大阪高等裁判所 平成16年(ネ)143号 判決 2004年9月28日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要等
1 以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁15行目の「Aがいる」を「Aが住む」に,同行の「香川県である」を「香川県内にある」に,それぞれ改める。
(2) 同5頁2行目の「○をしたもの。」の次に「乙3。」を加える。
2 原審は,本件保険契約の約款の文言上,「承諾」は明示・個別的なものに限定されていないから,意思表示一般の解釈の場合と同様に,「承諾」には黙示・包括的な承諾も含まれると解すべきである,本件自動車の使用につき「正当な権利を有する者」に当たるAは,同人の子であるBが専門学校の友人等に本件自動車を運転させることについて,黙示に承諾していたと認められる,したがって,本件事故当時,被控訴人は本件自動車の使用について「正当な権利を有する者の承諾」を得て運転していたものと認められる,念書の記載は「不実の記載」には当たらない,被控訴人が,控訴人の調査担当者に対し,Aと電話で話をして同人の承諾を得た旨の虚偽の説明をし,また,AやB等にも依頼して同様の虚偽の説明をさせたことについては,自動車保険の知識の乏しい被控訴人が,控訴人の社員の誤導ともいえる説明により,Aと直接交渉して承諾を得たのでなければ保険金が支払われないものと誤信したために,そのような行動に出たこと等を考慮すれば,一般条項第15条1項,4項,第14条9号に該当すると評価するのは相当でないなどとして,被控訴人の請求を認容する内容の判決を言い渡した。
控訴人は,原審の判断を不服とし,前記第1記載の判決を求めて本件控訴を提起した。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の請求は認容すべきものであると判断する。
その理由は,以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決11頁14行目の「また,」から16行目末尾までを削除する。
(2) 同13頁20行目の「Bが」から22行目の「前提に」までを「Bに使用させる目的で」に改める。
(3) 同15頁21行目の「その後」を「同月5日」に改める。
(4) 同16頁10行目の「本件事故前に」の次に「直接に」を加え,17行目の「電話したところ」を「電話したこと」に改める。
(5) 同頁末行の「窺えず,これに」を「窺えないのに対し,Cは,原審において2度も証人として採用されたが,いずれも出頭しなかったこと等に鑑みると,前記認定事実に」に改める。
(6) 同19頁10行目の「考えられることからすれば,」の次に「信義則に照らし,」を,11行目の「上記虚偽説明」の次に「等」を,それぞれ加える。
2 当審における控訴人の主張に対する判断(補充)
(1) 当審において,控訴人は「他者運転危険担保特約は,1台1契約の原則の例外であり,担保する範囲を他の自動車の運転が被保険自動車の使用と同視できる場合に限定する趣旨のものであるところ,「正当な権利を有する者の承諾」を得ているか否かは,危険率(事故率)に有意な差異をもたらすものであり,保険保護の範囲を限定する概念の中核をなすものである。そのため,「正当な権利を有する者」については,一般的には記名被保険者をいうとして制限的に解釈されている(最高裁昭和58年2月18日第二小法廷判決・判時1074号141頁)ところである。それにもかかわらず,「承諾」について,原判決のように黙示・包括的な承諾も含まれるとの無限定な解釈をしたのでは,保険保護の範囲の予定外の拡大を防止し,保険保護の無限連鎖を防ぐという趣旨が没却されてしまう。したがって,「承諾」は具体的・直接・事前・明示のものに限られると解すべきである。」などと主張する。
しかしながら,本件保険契約の約款上,「承諾」は明示・個別的なものに限定されていないこと等に鑑みると,意思表示一般の解釈の場合と同様に,「承諾」には黙示・包括的な承諾も含まれると解すべきであることは,前記のとおりである。
そして,黙示的な承諾が肯定される範囲は,記名被保険者と運転者との関係等の間接事実及び経験則等に照らして自ずと限定されるものであるから,保険保護の範囲が予定外に拡大されることにはならない。
よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
(2) 当審において,控訴人は「本件自動車に付された自動車保険契約には家族限定特約が付いており,同特約の内容は自動車普通保険約款に明記されているから,Aは同特約による意思をもって同保険契約を締結したものと推定されるところ,本件において同推定を覆すに足りる反証はないから,Aは同特約による意思をもって同保険契約を締結したことになる。この点の判断を明示していない原判決は約款の解釈を誤ったものである。そして,一般に,第三者に使用させることを想定していないがゆえに家族限定特約を付けるのが通常かつ合理的な事態であるから,同特約による意思をもって保険契約を締結した者が,同保険が付された自動車の使用について,家族以外の第三者の使用を包括かつ黙示に承諾することは,経験則上あり得ない。もし特別かつ例外的に第三者の使用を許す場合には,事前・個別・直接・具体的な承諾が存在するのが通常であり,経験則である。したがって,Aが第三者による本件自動車の使用を包括かつ黙示に承諾していたということはあり得ない。なお,上記の諸点については,Aが実際に家族限定特約が付されていることを知っていたか否かは無関係である。また,Aは,平成13年6月12日ころ,控訴人が依頼した調査会社の担当者Dに対し,本件自動車に付された自動車保険契約に家族限定特約が付いていることを知っており,Bには本件自動車を他人貸してはいけないと言っていた旨を明確に述べていたこと(乙1),原審における証人A及び同Bの各証言はいずれも曖昧かつ不合理なものであること,本件自動車は,香川県内においてBが乗るために購入したものであって,神戸で乗ることを予定して購入したものではないこと(原審における証人A)等によれば,Aは,同特約の存在及び内容を理解しており,かつ,Bに対し,本件自動車を第三者に貸し出すことを禁止していたというべきである。以上によれば,Aが,本件自動車を第三者に使用させることについて,Bに対して包括かつ黙示に承諾を与えていたということはあり得ない。」などと主張する。
しかしながら,本件自動車は,Bに使用させる目的でAが購入したものであったこと,Bが本件自動車を使用するについてAは何ら限定を付しておらず,Bはあたかも自己の所有する車両であるかのように自由に本件自動車を使用していたこと,Aは,Bが専門学校の複数の友人等にときどき本件自動車を運転させていることを知っていたが,そのことについてBに注意することなく容認していたこと,Aは,本件事故が起こるまで,本件自動車に付された自動車保険契約に家族限定特約が付いていることや同特約の内容を十分理解していなかったこと等を総合考慮すれば,Aは,Bが専門学校の友人等に本件自動車を運転させることについて,黙示に承諾していたと認めるのが相当であること,平成13年6月12日ころのAのDに対する上記の発言は,被控訴人からの口裏合わせの依頼に基づいてした虚偽の説明であること,結論として,本件事故当時,被控訴人は本件自動車の使用について「正当な権利を有する者の承諾」を得て運転していたものと認められることは,前記のとおりである。
そして,約款に関する合理的意思解釈の結果,Aが家族限定特約による意思をもって保険契約を締結したものとされるからといって,必ずしもAが同特約の存在及び内容を理解していたことにはならないし,約款に関する合理的意思解釈の結果,同特約による意思をもって保険契約を締結したものとされる者が,同保険が付された自動車の使用について,家族以外の第三者の使用を包括かつ黙示に承諾することも,経験則上あり得ないとはいえない。
よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
(3) 当審において,控訴人は「家族限定特約付きの車両を家族以外の第三者が運転することを記名被保険者が認めるようなことは,保険的保護の枠外の事態であるから,仮にAが第三者に本件自動車を使用させることを黙示に承諾していたとしても,そのような承諾は「正当な権利を有する者の承諾」には当たらないというべきである。」旨主張する。
しかしながら,本件保険契約の約款上,「正当な権利を有する者の承諾」の内容については何らの限定も付されていないこと,他者運転危険担保特約付きの自動車保険を締結している被保険者又はその同居の親族等にとって,他人所有の車両をその所有者の承諾を得て運転する場合に,当該車両の自動車保険に家族限定特約が付いているか否かは,本来関知し難い事由であること等に鑑みれば,控訴人の上記主張を採用することはできないというべきである。
(4) 当審において,控訴人は「原審における被控訴人の供述は,客観的事実に明らかに反するものであって,信用性がないこと等に鑑みると,争点(2)(不実記載,虚偽説明による免責)に関する原判決の事実認定は誤りであり,控訴人の社員であるCが被控訴人に対して行ったのは,適正な保険金請求の要件と手続の説明のみであったというべきある(常識的にも,「聞かなかったことにする」等の悪意に聞こえるような言葉をCが使うはずがない。)。したがって,同争点に関する原判決の判断は誤りである。」などと主張する。
しかしながら,本件事故当時,被控訴人は本件自動車の使用について「正当な権利を有する者の承諾」を得て運転していたものと認められるから,念書の記載は「不実の記載」には当たらないこと,平成13年6月5日,被控訴人がCに対して本件自動車の使用についてAの承諾を得ていなかった旨を告げた際,Cは,被控訴人に対し,「聞かなかったことにする。」などと述べながら,念書の用紙を手渡し,同用紙の「貸主の承諾」欄の「有」のところを丸で囲み,貸主欄にAの住所,氏名等を記載して署名押印してもらった上,控訴人に提出するよう説明し,念書を提出しなければ保険金が下りず,賠償額も多額で大変なことになるなどと告げたこと,被控訴人は,Cの話を聞いて,控訴人から保険金の支払を受けるためには,Aから本件事故前に直接に承諾を得ていたことにしなければならないものと考え,Aに対し,電話で,念書の貸主欄への署名押印を依頼するとともに,A及びBらに対し,控訴人からの調査があった際には,本件事故前に被控訴人がAと話をして本件自動車の使用について承諾を得た旨答えるように依頼したこと,上記認定事実に反するCの陳述書(乙5)は採用できないこと,被控訴人が,控訴人の調査担当者に対し,Aと電話で話をして同人の承諾を得た旨の虚偽の説明をし,また,AやB等にも依頼して同様の虚偽の説明をさせたことについては,自動車保険の知識の乏しい被控訴人が,上記のような控訴人の社員であるCの誤導ともいえる説明により,Aと直接交渉して承諾を得たのでなければ保険金が支払われないものと誤信したために,そのような行動に出たこと等を考慮すると,信義則に照らし,本件において,控訴人の上記虚偽説明等が,一般条項第15条1項,4項,第14条9号に該当すると評価するのは相当でないこと,結論として,本件において,控訴人は,上記各条項により保険金の支払を免れることはできないことは,前記のとおりである。
そして,控訴人の上記主張を考慮しても,上記の結論が覆ることはないというべきである。
よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
3 以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 大西忠重 裁判官 細島秀勝)