則に基づいて、具体的な案件においては、例えば、本件において被控訴人が主張するような事情を含めて諸事情を総合勘案して具体的な慰謝料額を算定するものではある。
本件においては、被控訴人が当審で主張する事情、特に、被控訴人の刑事裁判に対する信念、熱意等に照らし、被控訴人が本件拒否行為により憤りに似た精神的苦痛等を受けたこと(容易に推認される。)にかんがみても、原判決が認定した慰謝料額を維持するのが相当と認める。
イ 控訴人の主張について
控訴人は、本件拒否行為後の数日後には本件ビデオテープの再生とともにA被告人との接見が可能であったなどとして具体的な損害がなかったと主張する。
しかし、被控訴人がA被告人と予定していた接見日時に予定どおり接見できなかったことにより、被控訴人が上記のような精神的な苦痛を受けたことは否定できない。また、控訴人のいうところは、数日後、拘置所側の事情としては、被控訴人がA被告人との接見が可能な状況になったというにすぎないのである。
被控訴人は、職員による本件拒否行為にあったため、進行中の刑事事件の弁護の必要上、実質的には拘置所職員の主張に従い本件ビデオテープを差し入れざるを得なくなり、ビデオテープの事前検査なくA被告人と接見したいという、被控訴人の当初の真意・目的等を実現することを放擲せざるを得なかったと認められるのである(被控訴人本人)。この点に思いを致さない控訴人の上記主張は、被控訴人の実損害を理解しないものであって、慰謝料額の算定に大きく斟酌するには相応しくないというべきである。」
第4結論
以上の次第で、被控訴人の本件請求は、控訴人に対し、110万円及びこれに対する平成14年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があって正当として認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきである。これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がなく棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 大出晃之 川口泰司 赤西芳文)
(参考) 第1審(大阪地裁 平成14年(ワ)第12008号 平成16年3月9日判決)
主文
1 被告は、原告に対し、金110万円及びこれに対する平成14年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金1100万円及びこれに対する平成14年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、大阪拘置所に勾留中の被告人から選任されて刑事弁護人に就任した弁護士である原告が、同拘置所の職員らに対し、同被告人の刑事事件において証拠物として採用されているビデオテープを再生しながら同被告人と接見することを申し入れたところ、同職員らが、同ビデオテープの内容の検査を要求し、検査を経なければ同ビデオテープを再生しながらの接見は認められないとしてこれを拒否したが、かかる同職員らの所為は、憲法、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)及び刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)において保障されている弁護人と身体を拘束された被疑者・被告人(以下、被疑者と被告人とをあわせて「被告人等」という。)との間の秘密交通権を侵害する違法なものであり、これによって原告が精神的損害を被ったとして、原告が、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年12月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお、本件で問題となる関係法令等は、別紙関係法令等一覧のとおりである。
2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、平成13年5月11日、被告人A(以下「A被告人」という)から依頼を受け、大阪高等裁判所第1刑事部に係属する同被告人の平成13年(う)第639号覚せい剤取締法違反、住居侵入及び窃盗等被告事件(以下「本件被告事件」という。)の弁護人に就任した大阪弁護士会所属の弁護士である。
イ B(以下「B」という。)は、平成13年10月10日当時、大阪拘置所長であった者である。
C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は、平成13年10月10日当時、それぞれ大阪拘置所処遇部処遇部門の上席統括矯正処遇官(第一担当)及び首席矯正処遇官として、Bの指揮監督の下、大阪拘置所に収容されている未決勾留者の勾留に関する職務を遂行していた者である。
被告は、平成13年10月10日当時、B、C及びDらをして、大阪拘置所に収容されている未決勾留者の勾留の職務を遂行させていた。
(2) 本件に至る経緯(<証拠略>)
ア A被告人は、平成11年8月9日、大阪府吹田市所在のマンションの被害者方に玄関口から侵入した上、同方で金庫及び普通乗用自動車の鍵等を窃取したとして、同年9月1日、大阪地方裁判所に公訴提起された後、同月17日、覚せい剤取締法違反の罪で追起訴され、さらに、上記マンション駐車場に駐車中の上記被害者の管理に係る普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を窃取したとして、同年10月20日、追起訴された(以下、これらの公訴事実を「本件公訴事実」という。)。
イ 第一審において、A被告人は、被害者の居室に入り本件自動車の鍵を取って本件自動車を持ち去ったこと自体は認めたが、自分が本件自動車を持ち去ったのは、盗難保険金を詐取しようとした被害者から依頼を受けたためであり、過去にも2回同様の依頼を受けて実行したことがある旨主張し、被害者のA被告者に対する盗難偽装依頼の有無が争点となった。
被害者が居住していたマンションには屋外に4台、エレベーター内に2台の合計6台の監視カメラが設置されており、屋外の監視カメラ4台の映像は1本のビデオテープに時間をずらす方法で順次録画されていたところ、このビデオテープ1本及びエレベーター内部を録画したビデオテープ2本(以下、これら3本のビデオテープを「本件ビデオテープ」という。)が第一審で証拠として採用された。
ウ 第一審は、平成13年3月29日、被害者が過去4回自動車を盗難されたうちの少なくとも2回は被害者のA被告人に対する自動車の盗難偽装の依頼によるものであるとのA被告人の供述の信用性を排斥できないと判断しながら、本件公訴事実はそれら2回とは持ち去りの具体的態様や偽装態様等が異なっていることなど等を根拠として、少なくとも本件自動車の持ち去りの当時においては被害者はこれを承諾していなかったものと認めるのが相当である旨判示してA被告人を有罪とする判決をしたところ、A被告人は、これを不服として控訴し、原告を弁護人に選任した。
エ A被告人及び原告は、控訴審において、事実誤認及び量刑不当を主張し、その理由として、本件自動車の持ち去りが被害者からの依頼を受けた盗難偽装であることを否定する被害者の第一審供述は信用できない旨主張したが、被害者とは面識がなかった原告は、以下のような事情から、A被告人との接見の際に、A被告人から指示説明を受けながら、本件ビデオテープを再生して、その録画内容を検討することが弁護活動を行う上で必要不可欠であると考えた。
すなわち、第一審において、被害者は、「午後10時半ころ帰宅して駐車場に車がないのが分かりすぐにその足で警察に届けに行き、帰ってきて室内が荒らされているのを知った。」旨供述する一方、「午後8時半に帰宅した。」とも供述し、関係者は、「午後10時3分に被害者から被告人の連絡先を尋ねる電話があった。」と供述していた(なお、被害者が午後10時半を過ぎてから警察に届けた事実に争いはなかった。)ところ、犯行当日の被害者の帰宅時刻が午後8時半ころであると判明すれば、被害者が、単に時刻を間違えたのではなく、本件自動車がないと気付くと同時にそれがA被告人の手によるものと分かったこと、ひいては、A被告人に対して盗難偽装を依頼したことをあえて隠して供述したと考えられるため、犯行当日の被害者の帰宅時刻が重大な問題となったが、本件ビデオテープにかかる被害者の帰宅の様子が録画されている可能性があった。
また、被害者は、第一審において、「警察から帰って室内が荒らされているのを知り電話で通報したところ警察官らがマンションまできた。そして管理人室から防犯ビデオを借り出してきて部屋で再生したところ、そこにA被告人の姿がはっきり写っていたので、A被告人の名前を警察官に告げた。」旨供述していたが、屋外の監視カメラで撮影したビデオテープは管理人がすぐに取り出せる状態にあったものの、エレベーター内を撮影したビデオテープは機械室内にあって管理人が直ちに取り出せない状態にあり、これが取り出されたのは犯行の翌朝であった。しかるに、至近距離から撮影した後者のビデオテープによる人物の特定は比較的容易であるのに対し、前者のビデオテープでは人物を特定できるか疑問があり、A被告人も、原告に対し、その旨説明していた。
(3) 本件の事実経過(<証拠略>)
ア 原告は、平成13年10月10日、A被告人との接見に際して本件ビデオテープを再生し、A被告人とともにその内容を検討し打合せをするべく、本件ビデオテープ及びビデオテープ再生装置内蔵テレビ(以下「本件テレビデオ」という。)を持参して大阪拘置所に出向いた。原告は、同日午前10時45分ころ、大阪拘置所弁護人接見受付係主任矯正処遇官副看守長E(以下「E」という。)に対し、A被告人を含む8名の刑事被告人との接見を申し込むとともに、A被告人との接見する際に本件ビデオテープを再生するため本件テレビデオを持参しているので、コンセントを使用させて欲しいと要請し、あわせて、原告が他の刑事被告人と接見している間に、接見室の弁護人側に設置した本件テレビデオのリモコンをA被告人に操作させてビデオテープを見せることができるかなどと尋ね、その際、過去にも大阪拘置所でビデオテープを視聴させたことがある旨告げた。これに対し、Eは、原告に対し、上司に相談する旨告げた上、Cに対し、原告から上記のような申し出がある旨電話連絡した。
Eからの連絡を受けたCは、原告から上記のような申し出がある旨Dに報告するとともに、Dからの指示を受け、接見に際してビデオテープを視聴させた事例が過去にあったか否かを調査したが、かかる事例は見当たらなかった。Dは、Cに対し、他の被収容者と接見している間にA被告人にビデオテープを視聴させることは接見に該当しないこと、及び、接見の際にビデオテープを視聴することについては、にわかにその可否を判断することはできないので、予め余裕をもって願い出て欲しい旨原告に回答するように指示する一方、自ら、大阪矯正管区保安課に対し、全国の収容施設においてビデオテープを視聴しながら刑事被告人と弁護人とを接見させた事例の存否の調査を依頼した。(<証拠略>)
イ 原告は、同日午前10時48分ころから午後12時2分ころまでの間、A被告人とのビデオテープを視聴しながらの接見の申込みに対する回答を待ちつつ、A被告人以外の被告人3名と接見した後、同日午後零時8分ころ、大阪拘置所弁護人控室においてCと面談した。
Cは、原告に対し、他の被告人と接見している間にA被告人に本件ビデオテープを見せたいとの原告の申入れについては、接見に該当しないため認められない旨返答するとともに、接見に際してビデオテープを視聴させた事例が見当たらない旨返答した。これに対し、原告は、どのような事例であったか記憶が定かでないが、自身が過去に大阪拘置所でビデオテープを再生しながら被告人と接見することが認められ、実際にかかる接見をした経験があること、当時、大阪拘置所でビデオ再生装置を貸して欲しいと申し出たが貸出しを受けられなかったため、ビデオテープ再生装置内蔵テレビを持参したこと、及び、その経験があったので今回は予め本件テレビデオを持参したこと等を説明した上、Cのいる目の前で、以前にビデオテープを再生した事件の共同弁護人のF弁護士の携帯電話に電話して、上記原告の説明が事実であることを確認して、Cに対し、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見させるよう申し入れた。これに対し、Cが、被告人との接見の際にビデオテープを視聴させることの可否についてはにわかに判断することができないので、予め余裕を持って申し出て欲しい旨説明したところ、原告は、本日でなければ都合が悪いので、本日中に本件ビデオテープを視聴しながらA被告人と接見できるようにして欲しいと要請し、一旦大阪拘置所から立ち去った。(<証拠略>)
ウ 原告は、同日午後1時過ぎ、再度大阪拘置所に赴き、同日午後1時8分ころから午後2時55分ころまでの間、A被告人とのビデオテープを視聴しながらの接見の申込みに対する回答を待ちながら、A被告人以外の刑事被告人4名と連続して接見した。
Dは、Cから、原告とのやりとりについての報告とともに、原告が説明していた事例については、原告が説明する氏名の被告人が過去に収容されていた事実は確認できるものの、ビデオテープを再生しながら当該被告人と接見させたか否かについては、保存期間の経過のため記録が存在しないとの報告を受けた。また、Cは、同日午後2時ころ、大阪矯正管区保安課から、川越少年刑務所所管の浦和拘置所支所において、弁護人からテレビ報道を録画したビデオテープを再生して被告人と視聴したい旨の申し出があったのに対して、弁護人が予め持参するビデオテープの内容及びこれを接見に使用する意図につき説明があり、弁護人が任意に事前検査に応じたため、ビデオテープの内容を事前に検査した事例の報告を受けた。Dは、Bと相談した上、同日午後2時55分、原告に対し、本件ビデオテープをA被告人に視聴させる方法として、接見時に視聴させるか、差入れして視聴させるかの2通りの方法があるが、いずれにしても事前に本件ビデオテープを検査しなければならない旨回答した。
これに対し、原告は、本件ビデオテープは、裁判所が証拠として採用し取り調べたものを裁判所の許可を得てダビングしたものであるから検査の必要はなく、検査しなければ本件ビデオテープを視聴しながらA被告人と接見できないとすることは、秘密交通権を侵害するなどと説明した上、事前に本件ビデオテープを検査する扱いを撤回するよう申し入れた。これに対し、Dが本件ビデオテープの検査の結果支障がなければ視聴を許可する旨回答したため、原告が本件ビデオテープを検査する根拠を示すように述べたところ、Dは、法令上の根拠は即答できないが保安上の観点によるものであると回答した。
原告は、Dに対し、かような大阪拘置所の取扱いは秘密交通権を侵害するものである旨抗議するとともに、ただ、当日打合せをする必要性から、本件ビデオテープの最初と最後の部分を再生し、事実上どのようなものかを確認することで直ちに接見できるのであれば、本件ビデオテープの一部をA被告人に視聴させて検討する時間がある旨述べて再考を促したが、Dは、先に述べたところは大阪拘置所として決定した結論であって再考の余地はない等と回答した。そこで、原告は、Dに対し、国家賠償請求訴訟を提起することになるが、それでもいいのかと述べたところ、Dは、その点についてはコメントできない旨回答した。(<証拠略>)
エ 原告は、同日午後3時9分から同33分までの間、A被告人と接見し、大阪拘置所とのやりとり等の事情を説明し、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と打合せすることができなくなったことを告げた。
原告は、A被告人との接見を終えた同日午後3時33分ころ、弁護人接見受付係係官に依頼して再度Dを呼び出してもらい、その上で、Dに対し、前記の同様の説明をして再考の余地がないかを確認したところ、Dは、結論は変わらない旨回答した。(<証拠略>)
(4) その後の経過(<証拠略>)
ア 原告は、同月17日、A被告人宛ての本件ビデオテープを大阪拘置所に郵送して本件ビデオテープをA被告人に差し入れたところ、同月18日、A被告人が本件ビデオテープの視聴を願い出たため、大阪拘置所は、本件ビデオテープを検査し、その録画内容が一般の防犯ビデオでありA被告人に視聴させても拘禁目的を阻害するおそれはないものと認め、A被告人に対し、本件ビデオテープの視聴を許可した。
イ 原告は、平成14年1月29日、大阪拘置所に対し、検察官から本件ビデオテープに関する証拠が開示されたことによって、至急、本件ビデオテープをA被告人とともに視聴して検討する必要が生じた等として、同月31日に本件ビデオテープをA被告人とともに視聴して接見させるよう申し入れたところ、大阪拘置所がその申入れを許可したため、原告は、同月31日午前10時から同11時50分までの間、大阪拘置所の接見室において、同接見室の弁護人側に原告が持参したビデオ再生装置を置いた状態で、A被告人と接見した。
3 争点
(1) 原告が、Cに対し、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することを申し入れたところ、Cから報告等を受けたDが、Bと相談した上、大阪拘置所として、本件ビデオテープの内容の検査を要求し、検査を経なければ本件ビデオテープを再生しながら接見することは認められないとした所為(以下「本件拒否行為」という。)が、原告の秘密交通権を侵害し、違憲ないし違法であるか。
(2) B、D及びCらによる本件拒否行為について、大阪拘置所職員としての過失があったか。
(3) 損害の発生及びその数額
4 争点に対する原告の主張
(1) 本件拒否行為の違法性(争点(1))について
憲法、B規約及び刑訴法は、以下のとおり、秘密交通権を保障しているところ、本件拒否行為は、かかる秘密交通権を侵害するものであって、違憲ないし違法である。
ア 秘密交通権の絶対的保障
(ア) 憲法による秘密交通権の絶対的保障
憲法34条前段及び憲法37条3項は、国家からその身体を拘束される個人及び国家により刑事訴追を受けた個人に対し、弁護人依頼権を保障しており、かかる弁護人依頼権には、弁護人による実質的で効果的な援助を受ける権利(以下「実質的弁護人依頼権」という。)をも含まれている。他方、かかる弁護人依頼権を含む憲法上の被告人等の包括的防御権を実質的に保障するため、弁護人には、被告人等に対して実質的で効果的な弁護活動を行うための弁護権が憲法上固有のものとして認められている。
そして、被告人等が弁護人による時宜を得た実質的で効果的な援助を受けるためには、被告人等が弁護人に対して必要かつ十分な情報を提供したり弁護人から適切な助言を得るなど被告人等と弁護人との間の交通が必要不可欠であるところ、被告人等と弁護人との間の交通が国家によって監視ないし干渉されることとなれば、その萎縮的効果として、被告人等が弁護人に対して情報を必要かつ十分に伝達することが抑制され、また、弁護人も助言等の具体的内容を国家に覚知されることをおそれて被告人等との交通を差し控える等弁護活動を抑制してしまい、その結果、被告人等が弁護人による実質的で効果的な援助を受けることができず、弁護人も被告人に対してかかる援助をなしえなくなってしまう。
とすれば、被告人等と弁護人との間の交通について、国家からの干渉を一切受けず自由かつ秘密にこれを行うことができるという秘密交通権は、上記のような被告人等の実質的弁護人依頼権及び弁護人の弁護権の中核的要素をなすものとして、憲法上保障されるものであり、しかも、憲法が捜査・訴追・処罰の必要性と身体を拘束された被告人等の実質的弁護人依頼権とを比較考量した上、後者が前者の不可欠の前提であるという価値判断をした上、(現実にはあり得ないことであるが)弁護人による逃亡援助又は罪証隠滅などによって損なわれる捜査・訴追・処罰の必要性については、弁護士懲戒及び刑事制裁等の方法で担保するとしている以上、かかる秘密交通権は、捜査・訴追・処罰の必要性によっても制約されない不可侵の権利なのである。
(イ) B規約による秘密交通権の絶対的保障
B規約(昭和54年8月4日批准、同年9月21日発効)は、国内法としての直接的効力を有し、かつ、法律に優位する効力を有している(したがって、B規約に抵触する法律及びその下位規範である命令等はすべて無効であり、B規約の内容が刑事手続諸法令の解釈適用に反映されねばならない。)ところ、以下の各解釈指針からすれば、被告人等と弁護人との秘密交通権は、B規約14条1項並びに3項b及びdにおいても保障されていると解される。
すなわち、条約の解釈については条約法に関するウィーン条約(昭和56年8月1日発効、以下「条約法条約」という。)が存するところ、同条約には遡及効がないが、同条約は、国際慣習法として形成され適用されてきた条約法の諸原則を成文化したものであるから、B規約を解釈する一定の指針となる。
B規約については、B規約28条に基づき設置された国連規約人権委員会が一般的意見(以下「ゼネラルコメント」という。)を採択しており、このゼネラルコメントは、条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意及び条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈について当事国の合意を確立するもの(条約法条約31条3項(a)及(b)に該当し、さらには解釈の補足的な手段(条約法条約32条)としての条約に基づく判例法に該当するのであって、B規約の解釈指針となるところ、B規約14条に関するゼネラルコメントによれば、B規約14条3項bの便益には、訴訟の準備に被告人が必要とする書類その他の証拠にアクセスすることも含まれなければならず、同条項は、弁護人に対し、交通の秘密を十分尊重するという条件で被告人と交通することを要求するとされ、同条3項の要件は最低限の保障であり、これを遵守しても、必ずしも同条1項の要求する審理の公正さの確保に十分であるとは限らないとされている。
また、被拘禁者保護原則、弁護士の役割に関する基本原則及び被拘禁者処遇最低基準規則といった国連決議も条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈について当事国の合意を確立するもの(条約法条約31条3項(a)及び(b))に該当するところ、被拘禁者保護原則18は、拘置所における弁護人と被告人等との間の交通について秘密に行われるべき旨を、弁護士の役割に関する基本原則8条及び22条は、秘密交通権が弁護権の内容としても保障される旨を、被拘禁者処遇最低基準規則93条は、被告人等と弁護人との間の交通が秘密に行われることが最低限保障されるべきであるとした上でその基準を、それぞれ規定しており、これらは、いずれもB規約14条3項b及びdの解釈指針となる。
さらに、弁護人と被告人等との間の交通の秘密を規定する米州人権条約8条2項及びヨーロッパ刑務所規則93条も、国際法の関連規則(条約法条約31条3項(c))として、B規約の解釈指針となる。
なお、B規約の解釈指針たり得るか否かは、その法的拘束力の有無によって決まるものではない。
(ウ) 刑訴法による秘密交通権の絶対的保障
刑訴法39条1項は、実質的弁護人依頼権をも保障する憲法34条の趣旨を受けたものであるところ、刑訴法39条1項に規定された接見交通権の秘密性が絶対的に保障されないとすれば、実質的弁護人依頼権が保障されるとはいえないから、同条項は、弁護人と身体を拘束された被告人等との間の秘密交通権を保障したものであると解される。
刑訴法39条1項は、「立会人なくして接見し」と規定し、何らの例外を設けずに接見交通の秘密性を絶対的に保障しているところ、同条2項は、「前項の接見」と規定し、かかる秘密交通権の絶対性を当然の前提とした上で、接見交通の自由が制約されうる旨定めるにすぎず、同条3項も、「接見又は授受に関し」て捜査機関が指定できるのは「日時、場所及び時間」のみとし、接見交通の内容については、およそ指定の対象としていないから、同条そのものも、文理上、憲法34条の趣旨を確認し、秘密交通権を絶対的に保障しているものと解される。
イ 秘密交通権の保障がビデオテープを再生しながら被告人と接見することにも及ぶこと
刑訴法39条1項の「接見」とは、被告人等と弁護人とが直接面会して事件に関する打合せを行うこと全般をいうところ、実質的弁護人依頼権を充足するためには被告人等が弁護人と証拠の具体的内容をみながら事件の打合せを行って意思疎通を図ることが必要不可欠であるから、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することは、同条項の「接見」そのものに該当する。そして、同条項は、それ自身並びに憲法及びB規約を受けて秘密交通権を保障しているところ、被告人等と接見する際にビデオテープを再生することと証拠書類及び証拠物の写しを示すこととを区別する合理的な理由はないから、原告が本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することにも秘密交通権の保障が及ぶものである。
他方、原告が申し入れたのは、A被告人との接見に際して本件ビデオテープを再生することであるところ、録音ないし録画を伴うものではないから、刑訴法39条の「書類若しくは物の授受」には該当せず、かかる「授受」に準ずるものでもない。
被告は、本件拒否行為について、本件ビデオテープの検査を要求したものであり、原告とA被告人の接見自体を拒否したものでも、原告が本件ビデオテープを再生しながらA被告人とともに視聴することを拒否したものでもないとするが、原告が本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見を行うことが秘密交通権の対象たる「接見」に該当するにもかかわらず、接見に際して使用する本件ビデオテープの中身を検査しなければこれを再生しながら接見することを許さないとすることは、「接見」そのものを拒否することにほかならない。
なお、弁護人が被告人と接見するに際し録音機を用いてその内容を録音して持ち帰ることを書類の授受に準ずるものとして取り扱うべきとする昭和38年4月4日矯正甲第279号通達及び接見者が無断で録音機を接見室に持ち込むことを禁止する昭和45年10月8日矯正甲第944号通達は、接見室内での録音等を問題とするものであるが、上記各通達自体が秘密交通権を侵害する違憲ないし違法なものであるし、そもそもビデオテープの再生のみを問題とする本件は、上記各通達とは抵触しない。
ウ 本件拒否行為の違法性
(ア) B、D及びCは、原告が、本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することを申し入れたにもかかわらず、大阪拘置所として本件拒否行為に及んでいるのであって、本件拒否行為は、原告の秘密交通権を侵害する、違憲・違法なものである。
(イ) 被告は、監獄法50条及びその委任を受けた監獄法施行規則127条2項を本件拒否行為の法的根拠としている。
監獄法50条は、接見に関する制限について命令へ委任しているところ、かかる委任は、絶対的な秘密交通権を保障する憲法、B規約及び刑訴法の趣旨に則ってなされなければならないが、同条は、接見に関する制限について一般人の場合と弁護人の場合とを何ら区別することなく、白紙的・包括的に監獄法施行規則に委任し、被告人等と弁護人との秘密交通権を保障する内容となっていないから、憲法、B規約及び刑訴法に違反するものとして、無効である。
また、監獄法50条が憲法、B規約及び刑訴法に違反しないとしても、同条は、絶対的な秘密交通権を保障する憲法、B規約及び刑訴法に適合するように解釈されなければならず、同条が監獄法施行規則に委任している範囲は、被告人等と弁護人との間の接見交通の秘密とは関係しない事項について、逃亡ないし罪証隠滅を防止するための措置を定めることに限られるところ、監獄法施行規則127条2項は、刑訴法39条2項よりも広範な目的による制限を定めており、同条項に反するばかりか、上記監獄法50条の委任の範囲を逸脱し、絶対的な秘密交通権を保障する憲法及びB規約に違反しており、無効である。
仮に、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項が無効でないとしても、これらの規定は、絶対的な秘密交通権を保障する憲法、B規約及び刑訴法に適合するように解釈されなければならないところ、被告人等と弁護人との間の接見交通に先立ち、監獄法施行規則127条2項の「必要な戒護上の措置」が採られることはやむを得ないが、かかる措置の対象として秘密交通権そのものは除外されていると解さねばならず、いかなる理由にせよ、被告人等と弁護人との間の秘密交通権に拘置所が立ち入ることは許されない。
(ウ)a 被告は、弁護人が被告人等とビデオテープを視聴しながら接見する際に、その内容を書類以上に確認する必要があるとする根拠として、<1>音声や被写体の動きを連続して伝えることができるというビデオテープの特質、<2>刑訴法80条及び81条並びに監獄法50条及び監獄法施行規則127条1項の趣旨が没却されること、並びに、<3>収容施設側の電源使用等の許可の判断の必要性(それぞれ後記5(1)ウ(ア)<1>ないし<3>)等の点を挙げている。
しかし、<1>については、映像が写真や文書等と比して迫真性を有するとしても、このことが証拠価値に影響を及ぼすことは格別、「接見」と「書類の授受」との区別に影響を及ぼすものではなく、弁護人がビデオテープを再生しながら被告人等と接見する行為が「接見」に該当しないということにはならないし、<2>については、前記ア(ア)のとおり、弁護人の接見によって逃亡ないし罪証隠滅の防止という未決拘禁の目的が具体的に侵害される事態が発生したとしても、当該弁護士に対する刑事責任の追及及び懲戒等の方法で対処すべきである。また、<3>については、被告人等の実質的弁護人依頼権を含む包括的防御権及び弁護人の弁護権等を保障する見地から、収容施設側としては、被告人等と弁護人とが接見室内において接見するために電源等の使用を求めるときには、当該要請に協力すべき義務が存するというべきであるし、接見室内でビデオテープを再生するために電源等が必要であるとしても、電源等を用意するのが収容施設側か弁護側かでビデオテープの内容を確認する必要性の有無ないし程度が変わるものではない。
b 被告は、弁護人と被告人等との会話内容の秘密と弁護人が接見の際に持ち込んだ物自体の秘密とを区別した上、前者の秘密性が保たれれば実質的弁護人依頼権の充足という秘密交通権の趣旨は損なわれない旨主張する。
しかし、弁護人が接見の際に持ち込んだ物自体を収容施設側が検査しうるとなれば、収容施設側が弁護人と被告人等との会話内容を推知することができることとなるし、たとえ収容施設が捜査機関と異なり被告人等の関わる事件の詳細等を知らないとしても、弁護人と被告人等との接見に萎縮的効果を及ぼす以上、実質的弁護人依頼権の充足という秘密交通権の趣旨が損なわれることに変わりはない。
(2) B、D及びCらの過失(争点(2))について
国家賠償法1条の「過失」とは、公務員が公権力を行使して職務を執行するにあたり、ある結果の発生が予見可能であったにもかかわらず、その結果の発生を回避すべき措置をとらなかった客観的注意義務違反をいうが、この判断は、違法行為をした公務員個人の判断能力や主観的な認識状況を基準とするのではなく、その公務員の地位で職務を果たすのに客観的に要求される注意義務に違背したかどうかによってなされるものである。
そして、B、D及びCのように大阪拘置所に所属して弁護人と被告人等との接見交通に関する事務を日々掌理する公務員の立場にある者は、前記(1)アのとおり、秘密交通権が憲法、B規約及び刑訴法によって絶対的に保障された権利であって、これを制限する法令上の根拠を見出すことができない以上、国家が被告人等と弁護人との間の接見室内での交通内容に一切関与してはならないことを十分認識し又は認識し得たはずであって、C及びDには、かかる認識の下、弁護人と被告人等との交通内容の秘密を侵害しないように細心の注意を払うべき義務があった。
にもかかわらず、B、D及びCは、本件拒否行為に及んでいるところ、前記2(3)のとおり、Cにおいては、原告から、過去に大阪拘置所においてビデオテープを再生しながら被告人と接見することが認められたことがある等の説明を受けていること、Dにおいては、原告から、本件ビデオテープが裁判所において証拠として採用されたものであるとの説明を受け、本件ビデオテープの最初と最後を見せることまで提案を受けていること等をも勘案すれば、B、D及びCには、拘置所官吏として一般的に要求される注意義務に違反するものとして国家賠償法1条1項の過失がある。
(3) 損害の発生及びその数額(争点(3))について
本件拒否行為は、憲法、B規約及び刑訴法が保障する極めて重要な権利である秘密交通権を侵害するものであることに加え、最善の刑事弁護活動に努めてきた原告の活動を根本的に否定するものであること、本件拒否行為の態様が、原告の説明にも一切耳を貸そうとせず、複数回にわたり原告の接見を妨害したという極めて悪質なものであること、前記2(2)エのとおり、A被告人と接見する際に本件ビデオテープを再生し、A被告人からの指示説明を受けながらその録画内容を検討することが必要不可欠であったにもかかわらず、本件拒否行為により、その日のうちにかかる接見を行うことができなくなり、本件被告事件の弁護活動に大きな支障が生じるとともに、原告が再度本件テレビデオを持参して接見に赴くことを余儀なくされた等、本来不要なはずの労力ないし時間を費やすことを余儀なくされたこと、などを考慮すれば、原告が精神的損害を被っていることは明らかであって、かかる精神的損害を金銭的に評価すれば1000万円を下るものではない。
また、本件拒否行為により、原告は、本件訴訟の遂行を弁護士に委任することを余儀なくされたところ、その費用は100万円を下るものではない。
5 争点に対する被告の主張
(1) 本件拒否行為の違法性(争点(1))について
本件拒否行為は、原告とA被告人との接見自体を拒否したものでも、原告が本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することを拒否したものでもなく、Dが原告に対して監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項に基づき本件ビデオテープの検査を要求した所為(以下「本件検査要求行為」という。)は、以下のとおり、未決勾留の目的を達成する上で必要かつ合理的な範囲における制限であるから、これらの所為は違法ではない。
ア 監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の合憲性等
(ア) 監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項の合憲性
刑訴法39条1項に規定されている接見交通権は、憲法34条及び37条3項の保障に由来するものではあるが、かかる接見交通権も絶対無制約な権利ではなく、被告人等に実質的弁護人依頼権を保障する趣旨が実質的に損なわれない限り、法律及びその委任を受けた命令により、憲法34条の予定する未決勾留の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲で、接見交通権を制限することは許される。
すなわち、弁護人と被告人等との接見は、捜査及び公判に対する打合せのための重要な機会であるが、その内容が捜査機関等の知るところとなれば、弁護活動が適切に行われ得ないおそれがあるため、未決勾留の目的達成の側面を犠牲にしてもなお、弁護人と被告人等との接見には看守が立ち会わずその内容を一切聞知しないこととする秘密交通権を保障して被告人等の防御権に配慮している。他方、接見は外部との意思疎通手段として被告人等に許される希少な手段であるため、被告人等が接見を利用して第三者と逃亡又は罪証隠滅若しくは施設内の規律及び秩序を乱す行為に及ぶことを通謀することなども十分に予想され、このことは、弁護人との接見においても基本的には同様であるところ、被告人等の身柄確保の責任者たる監獄の長としては、秘密交通権の趣旨を損なわない限り、未決勾留の目的そのものが達成されない事態とならないように可能な限りの措置を講ずる必要がある。
そこで、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項は、未決勾留中の被告人等と弁護人との接見の際、逃亡又は罪証隠滅その他の事故を防止するためどのような内容及び程度の措置が必要かつ合理的であるかについては、監獄を管理運営する監獄の長をはじめとする看守の専門的知識及び経験に基づき、当該接見の具体的状況等に照らして個別的に判断するものとして、未決勾留の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲で接見交通権を制約できる旨規定したものであり、必要な戒護上の措置を講ずることができる旨規定した一事をもって、違憲ということはできない。
(イ) B規約との関係
B規約14条3項b及びdは、被告人等と弁護人との間の秘密交通権を絶対的に保障するものと解することはできない。
同条項は、その趣旨と目的に照らし、文脈の全体の中で、その用語の通常の意味に即して解釈されるべきところ(条約法条約31条1項参照)、同条項は、被告人等の弁護人依頼権、防御権及び弁護人との接見交通権を規定するものと解されるが、文理上、その秘密性まで保障するものか否かは明確でなく、かかる秘密性を保障する趣旨であるとしても、その文言からすれば、合理的な制限すらをも一切禁止する絶対無制約なもの解することはできない。ゼネラルコメントは、各国の歴史、伝統等の背景事情を踏まえた上、B規約の解釈及び実施に当たって参考とされることが期待されているものにすぎず、B規約締約国に対して法的拘束力を持つものではないし、B規約の解釈指針となるものでもない。また、被拘禁者保護原則、弁護士の役割に関する基本原則及び被拘禁者処遇最低基準規則も、国連加盟国に対して法的拘束力を有するものではなく、B規約の解釈基準を定めたものでもない。さらに、米州人権条約及びヨーロッパ刑務所規則については、これらの締約国ではない我が国に対する法的拘束力はなく、B規約の解釈指針となるものでもない。
(ウ) 刑訴法との適合性
前記(ア)のとおり、監獄法50条及び監獄法施行規則127条2項は、未決勾留の目的を達成するための必要かつ合理的な範囲内の制限として憲法が許容するであるところ、刑訴法39条2項が許容する同条1項の接見交通権に対する法令による制限として合理的なものであり、刑訴法に違反するものでもない。
イ 本件検査要求行為が秘密交通権の直接問題となる場面ではないこと
刑訴法39条1項は、「接見」と「書類若しくは物の授受」を並列的な観念として規定しているところ、同条項の「立会人なくして」という文言は「接見」のみにかかるものであって、同条項は、立会人なき接見の際に書類や物を授受することを許容していない。そして、接見とは、特定の被収容者と外部の特定の者との対面並びに口頭による意思及び情報の伝達をいうところ、映像及び音声の信号を記録した磁気テープたるビデオテープの再生は、かかる接見に該当せず、ビデオテープには情報が記録されている点で、むしろ書類の授受に準じるものである。
また、立会人なき接見として認められる秘密交通権とは、弁護人が被告人等と接見する際、看守が立ち会わず、その内容を一切聞知しないという限度に限られる。確かに、弁護人が被告人等と話した内容の秘密が保たれなければ、実質的弁護人依頼権の充足という秘密交通権の趣旨が損なわれかねないが、弁護人が接見の際に持ち込んだ物が何かを収容施設側に知られたとしても、この趣旨が損なわれるとまではいえない。実際上も、収容施設は、捜査機関とは異なり、被告人等の関わる事件の詳細やその争点等については熟知しておらず、弁護人と被告人等との会話内容が秘密である以上、弁護人が接見の際に持ち込んだものが当該事件との関係でいかなる意味を有するのかを推知するのは困難である。
とすれば、弁護人が接見室内でビデオテープを再生しながら被告人等と視聴するのに先立ち、収容施設側が当該ビデオテープの検査をしないことが、秘密交通権の内容に当然に含まれるとはいえない。
ウ 本件検査要求行為の必要性及び許容性
(ア) 前記のとおり、ビデオテープの再生は、秘密交通権の対象たる接見に含まれないところ、被告人等と弁護人が、口頭で意思ないし情報を伝達するのみならず、書類で意思ないし情報を伝達することも重要であるが、書類による伝達の場合は、口頭による伝達の場合と比して、一層逃亡又は罪証隠滅の防止等を図ることが要請される。
また、<1>音声や被写体の動きを連続して伝えることができるというビデオテープの特質上、その内容によっては拘禁目的の達成等に支障が生ずるおそれが写真や文書等に比して大きいこと、<2>ビデオテープの内容を確認することなく原告が申し入れたような接見を認めるとなれば、弁護人以外の者が被告人等に対して肉声でメッセージを伝えることも可能となるが、これでは、刑訴法80条、監獄法50条及び監獄法施行規則127条1項の趣旨が没却されるし、刑訴法81条の接見禁止等の措置がとられている場合には、この趣旨も没却されること、<3>接見室内でビデオテープを再生するためには、収容施設側の負担において機器ないし電源を使用せざるを得ず、そのために施設管理権者の許可が必要となるが、かかる許可の判断に当たっては、使用する機器等の種類、ビデオテープの再生に必要な時間及び場所等を考慮することが不可欠であること、などからすれば、ビデオテープを再生して視聴させるためには、書類の授受の場合以上にその内容の検査が必要不可欠である。
(イ) 他方、本件検査要求行為は、刑事裁判の証拠品としてのビデオテープ(写し)と称するものの検査を求めるものであって、被告人等がその内容を収容施設側に知られたくないとする期待ないし利益は高いものではないところ、本件ビデオテープが刑事裁判の証拠品(写し)であるか否かは、その外見だけから判断することはできないし、その最初と最後の部分だけを再生したとしても確認できない。また、本件検査要求行為に当たって、Dは、原告に対し、本件ビデオテープが差し入れられれば、翌日ぐらいにはA被告人に視聴させることができる旨伝えているのであって、過大な要求をしているわけでもなく、本件ビデオテープをA被告人と共に視聴しながらでなければ接見ができなくなるわけでもない。
(2) B、D及びCらの過失(争点(2))について
否認ないし争う。
(3) 損害の発生及びその数額(争点(3))について
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 本件拒否行為の違法性(争点(1))について
(1) 秘密交通権の保障の根拠について
ア 憲法34条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定める。この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため、弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、上記規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。
憲法37条3項は、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。」と定める。この弁護人に依頼する権利は、刑事被告人が、身体の拘束を受けているか否かにかかわらず、被告事件の嫌疑を晴らしたり、身体の拘束を受けている場合には、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため、弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものであり、憲法34条前段と軌を一にするものである。したがって、憲法37条3項は、刑事被告人が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、刑事被告人に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会をもつことを実質的に保障しているものと解すべきである。
刑訴法39条1項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があった後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、被疑者と弁護人との接見等の交通権を規定しているのは、憲法34条及び憲法37条3項の上記の趣旨に則り、身体の拘束を受けている被告人等が弁護人と相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑訴法の上記規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる。また、この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被告人等が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。(憲法34条及び刑訴法39条1項について、最高裁昭和49年(オ)第1088号同53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁、最高裁昭和58年(オ)第379号、第381号平成3年5月10日第三小法廷判決・民集45巻5号919頁、最高裁昭和61年(オ)第851号平成3年5月31日第二小法廷判決・裁判集民事163号47頁参照)
そして、刑訴法39条1項が上記のような目的から憲法の保障に由来するものとして接見等の交通権を規定している実質的根拠は、かかる交通権が行き過ぎた捜査などによる被告人等の人身の自由等の人権が侵害されるのを防止するのに資する点にのみ求められるものではなく、身体の拘束を受けている被告人等が弁護人から援助を受ける機会を確保すること自体が国家の権能である刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使を適正ならしめ、もって、無辜の不処罰が担保されたり、被告人等の正当な防御活動の結果、速やかに真犯人を確保する端緒が生まれるなど、積極的側面及び消極的側面の両方で実体的真実の発見に資する点にも求められるのである。
イ 刑訴法39条1項の接見交通権は、B規約14条3項bの趣旨にも合致する。
(ア) B規約は、国内法としての自力執行力を有する条約であるが、B規約14条は、3項において、「すべての者は、刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。」と定め、同項bにおいて、「防禦の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること。」と定める。
条約法条約には遡及効がなく、その発効前に発効したB規約への適用はないが、その内容がその発効以前からの国際慣習法を規定していることからすれば、B規約の解釈は、特段の事情がない限り、条約法条約に沿ってなされるものである。
(イ) これを前提として検討するに、B規約については、B規約28条に基づいて人権委員会が設置されており、かかる人権委員会は、B規約の締約国からの報告を検討し、適当と認める一般的な性格を有する意見を締約国に送付する権限を有することから、特定の締約国に対する勧告に代えて、B規約締約国全体に宛てたゼネラルコメントを採択しているところ、ゼネラルコメントがB規約を直接の検討対象としていることをも考え合わせれば、ゼネラルコメントは、条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈について当事国の合意を確立するもの(条約法条約31条3項(b)参照)ないし解釈の補足的な手段(条約法条約32条参照)に準ずるものとして、B規約の解釈に当たり、相当程度尊重されるべきである。
また、被拘禁者と弁護人との接見交通権については、国際連合犯罪防止会議が採択した被拘禁者処遇最低基準規則93条や国際連合総会の決議である被拘禁者保護原則18並びに弁護士の役割に関する基本原則8条及び22条が存在するところ、これらは、B規約と直接的関係のない別個のものであるが、日本国が加盟する国際連合の決議であり、B規約14条3項bの内容とも関係することからすれば、解釈の補足的な手段(条約法条約32条参照)に準ずるものとして、B規約14条3項bの解釈に当たり、一定の参考とされるべきものである。
これに対し、米州人権条約及びヨーロッパ刑務所規則については、日本国が締約国となっているわけでもなく、B規約とも直接関係しないものである以上、B規約の解釈に当たって参考とされるべきものとはいい難い。
なお、ゼネラルコメントないし上記各国際連合決議がその締約国ないし国際連合加盟国に対して法規としての拘束力を有するものではなく、ゼネラルコメントをB規約の解釈の参考とする際には各国の歴史、伝統等の背景事情を踏まえるべきであることは被告が指摘するとおりであるが、かかる拘束力の有無とB規約の解釈に当たって参考とされるが否かとは別個の問題であるし、B規約14条3項が、我が国の憲法も採用する法の支配の理念及びその内容たる適正手続の要求にも適合するものであることからすれば、日本国の歴史、伝統等の背景事情を踏まえたとしても、少なくともB規約14条3項の解釈に当たり、ゼネラルコメントが相当程度参考とされるべきであることには変わりはない。
(ウ) B規約14条に関するゼネラルコメントが、「3項bは、被告人が、防禦の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡できなければならないと定める。『十分な時間』がどの程度であるかは、それぞれの場合によるが、この便益には、弁護人を依頼し、連絡する機会をもつことのみならず、訴訟の準備に被告人が必要とする書類その他の証拠にアクセスすることも含まれなければならない。被告人が直接に防禦することを欲しない場合又は自ら選任する人若しくは団体に依頼することを欲しない場合には、被告人は、弁護士を利用することができるべきである。さらに、本号は、弁護人に対し、交通の秘密を十分尊重するという条件で被告人と交通することを要求する。弁護士は、いかなる方面からも制限、影響、圧力又は不当な干渉を受けることなく確立した専門的水準及び判断に従って、依頼者に助言し、依頼者を代理することができるべきである。」旨述べていることに加え、被拘禁者処遇最低基準規則93条、被拘禁者保護原則18並びに弁護士の役割に関する基本原則8条及び22条等、国際連合において被拘禁者と弁護人との接見交通権について明言する決議が繰り返されていることに鑑みれば、B規約14条3項bは、被告人等と弁護人との接見交通権をも要求しているものと解すべきである(なお、B規約14条3項bは、秘密接見交通権についてあらゆる制約を許容しないことまでを要求するものではなく、その意味で憲法の保障と異ならないものと解される。)。
刑訴法39条1項は、日本国がB規約を批准する以前に施行されたものであるが、さりとてB規約14条3項bが刑訴法39条1項の接見交通権を支えるものではないことにはならず、刑訴法39条1項の接見交通権は、B規約14条3項bの趣旨にも合致するものである。
ウ 以上のとおり、刑訴法39条1項の接見等の交通権は、憲法の保障に由来し、かつ、B規約14条3項bの趣旨にも合致するものであって、その実質的根拠は、かかる接見等の交通権が直接的に被告人等の人身の自由等の保障に資する点のみならず、被告人等が弁護人と相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会が確保されることにより、国家の権能である刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使の適正化が図られ、もって、実体的真実の発見に資する点にも求められるのである。
(2) 秘密交通権の保障の内容について
ア(ア) 刑訴法39条1項が被告人等は弁護人と立会人なくして接見することができる旨規定しているのは、被告人等とその弁護人との間において、相互に十分な意思の疎通と情報提供や法的助言の伝達等が、第三者、とりわけ捜査機関、訴追機関及び収容施設等に知られることなく行われることが、弁護人から有効かつ適切な援助を受ける上で必要不可欠なものであるとの考えに立脚するものであるが、これは、接見の機会が保障されても、その内容が上記各機関等に知られるようなことがあれば、両者のコミュニケーションが覚知されることによってもたらされる影響を慮ってそれを差し控えるという、いわゆる萎縮的効果を生ずることにより、被告人等が実質的かつ効果的な弁護人の援助を受けることができないことも十分に予想されるからであると解される。
とすれば、刑訴法39条1項の「立会人なくして」とは、接見に際してその内容を上記各機関等が知ることができない状態とすること、すなわち、接見内容についての秘密を保障するものであり、具体的には、接見に第三者を立ち会わせることのみならず、接見内容等を録音等したり、接見内容等を事前に告知ないし検査等したり、接見内容等を事後に報告させることなどを許さないものである。
(イ) そして、身体の拘束を受けている被告人等が弁護人から援助を受ける機会を実質的に確保するためには、被告事件等について、弁護人が被告人等から聴取した言い分に従って弁護方針を立てることが必要であり、その前提として、弁護人が、捜査機関の収集した証拠や弁護人の独自に収集した証拠についての説明を被告人等から受け、被告人等とともにその内容を充分に検討しなければならない。図面、写真及び証拠物等について、かかる説明ないし検討を行うためには、少なくともこれらを被告人等に見せることが必要不可欠であるが、口頭での打合せだけでは伝達できる情報の量及び質が限定されることを勘案すれば、文書についても、その形状、筆跡等を問題とする場合のみならず、その意味内容を問題とする場合であっても、これを被告人等に見せてその言い分を聴取することが有効適切であることはいうまでもない。
このように、被告人等と弁護人とが直接面会して被告事件等に関する口頭での打合せを行うことと証拠書類等を見せるなど口頭での打合せに付随する行為とは密接不可分である以上、刑訴法39条1項の「接見」とは、口頭での打合せに限られるものではなく、口頭での打合せに付随する証拠書類等の提示をも含む打合せと解すべきである。
(ウ) 刑訴法39条1項が被告人等が弁護人と立会人なくして接見することができる旨規定しているのは、上記のとおり、被告人等と弁護人とが口頭での打合せ及びこれに付随する証拠書類等の提示等を内容とする接見を秘密裡に行う権利たる秘密接見交通権を保障するものであり、かかる保障は、身体の拘束を受けている被告人等が弁護人と相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を確保するためのものであるから、憲法の保障に由来するものである。
これに対し、被告は、刑訴法39条1項の「立会人なくして」の意義について、弁護人が被告人等と接見する際、看守が立ち会わず、その内容を一切聞知しないことに限定するところ、この主張に従えば、収容施設の側が、口頭での打合せに付随して提示などする証拠書類等を一般的に検査し、その内容を覚知しても問題がないこととなるが、このような広範な検査を許容すれば、収容施設等が被告人等と弁護人との打合せの内容を推知することとなり、被告人等と弁護人とのコミュニケーションに萎縮的効果を及ぼしかねず、刑訴法39条1項の趣旨を没却し、ひいては憲法の保障を損なうものであって、採用し得ない。
イ かかる刑訴法39条1項の解釈は、B規約14条3項bの趣旨にも合致するものである。
すなわち、前記のとおり、B規約14条3項bは、すべての者が刑事上の罪の決定について十分平等に少なくとも保障を受ける権利として、防御の準備のため十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡することを定めている。
ゼネラルコメントがB規約の解釈にあたり相当程度尊重されるべきことは前記のとおりであるところ、B規約14条に関するゼネラルコメントは、B規約14条3項bの保障する防御の準備のために与えられる十分な便益として、弁護人を依頼し、連絡する機会をもつことのみならず、訴訟の準備に被告人が必要とする書類その他の証拠にアクセスすることも含まれなければならないとした上、B規約14条3項bが、弁護人に対し、交通の秘密を十分尊重する条件で被告人と交通することを要求するとしている。
そして、交通の最たるものが弁護人と被告人等が直接面会して接見することであることは多言を要しないところであるし、訴訟の準備に必要な書類等の証拠へのアクセスの手段について何ら限定がないことからすれば、かかるアクセスの内容には、証拠書類等の授受のみならず、弁護人と被告人等が直接面会する際に証拠書類等を提示することも含まれるものと解するのが相当である。
このような解釈は、被拘禁者等が自己の弁護人と通信・相談する権利を享受し、この相談のための十分な時間と便益を与えられる旨及び被拘禁者等が秘密の下に自己の弁護人の訪問を受け、弁護人と相談又は通信する権利を停止又は制限できない旨を内容とする被拘禁者保護原則18、すべての被拘禁者等が秘密裡に弁護士と面会し連絡を取り相談するために十分な機会及び便益等を与えられるものとする弁護士の役割に関する基本原則8条(22条は、このための制度的保障とでもいうべきものである。)、並びに、未決拘禁者が自己の防御のための弁護人の訪問を受けることを要求する被拘禁者処遇最低規則93条によっても確認されるものである。
(3) 秘密交通権に対する制約について
ア(ア) 刑訴法39条1項で保障される秘密接見交通権は、思想良心の自由とは異なり外部的行為を伴うものである上、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、秘密接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。
そして、刑罰権の発動ないし捜査権の行使のためには、被告人等の逃亡又は罪証隠滅を防止するため、その身体を拘束する場面が生ずること自体はやむを得ないところ、秘密接見交通権の行使は被告人等の身体が拘束された場面においてはじめて問題となるのであるが、秘密接見交通権の行使と被告人等の身体の拘束との間に合理的な調整を図らねばならないことは否定できず、憲法34条及び37条3項も、法律にかかる調整の規定を設けることまでを否定するものではない。
(イ) 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被告人等の所在を監獄内に限定するものであるところ、前記のとおり、未決勾留が刑罰権の発動ないし捜査権の行使のために必要なものとして許容されている以上、未決勾留された被告人等が、逃亡又は罪証隠滅の防止という未決勾留の目的のため、ないし、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合に、この障害発生の防止のために必要な限度で、身体の自由及びそれ以外の行為の自由に合理的な制限を受けることはやむを得ないものといわざるを得ない。
もっとも、秘密接見交通権は、前記のとおり、単に被告人等が弁護人から援助を受ける機会を確保するためだけのものではなく、かかる機会を確保することが、憲法の予定する刑罰権の発動ないし捜査権の行使を適正なものとし、実体的真実の発見に資する点にその実質的根拠が求められ、かつ、秘密接見交通権が憲法上の保障に由来することに鑑みれば、秘密接見交通権の行使と刑罰権の発動ないし捜査権の行使との間の調整場面として、上記のような制限の必要性及び合理性を検討するに当たっては、秘密接見交通権を可及的に保障する方向性が要請され、秘密接見交通権が保障された趣旨を没却するような制約を加えることは、刑訴法上のみならず憲法上も許されない。
(ウ) 以上を前提に、弁護人が被告人等と直接接見するに当たって持ち込もうとしている書類等を収容施設が事前に検査することが許されるか否かを検討する。
a 弁護人が被告人等と直接接見する際に罪証隠滅ないし逃亡援助に供する書類等や収容施設内の規律ないし秩序を乱すような書類等を故意に持ち込むことは想定し難い例外的事態ではあるものの、このような可能性が絶無とまで確言することはできない。また、弁護人は、必ずしも収容施設内の事情に通じているわけではなく、持ち込もうとしている書類等の内容について十分な検討を怠る等の過失により、結果として罪証隠滅ないし逃亡援助に供する書類等や収容施設内の規律ないし秩序を乱す書類等を持ち込んでしまう可能性がないともいえない。このような故意過失によって未決勾留目的や収容施設内の秩序維持を妨げるのおそれは、現実問題として無視し得ないものといわざるを得ず、これを防止するために、収容施設が、弁護人が被告人等と直接接見する際に持ち込もうとしている書類等を事前に検査する必要性があると主張することも理解できないわけではない。
しかしながら、その反面、かかる検査が無条件になされれば、収容施設が弁護人と被告人との接見の内容を推知できることとなり、さらには捜査機関ないし訴追機関がこの接見の内容を覚知できるおそれも生じることとなるが、その結果、かかる推知ないし覚知によってもたらされる影響を慮って、被告人等と弁護人とのコミュニケーションが差し控えられるという萎縮的効果が生じること、ひいては被告人等が弁護人から援助を受ける機会が損なわれる結果を招来することが容易に想像できる。
そこで、これら双方の要請を合理的に調整する必要があるが、これを抽象的に考えれば、収容施設が、弁護人が被告人等と直接接見するに当たって持ち込もうとしている書類等が未決勾留目的や収容施設内の秩序維持を阻害するものではないことを確認するため、これを確認できる限度で、その全部又はその一部を事前に検査することであれば許容されるようにも思われる。
b しかしながら、罪証隠滅ないし逃亡を防止する実効性及び必要性と制限される利益との均衡の観点から検討するに、上記のような検査だけでは、本件で問題となっているビデオテープ等の磁気媒体ないしその他の電磁的記録等についてはもとより、書類等についても、実効性が乏しい一方、これを超えて内容を逐一吟味する検査では、その実効性と比較して、秘密接見交通権の制限される程度が大きく、また、検査の必要性と弁護権に対する侵害の程度との間でも、著しく不合理な程度に両者の均衡を欠くものといわざるを得ない。
(a) ビデオテープ等の磁気媒体ないしその他の電磁的記録等は、これを再生する媒体を用いることなく内容を認識できないという点で視認性を欠き、しかも、その情報量はその物理的存在量と比べて膨大なものであるところ、再生機器を用いないような検査では全く実効性がなく、再生機器を用いたとてその内容を最初から最後まで検査しない限りは、その内容の一部に罪証隠滅ないし逃亡に関連する部分が紛れ込む余地がある以上、故意による罪証隠滅等に対してはもとより、過失による罪証隠滅等に対しても極めて乏しい実効性しかないものといわざるを得ない。故意に罪証隠滅ないし逃亡援助を行おうとすれば、その物理的存在量と比して膨大な情報の中にこれらに関連する部分を発見されにくい状態で紛れ込ませることなども容易であるところ、その内容の一部を検査するだけで当該部分を見つけ出すことは極めて困難であるし、罪証隠滅ないし逃亡に関連する部分が過失で紛れ込んだとしても、この困難性に変わりはないからである。
また、実効性を追求するためにその内容全部を再生して検査すれば、これによって被告人等と弁護人とのコミュニケーションに極めて大きな萎縮的効果が生じることは明白である。そうでなくとも、その内容の一部を再生して検査すれば、相当程度の萎縮的効果が生じると考えられ、その実効性とこれによって損なわれる利益とは、著しく不合理な程度に均衡を欠くものといわざるを得ない。
(b) 書類等は、そのまま内容を認識できる点や視認性を有し、かつ、その情報量はその物理的存在量に概ね比例する。しかし、書類等であっても、その一部に罪証隠滅ないし逃亡に関連する部分が紛れ込む余地はあるところ、内容を一瞥する程度の検査だけでは、故意による罪証隠滅等に対する実効性が乏しいことは、磁気媒体ないしその他の電磁的記録等の場合と異なるものではなく、大量の書類等の中から罪証隠滅等に関する部分を発見すること自体が困難である以上、過失による罪証隠滅等に対する実効性も乏しいものといわざるを得ない。
また、罪証隠滅等に対する実効性を追求すれば、書類等についても、磁気媒体ないしその他の電磁的記録等の場合と同様、その内容の一部始終を検査せざるをえないこととなるが、かかる検査によって極めて大きい萎縮的効果が生じることも同様である上、書類等の内容を一瞥すれば、相当程度の萎縮的効果が生じることも同様であって、その実効性とこれによって損なわれる利益とが著しく不合理な程度に均衡を欠くことに変わりはない。
c そもそも、憲法及び刑訴法等の刑事関連法規において、弁護人及び弁護人の弁護活動についての諸規定が設けられている実質的根拠は、秘密接見交通権のそれと同様に、被告人等が弁護人から援助を受ける機会を確保すること自体が国家の権能である刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使の適正化を図り、もって、積極・消極の両面で実体的真実の発見に資する点に求められるのであり、この意味において、弁護人の弁護活動は刑事手続の運用に当たって欠くことのできない重要なものである。
また、弁護士たる弁護人が、かように重要な弁護活動を一手に担うものとされているのは、弁護士が、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律実務に精通し、基本的人権の擁護及び社会正義の実現という使命に基づいて誠実に職務の執行を行うという高度の倫理性及び専門性を備えるべきものとされているからにほかならない(弁護士法1条、2条)。そして、かかる高度の倫理性を備えるべき弁護人が、被告人等と直接接見する際に罪証隠滅ないし逃亡援助に供する書類等を故意に持ち込む可能性は、皆無であるとはいえないものの、極めて例外的な事態というべきであるし、また、弁護人が必ずしも収容施設内の事情に通じているわけではないとしても、その具備すべき高度の倫理性及び専門性をもって、持ち込もうとする書類等の内容について十分な検討が行われる限り、弁護人が過失によって結果的に罪証隠滅ないし逃亡援助に供する書類等を持ち込む可能性も非常に低いものというべきである。
被告は、弁護人が被告人等と話した内容の秘密と弁護人が接見の際に持ち込んだ物の秘密を区別し、後者については秘密交通権の内容には当然に含まれないと主張しており、仮にこれに従えば、ビデオテープだけでなく、接見に際して被告人等との面談に使用されるすべてのものについても同様に扱われることになりかねない。ところが、上記のようなごく稀な自体を危惧・想定し、一般的かつ全面的に、弁護人が持ち込むすべての書類等の内容を事前に検査することとなれば、それは弁護人の刑事弁護活動の中核たる接見交通権に対する大幅な侵害の受忍を迫ることになるといわざるを得ず、この点においても均衡を欠いている。
d してみると、弁護人が被告人等と直接接見するに当たって持ち込もうとしている書類等の事前検査としては、刑訴法39条1項及びそれが由来するところの憲法の保障の趣旨に照らし、罪証隠滅ないし逃走の用に直接供される物品ないし収容施設内の規律ないし秩序を著しく乱す物品の持込みの有無について、外形を視認することによって確認したり、書面又は口頭で質問する程度の検査を実施することは格別(この程度の事前検査にとどまるのであれば、収容施設等に接見内容を推知されるおそれはなく、被告人等と弁護人とのコミュニケーションにも萎縮的効果を及ぼすものとはいえない。)、持ち込まれる書類等の内容にまで及ぶ検査については、秘密接見交通権が保障された趣旨を没却する不合理な制限として許されないと解するのが相当である。
そして、被告人等と弁護人との間の接見において、罪証隠滅等に関わる書類等が提示されるなど、本来接見交通の内容に含まれない行為がなされた場合には、証拠隠滅罪(刑法104条)及び逃走援助罪(刑法100条1項)等の刑罰法規並びに弁護士会の懲戒(弁護士法56条以下)によって厳正に対処するべきである。
イ 以上のような解釈からすれば、監獄法50条及び監獄法施行規則127条は、刑訴法39条1項が由来するところの憲法34条前段及び37条3項の趣旨並びに刑訴法39条1項の背景たるB規約14条3項bの趣旨に従い、以下のように、限定的に解釈されなければならない。
すなわち、監獄法50条は、「接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム」と定めるが、この規定は、刑訴法39条1項が由来するところの憲法34条前段及び37条3項の趣旨並びにこの背景たるB規約14条3項bの趣旨を受けて、被告人等と弁護人との交通が問題となる場面では、秘密接見交通権が保障された趣旨を没却しない限度での制限だけを法務省令で定めることができる旨を規定したものと解される。
これを受けて、監獄法施行規則127条2項は、刑事被告人(ここでいう「刑事被告人」(監獄法施行規則127条1項)とは、刑訴法39条1項の「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者」を指す。)との弁護人とが監獄官吏の立会いなくして直接面談する接見の場面において、「逃走不法ナル物品ノ授受又ハ罪証湮滅其他ノ事故ヲ防止スル為メ必要ナル戒護上ノ措置ヲ講ス可シ」と規定するところ、この「必要ナル戒護上ノ措置」については、上記のような監獄法50条の委任の範囲に従い、かかる接見の際に、危険物、禁制品及び罪証隠滅ないし逃走の用に直接供される物品が授受されないように接見室の被告人等の側と弁護人側との間に穴あきの透明な仕切り板を設ける等の物的設備を整えたり、前記のような外形視認や書面又は口頭での質問による対象物の性状の確認を行うなど、被告人等と弁護人との間の打合せの内容に直接のみならず間接にも影響しない程度の措置を指すと解するのが相当であって、弁護人が持ち込もうとする書類等の内容に及ぶ検査については、監獄法施行規則127条2項の「必要ナル戒護上ノ措置」には含まれない。
ウ(ア) これに対し、被告は、<1>音声や被写体の動きを連続して伝えることができるというビデオテープの特質、<2>刑訴法80条及び81条並びに監獄法50条及び監獄法施行規則127条1項の趣旨が没却されること、<3>収容施設側の電源使用等の許可の判断の必要性(前記第2、5(1)ウ(ア)<1>ないし<3>)等の点を挙げて、弁護人が被告人等とビデオテープを視聴しながら接見するのに先立ち、その内容を書類以上に確認する必要がある旨主張するが、以下のとおり、かかる論旨は採用し得ない。
すなわち、上記ビデオテープの特質が証拠価値に影響することは格別、書類等との比較で罪証隠滅ないし逃亡のおそれをどの程度高めるのかは明らかでないし、仮にこのおそれが高まるとしても、ビデオテープの内容を一部でも検査すれば、被告人等と弁護人とのコミュニケーションに対して検査の実効性に全く見合わない萎縮的効果を及ぼす以上、かかる結果は、憲法の保障に由来しB規約14条3項bの趣旨にも合致する刑訴法39条1項に照らし許されないことは前記のとおりである。
また、刑訴法80条及び81条並びに監獄法50条及び監獄法施行規則127条1項は、刑訴法39条1項の定める接見等の交通権の保障を前提とするものであり、安易に前者を後者に優先させる解釈をすることは慎むべきである。
さらに、接見室内でビデオテープを再生するために収容施設側の電源等を使用する必要があり、収容施設側がこれを許可するか否かの判断をする必要があるとするが、本件では電源の使用の可否が問題となって本件検査要求行為がされたものではない。電源使用許可についての判断するに当たっては、再生装置の仕組み及び電源等の使用時間などを確認すれば足りるのであり、ビデオテープの内容を確認すること自体、そもそも不必要である。
(イ) 既述のように、刑訴法39条1項の「接見」とは、口頭での打合せに限られるものではなく、口頭での打合せに付随する証拠書類等の提示をも含むと解される。
ビデオテープや録音テープなど画像又は音声を処理する新たな証拠方法が刑事手続において利用されていることは顕著な事実であるが、科学技術の進展に伴ってより広く用いられ、かつその重要性も増していくと考えられる。そして、弁護人が、捜査機関が捜査過程で獲得したビデオテープや弁護人が独自に収集した証拠であるビデオテープ等を、未決勾留中の被告人等に見せて、打合せを行うことの必要性は高く、その他の書類等の証拠方法を見せて打合せを行う場合とまったく径庭はない。しかるに、このビデオテープを秘密交通権の保護から除外して、収容施設側の事前検査の対象とするとなれば、弁護人にとって十分な弁護活動の妨げになることも見易い道理である。
(ウ) また、被告は、ビデオテープが映像及び音声の信号の記録した磁気テープであって書類に準ずるものであるとして、その再生が書類等の授受に準ずるものであるがごとき主張をする。
しかし、口頭での打合せに付随する行為としてのビデオテープの再生と書類等の授受とは、物理的占有移転の有無という点で本質的に異なるものであるところ、物理的占有移転を伴う書類等の授受については、これが被告人等と弁護人との間でなされるときであっても、弁護人からのものである場合には、当該書類等が真実弁護人からのものであるか否か、当該書類等の中に第三者からの書類等が混入されていないかどうか、さらには、当該書類等の中に、危険物や禁制品が混入されていないかどうかを確認する必要があるし、被告人等からのものである場合でも、当該書類等が真実弁護人へのものであるか否か、当該書類等の中に第三者への書類等が混入されていないかどうかを確認する必要があることは否定できないが、ビデオテープを再生して見せるという所為については、かかる必要性が存在せず、被告の主張は理由がない。
(エ) さらに、被告は、被告人等と弁護人との会話内容と弁護人が接見に際して持ち込む物とを区別した上、被告人等の関わる事件の詳細やその争点等については熟知していない収容施設側が、後者の内容を覚知したとしても、前者の秘密性が保たれる以上、刑事訴訟法39条1項の趣旨が損なわれるとまではいえない旨主張する。
しかし、いかなる国家機関であっても、当該機関が後者の内容自体を覚知すること自体、被告人等と弁護人とのコミュニケーションに萎縮的効果を及ぼすことはいうまでもなく(さればこそ、刑訴法39条1項が接見の際の立会いが排除されるべき立会人の範囲を限定していないものと解される。)、前者の秘密性が保たれていても後者の秘密性が損なわれれば、刑訴法39条1項が由来するところの憲法の趣旨が損なわれ、B規約14条3項bの趣旨にも合致しないことは明白であるから、被告の主張は理由がない。
(4) 本件検査要求行為の違法性
Dは、Cから、原告が本件ビデオテープを再生しながらA被告人と接見したいとの申入れをしているとの報告を受けたにもかかわらず、Bと相談の上、原告に対し、保安上の観点から本件ビデオテープの内容を検査しない限り、かかる申入れは認められない旨回答して本件拒否行為に及んでいるところ、このような検査は、前記のとおり、監獄法50条の委任を受けた監獄法施行規則127条2項の「必要ナル戒護上ノ措置」が、刑訴法39条1項が由来するところの憲法及びB規約14条3項bの趣旨を受けて限定的に解釈された範囲を超えるものである。
したがって、かかる検査が監獄法施行規則127条2項の「必要ナル戒護上ノ措置」に該当するものとして、これを適用したDないしBの行為は、その適用上、刑訴法39条1項が由来するところの憲法34条前段及び37条3項並びにB規約14条3項bの趣旨に違反する違憲、違法なものである。
2 B、D及びCらの過失(争点(2))について
(1) 本件当時、Bは大阪拘置所長であり、C及びDはそれぞれ大阪拘置所処遇部処遇部門の上席統括矯正処遇官(第一担当)及び首席矯正処遇官として、Bの指揮監督の下、大阪拘置所に収容されている未決勾留者の勾留に関する職務を遂行していた者であるところ(前記第2、2(1)イ)、かかる地位にあったB、D及びCには、日常的に被告人等と弁護人との接見に関与する者として、監獄法及び監獄法施行規則の適用に当たって、憲法、B規約及び刑訴法の趣旨を損なうことがないように注意すべき義務があったものというべきである。
そして、前記第2、2のとおり、原告は、本件当日の午前、Eに対し、ビデオテープを再生しながらA被告人と接見することを申し入れた際、過去に大阪拘置所でビデオテープを視聴させたことがある旨告げた上、本件当日の正午ころ、Cに対し、自身が過去に大阪拘置所でビデオテープを再生しながら被告人と接見することが認められて実際にかかる接見をしたことを具体的根拠を挙げて説明している。これに対し、Dは、原告の申入れについてEから連絡を受けたBに対し、前例の調査をさせ、自らも大阪矯正管区保安課に対し、全国の収容施設におけるビデオテープを視聴しながら刑事被告人と弁護人とを接見させた事例の存否の調査を依頼しており、さらには、Cから、原告が説明した事例について、説明どおりの氏名の被告人が過去に収容されていた事実が確認できたとの報告を受けているのであるが、川越少年刑務所所管の浦和拘置所支所における事例の報告を受けた後、原告の申入れとの事案の相違を考慮することなく、法令の調査を十分に行うことなく、Bと相談した上、本件当日の午後3時ころ、本件拒否行為に及んでおり、原告が秘密交通権を侵害するなどと説明して再考を促したにもかかわらず、かかる態度を変更していないのである。
このように、大阪拘置所としては、原告の申入れに対し、一応前例を調査する等しているが、原告から具体的に前例を指摘され、指摘どおりの氏名の被告人が過去に収容されていた事実を確認したにもかかわらず、大阪拘置所長として相当の法的知識があってしかるべきBにおいても法令及びその趣旨等の調査を十分に行わず、事案の異なる前例を適用して本件拒否行為に及んだことからすれば、大阪拘置所の意思決定として本件拒否行為に及んだDないBには、監獄法及び監獄法施行規則の適用に当たり、憲法、B規約及び刑訴法の趣旨を損なうことがないように注意すべき義務を怠った過失があったものといわざるをえない。
3 損害の発生及びその数額(争点(3))について
本件拒否行為は、憲法の保障に由来しB規約14条3項bを背景とする刑訴法39条1項が保障する重要な権利たる秘密接見交通権を侵害するものである。Dは、原告から複数回にわたって上記のような説明を受けたにもかかわらず、その態度を変更しておらず、これによって、修習生の刑事弁護教育に力を注ぐなど刑事弁護活動の啓蒙に積極的に努めてきた(<証拠略>)原告が、精神的損害を被ったことは想像に難くない。その上、本件拒否行為によって、その日のうちにA被告人からの指示説明を受けつつ本件ビデオテープの録画内容を検討して接見することができず、その結果、弁護活動にも支障が生じ、本件被告事件の控訴審の審理の進行にも影響が生じているというのである(前記第2、2(2)エ)。もっとも、他方で、本件はビデオテープという刑訴法立法時には存在しなかった証拠方法によって生じた新しい法律問題であって、DないしBが、十分な時間的余裕のないまま決断を迫られた結果、本件拒否行為に至った点で収容施設側にしても酌むべきものがないとまではいえない。これらの事情のほか、本件において認められる全ての事情を斟酌すれば、原告の被った精神的損害に対する慰謝料は、100万円と評価すべきであり、弁護士費用のうち、慰謝料の1割である10万円については、本件拒否行為と相当因果関係のある損害と評価するのが相当である。
なお、訴状が被告に送達された日が平成14年12月4日であることは、当裁判所に顕著な事実である。
4 結論
よって、原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 森宏司 真辺朋子 安木進)