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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)1956号 判決 2004年12月15日

大阪市中央区淡路町二丁目4番1号

控訴人(被告)

株式会社キャスコ

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

●●●

被控訴人(原告)

●●●

●●●

被控訴人(原告)

●●●

●●●

被控訴人(原告)

●●●

上記3名訴訟代理人弁護士

西田広一

鈴木嘉夫

宇賀神徹

薄木英二郎

内海英二

大伴孝一

尾川雅清

尾熊弘之

木下元章

定岡由紀子

白﨑識隆

新宅正人

高橋敏信

藤本一郎

松尾善紀

松尾吉洋

万代佳世

三浦直樹

森岡久晃

三野久光

八木正雄

主文

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの各請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1・2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

本件は,消費者金融業者の控訴人から金銭を借り受けていた被控訴人らが,多重債務の任意整理のために,控訴人に対し,取引履歴の開示を請求したところ,開示を拒否されたことから,公平な債務整理が妨げられ不安定な地位におかれて精神的苦痛を受けたとして,不法行為に基づく損害賠償(慰謝料各50万円,弁護士費用各5万円及び以下の遅延損害金)を求めた事案である。

(ア)  被控訴人●●●(以下「被控訴人●●●」という。)につき平成15年9月9日(開示拒否日)から,

(イ)  被控訴人●●●(以下「被控訴人●●●」という。)につき平成15年10月17日(同)から,

(ウ)  被控訴人●●●(以下「被控訴人●●●」という。)につき平成15年11月1日(同)から,

各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金

(なお,被控訴人らは,他に,利息制限法所定の利率を超える過払金につき不当利得の返還を請求していたが,控訴人が各請求額を任意に弁済したので,原審において,同請求に係る訴えは取り下げられた。)

原審は,被控訴人らの各請求を次のとおり一部認容したので,控訴人が控訴を提起した。

(ア)  被控訴人●●●につき,慰謝料10万円,弁護士費用5万円及び平成15年9月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金

(イ)  被控訴人●●●につき,慰謝料10万円,弁護士費用5万円及び平成15年10月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金

(ウ)  被控訴人●●●につき,慰謝料10万円,弁護士費用5万円及び平成15年11月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金

【以下,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 当裁判所の判断」の部分を引用した上で,当審において,内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載し,それ以外の字句の訂正,部分的加除については,特に指摘しない。】

1  前提事実(争いのない事実以外は証拠を掲記した。)

(1) 控訴人は,無担保・利息制限法所定の利率を超える高利で貸付を行うことを業とする貸金業者であり,被控訴人●●●は,飲食店パートとして,被控訴人●●●は,飲食店店員として,被控訴人●●●は,マッサージ師として勤務する者である(甲16ないし18の各1,弁論の全趣旨)。

(2) 被控訴人らは,次のとおり,控訴人から貸付を受けて弁済を繰り返し,利息制限法所定の利率を超える過払金が発生した。

ア 被控訴人●●●

① 取引開始日 平成5年11月1日

② 過払金発生日 平成11年12月2日

③ 平成16年2月1日時点の過払金元金 70万5008円

イ 被控訴人●●●

① 取引開始日 平成6年5月24日

② 過払金発生日 平成12年7月3日

③ 平成16年2月1日時点の過払金元金 39万7077円

ウ 被控訴人●●●

① 取引開始日 平成9年2月10日

② 過払金発生日 平成14年7月4日

③ 平成16年2月1日時点の過払金元金 27万4446円

(3) 被控訴人らは,代理人弁護士を通じて,控訴人に対し,取引履歴(貸付・弁済の金額・年月日)の開示を求めたが,控訴人は,開示義務がないことを理由に,次の日付に開示を拒否した(なお,本件訴訟の提起後,控訴人は開示に応じた。)。

ア 被控訴人●●● 平成15年11月1日

イ 被控訴人●●● 平成15年10月17日

ウ 被控訴人●●● 平成15年9月9日

2  争点

本件では,被控訴人らは,顧客が弁護士に任意整理を依頼し,自主的な経済的更生を図ったときには,貸金業者は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)19条ないし信義則上取引履歴を開示する義務を負い,これを開示しなかった控訴人の行為は不法行為を構成すると主張し,一方,控訴人は,上記のような開示義務はなく,また,開示しなかったことで,被控訴人らが精神的損害賠償を請求できる理由はないと主張して争っているので,本件の争点は,①取引開示義務の存否を前提とした不法行為責任の有無,②慰謝料等請求の可否である。

3  争点に関する当事者の主張

(1) 取引履歴の開示義務違反による不法行為責任の有無

(被控訴人らの主張)

ア 貸金業法19条,同施行規則17条1項,「金融監督等にあたっての留意事項について―事務ガイドライン(金融会社関係 3貸金業関係)」(以下「ガイドライン」という。)の存在や趣旨から,取引開示義務が導かれる。

(ア)  貸金業法19条,同施行規則17条1項が取引内容を記載した帳簿の作成及び保管を義務付けている趣旨は,取引の内容を記録・保存して貸金業の運営を適正化するとともに,債務者との貸付に関する紛争を将来にわたって防止し,もって資金需要者等の利益の保護を図ろうとした趣旨であり,たとえ帳簿が保存されていたとしても,資金需要者(顧客)から開示を求められた段階で開示がなされないとすると,保存義務違反に対して罰則規定まで設けて資金需要者の利益を保護しようとした上記趣旨が達成できないことから,貸金業法19条により,保存された取引の情報が紛争の予防もしくは解決のため,資金需要者に開示され利用されることが予定されている。

(イ)  ガイドライン3-2-7(1)は,上記貸金業法の趣旨を踏まえ,「債務の弁済の内容について開示を求められたときに協力すること」が定められている。

イ  仮に,上記の規定から直接に取引開示義務が認められないとしても,次の点から,貸金業者は,債権債務の内容を確定して債務の整理を行おうとしている債務者側から取引履歴の開示を求められた場合は,信義則上,取引履歴を開示すべき義務を負う。

(ア)  利息制限法所定の利率を超過する利息については,当然に元本に法定充当すべきとする最高裁判例(最高裁昭和39年11月18日判決,最高裁昭和43年10月29日判決等)の法理を貫徹するためには,取引履歴の開示が必要で,開示されないと,適正な任意整理や公平な和解もできず,上記最高裁判例の救済の途を閉ざすことになる。

(イ)  多重債務に陥った債務者に対し,弁護士を通じて任意整理を行い経済的更生を図らせることは,債務者の利益になるうえ,経済的困窮から起こる犯罪や家庭崩壊を防止し,国民全体の利益である公共の安寧を維持するうえで不可欠であるところ,任意整理を行ううえでは,取引履歴の開示により正確な債権債務関係を把握する必要性が高く,開示なくして任意整理は行えない。

多重債務の整理においては一定の支払原資を債権者間に平等に分配しなければならず,例え1社でも取引履歴を開示しなければ,債務全体の合理的な解決案を立てることさえ困難となるからである。取引履歴の開示拒否を許せば,債権者にとっては適正な配分が遅れ,債務者にとっては不安定な状態が続き経済的更正を図る機会が奪われることになる。

任意整理以外の債務整理の方法として,特定調停手続,個人再生手続があるが,いずれも取引履歴開示義務が定められており(特定調停法10条,12条,24条,同法施行規則4条,民事再生規則119条,民事再生法227条6項,252条2項),任意整理に限らず,債務整理全般にとって取引履歴が最も基本的な資料で,その開示が不可欠であることを意味している。

(ウ)  消費者金融の取引にあたっては,顧客(借主)は,利息制限法や貸金業法などの法的知識に乏しく,長期間,貸付,弁済,借増しなどが繰り返され,取引の明細書を保管する必要性を意識したり,現実に全て保管している場合も少なく,一方,貸金業者は,上記法的知識を有し,上記利便性に基づいて顧客を勧誘し,顧客が負担している高利により業務を維持する関係に立ち,貸金業法等に基づき取引履歴を作成し管理保存しているので,情報を開示することは容易である。

以上の貸金業者と顧客との間の金銭消費貸借契約の実態,法的知識や情報収集,保管能力の違い,両当事者の公平の観点から,取引履歴を開示させる要請は強い。

(エ)  利息制限法違反の利息を保持しようとする貸金業者が取引履歴を開示しないことは,過払金の返還を回避するという不当な意図に基づくもので,貸金業者側に不開示により保護されるべき利益はない。

仮に,貸金業者が貸金業法23条のみなし弁済が成立すると認識していたとしても,取引履歴を開示したうえで,上記主張を行えば足りるので,不利益はない。

ウ 下級審では,控訴人の主張とは反対に,債務者の取引履歴開示請求を認容した裁判例が大勢であり,現に大阪高裁でも,平成13年3月21日,平成15年9月25日,平成16年8月31日と相次いで取引履歴の開示義務を認めた判決が言い渡されている。

(控訴人の主張)

ア 貸金業法19条,同法施行規則17条1項は,単に所定の帳簿を備え付ける義務を定めたもので,しかも,行政上の義務であり,取引履歴を開示する義務の根拠となるものではなく,義務違反につき行政上の制裁(行政処分,刑罰等)がなされるなら格別,債務者に対する私法上の義務違反を基礎付けるものではないから,不法行為が成立することはない。

イ ガイドライン3-2-7(1)は,開示請求の主体を「債務の弁済を行おうとする者」に限定し,かつ,開示の対象を「当該弁済に係る債務の内容」に限定しているし,これは行政指導であって,法的な義務ではなく,まして,不法行為を成立させる私法上の義務ではない。

ウ 貸金業法やガイドラインが私法上の取引開示義務の根拠とならないにもかかわらず,信義則を持ち出せば,不法行為が成立しうる私法上の取引開示義務が導かれるとは考えられない。

エ 判例(乙1の2・3。名古屋地裁平成13年6月26日判決,名古屋高裁平成14年2月20日判決)では,貸金業法19条の規定は,直接私法上の効力を規定するものではなく,帳簿の備え付けを要求しているのみであり,貸金業者に取引開示義務を負わせたと解することはできず,債務者も,借用書・銀行振込控え・領収書等を保管する等して,取引情報を把握しておくことが可能であるので,貸金業者が確実に取引情報を管理していることだけから,直ちに,取引履歴を開示すべき信義則上の義務を一般的かつ一律に負うとまで解されないと判断し,最高裁も,上告棄却・上告不受理決定をした(乙1の1。最高裁平成15年3月13日決定)。

(2) 慰謝料等請求の可否

(被控訴人らの主張)

被控訴人らは,受任通知発送日(被控訴人●●●が平成15年7月23日,被控訴人●●●が平成15年10月15日,被控訴人●●●が平成15年9月8日)ころ,各代理人弁護士に任意整理を依頼し,各代理人弁護士は,控訴人を含む各債権者に受任通知とともに取引履歴の開示を求めた。

これにより,被控訴人らは,適切な時期に全ての債権者から取引履歴の開示を受け,利息制限法に基づく引き直し計算を行ったうえで,各債権者と交渉を行い,適時に債務を整理することができるという正当な期待を抱いた。ところが,控訴人は,残債務額のみを記載した債権票を送付するのみで,各代理人弁護士による直接の,又は,監督官庁である近畿財務局を通じた度重なる開示要請を無視し,前提事実(3)記載のころ,被控訴人らに対する取引履歴の開示を拒否した。

このため,被控訴人らは,控訴人に対する債務が存在するのか否か,存在するとしたら金額がいくらなのかを知ることができず,控訴人との債務整理の行方に不安を覚えたのみでなく,債務全体の整理の目途を立てることができず,債務整理の目的である早期の経済的更生を阻害されて不安定な状態に置かれ続け,債務整理全体の成否に対する甚大な不安感を抱き続けることとなり,もって,多大な精神的苦痛を被った。

以上から,被控訴人らは,控訴人に対し,不法行為に基づき,慰謝料各50万円,弁護士費用各5万円の支払いを求める。

(控訴人の主張)

取引履歴の不開示により,被控訴人らに身体・自由・名誉・貞操等の非財産的・人格的・精神的な法益に関する損害が生じていないことは明らかであるし,財産権や財産的利益に関する損害が生じたかも疑わしい。被控訴人らが,財産的損害賠償の請求さえできないのに,精神的損害賠償の請求をするのは論理の飛躍があり,賠償に値するほどの精神的苦痛だけが生じたというのも考え難い。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(取引開示義務の存否を前提とした不法行為責任の有無)について

(1)  法令に基づく取引履歴の開示義務

貸金業法は,貸金業者に対し,債務者ごとに貸付の契約についての契約年月日,貸付の金額,受領金額等を記載した業務に関する帳簿の備付及び保存を義務づけ(19条),違反した場合の罰則を定めているが(49条),これは継続的に取引内容を記録保存して,貸金業の業務の運営の適正化を図り,貸付に関する紛争を将来にわたって未然に防止しようとする趣旨と解され,それ以上に直接債務者に対して帳簿の内容を開示すべき旨を定めたものとは解されない。

また,金融庁のガイドライン3-2-7(1)は,貸金業者に対し,「債務者,保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のうち,当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」を促しているが,これも債務者に対する帳簿の開示義務を直接定めたものではない。

そして,他に取引履歴の開示義務を定めた明文の規定は存しない。

したがって,これらの規定等から,取引履歴の開示義務が法律上定められたものと解することはできない。

(2)  信義則上の取引履歴の開示義務

多重債務を負うに至った債務者が弁護士等を通じて任意整理を行い経済的更生を図ることは,経済的困窮から起こる犯罪や家庭崩壊を防止し,公共の安寧を維持するうえで不可欠であると解されるから,単に債務者の利益に資するのみでなく,国民全体の利益に資するものである。そして,多重債務者の多くは,いわゆる消費者金融業者から高金利で多数回にわたる借入を繰り返していることが多く,消費者金融業者の側でも利息制限法所定の利率を超える高金利を承知で貸付を行いつつ,いわゆるみなし弁済規定の適用によってその高金利を保持し,収益を確保することに努めるのであるから,多重債務者の場合,弁済金を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すれば,過払金の生じていることが多いことは周知のところである。

また,多重債務者は,任意整理を行う場合であっても,債権者への弁済に充てる原資に乏しいのが通例で,したがって,複数の債権者に対し,平等公平に弁済を行うには,貸金業者から過去の取引履歴について正確な情報提供を受けて残債務額を確定するとともに,過払金の生じている可能性のある貸金業者との間では,返還を受けうる過払金の額を確定する必要があることはいうまでもない。

しかるに,債務者は,利息制限法や貸金業法などの法的知識に乏しく,個別の取引に関する領収書,取引の明細書等を保管する意識も乏しく,多数回にわたる貸付,弁済,借増しなどが繰り返されても,上記領収書等の関係書面を保管していない場合も少なくないのが実情である。上記のとおり,貸金業者に対し,貸金業法19条が業務に関する帳簿の備付,保存を義務づけ,ガイドライン3-2-7(1)が債務者等から債務の内容について開示を求められたときに協力することを促しているのも,こうした場合に対処するためであると解される。

以上のように,貸金業法19条やガイドラインの趣旨,多重債務者や国民全体にとっての任意整理の必要性,そのための取引履歴開示の必要性・重要性に鑑みれば,債務者が貸金業者に対し,任意整理のためであるとの目的を明示して必要な範囲で過去の取引履歴の開示を請求したときは,貸金業者として,これに応じすみやかに開示することが信義則上期待されているものというべきところ,特段の事情(開示しないことを正当とする理由)がないのに開示に応じなかったときは,債務者に対する不法行為を構成する場合があるものというべきである。

(3)  本件取引履歴の不開示と不法行為の成否

ア 前提事実に加えて,証拠(甲16ないし18の各1・2)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(ア) 被控訴人●●●は,大阪市内でマッサージ師の仕事をし,平成5年11月1日から控訴人と取引を開始し,控訴人に返済するため,他の消費者金融業者から借入などを行う中,平成11年12月2日には,過払金が発生するようになったものの,平成15年当時の控訴人を含めた消費者金融業者4社の残高は約170万円に達し,同年7月17日に弁護士(被控訴人ら代理人弁護士八木正雄)に破産申立を依頼し,同月23日,弁護士が控訴人に受任通知を発送し,この時控訴人からの取立が止んだ。

平成15年10月30日,被控訴人●●●は,債務整理と過払の可能性があるため,代理人弁護士を通じ,控訴人に内容証明郵便で債務整理のためとの目的を明示して取引履歴の開示を求めたが,同年11月1日,控訴人から同弁護士に対して,開示義務がないとして開示を拒否し,残債務額は33万7957円である旨の回答書が郵送された。

平成15年12月9日,代理人弁護士は,近畿財務局に控訴人の行政監督権行使を申告し,その旨を控訴人にファックスで伝えたが,控訴人から取引履歴の開示はなされなかった。

上記の間,他の債権者は取引履歴を開示したので,訴訟外で和解が成立したが,控訴人が開示しなかったので,被控訴人●●●は,いつまでも債務整理が終了せず,平成16年2月2日に本件訴訟を提起した結果,ようやく控訴人から取引履歴が開示され,平成16年2月1日時点の過払金が70万5008円であることが判明した。

(イ) 被控訴人●●●は,飲食店店員として勤務し,平成6年5月24日から控訴人と取引を開始し,平成12年7月3日には,過払金が発生するようになり,平成15年当時の控訴人を含めた消費者金融業者8社の残高は約280万円に達し,平成15年10月14日に弁護士(被控訴人ら代理人弁護士定岡由紀子ら)に任意整理を依頼し,同月15日,代理人弁護士が控訴人に対し,受任通知とともに任意整理の目的を明示して取引履歴の開示を求める文書を発送した。

平成15年10月17日,控訴人から代理人弁護士に対して,開示義務がないとして開示を拒否し,残債務額は10万4898円である旨の回答書が郵送された。同月28日,再度同弁護士から控訴人に対し,開示義務がある旨通知をしたが,控訴人から開示しないとの通知があった。

平成15年11月18日,控訴人から代理人弁護士に対して,過払金元本13万円を前提に10万円で和解したいとの申し入れがあった。

平成15年11月28日,代理人弁護士は,近畿財務局に控訴人の行政監督権行使を申告した。

上記の間,他の債権者は取引履歴を開示したので,訴訟外で和解が成立したが,控訴人が開示しなかったので,被控訴人●●●は,いつまでも債務整理が終了せず,平成16年2月2日に本件訴訟を提起した結果,ようやく控訴人から取引履歴が開示され,平成16年2月1日時点の過払金元金が39万7077円であることが判明した。

(ウ) 被控訴人●●●は,飲食店パートとして勤務し,平成9年2月10日から控訴人と取引を開始し,平成14年7月4日には,過払金が発生するようになり,平成15年当時の控訴人を含めた消費者金融業者4社の残高は約180万円に達し,平成15年9月4日に弁護士(被控訴人ら代理人弁護士尾川雅清)に任意整理を依頼し,同月8日,代理人弁護士が控訴人を含む各債権者に対し,受任通知とともに任意整理の目的を明示して取引履歴の開示を求める文書を発送した。

平成15年9月9日,控訴人から代理人弁護士に対して,開示義務がないとして開示を拒否する旨の回答があり,同月16日,同弁護士から再度開示を要求し,同年10月15日,控訴人から開示はできないが口頭の回答で示談ができないか打診があったが,同弁護士は,取引履歴の開示がないと示談もできない旨伝え,同月24日,同弁護士から控訴人に三度開示を要求したが,同月25日,控訴人から開示義務がないとの回答があった。

平成15年12月8日,代理人弁護士は,近畿財務局に控訴人の行政監督権行使を申告した。

上記の間,他の債権者は取引履歴を開示したので,訴訟外で和解が成立したが,控訴人が開示しなかったので,被控訴人●●●は,いつまでも債務整理が終了せず,平成16年2月2日に本件訴訟を提起した結果,ようやく控訴人から取引履歴が開示され,平成16年2月1日時点の過払金元金が27万4446円であることが判明した。

イ 以上の事実によれば,被控訴人らは,いずれも控訴人を含めて多数の貸金業者から債務を負っていたため,破産ないし債務整理のため,弁護士に依頼し,債務を確定して整理する目的でその旨を明示して,控訴人に対し,何度も取引履歴の開示を要求したにもかかわらず,控訴人は,開示義務がないという理由で開示を拒否したこと,さらに,被控訴人らは,弁護士を通じて近畿財務局に控訴人の行政監督権行使を申告しても,控訴人は開示をしなかったこと,そのため債務整理や和解ができず,訴訟を提起せざるを得なくなったこと,控訴人は,被控訴人らが本訴を提起した後に被控訴人らの取引履歴を開示し,過払金が存することが明確になったこと,控訴人が被控訴人らの取引履歴を開示しないことについて,前記のとおり「開示義務がないから」旨述べるのみで,それ以上に特段の正当な理由があることを説明しないし、また、そのような理由があったことを窺わせる証拠もないこと,以上の諸点を指摘することができる。

そして,これらの諸事情を総合すると,控訴人が被控訴人らの取引履歴を開示しなかった上記対応は,信義則に違反し,被控訴人らに対する不法行為を構成するものというべきである。

2  争点(2)(慰謝料等請求の可否)について

上記1(3)認定の事実に照らせば,被控訴人らは,控訴人が取引履歴を開示しなかったことによって,控訴人に対する債務を確定することができず,債務整理の行方に不安を覚えたのみならず,債務全体の整理の目途を立てることができず,早期の経済的更生を阻害されて不安定な状態に置かれ続けて,相当な精神的苦痛を受けたものと認められ,それに対する慰謝料としては,被控訴人らにつき各10万円と認めるのが相当である。

控訴人は,取引履歴の不開示により損害賠償に値する精神的苦痛は生じないなど上記請求が失当である旨縷々主張する(第2,3(2)控訴人の主張)。しかしながら,控訴人による取引履歴の不開示が不法行為を構成し,これによって被控訴人らが上記認定のような不利益を受け,もって精神的苦痛を受けた以上,それに対する慰謝料請求が認められて当然のことであり,これに反する控訴人の主張は理由がない。

また,証拠(甲16ないし18の各1・2)によると,被控訴人らは,本件訴訟を提起するに当たり,弁護士に着手金として5万円を支払うことを約したこと,その他本件訴訟における諸事情を総合すると,上記不法行為と相当因果関係のある損害として,弁護士費用各5万円を認めるのが相当である。

3  以上の次第で,被控訴人らの本件各請求は,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料各10万円,弁護士費用各5万円,及び不法行為日である取引履歴開示拒否日(被控訴人●●●が平成15年9月9日,被控訴人●●●が平成15年10月17日,被控訴人●●●が平成15年11月1日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので,この限度で認容すべきである。

これと同旨の原判決は相当であって本件各控訴はいずれも理由がない。

よって,本件各控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 吉岡真一)

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