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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1814号 判決 2005年7月26日

控訴人 X41 ほか337名

被控訴人 国 ほか2名

国代理人 中井隆司 佐藤真紀子 小島清二 阪田正己 ほか3名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決中、控訴人X41、同X42、同X43、同X44及び同X45の被控訴人らに対する靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴えをいずれも却下した部分並びに上記控訴人らの被控訴人らに対する各損害賠償請求及びその余の控訴人らの各請求を棄却した部分は、いずれもこれを取り消す。

(2)  控訴人X41、同X42、同X43、同X44及び同X45と被控訴人らとの間で、被控訴人小泉純一郎が平成13年8月13日、内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることを確認する。

(3)  被控訴人らは、連帯して、控訴人らそれぞれに対し、1万円及びこれに対する平成13年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、第1、第2審とも、被控訴人らの負担とする。

(5)  (3)について仮執行宣言。

2  被控訴人小泉純一郎

(1)  本件各控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

3  被控訴人国

(1)  本件各控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

(3)  予備的に、担保を条件とする仮執行免脱宣言。

(4)  予備的に、執行開始時期を判決が被控訴人国に送達された後14日経過した時とすること。

4  被控訴人靖國神社

(1)  本件各控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

以下、別紙「控訴人目録<略>」及び別紙「在韓控訴人目録<略>」の各控訴人は、各目録の控訴人番号(原審における原告番号に対応する。)により、例えば「控訴人1」、「在韓控訴人1」のように表記する。

1  事案の要旨及び訴訟の経過

本件は、原審において、控訴人らを含む原告631名が、被控訴人小泉純一郎(以下「被控訴人小泉」という。)が政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反し、平成13年8月13日に被控訴人靖國神社の施設である靖國神社を参拝したこと(以下「本件参拝」という。)により、それぞれの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して(公権力からの圧迫、干渉を受けずに)自ら決定し、行う権利ないし利益」を侵害されたと主張して、被控訴人小泉及び被控訴人靖國神社に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき、被控訴人国に対し国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき、それぞれ1万円及びこれに対する本件参拝の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、控訴人1,251,412及び在韓控訴人1,664(以下「控訴人1外4名」という。)が、政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反した本件参拝によって、「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して(公権力からの圧迫、干渉を受けずに)自ら決定し、行う権利ないし利益」を侵害されたと主張して、被控訴人ら及び内閣総理大臣小泉純一郎に対し本件参拝の違憲確認を、国家機関としての内閣総理大臣小泉純一郎に対し靖國神社参拝差止めを、被控訴人靖國神社に対し国家機関としての内閣総理大臣小泉純一郎の靖國神社参拝受入れ差止めを求めた事案である。

原審裁判所は、控訴人1外4名の被控訴人らに対する靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴え及び内閣総理大臣小泉純一郎に対する靖國神社参拝差止め請求に係る訴えをいずれも却下し、上記控訴人らのその余の請求及びその余の控訴人らを含む原告らの請求をいずれも棄却した。これに対し、控訴人らが控訴し、第1の1のとおりの判決を求めた。

したがって、当審における審判の対象は、控訴人らの被控訴人らに対する各損害賠償請求及び控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認請求に係る部分である。

2  前提となる事実(証拠の記載がない事実は当事者間に争いがない。)

原判決4頁15行目から同7頁24行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。

(1)  原判決4頁16行目及び同頁25行目の各「被告内閣総理大臣」をいずれも「内閣総理大臣」に改める。

(2)  同5頁1ないし3行目の各「靖國神社」をいずれも「靖國神社」に改め、同頁3行目の末尾に「被控訴人靖國神社は、もと宗教法人登記簿上名称を「靖國神社」としていたが、平成16年9月29日これを「靖國神社」に更正した。」を加える。なお、以下、原判決を引用する部分に現れる各「靖國神社」はいずれも「靖國神社」に改める。

(3)  同5頁23行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」に改める。

3  争点

原判決7頁末行から同8頁10行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。

同8頁1行目、同頁4行目の各「すべての」をいずれも「当審において審判の対象となる各」に、同頁3行目の「前記第1の1」を「損害賠償」に、同頁4、6行目の各「原告ら」をいずれも「控訴人ら」に、同頁6、7行目の各「前記第1の1」をいずれも「被控訴人らに対する損害賠償」に、同頁9行目から10行目にかけての「前記第1の2(1)」を「被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認」に、それぞれ改める。

4  争点に関する当事者の主張

原判決8頁18行目から同47頁18行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、以下のとおり補正する。

同8頁19行目、同22頁8行目から9行目にかけての各「すべての」をいずれも「当審において審判の対象となる各」に改める。

(1)  同8頁20行目、同21頁14行目、同22頁8、10ないし12行目、同23頁15行目、同31頁14行目、同32頁6、7、16行目、同33頁11、13、17行目、同34頁2、6、11、19行目、同35頁17、19行目、同36頁3、11ないし13、15、17、23行目、同37頁1、9、11行目、同38頁13ないし15、17、19、22、24ないし26行目、同39頁1、9、11ないし13行目、同40頁1ないし3行目、同42頁14、15、20、25行目、同43頁6、8行目の各「原告ら」をいずれも「控訴人ら」に改める。

(2)  同14頁15行目、同19頁25行目、同21頁25行目、同26頁22行目の各「、被告内閣総理大臣」をいずれも削る。

(3)  同21頁12行目の「前記第1の1」を「損害賠償」に改める。

(4)  同22頁13行目の「1ないし44」を「1、4、5、7、11、13、14、19、20、23、26ないし29、31、34、35、37、39ないし41、43、44」に、同22頁24行目、同31頁13、18行目、同32頁2行目の各「以外の原告ら」をいずれも「以外の控訴人ら」に、それぞれ改める。

(5)  同22頁25行目の「45ないし520」を「45ないし47、49、53、54、58、61、64、65、77、80、81、83、85、86、88、92、94ないし96、99、103、107、109、112ないし114、120、124、125、133ないし138、141、142、145ないし147、151、153、154、159ないし161、163、166、168、171、172、175ないし178、182、191、195ないし197、199、200、202、204、206、207、209、210、213、215、216、221、223ないし230、239、241、245ないし247、251、252、254、256、264、265、267、269ないし272、275、277、279、283、285、291ないし294、297、299、305、307、311、314、318、319、321、324、325、327、331、333、337、339、342、347、349、351、352、356、358、360、361、365ないし369、372、375、392ないし394、396ないし398、400、403、405、407、409、410、412、417、418、420、421、428、430、433、437、440、449、450、452、454ないし458、461ないし468、470、478ないし480、482ないし485、489、490、492、494、501ないし503、510ないし513、515、518」に改める。

(6)  同38頁25行目、同39頁7行目から8行目にかけての各「前記第1の1」をいずれも「被控訴人らに対する損害賠償」に、同39頁4行目の「原告一人」を「控訴人ら一人一人」に、同43頁17行目の「(前記第1の2(1)の請求関係)。」を「(被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認の請求関係)」に、同45頁8行目の「被告ら」を「被控訴人ら」に、それぞれ改める。

(7)  同46頁12行目の「及び内閣総理大臣」を、同47頁8行目から11行目までを、それぞれ削る。

(8)  同頁15行目から同頁16行目にかけての「前記第1の1のとおり」を「被控訴人らに対し」に、同行目から同頁17行目にかけての「前記第1の2(2)及び(3)のとおり靖國神社参拝」を「被控訴人靖國神社に対し被控訴人小泉の参拝受入」に、同行目の「しているので」を「することができるのであるから」に、それぞれ改める。

(9)  同46頁13行目を削り、同頁14行目の「a」を「(ア)」に、同頁23行目の「b」を「(イ)」に、それぞれ改める。

第3当裁判所の判断

1  判断の要旨

原審における控訴人らを含む原告631名の各請求のうち、当審における審判の対象は、<1>控訴人らの被控訴人らに対する各損害賠償請求及び<2>控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認請求に係る部分であることは、前記第2の1のとおりであるから、当該部分についてのみ判断を加えるに、当裁判所も、控訴人らの上記<1>の各損害賠償請求はいずれも棄却すべきもの、控訴人1外4名の上記<2>の各請求に係る訴えは不適法として却下すべきものと判断する。その理由は、下記3の点を付加するほか、原判決51頁16行目から同52頁25行目まで、同68頁1行目から同75頁4行目までのとおりであるから、これを引用する。ただし、下記2のとおり補正する。

2  原判決の補正

(1)  原判決51頁16行目を「1 控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求について」に、同頁17行目を「(1) 控訴人らの心情等について」に、同頁18行目の「<証拠略>」から同頁20行目の「<証拠略>」までを「<証拠略>」に、同頁22行目の「以外の原告ら」を「以外の控訴人ら」に、同頁24行目の「原告1、3ないし5」から同頁25行目の「及び44」までを「控訴人1、4、5、11、13、14、23、24、26、31、35及び44」に、それぞれ改める。

(2)  同52頁7行目の「原告45、」から同頁11行目の「及び514」までを「控訴人45、58、103、112、113、134、145、153、178、182、209、229、239、245、256、275、305、307、321、349、352、356、412、450、454、462、468、490及び492」に、それぞれ改める。

(3)  同68頁1行目の冒頭の「(4)」を「(2)」に、同頁1、4、15、17、19行目、同69頁7、16、19行目、同70頁17ないし19、22、24、25行目、同71頁1、3、11、13、15、17行目、同72頁15、18行目、同73頁2、24行目、同74頁1行目の各「原告ら」をいずれも「控訴人ら」に、それぞれ改める。

(4)  同68頁8行目の冒頭から15行目の「判決)。」までを以下のとおり改める。

「しかし、控訴人らの主張に係る上記権利ないし利益なるものは、それ自体、概念として曖昧で、その適用されるべき範囲を画しがたく、不明確なものである上に、戦没者及び靖國神社に関する認識の程度や思い入れの大小等の個人的主観的要因によって、その内容に大幅な差異を来すことが明らかで、保護すべき場合を一律に確定することが困難であるなど、法律による保護になじむものとはいいがたい。控訴人らの上記主張は、すでにこの点において採用することが困難なものである。

のみならず、前記1(1)(本判決による補正後のもの)認定のとおり、控訴人らの一部の者らは、本件参拝が自己の信仰や信条に反するため、本件参拝によって自己の信仰や信条に圧迫、干渉が加えられたものと受け止め、怒り、憤り、不快、不安等の感情を抱いたというものであり、要するに、本件参拝によって自己の信仰や信条に基づく主観的感情的平穏が害されたことを問題としている。これらによれば、控訴人らの主張に係る上記権利ないし利益なるものは、結局のところ、控訴人らの個人的な独自の信仰や信条に基づく主観的感情的平穏を、別の言葉で言い換えたものと解するのが相当であり、直ちに法律上保護すべき権利ないし利益と認めることはできない。この点は、自衛官合祀最高裁判決の趣旨等に照らしても、動かし難いものというべきである。

すなわち、自衛官合祀最高裁判決は、「人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことがあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めるできるとするならば、かえって相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは、見易いところである。信教の自由の保障は、何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して、それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕、慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし、あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し、その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は、誰にでも保障されているからである。原審が宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。」と判示しており、本件において控訴人らの主張に係る上記権利ないし利益なるものは、その内容からして、上記最高裁判決のいう「宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるもの」と表現こそ異なるものの、その範疇に含まれるものというべきである。」

(5)  同74頁4行目を「(3) 争点(5)(被控訴人らの損害賠償責任の有無)について」に、同頁5行目の「(4)」を「(2)」に、同行目、同頁6、8行目の各「原告ら」をいずれも「控訴人ら」に、それぞれ改め、同頁6行目の上記補正後の「控訴人らが、」の次に「被控訴人小泉に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとはいえないし、」を加える。

(6)  同74頁11行目を「(4) 控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求についての結論」に、同頁12行目の「原告らの前記第1の1の」を「控訴人らの被控訴人らに対する」に、同頁14行目から同頁15行目までを「2 控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認請求に係る訴えについて」に、同頁21行目の「上記2(4)のとおり」を「上記1(2)のとおり」に、同頁24行目を「よって、控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認請求は、本件参拝が控訴人1外4名の主張する憲法の各条項の」に、それぞれ改める。

(7)  同75頁2行目の「本請求」を「控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝の違憲確認請求」に、同頁3行目の「前記第1の2(1)」を「控訴人1外4名の被控訴人らとの間における本件参拝」に、それぞれ改める。

3  控訴人らの原判決批判

控訴人らは、原判決をるる批判するので、以下、主なものについて判断する。

(1)  判断の順序

控訴人らは、本件における法律要件についての判断順序は、まず本件参拝が憲法20条3項の国又はその機関による宗教活動に該当して違憲といえるかどうかであり、その後に本件参拝が控訴人らの主張する権利ないし利益を侵害したかどうかであるべきであるとし、原判決が違憲判断をしないで被侵害利益の有無の判断をしたことは、不法行為責任の有無を侵害行為の態様と被侵害利益の種類との相関関係において考察すべきとする常道に反し、被侵害利益を侵害行為から切り離した不公正な判断手法によるものであり、最優先の違憲判断を遺脱した致命的な瑕疵がある旨主張する。

しかし、不法行為の成否に関し、侵害行為に関する判断を先にし、被侵害利益に関する判断を後にしなければならない法的根拠は見いだしがたい。被侵害利益なるものが存在しないと判断される以上、侵害行為の態様との相関関係を考察することは無意味であり、侵害行為について判断しなかったとしても、それをもって判断遺脱の瑕疵があるとはいえない。原判決は、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が法的権利ないし利益とはいえないとし、本件参拝によって控訴人らの権利ないし利益の侵害があったとはいえないとして、その余の判断をするまでもないから、違憲判断をしなかったものであり、その判断過程に瑕疵はない。

なお、控訴人らは、本件参拝が違憲である場合、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が被侵害利益性を帯びると主張するかのようである。

しかし、控訴人らの主張する上記権利ないし利益を法律上保護すべき権利ないし利益と認めることはできないことは、前記1(2)(本判決による補正後のもの)に説示したとおりであり、およそ法律上の権利ないし利益といえないものが、他人の行為の違法性ないし違憲性によって、権利ないし利益に昇格し得るなどといった場合があり得るとは考えがたく、この理は、本件参拝が違憲であるかどうかによっても、左右されるものではない。

(2)  被侵害利益

ア 自衛隊合祀最高裁判決の射程

控訴人らは、原判決が、控訴人らの主張する上記権利ないし利益を勝手に「心情ないし宗教上の感情」などと言い換え、自衛隊合祀最高裁判決を引用して、法律上保護すべき権利又は利益であることを否定したのは誤りである旨、同最高裁判決は、宗教的行為に対する私人相互間の利害の調整における権利の相対化の事案であり、本件のような国及びその機関による宗教的行為による私人に対する侵害の事案とは内容を異にしているから、本件の先例にはならない旨主張する。

しかし、控訴人らの主張する上記権利ないし利益なるものの中味は、前記1(2)(本判決による補正後のもの)に説示したとおりであり、結局のところ「心情ないし宗教上の感情」などと言い換えるほかないものというべきである。また、同最高裁判決は「宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。」と判示して、被上告人の主張する利益なるものが法的利益とはいえないことを明示している。元来、民法709条又は国家賠償法1条1項の不法行為における保護の対象となるべき権利ないし利益は、加害者が私人であるか国又はその機関であるかによって左右されるべき性質のものではないことからすると、同最高裁判決が、加害者が私人の場合に限って法的利益の範囲を限定したものとは解しがたい。

したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。

イ 感情の被侵害利益性

控訴人らは、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が心情ないし宗教上の感情であるとしても、これら感情等も法律上保護された権利ないし利益であり得るとし、次のとおり主張する。すなわち、例えば、刑法189条の墳墓発掘罪及び同法190条の死体損壊罪の各規定は、死者に対する宗教感情を保護しようとするものであり、死体解剖保存法7条の遺族の承諾に関する規定及び臓器の移植に関する法律6条の臓器の摘出における遺族の意思確認等の規定は、死体に対する遺族の感情に配慮しており、また、最高裁判所平成3年4月26日判決・民集45巻4号653頁は、水俣病患者認定申請をした者が、長期間にわたり処分庁から応答処分を受けなかったことにより、精神的苦痛を被ったとして、国及び熊本県に対して国家賠償法1条1項、3項により慰謝料を求めた事案について、「認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、人としての内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」と判示し、他にも、遺骨の保管を委託された寺院が、遺骨を別の骨壷に移し替えた際、残った遺骨を遺族に無断で合葬処分したことが、遺族らの宗教的感情や人格的利益を侵害するものとして不法行為を構成するとした下級審裁判例(横浜地方裁判所平成7年4月3日判決・判例時報1538号200頁)等があるなどとして、控訴人らのうち遺族である者らの肉親戦没者の祭祀に関する感情や遺族以外の者らの戦没者の回顧・祭祀を考える真剣な感情は、いずれも法律上保護すべき権利ないし利益たり得るものというのである。

しかし、上記指摘の各法律規定は、国民の宗教感情という社会的法益の保護や死体の損壊に際しての違法阻却等の必要性等、個人の宗教感情の保護そのものとは趣旨を異にする別の社会的要請に依拠して制定されたものと解すべきであり、これらがあるからといって、直ちに個人の心情や宗教的感情をもって不法行為法上の保護法益とすべき根拠とはなしがたい。

また、上記指摘の最高裁判決は、水俣病の認定申請をした患者たる被上告人とその申請に対して応答処分をする作為義務を負いながら長期間にわたって応答処分をしないとされた処分庁側の上告人国及び熊本県との間の事案において、「人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。」と判示したものであり、申請者とその応答処分をする側といった直接の法律上の利害関係にある者同士の間の当該法律上の義務違反を巡って生じた精神的苦痛が甚だしく、社会通念上甘受すべき限度を超えるときは、法的に保護すべき場合があり得るとしたものと解される。したがって、本件参拝を巡って何らの直接の法律上の利害関係にない被控訴人らと控訴人らとの間に係る本件事案とは、明らかに事例を異にしており、上記最高裁判決があるからといって、控訴人らの本件参拝を巡る心情ないし宗教上の感情を直ちに法律上保護すべき権利ないし利益として扱うべきことにはならない。

上記遺骨の保管を委託された寺院と遺族らの間に関する横浜地方裁判所判決も同様、遺骨の保管について直接の法律上の利害関係にある者同士の間における当該法律上の義務違反を巡って生じた精神的苦痛に関する事案というべきであり、本件とは明らかに事例を異にする。

したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ 自己決定権

控訴人らは、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が、心情や宗教的感情といったものとは次元の異なる人格的権利ないし利益である自己決定権ないし人格的自律権であるとし、以下の二つの最高裁判決が宗教に関わる自己決定権を認め、尊重する判断をしたと評価できるから、控訴人らの主張する権利ないし利益も法律上保護されるべき権利ないし利益として認められるべきである旨主張する。すなわち、まず、最高裁判所平成8年3月8日判決・民集50巻3号469号は、信仰に基づく剣道実技の拒否を理由とする退学処分は「その内容それ自体において被上告人に信仰上の教義に反する行動を命じたものではなく、その意味では、被上告人の信教の自由を直接的に制約するものとはいえないが、しかし、被上告人がそれらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である。」と判示し、宗教的信念に基づいて剣道実技の履修を拒否するかどうかについて、生徒自身の決定権を尊重すべきであるとした。次に、最高裁判所平成12年2月29日判決・民集54巻2号582頁は、信仰に基づいて輸血を拒否している患者に無断で輸血した病院側の行為について「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を行う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。」と判示し、病院側が宗教上の信念に基づき輸血を伴う医療行為を拒否するかどうかを決定する患者の権利を侵害したから、侵害された患者の精神的苦痛を慰謝する責任があると判断した、というのである。

しかし、上記前者の最高裁判決は、市立高等専門学校の校長が、信仰上の理由により剣道実技の履修を拒否した学生に対し、必修である体育科目の修得認定を受けられないことを理由として二年連続して原級留置処分をし、さらに、それを前提として退学処分をした場合において、当該学生は、信仰の核心部分と密接に関連する真摯な理由から履修を拒否したものであり、他の体育種目の履修は拒否しておらず、他の科目では成績優秀であった上、右各処分は、同人に重大な不利益を及ぼし、これを避けるためにはその信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせるという性質を有するものであり、同人がレポート提出等の代替措置を認めて欲しい旨申し入れていたのに対し、学校側は、代替措置が不可能というわけでもないのに、これにつき何ら検討することもなく、右申入れを一切拒否したなど判示の事情の下においては、右各処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものというべきであるとしたものであるにとどまり、それ以上に、宗教上の自己決定権を法律上保護すべき権利として認め、或いは、その概念、成立要件、法律効果等について判断を示したものでないことは、判決文から明らかであり、そこに、控訴人らの主張する上記権利ないし利益を法律上保護されるべき権利ないし利益とするに足りる拠り所を見いだすことはできない。

次に、上記後者の最高裁判決は、医師が、患者が宗教上の信念からいかなる場合も輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有し、輸血を伴わないで肝臓の腫瘍を摘出する手術を受けることができるものと期待して入院したことを知っており、当該手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、ほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しないで当該手術を施行し、患者に輸血をしたなど判示の事実関係の下においては、当該医師は、患者が当該手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪われたことによって被った精神的苦痛を慰謝すべく不法行為に基づく損害賠償責任を負うとしたものである。すなわち、医師が手術に当たって説明義務を負ったのに、これを怠ったことにより、患者が手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪ったものであることを理由に、不法行為責任を負う旨、当該事実関係を前提とした事例判断を示したものであり、患者の人格権の一内容としての自己決定権が不法行為法上保護される利益であることを明確にしたものとはいえても、それ以上に、宗教上の自己決定権を法律上保護すべき権利と認め、尊重すべきものする旨の判断を示したものとはいえない。したがって、上記判決をもって、控訴人らの主張する上記権利ないし利益を法的権利ないし利益とする根拠とはなしがたい。

よって、控訴人らの上記主張は採用できない。

エ マスコミを利用した圧迫・干渉・萎縮効果

控訴人らは、本件参拝は、公権力が控訴人らをはじめとする国民一般に対し、戦没者が靖國神社に祀られるべきであるとの一方的観念を、影響力のあるマスメディアを利用して極めて強力かつ効果的に受け入れさせようとする意図の下に実施し、訴訴人らの信仰や戦没者の回顧・祭祀に関する自己決定権に対する圧迫・干渉・萎縮効果をもたらしたとも主張するが、控訴人らの主張する上記権利ないし利益あるいは自己決定権なるものが法律上保護すべき権利ないし利益とは認められないことはこれまでに述べたとおりであるほか、本件参拝が上記のような意図の下に行われたことや、控訴人らの何らかの権利に圧迫・干渉・萎縮効果が生じたことをうかがわせるような事情も見出しがたく、上記主張は採用の限りではない。

(3)  違憲確認の利益

控訴人1外4名は、被控訴人小泉が本件参拝後も再三靖國神社への参拝を繰り返し、今後も参拝する旨公言してはばからないから、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が侵害されることが必至であり、控訴人1外4名の法律的地位が現に著しい危険又は不安に曝されているとして、その除去のため、本件参拝の違憲確認を求める必要がある旨主張する。

しかし、控訴人らの主張する上記権利ないし利益が法律上保護される権利ないし利益とはいえず、本件参拝によって侵害を受けたともいえないから、控訴人1外4名が求める本件参拝の違憲確認請求が、その法律的地位にかかわらない法律関係の確認を求めるものとして、確認の利益がないことは、前記2(1)(本判決による補正後のもの)説示のとおりである。このことは、上記のような参拝の繰り返しや公言があることによって、左右される性質のものではない。

(4)  控訴人らは、その他るる主張するが、いずれも当裁判所の判断を左右するに足りない。

第4結論

以上の次第で、控訴人1外4名の本件参拝の違憲確認請求に係る各訴えをいずれも却下し、控訴人らの被控訴人らに対する各損害賠償請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、本件各控訴はいずれも理由がない。

よって、本件各控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大出晃之 矢延正平 田中一彦)

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