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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1808号 判決 2004年11月05日

神戸市<以下省略>

控訴人・附帯被控訴人(第1審被告)

光証券株式会社(以下「控訴人会社」という。)

上記代表者代表取締役

兵庫県小野市<以下省略>

控訴人・附帯被控訴人(第1審被告)

Y1(以下「控訴人Y1」という。)

上記2名訴訟代理人弁護士

永原憲章

中村聡

羽尾良三

吉田邦子

須山幸一郎

神戸市<以下省略>

被控訴人・附帯控訴人(第1審原告)

X(以下「被控訴人」という。)

上記訴訟代理人弁護士

大搗幸男

内橋一郎

主文

1  本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して1432万1665円及びこれに対する平成12年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  本件附帯控訴を棄却する。

3  附帯控訴に係る控訴費用は被控訴人の負担とし,その余の訴訟費用は,第1・2審を通じてこれを5分し,その1を控訴人らの,その余を被控訴人の各負担とする。

4  この判決は,第1項(1)につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中,控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して8544万2249円及びこれに対する平成12年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は,被控訴人が,控訴人会社と株式の信用取引を行ったが,その間,同会社の当該取引担当者であった控訴人Y1に一任取引,過当取引等の違法行為があり,これによって損失を被ったなどと主張して,控訴人Y1については民法709条に基づき,同控訴人の使用者である控訴人会社については民法715条に基づき,8544万2249円(信用取引に係る実損害7774万2245円及び弁護士費用770万円の合計額)及びこれに対する上記信用取引終了後(不法行為後)である平成12年12月27日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

(2)  原審は,控訴人Y1が一任取引を行い,その際に過当取引にわたる取引を行っていた違法があるが,これにより生じた損失は,同控訴人が担当する取引によって生じた利益分を控除した6510万8329円であるとし,他方,被控訴人にもこの損失が発生するにつき7割の過失があるとしてその割合で過失相殺をした上,弁護士費用を加算した合計2143万2498円とこれに対する附帯請求の限度で請求を認容した。

(3)  これに対し,控訴人らは,控訴人Y1に一任取引・過当取引等の違法行為があったとする判断を争い,被控訴人の請求は全部棄却されるべきものとして本件控訴をし,他方被控訴人も,請求を一部棄却した点を不当であるとし,上記(1)のとおりの請求額の支払を求めて附帯控訴をした。

2  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により認めることのできるものである。

(1)  被控訴人は,昭和20年○月○日生まれで,昭和39年3月に高校を卒業して,同年9月からa役場に勤務している公務員である。

控訴人会社は,有価証券の売買取引等を業とする証券会社であり,控訴人Y1はその従業員である。

(2)  平成11年12月14日,被控訴人は,控訴人会社において,控訴人Y1担当の下,日本アジア投資株の信用取引をし,以後信用取引を繰り返したが,その内容は別紙1「信用取引一覧表」(以下,単に「別紙1」という。)に記載のとおりである(以下,これらの信用取引を総称して「本件信用取引」という。)。

(3)  本件信用取引に基づき,被控訴人が現引をした株式の損益の状況は,別紙2「現物取引一覧表」(以下,単に「別紙2」という。)記載のとおりである。

(4)  本件信用取引に際し,被控訴人が控訴人会社に預け入れた代用有価証券は別紙3「代用有価証券一覧表」(以下,単に「別紙3」という。)に記載のとおりであり,また,被控訴人の控訴人会社の口座への委託保証金等の入出金状況は,別紙4「入出金明細」(以下,単に「別紙4」という。)に記載のとおりである。

(5)  被控訴人は,平成12年12月29日に本件信用取引を終了した。

3  争点

(1)  本件信用取引を担当した控訴人Y1における,以下の違法行為の有無

ア 一任取引(争点(1)-ア)

イ 断定的判断の提供(争点(1)-イ)

ウ 過当取引(争点(1)-ウ)

エ 損失補填(争点(1)-エ)

(2)  過失相殺の有無及び割合(争点(2))

(3)  損害額(争点(3))

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)-ア(一任取引の有無)について

〔被控訴人〕

ア 証券取引法42条1項5号は,一任取引を禁止しているが,控訴人会社の営業部長職にある控訴人Y1は,株式市場がネットバブルに沸いていた状況を背景として,IT株やベンチャー株に知識のない被控訴人に対し,IT株が時流であることを自信たっぷりに説明し,「すべて私が責任をもって売買するので銘柄などを含めてすべて任せてください。」などと述べて,積極的に一任取引を勧誘した。被控訴人は,控訴人Y1の執拗な勧誘に負け,追証金が発生することがないことを条件としながらも,控訴人Y1に一任して本件信用取引を承諾するに至った。

イ 控訴人Y1が被控訴人の担当となって以来,それ以前の被控訴人の取引は,銘柄的にも数量的にも根本的に変化し,ノルマ体質の強い控訴人会社において,控訴人Y1の営業成績は大幅に増大しており,本件信用取引はその中でも大きな割合を占めており,控訴人Y1が被控訴人から一任を受けた取引に依存し,被控訴人を食い物にして営業成績を上げてきたことを示すものである。

ウ 控訴人会社は,本店営業第2部歩合外務員が平成11年9月1日から同12年11月26日にかけて,複数の顧客との間で,一任取引契約を多数回にわたり締結した上で,平成11年9月2日から同12年12月27日までの間,取引を受託,執行したとして,証券取引等監視委員会から勧告を受けている(甲5)。このように,本件信用取引とほぼ同時期に一任取引が行われていたことは控訴人会社における組織的な一任取引の存在を疑わせる。控訴人らは,同委員会は本件信用取引を一任取引と認定しなかったと主張するが,適正な審査がされた保証はない。

エ 控訴人Y1は,取引で利益が出ると被控訴人に報奨金を要求し,平成12年2月18日に控訴人会社の被控訴人口座から250万円を出金して取得し,また,同年4月19日には,同口座に信用保証金として234万円が入金されているが,これは控訴人Y1が自ら借金をして勝手に入金したものであって(後に被控訴人に無理矢理借用書に署名させている。),一任取引をしていたことを示すものである。

〔控訴人ら〕

控訴人Y1が被控訴人を一任取引に導いた事実はなく,本件信用取引は,すべて被控訴人自身の判断及び責任に基づく。そのことは,以下の諸点から明らかである。

ア 本件信用取引を開始するに当たって,被控訴人は,株取引の知識・経験を十分に有しており,しかも信用取引についても,過去において損失を出したという経験もあってそのリスクを十分に認識していた。

イ また,投資資金は,信用保証金として拠出した現金を除けば,そのほとんどが被控訴人の保有していた保護預り中の株式及び代用有価証券としての株式であり,被控訴人は,多額の株式を保有する経験豊富な投資家であった。

ウ 株式の銘柄・数量・売買代金等の決定は,毎朝夕の被控訴人から控訴人Y1への携帯電話を通じての指示によって行われ(被控訴人はa役場の公務員であるが,自転車撤去等の処理に当たる外勤労働者であるから,携帯電話で連絡を取り合うことは容易である。),その結果は,その日又は翌日の控訴人Y1からの電話のほかに,取引報告書,信用取引計算報告書,残高報告書の送付によって報告されており,被控訴人は,本件信用取引の具体的内容を逐一把握していた。

エ 控訴人Y1が担当するようになった時期(平成11年12月)を境に信用取引回数が急激に増加したり,値動きの大きいソフトバンク等の銘柄の取引が増加し,その結果控訴人Y1の営業成績すなわち出来高シェアが大幅に増加しているが,その当時はインターネット関連事業への関心が高まり,インターネット関連銘柄株が投機の対象とされ,いわゆるネットバブル(ITバブル)の状況が進行していた。投資家は,バブル状況下においては,短期間に多数の株式取引を行うことによって多くの利益の獲得を目指すのが常であり,値動きの激しい銘柄を対象にして信用取引を利用することになる。被控訴人もこれに関心を持ち,自らの判断により,インターネット関連銘柄の代表格である「ソフトバンク」,「伊藤忠テクノサイエンス」や「日本アジア投資」,「京セラ」,「ヒューネット」等に重点を置いて(全取引金額の約58%を占めている。)取引を行った結果である。

オ 被控訴人は,本件信用取引を開始するに当たり,一任取引が証券取引法上禁止されている事実をよく認識していた。法の順守が強く要請される公務員たる被控訴人が違法と認識する行為を承諾するとは考え難く,また,被控訴人と控訴人Y1との力関係にかんがみ,被控訴人は,控訴人Y1の勧誘を容易に断ることができたはずであるところ,これを断らずに本件信用取引の勧誘を受け入れているのであって,このことは,本件信用取引が取引一任勘定に属しない通常の株式取引であり,控訴人Y1が推奨銘柄を提示して勧誘しているとの認識の下で本件信用取引を開始することにつき,被控訴人が承諾を与えていることを示している。

カ 控訴人会社においては,信用取引の状況については,担当職員が電話によりこまめに報告し,また,顧客に対し,「取引報告書」,「信用取引計算報告書」及び「お取引の明細」が郵送されることになっており,被控訴人は,これにより,本件信用取引の損益状況を的確に把握していた。

キ 控訴人会社は,平成13年2月ころ,証券取引等監視委員会による定例検査を受け,是正措置の勧告を受けており,この検査においては,本件信用取引も検査対象とされていた。しかしながら,証券取引等監視委員会は,本件信用取引を一任勘定取引とは認定せず,これにつき是正勧告をすることがなかった。すなわち,本件信用取引が一任取引に該当しないことは,公的に確認されているのである。

ク 控訴人会社の被控訴人名義口座への数回の入金のうち,平成12年2月24日の554万円の入金について,被控訴人は,明確にこれを追証金と認識していた。このことは,被控訴人が本件信用取引の損益を把握し,個別具体的な意思決定と指示によって生じた本件信用取引の結果について,これを自己責任に属するものと理解していたことを物語るものである。

ケ 被控訴人は,平成12年9月ころ以降,本件信用取引により損失が生じたことについて苦情を述べるようになり,その趣旨の「確認書」(乙14),「意義(異議)申立書」(乙20)及び「意義(異議)申立書に対する回答について」(乙21)などの書面を作成し,これを控訴人会社に送付した。しかしながら,これらの書面中に,「一任取引」の記載は全くない。これは,被控訴人自身,本件信用取引が一任取引に該当するものではないことをよく認識していたことを示すものである。

コ 被控訴人は,控訴人Y1に褒賞金250万円を支払わせられたとか,追証金234万円を控訴人Y1が補填した際,第三者に対する同額の借用書に署名させられたとか述べて控訴人会社に抗議した。しかしながら,褒賞金については,一営業社員が求める金額としてはあまりにも高額であり,また,250万円は被控訴人名義の口座から引き出されているが,その際支払請求書(乙15)には被控訴人自身が署名しているのであって,被控訴人が自分のために引き出したものであることは明らかである。また,234万円の借用書に署名した点についても,控訴人Y1がこれに関与した形跡はない。そもそも,追証金が発生しないことを条件に控訴人Y1に一任取引を任せたと主張する被控訴人に対し,控訴人Y1が追証金に関する借用書に署名させるなどということはあり得ないし,被控訴人自身,借用書の存在を主張し出したのは本件訴訟が開始された後のことである。結局,被控訴人のこれらの主張は,本件信用取引が一任取引に当たり得ないことから,控訴人Y1に対する個人的不満を晴らすために作出した主張にすぎない。

(2)  争点(1)-イ(断定的判断の提供の有無)について

〔被控訴人〕

証券取引法42条1項1号等は,断定的判断の提供を禁止しているところ,控訴人Y1は,被控訴人に対し,私に任せれば絶対に大丈夫などと述べて本件信用取引を勧誘し,断定的判断を提供した。

〔控訴人ら〕

控訴人Y1が断定的判断を提供して一任取引を勧誘した事実はない。

(3)  争点(1)-ウ(過当取引の有無)について

〔被控訴人〕

過当取引(チャーニング)とは,証券外務員が顧客の信頼あるいは無知に乗じて,専らあるいは主として手数料等自己の利益を得るために,顧客の口座の内容・性格に照らして量及び頻度において過大・過当である取引を誘引し,かつこれを実行する取引をいう。

過当取引は,顧客に対する証券外務員の受託者としての高度の信認義務に反するものとして,違法というべきところ,控訴人Y1は,本件信用取引を担当する過程で,過当取引に及んだものである。

すなわち,過当取引と認定するための要件としては,① 過当性(行われた取引が金額,回数において当該口座の性格に照らして過当であると認められること),② 口座支配(証券外務員が顧客口座に対して支配を及ぼしていること)及び③ 悪意ないし故意(証券外務員が証券取引法157条違反に相当する詐欺的行為を行う意思又は顧客の利益を故意若しくは無謀に無視して行為すること)を挙げることができるが,以下のとおり,控訴人Y1の行為は,この3要件をいずれも充たしている。

ア 過当性

別紙1のとおり,平成11年12月14日の日本アジア投資株から平成12年8月9日の日本アジア投資株まで,約7か月の間に取引回数113回,総売買金額16億0427万3000円の信用取引が行われており,当該期間内の売買回転率は61.15(甲17<売買回転率一覧表>参照)に達している。一般に過当取引が決定的であるとされている売買回転率は6倍であり,本件信用取引の売買回転率はこの10倍という異常な数値であり,取引の過当性が存することは明らかである。

イ 口座支配

本件信用取引は,被控訴人の意向を蔑ろにして,控訴人Y1主導で行われ,上記のとおり,一任取引と評価される状況にあった。よって,控訴人Y1には,取引の主導性・口座支配性がある。

ウ 悪意ないし故意

控訴人会社及び控訴人Y1は誠実公正義務,忠実義務に違反して,本件信用取引(過当取引)を行ったものであるとともに,控訴人会社が多数の手数料を得ていること,控訴人Y1の本件での悪性からしても,当然に悪意ないし故意の要件を充たす。

〔控訴人ら〕

以下のとおり,控訴人Y1は,過当取引をしていない。

ア 取引に過当性がないこと

被控訴人がその主張の根拠とする売買回転率は,過当性判断に当たり重要な要素ではあるが,絶対的な尺度ではない(この点,売買回転率6を過当性判断の基準数値とすることに一定の評価をする見解もあるが,その根拠は必ずしも明らかでない。)。日本の市場は株式の配当性向が低く,短期的な投機利益を求めざるを得ない結果,必然的に回転率及び手数料率も高くなること,信用取引には決済期間があり,信用取引を続けていく以上取引回数は増えて行かざるを得ないことを考慮すれば,なおさらである。

本件信用取引において売買回転率が高いのは,株式取引の経験・知識が豊富であり,投資に高い関心を有する被控訴人の具体的指示により大量の取引がなされた結果にすぎない。殊に,本件信用取引の背景にはネットバブル状況があり,インターネット関連銘柄に高い関心を有している被控訴人の投資である以上,そのことが売買回転率に反映することは当然である。

イ 口座支配性がないこと

本件信用取引はすべて被控訴人自身の具体的指示に基づいて行われていたものであり,一任取引の実態はないのであるから,控訴人Y1が被控訴人の取引口座を実質的に支配していた事実は存在しない。

ウ 悪意ないし故意がないこと

控訴人会社は本件信用取引により多額の手数料を得てはいるものの,それは被控訴人が自ら入手した情報を基にその知識・経験を駆使して具体的指示をした結果,多数の取引がされたためであり,控訴人Y1に悪意ないし故意などは存在しない。

(4)  争点(1)-エ(損失補填の有無)について

〔被控訴人〕

証券取引法42条の2第1項は,損失補償や損失補填を禁止しているが,控訴人Y1は,本件信用取引の勧誘に際して,自己が全責任を持つので任せて欲しい等と言い,また被控訴人の証拠金不足に際し,一時損失補填をする意図で自ら払込みをする等損失補償,損失補填を行ってきた。

〔控訴人ら〕

控訴人Y1が本件信用取引に関して損失補填した事実はない。

(5)  争点(2)(過失相殺)について

〔控訴人ら〕

以下のとおり,本件信用取引の過程で,被控訴人には重大な過失があったから,過失相殺がされるべきである。

ア 被控訴人の主張するように本件信用取引が一任取引であったとすれば,被控訴人は,本件信用取引開始時において一任取引が証券取引法に違反する違法行為であることを熟知しながら控訴人Y1にすべてを任せきりにしていたことになる。

イ 被控訴人は,本件信用取引の具体的内容及び損益状況を十分に把握していたところ,その状況は,本件信用取引開始時に被控訴人が控訴人Y1に提示したと主張する条件(追証金を発生させない等)にことごとく反していた。被控訴人は控訴人Y1に容易に言いたいことを言える立場にあったのであるから,実際に取引中止を申し入れた時期よりも早期に条件違反を理由として取引中止を申し入れることは極めて容易であった。

しかるところ,被控訴人は,取引中止措置を採らず,本件信用取引が行われるのを漫然と放置していた。

ウ 被控訴人には,約30年にわたる株式取引の経験があり,信用取引についても約20年の経験がある。また,被控訴人は,信用取引について,昭和49年ころ,700ないし800万円もの多額の損失を出した経験もある。したがって,被控訴人は,株式信用取引のリスクを十二分に認識していた。

〔被控訴人〕

本件においては,以下の事情に照らし,過失相殺をすべきではない。

ア 被控訴人は,本件信用取引の取引状況や損益状況等を正確に把握してはいなかった。

そのことは,別紙4の平成12年2月24日の554万円の入金の際,実際は本来の追証ではないのに追証だと理解していたことや,受注は被控訴人の勤務中に何回も行われているが,その時間帯に取引を指示する余裕がなかったことからも明らかである。

イ 過当取引につき担当者に悪意が認められる場合には過失相殺の対象にはならないと解すべきところ,本件では控訴人Y1に悪意が認められる。

(6)  争点(3)(損害額)について

〔被控訴人〕

控訴人らの不法行為により被控訴人が被った損害額は次のとおりである。

ア 実損害 7774万2249円

被控訴人が本件信用取引によって被った損害は,信用取引決済自体による損害697万3383円(別紙1)及び現引後の処分ないし評価による損害7076万8866円(別紙2)である。この別紙2は,本件信用取引により行った現引取引であり,現引後の損害も,本件信用取引による損害である。

イ 弁護士費用 770万円

弁護士費用としては,770万円が相当である。

ウ 合計 8544万2249円

〔控訴人ら〕

争う。

ア 別紙2のソフトバンク株式に関する平成12年4月19日の200株については,現在も被控訴人が所持していて損害として確定しておらず,仮に時価評価を検討するとしても平成12年12月27日を基準日とする根拠が不明である。

むしろ,被控訴人と控訴人会社との間で実質信用取引が終了した日である同年8月9日を基準日とするのが合理的である。

イ 本件信用取引で被控訴人が失った財産は,別紙3記載の株式(代用有価証券)及び別紙4記載の現金約1100万円であるから,損害の客観的回復という観点では,同種・同等・同量のもので返還が可能であれば,それによる賠償がもっとも公平な方法である。

そして,株式は市場で調達することが可能であるから,控訴人らは現金1100万円と調達した株式を被控訴人に返還すればその責任を果たしたことになる。

ウ 被控訴人は,平成11年12月21日及び22日の伊藤忠テクノサイエンス株の取引について除外しているが,この取引で得た利益1263万3920円を除外すべき理由はない。被控訴人は,当該取引が本件信用取引と関係がない旨主張するが,被控訴人の主張によればこの取引のあった時点で既に控訴人Y1の担当に係る一連の取引が開始されており,現物取引もその一環として行われたものである。

第3当裁判所の判断

1  基礎となる事実の認定

前記前提事実及び証拠(甲29,乙22,23,原審証人C,原審被控訴人本人,原審控訴人Y1本人及び括弧内に摘示した各証拠)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

(1)  被控訴人は,昭和39年3月に高校を卒業し,同年9月から現在までa役場に勤務しているが,a役場では庶務・人事等の職務を担当し,平成11年4月からは神戸市<以下省略>にあるb場において,事務職員として,不法占拠の立退き交渉,自転車撤去等を担当し現在に至っている。毎日午前8時45分に事務所出勤後,午前9時30分ころから現場に出て,昼休みにいったん事務所に戻った後,午後4時30分ころまでは再び現場で職務に従事するのが通常である。

(2)  被控訴人は,昭和45年ころから,控訴人会社との間で株式取引(主として現物取引)を行ってきたが,株取引は被控訴人の趣味の一つであり,自分なりに考えて取引をしており,昭和49年ころ,信用取引として購入した株式で700万円ないし800万円の損失を出したことがあるが,控訴人会社に苦情を述べたようなことはなく,このような体験からも信用取引の危険性は理解していた。

(3)  控訴人Y1は,昭和48年10月控訴人会社に入社し,平成8年10月,控訴人会社本店営業部部長となり,そのころ,前任者の川口から,被控訴人を顧客の一人として引き継ぐことになった。

(4)  被控訴人は,控訴人Y1の前任者の担当時代から,奥村組,中外製薬,三菱重工業,日本電気,ティアック等の取引をし,控訴人Y1に担当が変わった後も本件信用取引を始めるまでは,日本電気,ティアック,日立製作所,丸紅,伊藤忠等の現物取引を中心に行っており,比較的株価の安定した大型株を中心に中長期的に保有する投資傾向にあった。その時期にも一部では信用取引も行っているが,数量的にもわずかであり,買いで建てて値下がりした場合でも,自分で現引できる程度の規模で,かつ資産株として保有できるような銘柄(日本電気,日立製作所等)を選択していた。なお,本件信用取引を始めた平成11年11月ころまで,IT関連銘柄を扱うことはなかった(甲42,43,乙5)。

(5)  控訴人会社においては,「実力主義」「加点主義」を標榜し,営業成績が社内の評価・処遇に直結する社風があり,営業社員数名がグループを構成し,株式手数料収入がある目標額に到達したときは,これを達成したグループに,一定の加給金が支給され,当該グループ内で,役職等に応じてこれを分配する,というシステムが取られていた。しかるところ,平成11年3月ないし11月の営業成績において,控訴人Y1の属する営業担当者のグループ(控訴人Y1ほか3名で構成)内における控訴人Y1の営業成績(出来高シェア)は10%台で,4名中最下位となることがしばしばであった(甲24ないし26,47)。

(6)  平成11年11月下旬ないし12月上旬ころ,控訴人Y1は,当時いわゆるベンチャー企業関連及びIT関連株式に人気が集まっている状況であったことから,これらの関連銘柄の取引を被控訴人に勧めた。被控訴人は,当初気乗りしない様子であったが,控訴人Y1が数回にわたり電話で推奨したことから,結局,これらの銘柄の株式の購入を決め,同年11月14日に日本アジア投資の株式を購入したのを皮切りに,別紙1のとおり,本件信用取引を行った。

(7)  本件信用取引の対象となった銘柄は別紙1「銘柄」欄のとおりであるが,そのうち,伊藤忠テクノサイエンス及びソフトバンクはインターネット関連銘柄として当時人気のあったものであり,京セラやヒューネットもIT関連事業に参入している企業の銘柄であり,これらの銘柄が全体の半数を超え,取引金額では58%を占めるに至り,それまでの取引傾向と大きく変わっている。

(8)  本件信用取引が開始された後,控訴人Y1の営業成績は向上し,それまでと同一の営業担当社員のグループ内において,同控訴人の出来高シェアは,平成12年3月ころまで,連続して1位であった。また,平成11年4月ないし平成12年3月の控訴人Y1の営業収益は,目標額3000万円を上回る5553万2000円であり,達成率は185.1%であって,営業社員全体の第4位であった(甲26ないし28)。そして,上記営業収益のうち1687万0600円が被控訴人の取引によるものであり,全体の30%にも及んでいる(ちなみに,当時の控訴人Y1の担当顧客は120名である。)(控訴人会社の釈明回答=平成15年6月16日付控訴人ら第3準備書面)。

(9)  平成12年4月ころ以降,本件信用取引の結果が思わしくなく,伊藤忠テクノサイエンスやソフトバンク等の銘柄の株価が下落に転じたため,本件信用取引を縮小せざるを得なくなった(乙23)。

(10)  平成12年6月ころからは,控訴人Y1の営業成績は再び下がり始め,出来高シェアも10%台に戻った。なお,平成12年4月ないし平成13年3月の控訴人Y1の営業収益は前年度比で3840万7000円の減少となり,目標達成率も57.1%,成績は全体の28位にとどまった(甲26ないし28)。

(11)  平成12年9月ころ以降,被控訴人は,控訴人Y1ないし控訴人会社に対し,本件信用取引は追証を出さないことを前提に一任取引に応じたものであるのに,追証金の拠出を求められたとか,褒賞金250万円を支払わせられたとか,追証金234万円を控訴人Y1が肩代わりすると言いながら,第三者に対する同額の借用書に署名させられたなどと,種々の不満を述べるようになった。

(12)  平成13年4月,控訴人Y1は,控訴人会社営業部長から次長へと降格した。

(13)  平成13年5月29日,証券取引等監視委員会は,近畿財務局長が控訴人会社を検査した結果,同控訴人本店営業部第2部歩合外務員が平成11年9月1日から同12年11月26日にかけて,複数の顧客との間で,取引一任勘定取引の契約を多数回にわたり締結した上,平成11年9月2日から同12年12月27日までの間,取引を受託,執行したことが認められたとして,内閣総理大臣及び金融庁長官に対し,適切な措置を講ずるよう勧告した。なお,控訴人会社は,その後平成15年6月4日にも,証券取引等監視委員会から,同様の理由(本店営業第1部付課長の平成14年9月から同15年2月までの取引)で是正勧告を受けている(甲5,46)。

(14)  平成13年10月18日,被控訴人は,控訴人会社神戸本店において,控訴人会社のA専務,D常務,控訴人Y1及び本店検査部長Cと面談し,本件信用取引に関連する不満を述べた。その内容は,大要,① 本件信用取引は控訴人Y1が商いを一任してほしい旨繰り返し述べたのでこれに応じたものであるが,その際,追証を拠出するような事態にならないことを条件としていた,② 本件信用取引の初期には利益が上がったため,控訴人Y1から褒賞金を求められ,250万円を支払わせられた,③ その後損が出始め,平成12年2月,追証金554万円が必要となり,これを控訴人Y1の懇請に応じて支払わせられた,④ その後更に追証金の拠出を要請され,その後の184万円,234万円の支払を求められた際は,これを断ったが,控訴人Y1は自分で入金しておいたと言った,⑤ 特に,234万円の追証金については,控訴人Y1が第三者から借り受け,ただ,借金は自分(控訴人Y1)が払っていくので,借用書に署名だけしてほしいと言って署名させられており,今後,借用書を所持する者から請求された場合,控訴人会社で責任を持って処理してほしい,⑥ 控訴人Y1が退職する時点でこれらの問題が解決していないときは,同控訴人に対し退職金を支払わないでほしい,などというものであった(乙14,20ないし22,原審証人C)。

(15)  このころ,控訴人Y1は,それまでの本店営業部次長から更に同部課長へと,2度目の降格処分となった。

2  争点(1)-ア(一任取引の有無)について

(1)  前記1の認定事実と証拠(甲1,26,乙5,30の1ないし4,原審被控訴人本人,同控訴人Y1本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,平成8年から本件信用取引が開始された平成11年12月までの取引回数は15回程度であったのに対し,本件信用取引は,約8か月間(しかも取引は平成11年12月から同12年3月までの4か月に集中している。)にすぎないのに,建て落ちを1回とカウントして113回(同日の同一銘柄の取引を1回としても76回)に及んでおり,従前の取引の実に34倍と異常に増加していること,本件信用取引開始以前の取引が現物取引を中心とし,かつ重工業や電機や薬品関係銘柄など値動きの少ない株式であったのに対し,本件信用取引開始後は,ほとんど信用取引に限定され,投資傾向においても,ソフトバンク株等の株価変動の大きい株式の取引が中心になっていること,従前は中長期に保有していたのに,本件信用取引においては,平均保有日数が14日(日計り取引が7回,翌日仕切りが31回,10日未満が82回,30日未満が101回)と極めて短期の頻繁取引となり,銘柄も14業種に拡大していること(詳細は別紙1),被控訴人にとって株取引は趣味の一つでもあったことから,被控訴人は,控訴人Y1の勧誘に対しても当初は断っており,IT銘柄がもてはやされ,バブル状態にあったにもかかわらず,被控訴人から積極的に取引を開始したものではないこと,被控訴人の勤務時間中にも頻繁な取引が行われており(平成12年2月4日には7回),控訴人Y1から被控訴人の携帯電話に連絡があることもあり,また,被控訴人から控訴人Y1に電話をかけることもあったが,控訴人Y1の一存で取引を行っていたことも少なくはなかったこと,本件信用取引をするようになってから,控訴人Y1の営業成績が,急速に上昇していることが認められる(なお,被控訴人は,取引を一任し,当初,相当の利益が出たことから,控訴人Y1に報奨金を要求され,250万円を支払わされたと主張するが,被控訴人口座から250万円が出金された事実はあるものの,それが控訴人Y1に渡されたと認めるに足りる的確な証拠はない。)。

(2)  他方,被控訴人は,前記認定のように長年の信用取引を含めた株式取引の経験があり,自らの判断で投資銘柄や売買時期等を判断してきており,控訴人会社からも,担当者とは無関係に「取引報告書」(乙6)や「信用取引計算報告書」(乙7)や「お取引の明細」(乙8)が郵送され,被控訴人はこれらを受け取り,内容も確認しており(原審被控訴人本人),かつ,内容を理解する能力もあったと考えられるが,被控訴人は,平成12年9月ころまでは,取引内容を知りながら特に異議を述べてはいないことからすれば,被控訴人が完全に控訴人Y1に取引を一任していたとまでは考えにくいというべきである。

(3)  しかし,上記(1)の事実からして,被控訴人において,これほどの多量の取引について,十分な情報を集積し,これを分析して取引を行っていたとも考えられないのであって,少なくとも控訴人Y1の主導の下に本件信用取引が進められたことは明らかであり,実質的には一任取引に近い状況にあったものと認めるのが相当である。

(4)  もっとも,一任勘定取引は,証券取引法上違法とされているものの,そのことから直接私法上の違法が導かれるわけではない。すなわち,一任勘定取引が証券取引法上禁止された趣旨は,証券外務員が顧客である投資家から取引を一任された際に,その立場を利用して,自己又は自己の所属する証券会社の利益を図り,手数料を稼ぐ目的で無意味な売買を繰り返し後に投資家と紛争になったり,証券外務員が上記の目的で顧客に一任取引を持ち掛けるなどの危険性が極めて高いことによるものであると解される。そうだとすれば,控訴人Y1が一任取引をしていたかどうかは,そのことを直ちに不法行為の成立要件としての違法性の問題としてとらえるよりも,過当取引や適合性原則違反,断定的判断の提供等の違法判断の一要素と考えるのが相当である。

3  争点(1)-イ(断定的判断の提供)について

被控訴人は,控訴人Y1が「私に任せれば絶対に大丈夫」などと述べて本件信用取引を勧誘したとして,これが証券取引法上禁止された断定的判断の提供に該当すると主張する。

しかし,断定的判断の提供が違法とされるのは,それが投資家の判断を誤らせる危険があり,自己責任による取引を阻害するからであり,したがって,違法な断定的判断の提供があったといえるためには,投資家の投資判断を誤らせる程度の具体的な断定的事実が提供されたと認められることが必要であると考えられるところであり,被控訴人の主張する控訴人Y1の言動自体,具体性を有するものではなく,被控訴人の豊富な証券取引の経験からして,証券投資において「絶対大丈夫」などということがあり得ないことは当然認識しているはずのことであって,被控訴人主張の言動が控訴人Y1にあったとしても,それをもって違法な断定的判断が提供されたことにはならないというべきである。

4  争点(1)-ウ(過当取引)について

(1)  投資家は,証券取引を行うに当たっては,自己の責任と判断で行うのが原則である(自己責任の原則)。しかし,証券の価格を決定する要素は複雑かつ多岐にわたっていて,その判断のためには,証券投資に関する豊富な知識や,高度の情報収集能力,分析能力が必要である。そのため,一般投資家は,それらを有する証券会社及びその外務員の助言等に依拠して証券取引を行うのが通例であり,銘柄選定のみならず,取引の頻度,数量,時期,価格等の決定に当たり,証券会社やその外務員の勧誘・助言・指導に依存することになりやすい。他方,証券会社にとっては,取引額・取引回数が多くなれば,顧客の損得にかかわりなく自己の収益が大きくなり,外務員も自己の成績が向上するという実情があるため,顧客に対し,上記の優越的立場を利用して過当な取引を行わせることになりやすい。

したがって,証券会社が顧客の取引口座に対して支配を及ぼして,顧客の利益を犠牲にして自己の利益を図るために,顧客の状況に照らして過当な頻度,数量の取引を勧誘することは,証券取引法33条(誠実公正義務),43条1項(適合性原則遵守義務),42条1項6号(一任勘定取引の禁止)の精神,161条(過当数量取引の制限)等に抵触するのみならず,顧客に対する誠実公正義務に違反する詐欺的・背任的行為として,私法上不法行為となると解すべきである。

(2)  上記の考え方からすると,違法な過当取引か否かは,①取引の過当性,②口座支配性,③故意・悪意性を総合的に考慮して判断するのが相当である。

ア そこでまず,過当性の要件について検討する。

(ア) 前記1及び2(1)で認定したとおり,本件信用取引は,著しい頻繁取引となり,扱う銘柄も多く,値動きの激しいものが増え,短期決済が多くなるなど,従前の取引と著しく異なっていることが認められる。

(イ) さらに,甲17及び弁論の全趣旨によれば,本件信用取引の売買回転率(買付総額を顧客の平均投資額で除したもの)は,61.15である。一般的に過当性判断の基準数値とされている売買回転率6であったとしても,投資資金の総体が2か月に1回回転することになり,個人投資家が的確な投資判断をすることは極めて困難であると考えられるが,本件はこれを遙かに上回る結果となっていることが認められる。控訴人らが主張するとおり,売買回転率は絶対のルールではないが,少なくとも取引の頻度を表す一つの指標にはなり得るのであって,これを軽視することはできない。被控訴人が30年に及ぶ株式取引の経験者であること,当時IT関連銘柄の人気が高かったことは上記認定のとおりであるが,そのことを考慮しても,本件信用取引の売買回転率は,被控訴人の的確な投資判断を可能ならしめる限界を超えたものというべきである。

(ウ) また,手数料率(生じた手数料を平均投資額で除したもの)も,約40%(手数料1604万5631円÷平均投資額3989万8934円)となり,投資額のうちかなりの額が手数料となっていると認められる。

(エ) 以上によれば,過当性の要件が具備することは明らかというべきである。

イ 次に,口座支配性の要件について検討する。

(ア) 証券会社ないし外務員が,顧客の口座を実質的に支配下に置き,顧客の意思決定を完全に排除して自由に取り引きできるような場合に限らず,投資家が適正な判断をすることができる十分な情報を持たず,外務員から提供される情報を的確に分析し理解する状況になく,外務員の判断に従うほかはないというような状況にある場合もなお,当該外務員は口座を支配しているものと評価すべきである。

(イ) しかるところ,上記アで説示した状況,殊に異常なほど高い売買回転率にかんがみると,被控訴人が自主的に適正な投資判断をし,本件信用取引を行うことは,被控訴人の株式取引の経験を考慮しても,およそ不可能であったと認められる。

この点,控訴人らは,本件信用取引は,被控訴人からの控訴人Y1への携帯電話を通じての指示によって行われ,その結果は,その日又は翌日の控訴人Y1からの電話のほかに,取引報告書,信用取引計算報告書,残高報告書の送付によって報告されており,被控訴人は,本件信用取引の具体的内容を逐一把握していた旨主張する。

確かに,控訴人Y1は,被控訴人の携帯電話に時折架電していたことが認められ(乙30の1ないし4),被控訴人自身控訴人Y1の処理を平成12年9月ころまで了解していたのであるから,先にも述べたように完全な一任勘定取引とまでいうことは困難であるが,これほどまでに頻回の取引について,公務員として職務従事中の被控訴人が,控訴人Y1と携帯電話で会話することで取引の具体的内容・方針について十分に理解できたとは考え難く(例えば,平成12年2月4日には,7回の取引が行われており,控訴人Y1から被控訴人の携帯電話に2回かけられているが,会話時間は合計でも1分14秒にすぎず,すべての取引について具体的な指示があったとするためには,被控訴人から5回架電したことになるが,そのようなことは困難というべきである。),また,被控訴人が本件信用取引の個々の銘柄に特段の強い関心を示していた形跡はほとんど認められず,控訴人Y1の推奨銘柄に異議を述べた事実を認めるべき証拠もない。したがって,本件信用取引を主導したのが控訴人Y1であったことは否定できないというべきである。

(ウ) そうすると,口座支配性の要件も満たしていると考えられる。

ウ 悪意性の要件について検討する。

(ア) 上記のとおり,過当性・口座支配性が認められる以上,控訴人Y1に故意ないし悪意があったことは,極めて強く推測される。

(イ) のみならず,既に認定したとおり,控訴人会社の体質として,営業成績が極めて重視される面があったこと,実際,一任勘定取引が発覚して是正指導を短期間に2度も受けていること,本件信用取引開始に伴って,控訴人Y1の営業成績が顕著に上向き,同取引の大部分が終了し,損が出始めた平成12年6月ころを境に,再び営業成績が低迷し始めていること,本件信用取引の大部分が行われたのは実質的には平成11年12月から平成12年3月ころまでの3ないし4か月の間にすぎないが,控訴人会社は短期間のうちに1600万円を超える高額な手数料を得ていることを総合すると,控訴人Y1の故意ないし悪意は優に認められるというべきである。

エ 以上により,控訴人Y1は過当取引に及んだものであり,不法行為責任を負い,控訴人会社も使用者責任を免れないというべきである。

5  争点(1)-エ(損失補填の有無)について

被控訴人は,控訴人Y1において損失補填を行ったと主張し,具体的には,平成12年4月19日に被控訴人口座に証拠金として234万円が入金されているところ(別紙4),この入金は控訴人Y1が他から借り入れて入金したものであるという。しかし,その経緯については争いがあるが,証拠(甲4,20,原審証人B,同被控訴人本人,同控訴人Y1本人)によれば,上記証拠金の支払は第三者から被控訴人の名前で借りた金員が差し入れられ,その借金の弁済をしたのも被控訴人であると認められるから,結果的には損失補填をしたことにはならない。

また,控訴人Y1が「全責任を持つ」と述べたことがあるとしても,そのことが直ちに損失補填意思を示すものとも解し難い。

6  争点(2)(過失相殺)について

(1)  上記のとおり,控訴人Y1には違法行為が認められるが,反面,被控訴人にも,自己責任の原則に照らし,以下に述べる過失がある。

ア すなわち,被控訴人は,株式取引の経験年数が30年にわたり,過去に自ら信用取引も行っていたのであるから,信用取引についての知識に乏しかったとはいえないのみならず,過去に信用取引において700万円ないし800万円もの損失を出した経験があり,信用取引の危険性は十分に理解していたと認められる。

イ そして,被控訴人には,控訴人会社から取引報告書,信用取引計算報告書,毎月の取引明細,残高報告書などの報告書類が送付されていたのであるから,被控訴人はそれを計算することで本件信用取引の状況を知ることのできる立場にあった。また,被控訴人は,平成12年2月24日には554万円の追証金を拠出しており(別紙4),少なくともその段階で,取引に大きな損が出ていることを明確に認識していたはずであり,本件信用取引の状態を把握する機会も十分にあったというべきところ,なおも本件信用取引を継続している。

ウ 本件信用取引が異常なほどの高回転率で進捗していることは上記説示のとおりであり,株式取引の経験豊富な被控訴人がこの異常性を察知し得ないとは考え難い。

(2)  これらの事情に加え,本件で主として違法と評価されるのは過当取引であって,過当取引については,その全体を違法と評価する場合であっても,その取引のうちには,当該投資家の属性や取引状況からみて,正当と評価される取引の範囲も含まれるといえること,損害の評価においても,取引全体の損害を基準とするか,手数料に限定するかによって,損害額が大きく異なるところ,後記のように本件においては取引全体の損害を基準とすべきことなどの事情も総合的に考慮すると,本件については,過失相殺として,その損害から8割を控除するのが相当である。

7  争点(3)(損害額)について

(1)ア  本件信用取引によって被控訴人が被った損害は,全取引終了時の損失額697万3383円(別紙1)と現引した分の損害7076万8866円(別紙2)の合計7774万2249円と認める(現在も被控訴人が保有しているソフトバンク株<別紙2の平成12年4月19日約定分>については,単価4280円とする。この額につき,当審において,当事者から何ら異論が出されていない。)。

この点,控訴人らは,委託証拠金(代用有価証券を含む。)として差し入れ,失ったのと同種・同量の金員及び株式を返還することで損害を填補したことになると主張する。しかしながら,信用取引は,投資家が証券会社から金員ないし株式を借用する形式で行われる取引であり,その取引は,委託証拠金(代用有価証券を含む。)の額を超えてされることが予定されており,その取引の効果は委託証拠金(代用有価証券を含む。)の額等に限定されることなく,取引全体に及ぶのであるから,当該取引による損害は,取引終了時の売買純損失であると考えるのが相当であり,委託証拠金(代用有価証券を含む。)の額等に限定されるべきものではないというべきである。また,投資家は,代用有価証券を証券会社に差し入れてしまえば,以後,これを自由に換価し得る機会を失うのであるから,時価が著しく下がった後でそれと同種・同量のものを返還すれば足りるとの主張は失当である。よって,控訴人らの主張は採用できない。

イ  被控訴人は,本件信用取引期間中の平成11年12月21日と22日に伊藤忠テクノサイエンス株を現物取引し,1263万3920円の利益を得ている(被控訴人において明らかに争っていない。)ところ,同株はIT関連株であって,被控訴人のそれ以前の投資傾向には合わないものであることや,この取引も控訴人Y1によってされたものであることからして,その利益1263万3920円は上記損害額から控除するのが相当である。

ウ  したがって,実損害額は,上記アの7774万2249円から,上記イの1263万3920円を控除した,6510万8329円となる。

エ  なお,過当取引の違法性の本質は,証券会社が顧客の利益よりもむしろ自己の利益を優先して,過大な手数料を取得することにあると考えられるから,過当取引以外に証券会社・外務員側に特段の違法事由がないときは,顧客の被った損害額についても,過当取引が行われた期間中の取引差損全額ではなく,証券会社側が過当取引によって取得した手数料全額に限定して認めるのが相当であると考えられる。

しかるところ,本件においては,既に認定・判示したところからすれば,① 控訴人Y1自身営業成績の低迷打開という極めて個人的な(しかし,当人にとっては切実なものと推認される。)動機に基づいてかなり強引に取引を開始したこと,② その結果,約8か月という短期間の間に113回(売買回転率は61.15)という異常な頻繁取引を事実上一任取引に近い状況で行ったこと,③ 控訴人Y1は,本件信用取引によって著しく営業成績を向上させ,現実に加算金等の利益を得ていること,④ 控訴人Y1は,本件信用取引に関連して2度の降格処分を余儀なくされていること(これは,控訴人会社側が事態を重く見ざるを得なかったことを示すものである。)などの事情を総合勘案すると,控訴人Y1のした過当取引は,社会的相当性を大きく逸脱し,取引全体が著しく不誠実なものと評価されざるを得ず,単に手数料部分のみならず,その全体にわたり違法の瑕疵を帯びざるを得ないというべきである。

以上によれば,上記ウの実損害額の全体が,控訴人Y1の不法行為により生じた損害と判断するのが相当である。。

(2)  過失相殺(8割)による控除をすると,1302万1665円(6510万8329円×0.2)となる。

(3)  弁護士費用は130万円が相当である。

(4)  以上の合計は,1432万1665円となる。

8  結論

以上のとおりであって,被控訴人の控訴人らに対する請求は,1432万1665円及びこれに対する不法行為の後である平成12年12月27日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がない。

よって,本件控訴に基づき,原判決を上記の趣旨に変更し,本件附帯控訴は棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 髙山浩平 裁判官 大島雅弘)

<以下省略>

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