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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)21号 判決 2004年9月10日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1) 被控訴人は、控訴人に対し、金51万円及びこれに対する平成14年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第1・2審を通じ、これを5分し、その3を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

3  この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、81万円及びこれに対する平成14年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1) 本件は、控訴人が被控訴人の設置する神戸松蔭女子学院大学(以下「本大学」という。)の平成9年度の入学試験に合格し、被控訴人との間に在学契約を締結して入学金30万円及びその余の納付金51万円(授業料40万円、施設整備費及び教育充実費各5万円、諸会費1万円)の合計81万円(以下、これらを総称して「本件学納金」という。)を納付したものの、その後、学年が開始する前に入学を辞退して在学契約を解約したと主張して、準委任契約の終了に基づく受取物返還請求権ないし不当利得返還請求権(これらを選択的に主張しているものと解される。)に基づき、被控訴人に対して、本件学納金全額の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年10月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

被控訴人は、いったん、納付された学納金は、そもそも返還が予定されておらず、また、理由のいかんを問わず返還しない旨の特約もあるなどと主張してその返還を拒絶しているのに対し、控訴人は、本件学納金はすべて委任事務処理のための前払費用であり、在学契約が解約された以上、被控訴人はその返還義務を負うというべきであり、また、本件学納金の不返還特約は公序良俗に反し無効であるなどと主張して、これを争っている。

(2)ア 原判決は、入学金は、当該大学の学生としての身分を取得する地位を付与することの対価として支払われるべき金員としての性質と入学予定者を当該大学の学生として受け入れるための種々の準備行為を行うための対価としての性質を併せ有し、被控訴人は在学契約が解除されるまでに対価となる反対債務を履行していたものと認められ、学納金不返還特約によるまでもなく入学金の返還義務を負わないとして、控訴人の入学金返還請求を棄却した。

イ  原判決は、また、授業料、施設整備費及び教育充実費(合計50万円)は提供される教育役務の対価としての性質を有するから、控訴人との在学契約が始期前に解約されている以上、返還義務を負うとしながら、控訴人・被控訴人間には、本件学納金の不返還特約が存在し、同特約は有効であるとして、諸会費(合計1万円)を含め返還義務がないとして控訴人の請求を棄却した。

ウ  控訴人は原判決を不服として、控訴した。

2  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠上容易に認定することができる(末尾に証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。なお、以下、特に断らない限り、日付は平成9年である。)。

(1) 当事者

ア 被控訴人は、教育基本法及び学校教育法に従い、学校教育を行うことを目的として設立され、私立学校法に基づき文部大臣(現文部科学大臣)の認可を得た学校法人であり、本大学を設置・運営している。

イ 控訴人は、本大学の平成9年度の入学試験を受験して合格し、本件学納金を納付した者である。

(2) 本大学学則の規定

本大学学則には、次のとおり規定されている(乙1)。

ア 入学定員、修業年限(2条、3条、附則3項)

文学部英語英米文学科の定員は250名とし、修業年限は4年間とする。

イ 入学の手続(29条)

入学検定試験に合格した者は本件学納金を添えて入学手続書類を提出し、その他本学所定の手続を取らなければならない(なお、編入学や転学の場合<31条ないし33条>と異なり、入学について教授会等被控訴人による入学許可が必要であるとは定められていない。)。

ウ 学納金の不返還特約(43条)

いったん納付した学費その他はいかなる事情があっても返還しない(以下「本件不返還特約」という。)。

エ 学年、学期、入学の時期(4条、5条、24条)

学年は、4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる。学期は、4月1日から9月25日までを前期とし、9月26日から翌年3月31日までを後期とする。入学の時期は、毎学年の初めとする。

(3) 本大学の入学試験受験及び合格

ア 控訴人は、被控訴人に対し、1月25日までに、「1997年度入学試験要項」(乙2、以下「入学試験要項」という。)の記載内容に従って、本大学文学部英語英米文学科の平成9年度入学試験(一般入試A方式)の受験を出願し、2月4日に同試験を受験したところ、被控訴人は、同月14日、控訴人が同試験に合格したことを発表した(乙2、弁論の全趣旨)。

イ なお、入学試験要項には、以下の記載がされていた。

(ア)入学手続(乙2・4頁、25頁、44頁、弁論の全趣旨)

締切日である2月25日までに、次の入学手続費用(本件学納金)を振込入金の方法により支払う。いったん納付した学納金はいかなる事情があっても返還しない(本件不返還特約と同じ)。ただし、一般入試A方式の合格者については、3月3日必着の文書で入学辞退届を提出した場合には、入学金を除く本件学納金のみ返還する。

a 入学金 30万円

b 校納金(前期分) 50万円

授業料が40万円、施設整備費が5万円、教育充実費が5万円

c 諸会費 1万円

学友会費及び同窓会費各5000円(弁論の全趣旨)。

(イ) 学納金が銀行へ納入された後に、本大学から入学許可書が交付される(乙2・44頁)。

(ウ) 一般入試A方式においては、補欠入学制度を設ける。補欠合格候補者に対する繰上げ合格の通知は、2月27日に行い、同月28日までに入学手続が行われない場合には、権利放棄とみなす(乙2・45頁)。

(4) 入学手続要項の送付

ア 被控訴人は、2月14日、控訴人に対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙とともに、「入学手続方法及び入学に際しご提出願う書類について」と題する書類(乙3、以下「入学手続要項」という。)等を送付し、同書類は、そのころ、控訴人に到達した(乙3、弁論の全趣旨)。

イ 入学手続要項には、以下の記載がされていた(乙3)。

(ア) 一般入試A方式の合格者についての入学手続費用の納付期限

2月25日(締切日必着)

(イ) 誓約書等の入学手続書類(以下「入学手続書類」という。)の提出期限

3月24日(締切日必着)

(ウ) (ア)の期限までに学納金を振り込まない場合には、入学手続書類を提出していた場合でも手続未完了とみなされ、提出された入学手続書類が無効となる。

(エ) 上記(2)ウの本件不返還特約と入学辞退についての定めと同一規定。

(5) 学納金の納入

控訴人は、被控訴人に対し、2月20日、本件学納金81万円を支払った(弁論の全趣旨)。

(6) 入学の辞退

控訴人は、3月7日、他の国立大学の入学試験に合格したため、本大学への入学を取りやめることとし、同月24日までに入学手続書類を提出しなかった。

被控訴人は、同月31日、控訴人に対し、入学意思の有無について、電話による照会を行ったところ、控訴人からO大学に入学することを告げられたことから、入学辞退届を送付するので、提出するよう控訴人に求めた。

控訴人は、その後、被控訴人から送付されてきた入学辞退届に所定事項を記入し、入学許可書とともにこれを被控訴人に返送し、4月22日、同書類が被控訴人に到達した(弁論の全趣旨)。

(7) 学納金に関する文部省通知

文部省(当時)管理局長及び文部省大学局長による文部大臣所轄各学校法人理事長宛の昭和50年9月1日付文管振第251号による「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて(通知)」と題する通知(以下「昭和50年文部省通知」という。)によれば、<1> 私立大学が健全な私学経営を図るため、一定の入学者数の確保を図る必要上合格者の入学意思を確認するため早期に入学料(本件における入学金に相当するものと解される。)を徴収する必要がある場合も多いと考える、<2> しかし、入学料以外の学生納付金については、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避けることとする、<3> 例えば、入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降に徴収することとする等の配慮をすることが適当と考える、などとされている(乙4)。

(8) 授業料に関する文部科学省の行政指導

文部科学省は、平成14年5月17日、私立大学等に対し、「平成15年度大学入学者選抜実施要項について」と題する通知(文科高第170号文部科学省高等教育局長通知)を発して、私立大学の入学時における学生納付金の取扱いについて、昭和50年文部省通知を参照し、少なくとも入学料以外の学生納付金を納入する時期について、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避ける等の配慮を求め、同月21日には、私立大学に対し、入学を辞退した受験生に対し、授業料や施設整備費などを返還するよう指導を強化する方針を示し、さらに同月28日には、入試要項から不返還条項を削除し、入学辞退者に対し授業料や施設費等を返還するよう求める通知を発した(以下、上記の通知等を「平成14年文科省通知」という。)(甲4の1ないし5、5、弁論の全趣旨)。

3  争点

本件の主たる争点は、在学契約及び学納金の法的性質並びに本件不返還特約の適用の可否であり、次の8点が具体的な争点である。このうち、争点1から争点5については請求原因に関わるものであり、争点6から争点8については抗弁である本件不返還特約の効力発生ないし適用に対する権利障害の再抗弁に関わるものである(以下、控訴人と被控訴人との在学契約を「本件在学契約」という。)。

(1) 在学契約の法的性質(争点1)

(2) 本件在学契約の成立時期(争点2)

(3) 本件在学契約の終了時期(争点3)

(4) 学納金の法的性質(争点4)

(5) 返還義務の法的根拠(争点5)

(6) 本件不返還特約は公序良俗に違反するか(争点6)

(7) 本件不返還特約の適用は信義則に反するか(争点7)

(8) 本件において本件不返還特約は適用されないと解すべきか(争点8)

4  争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(在学契約の法的性質)について

〔控訴人〕

在学契約は、被控訴人が控訴人に対して、広く知識を授けるとともに、知的・道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供すべき義務(教育役務提供義務)を負担し、控訴人が、被控訴人に対して、上記教育役務の提供に対する対価を支払う義務を負う継続的契約である。

そして、学校法人の教育役務提供義務は、大学と大学入学者との間での高度の信頼関係を前提とするものであるから、その法的性質は準委任契約又は同契約に類似する契約である。

〔被控訴人〕

在学契約とは、学校法人がその設置する学校の施設・設備を使用して、学校教育法施行規則2条ないし4条により文部科学大臣に届け出た学則に則り、「大学設置基準」(昭和31年文部省令第28号)及び「短期大学設置基準」(昭和50年文部省令第21号)によって定められ、所轄庁の認可を受けた教育課程に従い、所属教員により大学にあっては4年間、短期大学にあっては2年間の学校教育を実施することを内容とする、学校教育法及び附属法令の公法的規制を受ける一種の附合契約である。

(2) 争点2(本件在学契約の成立時期)について

〔控訴人〕

ア(ア) 入学案内等の交付が在学契約の申込の誘因、控訴人が被控訴人に対して入学願書を提出することが契約の申込の意思表示、被控訴人が入学試験の合格発表をすることが承諾の意思表示に当たると解するのが当事者の合理的意思解釈として相当である。

よって、被控訴人による合格発表があった日に、本件在学契約は成立している。ただし、入学者が本大学の学則に規定された入学手続を履践しない場合には、解除条件が成就し、本件在学契約は解消されることになると解すべきである。

(イ) 仮に、本件在学契約が合格発表日に成立していないとしても、学納金の納付は契約上の義務の履行にほかならないから、遅くとも本件学納金の全部又は一部を納入した時に、控訴人が本大学の学則に規定された入学手続を履践しないことを解除条件として、本件在学契約が成立している。

イ 被控訴人の主張に対する反論

被控訴人の主張を前提とすれば、在学契約が成立する前にこれと別個の「学納金の納入に関する契約」なる契約関係が成立すると主張するかのようであるが、志願者は、当該教育機関で実際に教育を受けることを目的として入試を申し込んで受験するのであり、「締切日までに納付を完了すれば入学できる資格と入学資格を保持し得る権利」だけの取得を目的として受験することは一般に考えられない。本大学の入学試験要項にも、そのような契約関係が成立することを示すような記載はなく、上記主張は、当事者間の合理的意思に反する極めて不自然な法的主張であるし、そのような地位取得の対価として、81万円もの金銭を取得することは、教育基本法及び学校教育法の趣旨に反する。

〔被控訴人〕

ア 在学契約は、教育の実施を学年度の初めである4月1日から行うとする始期付契約で、合格通知(契約の申込資格の授与)と入学手続書類の提出並びに学納金の納付等入学手続の履践を経て、入学許可を受けること(契約の承諾。申込手続の完了日)により成立し、合格した受験生は、入学手続の履践によって入学資格とその資格を保持し得る権利(教育を受ける権利)を取得する。

イ 控訴人の主張に対する反論

控訴人の主張に従えば、合格発表後に学納金の納付等全く入学手続を履践しない場合にも在学契約が成立することとなり、その時点で、学校教育法及び附属法令の公法的規制と学則に服することになるが、そのような解釈は、当事者の意思と乖離しているというべきであり、妥当でない。

また、入学金納付時には入学手続を履践しないことを解除条件とする在学契約が成立しているとの見解は、余りに技巧的すぎる。学納金の対価性を強調するための見解であって妥当ではない。

学生の入学は、教授会の議を経て、学長が定めることとされており(学校教育法施行規則67条)、控訴人の主張は、実定法の規定に反する。

(3) 争点3(本件在学契約の終了時期)について

〔控訴人〕

本件在学契約は準委任契約であるから、控訴人はいつでもこれを一方的に解約することができるところ、控訴人は、被控訴人に対し、入学手続書類の提出締切日である3月24日までに同書類を提出しなかったものであり、これによって、控訴人は、被控訴人に対し、本件在学契約を解約するとの意思表示をしたものとみることができる。

若しくは、被控訴人からの電話による照会に対して、控訴人が入学辞退の意思を伝えたことにより、被控訴人に対し、本件在学契約の解約の意思表示をしたとみることができるから、同月31日に在学契約が終了したというべきである。

遅くとも、入学辞退届が被控訴人に到達した日には、本件在学契約は終了している。

〔被控訴人〕

合格者の入学辞退は、入学資格(権利)とその資格を保持し得る権利を一方的都合により放棄したものにすぎない。

したがって、本件在学契約は、控訴人から入学辞退届及び入学許可書が被控訴人に送付された4月22日、ないしは、控訴人の入学辞退意思を確認した3月31日に終了したとみるべきである。

(4) 争点4(学納金の法的性質)について

〔控訴人〕

ア(ア) 学納金は、教育役務提供の対価として支払われており、その法的性質は、準委任契約上の前払費用(民法649条)ないし前払報酬の性質を有するものと解すべきである。

学納金の法的性質については、その名目にかかわらず契約の本質に従って解釈されるべきであり、在学契約において被控訴人の教育役務提供義務と控訴人の対価支払義務が対価関係に立つのであるから、学納金は入学金も含めて教育提供役務の対価の内金と理解すべきである。

(イ) 学納金のうち、校納金と称される費目は、学則上「授業料およびその他の学費」と表現されており、その内訳は、授業料、施設整備費及び教育充実費であって、入学した学生が次年度以降も毎年支払うべき金員であることや、支払金額が高額であることなどからして、教育役務の対価(報酬)として受領する金員であることは明らかである。

(ウ) 次に、諸会費と称される費目には、学友会費及び同窓会費が含まれているところ、学友会費は、学生自治会である学友会が活動する際に、被控訴人が援助するための費用として徴収されるものであるから、広い意味で被控訴人が提供する教育役務の対価であるといえる。また、同窓会費は、本大学の卒業生の同窓会に入会する対価として支払を求めるもので、同窓会に入会しない場合には被控訴人が保持する理由はない金員である。

(エ) 入学金は、その名称からは入学時に納付する金員という意味合いしか読み取れない。

しかし、入学金は、当初入学手続を行うための事務手数料として徴収され始めたものであって、入学検定料と大差がなかったが、その後高騰し、本大学の平成9年度入試においては、入学検定料が3万円であるのに対して、入学金は30万円と高額であった。

また、入学金は、経理上授業料と同様に学生納付金として位置づけられており、その使途も授業料と同様に人件費その他の大学運営の経費一般に充てられている。

さらに、特定商取引法49条2項では、学習塾などの特定継続的役務提供契約について、契約締結費用及び履行費用として通常必要とされる合理的な範囲の金額を超える高額な入学金は、実質的に教育役務の対価として考慮されるべきものと解釈されている。

仮に、入学金か授業料かといった費目によって金員の法的性格や教育役務供給契約終了時における返還の要否が異なるとすれば、大学が恣意的に費目ないし名称を変更することによって、容易に特定商取引法49条2項所定の授業料の返還に関する法原則を潜脱できることになり、極めて不合理である。

したがって、入学金も、本件在学契約における教育役務の対価であると位置づけられるべきである。

イ 被控訴人の主張に対する反論

学納金は、その名称からして、当該教育機関に入学して教育を受ける際に、その対価として支払われるものと一般に理解されており、締切日までに納付すれば入学が許可される地位の取得の対価とはおよそ理解されておらず、そのような理解は当事者の合理的意思に反する。特に、補欠合格者や編入生などの場合には、入学資格の売買をしているとの意思を有しているとは考えられない。

受験生は、当該教育機関で実際に教育を受けることを目的として入試を申し込んで受験するのであり、締切日までに入学手続を完了すれば入学が許可される地位だけの取得を目的として受験することは一般的に考えられない。

被控訴人が主張する「入学できる資格の取得と入学資格を保持し得る権利」の対価なる概念は、あえて、入学手続において、学納金納入時期を早期に設定しつつ、本件不返還特約を定めたことにより意図的に作出された架空の概念であって、法的保護に値する実体を有するものではない。

仮に、控訴人と被控訴人との間で、本件在学契約以外に入学資格の取得・保持契約ないし権利売買契約とでも称すべき契約関係を別途に観念するのであれば、本大学の入学手続においては、控訴人と被控訴人との間で2つの性質の異なる契約が締結されていることになる。しかし、後者の契約が具体的にいかなる申込と承諾から成立するのかが明らかでない。

本大学の学則では、休学期間中は授業料の2分の1を徴収するとされており、このことは、授業料が在学契約上の役務提供の対価であると被控訴人が認識していることを示している。

被控訴人は、初年度納付金及び次年度以降の納付金をいずれも学生納付金と位置づけており、初年度納付金のみを権利売買の対価であるとして、経理上特別の勘定科目に位置づけることはしていない。

〔被控訴人〕

学納金は、合格者が当該大学への入学資格の取得と入学資格を保持し得る権利の対価と評価すべきものである。

合格通知を受けた受験生が学納金の納付等の入学手続を行った場合、合格者は、どの大学に入学するかの選択権を有しているのに対し、大学側はその者の入学を承諾する義務があることからすれば、学納金の納付により、合格者は、当該大学への入学資格の取得と入学資格を保持し得る権利を取得したとみることができる。

このような学納金の法的性質からすれば、入学辞退によって既納の学納金が返還されないことは当然のことであり、学納金不返還に関する記載は注意書にすぎない。

入学金は、入学資格取得・保持のための出捐であり、授業料は、学校社会への加入・身分地位の取得のための出捐ということができる。ただ、授業料を一括納入するとなると、受験生の負担が大きいことから、その分納制度を認めているにすぎず、営造物の利用及び教育役務提供の対価ではない。

(5) 争点5(返還義務の法的根拠)について

〔控訴人〕

受任者は、委任者に対して、委任事務の処理に当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。この返還義務は、第三者から受け取った物に限らず、委任者から受け取った物も含まれる。

そして、民法646条に基づいて、委任事務処理に必要でなくなったときは、上記受領物を受任者が委任者に引き渡さなければならないことも判例上肯定されている。

よって、被控訴人は、控訴人に対し、準委任契約である在学契約の終了に基づく受取物引渡義務ないし不当利得返還義務に基づき、本件学納金を返還する義務を負う。学納金が教育役務の対価である以上、本件在学契約の解消が教育役務の提供前になされた場合には、それが4月1日以前であるか否かを問わず、本件学納金全額について、被控訴人は返還義務を負う。

〔被控訴人〕

前記争点4の被控訴人の主張のとおり、学納金は、教育役務提供の対価ではなく、本来的に返還されない性質のものである。

(6) 争点6(本件不返還特約は公序良俗に違反するか)について

〔控訴人〕

ア 以下のとおり、本件不返還特約に基づき学納金の返還を拒絶するのは暴利行為であり、公序良俗に反し、無効である。

本件不返還特約が公序良俗に反するかの判断に当たっては、消費者契約法制定に至る立法経緯、過程、その他背景事情を十二分に考慮すべきである。

(ア) 本件不返還特約の暴利行為性

a 他人の無思慮・窮迫に乗じた点(主観的要件)

被控訴人は、自らが募集要項や入学手続を決定し、合格者を決定するという地位を利用し、あらかじめ不動文字で本件不返還特約を定め、同特約を承諾しなければ入学を認めないとの意思を表示している。

これに対し、受験生である控訴人は、後日入学を辞退して納入した学納金の返還を受けられず多額の損失を受けるかもしれないのに、被控訴人が、他に受験した大学の合格発表日よりも早い日時を学納金の納入期限とし、かつ、入学金以外の学納金の返還を受けられる辞退時期を限定しているため、被控訴人に学納金を納入するか、それとも他の志望大学には合格できず、浪人してしまうかもしれないにもかかわらず、被控訴人に学納金を納めずに本大学への進学を断念するかという二者択一を迫られる。

このような状況下で、控訴人が被控訴人に本件学納金を納入したのは、本件不返還特約に積極的な同意を与えたからではなく、単に浪人したくないがためであり、やむなく学納金を支払っているものである。

一方、被控訴人は、受験生の浪人したくないという気持ち及び親の浪人させる経済的余裕はないとの気持ちを十分理解した上でそれにつけ込み、自らは教育を施すという在学契約の本質的債務を免れるにもかかわらず、何らの対価のない学納金を取得している。

したがって、被控訴人は、控訴人の窮迫に乗じたといえる。

b 甚だしく不相当な財産的給付を約させた点(客観的要件)

(a) 争点4の控訴人の主張ア(ア)のとおり、学納金は、被控訴人の教育役務提供義務の対価である。そして、控訴人の入学辞退により、被控訴人は上記義務を免れているにもかかわらず、本件不返還特約により何ら対価性のない金銭を取得しているものであり、不相当である。

(b) 被控訴人は、控訴人の入学辞退により、学納金を取得できないリスクを負うとしても、多めに合格者を出したり、実際に入学した学生から徴収する学納金で経営できるようにその金額を設定するなどあらかじめそのリスクを回避する措置を講じることが可能である。にもかかわらず、リスク回避措置を講じないまま、損害が拡大した場合に、その損害を受験生に転嫁し、学納金の没収によって損害のてん補を図ろうとするのは甚だしく不当である。

(c) 控訴人の入学辞退によって被控訴人が被る積極的な損害は、せいぜい控訴人に対する各種通知の郵送費や人件費等わずかな額に限られるのに対し、被控訴人が取得する学納金は上記損害金に比して多額であり、むしろ、これを利用して利益を上げているともいえるのであって、明らかに不相当な財産的給付といえる。

(d) 争点4の控訴人の主張ア(エ)のとおり、特定商取引法上、学習塾や英会話学校等の継続的役務の提供を内容とするものについて途中解約がされた場合に徴収できる違約金の額との均衡を失している。

c その他の事情

(a) 本件不返還特約により、大学受験者の大学選択の自由、自己決定権及び学問の自由が侵害されている。

(b) 私立大学の公益的存在価値からすれば、私立大学の側は個々の受験生に対して、学納金の納入期限をできるだけ遅くするなどして、なるべくその経済的負担を増大させないように配慮してしかるべきである。

にもかかわらず、被控訴人は、合格発表日からわずか10日あまりの日を学納金の納付期限としており、3月3日までに入学辞退を申し出れば入学金以外の金員については返還すると定めているものの、入学金以外の金員は、入学式の日から逆算して2週間前の日以降に徴収するよう配慮することが適当であるとする昭和50年文部省通知に反した取扱いをしている。

(c) 国際的に比較すると、他国では入学金なるものが存在せず、前納学費については退学の場合であっても返還される。

(イ) 不公正な契約条項

消費者契約や約款などにおいて個別の契約条項が著しく不公正な場合には、当該条項が公序良俗に反して無効となり得る。

そして、著しく不公正な場合とは、当該契約条項によって消費者が被る不利益の内容及び程度、当該契約条項によって事業者が確保しようとする利益の内容及び程度、事業者の利益確保の手段としての当該契約条項の相当性、事業者ないし業務内容の性格、任意規定からの逸脱の程度などを総合的に考慮し、当該契約条項によって消費者が受ける不利益とその条項を無効にすることによって事業者が受ける不利益との利益衡量によって決すべきである。

本件不返還特約の存在により、控訴人は、被控訴人から教育役務の提供を受けていないにもかかわらず、81万円という多額の学納金を徴収されるという不利益を被っており、受験生の自己決定権及び大学選択の自由という憲法上の権利も制約されるなど甚大な不利益を被っている。

これに対し、被控訴人には、合格者の入学辞退によっても定員割れの事態は生じず、経済的損害は発生しない。むしろ、本件不返還特約の目的は、単なる金儲けにあると位置づけることもできる。

仮に、本件不返還特約の目的に合理性が認められるとしても、被控訴人は、準国家的公益的法人であるにもかかわらず、同条項により民法上の準委任契約の報酬の後払規定に反して、役務を提供することなく報酬の取得を可能としている。また、特定商取引法の規定との均衡を欠き、本件不返還特約による没収金額は極めて多額である。

さらに、被控訴人は、受験生や親の心理につけ込み、受験生に事実上選択の余地なく本件不返還特約を押しつけており、加えて、事業者に経済的損害が発生しない場合にも無条件に適用される点で適用範囲が広汎に過ぎる。

その上、比較法的にも、不当に消費者の利益を侵害するものであり、世論においても、本件不返還特約の不合理性、欺瞞性に関する指摘がなされ、また、多くの消費者らが大きな不満を抱いていることが顕在化している。

以上からすれば、本件不返還特約は、事業者たる被控訴人の利益を確保する手段としての相当性に欠ける消費者契約約款であるといわざるを得ない。

だとすれば、本件不返還特約によって消費者が受ける不利益に比して、消費者にかかる不利益を甘受させてまで事業者を保護すべき合理的な弊害や不利益自体が肯定できないというべきであり、本件不返還特約という消費者契約約款は、消費者の利益と事業者の利益との利益衡量において均衡性を肯定できず、合理性の希薄な根拠の下に事業者である被控訴人が、消費者である控訴人の利益を一方的に害して利得を得ている不公正な契約内容であって、公序良俗に反する無効な契約条項である。

イ 被控訴人の主張に対する反論

定員は、私立大学の規模、設備等を基準にした一応の収容定員に過ぎず、定員の1.5倍までであれば、定員を超える学生を入学させても補助金の不交付等の不利益は受けない。

また、本大学においては、過去、実際に定員割れが生じたことはないし、定員割れによって被る不利益も、補助金を減額される可能性があるというにとどまり、実際に減額される可能性は低い。

消費者契約における問題意識が高まっている現在においては、過去の裁判例が先例としての意義を有するのかについては甚だ疑問である。

〔被控訴人〕

ア 本件不返還特約は、事実たる慣習として認められており、公序良俗に違反しない。

学納金制度は、少なくとも過去40年間にわたって広く慣行として実施されてきており、大多数の国民の理解を得ている合理性のある制度であって、公序良俗に反しないことは判例上も確立している。

私立大学は、国公立大学と異なり、基本的に運営資金を学生の納入する学費等に拠らなければならないために財政基盤が脆弱であり、結果的に、学納金制度が私立大学の助成につながっており、在学生から徴収すべき授業料等の軽減や教育内容の充実という効果を生んでいるのであって、社会的システムとして相互扶助的なシステムが構築されている。学校法人は一種の公益法人であり、収益分配や残余財産の分配が行われることはない。

また、被控訴人は、本大学の収容定員を遵守する義務があり、定員超過及び大幅な定員割れは、いずれも国庫補助金の不交付又は減額理由となるほか、定員割れが生じれば、大学のイメージダウンにもつながってしまう。

そのため、受験生の減少傾向に伴い、受験生が複数校を受験する現状においては、早期かつ確実に収容定員に足りる入学生を確保する必要があり、本件不返還特約は、入学生の確保にも役立っている。4月以降の入学辞退の場合には入学者の補充は困難であり、返還を認めると大学の経営に多大な影響を与え、公的教育ともいえる大学の破綻につながる。

そして、受験生は、入学試験要項を読んで、学納金(入学金)が返還されないことを理解した上で入学を出願し、実際に受験している上、学納金としての金額も妥当である。

イ 控訴人の主張に対する反論

控訴人は、学納金の納入により本大学に入学する権利を確保したものであり、入学辞退は、他の大学に進学するという控訴人の利益衡量に基づいて、その権利を放棄することを控訴人自らが選択したものである。控訴人は、いわゆるすべり止めとしてそれ相応の利益を享受している。

被控訴人は、本大学への入学者選抜において、定員割れを防ぐためのいわゆる補欠入学制度を採用していないため、入学者の決定時期が遅くなればなるほど一定程度の学力を有する適正な入学者を確保することが困難となる。新学期間際になって追加合格者を加えることは、翌年度以降の入学試験において、当初の合格者に比して学力が下回る者にも入学許可を与える大学とのラベリングが対外的になされるとともに、同一クラス内で学力層の分断が生じてしまうばかりか、各進学予備校等が受験年度ごとに集計する受験偏差値の低下という客観的データとなって現れ、そのイメージダウンによる不利益が深刻であることから、そのような方法は採り得ない。

在学契約の成立後入学辞退によって被る被控訴人の損害は、4年間に対応する授業料等(約400万円)であり、仮に、本件不返還特約が賠償額の予定ないし違約金を定めるものであったとしても、控訴人に返還すべき金員は存在しない。

学納金は、無形の商品としての各種学校や塾などの教育サービスに対する対価とは性格が異なり、単なる教育施設の利用のための対価や教育実施役務提供に対する対価ではないから、これらと同一視する控訴人の主張は理由がない。

(7) 争点7(本件不返還特約の適用は信義則に反するか)について

〔控訴人〕

本件事案の下で被控訴人が本件不返還特約を援用することは信義則に照らして許されない。

消費者契約においては、個別具体的な事情の下で、事業者に形式的な契約条項の援用や権利主張を肯定することが、実質的に消費者の犠牲の下に事業者に合理的根拠の希薄な利得を肯定するような事態となる場合には、信義誠実の原則に照らし、事業者による契約条項の援用を制限すべきである。

本件不返還特約の目的は、入学辞退による経済的損害の発生を回避することであるが、定員割れは生じておらず、経済的損害は発生していない。

控訴人は、受験生及びその親という弱い立場につけ込まれ、教育役務という対価を得ないまま、81万円という高額の学納金の支払を押し付けられている。

よって、本件において、被控訴人に形式的に本件不返還特約の援用を肯定することは、実質的に控訴人の犠牲の下で被控訴人に合理的根拠が希薄な金銭の保持を肯定するという信義則に反する事態を招来することになるから、本件不返還特約の援用は許されない。

〔被控訴人〕

争う。

(8) 争点8(本件において本件不返還特約は適用されないと解すべきか)について

〔控訴人〕

本件不返還特約は、制度趣旨等にかんがみた合理的解釈の見地から適用範囲に制限があるものであり、本件事案の下では適用要件を満たしていない。

消費者契約における契約内容の適正化を確保するために、契約内容の合理的解釈を行い、消費者被害の救済と契約自由の原則との調和を図るべきである。

本件不返還特約は、合格者が入学辞退をしたことにより、てん補を必要とするような経済的損害が大学に発生した場合において、初めてその合理性を肯定できる特約事項であり、かかる合理性を欠く場合には、同条項は適用されない。

本件では、控訴人は、被控訴人が当初より一定割合の入学辞退の発生を予定して入学定員よりも相当程度多めに合格させた学生の1人にすぎず、最終的には定員割れも生じていないから、被控訴人にはてん補が必要な経済的損害が発生していない。

上記個別具体的な事情からすれば、本件においては、本件不返還特約の適用の前提を欠くから、被控訴人は、同条項に基づいて本件学納金の返還を拒むことはできない。

〔被控訴人〕

争う。

第3争点に対する判断

1  在学契約の法的性質、その成立及び終了時期(争点1ないし3)について

(1) 在学契約の法的性質(争点1)について

ア 私立大学は、それぞれの大学独自の建学の精神及び教育理念に基づき、学生に専門的かつ高度な知識を教授することを目的とする高等教育機関としての役割を担うとともに、人的及び物的設備を利用して、大学独自の研究活動を行うという学術研究機関としての役割をも担っている。

このように、大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育法52条)から、大学を設置する学校法人と所定の手続を経て当該大学の学生となった者との間に締結される在学契約は、学校法人が、当該大学において、その学生に対し、上記目的に応じた講義、実習、実験等の教育活動を行う機会を提供するとともに、そのために必要となる教育施設の利用を許すなどの方法により教育役務等を提供し、学生が学校法人に対し、その費用を負担し、報酬を支払う義務を負うことを中核とする双務有償の契約関係と解される。

そして、このような在学契約の法的性質については、学生が当該学校法人に対して、両者間の信頼関係を前提として上記教育役務提供事務を委託している点を本質としているから、準委任契約類似の無名契約と解するのが相当である。

ただし、在学契約においては、学則中大学と学生との権利関係に関する規定によってもその契約内容が定められており、学生は上記内容に一律に服するものである。その点では、学則は、約款と類似の機能を有しており、在学契約は一種の附合契約としての性質をも有するものと解するのが相当である。

イ これに対し、被控訴人は、在学契約は、教育基本法及び学校教育法に従って学則に則った教育を行うことを内容とする公法上の規制を受ける無名契約(附合契約)であって、準委任契約ではない旨主張している。

なるほど、在学契約においては、学校法人は理由なく在学契約を解除することは許されない等の国家的制約を受け、他方、学生は予め定められた学則等による包括的規律を受けるという意味で、純然たる準委任契約と異なるものではあるが、これらの制約は、教育法規等に基づく教育上の配慮が必要であるという学校教育の特殊性によるものにすぎず、このことによって、準委任契約類似という上記在学契約の本質が左右されるものではないというべきであり、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

(2) 本件在学契約の成立時期(争点2)について

大学への入学手続は、一般には、学生募集、願書提出、入学試験、合格発表通知、学納金の納付、入学許可、入学式の挙行の手順で行われるところ、在学契約においては、合格者による学納金の納付を主体とする入学手続の履践がその申込み、学校法人がこれに異議を留めずに受領することが黙示の承諾にそれぞれ該当し、合格者の入学手続の完了により、始期を次年度の学年の開始時期とする在学契約が成立すると解すべきである。ただ、学校年度は、毎年4月1日から翌年3月31日までとされている(乙1・学則4条)から入学予定者が実際に学生としての身分を取得するのはその年の学校年度開始日である4月1日であり、その意味では、在学契約はその年の4月1日をもって効力が発生する始期付契約であると解すべきである。

したがって、本件においては、前提事実(5)記載のとおり、控訴人は、2月20日に本大学に対する学納金の納付を含む入学手続を履践し、被控訴人がこれに異議を留めることもしなかったのであるから、同手続が完了した時点である2月20日ころに、控訴人と被控訴人との間に、4月1日を始期とする本件在学契約が成立したものと認められる(本大学においては、学納金の納付があれば、入学許可書を交付することとされており、学則上入学を許可するに際して、教授会の許可等本大学からの明示の承諾の意思表示が必要であると解すべき規定は存在しない。また、学則上、学年の始期は4月1日とされている。)。

控訴人は、入学願書の提出が在学契約の申込みであり、合格発表がその承諾であると主張するが、「滑り止め」等の種々の理由で複数の大学を受験することが少なくない状況においては、出願時点ではその大学に確定的に入学する意思を有していない場合も少なくないといえるから、そのように解するのは受験生の合理的意思に合致するとはいえず、控訴人の主張は採用できない。

(3) 本件在学契約の終了時期(争点3)について

控訴人は、前提事実(6)のとおり、3月24日までに入学手続書類を提出しなかったことにより、本件在学契約の黙示の解約の意思表示を行ったと認められ、遅くとも、被控訴人が、控訴人に対し、入学辞退の意思の有無を電話で確認した同月31日までには、解約の意思表示は到達したものと認められるから、同日の時点で、本件在学契約はその効力が発生しないことが確定したというべきである。

2  学納金の法的性質(争点4)について

(1) 上記のとおり、在学契約は学校法人と学生(入学手続を完了した合格者を含む。)との間の有償の準委任契約類似の無名契約と解されるから、学生が学校法人に支払う金銭(学納金)は、特段の事情のない限り、その名目のいかんにかかわらず、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬と解するのが相当である。しかるところ、本件学納金は、<1>入学金、<2>授業料、施設整備費及び教育充実費から構成される校納金、<3>諸会費からなるので、以下、これらを分けて、特段の事情の有無(返還義務の有無)を検討する。

(2) 入学金について

ア 入学金については、その付された名称自体からはその内容が判然とせず、本大学の入学試験要項、入学手続要項及び学則を検討しても、入学時に納付する金員ということ以上にその内容を直ちに確定することは困難であると言わざるを得ない。しかしながら、<1> 本大学における入学金の支払義務は、入学する際に必要とされるのみであり、学生は、次年度以降においてはその支払義務を負わないこと、<2> 本件学納金のうち入学金以外の金員については、一定の時期までに入学辞退届を提出すれば、返還を受けることができるが、入学金については一切返還されないものとされ、その取扱いが別異のものとされていること、<3> 昭和50年文部省通知や平成14年文科省通知においても、入学金については返還するよう求めてはいないこと、<4> 昭和50年文部省通知に基づいて、学納金の取扱いを検討した社団法人日本私立大学連盟(以下「私大連盟」という。)も入学金を除いて改善を求めたにすぎないこと(詳細は後記)など、入学金と授業料等のその他の学納金とは一般的に異なる取扱いがされていることが認められる。

イ 控訴人の主張によれば、このような制度はわが国に独自の制度のようであり、戦後間もなくから私立学校においては授業料等の他に入学金の名目での金員を納入することとされていたということであり、永年の慣行となっていることがうかがわれる。また、わが国においては、私立学校関係だけでなく、継続的な人的関係(団体)に参加する場合(塾や習い事やスポーツクラブ等)には、定期的な費用以外に、参加時にのみある程度まとまった金員を添えて申し込むことは一般に行われており、さらに、そのような金員については、後に参加を取りやめても返還されない場合が多い。賃貸借契約における権利金なども同様の性格を帯びたものもあると推定される。

これらの初期費用の性格には、参加の真摯性の担保(証約手付的機能)、新たな参加者のための事務経費(名簿の追加・更新、連絡費用等の実費部分)、参加を取り止める場合の制裁金(解約手付的機能)、参加しなかった場合の当該団体の被る損害に対する賠償金(賠償額の予定としての機能)、当該団体に参加することを許諾すること自体の対価(権利金的性格)等種々の要素が含まれているものと考えられる。

ウ 入学金が、これらの性格のいずれを目的としたものかは、学則等から推し量ることは困難であるが、大学入試の実態として、いわゆる滑り止めを含めた複数大学の受験が常態化しており、滑り止めの役割を担わされることの多い私立大学にとっては、受験者の入学意思を確認し、少しでも入学辞退者を減少させることに重要な利害関係を有すると考えられるから、手付的機能や賠償額の予定としての機能は重要である(私立大学を設置する学校法人側にしてみれば、それぞれ遵守しなければならない収容定員及び入学定員があり、しかも、私立大学においては、かかる収容定員及び入学定員に基づいて財務面を含む事業計画が策定されているところ、収容定員に対する在籍学生数ないし入学定員に対する入学者数が一定の割合を上回ったり下回ったりした場合には、補助金が減額されたり打ち切られる可能性が生じるし、私立大学は、随時入退学が可能な語学学校等とは異なって、学生を募集できる時期が各年度ごとに1回と限定されているため、学生を補充できる時期が限られ、かかる時機を逸して一旦欠員を生じさせると、途中で学生を補充することができないため、一般的な修学年限の期間中は欠員のままとなってしまうし、私立大学が、その所期するところの学術水準を維持し研究成果を発揮するためには、入学者数のみならず入学者の学力水準及び多様性を確保することが重要であることもいうまでもない。)。そして、このような役割を持った入学金を納付することによって、受験生は、大学に入学し得る地位を得ることになり(それが「滑り止め」としての機能である。)、反面、大学側は一方的に解除することを制約されることになる(補欠合格者の採用などにおいて、入学金を納付した者を入学予定者として扱わなければならない。)。その意味では、入学金は一種の権利金的な性格も持っている。また、大学側としては、入学金を納付した受験生が入学を辞退しない限り、当該入学予定者が大学に現実に入学するか否かにかかわらず、在学契約の始期である4月1日から入学する者として諸種の事務処理手続を行う必要が生じるから、入学金は、そのための準備行為を行うための手続費用としての性質をも有していると解することができる。

エ 入学金の性質について、上記のような解釈を前提としても、個々の入学金自体は、大学側が一方的に入学金という名目及び金額で学生から徴収しているものであるから、必ずしも個々の入学金全額が上記のような目的に相応しい額であるとは限らず、その目的に照らして相当な価額を超える場合は、その超える部分は、他の学納金と同様に、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬と評価せざるを得ないものである。

しかるところ、本来の入学金としての相当額がいくらであるかという評価については、入学金が上記のような多くの性格を有することから一概に決定することは困難であるが、手付金的性質という観点からみると、手付(民法557条1項)について民法上は限度が定められていないものの、宅地建物取引業法は宅地建物取引業者がみずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手付の額が代金の2割を超えることを禁じており(39条1項)、一応の基準として考慮されるべきである。もっとも、損害賠償額の予定の面からみれば、裁判所はその額を増減することはできない(民法420条1項)ものとされていること、上記の事務処理費用としての側面もあることに加え、永年の慣行である面も否定できないこと(もっとも、このような不明確な趣旨の金員を支払わせる慣行の妥当性については、今後十分検討されなければならないと考える。)からすれば、厳格に基礎となる金額の2割を限度とすることにも問題がないわけではなく、概ねこれを参考として、社会的相当性を超えない場合は、本来的な入学金と評価せざるを得ないものと判断する。なお、手付金にしても賠償額の予定にしても、基礎となるのは契約金額であるところ、本件の場合においては、上記基礎額は通常の在学期間全体の学納金の総額とみる余地もあるが、それでは手付としても賠償額の予定としても過大になりすぎ、必ずしも当事者の合理的な意思に沿うものとは考えられず、また、実際の入学時の納入額とすると年額で支払うものと授業料等のように学期毎に分納できるものがある上、在学契約における修学年限は長期であるから、これらの点も考慮すると基礎額は1年分とするのが常識的であると考える。

オ そこで本件について検討するに、前提事実(3)イ記載のとおり、本大学の年間の教育役務に対する費用ないし報酬の額は、授業料80万円、施設整備費10万円、教育充実費10万円の合計100万円となり、本大学の入学金の額30万円は、概ねその3割となり、いささか高額に思えなくもないが、その額が30万円であることと上記のような入学金の性格に照らして、いまだ社会的相当性を失うものとまではいえず、本件においては、入学金すべてが本来的入学金としての性質を持つものと解するのが相当である。

したがって、入学金については、大学が提供する教育役務に対する費用ないし報酬とは認められないから、本件不返還特約の効力に関わらず、入学を辞退した控訴人に対して返還する必要がないものというべきである。

カ 控訴人は、入学金は、経理上授業料と区別されることなく、その使途も授業料と区別されることなく大学運営の経費一般に充てられていることなどを理由に、入学金も教育役務等の対価と位置づけられると主張するが、いったん、大学に納付された金員が、その後、いかなる用途に用いられるか、また、大学の経理上どのように扱われるかという点は、必ずしも当該金員の性質を直接に左右するものではないと解すべきであるから、これらの事実は、上記判断を左右するものではない。

(3) 入学金を除く本件学納金について

入学試験要項(乙2・4頁)によれば、授業料、施設整備費及び教育充実費は、前期及び後期に半額ずつ納入すべきものとされているから、授業料については、文字どおり、当該期間内(平成9年度前期<4月1日から9月30日まで>)に提供される教育役務等の対価としての性質を有するものであると認められ、また、施設整備費及び教育充実費についても、その名称からは、当該期間における施設整備目的及び教育充実目的のために支出される金員であって、授業料と同様に当該期間に提供される教育役務等の対価であると認めるのが相当である。

そうすると、本件在学契約は、前記1(3)で述べたとおり、その始期である4月1日より前である3月31日までに控訴人の解約の意思表示により終了したと認められるから、控訴人は、上記校納金の対価である反対給付を何ら受けていないと認められる。よって、被控訴人は、原則として、控訴人に対して、校納金50万円を返還する義務を負うというべきである(その法的根拠については後記3)。

(4) 諸会費について

前提事実(3)イ(ア)cのとおり、諸会費は、学友会費及び同窓会費であるところ、このうち同窓会費については、本大学の卒業生によって構成される団体の運営費用であると認められ(弁論の全趣旨)、また、学友会費については、本大学の在学生で構成される学生自治会の運営費用の一部であると認められ(弁論の全趣旨)、これらのいずれについても、本大学の学生として一切教育役務等を受けていない控訴人が上記各団体に加入することはあり得ず、したがって、その対価である反対給付を受けたとも認められない。

よって、諸会費についても、上記(3)の校納金と同様に、本件在学契約が効力を失ったことにより、控訴人はその支払義務を免れ、被控訴人は、原則として、控訴人に対し、諸会費1万円の返還義務を負うというべきである(その法的根拠については後記3)。

(5) これに対し、被控訴人は、入学金を含め、本件学納金のすべてが入学資格とその資格を保持し得る権利(教育を受ける権利)そのものの対価であり、授業料等は単に学生の負担軽減のために分納を認めているにすぎないと主張している。

しかし、入学金には、前記のように入学し得る地位を確保するための対価としての性格もあるといえるが、授業料等の校納金は、その名称からしても資格保持の対価とはみがたいし、授業料等は、日々提供される教育役務等の対価であって、そのような役務等を受けられる地位を一括して売買したものと解しなければならない必然性もなく、被控訴人の上記主張は採用し難い。

3  入学金を除く本件学納金の返還義務の法的根拠(争点5)について

先に判示したとおり、在学契約は準委任契約類似の無名契約と解されるから、委任者たる学生は、大学に対して在学契約を将来に向かって解除する旨の一方的な意思表示をすることにより、いつでも同契約関係を解消することができると解される(民法656条、651条)。

なお、在学契約の目的ないし内容は、学生と大学の間の信頼関係を前提として、学生が、大学の提供する教育機会を活用して広く知識を習得するとともに、専門の学芸を研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開することにあるというべきであるが、入学予定者が当該大学で教育を受ける意思を喪失した場合には、契約の目的を達成することができないことは明らかであるし、自らが入学する大学を選択する自由は、憲法26条1項の趣旨に照らしても、最大限尊重されるべきであるから、契約を継続するか否かについては、入学予定者の意思が最大限に尊重されるべきである。このような在学契約の本質からしても、入学予定者ないし学生の側からいつでも在学契約を解消することができるとされなければならない。

そして、かかる任意解除権が行使された場合には、在学契約は、将来に向かってその効力を失うと解すべきである。

ちなみに、民法651条所定の任意解除権は、契約当事者双方から何らの理由がなくとも自由に行使することを許容するものであり、本来大学側からの一方的な解除が許されない(本大学においては、大学の解約権について、学則上、学生に対する除籍及び懲戒処分の1つとしての退学処分を規定するとともに、その要件を定めている<乙1。37条、51条、52条>ことから、大学の解約権は、上記要件に該当する場合以外はこれを行使できないものと解される。)ことからすれば、学生側のみに任意解除権を認めることには疑義もあるが、大学側がその権利を行使できないのは、先にも述べたように学校教育という特殊性による国家的制約によるものであって、上記判断に影響するものではない。したがって、入学手続をした合格者すなわち入学予定者ないし学生は、いつでも在学契約を将来に向かって解約することができるのであるから、控訴人がかかる解約の意思表示をした以上(前提事実(6))、既に被控訴人に納付した本件学納金のうち校納金及び諸会費については反対債務が履行されていない状態であるからその返還を求め得るというべきである。そして、その法的根拠は不当利得返還請求権であると解する。

4  本件不返還特約は公序良俗に違反するか、本件不返還特約の適用は信義則に反するか、本件において本件不返還特約は適用されないと解すべきか(争点6ないし8)について

(1) 認定事実

前提事実(7)、(8)及び証拠(甲3の5、4の1ないし5、5、23、32、34ないし43、乙4)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 所管行政庁による行政指導等及び消費者取引法に関する立法の動き

(ア) 昭和50年文部省通知に至る経緯

昭和50年文部省通知が出される以前は、入学金のみならず、授業料、施設費等を一括納付させ、納入した合格者が最終的に入学を辞退した場合でも、これを返還しないという取扱いが多くの私立大学でみられた。

ところが、大学への進学率が格段に高くなり、私立学校振興助成法(昭和50年)の制定による私学助成が強化される動向の下で、一方において、国費により私学助成がされるにもかかわらず、私立大学側がなお入学辞退者の前納学納金につき、その全額を徴収するということは国民の納得を得られず、不公正であるとの指摘がされ、参議院予算小委員会においても問題として取り上げられたりした。その結果、文部省は、昭和50年文部省通知を発して、私立大学に対し、入学辞退者の前納学納金の取扱いについて改善を求めた。

(イ) 私大連盟の対応

このような動きの中で、私大連盟は、昭和50年8月11日入試小委員会と常務理事会で、入学辞退者からも年間授業料を前払いさせて返さない習慣は改めるとする方針を打ち出した。

そして、私大連盟は、同年9月2日開催した常務理事会において「大学の授業を受けない者から授業料を徴収したり、施設設備を利用しない者から施設設備費を納入させることは好ましくないが、それは一面、自立経営している私立大の現実だ。しかし私学振興助成法も成立したので、私立大も社会的慣例と心情から判断、納付金の扱いを改める」として2つの試案を取りまとめた。

第1試案は、入試の合格発表後1ないし2週間以内にまず入学金を納入、入学式の前2週間以内に残りの納付金を納める。第2試案は、納付金全額をいったん納め、入学式の前2週間以内に入学辞退と納付金返還を申請した者に、授業料と施設設備費に相当する額を返すという内容であった(上記の入学式の前2週間以内とは、当時の国立一期校の合格発表の時期を念頭に置き、その合格発表の後という意味である。)。

しかし、私立大学協会、私立大学懇話会、私立短期大学協会等の私大団体は前納学納金返還についての昭和50年文部省通知に難色を示し、また、私大連盟も前記試案の採用については各私立大学の自主性に委ねたため、一部の私立大学は、入学金以外の前納学納金の返還に応ずるなどの改革を行ったが、多くの私立大学は昭和50年文部省通知や私大連盟の方針に反対し、従前の取扱を改めなかった。

そして、文部省もそのような実態を把握しながら、それ以上行政指導を強めるなどの対応をしてこなかったが、平成14年に至って、平成14年文科省通知を発して、入試要項から不返還条項を外し、入学金以外の学納金を返還するように指導するに至っている。

(ウ) 消費者取引法に関する立法の動き(公知の事実)

事業者と消費者との契約において、両者に情報力や交渉力の格差があることから消費者被害やトラブルが多発するようになったことを社会的背景として、国民生活審議会消費者政策部会は、平成6年4月に消費者取引法上の問題等の検討を開始し、消費者と事業者との間で締結される契約を対象として具体的な民事ルールを規定する消費者契約法をできる限り速やかに制定すべきであるとの報告を行い、国民生活審議会の審議を経た「消費者契約法案」が平成12年4月28日に成立し、同年5月12日に公布され(平成12年法律第61号)、平成13年4月1日から施行されている。

同法の成立過程においては、前納学納金の不返還特約の問題も議論され、前納学納金が同法9条1項の「損害賠償額の予定」と構成する可能性も指摘されており、同法の適用のある学納金返還請求訴訟においては、前納学納金の不返還特約は、同法9条1項の「損害賠償額の予定」に該当すると判断する下級審の裁判例が多数存在している。

イ 本大学における入学試験の実施状況

(ア) 平成9年度の状況

控訴人が受験した平成9年度の本大学(英語英米文学科、国文学科)の入学試験においては、入学定員410名のところ1269名(入学定員の310%)に合格通知を出し、そのうち704名(同172%)が入学金を納付し、そのうち699名(170%)が授業料等を納付し、最終的に676名(165%)が入学している(授業料等を納付後の辞退者23名)。すなわち、入学定員の3倍強の合格者を出し、最終的に入学定員の1.65倍の者が入学している。

入学者数が入学定員の1.47倍を超えると補助金は不支給となるが、被控訴人は、平成9年度につき補助金申請の基準を超えたため、補助金の申請をしなかった。

(イ) 平成9年度前後の状況

平成7年度

平成8年度

平成10年度

入学定員

410名

410名

410名

合格者数

1032名(252%)

998名(243%)

845名(206%)

入学金納付者

566名(138%)

517名(126%)

448名(109%)

授業料納付者

530名(130%)

512名(125%)

421名(103%)

最終入学者

497名(121%)

491名(120%)

420名(102%)

( )内は入学定員に対する比率(%)

(2) 本件不返還特約の性質とその目的

ア 先に判断したとおり、在学契約は、教育役務提供事務の委託を本質とする準委任契約類似の契約であり、本来的な意味での入学金を除く本件学納金は、大学から提供される教育役務の費用ないし報酬の前払いであり、在学契約が解除された以上、本来、被控訴人においてこれを保持し得る理由は見出し難いというべきである。

したがって、本件不返還特約は、大学が学納金の対価たる教育役務を提供していない場合であってもこれを返還しないことを合意するものであって、違約金ないし損害賠償の予定(民法420条)を定めたものと解することができる。

イ 被控訴人は、本件不返還特約は、<1> 控訴人において、本件学納金を納入することによって入学する権利を確保するという利益を享受しており、<2> 大学側にとっては、定員割れを防ぎ、かつ、適正な学力を有する学生を早期に確保する一手段であり(それによって財政基盤も確立する。)、<3> 入学辞退者の納入した学納金を返還しないことにより大学の財政基盤を充実させる(ひいては、在学生の負担軽減)上で必要不可欠であり、合理性のある制度であると主張している。

(ア) 先ず、<1>の点については、被控訴人が本件不返還特約を定めているから、合格者が所定の期限までに本件学納金を納入することによって入学資格を確保できるということを意味しているにすぎないのであって、合格者には事前の負担なしに入学資格を付与することができないわけではないし、入学金のみによって入学資格を確保している大学もあるのであって、不返還特約の合理性の根拠となるものではない。

(イ) また、<2>の点については、確かに、私立大学は、定員数を基本的な基準として、それに見合った人的・物的教育施設を設けているのであって、定員割れが生じたからといってそれに応じて上記施設を削減することは困難であるし、補助金にも影響することからしても、定員の確保は、財政基盤の確立にとって最重要の課題であると思われる。それのみならず、正規合格者で定員を確保できるか否かは大学の評価にもつながりかねないところであって、少子化等の社会的状況の下において、各私立大学が定員確保のために多大な努力を払っていることは想像に難くない。

したがって、本件不返還特約がそのような定員確保に役立つのであれば、相応の合理性があるともいえよう。しかし、多くの受験生は、志望順位の異なる複数の大学を受験しており、上位の志望校(多くの場合は国公立の大学)に合格すれば、下位の志望校(いわゆる滑り止め)に学納金を前納しており、かつ、不返還の特約があり、前納学納金が無駄(もっとも、その後の学費を考えれば、全体とすれば経済的にも有利な場合が多い。)になったとしても、上位志望校に入学するのが一般的であると考えられ、果たして、本件不返還特約がどの程度定員割れ防止に対し実効的役割を果たしているか疑問であるというべきである(想定されるのは、志望の程度に余り差がなく、かつ、学納金にも大差がない複数大学に合格した場合に、先に学納金を納付しているという理由でその大学に入学するような場合であるが、実例があるかさえ疑問である。)。被控訴人もこの点について何ら具体的な説明をしていないし、その実効性について実証的な検討がされているとも思えない。仮に、経済的に余裕のない受験生の一部に、二重に学納金を納める余裕がないために、上位の志望校を諦めさせる効果があるとすれば、憲法26条1項の教育を受ける権利から導かれる大学選択の自由を制約することにもなりかねないというべきであろう。

そうだとすれば、この点も本件不返還特約の正当性を理由づけるものとしては十分でないし、幾ばくかの効果があるとしても、大学選択の自由を制約するものとして過大に評価すべきではない。

(ウ) 残る<3>の点については、まさにそれが本件不返還合意の意図であり、実際的な理由であると思われる。しかし、当該合格者が入学を辞退したことによって現実的な損害が生じた場合はともかくとして、実際に入学しない合格者から、教育役務等の提供という対価なしに、本来その対価であるはずの学納金のすべてを没収するような入学制度を採用し、そのいわば不労所得をもって財政確保の重要な要素とすることは、私立大学の公共性、その財政が極めて厳しい現状にあることを考慮しても、果たして社会的相当性を有するといえるか、甚だ疑問であるというべきである。

(3) 公序良俗違反について

ア 上記のとおり、本件不返還特約は、違約金ないし損害賠償額の予定条項と解されるから、その額が不当に巨額である場合など、暴利行為に該当する場合には、民法90条により、その全部又は一部が無効になるものと解される。

イ そこで、まず、違約金ないし損害賠償額の予定額と在学契約が解除された場合に本大学に生じる実損害額との対比(暴利行為の客観的要件)について検討する。

4月1日以降、学期の途中において、学生が在学契約を解除して退学した場合には、大学にあっては入学時期が限定されているから、転入者でもない限り、ほぼ確実に定員割れの状態になり、その状態が修学年限が終わるまで続くことになるから、相当額の損害が発生することは想像するに難くない。しかし、控訴人のように4月1日よりも前に辞退した場合については、そもそも大学は、入学手続を行った全員が入学するとの前提で人的・物的教育施設を整えているものではなく、入学辞退者数を予測しながら、多めに合格者を決定しておいたり、繰上合格や補欠合格等によって欠員が生じないように受入準備を進めているのであり、一部の合格者が入学を辞退したからといって、それによって直ちに損害が発生するとは考え難いところである。

現に本大学においては、先にみたように、各年度の入学試験において長年の経験知に基づき未確定の受験者数や入学者数を分析しながら、多数の入学辞退者のあることを見越して、入学定員に対し、2倍ないし3倍もの受験者を合格とし、定員割れしない合格者数及び補助金不支給の基準である1.47倍以内に収まることを予め予測して合格者数を算出しているのであって、実際にも定員を大きく上廻る入学者を確保してきているのであって、相当数の入学辞退は織り込み済みのことといえ、入学辞退によってもたらされる具体的損害というものを容易に想定することができない。確実に発生する損害は、当該受験者のそれまでの受入準備に要した費用が無駄になるということであろうが、その費用は前記で述べたとおり、本来、入学金の中に含まれているはずである。それ以外に考えられる損害は、多少の事務手続が増えることぐらいであり、これ自体は、大学において既に織り込み済みの手続・費用であり、控訴人が入学辞退したことによって新たに発生した損害があるとしても、限りなく零に近い極めて僅少な額にとどまるものといえる。

そうすると、本件不返還特約による違約金ないし損害賠償額の予定額は、前記のとおり、51万円であるから、本大学の被る実損害額を著しく上回るものというべきである。

ウ 次に、暴利行為の主観的要件について検討する。

本件不返還特約と同種の学納金の不返還特約は、相当古くからほとんどの私立大学において存在したものと考えられ、当初は大学自体も公序に反するとか、受験生の窮迫に乗じてなどという意識を有していなかった可能性は否定できない。

しかし、公序良俗違反の判断の基準時は、当該法律行為の時点であるところ、学納金の不返還特約が生まれて以降、今日までの間に社会情勢及び法的状況は大きく変化しており、昭和43年には、「消費者保護基本法」が、昭和51年には、「訪問販売等に関する法律」がそれぞれ施行され、その後改訂されており(現在は特定商取引法)、地方公共団体においても、種々の消費者保護条例が制定されるに及び、学納金の不返還問題に関しても、私立学校振興助成法の制定に関連して、既に昭和50年の時点において、監督官庁である文部省から、「当該大学の授業を受けない者から授業料を徴収し、また当該大学の施設設備を利用しない者から施設設備費等を徴収する結果となることは、容易に国民の納得を得られないところである」旨の通知により、不返還特約の問題点が指摘されており、わが国の私立大学が教育という崇高な事業を国公立大学とともに担うという極めて公共性・公益性の高い存在である上、同通知が国民の納得という見地から示されているものであることからすると、その趣旨は控訴人が本大学の入学試験を受験した当時においても十分に尊重されるべきものであったというべきである。また、消費者契約法の成立過程においても、前納学納金の不返還問題も議論されていたのである。

そして、前記認定事実によれば、本件不返還特約は、本大学が学則等に一方的に規定したものであり、本大学への入学手続をする者は例外なくこれに応じざるを得ないこと、不返還となる学納金の金額自体も本大学が一方的に決定しているものであって、その額の合理性が検討された形跡は見出せないこと、加えて、本大学は2月25日を学納金の納付期限とした上、3月3日までに入学辞退届を提出した場合に前期校納金及び諸会費のみを返還するという取扱をしていたのであり、昭和50年文部省通知の「入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降に徴求」との趣旨に著しく違背していることは明らかである(被控訴人は「入学手続期限については、ある意味において出来るだけ遅い時期に設定するのは望ましいかも知れないが、各大学の規模、事情や定員確保、作業体制等の観点から3月初めに設けざるを得ないこともあることや国公立大学を受験しない学生もいることを考えればあながち的を射たものとは言えない。」<平成16年3月5日付準備書面3頁>と主張するが、それ以上具体的に学納金の納付期限を2月25日とした理由を述べていない。)。そのため、控訴人としては、国立大学の後期入試の合格発表を待たずに、本大学の入学手続をしなければ、本大学から入学を取り消され、国立大学の後期入試にも不合格であった場合には、受験浪人をすることを余儀なくされるという切迫状態にあり、無駄となる可能性のある学納金を納付しても入学手続をすることの方がより「小さい害悪」であると考えて、本件学納金を納付したものと推定され、これらの事実に前記の社会情勢及び法的状況の変化をも併せ考慮すると、本大学は、4月1日より前に在学契約を解除する学生との関係においては、本件不返還特約につき認め得る前記合理的限度をはるかに逸脱して、むしろ、上記の受験者の心理状態に乗じて、多額の学納金を納付させ、これを返還しない扱いにすることにより、本大学の収入を増加させて財政状況の改善に資することを企図して、その優越的地位を利用してその裁量により学納金の納付期限を設定した上で、本件不返還特約を締結したものと推認さぜるを得ないのであって、まさに、受験生の状況に乗じて(いわゆる「状況の濫用」)一方的に定めたものであると評さざるを得ない。

エ 以上の次第であるから、本件不返還特約は、4月1日より前に在学契約を解除した控訴人との関係においては、暴利行為といえ、しかも違約金ないし損害賠償の予定額は本大学の実損額を大幅に上回るものであることからすると、その全部が公序良俗に違反して無効であると解するのが相当である。

5  結論

以上によれば、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、入学金以外の学納金相当額である51万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成14年10月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

よって、原判決を上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 高山浩平 裁判官 大島雅弘)

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