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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1888号 判決 2005年9月30日

控訴人 X48 ほか187名

被控訴人 国 ほか2名

国代理人 中井隆司 細野隆司 小澤満寿男 竹内秀昭 佐藤真紀子 山村都晴 小島清二 阪田正己 半田勝秋 ほか3名

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人らそれぞれに対し、連帯して1万円及びこれに対する平成15年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

4  2につき仮執行宣言

第2事案の概要

本件は、被控訴人国の内閣総理大臣である被控訴人小泉純一郎(以下「被控訴人小泉」という。)が、平成13年8月13日、平成14年4月21日及び平成15年1月14日、被控訴人靖國神社が設置している靖國神社(以下「靖國神社」という。)に参拝(以下、平成13年8月13日の参拝を「本件第1参拝」、平成14年4月21日の参拝を「本件第2参拝」、平成15年1月14日の参拝を「本件第3参拝」と、各参拝を合わせて「本件各参拝」とそれぞれいう。)したところ、控訴人らが、本件各参拝により、戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するかしないかに関して、公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し行う権利ないし利益を侵害されたとして、被控訴人国に対しては、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、被控訴人小泉及び被控訴人靖國神社に対しては、民法709条に基づき(被控訴人小泉については故意又は重過失があったとして)、連帯して、控訴人らそれぞれにつき損害賠償金1万円及びこれに対する最後の不法行為の日(本件第3参拝の日)である平成15年1月14日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  控訴人ら

別紙日本在住控訴人目録記載の控訴人らは現在日本に、別紙台湾控訴人目録記載の控訴人らは現在台湾にそれぞれ在住しているが、いずれも、被控訴人小泉の本件各参拝により後記のとおり権利ないし利益を侵害されたと主張する者らである。

(2)  被控訴人小泉

被控訴人小泉は、本件各参拝当時、内閣総理大臣の地位にあった者である。

(3)  被控訴人靖國神社

被控訴人靖國神社は、宗教法人法に基づき、東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって、宗教施設である靖國神社を設置している。

(4)  本件各参拝

被控訴人小泉は、平成13年8月13日(本件第1参拝)、平成14年4月21日(本件第2参拝)及び平成15年1月14日(本件第3参拝)にいずれも靖國神社に参拝した。

2  争点

(1)  本件訴えの適否

(被控訴人小泉)

控訴人らによる被控訴人小泉に対する本件訴えは、憲法によって保障された被控訴人小泉の思想信条の自由、信教の自由を侵害する不当な目的でなされた政治目的実現のためのものであって、その違法性の程度は極めて著しく、訴訟提起自体を不適法とするものと評価されるから、控訴人らの本件訴えは、却下を免れない。

(控訴人ら)

争う。

(2)  本件各参拝の職務行為性

(控訴人ら)

国賠法1条の「その職務を行うについて」とは、加害行為が、<1>職務行為自体を構成する場合はもちろん、<2>職務遂行の手段としてなされた場合や、<3>職務の内容と密接に関連し職務行為に付随しなされる場合も含み、また客観的に職務行為の外形を有すれば足り、真実職務行為かどうかも、加害公務員が有した個人的な目的や私的な意図も問わないものと解される。

外形標準説は、事実的不払行為の場合も職務行為の判断基準になりうるものである。

内閣総理大臣の行為について、「個人行為」と「職務行為」の他に、「地位に伴う行為」という分類を認めることはできない。

そして、本件各参拝は、その外形的事実に、その前後の状況や事情をも参照して客観的に観察し、総合的に判断すれば、以下のとおり、客観的に職務執行の外形を備える行為というべきである。

ア 被控訴人小泉は、本件各参拝について、公用車を使用した。被控訴人小泉が、警備上の都合、緊急時の連絡の必要などから、私人としての行動の際にも、必要に応じて公用車を使用することがあったとしても、公用車を使用することは、客観的に職務行為の外形を備える行為の重要な構成要素となる。

イ 被控訴人小泉は、本件各参拝に際し、靖國神社において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し、さらに、献花に付された名札に「内閣総理大臣小泉純一郎」と記載させた。被控訴人小泉は、公私の区別が議論されている時に、しかもいつもは肩書を書かないのに、あえて上記のような記帳等をした。記帳に当たり、その地位にある個人を表すために肩書を付したとしても、これを客観的にみれば、職務行為の外形を備える行為の重要な構成要素となる。

ウ 被控訴人小泉は、本件各参拝に際し、秘事官とともに靖國神社に赴いた。緊急時の連絡の必要などからであったとしても、秘書官とともに靖國神社に赴いたことは、客観的に職務行為の外形を有しているとの判断要素の一つとなる。

エ 被控訴人小泉は、内閣総理大臣に就任前の自由民主党(以下「自民党」という。)総裁選挙において、就任したら内閣総理大臣として靖國神社に参拝することを公約しており、就任後も、国会等で、再三、内閣総理大臣として参拝を行う旨の発言をして、国内外の注目を集めていた。

オ 被控訴人小泉は、本件第1参拝の日である平成13年8月13日、自民党幹事長、内閣官房長官及び首相秘書官と協議した後、参拝を行うことを決定した。

被控訴人小泉は、本件第1参拝に先立ち、内閣官房長官に談話を発表させている。

被控訴人小泉は、本件第1参拝後、靖國神社の広間に留まり、記者団に対し、公式参拝か私的参拝かについては、「私はこだわらない。総理大臣である小泉純一郎が心を込めて参拝した。」と語り、内閣総理大臣の資格での参拝であることを否定しなかった。

カ 被控訴人小泉は、本件第2参拝の際、1時間以上も報道陣が来るのを待ち、報道陣が到着してから、テレビに放映させて参拝している。これは、本件参拝を私事にとどめるのではなく、参拝を広く国内外に報道させて、内閣総理大臣として、公務として行うことを伝達する意図があったものである。

被控訴人小泉は、本件第2参拝の後、靖國神社の広間で、記者団に対し「(参拝は)1年に1度と思っている。」と語り、内閣総理大臣の参拝を要求する一部の国民の期待に応えている。被控訴人小泉は、本件第2、第3参拝の後の発言で、内閣総理大臣の資格での参拝であることを否定しなかった。

キ 被控訴人小泉は、本件第1参拝以降、「内閣総理大臣である」と発言するにとどまり、「内閣総理大臣として」との発言をしていないが、「内閣総理大臣である」と述べることにより、政治的効果を狙っている。公私の問題について質問されても、終始「内閣総理大臣小泉純一郎が心を込めて参拝した。」と答え、公約を守って内閣総理大臣の資格で参拝したと理解されることを意図していた。平成15年1月28日の参議院予算委員会においては、「私が首相である限り、時期にはこだわらないが、毎年靖國神社に参拝する気持ちに変わりはない。」と述べた。

被控訴人小泉は、本件各参拝の後である平成16年4月7日に私的参拝である旨発育したが、明言してはおらず、この発言だけで、本件各参拝が私的参拝になるともいえない。

ク 本件各参拝は、政府の行事として実施することが決定されたものとはいわないが、内閣総理大臣が行うすべての行為にそのような決定ないし閣議決定が必要とする根拠はない。

ケ 被控訴人国は、本件各参拝の際、玉ぐし料、献花料を公費で支出していないが、これは職務行為性を払拭する要因とはなり得ない。その他の経費(公用車の利用・ガソリン代・運転手、秘書官及び警備要員の賃金・移動経費等)はすべて公費でまかなわれた。

コ 政府統一見解が、本件各参拝を私人の立場での参拝としていても、これは国賠法1条1項の解釈を誤っており、被控訴人小泉を長とする政府の見解は、何ら合理的判断資料になりえない。

政府統一見解は、政教分離原則違反の批判・攻撃をかわすために、時の権力がその時代の政治情勢に応じて作文した政治的意見に過ぎない。

サ エの事実や靖國神社の性格等に照らすと、被控訴人小泉は、本件各参拝を、個人の宗教的動機に基づいて行ったのではなく、むしろ極めて強い政治的動機・目的・配慮から敢行したと言い得る。

(被控訴人国)

ア 内閣総理大臣の地位にある者であっても、私人として憲法上信教の自由が保障されているので、私人の立場で神社、仏閣等に参拝することは自由である。そして、神社、仏閣等への参拝は、宗教心の表れとして、すぐれて私的な性格を有するものであり、特に政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか、玉ぐし料等の経費を公費で支出するなどの事情がない限り、参拝は私人の立場での行動と見るべきである。

(ア) 本件各参拝は、いずれも閣議決定等によりこれを政府の行事として実施することが決定されたものではなく、献花代は被控訴人小泉の私費により賄われており、玉ぐし料等の経費が公費で支出された事実はない。

(イ) 被控訴人小泉は、ほかの閣僚を伴わないで本件各参拝をした。

(ウ) 被控訴人小泉は、本件各参拝以後現在に至るまで、本件各参拝に関して「内閣総理大臣として」の資格で参拝したことを示すような発言を一切していない。かえって、平成16年4月7日等には、本件各参拝が私人の立場でなされたものであることを明言している。本件訴訟及び同種訴訟でも、一貫して内閣総理大臣の職務として参拝したものではない旨主張している。

(エ) 本件各参拝に際して、被控訴人小泉は、「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し、献花に付された名札には「内閣総理大臣小泉純一郎」との記載がされていたが、被控訴人小泉は、その地位を示す肩書として「内閣総理大臣」と付記したものである。地位を示す肩書を付記することは、その地位にある個人を表す場合に慣例としてしばしば用いられており、肩書を付したからといって私人の立場を離れたものと考えることはできない。

(オ) 本件各参拝に際して、被控訴人小泉は、公用車を利用しているが、内閣総理大臣を含む閣僚の場合、警備上の都合、緊急時の連絡の必要等から、私人としての行動の際にも、必要に応じて公用車を使用しており、秘書官とともに靖國神社に赴いたことについても、同様に緊急時の連絡の必要などからであって、公用車を利用したり、秘書官とともに靖國神社に赴いたからといって、被控訴人小泉の行動が、私人の立場を離れたものとはいえない。

(カ) 被控訴人小泉の内閣総理大臣就任前の発言は、公式参拝を認める根拠とはなり得ず、その就任後においては、平成13年7月10日閣議決定の政府答弁書で、被控訴人小泉において、公的な資格で参拝するかどうか慎重に検討しているところであると答弁している。

(キ) 本件第1参拝に先立ち、内閣官房長官が被控訴人小泉の談話を発表したのは、被控訴人小泉個人の真情等を国民に明らかにするためである。

被控訴人小泉が、テレビ取材陣を呼び寄せたとの主張は根拠がない。

(ク) 神社等への参拝行為が内閣総理大臣の資格で行われたかどうか、職務の外形を有しているかどうかを区別する基準として、上記ア冒頭及び(エ)の記帳に関する見解、(オ)の公用車利用に関する見解のような内容の政府統一見解が、これまで重ねて明らかにされている。上記基準に関する政府統一見解は、二十数年一貫している。内閣総理大臣の地位にある者が、その資格で行動する場合には、政府統一見解に基づいて行動する。したがって、本件各参拝が内閣総理大臣の資格で行われたものかどうかは、この政府統一見解に従って判断されるべきである。

政府の見解は、本件各参拝をいずれも私人や立場でのものとしている。

以上の各事情を総合的に考慮すれば、本件各参拝は、いずれも内閣総理大臣としての資格で行われたものではなく、被控訴人小泉が私人の立場で行ったものであって、外形的にも内閣総理大臣の資格で行われたと見ることはできず、国賠法1条1項の「その職務を行うについて」の要件に該当しない。

イ 事実的法律行為の場合、被害者が外形を信頼する場面ではないことから、外形は職務行為の判断基準になり得ない。

国賠法においては、相手方が適法な職務遂行であると思った場合にのみ責任が生ずる余地があるところ、控訴人ら自身、内閣総理大臣がその職務行為として靖國神社に参拝することは適法ではあり得ないと主張し、適法な職務行為についての信頼を置いているわけではないから、そもそも外形標準説を用いて「その職務を行うについて」の要件を判断することはできない。本件において、上記要件は、行為の外形のみから判断するのではなく、実体的に本件各参拝が内閣総理大臣の職務行為として行なわれたかどうかを問題とするのが相当である。

ウ また、行為の外形による判断は、本件各参拝自体の外形によってなされるべきであり、その前後の事情は行為の外形を構成するものではない。

本件各参拝は、閣議決定等により政府の行事として実施されたものではないこと、献花代は公費で支出されたものではなく、かえって被控訴人小泉の私費により賄われていることから、その外形上も内閣総理大臣の職務行為として行われたものではない。秘書官とともに公用車で赴いたことや記帳、献花に付された名札については、これらをもって内閣総理大臣の職務執行であると外形上判断することはできない。したがって、本件各参拝は、外形標準説の立場からも、客観的外形的に国の機関としての内閣総理大臣の行為と判断することはできず、「その職務を行うについて」に該当するとはいえない。

(3)  本件各参拝の違憲性

(控訴人ら)

ア 政教分離原則の意義・機能

信教の自由は、明治憲法下にあっては、「安寧秩序を妨げず及び臣民たる義務に背かざる限りにおいて」との留保付きの保障に過ぎないものであったために、「神社非宗教論」と結びついた国家神道のばっこを許し、信教の自由は完全に形がい化された。そして、神社参拝は「臣民」の義務とされたことから、狂信的な「現人神・天皇教」と不可分一体となった国家神道体制のもと、信教の自由は無に等しいものとなった。

国家神道体制は戦後、制度としては解体されたが、国家神道の中核をなした靖國神社はそのまま残っており、国家権力がこれと結びつけば、国家神道が復活可能な状況は現に存在している。戦前戦中の宗教弾圧を招いた国家神道の基となった「神社非宗教論」が、過去の遺物となったと言い得るかは、なお疑問がある。わが国には他人とりわけ少数者の宗教に対してむしろ極めて不寛容な風土がある。

津地鎮祭訴訟上告審判決以来、最高裁が採り続ける目的効果論には、本来少数者の保護を目的とする信教の自由の本質を看過し、憲法20条3項にいう「宗教的活動」の定義に「一般人の宗教的評価」や「社会通念」を持ち出して、神道による地鎮祭の「宗教的活動」性を否定するなど、政教分離を緩やかに見ようとする思考が見られる。

しかし、上記歴史的背景、社会的状況からは、日本国憲法の政教分離原則は、これを厳格に解しなければならない。

イ 被控訴人靖國神社の宗教団体性

被控訴人靖國神社は、宗教法人法に基づき、東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって、宗教上の教義、施設を備え、神道儀式に則った祭祀を行う宗教団体(宗教法人法2条)であり、神道の教義をひろめ、儀式行事を行い、また信者を教化育成することを主たる目的とする神社である。

ウ 本件各参拝の目的

(ア) 靖國神社の本殿には礼拝の対象である祭神が奉斎されており、靖國神社の祭神は、控訴人らの親族を含む戦没者の霊である。被控訴人小泉は、靖國神社本殿に昇殿し、戦没者の霊を集った祭壇に黙とうした後、深く一礼を行ったが、宗教法人の宗教施設において、その祭神に拝礼することは、典型的な宗教行為であって、社会通念・常識に照らして、宗教的意義を持つことは明らかである。

(イ) 被控訴人小泉は、自民党総裁選中から、内閣総理大臣就任後終戦記念日に靖國神社へ参拝することを明言し、固執し、これに再考を促す自民党内部からの意見にも、野党の批判にも、韓国、中国等からの中止要請にも耳を傾けようとしなかった。

一方、平成13年5月14日、衆議院予算委員会で、被控訴人小泉は、戦没者の追悼のための儀式として、「終戦記念日に行われる政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはない。」と述べ、現に本件第1参拝後、同年8月15日の武道館における全国戦没者追悼式に内閣総理大臣として出席し、式辞を読んでいる。

ところが、被控訴人小泉は、「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが、靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない。」、「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祭られているからいけない、ともとらない。私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝する。」(同年5月14日衆議院予算委員会での答弁)などと、内閣総理大臣として靖國神社に参拝することに強くこだわった。

これは、本件各参拝が政治的動機・目的に基づくものであり、政治目的で宗教を利用したことにほかならない。

(ウ) 政府主催の全国戦没者追悼式が毎年実施されており、被控訴人小泉も国を代表してこれに出席したように、戦没者を追悼することは、宗教的行為によることなく可能である。にもかかわらず、あえて内閣総理大臣としての靖國神社参拝を加えなければならない理由は何もない。

仮に、被控訴人小泉のいう「戦没者に敬意と感謝をささげる。」ことが、追悼以上の何らかの意味を包含するものであっても、宗教に関わりなく、また特定の宗教と特別のかかわり合いを持つ形でなくてもすることが可能であり、まして、これをする形が、内閣総理大臣としての靖國神社参拝以外にありえないというものではない。

にもかかわらず、被控訴人小泉は、本件各参拝を行った。

エ 本件各参拝による効果

(ア) 被控訴人小泉が、国を代表して内閣総理大臣として靖國神社に本件各参拝をするという形で特別のかかわり合いを持ち、しかも内外からの厳しい批判にもかかわらず3度までも参拝したことは、一般人に対して、被控訴人国が靖國神社を特別に支援しており、靖國神社がほかの宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、靖國神社という特定の宗教への関心を呼び起こすものである。

(イ) さらに、被控訴人小泉は本件第1参拝後に記者会見し、首相談話まで発表し一層国内外の耳目を集めたこと、マスコミ各社が靖國神社創建以来の歴史にまでさかのぼって解説する特集記事や特別番組を組んだこと、靖國神社のインターネットホームページへのアクセス件数が急増したことから、本件第1参拝は、一般人に対して靖國神社への関心を呼び起こすのに絶大な効果をもたらした。さらに、被控訴人小泉は、本件第2、第3参拝を続け、今後も靖國神社参拝を継続する意志を表明していることからすれば、靖國神社が国の機関によってほかの宗教施設とは異なる特別の扱いをされていることを一層強く印象づけたといえる。

(ウ) 愛媛玉串料違憲訴訟において、上告審判決は、玉ぐし料の支出という現場に出向かない行為ですら、県が靖國神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができないと断定している。この玉ぐし料の支出との比較からすれば、国民と世界が注視している中で、被控訴人小泉が内閣総理大臣として行った本件各参拝ではなおのこと、被控訴人国が靖國神社との間にのみ、極めて意識的に、特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。

オ 以上の事情から判断すれば、被控訴人小泉が被控訴人国を代表し内閣総理大臣として靖國神社に本件各参拝をしたことは、愛媛玉串料訴訟上告審判決が県の玉ぐし料支出を宗教的活動と判断したよりさらに明確に、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる被控訴人国と靖國神社のかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たるというべきである。

カ よって、被控訴人小泉が被控訴人国の内閣総理大臣として敢行した本件各参拝は、政教分離原則に違反し、明確に違憲である。

(被控訴人国)

ア 仮に、本件各参拝が外形的には内閣総理大臣としての資格で行われたものと見得るとしても、憲法20条3項にいう「国及びその機関」の活動に該当しない。

前記のとおり、憲法20条3項にいう「国及びその機関」の活動であるかどうかについては、外形で判断される性質のものではないから、外形標準税の適用はなく、実体的に国及びその機関の行為でなければならない。

本件各参拝は、被控訴人小泉の私人としての行為であって、国の機関としての内閣総理大臣の行為の実体はなく、政府の認識も同様である。

イ したがって、本件各参拝に憲法20条3項は適用されず、国賠法1条1項の違法が認められない。

(4)  被控訴人小泉による法的利益の侵害

(控訴人ら)

ア 靖國神社の性質

(ア) 戦前

a 靖國神社は、戦前日本において、旧植民地人民を含む国民を国家神道によって統合する宗教施設であるとともに、忠君愛国思想を国民から調達し軍国主義を精神的に支える軍事施設でもあった。

そして、靖國神社は、明治初期から太平洋戦争の敗戦に至るまで、天皇及びその祖先神への崇拝を国家が強要する祭政一致の政治体制である国家神道体制の中核に位置する国家機関であった。

また、国民は、天皇のためにその命を捧げなければならず、天皇のため戦死すれば、靖國神社は英霊として祭祀・顕彰し、その死を正当化し美化することによって、軍国主義の精神的支柱としての役割を果たしていた。

b 戦前日本の軍国主義は、天皇の統帥権をかさにきた軍部の専横のみならず、「八紘一宇」に代表されるような独善と覇権の思想、「現人神」天皇制と国家神道のもとで培われた忠君愛国、滅私奉公等近代の自我を排する当時の国民の道徳観・世界観が、その生成に大きな力を与えている。

このような国民の道徳観・世界観が、国民の側から自発的に生まれたものではなく、徹底した皇民化教育すなわち国家神道の宗教教育によって国家が強制したものである。皇民化政策は、植民地人民に対しては、創氏改名を始めとして、異民族性を徹底的に解体するなど、し烈を極めた。

c 靖國神社は、天皇のために戦死した者を神として祭ることによって、皇民化政策を明確な死生観、宗教観念によって支えた。

国家と靖國神社は、遺族に何の断りもなく、戦没者の霊を、靖國神社に合祀し、英霊すなわちすぐれた人の霊魂として扱った。それによって、累々と続く戦死は正当化され美化された。国家は、戦争に駆り出された兵士に、戦死が犬死だとの疑念を挟ませず、その怨念を生前から鎮めるために、皇国史観を教育し、靖國神社に祭られることが栄誉であるかのような意識を帝国臣民に植え付け、靖國信仰を強制していった。靖國神社はこのような宗教的、思想的装置であるとともに、軍国主義日本の象徴であり、植民地人民も含めて帝国臣民を戦争に向けて統合する精神的装置として、軍事施設でもあった。

(イ) 戦後

a 戦後、被控訴人靖國神社が設立され、靖國神社は、国家管理から離れたが、戦没者を英霊として慰霊・顕彰することにより、戦死をほかの死としゅん別し、戦死を尊いものとして褒めたたえており、本質は戦前と変わっていない。

b 民間の宗教法人である被控訴人靖國神社が、靖國神社を管理するようになったものの、靖國神社は戦後も引き続き国家から特権を受けてきた。厚生省(現厚生労働省)は、陸軍省や海軍省に代わって、被控訴人靖國神社に対し、靖國神社に祭る戦没者の名簿を作成して交付し、被控訴人靖國神社は、この名簿により、新たな祭神を霊璽簿に書き加え合祀してきた。祭神として祭るべき戦没者の選択は、被控訴人靖國神社の教義と礼拝行為の中核的作業であり、その宗教行為は、国家の特別の便宜供与によって成り立ってきた。

また、被控訴人靖國神社は、内閣総理大臣の公式参拝を求めているだけではなく、天皇による靖國神社への参拝の復活をも悲願としている。被控訴人靖國神社が、国家機関による参拝を求めるのは、憲法が定める「いかなる宗教団体も国家から特権を受けてはならない」との禁止条項に反する。

c 被控訴人靖國神社には、戦没者を顕彰、賛美する姿勢は見られても、我が国の戦争、とりわけ、我が国のみならず、中国、朝鮮半島をはじめアジア諸国に惨禍をもたらした太平洋戦争・侵略戦争に対する反省の態度はみじんも見られない。

また、靖國神社に合祀されている戦没者の遺族が幾人も、自己の肉親が靖國神社に合祀され、英霊とされていることに怒りを覚え、合祀取消しを要求してきたが、被控訴人靖國神社はこれに応じていない。

(ウ) 旧植民地出身者と靖國神社との関係

a 戦前日本は、明治28年4月17日、日清講和条約によって台湾を割譲させた。次いで、明治43年8月22日、「韓国併合」条約によって朝鮮を植民地支配し、これら植民地人民を「帝国臣民」とした。しかし、植民地人民を「外地人」であるとして、「内地人」とは異なる戸籍令の登録対象者とし、異法地域法制(民族籍)を基本として、分断統治の植民地政策を強いた。同時に、天皇を中心とする日本国家は、植民地人民に対して、「天皇のために死ぬ。」、「天皇のために人を殺す。」という徹底的な皇民化教育を行った。

b 日本は、台湾植民地支配が始まるやいなや日本語を普及させるために国語伝習所を設置し、明治33年には台湾神社を設け、皇国精神の教化施設として参拝を強制していった。日本は、昭和10年ころになると皇民化運動を本格化させ、昭和12年には漢文も禁止した。昭和15年になると皇紀紀元2600年として「報国青年隊」を結成し軍隊予備訓練を義務化し、さらに志願兵制度の発足、徴兵制の制定と戦争への総動員を図っていった。

その結果、旧厚生省統計(昭和23年)によっても、台湾から軍人軍属として戦争に徴用された人は20万7183人にのぼり、内3万0304人が死亡した。特に当時日本軍は東南アジアや南太平洋の密林戦に有効であるとして台湾原住民に着目し、高砂義勇隊を組織し、第7次に至るまで約3万名をフィリピン・バターン作戦などに投入し、多くの戦没者を出した。

台湾の原住民は、日本の台湾植民地支配が始まって以来頑強に抵抗し、日本軍は1万人以上の軍隊を山地に投入、部落ごと焼き払うなど過酷な弾圧を行った。昭和5年、日本の警察権力の圧政に反発してほう起した原住民900名以上を日本軍が殺りくした霧社事件が起きたが、その生き残った子供たちが青壮年になったとき、皇軍の兵士として駆りたて、南洋の前線に送り多くの犠牲を日本が強要した。

c 戦前日本は、徹底した皇民化政策によって植民地人民を「帝国臣民」に統合した上、日本軍の軍人軍属として徴用し、従わない者には徹底した弾圧を加えた。また精神的宗教的には国家神道を押しつけ、その民族性を植民地人民の内側から解体していった。靖國神社は、植民地人民の民族性を解体し、「帝国臣民」に統合するための精神的装置でもあった。

靖國神社のこのような役割は、敗戦により国家管理から外れたことによって終えたはずである。しかし、被控訴人靖國神社は、旧植民地戦没者遺族の合祀取消しの要求を黙殺し、今に至るも、天皇と日本国家に殉じた「英霊」として合祀し続けている。

イ 控訴人らの法的権利ないし利益及びその侵害

(ア) そもそも、戦没者が靖國神社に集られているという観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように追悼するか、あるいは祭るか、祭らないか、またその具体的な死をどう評価するかは、死者一般に対する肉親の思い同様、あるいはそれ以上に、生き残った者の世界観、信条、人生観、宗教など人格の根本に触れるデリケートな問題である。

私人間において、この問題に関して自己の考えや行いを正当として他人に押しつけることは、その他人の自由を侵害する不法行為を構成し許されない。

まして、公権力がこの問題に関する一定の考え方、態度、行動が正統であると吹聴宣伝し、かつその吹聴宣伝するところに従って行動し、その絶大な影響力をもって国民の考え方、態度、行動に圧迫・干渉を加え、もって実質的に「正統」を押しつけることは許されない。

したがって、控訴人らは、本件各参拝により、戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して、公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し、行う権利ないし利益を侵害されたといえる。

(イ) 死者の回顧・祭祀に関する遺族の権利ないし利益

遺族が死者をどのように回顧し祭祀するかにつき自らの意思で決定することは遺族の人格に本質的なものであり、遺族の人格権ないし人格的利益である。死者に対する遺族の感情や意思も遺族の人格に本質的なものであり、法的に保護される。したがって、現に生存している遺族が死者の回顧・祭祀について一定の意思を有している場合は、これに反する他者による死者の回顧・祭祀は遺族の人格権ないし人格的利益を侵害するものとして不法行為を構成する。

被控訴人靖國神社は、戦没者の遺族である控訴人らの意思に反し、その独自の宗教的方式に従い、肉親たる戦没者を祭神として祀っている。したがって、本件各参拝は、それが私人としての行為であれ、国家機関としての職務行為であれ、遺族である控訴人らの意思に反して、肉親たる戦没者を神として回顧し祭祀する行為であるから、当該控訴人らの前記人格権ないし人格的利益を侵害する。

(ウ) 遺族でない者の戦没者の回顧・祭祀に関する権利ないし利益

国家機関が、遺族の意思に反しないからといって、戦没者を神とし、宗教的方式に則ってこれを礼拝する行為は、憲法20条3項に反する。

他方、個々の国民は、戦没者を回顧し祭祀するかどうか、どのように回顧し祭祀するかを決定する自由を有している。

ウ 法的権利ないし利益及びその侵害の根拠

このような権利ないし利益は、(ア) 思想良心の自由(憲法19条)、(イ)信教の自由(憲法20条1項前段)、(ウ) 国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)、(エ) プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権(憲法13条)によって、保障されるものである。

本件各参拝によって、上記(ア)ないし(エ)によって保障される権利ないし利益を侵害されたとする理由は、次のとおりである。

(ア) 思想良心の自由(憲法19条)の侵害

思想良心の自由の規定は、個人が公権力の侵害、干渉を受けることなく、その思想良心を選択し、保持し、変更することを保障する。

そして、公権力が特定の思想ないし信仰を理由に不利益を課したり、特定の思想を強制したりすることは許されず、公権力が特定の思想を勧奨することも、事実上強制的な働きをする場合が多いので、思想良心の自由の保障に反する。

控訴人らは、本件各参拝によって、戦没者が靖國神社に集られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して、公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し、行うという、ものの見方、考え方にかかわる作用に干渉を受けた。

(イ) 信教の自由(憲法20条1項前段)の侵害

a 信教の自由について

(a) 信教の自由の意義

信教の自由は、人の内心の問題、魂の問題であるから、それが心の内面にある限り、絶対不可侵のものであり、国家権力がこれに干渉し、又は関わりを持つことは許されない。したがって、国家権力が特定の宗教を正当化したり、あるいはこれに傾斜する言動をとることは、信教の自由を侵害する。

控訴人らの主張する権利ないし利益である宗教上の自己決定権は、人格的権利ないし利益であるが、宗教上の感情も、法律上保護された具体的権利ないし利益たり得る。

(b) 信教の自由における私事性の重視

日本国憲法の採用している政教分離原則は、国家の宗教的中立性と世俗性という要素からなっており、そこでは宗教の私事性の原則が要請されている。政教分離原則は、宗教にいかなる意味においても公的な地位を認めず、これを個人の私的事項としている。

また、日本国憲法は、個人の尊厳を基調とし、信教の自由に手厚い保護を与えているから、そこでは宗教は私事として尊重されていると解される。

このような日本国憲法20条・89条における信教の自由の保障、政教分離原則の意義を重視すると、歴史的・伝統的に確立された信教の自由の重要性についてはもとより、現代では宗教にかかわる自由をより広く考えることが要請されている。

また、宗教の私事性が重視されるべきであることは、プライバシーの権利の生成・発展過程とも密接な関係を持つ。

(c) 信教の自由における法的利益の新たな展開

自衛官合祀拒否訴訟上告審判決(最高裁昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁)は、事実関係を私人間の関係と認定した上で、宗教上の感情は法的救済を求めることのできる法的利益とは認められないとの判断をした。しかし、流れは変わり、プライバシー権の理論の発展を受けて、判決例は宗教的感情の保護に向けて進み出している。

すなわち、遺族感情の保護の観点から、遺骨の無断合葬処分を不法行為と認定した横浜の骨壷事件判決や、告別式の静ひつを侵害する行為が不法行為に当たる可能性ありと判断したエイズ・プライバシー事件判決では、私人間の問題であったが、遺族の感情が法的利益とされた。

また、神戸高専事件(最高裁平成8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号469頁)や東大医科研附属病院輸血事件(最高裁平成12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号582頁)では、公権力を相手方とし、「エホバの証人」の信者がその教義を守って剣道実技を拒否し、あるいは輸血を拒否するのに、公権力は協力を図らなければならないとの趣旨の判決が出された。いずれの事件も公権力が「エホバの証人」の信仰をやめるように強制したわけではないが、信者の宗教に根ざした生き方に圧力を加えて不可能にする行為と評価された。つまり、信教の自由の伝統的なレベルを超え、宗教的自己決定権等を認めたものとして、最高裁がその拡充拡大の方向へ一定の理解を示した事例といえる。

(d) 公権力から保護されるべき感情の客観的判断基準

「エホバの証人」の信者に関する前記各最高裁判例は、いずれも宗教者の教義と公権力の行為の抵触が問題となったものであった。しかし、ある宗教的観念を強制されたり事実上圧迫を受けたりしないという権利も、信教の自由に包含されていると考えられる。

また、宗教の私事性が深化する中で、宗教の定義自体が多様化し、宗教的プライバシー権の尊重という観点からすれば、宗教に準ずべき確固たる信念も公権力から守られるべきものと解釈することが可能かつ妥当である。

そして、宗教者の場合であれば、宗教的教義の中にきちんと位置づけられているものであることが法的保護の対象となる一つのポイントであり、かつ、信者がその教義にしたがって信仰生活を現に送っていることを要すると考えるべきである。

また、非宗教者の場合には、その人の生き方にかかわる魂の問題や、状況に応じて変わるような相対的なものではなくして、絶対的な究極的な価値にかかわるという場合であればこれを尊重に値するものとして、法的に保護すべきである。

b 信教の自由が侵害されたとされる基準

(a) 公権力によって信教の自由が侵害されたというためには、そこに何らかの強制の要素が必要とされているようである。

もっとも、現在の日本国憲法下においては、精神的自由に対するあからさまな物理的強制はほぼなくなったのであるから、信教の自由に対する侵害を、物理的強制があった場合に限るならば、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」との憲法の規定は、ほとんど機能を果たさなくなる。

(b) そして、横並び意識の中で、自分だけは突出していると見られたくないという「世間全般の雰囲気」を作ることは、市民に自粛を作り出すので、市民の魂に向けられた強制にほかならない。

c 本件各参拝による信教の自由の侵害

(a) 本件各参拝は、靖國神社は内閣総理大臣によって参拝されるほかの神社とは別格の神社であることを印象づけ、戦死を賛美する靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛するという「世間全般の雰囲気」を作り出すので、精神の自由を侵害する強制の要素がある。

(b) 被控訴人小泉は、靖國神社に参拝したに過ぎず、控訴人らに対して直接には何らの行為も行っていない。

しかし、内閣総理大臣が靖國神社を特定して参拝するということは、被控訴人靖國神社という一宗教法人及びそこに祭られた祭神に対して、国家が肯定的意味づけを付与してこれをマスコミ等を通して控訴人らにまさに向けた、ということである。

この意味づけ付与は、祭神として祭られた人との何らかの関係、深い関係、あるいは宗教的な信念に基づいて関係を持ってきた人、あるいは持とうと思っている人の宗教上の、あるいは信仰上の生活だとかライフスタイルというものを侵害するといえる。

(ウ) 国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)の侵害

a 憲法20条3項は人権規定である。

(a) 憲法20条3項の政教分離規定は、国家神道体制に対する厳しい反省と、それに対する根本的批判に基づくものであって、国家と宗教が再び結合・融合することを絶対に阻止するために、政治と宗教の完全な分離を求め、これにより信教の自由を徹底して保障しようとするものである。

そして、政教分離原則は、制度的保障であるとともに、人権規定でもあると解するのが相当である。

(b) 信教の自由は、思想・良心の自由と共通の性格を持つが、政教分離原則がさらに採用されている。ここに、信教の自由の歴史的背景、わが国の場合には「神社非宗教論」というき弁と神権天皇制がもたらした宗教弾圧の歴史に裏打ちされた信教の自由の特質が示されている。

すなわち、信教の自由と制度的保障を一つの総体としてとらえ、信教の自由条項は、狭義の信教の自由(信仰の自由)と広義の信教の自由(政教分離)を内容とし、両者とも信教の自由を、間接的にではなく、直接に保障するものであって、両者は保障の角度を異にするに過ぎない。狭義の信教の自由(信仰の自由)は、強制、抑圧、禁止による侵害からの保障の役割を持ち、広義の信教の自由(政教分離)は、国家的関与(宗教的活動の主体となること、宗教的活動・行為への参加・賛助、宗教団体に対する特権・援助の賦与)による侵害からの保障の役割を果たすのである。

このように、信教の自由保障条項と政教分離条項は両者が一体となって、強制・抑圧・禁止と国家の関与から信教の自由を直接保障するのであって、政教分離規定は人権保障規定としての性格をも色濃く持つものといえる。

(c) 日本国憲法上、政教分離原則は信教の自由と一体的に保障されている。すなわち、現代の世界各国の憲法を見ると、信教の自由は必ずしも政教分離原則を伴っているわけではない。そのような中にあって、日本国憲法は信教の自由と並んで政教分離原則を採用しているが、憲法が個人の尊厳を基厳とし、信教の自由に手厚い保護を与えていることも併せ考えると、政教分離原則は宗教を個人的な問題としてその多様で豊かな発達を保障するための制度であり、宗教を私事として位置づけていると見るべきである。

したがって、そこから、政教分離原則の規定を人権規定とみることは日本国憲法の解釈として十分に可能である。

(d) 政教分離原則を制度的保障と見る見解について、自由権的基本権としての信教の自由は、国家権力からの防御的性格を有する前国家的人権であるから、国家による制度設定を前提にする制度的保障論とは相いれない。

(e) 政教分離原則は、国家の宗教的中立性の堅持を意味し、国家による財政的支援などが伴わなくとも、国家と宗教とが象徴的意味をもって結合することをも禁止するものである。この象徴的結合の禁止は、国家と宗教とのいかなるかかわり合いも、それが国家による宗教の積極的教示、行政的関わり、政治的紛糾というような直接的な危険を惹起しなくとも、国家の宗教に対する支持の裏付けとして受け取られるおそれがあるとの現実の懸念に基づいている。国家と宗教との象徴的結合は、国家が特定の宗教を特別視し、ほかの宗教に比して優遇しているとの印象を社会一般に与え、その結果、国家が特定の宗教への関心を呼び起こすような効果を惹起し、国家の宗教的中立性ないしはその外観を否定することになるからである。

このような象徴的結合禁止の意味に即して考えると、政教分離原則は、国家が特定の宗教を優遇しているような外観を示すことによって、当該宗教を信奉しない者に、自己の属する共同体の構成員ではないと印象づけるメッセージを送ることを禁止しているのであり、その意味で、政教分離原則は実質的には権利保護規定と考えられる。

すなわち、憲法20条の政教分離規定は、国家に対して特定の宗教を優遇するメッセージを発することを禁止すると同時に、個人に対しては、宗教的な理由で共同体からの排除が印象づけられるような圧力を感じ、これにより、ほかからの干渉を受けずに宗教的生活を送ることが妨害され、その結果、疎外感、精神的不安感、苦痛が引き起こされることのないような利益を賦与するものと解することができる。

(f) したがって、政教分離原則は、国民に対し、国による宗教教育その他の宗教活動からの自由を保障していると考えるべきである。

よって、憲法20条3項は、個人が特定の宗教を受け入れるように働きかけられない自由、特定の宗教を布教されたり、特定の宗教へ誘導されない自由、宗教的に意味づけられたり、宗教的評価を加えたりされない自由をも保障しているといえる。

b 靖國神社参拝を受け入れるように働きかけることによる侵害

(a) 被控訴人小泉が参拝した本殿は、戦没者が祭神となって鎮まっている場所であり、その背後には祭神の氏名が記載された霊璽簿が納められている霊璽簿奉安殿が位置している。つまり、被控訴人小泉は、被控訴人靖國神社がその宗教行為の対象として最も重んじる祭神を参拝の対象としており、本件各参拝が宗教的行為に該当することは明白である。

(b) 被控訴人小泉は、「国に殉じた者を慰霊するために戦没者を祭祀する靖國神社を参拝するのは当然である。」との信念に基づき、本件各参拝を行い、「国に殉じた者に対する慰霊」という目に見えない精神活動を、控訴人らを含む内外の市民一般に、反対を押し切ってまでも可視化させた。

したがって、被控訴人小泉の本件各参拝は、控訴人らに対し、「靖國神社に祭られている戦没者を慰霊するのは当然という観念」を受け入れるよう強く働きかけ、特定の宗教に誘導するものである。

(c) 遺族控訴人らの法的利益の侵害

戦没者の遺族である控訴人らは、それぞれの宗教ないしは民族的・伝統的な方法によって肉親・縁者たる戦没者を追悼し祭祀したいと考えている。これら遺族控訴人らは、憲法20条3項によって、自ら行う追悼・祭祀について、日本国又はその機関によって妨げられない自由を保障され、また戦没者が合祀されている靖國神社への参拝を受け入れるよう働きかけられない自由を保障されている。

遺族である控訴人らは、本件各参拝により、肉親・縁者が日本国の国事に殉じ、日本国のために一命をささげたものであるという観念、そのために靖國神社に合祀され祭神となっているとの観念、祭神となっている肉親の神徳を弘めてその理想を祭神の遺族たる控訴人らに宣揚普及すべきであるとの観念、祭神となっている肉親の霊を慰めるために靖國神社を参拝することは当然であるとの観念を受け入れるように働きかけられた。

遺族である控訴人らにとって、自己の肉親・縁者が日本軍の軍人・軍属として徴用され、過酷な戦場に投入されて、死に追いやられたことによって、自己の肉親・縁者が日本国のために一命をささげたとの観念は到底受け入れ難く、特に、先住民族の遺族ら控訴人にとっては、自らの肉親・縁者が日本国による被害者であるにもかかわらず、日本国のために一命を捧げたものであって、しかも自らの宗教とは全く異なる被控訴人靖國神社の祭神として祭られているとの観念は絶対に受け入れられない。

本件各参拝は、台湾人遺族の意思に反して台湾人戦没者を合祀し、取下げ要求を拒否する被控訴人靖國神社の行為を援助・助長するものにほかならない。かかる効果を有する参拝行為は、台湾人戦没者が日本のアジア侵略の先兵たることを余儀なくされたという歴史的経過に鑑み、また憲法20条3項の趣旨に鑑み、許されない。

(d) 遺族控訴人以外の控訴人らの法的利益の侵害

遺族ではない控訴人らもまた、日本国又はその機関によって靖國神社が行なっている宗教を受け入れるように働きかけられない自由を保障されている。

日本国を代表する被控訴人小泉が、戦没者を祭っている靖國神社を参拝するのは当然であると繰り返し強調することは、戦没者の遺族のみならず、それ以外の人々に対しても、戦没者を祭神とする靖國神社が実行している宗教を受け入れるよう働きかけるものであり、参拝行為という宗教的活動を身をもって示すことは、戦没者の死を宗教的に意味づけ、戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるよう働きかけるものである。

したがって、被控訴人小泉の本件各参拝は、遺族ではない控訴人らの、靖國神社が行っている宗教を受け入れるように働きかけられない自由や戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるよう働きかけられない自由を侵害するものである。

(エ) プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権(憲法13条)の侵害

a 憲法13条が保障する権利

憲法13条は「個人の尊重」及び「生命、自由及び幸福追求に対する権利」を保障しているが、幸福追求権は個人の尊重原則と結びついて個人の人格的生存に不可欠な権利・自由をも包摂する権利であって、人格的価値そのものにまつわるプライバシーの権利や人格的自律権ないし自己決定権がその内容である。

b プライバシーの権利について

プライバシーの権利は、他者から干渉されないで私生活を送る権利すなわち私生活の自由として広く承認されている。

したがって、控訴人らは、自己や親しい人の死について他者から干渉されることなく、これを意味づけ、心に刻み、追悼・慰霊することができる権利を有している。

人格権あるいはプライバシー権、あるいはこれに近接する権利ないし利益には、その性質上常に、他人の行為によって生活ないし心の静ひつを害されたとして不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望む心情が内包されている。したがって、不快の感情も救済されるべき損害である。なお、感情も被侵害利益たり得る。

c 人格的自律権・自己決定権について

人格的自律権・自己決定権は、一定の重要な私的事柄について、ほかから干渉されることなく、自ら決定することができる権利である。

そして、人の死を意味づけることは、人の死は生の終えんであることから、その人の生を意味づけることであって、生を意味づけるのは、その生を生きている当人以外にありえないことからすると、人は、自己や親しい人の死について他者から干渉されることなく、これを意味づけ、心に刻み、追悼・慰霊することができる。

したがって、控訴人らは、自らの死あるいは親しい人の死をどのように意味づけ、どのように心に刻み、あるいはどのように追悼・慰霊するかについて、他者から干渉されない権利ないしは自ら決定する権利を有している。

戦没者を回顧し、祭祀するかどうか、どのように回顧し祭祀するかの自由、自己決定権も憲法13条により保障されている。

d 本件各参拝は、プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を侵害する。

(a) 被控訴人靖國神社は、国のために一命を捧げた人たちの霊をなぐさめるために建てられた施設であり、国事に殉ぜられた人々を祭神とし、祭神の神徳を弘め、その理想を祭神の遺族崇敬者及び一般に宣揚普及することを目的としている。このような目的を持っている被控訴人靖國神社に祭られている祭神に対し、被控訴人小泉が行った本件各参拝は、被控訴人小泉及び被控訴人靖國神社が共同して、合祀されている人の死が国事に殉じたものであり、合祀されている人の霊が祭神となっていると意味づけるものである。

(b) 靖國神社に遺族が合祀されそいる控訴人らは、合祀されている親しい人の死について、被控訴人小泉や被控訴人靖國神社に干渉されることなく、各自の宗教、民族的・伝統的方法あるいは各自の思想信条にしたがって、意味づけ、心に刻み、追悼・慰霊する権利を有しているにもかかわらず、被控訴人小泉の本件各参拝によって、自己の親しい人の死の意味づけを日本の国家機関によって干渉され、この権利を侵害された。

(c) 被控訴人小泉は、被控訴人靖國神社に祭られている国事に殉ぜられた人々である祭神を、参拝という行為を通じて称揚することによって、その死がほかの死とは異なり優位の価値を持っていると考えていることを内外の市民一般に示した。

しかしながら、死は、いかなる意味でも国家によって賛美されてはならない上、国事に殉じる死とそうではない死とを日本国の機関が区別することは、現在生きている者一般の生そのもの、人生そのものを日本国の機関が価値評価することにほかならない。

控訴人らは、本件各参拝によって、控訴人ら各自の来るべき死そのものを、「日本国のために一命を捧げられたかどうか」という基準で序列化され、すなわち戦没者の死をその序列において優位に置くと意味づけられ、人格的生存そのものを脅かされた。

また、本件各参拝は、靖國神社に合祀されている日本人将兵の戦没者や処刑されたA級戦犯は、侵略戦争に加担した者であり、これを参拝することは平和に背反するとの確信をもち、あるいはその確信に基づいて平和への活動を行っている控訴人らの生き方を否定するものであり、その人間としての尊厳を侵害した。

本件各参拝は、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関し、公権力が控訴人らに対して圧迫・干渉を行ったものである。

エ 控訴人ごとの具体的な法的利益の侵害

(ア) 控訴人X48

控訴人X48は、霧社事件において、祖父を日本軍に殺され、義理の伯父を死に追いやられ、叔父及び養母の前夫は高砂義勇隊に参加し戦死したため、靖國神社に合祀されているという者である。

しかるに、被控訴人小泉は、靖國神社に合祀されている控訴人X48の叔父及び養母の前夫を、控訴人X48にとって加害者である戦没者と同列に参拝し、等しく日本のために一命をささげた者として、その死を賞賛した。

このような被控訴人小泉の行為及びそれを受け入れた被控訴人靖國神社の対応は、肉親・縁者の死の意味を、だれにも干渉されずに、自らが決定する権利を著しく侵害するものである。

本件各参拝は、控訴人X48の、憲法13条で保障されているプライバシー権や自己決定権、憲法20条3項が保障している肉親・縁者の死を他者によって意味づけられたり評価されたりされない自由を侵害したといえる。

(イ) 台湾の先住民族である控訴人ら

控訴人X49ら台湾の先住民族である控訴人らにとって、靖國神社に合祀されている戦没者は肉親・縁者であり、また同じ先住民族として親しい人である。これら先住民族の戦没者は日本の皇民化教育や軍国主義の被害者である。しかし、先住民族である控訴人らは、これら戦没者の死をどのように意味づけ、どのように心に刻み、あるいはどのように追悼・慰霊するかについて、プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を有している。

本件各参拝は、先住民族である控訴人らが靖國神社に祭られることを明確に拒否している先住民族の魂に対し、敬意と感謝の誠を捧げたということになり、先住民族である控訴人らの上記プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を侵害したことは明らかである。

(ウ) 台湾在住の漢民族の控訴人ら

台湾在住の漢民族の控訴人らは、アジア・太平洋戦争終結後も、台湾を支配した国民党政権から日本帝国主義に加担した裏切り者として圧迫を加えられた。日本帝国主義の支配は、戦後の国民党政権による支配・圧迫の遠因をつくったものである。同控訴人らは、加害者である日本軍将兵を合祀している靖國神社を被控訴人小泉が参拝することは許されないと考えているし、被害者である台湾人の魂を加害者を代表する被控訴人小泉に参拝してほしくないと考えている。

本件各参拝は、被害者である台湾人戦没者の死を、日本国のために殉じたとするものであり、このような意味づけを拒否している台湾在住の漢民族の控訴人らのプライバシーの権利ないし自己決定権を侵害したものである。

(エ) すべての控訴人ら

控訴人らは、戦前は軍国主義の精神的装置として機能し、戦後は平和を脅かす精神的支柱になりかねない位置にある靖國神社に、内閣総理大臣が参拝することを強く忌避している。

しかし、被控訴人小泉は、「敬意を表するのは当然」として、本件各参拝を断行し、よって、帝国主義的政策や皇民化政策を反省するのではなく賛美した。

本件各参拝は、平和を希求する控訴人らの思想信条を脅かし、控訴人らの人間としての尊厳を脅かすものである。

(被控訴人国)

ア 控訴人らが主張する権利ないし利益は、その概念、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等、何ら明確ではなく、その外延を画することができず、法律上保護された権利ないし利益ではない。

控訴人らが主張する権利ないし利益、宗教上の自己決定権は、結局宗教的人格権、すなわち静ひつな宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益と同義のものであるが、これは、自衛官合祀拒否訴訟上告審判決でも、法的利益であることを否定されているように、実定法上の根拠を欠く。

最高裁平成8年3月8日第二小法廷判決(民集50巻3号469頁)は、宗教に関する自己決定権が憲法上保障されるかどうか、その概念等を根拠づけ、あるいは関連する判断を示したものではない。最高裁平成12年2月29日第三小法廷判決(民集54巻2号582頁)は、手術等の治療方法選択に当たっての自己決定権の侵害について判示したに過ぎず、控訴人らの主張するような宗教に関する自己決定権に関する判断を示したものではない。

仮に、遺族の意思に反し、他者がその独自の宗教的方式で他者を神として祭祀することが遺族の人格権ないし人格的利益を侵害し、被控訴人小泉の私人としての靖國神社参拝がこれに当たるのであれば、靖國神社に参拝するすべての私人が不法行為責任を負うことになり、不当である。

イ 思想良心の自由(憲法19条)で保障される法的利益に関して

本件各参拝は、控訴人ら個人の思想信条を理由として、控訴人らを不利益に取り扱ったり、控訴人らに特定の思想・良心を持つことを強要したり、あるいは、控訴人らが特定の思想・良心を持つことを妨げたりするものではないから、控訴人らの思想信条の自由を侵害するものではない。

ウ 信教の自由(憲法20条1項前段)で保障される法的利益に関して

信教の自由の保障は、国家から公権力によってその自由を制限されることなく、また、不利益を課せられないとの意味を有するものであり、国家によって信教の自由が侵害されたといいうるためには、少なくとも国家によって信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要である。

本件各参拝が、控訴人らに不安感、憤りないしは危ぐの念を生じさせるものであっても、これらは、本件各参拝の間接的・反射的効果である。本件各参拝は、個人に向けられたものではなく、直接的、間接的を問わず、控訴人らの信教を理由として、控訴人らを不利益に取り扱ったり、控訴人らに特定の宗教を信仰することを強制したり、あるいは控訴人らの信仰を妨げたりするものではないから、控訴人らの宗教的信条に強制的干渉を行い、控訴人らの信教の自由を侵害したものとはいえない。

なお、干渉のレベルの行為でも保護に値する法的利益があるとしても、干渉のレベルに当たる具体的行為はいかなる場合であるか不明であるし、本件各参拝によって、控訴人らが信じる宗教で故人を祭ることについて、一定の妨げが出たわけではないから、干渉すら認められない。

エ 国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)で保障される法的利益に関して

憲法20条3項は、制度的保障であって私人の法的利益を直接保障する人権規定ではない。

このことは、最高裁昭和52年7月13日大法廷判決(津地鎮祭訴訟上告審判決、民集31巻4号533頁)、前記自衛官合祀拒否訴訟上告審判決及び最高裁平成9年4月2日大法廷判決(愛媛玉串料訴訟上告審判決、民集51巻4号1673頁)においても判示されている。

また、本件各参拝により、控訴人らが信じる宗教で故人を祭ることについて一定の妨げが出たこともない。

なお、政教分離原則によって、信教の自由の周辺的部分の利益なども国賠法上の保護に値するとしても、同利益は不明確な概念であるし、保護される法的利益が侵害されたか否かの判断基準も不明確であり、その判断基準に基づく認定を客観的に行うことも困難であるから、政教分離原則を人権規定であると考えることは失当である。

オ プライバシーの権利ないし人格的自律権ないし自己決定権(憲法13条)で保障される法的利益に関して

控訴人らの主張する権利は、宗教的人格権と同趣旨であって、これは実定法上の根拠を欠くものである。

また、本件各参拝によって控訴人らに生じた不快感、憤り、危ぐの念は、単に主観的な感情に過ぎないものであって、国賠法1条の保護の対象となる権利又は法的利益ではない。

本件各参拝は、控訴人ら個人に向けられたものではなく、控訴人らの権利ないし利益に対する侵害行為もない。

(被控訴人小泉)

ア 本件において、控訴人らの主張する請求根拠たる権利と称するものは、法益としては認められない。

イ 被控訴人小泉の靖國神社への参拝は、あくまでも、被控訴人小泉個人の発意、固有の思想信条及び信教の自由に基づいて実施されたものである。

被控訴人小泉は、内閣総理大臣に就任する以前から、厚生大臣等の職に就いていた時も、また、そのような役職に就いていなかったときも、常に、毎年、少なくとも1回、しかも、他の国会議員等と同道することなく、1人で靖國神社を参拝していたものであり、本件各参拝もそれらの参拝と同一線上にあるものであって、内閣総理大臣の職務行為などではない。

ウ 内閣総理大臣に就任してからは、緊急連絡及び警備のために、公的行為のみならず、私的外出においても、常にSPの警護がなされ、秘書官が同行し、移動にあたっては常に公用車が使用される。上記公用車使用、秘書官同行等は、内閣総理大臣の職務についての外形性判断の基準にならない。

内閣総理大臣の肩書について、被控訴人小泉は、公的、私的を問わず、常に使用している。署名に際して肩書を使用したことをもって、総理大臣としての職務外形性を判断することは無意味である。

エ 職務性の判断基準は、<1>内閣総理大臣の職務として予定、想定されているものか、<2>これに直接支出した費用が公費か私費かに尽きる。

神社への参拝は、本来内閣総理大臣の職務ではなく、個人的思想、信条の自由や信教の自由に基づいて実施される。本件各参拝も同様である。本件各参拝に関して、閣議決定がある訳でもなく、被控訴人小泉によって職務として参拝する旨の宣言があった訳でもない。本件各参拝に際し、公費は支出されていない。献花代が被控訴人小泉の私費によって支払われた事実は、報道によって伝えられており、国民一般は、このような報道によって、本件各参拝には職務行為性のないことを認識している。

被控訴人小泉は、本件第1参拝について訴訟が提起されて以後、現在まで、すべての訴訟を通じて、総理大臣の職務として実施したものではないと述べ続けている。

(5)  被控訴人靖國神社による法的利益の侵害

(控訴人ら)

ア 被控訴人靖國神社の戦後責務

(ア) 戦後改革による靖國神社の国家的性格の喪失

戦前の靖國神社は、天皇の神社として別格官幣社に列せられ、旧陸海軍省が管轄する特別の神社であった。敗戦までの靖國神社は、戦没者を、本人や遺族の宗教はもちろん、その意思にも関係なく、天皇・国家のために命をささげた英霊として合祀し、顕彰を繰り返し、国民を侵略戦争に動員する機能を果たす存在であったが、それが可能であったのは、同神社が法的・制度的に天皇の神社、国家の神社だったからである。

しかし、被控訴人国は、昭和21年2月2日までに、神祇院を廃止し、官国幣社経費に関する法律を廃止して宗教法人令を改正公布した。国家神道を支えてきた行政的・法的諸制度が次々に改廃され、国家神道は国家の支援を失い、靖國神社もその国家的、公的性格を失った。

そして、被控訴人靖國神社は、昭和27年制定の宗教法人法に基づき、東京都知事認証の宗教法人登記を完了し、民間の一宗教法人して存続することとなり、今日ではいかなる公的性格も有していない。

(イ) 被控訴人靖國神社の戦後責務の内容

したがって、靖國神社が、戦没者を英霊としてたたえ、本人や遺族の宗教はもちろん、その意思にも関係なく合祀し、国家が戦没者とその遺族の精神を支配する根拠や、旧植民地出身者を、日本国家と日本の天皇のために命を捧げた者として勝手に合祀する根拠はなくなった。

戦前の靖國神社がほかの宗教者、旧植民地民衆の信仰に対する抑圧・弾圧の元となり、侵略戦争への動員装置であった事実からも、被控訴人国は戦後、被控訴人靖國神社の合祀に関わってはならないのであり、関わるべき法的根拠もすべて失われた。

以上のとおり、戦後は、戦争に対する認識、戦没者の記憶・追慕の仕方などは、旧植民地の人々を含め、民衆個々人が決めるべき事柄であり、被控訴人国や被控訴人靖國神社が決定・関与すべき事柄ではなくなった。反対に、戦争に対する歴史認識、戦没者の記憶・追慕の仕方などは、日本国憲法によって、侵してはならない個人の権利として、日本人はもちろん、その権利の性質上外国人に対しても保護されるべきこととなった。

したがって、日本国憲法下において、被控訴人靖國神社はその責務として、単独で、あるいは被控訴人国と共同して、反対の思想・信条・信仰・立場を明確にしている内外の控訴人ら個人の歴史認識に介入し、戦争の記憶を押し付け、祭祀権を侵害するような英霊合祀を行ってはならないのであり、内閣総理大臣や天皇から公人としての参拝を受け入れるなど被控訴人国と特別の関係を結んではならない。この責務は、日本の民衆に対してのみ負ったものではなく、靖國神社がアジアの民衆に多大な被害をもたらした侵略戦争遂行の主要装置の一つであったことから、対外的にも負い続けているものである。

イ 被控訴人靖國神社の戦後責務への背反

(ア) 被控訴人国による合祀支援・協力

a 被控訴人国は、昭和31年4月19日、厚生省引揚援護局長名で通知を発し、都道府県に対し、合祀事務に協力することを指示した。さらに、被控訴人国は、都道府県に対し、被控訴人靖國神社からの合祀通知状の遺族への交付にも協力するよう要請した。また被控訴人靖國神社は、引揚援護局から回付された戦没者カード(祭神名票)によって「合祀者を決定し」、「合祀の祭典を執行する。」こととなったが、上記通知には、「合祀の経費は、国庫負担とする。」と明記されていた。

この通知後に被控訴人靖國神社の合祀者は一気に増加し、昭和32年には靖國神社史の中では最高の年間合祀者数約47万名が記録され、被控訴人国、地方自治体、被控訴人靖國神社の三者が一体となって合祀が急速に進んだ。

被控訴人国による合祀への支援・協力はその後も継続し、被控訴人靖國神社は、昭和21年以降57回にわたって戦没者を合祀してきた。これにより、合祀者数は246万という膨大な数になった。

そして、その後、被控訴人国が支援・協力を廃止したことを各都道府県に通知したことを示す証拠もない。

b このように、被控訴人国は、遺族の同意も了解も取り付けず、合祀目的の個人情報を戦後50年間、被控訴人靖國神社に提供し続け、被控訴人靖國神社は、遺族の同意ないし了解を取ることなしに、戦没者を靖國神社に合祀してきた。

しかし、被控訴人靖國神社は、戦後一貫して、侵略戦争について間違っていたという認識を示さず、むしろ戦争を肯定し、したがって靖國神社の侵略戦争に果たした役割も反省していない。このような、靖國神社の性格、その教義は憲法の精神に反し、控訴人らを含む多くの国民及びアジア民衆の思いに反する。

したがって、遺族の了解もなく、被控訴人靖國神社が合祀を前提にして個人情報を被控訴人国に照会することも、被控訴人国がこれに応じて個人情報を被控訴人靖國神社に提供することも、共に人権保護の観点からは許されず、違法なものである。

c 被控訴人国のこうした合祀協力こそ、一般人に「靖國神社は戦没者追悼の中心的施設」という誤った観念を戦後も持たせ続け、被控訴人靖國神社の宗教を援助・助長する効果をもたらした。

(イ) 被控訴人靖國神社の「お願い」による内閣総理大臣の靖國神社参拝

a 被控訴人靖國神社及び被控訴人国は、靖國神社は戦没者追悼の中心的施設であるという印象を定着させるために、内閣総理大臣による靖國神社参拝を意図的・政治的に繰り返した。

b 吉田内閣総理大臣は、昭和26年10月、靖國神社の秋の例大祭期間中に戦後初めて参拝し、以降、昭和60年8月15日の中曾根内閣総理大臣に至るまで、34年間に59回に及ぶ内閣総理大臣による靖國神社への参拝が反復継続された。また、昭和天皇は、昭和27年から計7回、靖國神社に参拝した。

これらの、内閣総理大臣や天皇の参拝は、被控訴人靖國神社からの「お願い」に沿ってなされてきた。被控訴人靖國神社は、春・秋の例大祭の折に参拝を願い、被控訴人国は、こうした参拝の要請を断らず、内閣総理大臣の靖國神社への参拝を反復継続した。

c こうした首相の参拝に加えて、三木内閣総理大臣は、昭和50年8月15日に、初めて8月15日の日に靖國神社に参拝した。同参拝は、当時の政治状況に呼応して被控訴人国の側が仕掛け、被控訴人靖國神社がこれを受け入れた結果、実現したものであった。

それ以降、内閣総理大臣による8月15日の靖國神社参拝がマスメディアを媒介にして一気に社会的注目を受けるようになり、靖國神社への関心が高まっていった。

ところが、中曾根内閣総理大臣による、昭和60年8月15日の、いわゆる「公式参拝」に対し、中国・韓国からの強い批判が起こり、内閣総理大臣による靖國神社参拝はストップした。

d その後、被控訴人靖國神社は、内閣総理大臣による8月15日の靖國神社参拝に強くこだわり始め、8月15日の参拝実現が被控訴人国及び被控訴人靖國神社双方の悲願のようになり、被控訴人靖國神社は、平成6年8月15日に内閣総理大臣が参拝しなかったことについて、「国民の代表として首相の参拝すらできないこの国が果たして健全なる独立国家と言えるであろうか。」と批判した。

ウ 旧植民地出身軍人軍属の無断合祀

(ア) 平成14年10月現在、旧植民地出身軍人軍属の戦没者は、台湾、朝鮮出身者を合わせて約5万名が、遺族の了解なく英霊として合祀されている。

被控訴人国は、こうした旧植民地出身の戦没者の合祀に個人情報を提供していた。

(イ) しかし、死者を追慕する最も近しい肉親の意向を聞かずに、他者である他国の宗教団体が死者を勝手に神にするのは、その遺族の人権を踏みにじる行為である。侵略戦争に加担させられて英霊として称賛され合祀されることは、かつて植民地にされた人びとにとって、耐え難く屈辱的である。

(ウ) 控訴人X50及び控訴人X51らは、同年8月12日、「高砂義勇隊」の遺族代表として靖國神社を妨れ、合祀の取下げを要求した。

これに対し、被控訴人靖國神社は、神道の魂として祭っているからなどとして、合祀の取下げを拒絶した。合祀取下げを求める遺族の訴えを拒否することは、確信に基づく加害の継続を意味する。

台湾・朝鮮人戦没者合祀も、日本人戦没者同様、被控訴人国の関与なくしてあり得なかった。にもかかわらず、政府は、昭和53年4月18日、参議院社会労働委員会において、合祀取下げに応じない被控訴人靖國神社について、私人である同被控訴人に国家権力は介入できないと答弁した。

エ 被控訴人国と被控訴人靖國神社の共同行為による靖國神社の宗教の援助・助長・促進

以上のとおり、被控訴人国は、宗教団体である被控訴人靖國神社の宗教の核心部分である合祀行為及び慰霊顕彰事業に協力し続け、被控訴人靖國神社と共同して、個人の決定に任せるべき歴史認識、戦争観、戦没者追悼の在り方に介入し、この協力と内閣総理大臣の参拝の反復継続を通じて、靖國神社こそ戦没者追悼の国家的施設であるという一定の偏った歴史認識、戦争観、戦没者追悼の在り方を国民に普及宣伝し、もって戦没者を英霊とたたえている被控訴人靖國神社の宗教を援助・助長・促進し、ひいて国民を侵略戦争肯定の方向へ導こうとしてきたのである。

オ 本件各参拝の際の、被控訴人国と被控訴人靖國神社の共同関係

(ア) 本件第1参拝

a 被控訴人靖國神社の機関誌「やすくに」の平成13年8月号のコラムには、公約どおりの参拝を熱望し、「国家の最高責任者たる首相が戦没者に感謝の誠を捧げ、国家・国民の安寧と悠久の平和を祈ることは至極当然のことであり、道義の上からは国の責務なのである。小泉首相には、(中略)毅然として参拝されんことを強くのぞみたい。」と書かれていた。

b 同月15日の靖國神社の参拝者数は前年の2倍強に上り、被控訴人靖國神社のホームページへのアクセス数も急増し、被控訴人靖國神社は、国民の関心が高まったことを歓迎して、被控訴人小泉の参拝がもたらした効果を「夏休み期間中に小中高校生や大学生、さらには多数の家族連れなどが月間を通して訪れたことは、今年の特筆すべきことであった。」と総括した。

c 一方、被控訴人小泉は、同年6月20日の党首討論の際、「戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だ。」という被控訴人靖國神社の中核的教義を、繰り返し発言し、さらに、これを理由に参拝し、「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し、首相談話を出すことによって、私的参拝ではなく内閣総理大臣としての参拝であったことを明確にした。これによって、戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だという教義及び靖國神社に対する国としての支持を明白にし、同教義及び靖國神社を広く国民に受け入れさせようとした。

(イ) 本件第2参拝

a 被控訴人小泉は、本件第2参拝の後、「私の参拝の目的は、明治維新以来の我が国の歴史において、心ならずも、家族を残し、国のために、命を捧げられた方々全体に対して、衷心から追悼を行うことであります。(中略)国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として、長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に対して、追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えます。」との所感を発表した。

被控訴人小泉は、被控訴人靖國神社が戦没者追悼の中心的施設であることを改めて認知した。

b 被控訴人靖國神社は、例大祭期間中の参拝を歓迎し、その所感についても高く評価し、「例大祭は神社の重儀であり、総理大臣を始め閣僚が揃って参拝することは、殉国の英霊をたたえる本来の姿であろう。今回の小泉総理の参拝の意義は、(中略)「長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社」と明確に表明されたことである。」と機関誌で記した。

(ウ) 本件第3参拝

a 被控訴人小泉は、被控訴人靖國神社に内閣総理大臣として3度日の参拝を行った。これは、靖國神社の歴史認識と戦争観を支持・賛同をしているという強力なメッセージであった。

b そして、被控訴人靖國神社は、被控訴人小泉による内閣総理大臣として3度目の参拝を「今回の参拝の意義は、時期や状況は異なれども三年連続、我が国の総理として、英霊に敬意と感謝の気持ちを込めて哀悼の誠を捧げられたことである。」と高く評価した。

カ 結論

被控訴人靖國神社は、敗戦直後から国家神道時代の意識そのままで、「明治天皇の思召し」を固守し、「不変」を標ぼうし、明治国家における国家の英霊慰霊顕彰施設への回帰を追求し続けてきた。そして、その宗教的核心である合祀に必要な個人情報を被控訴人国から提供されるという特権を受け、被控訴人国の側もそれに応じてきた。

被控訴人国と被控訴人靖國神社は、その共同行為によって、国家神道時代と同様、戦没者を一方的に英霊として祭神に乗り上げ、遺族の思想・良心の自由・信教の自由・人格権を侵害し続けてきた。加えて、既に祭る法的根拠さえなくなった旧植民地出身者の台湾、朝鮮の戦没者についても、戦後も、全く同様に無断合祀を継続し、合祀取下げ要求も拒否して、その遺族の思想・良心の自由・信教の自由・人格権を侵害し続けてきた。

したがって、被控訴人小泉の内閣総理大臣としての本件各参拝及び被控訴人靖國神社の歓迎・受入れは、憲法の政教分離原則違反にして、「戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だ。」という被控訴人靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動の共同実行にほかならず、控訴人らの内面の諸価値を侵害し、戦没者の回顧・祭祀に関する自己決定権を侵害するものであり、精神的苦痛をもたらした共同不法行為である。

(被控訴人靖國神社)

ア 被控訴人靖國神社には、被控訴人小泉の職務行為としての参拝を拒否する義務はない。

被控訴人靖國神社は、参拝の趣旨に合った参拝をする者であれば同じように参拝を受け入れるのであり、区別せずに参拝を受け入れること自体が被控訴人靖國神社の一つの宗教上の行為であるから、参拝を拒否すべき義務はない。

イ 被控訴人靖國神社には義務違反行為はない。

被控訴人小泉の参拝が公式参拝であるかどうか、内閣総理大臣の職務としての参拝かどうかは、法的な判断であって、外観から区別することは困難であるから、被控訴人靖國神社は、本件各参拝を職務行為であるとして拒否できなかった。

ウ 控訴人らの主張する権利利益は、結局は、宗教的人格権ないし他者の宗教に関する行為によってもたらされた不快の感情を別の言葉で言い直しただけのものであって、他者の行為に対する損害賠償請求権を支える法的利益とは到底いえない。これは、「静ひつな宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。」とする自衛官合祀拒否訴訟上告審判決からも明らかである。

控訴人らが台湾人遺族等の特殊性を強調して被侵害利益を主張しても、その実体は、上記宗教的人格権などの範疇を出ない。

(6)  損害

(控訴人ら)

控訴人らは、本件各参拝により、戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して、公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し、行う権利ないし利益を侵害され、精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を金銭に評価すれば、控訴人1人につき1万円とするのが相当である。

(被控訴人ら)

争う。

第3争点に対する判断

1  本件訴えの適否について

被控訴人小泉は、被控訴人小泉に対する本件訴えは、被控訴人小泉の思想信条の自由、信教の自由を侵害する不当な目的でなされた政治的目的実現のためのものであって、違法の程度は極めて著しく、訴訟提起自体が不適法である旨主張する。

しかし、控訴人らの原審及び当審における主張等に照らしても、控訴人らにおいて、被控訴人小泉の有する思想信条の自由、信教の自由を侵害する目的をもって、被控訴人小泉に対する本件訴えを提起したものと認めることはできない。

したがって、控訴人らの被控訴人小泉に対する本件訴えを不適法ということはできず、上記主張は理由がない。

2  本件各参拝の職務行為性について

(1)  認定事実

証拠(括弧内に記載)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 被控訴人靖國神社(<証拠略>)

(ア) 被控訴人靖國神社は、前身を東京招魂社といい、明治2年6月に政府により創建され、明治12年6月に名称を靖国神社と改め、別格官幣社に列せられた。靖国神社は、創建以来、国のために戦没した軍人軍属等を神として祭っており、後記一宗教法人とみなされるまでは、国により維持管理されてきた。終戦後、昭和20年12月15日のGHQのいわゆる神道指令及び同月28日の宗教法人令により、昭和21年2月2日以降一宗教法人とみなされることになり、同年9月7日宗教法人令による単立宗教法人として設立登記され、昭和26年4月3日施行の宗教法人法に基づき、昭和27年8月1日単立宗教法人設立公告を経て同年9月30日宗教法人である被控訴人靖國神社が設立され、靖國神社を設置・管理している。靖國神社は、ご神体を奉安した本殿、祭神名を記した霊璽簿を奉安した霊璽簿奉安殿並びに拝殿等の礼拝施設を有している。(<証拠略>)

(イ) 被控訴人靖國神社は、「明治天皇の宣らせ給うた「安國」の聖旨に基き、国事に殉ぜられた人々を奉斎し、神道の祭祀を行ひ、その神徳をひろめ、本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し、社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行ふこと」を目的とする宗教法人であって、靖國神社を設置している。靖國神社は、「国のために一命を捧げた人たちの霊」を慰めるために建てられた施設であり、「国事に殉ぜられたる人々」を「祭神」とし、「祭祀を執行し、祭神の神徳を弘め、その理想を祭神の遺族崇敬者及び一般に宣揚普及し、社運の隆昌を計り、万世にゆるぎなき太平の基を開き、以て安国の実現に寄与すること」を目的としている。(<証拠略>)

(ウ) 被控訴人靖國神社には、明治維新ころ以来の日本国内外の戦争等によって死亡した軍人軍属等が神として祭られているが、その中には、明治28年以降日本が台湾を統治し、台湾原住民らを討伐した際の日本の軍人等も合祀されている。被控訴人靖國神社は、昭和20年11月、いわゆる満州事変以後同年9月2日以前の全戦没者を対象として、靖國神社に将来祭られるべき陸海軍軍人軍属等の招魂奉斎のための臨時大招魂祭を執行し、同祭において招魂された「御霊」の中から、合祀に必要な調査のすんだ「御霊」を、昭和21年以降57回にわたって合祀した。昭和53年10月17日ころには、第二次世界大戦にかかる戦争犯罪について、極東軍事裁判で有罪判決を受けたいわゆるA級戦犯も合祀された。上記合祀について、被控訴人靖國神社は遺族の同意を得ていない。(<証拠略>)

合祀者は、合計246万余名に及んだが、うちいわゆる日中戦争及び第二次世界大戦による死者が232万余名と圧倒的多数を占めている。上記合祀者の中には、台湾出身者が約2万8000名含まれており、その中には台湾原住民で、第二次世界大戦に軍人軍属として加えられ、戦死した者も含まれている。合祀者の遺族の中には、被控訴人靖國神社に対し、その合祀の取下げを求めた者もいるが、被控訴人靖國神社はこれを断っている。

(エ) 被控訴人靖國神社では、靖國神社への参拝の方式として、昇殿して参拝する「昇殿参拝」あるいは「正式参拝」と、社頭ないし拝殿の前で参拝する「一般参拝」あるいは「社頭参拝」を区別しているが、「公式参拝」という用語は使用していない。正式参拝の方法として、靖國神社では、手を洗い、口をすすぎ、修祓を受け、本殿で玉ぐしを供えて、神社祭式である「二拝二拍手一拝」による拝礼をするとの基準を定めており、上記玉ぐしについて、その調整料として玉ぐし料を参拝者から奉納してもらっている。(<証拠略>)

イ 内閣総理大臣による靖國神社参拝の経緯(<証拠略>)

(ア) 吉田茂内閣総理大臣は、昭和26年10月18日、内閣総理大臣としては被控訴人靖國神社が民間の宗教法人となってから初めて、靖國神社を参拝し、さらに昭和29年まで、代理参拝も含めて6回参拝した。(<証拠略>)

その後、鳩山一郎及び石橋湛山の各内閣総理大臣は、靖國神社に参拝しなかったが、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸及び中曾根康弘の各内閣総理大臣は、それぞれ靖國神社に参拝し、その回数は、29年間で52回に及んだ。(<証拠略>)

岸信介から中曾根康弘に至る各内閣総理大臣は、靖國神社の春の例大祭時期である4月21日から同月23日までに合計20回、秋の例大祭時期である10月17日から同月19日までに合計15回及び終戦記念日である8月15日に合計8回、靖國神社に参拝した。(<証拠略>)

このうち、三木武夫内閣総理大臣の昭和50年8月15日の参拝は、初めて8月15日に行うものであったが、公用車ではなく自民党総裁専用車で、公職者を随行させず、肩書なしの「三木武夫」と記帳し、玉串料を私費で支出して参拝した。この参拝について、同年11月20日参議院内閣委員会において、内閣法制局長官は、三木武夫内閣総理大臣が、予め私人の立場で参る旨明らかにした上で、私人としての立場で参った旨説明した。(<証拠略>)

(イ) 安倍晋太郎内閣官房長官は、昭和53年10月17日、参議院内閣委員会で、内閣総理大臣等の靖國神社参拝について、

a 内閣総理大臣その他の国務大臣の地位にある者であっても、私人として憲法上信教の自由が保障されていることは言うまでもないから、これらの者が私人の立場で神社、仏閣等に参拝することはもとより自由であって、神社、仏閣等への参拝は、宗教心のあらわれとして、すぐれて私的な性格を有するものであり、特に、政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか、玉ぐし料等の経費を公費で支出するなどの事情がない限り、私人の立場での行動と見るべきである、

b 閣僚の場合、警備上の都合、緊急時の連絡の必要等から、私人としての行動の際にも、必要に応じて公用車を使用しており、公用車を利用したからといって私人の立場を離れたものとはいえない、

c 記帳に当たり、その地位を示す肩書を付すことは、その地位にある個人をあらわす場合に、慣例としてしばしば用いられており、肩書を付したからといって、私人の立場を離れたものと考えることはできない

との政府の統一見解を示した。(<証拠略>)

(ウ) 宮澤喜一内閣官房長官は、昭和55年11月、衆議院において、「総理大臣が、国務大臣の資格で参拝することは、憲法20条との関係で違憲の疑いを否定できない。」と発言した。(<証拠略>)

(エ) 内閣官房長官の私的諮問機関である「閣僚の靖國神社参拝問題に関する懇談会」は、昭和60年8月9日、藤波孝生内閣官房長官に対し、「政府は、この際、大方の国民感情や遺族の心情をくみ、政教分離に関する憲法の規定の趣旨に反することなく、国民の多数により支持され、受け入れられる何らかの形で、内閣総理大臣その他の国務大臣の靖國神社への公式参拝を実施する方途を検討すべきである。」との報告書を提出した。(<証拠略>)

(オ) 中曾根内閣総理大臣は、同月15日、靖國神社を参拝したが、その際公用車を使用し、内閣官房長官と厚生大臣を公務として随行させ、拝殿で「内閣総理大臣 中曽根康弘」と記帳し、本殿において、神道形式の「二拝二拍手一拝」ではなく、一礼する方式で拝礼し、献花料3万円を政府支出させ、参拝後、境内において、記者団に対し、「首相としての資格において参拝しました。もちろん、いわゆる公式参拝であります。」などと話した。(<証拠略>)

(カ) 藤波内閣官房長官は、同月20日、衆議院で、「戦没者に対する追悼を目的として本殿又は社頭で一礼する方式で参拝することは、憲法20条の規定に違反する疑いはないとの判断に至った。」と発言した。(<証拠略>)

(キ) 中曾根内閣総理大臣は、上記参拝に対して、アジア各国から強い批判を受け、以降の靖國神社への参拝を見送った。(<証拠略>)

後藤田正晴内閣官房長官は、昭和61年8月14日、中曾根内閣総理大臣が靖國神社参拝を見送ったことの理由として、「靖國神社がいわゆるA級戦犯を合祀していること等もあって、昨年実施した公式参拝は近隣諸国の国民の間に批判を生み、過去の戦争への反省と平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれるおそれがある。政府としては、首相の公式参拝は差し控える。」と発言した。(<証拠略>)

(ク) 橋本龍太郎内閣総理大臣は、自らの誕生日である平成8年7月29日、靖國神社に参拝し、参拝後、記者団からの公私の区別の質問に対し、「どうでもいいだろう。もう、そういうことで、国際関係をおかしくするのは、そろそろやめにしようよ。」と答えた。(<証拠略>)

その後、内閣総理大臣は、本件第1参拝に至るまで、約5年間靖國神社に参拝しなかった。(<証拠略>)

ウ 被控訴人小泉の本件各参拝に至る経緯(<証拠略>)

(ア) 被控訴人小泉は、平成13年4月、自民党総裁選挙に立候補した。(<証拠略>)

当時、自民党の有力支持団体である日本遺族会は、自民党に対し、内閣総理大臣の靖國神社参拝の実現に向けての運動を展開していた。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、同月15日ころ、日本遺族会などに対して、内閣総理大臣に就任した場合には、靖國神社を公式参拝する旨を伝えた。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、同月18日、自民党総裁選挙4候補討論会において、「首相に就任したら、8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する。」と発言した。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、上記のように、内閣総理大臣就任後、8月15日に靖國神社を参拝することを公約とした。

(イ) 中華人民共和国(以下「中国」という。)外務省は、同年4月24日、「日本の要人の靖國神社参拝には一貫して反対だ。中国人民を含めたアジアの人々の感情を傷つけてほしくない。」との声明を出した。(<証拠略>)

(ウ) 被控訴人小泉は、自民党総裁選挙で当選し、同月26日、内閣総理大臣に任命された。

(エ) 被控訴人小泉は、同年5月9日、衆議院本会議において、内閣総理大臣の靖國神社への公式参拝について「制度化されたものではなく、あえて公式参拝を行うかどうかは、戦没者の遺族の思いや近隣諸国の国民感情などを総合的に考慮し、慎重かつ自主的に検討して判断したい。」、「戦没者に敬意と感謝の誠をささげたい思いに変わりなく、その思いを込めて個人として参拝するつもりだ。」と発言し、本会議後、記者団から、「個人」と「首相」としての参拝の違いを質問されたのに対して、「同じだ。総理として、個人として参拝する。内閣総理大臣の肩書は消せない。」と話し、自ら参拝が公式参拝か、私的参拝かについては明確にしなかった。(<証拠略>)

福田康夫内閣官房長官は、同日、被控訴人小泉の上記発言に関して、参拝する場合の公私の定義はなく、本人が公式参拝だと言えば公式参拝だとの見解を示した。(<証拠略>)

(オ) 中国の国営通信社は、同日、被控訴人小泉の上記発言に関して、「この敏感な問題での意思表明が、アジア諸国の糾弾と警戒を呼ぶことは間違いないだろう。」との懸念を示した。(<証拠略>)

(カ) 被控訴人小泉は、同月10日の衆議院本会議で、靖國神社参拝について、「戦没者に心からの感謝で参拝したいと思う。8月15日に真心を込めて参拝するつもりだ。」と述べたが、自らの参拝が公式か私的かには言及しなかった。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、同月14日、衆議院予算委員会において、靖國神社参拝に関する質問を受け、「首相として二度と戦争を起こさない気持ちからも参拝しなくてはならない。」、「公式とか非公式とかは、未だに分からない。」、「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが、靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない。」、「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祭られているからいけない、ともとらない。私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝する。」との答弁をした。(<証拠略>)

(キ) 中国は、同月17日、日本の駐中国大使に対し、被控訴人小泉の上記発言に関して、「戦争被害国の国民感情を傷つけるものだ。」などと述べ、被控訴人小泉の靖國神社参拝に反対する旨伝えた。(<証拠略>)

(ク) 被控訴人小泉は、同年6月20日、野党四党首との党首討論の際、「靖國神社参拝は、心ならずも戦争に行って亡くなった人の犠牲の上に今日の平和と繁栄があるという気持ちを込めて、戦没者に敬意と感謝を表すとともに政治家として二度と戦争を起こしてはならないとの誓いを込めてする。」、「靖國神社が国民感情として戦没者の慰霊の中心的施設という受け止め方が、いまだに遺族の中にも多い。(中略)そういう方々の心を無視するのはいかがなものか。」と発言した。(<証拠略>)

(ケ) 内閣は、同年7月ころ、衆議院議員辻元清美の質問に対し、「現在、小泉総理大臣において、公的な資格で靖國神社への参拝を行うか否かについて、諸般の事情を総合的に考慮し慎重に検討しているところである。」と回答した。(<証拠略>)

(コ) 同年8月8日、「小泉首相の靖國神社参拝を支持する国民の会」の集会で、国会議員有志41人が、小泉首相の靖國神社参拝実現の重要性を参加者に訴えた。そのころ、小泉首相の靖國神社参拝をめぐっては、国内に賛否両論が渦巻く状況であった。(<証拠略>)

同月9日、国会議員有志による「小泉総理の靖國神社参拝を実現させる超党派国会議員有志の会」は、安倍晋三内閣官房副長官に対し、小泉首相が予定通り終戦記念日の15日に靖國神社を参拝するよう申し入れた。安倍官房副長官は「必ず首相に伝える。」と応じた。他方、首相の靖國神社参拝に反対する野党有志議員は、国会内で反対集会を開催した上、福田康夫内閣官房長官に首相の靖國神社参拝中止を迫るとともに、無宗教の戦没者国立墓苑の創設を求めた。(<証拠略>)

エ 本件各参拝及び事後の経過(<証拠略>)

(ア) 本件第1参拝及びその後の状況について

a 被控訴人小泉は、本件第1参拝に先立ち、靖國神社に「内閣総理大臣小泉純一郎」と記載した札を備えた一対の花を供え、献花料3万円を私費により支出した。被控訴人靖國神社は、本件第1参拝当日である平成13年8月13日午前6時ころから、靖國神社の本殿の左右に上記札付きの花を飾り、被控訴人小泉の通り道にロープを張って準備した。(<証拠略>)

b 被控訴人小泉は、同日、本件第1参拝に先立ち、福田康夫内閣官房長官をして、次の首相談話を発表させた。「先の大戦で、日本は、わが国民を含め世界の多くの人々に対して、大きな惨禍をもたらした。とりわけ、アジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策に基づく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いた。」、「私はここに、こうしたわが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め、戦争犠牲者の方々すべてに対し、深い反省とともに、謹んで哀悼の意を捧げたいと思う。」、「二度と戦争への道を歩むことがあってはならない。」、「信念を説明すれば理解を得られると考え、8月15日に参拝を行いたいと表明してきた。」、「戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせるのは、望むところではない。国内外の状況を真摯に受け止め、自らの決断として、同日の参拝は差し控え、日を選んで果たしたい。」、「発言を撤回することは、慚愧の念に堪えない。しかしながら、現在の私は、幅広い国益を踏まえ、内閣総理大臣としての職責を果たし、諸課題の解決に当たらなければならない立場にある。」、「できるだけ早い機会に、中国や韓国の方々と意見を交換し、私の信念も話したい。内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどうすればよいか議論する必要がある。」

このように、被控訴人小泉は、当初同月15日に参拝する予定であったのを、国内外の反対意見を踏まえ、前倒ししたことを明らかにした。(<証拠略>)

c 被控訴人小泉は、同月13日午後4時30分ころ、モーニング姿で靖國神社参集所に到着し、C宮司らの出迎えを受け、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳の後、Dの先導で、拝殿正面から中庭を経て、本殿に進み、神前で、神道形式の「二拝二拍手一拝」ではなく、一礼する方式で拝礼した。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、本件第1参拝の際、ほかの閣僚を伴わなかったが、内閣総理大臣秘書官を伴い、靖國神社への往復に公用車を使用した。(<証拠略>)

d 被控訴人小泉は、本件第1参拝後、靖國神社の到着殿菊花の間で、湯澤宮司と懇談し、さらに、同広間で記者会見し、報道陣に対して、終戦記念日の参拝を避けた経緯について、近隣諸国への配慮を強調するとともに、「総理大臣として人の言うことを聞かなければいけないなと思い、いろんな方々の意見を伺ってきた。熟慮に熟慮を重ねた結果、今日がいいのではないかと私が判断した。」と述べ、公私の区別については、「公的とか、私的とか、私はこだわりません。内閣総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」と応答し、公式か私的かについては明確にしなかった。(<証拠略>)

e 中国政府及び大韓民国(以下「韓国」という。)政府は、同日、本件第1参拝を強く非難した。(<証拠略>)

中国の各新聞社は、同月14日以降、本件第1参拝を強く非難した。(<証拠略>)

f 同月13日、靖國神社には大勢の人が被控訴人小泉の参拝を見るために集まり、同月中には、15日の終戦記念日をはじめ、月間を通しての参拝者も例年より増加した。また、靖國神社のインターネットホームページへのアクセス件数は、同年8月には、同年7月以前の約4倍ないし13倍に急増した。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、同月15日、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ、その後、政府主催の全国戦没者追悼式に出席し式辞を読んだ。(<証拠略>)

g 内閣は、同年8月ころ、参議院議員大脇昌子の質問に対し、被控訴人小泉は、本件第1参拝について、「総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。」旨回答した。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、平成14年5月8日、参議院本会議においても、本件第1参拝について、「内閣総理大臣である小泉純一郎が心を込めて参拝した。」と同様の説明をした。(<証拠略>)

(イ) 本件第2参拝及びその後の状況について

a 被控訴人靖國神社は、本件第2参拝の際、春季例大祭を行っていた。(<証拠略>)

b 平成14年4月21日午前6時ころ、内閣総理大臣被控訴人小泉の秘書官らは電話で、午前8時に靖國神社に集まるよう指示された。同日午前8時ころ、被控訴人小泉は、内閣官房長官及び与党幹部らに、同日靖國神社に参拝する決断を告げた。(<証拠略>)

c 被控訴人小泉は、同日午前8時30分ころ、モーニング姿で靖國神社に到着し、テレビの取材陣が到着するのを約1時間待ち、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳の後、午前9時30分過ぎ、手水を受け、狩衣姿の小方禰宜の先導で、拝殿、さらに本殿へ進み、神道形式の「二拝二拍手一拝」ではなく、一礼する方式で拝礼した。(<証拠略>)

d 被控訴人小泉は、本件第2参拝の際、ほかの閣僚を伴わなかったが、内閣総理大臣秘書官を伴い、靖國神社への往復に公用車を使用した。(<証拠略>)

e 被控訴人小泉は、本件第2参拝の際、献花料3万円を私費により支出し、あらかじめ本殿に「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記載した札を備えた一対の花を供えた。(<証拠略>)

f 被控訴人小泉は、本件第2参拝直後、「私の参拝の目的は、(中略)心ならずも、家族を残し、国のために、命を捧げられた方々全体に対して衷心から追悼を行うことであります。今日の日本の平和と繁栄は、多くの戦没者の尊い犠牲の上にあると思います。」、「国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として、長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に参拝して、追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えます。」、「終戦記念日やその前後の参拝にこだわり、再び内外に不安や警戒を抱かせることは私の意に反するところであります。」、「例大祭に合わせて参拝することによって、私の真情を素直に表すことができると考えた。」との所感を発表し、さらに記者団に対し、「今日の日本の平和と繁栄は、戦争によって尊い命を犠牲にした方々の上に成り立っている。政治家として一番大事なことは、この平和と繁栄を維持、発展させることと、二度と戦争を起こさないことだ。そういう意味を込めて参拝した。」と話し、同年8月の参拝について、「ありません。1年に1度ですね。」と話した。(<証拠略>)

g 中国政府及び韓国政府は、同日、本件第2参拝を強く非難した。(<証拠略>)

h 福田内閣官房長官は、同年5月8日、参議院本会議において、本件第1参拝及び第2参拝を、いずれも被控訴人小泉の私人としての立場での参拝であると発言した。(<証拠略>)

i 被控訴人小泉は、同年11月21日の衆議院内閣委員会において、靖國神社参拝について、「人に奨励するとか、私の参拝を見習ってほしいとかいう気持ちは全くない。」、「人に参拝しなさいとか言う気持ちはない。」旨述べた。(<証拠略>)

(ウ) 本件第3参拝及びその後の状況について

a 被控訴人小泉は、平成15年1月14日、本件第3参拝に先立ち、記者団に対し、「お正月ですし、新たな気持ちで行く。平和の有り難さをかみしめて、二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝したいと思います。」と話した。(<証拠略>)

b 被控訴人小泉は、同日午後2時ころ、モーニング姿で靖國神社に到着し、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳の後、狩衣姿の靖國神社職員の先導により、拝殿、本殿と回り、本殿において、神道形式の「二拝二拍手一拝」ではなく、一礼する方式で拝礼した。(<証拠略>)

c 被控訴人小泉は、本件第3参拝の際、ほかの閣僚を伴わなかったが、内閣総理大臣秘書官を伴い、靖國神社への往復に公用車を使用した。(<証拠略>)

d 被控訴人小泉は、本件第3参拝の際、献花料3万円を私費により支出して、あらかじめ本殿に「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記載した札を備えた一対の花を供えた。(<証拠略>)

e 被控訴人小泉は、本件第3参拝後の同日、記者団に対し、「決意を新たにするには、いい時期ではないかなと思いました。」と話した。(<証拠略>)

f 中国政府及び韓国政府は、同日、本件第3参拝を強く非難した。(<証拠略>)

g 福田内閣官房長官は、同年1月30日、参議院予算委員会において、本件第3参拝を含む本件各参拝について、被控訴人小泉が私人としての立場で参拝したと発言した。(<証拠略>)

(エ) その後の参拝及びその後の状況について

a 被控訴人小泉は、平成16年1月1日にも靖國神社を参拝した。それまでと同様、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、一礼する方式により拝礼し、私費で献花料を納めた。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、参拝後、「いつもの通り形式にはこだわりません。」と話した。(<証拠略>)

b 被控訴人小泉は、同年4月7日昼、靖國神社参拝について、「総理大臣である個人、小泉純一郎として参拝した。公私はわからない。」と答えていたが、同日夜、記者団の「首相の靖國神社参拝は私的参拝か。」との質問に対し、「そうです。私人小泉純一郎が個人的な信条に基づいて参拝しているので、私的参拝と言っていいかもしれない。」とこれまでの発言を修正したかのごとき発言をした。(<証拠略>)

被控訴人小泉は、平成17年5月20日、参議院予算委員会において、靖國神社への本件各参拝及び平成16年1月1日の参拝について、「総理大臣の職務として参拝しているものではない。」、「総理大臣である小泉純一郎が個人として参拝している。」旨説明し、「個人として、私人として参拝されているということか。」との質問に対し、「個人として参拝している。」と答え、最後に「個人としての私的参拝であるということでいいか。」との質問に対し、「内閣総理大臣である小泉純一郎が参拝しているが、内閣総理大臣の職務として参拝しているものではない。」と、従前と同様、立場を明確にしない答弁をした。(<証拠略>)

c 内閣は、平成17年6月、衆議院議員岩國哲人の質問に対し、被控訴人小泉の本件各参拝を含む靖國神社参拝について、いずれも、政府の行事として参拝の実施が決定されるとか、その経費を公費で支出するなどの事情がないことから、公式参拝ではなく、私人としての立場でなされたものと答弁した。(<証拠略>)

(2)  以上の認定事実に基づき、被控訴人小泉の本件各参拝が、国賠法1条1項にいう、内閣総理大臣としての「職務を行うについて」なされたものであるか否かについて検討する。

ア 国賠法1条1項にいう「職務を行うについて」とは、加害行為が職務行為自体を構成する場合のほか、職務執行の手段としてなされる場合や、職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされる場合も含むものと解される。

そして、上記判断に際しては、当該公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず、私的な目的や意図をもってする場合でも、客観的に職務行為の外形を備えている場合には、これに該当するものと解するのが相当である。また、上記職務行為の外形を備えた行為であるか否かについては、当該行為(本件では、本件各参拝行為)のみならず、その前後の状況等をも総合して判断すべきである。

この点について、被控訴人国は、本件の場合には、被害者が外形を信頼する場面ではないから、外形は職務行為の判断基準になり得ないと主張するが、国賠法は、公務員の行為によって他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責任を負わしめて、ひろく国民の権利ないし利益を擁護することをもって、その立法の目的とするものであることに照らすと、そのような解釈を採用することは相当でない。また、被控訴人国は、行為の外形による判断は、本件各参拝自体の外形によってなされるべきであり、その前後の事情は行為の外形を構成するものではないとも主張するが、そのように限定すべき根拠は存しないから、この主張も採用できない。

イ 被控訴人小泉は、平成13年4月26日、内閣総理大臣に任命され、本件各参拝当時その地位にあった。したがって、被控訴人小泉は、被控訴人国の内閣総理大臣として、すなわち行政権を有する内閣の首長として、行政各部を指揮監督する等の職務を担っているが、その職務内容は、一般行政事務及びその他の国務という行政全般に及ぶ広範なものである(憲法72条、73条)。本件各参拝は、靖國神社に祭られた祭神に対し畏敬崇拝の気持ちを表すというものであるから、個人の行為として行われるのが本来であるが、内閣総理大臣の地位にある者がなす場合、上記職務の広範性及び社会に与える影響力からして、私的なものと見るのが通常とは言えず、中曽根内閣総理大臣が靖國神社参拝当時、公式参拝と称したように、本件各参拝も、公的な立場でなされたと評価されるものであれば、その職務を行うについてなされたものと認められることになる。

ウ そこで、本件各参拝について、その参拝自体の状況及び各参拝に至る経緯、その前後の被控訴人小泉の発言等を総合して検討する。

(ア) 本件各参拝の態様は、いずれも、往復に公用車を使用し、内閣総理大臣秘書官を伴い、靖國神社においては、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、本殿に「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記載した札を備えた一対の花を供えるものであり、内閣総理大臣としての参拝と推認しうる要素を多分に含んだものであった。また、被控訴人小泉は、本件第1参拝に先立って、内閣官房長官をして上記のような本件第1参拝に関する談話を発表させ、本件第2参拝においては、靖國神社に到着後、約1時間もテレビの取材陣が到着するのを待って参拝しているが、私的な参拝であれば、このようなことが必要とは考えられないことからして、これらも、参拝に付随したものであるが、その公的性格を窺わせるものである。

(イ) 次に、本件各参拝に至る経緯について見るに、被控訴人小泉は、内閣総理大臣就任前の自民党総裁選挙時から、内閣総理大臣に就任した時には、8月15日に靖國神社に参拝する旨言明してこれを公約としており、上記選挙により自民党総裁に選ばれ、さらに内閣総理大臣に就任した後も靖國神社参拝を実行する意志を再三表明し、内閣総理大臣として参拝するのかどうかについて、多少紛らわしい言い方をしたこともあったが、一貫して内閣総理大臣として参拝することを否定しなかった。そのうえ、被控訴人小泉は、8月15日を避けて参拝を実行しているが、これは、内外の批判も考慮してやむを得ず日を変えたものにすぎず、この点を除いては、上記公約や内閣総理大臣就任後の言明を実行したと受け取られるものである。その際、被控訴人小泉は、内閣総理大臣としての参拝に対する内外の批判等をも踏まえて熟慮の上参拝に及んでいるが、そのことからも、公的な参拝であることを意識して実行したものと見ることができる。

(ウ) また、本件各参拝後においても、被控訴人小泉は、明確には公的な参拝であるとの発言はしていないが、平成16年4月7日に至って、私的参拝と言っていいかもしれないと発言を修正するまでは、私的参拝であると明確に認めたこともなく、かえって、本件各参拝の直後等に、「内閣総理大臣である小泉純一郎が参拝した。」などと説明している。この「内閣総理大臣である」との言葉は、「内閣総理大臣として」と表現が異なるとはいえ、単なる個人の立場からだけではなく、内閣総理大臣である立場からもというものであるから、内閣総理大臣としてとの意味を含むものと解されるのであって、本件各参拝後の被控訴人小泉の発言全体に照らしても、私人としてだけではなく、公的な内閣総理大臣としての資格をももって参拝したことを表しているものと解される。このように、私的参拝と明言しないまま、「内閣総理大臣である」との表現を用いている以上、一般に公的な参拝であることを表明したものと受け取られるものである。

なお、内閣総理大臣も、個人としては信教の自由を有しているが、内閣総理大臣という公職にある者としては、政教分離原則違反の問題が論議されている中で、本件各参拝が私的行為としてのものであるか、公的行為としてのものであるかを公に明確にすべきであり、本件の場合のように、私的行為であることを敢えて明確にせず、曖昧な言動に終始する場合には、本件各参拝を公的行為と認定する一つの事情とされてもやむを得ないというべきである。

(エ) 被控訴人小泉の本件各参拝の動機ないし目的について見るに、本件各参拝前後の発言、談話、所感によると、被控訴人小泉は、靖國神社に祭られている祭神のだれかとの関わり等私的な動機を述べるのではなく、政治家として、靖國神社を戦没者追悼の中心的施設とする意見に配慮した上、日本の歴史を受け止め、戦没者に反省と哀悼の意をささげることなどを参拝の目的とするものであって、これは日本の為政者としての政治的な動機ないし目的が主たる目的であることを表しているものと認められる。もっとも、被控訴人小泉は、個人としても参拝するつもりであり、現に参拝したとも発言しており、これは、神社に参拝することについては、当然祭神に対する個人としての畏敬崇拝の気持ちがあることを述べたものと考えられ、このような個人的な畏敬崇拝の気持ちもあったものと認められるが、そのような目的があったからといって、前記政治的な目的が主たる動機ないし目的であることを否定することはできない。他方、本件各参拝について、被控訴人小泉が参列すべき親族、知人等の冠婚葬祭その他の私的な行事のためであったとか、祭神に被控訴人の親族がいることなどにより、私的な動機、目的に基づき参拝したものと見るべき具体的な事情は、証拠上窺えない。

(オ) 以上の本件各参拝の態様、本件各参拝が内閣総理大臣就任前の公約の実行としてなされたこと、本件各参拝前後の被控訴人小泉の発言内容は、本件各参拝が私的なものであると明言せず、公的な立場での参拝であることを否定していないこと(本件各参拝について、政教分離の原則違反が問題になっているのであるから、被控訴人小泉としては、これが私的なものというのであれば、それに相応しい対処の方法があるのに、曖昧な言動に終始していること)、被控訴人小泉の発言及び談話、所感に表れた本件各参拝の主たる動機ないし目的は政治的なものであることなどを総合すると、本件各参拝は、少なくとも行為の外形において、内閣総理大臣としての「職務を行うについて」なされたものと認めるのが相当である。

エ 被控訴人国及び被控訴人小泉が、本件各参拝が私的なものである根拠として主張する点について、以下検討する。

(ア) 本件各参拝において、被控訴人小泉が「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳等した点について、肩書を付記することは、その地位にある個人を表す場合にしばしば用いられているから、肩書を付したからといって私人の立場を離れたものと考えることはできないと主張する。

しかし、被控訴人小泉が内閣総理大臣であることは公知の事実であるところ、靖國神社参拝の合憲性が論議されている中で、あえてその地位にある個人を表すために肩書を付する必要性は特にないものと考えられる上、証拠(<証拠略>)によると、被控訴人小泉は、平成16年4月30日、和歌山県本宮町の熊野本宮大社に参拝した際、「内閣総理大臣」の肩書を記帳しなかったが、その点について記者団の質問に対して、「いつも私は肩書を事かない。」旨述べていることが認められること、また前記認定のとおり、三木内閣総理大臣の靖國神社参拝の際には、政教分離の憲法上の原則との抵触に十分配慮し、私人の立場の参拝と受け取られるよう、肩書を付さなかったことに照らすと、上記主張は失当である。

(イ) 本件各参拝において、公用車を使用したこと及び秘書官を伴ったことについて、警備上の都合及び緊急時の連絡の必要などからであり、被控訴人小泉の行動が私人の立場を離れたものとは言えない旨主張する。しかし、三木内閣総理大臣の靖國神社参拝の際には、政教分離の憲法上の原則との抵触に十分配慮して、公用車を使用せず、公職者を随行しなかったことに照らすと、本件各参拝においても、公用車の使用や秘書官の随行が不可欠であったとはいえず、公用車の使用や秘書官を随行しない参拝もあり得たことも考えると、これら公用車の使用や秘書官の随行は、公的な立場での参拝を窺わせる事情の一つと見るのが相当である。

したがって、上記主張は失当である。

(ウ) 本件各参拝において、被控訴人小泉が私費で献花料を支出しており、玉ぐし料等の経費が公費で支出されたことはないから、私人の立場での行動と見るべきであると主張する。

しかし、献花料が公費から支出されていないことは、本件各参拝が私的なものであったことを窺わせる事情の一つであるが、全体としては公的な行動と判断される場合であっても、支出対象によっては私費で支出することもあり得るから、上記事実をもって、直ちに本件各参拝が公的なものであることを否定するものということはできない。

したがって、上記主張は失当である。

(エ) 本件各参拝について、閣議決定等により政府の行事として参拝を実施することが決定されていないから、参拝は私人の立場での行動と見るべきであると主張する。

しかし、前記のような内閣総理大臣の職務の範囲、性質等に照らすと、上記決定がなければ、内閣総理大臣としての公的な行動があり得ないと解することは相当ではない。

よって、上記主張は失当である。

(オ) 被控訴人小泉は、内閣総理大臣就任前から、靖國神社に参拝していたところ、本件各参拝もそれと同一線上にあるものであって、内閣総理大臣の職務行為などではない旨主張する。

しかし、仮に、被控訴人小泉が内閣総理大臣就任前から靖國神社に参拝していたとしても、上記(1)ウ、エ認定の事実に照らせば、それをもって、本件各参拝が公的なものであることを否定することはできない。

したがって、上記主張は失当である。

(カ) 内閣総理大臣等の靖國神社参拝に関する政府統一見解は、上記(1)イ認定のように、特に政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか、玉ぐし料等の経費を公費で支出するなどの事情がない限り、私人の立場での行動と見るべきであり、公用車を利用したり、記帳に肩書を付したからといって私人の立場を離れたとはいえないというものであるところ、本件各参拝が内閣総理大臣の資格で行われたかどうかは、この政府統一見解に従って判断されるべきである旨主張する。

しかし、上記統一見解も、本件各参拝が内閣総理大臣の資格で行われたか否かを判断するための一つの判断材料となるものということはできるが、本件各参拝が内閣総理大臣の資格で行われたか否かは、これに従って判断すべきものと解するのは相当でないから、上記統一見解をもって、上記(2)ウの認定を否定するものとは言えない。

したがって、上記主張は失当である。

3  本件各参拝の違憲性について

(1)  憲法20条3項にいう宗教的活動の意義

一般に政教分離原則とは、国家は宗教そのものに干渉すべきではないとする、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を意味するものとされているところ、我が国では、大日本帝国憲法においても信教の自由を保障する規定(28条)が設けられてはいたが、その保障は、「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」という制限を伴っていただけでなく、国家神道に対し事実上国教的な地位が与えられ、時としてそれに対する信仰が強制され、あるいは一部の宗教団体に対し厳しい迫害が加えられたこと等もあって、同憲法の下における信教の自由の保障は不完全なものにとどまった。日本国憲法は、上記歴史的経過に鑑み、信教の自由を無条件に保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けた。元来我が国においては、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきており、このような宗教事情の下で信教の自由を確実に実現するためには、単た信教の自由を無条件に保障するのみでは不十分であり、国家といかなる宗教との結びつきをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大きかった。これらの点に鑑みると、憲法は、政教分離規定を設けるに当たり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたものと解すべきである。

もっとも、元来、政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではない。そして、国家が社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するに当たって、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れない。したがって、政教分離規定の保障の対象となる国家と宗教との分離にも自ずから一定の限界があり、政教分離原則が現実の国家制度として具現される場合には、それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし、国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いを持たざるを得ないことを前提とした上で、そのかかわり合いが、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、どのような場合にどのような限度で許されないこととなるかが問題とならざるを得ない。このような見地から考えると、憲法の政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とかかわり合いを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、そのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものと解すべきである。

上記政教分離原則の意義に照らすと、憲法20条3項にいう宗教的活動とは、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが上記相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。その典型的なものは、宗教教育のような宗教の布教、教化、宣伝等の活動であるが、そのほか宗教上の祝典、儀式、行事等であっても、その目的、効果が上記のようなものである限り、当然これに含まれる。そして、ある行為が宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の外形的側面のみならず、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断すべきである。

(2)  そこで、上記見地から、本件各参拝が、憲法20条3項によって禁止されている国又はその機関の宗教的活動に当たるものであるか否かについて検討する。

ア 靖國神社の性質

上記のとおり、被控訴人小泉が参拝した靖國神社を設置、管理する被控訴人靖國神社は、国事に殉じた人々を祭神とし、祭神について神道の祭祀を行い、神徳を弘め、祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し、その他靖國神社の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とし、現に春秋期例大祭等の行事を行い、靖國神社の本殿、霊璽簿奉安殿、拝殿等の礼拝施設を有しているものであり、宗教法人法2条にいう、「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とする礼拝の施設を備える神社」に該当する宗教団体であって、同法に基づき設立された宗教法人である。

イ 本件各参拝の目的

本件各参拝は、このような宗教団体である被控訴人靖國神社の備える礼拝施設である靖國神社において、しかもその祭神のご神体を奉安した本殿において、祭神に対し、一礼する方式で拝礼することにより、畏敬崇拝の気持ちを表したものであって、被控訴人小泉としても当然そのような意識をもって参拝したものと認められるから、本件各参拝は客観的に見て極めて宗教的意義の深い行為というべきである。また、本件各参拝に関しては、被控訴人小泉が参列するべき親族、知人等の冠婚葬祭その他の私的な行事のためであったとか、また習俗ないし習慣として宗教的意識が希薄なものであったとする事情も窺えない。

もっとも、被控訴人小泉の本件各参拝前後の談話、所感、発言によると、上記のとおり、被控訴人小泉は、本件各参拝について、政治家として、自民党総裁選の時に公約とした内閣総理大臣としての靖國神社への公的参拝を実現すること及び靖國神社を戦没者追悼の中心的施設とする意見を踏まえ、日本の歴史を受け止め、戦没者に反省と哀悼の意を捧げることなどを参拝の目的とするものであって、これは日本の為政者としての政治的な目的が主たる目的であることを表しているものである。この点について、平成14年3月28日参議院厚生労働委員会における政府参考人(内閣官房内閣参事官)は、靖國神社への公式参拝について、「国民や遺族の多くが、靖國神社を我が国における戦没者追悼の中心的施設であるとし、靖國神社において国を代表する立場にある者が追悼を行うことを望んでいるという事情を踏まえて、専ら戦没者の追悼という宗教とは関係のない目的で行うものであり、かつ、その際、追悼を目的とする参拝であることを公にするとともに、神道儀式によることなく、追悼行為としてふさわしい方式によって追悼の意を表すことによって宗教上の目的によるものでないことが外観上も明らかである場合には、憲法20条3項の規定に違反する疑いのない参拝、つまり公式参拝である」旨発言している(<証拠略>)。

しかし、戦没者追悼自体が、必ずしも宗教上の目的によるものではなく、靖國神社が戦没者追悼の中心的施設と見る者が多数いるという事情があり、本件各参拝に、上記戦没者追悼を含む政治的な目的があったとはいっても、本件各参拝の核心部分は、靖國神社の本殿において、祭神と直に向き合って拝礼するという極めて宗教的意義の深い行為である。また、追悼という行為は、宗教的な畏敬奉拝行為に相通じやすい面があり、現に宗教上の礼拝行為に含めて行われることも多いのであるから、追悼行為を、神社において祭神を対象としてする時は、宗教的な観念による畏敬崇拝行為と一体として受け取られるべきものである。他方、戦没者の追悼自体は、被控訴人小泉自身、8月15日には全国戦没者追悼式に出席して式辞を述べているように、靖國神社に参拝しなければ実施できないものではない。したがって、被控訴人小泉において、上記政治的目的の故に、本件各参拝のうち拝礼時等において、祭神への畏敬崇拝の気持ちを有しなかったとか、これを表さなかったとは到底いえないのであって、本件各参拝は、上記政治的目的にかかわらず、その深い宗教的意義を否定できないというべきである。

さらに、本件各参拝を受け容れた被控訴人靖國神社においてはもちろん、一般人においても、本件各参拝が、靖國神社本殿において、祭神に拝礼するものであることを考えるとき、単に戦没者追悼のためだけの行為とは捉えず、祭神を畏敬崇拝する宗教的意義の深い行為と受け取るべきものである。

次に、本件各参拝の態様について、拝礼は神道形式である「二拝二拍手一拝」ではなく、一礼したのみであって、靖國神社のいわゆる正式参拝ではないが、靖國神社においても、正式参拝以外の社頭参拝を認めており、本件各参拝は社頭参拝に比べて宗教的意義がより深いと見られる本殿での拝礼によっていること、被控訴人靖國神社においても、本件各参拝に十分宗教的意義を認めていること(<証拠略>)に照らすと、上記参拝の態様から、宗教的意義が浅いと見ることはできない。

ウ 本件各参拝の効果

本件各参拝は、上記のとおり、内閣総理大臣の職務を行うについてなされた公的性格を有するものであり、しかも、靖國神社の本殿において行われている。さらに、被控訴人小泉は、本件各参拝を3度にわたって行ったほか、1年に1度参拝を行う旨意志を表明し、現に4度目の参拝も実行し、国内外に強い批判があるにもかかわらず、あえてこれを実行し、継続している。このように、被控訴人小泉の参拝実施の意図は強固であった。以上については、本件各参拝の態様、本件各参拝に至る経緯、本件各参拝前後の被控訴人小泉の発言等から、一般人においでも容易に知りうるところであった。

そして、以上に加え、被控訴人小泉が、靖國神社以外の宗教団体、神社、仏閣等に公的参拝したことを認めるに足りる証拠はないことも考え合わせると、本件各参拝が、国又はその機関が靖國神社を特別視し、あるいは他の宗教団体に比べて優越的地位を与えているとの印象を社会一般に生じさせ、靖國神社という特定の宗教への強い社会的関心を呼び起こしたことは容易に推認されるところである。これに加え、上記2(1)エ認定のとおり、本件第1参拝の行われた平成13年8月には、靖國神社に例年より多くの参拝者があり、そのインターネットホームページへのアクセス数が急増したことによっても、本件各参拝が被控訴人靖國神社の宗教を助長、促進する役割を果たしたことが窺える。

エ まとめ

以上のとおりであるから、本件各参拝は、極めて宗教的意義の深い行為であり、一般人がこれを社会的儀礼にすぎないものと評価しているとは考え難いし、被控訴人小泉においても、これが宗教的意義を有するものと認識していたものというべきである。また、これにより、被控訴人国が宗教団体である被控訴人靖國神社との間にのみ意識的に特別の関わり合いをもったものというべきであって、これが、一般人に対して、被控訴人国が宗教団体である被控訴人靖國神社を特別に支援しており、他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ず、その効果が特定の宗教に対する助長、促進になると認められ、これによってもたらされる被控訴人国と被控訴人靖國神社との関わり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものというべきである。

したがって、本件各参拝は、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。

4  被控訴人小泉による法的利益の侵害について

(1)  認定事実

証拠(括弧内に記載)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 台湾の歴史等(<証拠略>)

(ア) 日本は、明治28年1月、日清戦争に勝利し、同年4月の下関講和条約によって台湾を領有することになった。(<証拠略>)

日本は、兵員を動員して、同年10月ころまでには、台湾住民の抵抗をいったん鎮圧した。(<証拠略>)

(イ) 靖國神社は、日清戦争の戦没者1万3619名及び台湾征討における戦没者1130名を合祀した。また、台湾において戦没した北白川宮能久親王は後に台北に設置された台湾神社に祀られ、現在では被控訴人靖國神社に祀られている。(<証拠略>)

(ウ) 日本は、明治28年5月、台湾に総督府を置いて軍政を開始し、以後台湾住民、特に山岳地帯に住むタイヤル族等の先住民族(原住民とも呼ばれる。以下「原住民」という。)の支配に力を入れ、原住民を統治するための政策(理蕃政策)として、一方では慰撫する政策をとりつつ、武力による包囲討伐を継続して行ったため、処刑もしくは殺害された原住民を含む台湾住民は多数にのぼった。(<証拠略>)

(エ) 原住民の武装抵抗がほぼ鎮圧されたと考えられるようになった昭和5、6年に、霧社地区でタイヤル族等の原住民が武装ほう起し、多数の原住民が日本の軍及び警察隊や他の原住民によって殺害される事件(霧社事件)が発生した。(<証拠略>)

(オ) 霧社事件後、昭和6年ころからは、台湾総督府は、社会教化や生活の改善を重視する同化政策を強化して、日本語の使用の推進及び公民思想の涵養などを含む台湾住民のいわゆる皇民化政策やいわゆるインフラの整備を伴う産業の工業化などを行うようになった。(<証拠略>)

(カ) 以上の台湾住民討伐の際死亡した日本の軍人や警察官等は、靖國神社に合祀されている。(<証拠略>)

(キ) 台湾住民には兵役の義務が課されていなかったが、昭和17年4月から陸軍特別志願兵の募集が始まり、昭和19年までの3年間に、約4500余名の志願兵が日本軍に編入された。そのうちの約1800余名が当時は高砂族と呼称されていた原住民によって編成された「高砂義勇隊」であり、東南アジアや南太平洋の密林戦に有効であるとして、フィリピンにおけるバターン作戦などジャングル地域に投入され、多数の戦没者を出した。(<証拠略>)

(ク) 昭和18年8月からは、台湾人約3000余名が海軍特別志願兵に投入された。戦局の悪化と著しい兵員の消耗にともない、昭和20年1月、台湾にも徴兵制が実施され、2万2000余名が日本軍に徴用された。台湾から軍人・軍属として、第二次世界大戦に徴兵徴用されたのは約20万7183人であって、内3万0304人が死亡した。(<証拠略>)

(ケ) 台湾では、道教、仏教、カトリック等種々の宗教が信仰されており、無宗教の者もいるが、広く行われている慣習として、各家庭ないし一族で先祖の霊を拝む先祖崇拝がある。台湾原住民は、共通して祖霊崇拝を行うが、死者の霊を、神社等の施設で神として祭ることはなく、各家において祖先及び親族の霊として祭る習慣と伝統を有している。(<証拠略>)

(コ) 靖國神社は、太平洋戦争で死亡した台湾など旧植民地の人たちを英霊として合祀しているが、昭和54年2月に台湾原住民である親族らが、平成14年8月に控訴人のうち台湾原住民である親族らがそれぞれ合祀取消し及び霊を台湾の家族のもとに返すことを要求したのに対し、いずれもこれを拒否した。(<証拠略>)

イ 台湾控訴人らの供述する被侵害利益(<証拠略>)

(ア) 控訴人X50(台湾控訴人番号1)は、台湾在住の原住民であり、台湾の国会に相当する立法院の議員として原住民の権利を回復しその利益を守るために活動をしている者であるが、靖國神社に台湾原住民に対する加害者である日本軍人等が神として祭られ、他方日本軍国主義の被害者である台湾原住民の戦没者が祭られていることに非常な苦痛を感じ、かつ容認できず、そもそも、台湾原住民には神というものはなく、祖霊崇拝があるだけであるのに、靖國神社の祭祀はこれに沿わないものと認識している。そして、本件各参拝は、原住民を死に追いやった加害者を祭っている靖國神社を参拝し、加害者のみたまを尊敬することであるから、原住民として侮辱されたと感じ、また、靖國神社が原住民の戦死者の魂を合祀し続けていること、被控訴人小泉が反対を押し切って本件各参拝をしたことによって、民族としての誇り、名誉が傷つけられ、侮辱されていると感じた。(<証拠略>)

(イ) 控訴人X51(台湾控訴人番号2)は、台湾原住民で、太平洋戦争による戦没者の親族であり、上記戦没者が靖國神社に祭られていることに承服できず、これを台湾に連れ帰ろうと、靖國神社に合祀取消を求め、拒絶された者である。(<証拠略>)

(ウ) 控訴人X52(台湾控訴人番号3)は、高砂義勇隊の戦没者の親族である台湾在住の原住民であり、靖國神社に親族が祭られている者であり、控訴人X53(台湾控訴人番号4)は、高砂義勇隊に加えられた者の親族である台湾在住の原住民であり、上記の者が戦没したと思っているが、いずれも靖國神社に親族が祭られることに苦痛を感じており、本件各参拝によって、親族を自ら祭る権利を侵害されたと感じた。(<証拠略>)

(エ) 控訴人X54(台湾控訴人番号7)、控訴人X55(台湾控訴人番号9)及び控訴人X56(台湾控訴人番号20)は、高砂義勇隊に加えられた者の親族である台湾在住の原住民であり、同族の戦没者が靖國神社に祭られていることに反対であったが、本件各参拝は、これらの者の霊魂を重ねて傷つけるものであると感じた。(<証拠略>)

(オ) 控訴人X48(台湾控訴人番号11)は、霧社事件によって日本軍に殺された原住民及び戦没者の親族である台湾在住の原住民であり、靖國神社に親族が合祀されている者であるが、靖國神社は侵略戦争に参加した戦没者が祭られている所と理解しているため、被害者と考える親族が靖國神社に合祀されていることに非常に苦しい気持ちになっており、本件各参拝により、親族を祭る権利を侵害されたと感じた。(<証拠略>)

(カ) 控訴人X49(台湾控訴人番号13)は、戦没者の親族である台湾在住の中国人であり、親族は、戦争に徴用されただけでなく、死後もなお、靖國神社に祭られ、これを二重の屈辱であると感じていたが、本件各参拝は、内閣総理大臣が率先して憲法の精神と規定を破壊するものであって、軍国主義を復活させるものであると感じた。(<証拠略>)

(キ) 控訴人X57(台湾控訴人番号75)は、台湾在住の漢民族であり、軍国主義に対し憎しみを感じ、平和を愛する志を持っている者であるが、靖國神社は侵略戦争の過程において戦死した者を祭り、また台湾人戦没者の遺族が戦没者を祭る権利があるのに、被控訴人靖國神社は台湾人戦没者の魂を留置しており、本件各参拝は、日本の軍国主義の復活を助長するものであるから、自己の思想・信条が侵害されたと感じた。(<証拠略>)

(ク) 控訴人X58(台湾控訴人番号76)は、台湾在住の漢民族であり、戦時中、日本軍に加えられた者であるが、被控訴人小泉が、日本軍国主義の象徴である靖國神社に参拝したことは、軍国主義勢力の復興の具体的な表現であると感じて憤慨し、また、本件各参拝により日本占領下の台湾で差別されてきたことを思い出させられ苦痛を感じた。(<証拠略>)

ウ その他の控訴人らの供述する被侵害利益(<証拠略>)

(ア) 控訴人X59(日本在住控訴人番号85)は、日本人であり、仏教の僧侶であって、反戦活動を行っていた者であるが、本件各参拝によって、自らの思想と異なる靖國神社への参拝を強制されると感じ、また思想及び良心を侵害されたものと感じて、全人格が破壊されたような耐えられない苦痛を感じた。(<証拠略>)

(イ) 控訴人X60(控訴人番号109)は、日本人であり、日中友好運動を続けてきた者であるが、本件各参拝によって、平和で一人一人の人権が尊重され、思想と良心の自由が尊重される社会と平和的で友好的な国際関係と国際社会の実現のために積み重ねてきた努力が踏みにじられ、思想・良心が深く傷つけられ、人間としての尊厳が傷つけられたと感じた。(<証拠略>)

(ウ) 控訴人X61(控訴人番号112)は、台湾出身の中国人の父を持つ在日中国人2世であるが、台湾・中国を侵略した戦没者を祭り、かつ、台湾から軍隊に連れて行かれた戦没者を同じように祭っている靖國神社に拒否感を持っているところ、被控訴人小泉が参拝したことで、憤りを感じた。(<証拠略>)

(2)  控訴人らの有する権利ないし利益とその侵害の有無

ア 控訴人らは、思想・良心の自由(憲法19条)、信教の自由(憲法20条1項前段)、国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)、プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権(憲法13条)を根拠に、戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し、祭祀するか、しないかに関して、公権力からの圧迫、干渉を受けずに自ら決定し、これを行うこと等のできる権利ないし利益を有するところ、被控訴人小泉の本件各参拝により、その権利ないし利益が侵害されたと主張している。

イ 思想及び良心の自由(憲法19条)並びに信教の自由(憲法20条)は、いずれも精神活動の自由である。

思想及び良心の自由は、人の内心領域における自由を指すが、憲法19条の規定は、公権力が特定の人の内心を強制的に告白させ又は推知しようとすることや、特定の内心の形成を狙って特定の思想を大規模かつ組織的継続的に宣伝するような、内心の形成、変更に対する圧迫、干渉をも禁止し、人の内心を保護するものと解される。

また、信教の自由については、宗教を信仰し、又は信仰しないこと、信仰する宗教を選択し、又は変更する自由、宗教的行為をし又はしない自由、宗教的集会・結社の自由を意味する。公権力との関係では、憲法20条2項に、何人も宗教行為、儀式等に参加することを強制されないことを明文で保障しているところであり、このほか信教の自由の解釈として、信仰を告白させもしくは推知しようとしたり、又は一定の信仰を受け入れるよう強制したり、信仰等を禁止することも許されない。また、同条3項のいわゆる政教分離規定は、制度的保障の規定であって、直接人権を保障した規定とは解されないが、同条項が間接的に信教の自由の保障を確保するために、国家に対して、宗教教育その他宗教的活動一切を禁止していること、この宗教的活動としては、布教、教化、宣伝等の行為を含むものであり、これらは各個人に対する信仰にかかる強制や禁止というよりも、主として圧迫、干渉に対する懸念から出たものと考えられることに照らし、信教の自由に関する憲法20条1項は、単に同条2項に例示された強制的行為のみならず、国家による宗教的活動がもたらすべき個人に対する宗教上の圧迫、干渉をも禁止しているものというべきであるから、人は、信教の自由の内容として、公権力による強制のみならず、圧迫、干渉を受けない権利ないし利益をも有するものと解すべきである。

そして、台湾在住控訴人らは、台湾原住民及びそれ以外の者らとも、宗教に関して、概ね日本におけると異なる固有の祖霊等の信仰ないし祖霊祭祀の慣習等を有し、死者に対する回顧、祭祀について、上記信仰ないし慣習に則った方法によることを念願していると認められるし、また、それ以外の控訴人らも、それぞれ戦没者の祭祀や靖國神社における祭祀について、各自の有する宗教への信仰等との関連で、固有の思想信条を有しているものと考えられるから、控訴人らが、思想及び良心の自由、信教の自由の内容として、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して、公権力の圧迫、干渉を受けずに自ら決定し、これを行う権利ないし利益を有すると解する余地が全くないわけではない。

ウ そこで、以下その侵害の有無について検討する。

本件各参拝が、内閣総理大臣として「職務を行うについて」なされたものであること、これが、国又はその機関が靖國神社を特別に支援しており、他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を社会一般に生じさせ、靖國神社という特定の宗教への関心を呼び起こしたものと認められることは前述のとおりである。このような本件各参拝は、控訴人らの靖國神社という特定の宗教についての認識評価に影響を与えかねず、また控訴人らが靖國神社の祭祀に批判的な考えを有している場合、控訴人らに不快等の感情を抱かせる可能性があるものというべきであり、現に、控訴人らは、本件各参拝に対し、不快ないし憤りなどの感情を抱かせられたと供述している。

しかし、本件各参拝は、靖國神社に赴いて祭神に拝礼するというものであって、それ自体直接控訴人らに向けられたものではなく、控訴人らへの働きかけを含むものとは言えない。また、本件各参拝前後の被控訴人小泉の言動等から認められる本件各参拝の主な目的は、政治家として、自民党総裁選の時に公約とした内閣総理大臣としての靖國神社への参拝を実現し、合わせて靖國神社が戦没者追悼の中心的施設であるとの意見を踏まえ、戦没者に反省と哀悼の意を捧げることにあるというものであり、それを超えて、控訴人らに対し、靖國神社への参拝を奨励したり、自らの行為を見習わせるなどの意図、目的があったものとまでは認められない。ちなみに、被控訴人小泉も、そのような意図、目的があったことは、明確に否定している。

上記のような、本件各参拝の性質、目的等に鑑みると、本件各参拝は、被控訴人靖國神社の宗教を助長、促進したものであるけれども、それ以上に控訴人らに対し、靖國神社への信仰を奨励したり、靖國神社の祭祀に賛同するよう求めるなどの働きかけ等をしたものと認めることはできない。

したがって、本件各参拝によって、控訴人らの思想及び良心の自由、信教の自由について、強制はもちろん、圧迫、干渉がなされ、控訴人らが主張するような上記権利ないし利益が侵害されたものと認めることはできない。

なお、控訴人らは、プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を根拠としても、上記のような権利ないし利益を有する旨主張しているが、仮にそうであったとしても、その権利ないし利益が侵害されたものということができないことは、上記に説示したとおりである。

エ そうすると、被控訴人小泉による本件各参拝が、控訴人らが主張する、思想良心の自由、信教の自由、国家による宗教活動からの自由、プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権が保障する権利ないし利益を侵害するものと認めることはできない。

5  被控訴人らの責任について

(1)  被控訴人小泉の責任

上記のとおり、被控訴人小泉による本件各参拝により、控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたものということができないから、被控訴人小泉の責任を認めることはできない。

また、公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団体が賠償の責に任じ、職務の執行に当たった公務員は、行政機関としての地位においても、個人としても、被害者に対し直接その責任を負担するものではないから、この点においても、被控訴人小泉の責任を認めることはできない。

(2)  被控訴人国の責任

上記のとおり、被控訴人小泉による本件各参拝は、内閣総理大臣としての「職務を行うについて」なされたものであり、憲法20条3項に違反する行為であるが、これにより控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたものということができないから、被控訴人国の責任を認めることはできない。

(3)  被控訴人靖國神社の責任

上記のとおり、被控訴人小泉による本件各参拝により、控訴人らの権利ないし法的利益が侵害されたものということができないから、本件各参拝に関わった被控訴人靖國神社の責任を認めることはできない。

6  結論

よって、控訴人らの被控訴人らに対する本件請求は、すべて理由がないからこれを棄却するべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大谷正治 高田泰治 藤本久俊)

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