大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1406号 判決 2005年2月03日
控訴人(原告) X
同訴訟代理人弁護士 橋田浩
被控訴人(被告) 株式会社ユーエフジェイ銀行
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 鈴木秋夫
主文
1 本件控訴及び当審追加請求(不法行為に基づく事故情報登録削除手続請求)を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は控訴人に対し、300万円及びこれに対する平成15年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は控訴人に対し、全国銀行個人信用情報センターに登録した控訴人に関する別紙目録記載の事故情報の登録削除の手続をせよ(不法行為に基づく請求は当審追加請求)。
(4) 訴訟費用は、1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
(5) 上記(2)につき仮執行宣言
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 被控訴人は、控訴人との間で、同人に関する個人信用情報の登録の約定を含む本件当座貸越契約が成立したとして、これに基づいて、別紙目録記載の事故情報(以下「本件事故情報」という。)を全国銀行協会全国銀行個人信用情報センター(以下「個人情報センター」という。)に提供してその登録をさせた。
本件は、控訴人が、①被控訴人は、個人情報センターに信用情報を登録するに当たり、控訴人の同意を得た上、誤った信用情報が登録されないよう注意すべき義務を負っていたのにこれを怠って本件登録をした、②被控訴人は控訴人に対して、本件事故情報を抹消する旨を合意したが、これを履行しなかった、③控訴人は、自動車を購入するためのローンを別の金融業者に申し込んでいたが、本件登録を理由に不承認が確定した結果、希望していた自動車を購入できなかったため損害を被った等と主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償及び事故登録抹消合意に基づく本件事故情報の削除手続を請求した事案である。
原判決は、本件当座貸越契約の成立及び同契約に基づく事故情報登録に対する控訴人の事前同意の存在を認定するとともに、控訴人主張の登録抹消の合意があったとは認められない等として、本件請求をいずれも棄却した。
そこで、控訴人は、原判決の判断をいずれも不服として本件控訴を提起すると共に、不法行為に基づく事故情報の削除手続請求を追加した。
その他、本件事案の概要は、後記2のとおり当審における控訴人の補充主張の骨子を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」2に記載されたとおりであるからこれを引用する。
2 当審における控訴人の補充主張の骨子
(1) 信用情報登録についての控訴人の同意の不存在
本件当座貸越契約の申込書(乙1・本件申込書)中の申込人欄の印影は、控訴人と妻が共有・共用する印章によって顕出されたものであり、それは控訴人の意思に基づくものではないから、上記印影を根拠に本件申込書が真正に成立したと認めることはできない。
本件当座貸越契約は、控訴人の妻Bが控訴人に無断で締結したものであって、その法的効果が控訴人に及ばない以上、本件当座貸越契約中の信用情報登録に対する同意を定めた条項(契約書第17条)の適用も受けない。
そもそも、個人の信用情報の登録についての同意不同意は、当該個人の意思にかかるものであって代理にはなじまないから、控訴人の妻による契約締結によって控訴人の同意がなされたとはいえない。
それにもかかわらず、被控訴人は個人情報センターにより本件事故情報を登録させたのであり、それは、控訴人の同意に基づかない違法なものである。
また、被控訴人は、本件事故情報の登録に際して、控訴人に対し、直接、本件事故情報にかかる債務の請求や事情の確認をしたり、控訴人から、あらためて情報登録について同意を得るべき義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったものであり、この点からも不法行為責任は免れない。
(2) 本件事故情報の登録抹消請求について
控訴人は、①被控訴人との間で成立した本件事故情報の登録抹消合意に基づく抹消請求に加え、②民法723条の準用ないし類推適用による不法行為に基づく本件事故情報の抹消請求を追加的に主張する。
第3当裁判所の判断
当裁判所は、当審における控訴人の主張を十分考慮しても、控訴人の本件請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 本件当座貸越契約の成否について
控訴人は、本件当座貸越契約は、控訴人の妻が控訴人に無断で締結したものであり、その法的効果が控訴人に及ばない以上、本件当座貸越契約中の信用情報登録に対する同意を定めた条項(契約書第17条・以下「本件同意条項」という。)も適用されないから、本件登録は違法なものであると主張する。そこで、本件当座貸越契約が、控訴人と被控訴人との間で成立したか否かを検討する。
(1) 本件申込書(乙1)の成否について
ア 印章について
控訴人は、本件申込書に押捺された印章(以下「本件印章」という。)は、控訴人と妻が共有・共用していたもので、控訴人の印章とはいえないと主張し、控訴人の供述中には、妻に本件印章を常時預けていた等、上記主張事実に沿った部分もある。
しかしながら、そもそも、本件印章は、控訴人の銀行登録印であって(弁論の全趣旨)、三文判のように家庭内で認め印等として共用される性質の印章ではない。さらに、控訴人の妻が、実際に自己の印章として本件印章を使用していたと認定し得る的確な証拠もない。
したがって、控訴人の上記主張は採用できず、控訴人が妻に本件印章を常時預けていた旨の前記供述部分も、仮にそうだとしても、控訴人が妻に対して、本件印章により銀行取引を含めた生活全般の法律行為等を行うための包括的な代理権を授与していた趣旨と解する方が自然である。もっとも、乙15号証によると預金の引出はカードを使用してなされ、本件印章は使用されていないことが認められることから、控訴人が妻に日常的に本件印章を預ける必要性があったとも認められず、控訴人の上記供述を裏付ける証拠はない。そして、上記の点に控訴人本人の供述(本人調書29頁)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件印章は控訴人のものであったと認定すべきであり、妻と共有・共用されていたとは認められないから、控訴人の上記主張は採用できない。
イ 真正成立の推定を覆す特段の事情について
(ア) 本件申込書の申込人欄は控訴人の妻が記載したものであるが、上記のとおり、同欄に顕出された控訴人の印影は、同人の印章によるものと認められるから、特段の事情がない限り、上記印影は控訴人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推認され、その結果、民訴法228条4項により本件申込書全体が真正に成立したものと推定される。
(イ) そこで、上記推定を覆す特段の事情の有無を検討するに、①本件申込書は、控訴人の妻が作成した上被控訴人に郵送され、その結果本件当座貸越契約が締結されたものであるが、その時点では、被控訴人から控訴人に対する意思確認がなされていないこと(弁論の全趣旨)、②乙2の普通預金口座契約書をはじめ、被控訴人に対する各種書類(乙3ないし7)等は、いずれも控訴人本人が自署した上で本件印章を押捺しているのに、本件申込書のみが控訴人の妻により作成されていること、③控訴人は、本件当座貸越契約の成立を否定する供述をしていること等、上記特段の事情につながり得る事実もないではない。
(ウ) しかしながら、そもそも、本件当座貸越契約は、公共料金や保険料等の自動引落としがなされていた控訴人の家計用の普通預金口座について生活費などの支出によって預金残高以上の債務が発生する事態に備えることを目的としており、夫婦が日常生活を営む上で想定し得るものであると推認される(弁論の全趣旨)。そして、上記契約が締結された平成4年当時、控訴人と妻は、夫婦仲にも問題が無く同居していたのであるから(控訴人本人)、控訴人が本件当座貸越契約の締結に賛成こそすれ反対する動機は本件証拠上見当たらない。なお、本件当座貸越契約が締結された時点から貸越が生じていること(乙14・1頁)からすると、当時、控訴人の家計は相当に逼迫していたことが認められ、公共料金その他の引落しに使用されていた控訴人の普通預金口座について本件貸越契約の締結が必要とされていたことは控訴人も当然認識していたものと推認される。
そして、本件当座貸越契約の対象口座とされた普通預金口座は、上記のとおり、控訴人自身が開設したものであり、かつ、控訴人は、同口座から光熱費等が引き落とされていることも認識していたというのであるから、控訴人に無断でそのような口座を対象として当座貸越契約を締結すれば早晩控訴人に知られることは必定であったといえる。
また、控訴人に無断で控訴人の妻が本件当座貸越契約を締結しなければならない動機や必然性があったことについての具体的な事情の主張や立証も何らなされていない。
以上によると、むしろ、控訴人が黙示にせよ了解した上で上記契約が締結されたと見る方が自然である。
(エ) さらに、本件当座貸越契約の締結後の控訴人の対応について見るに、遅くとも平成8年12月以降(乙14)、限度額50万円以上の当座貸越が発生するたびに、被控訴人から控訴人宛に不足額の入金の催促状が郵送されていたはずであり(乙12・2頁、弁論の全趣旨)、控訴人は、平成12年の別居までの間に、一回も上記催促状を見なかったとは考えにくいから、上記当座貸越が発生した事実は認識していたものと推認される。しかるに、控訴人は妻や被控訴人に対して、上記貸越について異議を述べる等していない。
また、控訴人は、本件事故情報にかかる代位弁済の対象となった債務について、それが本件当座貸越契約に基づいて発生したものであることを認識した上で、控訴人自らが50万円を出捐して債務を完済しながら、妻に上記債務の使途を特に問い質すこともせず(控訴人・本人調書33丁)、本人尋問においても、今すぐに払う必要はないと思っていたなどと、暗にその支払義務があったことを認める供述をし(控訴人・本人調書14丁)、被控訴人担当者に対しても、上記債務を否認するわけではないと述べていた<証拠省略>。
以上によれば、控訴人は、被控訴人間に本件当座貸越契約が成立していることを前提とする言動を取っていたものといえる。
(オ) 上記各点に照らすと、本件申込書は、むしろ、控訴人の意思によって作成された可能性が高く、他に、それが控訴人の意思によって作成されたとの前記推定を覆すような特段の事情の存在を認めるに足る的確な証拠もない。
ウ 以上から、本件申込書(乙1)は真正に成立したものと認められる。
(2) そして、乙1及び弁論の全趣旨によれば、控訴人と被控訴人との間で本件当座貸越契約が成立したものと認定することができる。そうすると、同契約に含まれる事故情報の登録に関する同意条項(17条)についても合意が成立したものと認められる。
2 不法行為の成否
上記のとおり、被控訴人は、本件当座貸越契約を締結することにより、本件同意条項についても合意したものと認定すべきである(なお、同条項の内容は一定の合理性が認められ、規定自体の有効性に問題があるとはいい難い。)。そして、控訴人は、上記条項に基づいて、本件事故情報を提供しその登録がなされたものであるから、被控訴人が控訴人主張の違法行為を行ったとはいえない。
なお、控訴人は、個人の信用情報の登録についての同意不同意は、当該個人の意思にかかるものであるからそもそも代理にはなじまないとして、控訴人の妻による契約締結で控訴人の同意があったとはいえないと主張する。しかしながら、個人の思想信条等内面的自由にかかわる情報であればともかく、本件で登録された情報は専ら個人の取引行為といった経済的なものに限定されている。したがって、本件事故情報の登録合意が代理になじまないものであるとはいい難いから、仮りに合意が控訴人の妻の代理によってなされたものであるとしても、効力に差はなく、控訴人の主張は採用できない。
また、控訴人は、被控訴人は、本件事故情報の登録に際し、控訴人に対し、直接、本件事故情報にかかる債務の請求や事情の確認をしたり、あらためて情報登録について同意を得るべき義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったとも主張する。しかしながら、金融機関が当座貸越契約が本人の意思に基づかないものであることや登録対象の事故情報が虚偽である可能性をうかがわせるような事情を認識し、あるいはこれを認識すべきであったといいうる特段の事情があればともかく、そうでない限り、控訴人主張の上記義務を被控訴人が負っていたと解することはできない。そして、上記特段の事情を認め得る的確な証拠はない。
かえって、前記認定に照らせば、本件当座貸越契約の成立に問題はなく、本件事故情報が虚偽であったともいい難い。
したがって、被控訴人が本件事故情報を登録する際に、上記の控訴人主張のような義務違反があったとはいえない。
以上によれば、被控訴人が控訴人主張の不法行為を行ったとは認め難いから、不法行為に基づく損害賠償請求及び民法723条の準用ないし類推適用による本件事故情報の抹消請求にはいずれも理由がないというべきである。
なお、登録された事故情報が虚偽であると立証されれば、被控訴人は、信用情報センターに登録された事故情報の抹消手続きを行うべき信義則上の義務を本件当座貸越契約に基づいて負うと解する余地もあろう。しかしながら、本件では、本件事故情報が虚偽のものであることが立証されたとは到底いえないから、上記の点については検討するまでもない。
3 本件抹消合意の成否について
当裁判所も控訴人が主張する本件抹消合意が成立したとは認められず、同合意にかかる債務不履行による損害賠償請求及び本件事故情報の抹消請求にはいずれも理由がないと判断する。その理由は、原判決6頁20行目から7頁末行までに記載されたとおりであるから、これを引用する。
第4結論
以上によれば、控訴人の本件請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は正当である。
また、当審追加にかかる不法行為に基づく事故情報登録削除手続請求も理由がない。
よって、本件控訴及び当審追加請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 青沼潔)
<以下省略>