大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1411号 判決 2004年10月15日
大阪市<以下省略>
控訴人(第1審原告)
X
上記訴訟代理人弁護士
井関勇司
同
内橋一郎
同
西谷良彦
同
尾藤寛
東京都千代田区<以下省略>
被控訴人(第1審被告)
日興コーディアル証券株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
板東秀明
同
北浦一郎
同
藤野慶治
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,3754万7476円及びこれに対する平成12年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1・2審を通じて,これを10分し,その7を控訴人の負担とし,その余は被控訴人の負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 (選択的併合)
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,1億5396万6946円及びこれに対する平成12年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,1億8747万1746円及びこれに対する平成12年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,被控訴人との間で,株式売買等に関する信用取引委託契約を締結し,証券の信用取引を行っていた控訴人が,被控訴人に対し,選択的に,① 被控訴人の担当者が控訴人に無断で光通信株式会社(以下「光通信」という。)の株式の信用買付けを行ったため,同買付け及びその後の売付けの効果は,いずれも控訴人に帰属しないとして,信用取引委託契約を解除し,預託金返還請求権に基づき,1億5396万6946円及びこれに対する契約解除の日の翌日である平成12年10月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,② 被控訴人の担当者が行った株式の信用取引(光通信株の上記取引を含む。)が過当取引であること,あるいは,被控訴人の担当者が値がさ株である光通信株の一点買いを行ったことが,証券会社としての誠実公正義務や分散投資推奨義務等に違反し違法であるとして,信用取引委託契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求権に基づき,1億8747万1746円(なお,値がさ株の一点買いをした債務不履行又は不法行為による損害額はうち1億5396万6946円である。)及びこれに対する,最終取引日である平成12年8月4日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は,控訴人の主張をいずれも排斥して,その請求をいずれも棄却したので,控訴人は,原判決の取消しと自己の請求の認容を求めて控訴した。
2 争いのない事実
(1) 当事者
控訴人は,昭和13年○月○日生まれの男性で,カーインテリアの製造販売を業とするa株式会社(以下「a社」という。)の代表取締役である。
被控訴人は,有価証券の売買等を業とする株式会社である。
(2) 信用取引委託契約の締結
控訴人は,昭和59年3月30日以降,被控訴人大阪営業部において株式等の現物取引を行ってきたが,平成11年6月7日,被控訴人との間で,控訴人を委託者,被控訴人を受託者とする株式売買等に関する信用取引委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。
(3) 控訴人の信用取引の内容
控訴人は,本件委託契約に基づき,平成11年6月8日から平成12年8月4日までの間,別紙1「信用取引一覧表」記載のとおり,株式の信用取引(以下「本件信用取引」という。ただし,光通信株の取引の効果の帰属については争いがある。)を行った。
本件信用取引の被控訴人の担当者は,当時被控訴人大阪営業部に勤務していたB(以下「B」という。)であった。
なお本件信用取引の手数料は,総額1億1382万4923円である。
(4) 光通信株の買付け
被控訴人の顧客口座元帳上,控訴人が,光通信株を,平成12年2月14日に200株,同月15日に300株,同月28日に200株をそれぞれ買い付ける取引があったとされている(以下,これら3回の光通信株の買付けを「本件買付け」という。)。
(5) 信用取引委託契約の解除
控訴人は,被控訴人に対し,平成12年10月2日到達の書面をもって,本件委託契約を解除する旨の意思表示をした。
(6) 光通信株の取引による損失等
光通信株の受株代金総額から売却代金総額及び配当金を控除した額は,1億5357万9814円であり,また,平成12年8月31日現在,帳簿上計上されている預託金の額は,38万7132円であるから,以上の合計額は1億5396万6946円である。
(7) 本件信用取引による損失
本件信用取引のうち,受株がなされた銘柄を除いて信用決済が行われた損益は別紙1「信用取引一覧表」記載のとおり952万7019円の益であり,その益に別紙2「信用配当一覧表」のとおりの信用配当額6万3840円を加えると,959万0859円の利益となる。
また,控訴人が受株(現引)決済した株式の損益は,別紙3「受株(現引)一覧表」記載のとおり,1億7999万8819円の損失となっている。
したがって,本件信用取引による損失は,1億7040万7960円である。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 無断売買
〔被控訴人〕
被控訴人の担当者は,控訴人から委託を受けて,光通信株を,平成12年2月14日に200株,同月15日に300株,同月28日に200株をそれぞれ買い付けたものであり,控訴人に無断で本件買付けを行ったことはない。
〔控訴人〕
控訴人は,本件買付けの委託をしておらず,本件買付けは,いずれも,被控訴人の担当者が,控訴人に無断で行ったものである。
(2) 過当取引
〔控訴人〕
過当取引(チャーニング)とは,証券会社が顧客の信頼ないし無知に乗じて,顧客の口座の性格に照らして量及び頻度において過大・過当である取引を誘因し,実行する取引である。
証券会社は,顧客に対して,誠実公正義務(信認義務)を負っているから,手数料獲得のため,顧客の信頼を奇貨として,与えられた権限(裁量)を濫用し,顧客の利益を犠牲にして,過当取引を行うことは,債務不履行ないし不法行為を構成する。
我が国において,過当取引が認められるための要件としては,米国と同様に,① 過当性の要件(行われた取引が金額,回数において当該口座の性格に照らして過当と認められること),② 口座支配の要件(証券会社が顧客口座に対して支配を及ぼしていること),③ 悪意性の要件(証券会社が顧客の利益を故意ないし無謀に無視して行為すること)の3要件が必要である。
ア 過当性の要件
(ア) 当該口座の性格
控訴人は,平成11年3月末ころまでは,資金の半分を,1部上場株式を中心とした優良株に投資し,残りを投資信託(3割)と債券(2割)に分散投資してきたのであり,その投資傾向は比較的安定的なものであって,資産運用ないし資産増加を投資目的(投資型運用)とするものではあるが,短期売買重視型(投機的運用)ではなく,信用取引の経験もなかった。
本件信用取引は,控訴人の口座の性格や真の投資意向に合致しないものである。
(イ) 短期間における多数回売買
本件信用取引においては,平成11年6月8日から平成12年2月末日までの間に,20業種104銘柄,総売買金額約194億円,売買回数(顧客勘定元帳の桁数)855回という短期頻繁売買がされている。
(ウ) 資金回転率
資金回転率が年2回を超えれば過当取引の可能性があり,4回を超えれば過当取引の存在が推定され,6回を超えれば過当取引の事実が決定的になるとされている(2-4-6ルール)ところ,本件では,買付総額を対象期間における各月末の投資残高の平均(平均投資額)で除し,それを年ベースに換算すると,36.95回になるから,過当であることは明白である。
(エ) 手数料率
手数料率は,当該口座から生じた手数料額を顧客の投資額(平均投資額)で除して求められるが,手数料率が25%に近づけば取引の過度性が肯定される傾向があるとされているところ,本件では,手数料率は30%を越える。
イ 口座支配の要件
一任勘定取引契約が締結されている場合でなくても,顧客が証券会社の勧誘ないし助言のままに証券取引をし,実質的に証券会社が投資判断を行っている状況があれば足りる。
(ア) 短期間における多数銘柄の頻繁取引
被控訴人の担当者からは頻繁な電話がかかってはいたものの,控訴人は中小企業の経営者であって,極めて多忙であり,本件信用取引のように多数の取引内容について説明を受け,理解し,推奨の是非を検討する時間はなく,またそのような精神的余裕もないのであって,銘柄の選定や数量・単価の決定は,専ら担当者の推奨・助言に基づいて行われており,銘柄に関する情報提供の時間も,1銘柄当たり,1ないし2分程度と短時間で,適切な投資判断ができる状況にはなく,被控訴人の担当者の主導で行われたことは明白である。
(イ) 仕事中の取引
本件信用取引に係る取引の注文伝票の「受注時刻」は,別紙4「注文伝票分析表」のとおりであり,大半が控訴人の仕事中であり,しかも1日に10回から20回以上も委託したことになっているが,現実には,控訴人が仕事中にそのように多数回電話で注文することなど不可能であり,注文伝票に記載された「受注時刻」に注文がされたわけではなく,担当者が自らの裁量で,その時刻に注文しているのであって,このような事実からも,被控訴人の担当者の主導で行われたことが明らかである。
(ウ) 不在中の取引
控訴人が人間ドック,ゴルフコンペ,挨拶回り,海外旅行等のため不在の期間中にも,多数の取引が行われており,被控訴人の担当者が本件信用取引を主導していたことは明らかである。
(エ) 不合理な取引
出し入れ取引(同じ銘柄の売り買いを繰り返すこと),日計り取引(1日のうちに,新規に建てた建玉を手仕舞うこと),因果玉の放置(損の出ている銘柄を放置すること)などの不合理な取引が多いほか,被控訴人が幹事会社の銘柄に取引が集中しており,これらの事実からも,被控訴人が口座支配をしていたことは明らかである。
ウ 悪意性の要件
取引の悪意性の要件については,他の2要件,すなわち取引の過当性,口座支配性が認められれば,推認される。
本件においては,短期頻繁売買,仕事時間中や不在中の取引,出入れ取引等の不合理取引の存在,資金回転率,高額な手数料,手数料幅と運用利益の関係等の事実から,被控訴人の故意を優に推認することができる。
〔被控訴人〕
証券投資を行う投資家は,証券投資の認識がある以上,投資の結果において,利益が出ればそれを自ら獲得できる反面,損失が生じた場合に自分以外の者にその責任を転嫁できないという自己責任の原則が妥当する。
控訴人が信用取引を行うに至った経緯,控訴人の属性(控訴人は,個人として,豊富な資金力と資産を有し,金融機関からも信頼と支援を受け,a社の経営も成功を収めており,豊富な経済活動に基づく経験,理解力,判断力,実行力を有し,また倒産実務や企業法務にも経験と理解を有していたこと,信用取引開始前に豊富な証券取引経験を有していたこと),控訴人が投資資金を調達した方法,本件信用取引の目的・内容・手法等,被控訴人ないしその担当者と控訴人の連絡状況や報告方法等を勘案すると,本件信用取引は,一任取引ではなく,また控訴人の能力を超えた証券取引でもなかったものであり,自己責任原則の例外として救済の必要な場合(証券会社が責任を負うのは,証券会社が実質的に,① 当該顧客に証券取引の態様を認識させずに証券取引を行わせた場合,② 当該顧客に証券取引を行っているという認識すら抱かせずに証券取引を行った場合に限定されるべきである。)に当たる過当取引でもない。
(3) 値がさ株の1点買い
〔控訴人〕
証券会社は誠実公正義務を負い,顧客の利益を最大限に図る高度の信認義務を負うのであるから,リスク性の高い商品の1点に集中投資するのではなく,リスク分散できるような資産配分を推奨すべき義務がある。また,信用取引は証拠金取引であり,期間制限があって期間内に判断を迫られる等,リスクが高いのであるから,被控訴人は,その仕組みの概要や危険性について説明すべき義務を負い,特に,値動きの激しい銘柄については,そのような傾向のある銘柄であることを警告すべき義務がある。ところが,被控訴人の担当者は,何らの説明もせずに,リスクの高い信用取引に資金の多くを集中させ,しかも,光通信株という,短期間で異常な値上がりを示した反面として急激に下落する可能性の高い危険な株式に1億6000万円もの高額な投資をさせて,本件買付けを推奨したのであるから,分散投資推奨義務ないし情報提供義務,説明義務に違反した過失がある。
〔被控訴人〕
否認ないし争う。
(4) 過当取引による損害額
〔控訴人〕
本件信用取引の通算損益は,上記「争いのない事実」記載のとおり,1億7040万7960円の損失である。
なお,受株は,信用取引によって買付けをした結果であり,受株をしたこと自体,被控訴人の担当者の助言に基づくものであるから,受株により株式を取得したことによるその後の損害も信用取引による損害である。
弁護士費用1700万円も,被控訴人による過当取引と相当因果関係のある損害であるので,これを加えると,被控訴人が過当取引を行ったことにより控訴人の被った損害額は1億8740万7960円である(控訴人は1億8747万1746円と主張するが,計算違いである。)。
〔被控訴人〕
損害の評価については争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記争いのない事実及び証拠(甲1,2の1・2,22の1ないし5,23の1ないし4,24ないし26,32,34,35の1ないし4,36,38,44,乙1の1ないし374,2,3,4の1ないし3,5,6,7の1ないし49,8ないし15,16の1・2,17,18の1ないし128,19の1ないし9,20ないし24,25,26の1ないし11,27,50,51,52の1ないし4,53,乙B1の1ないし90,2ないし7,8の1ないし9,9の1ないし25,原審証人B,原審控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 控訴人は,本件委託契約を締結した平成11年6月7日当時満60歳の男性であり(昭和13年○月○日生),a社(昭和52年設立,カーインテリアの製造販売業)の代表取締役であった。
(2) 控訴人は,昭和59年ころから,被控訴人の大阪営業部において,証券取引を行うようになった。なお,控訴人は,自己資金のほか,日本証券金融株式会社からも借入れをして株式投資をしていた。
控訴人は,平成11年3月末ころの時点では,株式9銘柄,投資信託22銘柄,債券6銘柄など合計41銘柄の有価証券を保有するに至り,時価評価で総額約1億8000万円となっていたが,これらの購入代金総額は2億円を超えており,3000万円程度の評価損が発生していた。
実質的な取引回数は,年数回程度から最も多い年でも50回までには至っておらず(平均約26回),平成8年以降の証券取引における資金回転率は,0.82回であり,上記株式9銘柄の内訳も,小野薬品株,三ツ星ベルト株(以上,昭和61年購入),日興証券株,タチエス株(以上,平成2年購入),日本電信電話株(平成2年及び平成10年購入),日本たばこ株(平成6年購入),三井信託銀行株,NTT移動通信株,イエローハット株(以上,平成10年購入)であって,主として安定株,優良株を中長期的に保有している。
被控訴人においては,上記の控訴人名義口座における取引のほか,a社名義口座(以下「法人名義口座」という。)及び控訴人の家族名義C,D,E,F)の口座における取引も行われていた。なお,家族名義口座の投資対象はほとんど投資信託であった。
控訴人は,被控訴人以外の証券会社で証券取引を行ったことはなく,また本件信用取引以前に証券の信用取引を行ったことはなかった。
(3) Bは,平成11年3月ころ,前任者(J)から引継ぎを受け,控訴人の担当となった。
J担当の最後のころ,控訴人はあまり取引をしていない状態にあり,Bは,挨拶のため,控訴人方を訪問したところ,控訴人は,「従前の取引担当者は何もせずそのままにして損をしている。」などと不満を述べ,今後は発生していた約3000万円の損を取り戻したいと要望を述べた。
そこで,Bは,同月26日にイエローハット株1万株を,同月31日にグローバルアメリカ(投資信託)を売却し,これらの売却代金を原資として,自動車関連株(日産自動車株)や投資信託(日興ジャパンオープン)を購入した。
また,Bは,同年4月上旬ころ,被控訴人大阪営業部の課長に就任したG(以下「G課長」という。)とともに控訴人方に挨拶のため訪問し,その際に,G課長が控訴人に対し,保有銘柄の幾つかで評価損が発生しているが,申告分離課税を選択していれば,売却して損失を出しても,売却で利益の出た銘柄との関係では,損益通算で節税効果を生むので,損失を出して売却することも不合理ではないと説明したところ,控訴人は,前の担当者はこんなことは言っていなかったと満足していた。
(4) 控訴人は,平成11年5月ころ,友人に融資するため,1億円の資金が必要となったことから,Bに対し,できるだけ損のない銘柄から証券を売却するなどして1億円を出金するよう指示した。そこで,Bは,控訴人に対し,控訴人の家族名義口座も含めた保有銘柄の中から売却対象とする銘柄を提案したところ,控訴人は,その説明を参考として家族名義口座も含めた保有銘柄の一部を売却し,約1億円の資金を調達した。この過程の中で,Bは,控訴人に対し,保有銘柄を売却して資金を調達することにより控訴人の運用資産が半分くらいに減るが,その場合でも信用取引の仕組みを使えば今までと同規模の取引が可能になるので,信用取引を検討して欲しいと申し出たことがあった。
ところが,控訴人は,融資の必要がなくなったため,同年5月末ころ,Bに対し,その旨を告げ,1億円を投資に回すことができると言い出した。そこで,Bは,控訴人に対し,保有有価証券の評価損を回復するため,この1億円で信用取引を行うことを改めて提案した。
(5)ア Bは,平成11年5月末から6月初旬ころ,控訴人に対し,信用取引の基本的な仕組みを説明した。
控訴人も,信用取引は,実質投資資金の3倍の投資が可能なので,リスクも大きくなることなどは理解していた。
イ 被控訴人においては,信用取引を始めるに当たって,担当者の上司である管理職及び部店長が顧客と面談し,信用取引に関する説明をし,顧客の意思を確認することが制度上義務づけられていたことから,Bは,同年6月,上司のG課長とともに控訴人方を訪問し,G課長は「信用取引のしおり(説明書)」(乙12)を使いながら,控訴人に対し,信用取引の仕組みを説明したところ,控訴人は,信用取引をやってみようという態度を示した。
そこで,同年6月7日,大阪営業部長のH,G課長,Bの3名で控訴人方を訪問し,H部長が信用取引の仕組みについて簡単に説明した後,控訴人は信用取引口座設定約定書(乙2)等に署名押印した。
この場で,翌日以降の信用取引の具体的な方針について話題となり,Bは,値動きが激しいので,利益が出る時はすぐに利益を確定し,損が出そうな時もなるべく早く売却し,短期売買に徹した方がよいこと,1億5000万円程度の建玉で,1銘柄2000万円から3000万円を5,6銘柄買い付け,担保は5000万円程度で足りるが,場合によっては追加すること,具体的な銘柄の選定については,Bにおいて検討し,また,相場状況をも踏まえて逐一提案するということ,信用取引での売買をするに当たっては,「手口を見る」,すなわち,その日の市場で購入株数あるいは売却株数の出来高が幾らで,そのうち外人買いが幾らあったか等の情報を収集・分析した上で,売買の提案をするべく,電話等で連絡すること,売却のタイミングについては,手数料や取引税を考え,20万円の値上がりを目安とすること,信用取引の数値目標としては,控訴人が3000万円の損を取り返し,預かり資産の評価額を元々の投下資金額である2億円にすることと等を提案し,控訴人は,すべてBに任せるとして,上記提案を了解した。
(6) 控訴人は,平成11年6月8日から信用取引を開始することとなり,信用取引の保証金については,同日,控訴人名義口座の預り金約7400万円を委託保証金に振り替え,また,控訴人名義口座の小野薬品工業2000株,日興證券1万株,NTT5株,投資信託の業種選択ファンドAを委託保証金の代用有価証券として振り替えることとなった。
初日の取引は,ミツミ電機1万株(3275万円),アルプス電気1万株(2665万円),ソフトバンク2000株(3348万円),ブリヂストン1万株(3325万円),ファナック5000株(2765万円)を買建(合計1億5378万円)し,前3社株は即日売埋して決済し,合計174万0345円の利益を出した。
その後控訴人は,別紙1「信用取引一覧表」のとおり信用取引を行い,同月30日までの間に,27銘柄で129回(建てて落とすことで1回として計算)の取引をし,大半を買いから建て,最長で2週間程度保有したものもあるが,日計りや極く短期の決済(売埋又は買埋)が多く,一部は両建をし,11取引で損を出したが,その他はすべて益を出して決済し,合計2565万余円の利益を上げた。そこで,Bは,控訴人に対し,法人名義口座でも信用取引を始めることを提案したところ,控訴人は,同口座でも信用取引をすることを決め,同年7月1日に信用取引口座設定約諾書(乙B6)を差し入れた。
(7) 控訴人は,上記の後も,平成12年2月29日までの267日間に,別紙1「信用取引一覧表」及び別紙6「業種別・銘柄別信用取引一覧表」のとおり,国内一部上場8市場,東京・大阪・名古屋の2部上場3市場において,20業種,104銘柄につき,1175回の受注がされ,855回の信用取引(建てて落とすことで1回として計算)を行った。この間の営業日は181日であり,そのうち150営業日に取引が行われており,取引のあった1営業日当たりの取引回数は最高で30回,平均して7.8回に及んでいる。その取引状況などの概要は,以下のとおりである。
ア 控訴人は,新たな資金は投入せず,信用取引で得た利益で投資するという方針であり,保有銘柄が値下がりした場合は,利益の出る銘柄を売却する際に一緒に売却し,利益で損失を吸収するという方法を取っていた。
イ Bは,銘柄の選定については,株価は業績を反映しているとの認識から値がさ株を中心にし,また,平成11年春ころから株式市場で有望視されていたNTT,NTTドコモ,NTTデータなどのIT関連銘柄や国際優良銘柄を中心に,市況や株価動向を日々分析し,外人買い等の手口で短期的に人気化しており,値上がりの期待できそうな銘柄を3ないし5銘柄提案することとしていた。また,控訴人は,a社との関連で,自動車関連銘柄に関心を持っており,イエローハット,オートバックス等の銘柄について,積極的に売買の意向を示すこともあった。
ウ Bは,毎朝,控訴人の保有銘柄について,前日の終値で算出された各銘柄ごとの評価損益額を確認し,これをプリントアウトして手控えとし,コストや手数料を計算して,保有銘柄に評価損が出ているか否かを確認していた。そして,Bは,午後3時に株式市場が終了すると,その日に外人買いなどの目立った手口のあった銘柄や,株式市場の動向を確認して,翌日の購入銘柄を提案することとし,毎日午後4時くらいに控訴人に電話を入れ,その日の売買の結果報告をするとともに,翌日の購入銘柄を提案し,初めて取引をする銘柄の場合はその業種や業績,手口などの情報を伝えて,翌日の指値注文等を決定した。この時に控訴人と連絡がつかなかったり,控訴人が電話で話しにくい状況にある場合には,午後6時から7時くらいの間に控訴人の方からBに折り返し電話をかけていた。Bは,以上の定期連絡の電話以外にも,市況の変動により予め打ち合わせていた銘柄や株価,株数を修正する必要が生じた場合には,その都度控訴人に電話をかけ,状況を説明しており,毎日最低でも2,3回,多い時は1日に10回以上,電話連絡をしていた。またBは,予め控訴人の予定を確認し,控訴人が翌日に連絡が取れない場合には,控訴人から電話を入れるよう求めていた。
しかし,控訴人は,上記電話連絡の際には,Bに任せて利益が上がればよいという程度にしか考えておらず,個々の銘柄にあまり関心がなかったこと,a社の経営者として多忙であり,従業員の手前もあって,頻繁に電話連絡を受けることを煩わしく思っていたこと等から,Bが推奨する銘柄や購入数量については,特に異論を述べることなく,了解していた。また,Bによる毎夕4時ころの電話は,時間にして10分前後であり,1回の電話で複数の取引について説明していたことから,1銘柄の説明時間にすると,1ないし2分程度の時間であり,ほとんどBが一方的に銘柄や株価,株数を控訴人に伝えるだけの状況であり,現実の取引も,成行注文の場合,Bが翌日の取引所での取引結果を見ながら,適宜注文を入れる方式(したがって,注文伝票の受注時刻は,Bが適宜発注の数分前を記入していただけであり,控訴人が実際にその時刻に発注していない場合が多い。)で行われており,このような注文は全注文1175回中297回を占めている。
エ 本件信用取引には,次のような特徴がある。
(ア) 銘柄は,中小型株(小型株とは,資本金の小さい銘柄で,発行済株式数が少なく,株価の変動は大きい。)に集中しており,株価の絶対水準が高い「値がさ株」も多い(ソフトバンク<株価収益率=PER1216.4>,伊藤忠テクノ<同863.2>,光通信<同583.4>,トムスエンタテイメント<同381>,富士通電装<同329.5>等)。
(イ) 取引形態としては,出し入れ取引(同じ銘柄の売買を繰り返すこと),日計り(新規に建てた建玉を,建てた同じ日に仕切ることで,本件では154回<18%>ある。ちなみに,3日以内の取引が315回<37%>,10日以内の取引が532回<62%>,30日以内の取引が673回<78%>ある。),手数料不抜け(売買取引では利益が出ているが,手数料負担のため,損勘定になっている取引),因果玉の放置(値洗いが損になっている建玉を放置していること),難平(損を平均化し,買いコストを下げるために買い増すこと)等の問題のある取引が相当数見られる。
(ウ) 本件信用取引の資金回転率(投資資金が取引期間中に何回転したかを示す指標)は,36.95回である(別紙5「資金回転率計算表」記載のとおり)。なお,被控訴人は,16.21倍であると主張するが,資金回転率の計算は,取引総額を投資資金で除して算出するところ,被控訴人は,投資資金の計算において,当該信用取引以外の投資信託等や信用保証金まで組み入れており,相当ではない。
(エ) 手数料率(当該口座から生じた手数料額を顧客の平均投資額で除した割合)は,平均投資残高3億7330万円に対し手数料が1億1382万4923円であるから,30%を超えている。なお,本件信用取引による損失は1億7040万円であるから,その67%は手数料によるものである。
(オ) 控訴人が人間ドックのため入院(平成11年9月1日から2日),ゴルフコンペ(同年9月7日と11月9日),台湾旅行(平成11年10月18日から20日まで),ロサンゼルス旅行(同年11月1日から同月7日まで),新年の挨拶回り(平成12年1月4日から5日,同月7日から8日),バリ旅行(平成12年2月2日から6日まで)などで不在中にも,200回を超える取引がされており,新規取引に限っても合計143回という頻繁な取引がされている。
オ Bは,月に最低2回は控訴人方を訪問し,その日の朝にプリントアウトした建玉明細を持参して信用取引の結果や状況を直接面談して説明し,その際には必ずチャートブックも持参して株価の動向を説明した。
控訴人に対しては,取引ごとに被控訴人の大阪営業部から,銘柄名,数量,単価,約定金額,消費税,手数料,受渡代金等の記載された信用決済取引報告書(以下「取引報告書」という。)が送付されるほか,被控訴人の東京本社から,毎月1回,控訴人宛に建玉の買付単価,時価,評価損益等が記載された月次報告書が送付されていたが,控訴人は,多忙であり,また送付される報告書類や記載された銘柄があまりに多数であるため,取引期間中は開封すらしないこともあり,Bの報告に頼っており,月次報告書の内容を確認した旨の回答書(乙19の1ないし9)については,毎月Bが控訴人方まで取りに来ていたので,その時にBの目の前で署名押印して渡していた。
また,控訴人が,被控訴人に対し,上記のような取引の内容や取引形態に関し,苦情を申し入れるなどしたことは,後記のとおり,本件買付けに係る光通信株の株価が下落するまでは一切なかった。
(8) ところで,控訴人は,法人名義口座に関しても,控訴人名義口座と同様の方針及び方法により信用取引を行っていたが,平成11年12月初旬ころ,追証が発生する懸念が生じ,これを回避するため,同月2日にアドバンテスト株及びCSK株が決済され,約1300万円の損失が生じ,法人名義口座全体の損益が約260万円の損失に転じた。
さらに,平成12年1月6日には,追証が発生したことから,控訴人は,建玉の決済に加えて,同月7日に控訴人名義口座から1173万円を出金し,同月11日に法人名義口座に1100万円を入金し,これをソフトバンク株及び日本無線株の受株代金に充当し,追証を解消した。控訴人はこれを機に法人名義口座では新たな建玉をしなくなり(最後の買付けは,平成11年12月30日),その後,平成12年2月1日に受株した日本無線株が上昇して評価損から評価益に転じたため,これを約47万円の利益で売却して,法人名義口座の建玉をすべて決済した。
控訴人は,法人名義口座での信用取引を止めた平成12年1月初旬ころに,控訴人名義口座についても信用取引を止めることを考えたが,Bから,しばらく様子を見た方がよいと言われたこともあって,当面の間,信用取引を継続することとした。
(9)ア Bは,平成11年11月初旬ころ,株式市場において人気を集め株価が上昇していたIT関連銘柄である光通信株を控訴人に紹介した。その際に,Bは控訴人に対し,光通信が,bSHOPという屋号で携帯電話の販売を行っている会社であり,当時,携帯電話の販売が急伸中であること,光通信がbSHOPを積極的に出店していたこと,株価が上昇中であること,光通信が出資しているベンチャー企業の含み益が増加していること,香港の企業を買収してアジアにおけるインターネット関連事業を展開していたこと,IT関連銘柄の代表銘柄であること等を説明した。
控訴人は,光通信株について,Bの推奨に従い,次のとおり取引をし,合計で約950万円の利益を得た(番号は,別紙1「信用取引一覧表」の番号である。)。
番号
約定日
数量
単価
売却日
数量
単価
損益
632
11.11.10
100
127,000
11.11.11
100
137,000
805,776
673
11.11.24
200
175,000
11.11.25
200
180,000
565,802
678
11.12.24
100
179,000
11.12.28
100
205,000
2,403,203
679
11.12.24
100
188,000
11.12.28
100
205,000
1,497,569
683
11.12.28
200
175,000
11.12.28
200
205,000
461,747
691
11.12.28
200
175,000
11.12.29
200
213,000
782,749
742
12.1.26
100
174,000
12.1.27
100
180,000
348,047
749
12.1.28
200
183,000
12.1.28
200
186,000
159,647
792
12.2.3
200
192,000
12.2.4
200
200,000
1,224,689
801
12.2.4
300
213,000
12.2.4
300
219,000
1,264,493
イ その後,控訴人は,同様に,Bの推奨に従い,次のとおり,光通信株の取引をした(本件買付け。なお,本件買付けが無断売買であるか否かについては,争点(1)の判断において検討する。)。
番号
約定日
数量
単価
決済日
数量
単価
決済
830
12.2.14
200
224,000
12.3.14
200
受株
838
12.2.15
300
239,000
12.3.14
300
受株
853
12.2.28
200
219,000
12.3.14
200
受株
(10) 控訴人は,平成12年3月6日,光通信株の株価が急落し,追証が発生したことから,MRFの解約代金を差し入れて追証を解消した。Bは,同月8日,控訴人方を訪問し,信用取引の建玉を減らすよう提案したところ,控訴人はこれを了解したが,光通信株については,Bが,IT銘柄株式の中心銘柄で,今後株価回復を期待することができるという見通しを持っていたことから,反対売買(売埋)による決済ではなく,受株をして現物保有することを勧め,控訴人もこれを了解した。
同月10日及び13日にも,光通信株の株価が下落し追証の発生が懸念されたが,控訴人は,他の銘柄を売却して追証を回避し,同月14日,光通信株700株(買建価格合計1億6030万円)を総額1億6127万2067円で受株した。
ところが,Bが同月21日,G課長及びその後任者であるI課長とともに控訴人を訪問すると,控訴人は,Bに対し,本件買付けはBが勝手に行ったものであると苦情を述べた。
その後,Bが控訴人を訪問した際に,控訴人がBに対し,本件買付けについて激しく詰め寄ったところ,Bは,「殴るなり蹴るなりして下さい。」と発言した。
控訴人は,以後は新規の信用取引は行わず,平成12年8月4日に控訴人名義口座における信用取引を終了した。
なお,控訴人は,受株をした光通信株を,同年4月24日に300株(588万9128円),同年5月23日に100株(65万8361円),同年7月6日に200株(76万3145円),同月12日に100株(37万7619円)売り付けた(売却代金総額768万8253円)。
2 無断売買(争点(1))について
(1) 控訴人は,本件買付けは,控訴人に無断でBが行ったものであると主張し,控訴人本人は,平成12年3月6日まで本件買付けについては知らされていなかったと供述する。
(2) 前記認定事実によれば,控訴人は,Bからの推奨により,平成11年11月10日に光通信株を初めて買い付け,平成12年2月4日まで9回(買建)にわたり取引し,いずれも即日ないし数日後には売却して利益をあげ,その額は合計約950万円にも上っていたものである。
この点,控訴人は,最初の買い付けは知っていたが,以後の取引は知らなかったと主張し,控訴人本人もこれに沿う供述をする。
しかしながら,前記認定事実によれば,Bは,毎日夕方に控訴人と連絡を取り,控訴人とBとで協議した上で,翌日の売買銘柄を決定し,その後変更の必要性がある場合には,Bから控訴人に対し電話連絡を入れているのであるから,上記の光通信株の取引についてのみ知らないということは考えにくい。
(3) 本件買付けについては,その以前に合計9回も購入実績があり,その取引においては一度も損を出すことなく利益を上げており,また,控訴人は,Bに対し,光通信株を買うなという指示を出したことはないこと(原審控訴人本人)からすれば,Bがこれらの取引を秘匿すべき理由はないこと,本件買付けが行われたとされる日にはいずれも本件買付け以外に他の信用取引も行われているところ(別紙1「信用取引一覧表」),控訴人本人も本件買付けが行われた平成12年2月14日,15日,28日ころにBから電話連絡があったことを認めており,光通信株の買付けについて連絡があったか否かについても,明確に否定するのではなく,記憶がないと述べるにとどまっていることからすれば,本件買付けが控訴人に無断で行われたと見るべき根拠があるとはいえず,控訴人は,これらの取引についても知っていたものというべきであり,原審の控訴人本人の供述は採用できない。
(4) もっとも,平成12年2月15日の取引(買建)は,それまでの取引とは異なり,前日に買い付けた200株を売却して利益を確定することなく,新たに300株を買い増したものであり,また,同月28日の光通信株の買付けについては,光通信株の株価は同月16日から同月25日までの間,最安値19万4000円,最高値23万1000円の上下幅でもみ合いをしている状況にあった中で(乙6),同月28日に株価21万9000円で200株を買い付けるといういわゆる難平買いをしたものであり,B自身の判断で取引を行った可能性も否定しきれないところはある。
しかし,別紙1「信用取引一覧表」及び証拠(乙50,原審証人B)によれば,控訴人は,本件買付け以前に,Bの助言・指導に基づき,ソフトバンク株について,平成11年12月30日に9万6000円で700株,9万6500円で1800株の計2500株を買い付けた後,平成12年1月4日に10万3000円で100株買い増し,同月5日に株価が9万4500円に下落した時に更に100株買い増し,同月12日に株価8万4500円で100株を売却して約200万円の損失を確定し,約2600万円の評価損を抱えながら株価の推移を見守り,同月18日に全2600株を売却して約45万円の利益を確保して,大きな損失を出すことを回避していること,本件信用取引に関しては,控訴人は,Bの助言・指導にほとんど例外なく従っていることが認められ,控訴人がソフトバンク株と同じくIT関連株である光通信株についても,Bの助言・指導に従って上記のように買増しや難平買いをすることは十分あり得るというべきである。
(5) 以上によれば,本件買付けは,控訴人の委託によりされたものと認めるのが相当であり,これが無断売買であるとの控訴人の主張は採用できない(なお,前記認定事実によれば,同年3月6日に光通信株式の株価が暴落した後,控訴人がBに対し詰め寄ったところ,Bが「殴るなり蹴るなりして下さい。」と述べたことが認められるが,控訴人の了解があるとはいえ,Bの推奨に基づく取引の結果,控訴人が多額の損害を被る結果となったのであるから,上記のような発言がされるのはむしろ当然であって,この事実のみから直ちにBが控訴人に無断で本件買付けを行ったことが推認されるものではないというべきである。)。
したがって,控訴人の請求のうち,本件委託契約の解除を理由とする預託金返還請求は前提において理由がない。
3 過当取引(争点(2))について
(1) 証券取引は,本来投資者自身の責任と判断により行うものであるが,その専門性,証券会社への情報の偏在等からすると,一般の株式投資家は,専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依存して株式投資を行うのが通例であり,取引銘柄の選定のみならず,取引頻度,取引数量,取引時期,取引価格等の決定に当たって,証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に大きな影響を受けることになりやすく,他方,証券会社は,その収益は主として証券取引の手数料に依存し,一般の投資家を相場取引に誘致することによってその収益すなわち取引手数料を得るのであるが,その取引頻度や取引数量が多ければ多いほど証券会社の収益が大きくなり,外務員個人の成績にもなる関係にあるのが実情であるから,証券会社自身もその外務員も顧客を過当な取引に誘う危険が内在していることは否定できない。
証券会社が,顧客の取引口座について支配を及ぼし,顧客の信頼を濫用して,手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために,顧客の資産,経験,知識や当該口座の性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な取引勧誘を行うことは,証券取引法33条(誠実公正義務),43条1項(適合性原則遵守義務),42条1項6号(一任勘定取引の禁止)の趣旨,同法161条(過当数量取引の制限),過当取引制限省令1項,投資者本意通達1項(2)4ロ等に違反するのみならず,顧客に対する誠実公正義務に違反する詐欺的・背任的行為として,私法上も不法行為と評価されるものというべきである。
そして,違法な過当取引であるか否かの判断要素としては,上記の趣旨に照らせば,控訴人の主張するとおり,① 取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的などに照らして過当であること(過当性の要件),② 証券会社等が取引口座を支配するかのように一連の取引を主導していたこと(口座支配の要件),③ 証券会社等が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件)の3要件を充足しているか否かにより判断するのが相当である。
(2) 過当性の要件について
前記認定事実によれば,控訴人は,昭和59年ころから株式等の投資を行ってきた者であるが,従前の控訴人の証券取引においては,決して投機的運用は行われておらず,安定株・優良株を中長期に保有しており,投資回数は年平均26回程度であり,平成8年度以降についてみれば資金回転率は0.82回に過ぎず,信用取引もされていなかったこと,これに対し,Bの勧めで開始された本件信用取引においては,平成11年6月8日から平成12年2月末日までの267日間に20業種104銘柄について1175回の受注がされ,総売買金額は194億4260万9190円(買建100億8854万4590円,売建93億5406万4600円),売買回数(建てて落とすことで1回と計算するもので,顧客勘定元帳の桁数に一致する。)は855回(年に換算すれば,1169回であり,従前の26回に対し,約45倍となる。)に上っていること,本件における資金回転率は,36.95回(従前の回転率の45倍)であること,本件信用取引の手数料は総額1億1382万4923円にも上っており,手数料率は30%以上であること,出し入れ取引,日計り,手数料不抜け,因果玉の放置,難平等複雑かつ不合理な取引が多いことが認められる。
資金回転率が年6回であっても,投資資金の総体が2か月に1回回転することになり,一般的な個人投資家としては冷静な投資判断が明らかに困難であると考えられるところ,本件においてはそれをはるかに上回る36.95回に及んでいる上,多種の投資対象に対し,頻繁に複雑かつ不合理な取引がされているのであるから,従前の控訴人の証券取引の態様からしても,控訴人にとって過当性の要件を充足するのは明らかである。
(3) 口座支配の要件について
口座支配については,証券会社ないし外務員が,当該顧客の口座を実質的にその支配下に置き顧客の意思決定を排除して自由に取引できるような状況にある場合に限らず,投資家が自ら判断できる十分な情報を持たず,外務員から提供された情報があっても,それを分析し理解する状況になく,専ら又は主として外務員の判断に従う他ない状況にあるような場合にも,実質的には当該口座を支配しているものというべきである。
しかるところ,控訴人自身は,中小企業の経営者とはいえ,株式等に対する情報収集・分析能力はほとんどないと認められる上,前記のような資金回転率を前提にすれば,控訴人が自発的ないし自主的な投資判断に基づき本件信用取引を実行することは到底不可能であったと認められる。
確かに,前記認定のとおり,Bは,毎日数回電話をしたり,訪問して,結果の報告をしたり,取引の方針を説明したりしており,控訴人もこれを了解していたのであるから,もとより無断売買とか完全な一任勘定取引ということはできないが,控訴人自身,個々の銘柄にはほとんど関心を示さず,Bの推奨・助言・指導に特段異論を述べた形跡はないこと,取引内容自体,Bの裁量権の大きい成行注文が頻繁にされていること,控訴人が旅行等で不在中にも頻繁な取引がされていること,控訴人は,光通信株が暴落するまで,損失が出てもほとんど抗議らしい抗議をしていないことなどからすると,本件信用取引は,Bが主導して行われたのは明らかであって,口座支配の要件も充足しているものというべきである。
この点について,Bは,取引の決定は控訴人がしており,同一銘柄の取引も多く,1取引につき1,2分の説明でも十分理解してもらっていたかのような供述をしているが,同一銘柄であっても,既に建てているものを落として,改めて売買を建てるような取引(出し入れ取引)をする場合は,買建を仕切って,再び買いを建てるのであれば,値上がりが持続するとの判断で推奨するのであろうから,一旦仕切る理由(例えば,上昇見込だが,不安材料があるから,一旦利食いする等)を説明しなければならないし,逆に建てるのであれば,反転材料の説明と納得も必要であって,控訴人に真に理解させるためには,同一銘柄であったとしても,そのような短時間で十分な説明ができるとは考えられず,新規銘柄も多いことからして,Bの上記のような説明は,かえって,控訴人がほとんどBの判断に任せていたことをうかがわせるものである。
なお,この点に関し,被控訴人は,証券会社が責任を負うのは,証券会社が実質的に,① 当該顧客に証券取引の態様を認識させずに証券取引を行わせた場合,② 当該顧客に証券取引を行っているという認識すら抱かせずに証券取引を行った場合に限定される旨主張するが,前記の過当取引が不法行為とされる趣旨等に照らすと,「口座支配の要件」も上記の趣旨に解するべきであって,被控訴人の上記主張は責任範囲が狭きに過ぎ失当である。
(4) 悪意性の要件について
本件信用取引期間中の手数料額は,前記認定のとおり,わずか約9か月間に,1億1382万4923円という巨額に及んでおり,B自身,バブル経済崩壊以後,これほどの手数料が入ったことはない旨原審本人尋問において自認していること,Bは,控訴人に対し,「お陰様でいい成績が残せました。」という趣旨の話をしており,高額の賞与を得ていたこと(原審控訴人本人,原審証人B)が認められる。
被控訴人は,取引をすれば手数料がかかることは控訴人は十分に認識して取引をしていたのであり,いくら手数料がかかっても利益が出ていれば問題はないかのような主張をするが,結果的に利益が出たとしても,手数料分だけ利益は圧縮されるのであって,被控訴人の立論は,顧客の利益を軽視するものというほかはない。実際,手数料としては,狭義の取引手数料のほかに,金利,品貸料,権利処理手数料,管理料などの負担があり,これも加えると本件信用取引による手数料の総額は1億1889万7183円となり,手数料率は31.8%となる。このことは,投資対象とした信用銘柄が平均31.8%以上上昇しなければ利益を出すことができないことを意味し,税負担も考慮すれば損益分岐点は更に高くなるのであって,平成11,12年当時の経済動向を見れば,株価についてそのような高騰を期待すること自体著しく非現実的であって,手数料率を適正な範囲に収めることは,顧客の利益を考えれば当然考慮しておかなければならないところであるが,Bがそのような考慮を払っていた形跡は認められない。
これらの事実に加え,Bは,上記のように出し入れ取引,日計り,手数料不抜け,因果玉の放置,難平等複雑かつ不合理な取引をしていること,本件信用取引が前記のとおり,過当性の要件と口座支配の要件を充足していることを併せ考慮すると,Bは,控訴人の利益を犠牲にして,自己の業績を上げる目的で,控訴人を本件信用取引に誘致したと推認でき,同推認を覆すに足りる証拠はない。
したがって,本件信用取引は悪意性の要件も充足しているというべきである。
(5) 以上のように,本件信用取引については,上記3要件をいずれも満たしているから,全体として違法な過当取引であると判断するのが相当である。
したがって,Bは,この点に関して,控訴人に対し,不法行為責任を負い,被控訴人はその使用者責任を負う。
4 値がさ株の一点買い(争点(3))について
(1) 控訴人は,本件買付は,分散投資推奨義務に違反すると主張する。
確かに,前記のとおり,一般の株式投資家は,専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依存して株式投資を行うのが通例ではあるが,証券会社と投資顧問契約等を締結しているわけではない以上,このような勧誘ないし助言・指導はあくまで事実上のものにすぎず,勧誘ないし助言・指導をすることが法的な義務ではないこと,場合によれば,値がさ株の一点買いが顧客に大きな利益をもたらすこともあることからすると,結局のところ,顧客の自己責任に基づく判断の問題であって,断定的判断の提供等投資家の投資判断を誤らせる違法な勧誘方法で勧誘することが違法と評価されるのは当然としても,一概に値がさ株の一点買いを推奨すること自体が違法であるとまでは認め難いものというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(2) 控訴人は,本件買付けは,被控訴人の外務員が何らの説明もせずに行ったもので,情報提供義務違反,説明義務違反があるとも主張する。
しかし,上記と同様に,証券会社に直ちに情報提供義務や説明義務があるといえるか疑問である上,前記認定のとおり,Bは,本件信用取引を開始するに当たって,その仕組みの概要や危険性について一応説明している上,光通信株を初めて買い付けるに先立ち,光通信が,bSHOPという屋号で携帯電話の販売を行っている会社であり,当時,携帯電話の販売が急伸中であること,光通信がbSHOPを積極的に出店していたこと,株価が上昇中であること,光通信が出資しているベンチャー企業の含み益が増加していること,香港の企業を買収してアジアにおけるインターネット関連事業を展開していたこと,IT関連銘柄の代表銘柄であること等を一応説明しているのであるから,情報提供義務違反,説明義務違反があるとはいえず,控訴人の主張は理由がない(なお,控訴人本人は,光通信株についての説明を聞いていないと述べるが,その一方で,控訴人本人は,初回の光通信株の買付けについては認識していたことを認めており,買付けに反対しなかったとも述べているもので,控訴人が何ら説明がないにもかかわらず,初めて推奨された光通信株の買付けを容認したとは考え難いというべきであるから,買付けに先立ち光通信株について説明がなされたことが推認される。)。
5 過当取引による損害額(争点(4))について
(1) 損害の評価
以上によれば,控訴人の主張する違法性は,過当取引の点についてのみこれを肯定することができる。そうすると,被控訴人は,当該過当取引によって控訴人が被った損害についてはこれを賠償すべき義務があると認められるので,次に,その損害額について検討する。
そもそも,過当取引の違法性の本質は,証券会社が顧客の利益よりもむしろ自己の利益を優先して,過大な手数料を取得したことにあると考えられることからすれば,無断売買やその他の違法事由が認められない場合には,控訴人が被った損害額についても,過当取引が行われた期間中の取引差損全額ではなく,被控訴人が過当取引によって取得した手数料額に限定して認めるのが相当である。
しかるところ,取引が全体として過当取引と評価される場合においても,その取引のうちには,当該投資家の属性や取引状況からみて,正当と評価される取引の範囲も含まれるものと考えられるのであって,取引の全手数料を直ちに損害とみるのが相当でない場合もありうる。しかし,資金回転率等で過当取引と正当取引との一線を画することは困難というべきであって,その損害の評価は,当該投資家の属性や取引状況の全体を見て,損害の公平な分担の観点から決定されるべきであると考える。したがって,この点は,次項の過失相殺の判断に含めて考慮するのが相当である。
(2) 過失相殺について
被控訴人は,明示の過失相殺の主張をしていないが,事案の性質にかんがみ,職権で斟酌することとする。
前記で判断したとおり,もともと証券取引には何らかの危険を伴うことは常識であり,控訴人のような個人投資家においても,商品の性格等につき自分なりに研究し,理解した上で取引に入るべきものであり,また取引に入った以上は,自分で財産の保全等に気を配り,取引の継続・終了についても判断すべきものであること,控訴人自身,それなりの株式取引の経験を有しており,また中小企業の経営者であることからしても,経済的に合理的な判断をする能力を有していると考えられること,それにもかかわらず,被控訴人の担当者の判断に全面的にゆだねることにより利益が得られるものと軽信し,担当者にほぼ取引を一任したことにより,本件のような多額の損失を招いたものであって,控訴人の過失も相当大きいものというべきである。
以上のほか,上記(1)で検討した損害についての評価の在り方及び本件における諸般の事情を考慮すると,本件手数料の総額1億1382万4923円から,控訴人の過失割合等として7割を減額した額である3417万7476円(円未満切捨て)をもって,被控訴人が賠償すべき損害額とするのが相当である。
6 弁護士費用について
本件の事案の内容,審理の経過,認容額等を考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,340万円をもって相当と認める。
7 結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,損害金3754万7476円及びこれに対する不法行為の後の日で最終取引日である平成12年8月4日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。
よって,原判決を上記の趣旨に変更することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 裁判官 神山隆一)
<以下省略>