大阪高等裁判所 平成16年(ネ)2120号 判決 2004年11月17日
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 村本武志
被控訴人 スターアセット株式会社
同代表者代表取締役 佐藤不三夫
同訴訟代理人弁護士 熊谷信太郎
同 布村浩之
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は控訴人に対し、八一二七万二六二四円及びこれに対する平成一三年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、一、二審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
控訴人は、株式会社大林組の所長を務める五八歳(取引開始当時)の男性であるが、先物取引業者である被控訴人の担当外務員を通じて、原判決別紙建玉分析表のとおり、平成一一年三月二四日の東穀米大豆の取引を皮切りに、同年一二月一四日のパラジウム売建を最終建玉とし、平成一二年一〇月二六日を最終手仕舞いとする先物取引を行った。
本件は、控訴人が、被控訴人の勧誘行為から取引終了に至る一連の行為は、商品先物取引についての知識経験のない控訴人に対する善管義務、忠実義務ないし信任義務に違反してなされたものであり、これにより売買損失、手数料相当額等の損害を被った等と主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
原判決は、被控訴人の行った勧誘行為等について控訴人主張の各義務違反や違法があったとは認められず、被控訴人は債務不履行又は不法行為に基づく責任を負わないと判断して、控訴人の請求を棄却した。そこで、控訴人は、原判決の判断を不服として本件控訴を提起した。
その他、本件事案の概要は、以下のとおり当審における控訴人の補充主張の要旨を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要一、二」に摘示されたとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の補充主張の要旨)
一 被控訴人の行為の違法性
被控訴人外務員による本件商品先物取引の勧誘、受託行為については、①先物取引受託時に、控訴人に対して、本件取引が商品先物取引であること及びその仕組やリスクに関する説明義務違反、②新規委託者保護義務違反、適合性原則に違反、③適合性原則に違反した過当取引や無断売買(平成一一年一二月七日の直し取引である同月一四日のパラジウム取引)、④損害拡大回避義務違反が認められ、違法性があるといわざるを得ない。
特に、平成一一年一二月一四日のパラジウム取引は、上記のとおり違法なものであり、かつ、控訴人の知識、能力、経験ないし投資傾向に反するもので、それに先立つ各取引における被控訴人従業員による顧客の利益や取引意向を無視する営業態度の端的な徴表であり、従前の違法な取引の延長線上にあるということができる。
二 原判決の問題点
(1) 原判決は、控訴人の上記主張をいずれも排斥し、およそ控訴人の本件取引当時の稼働業務とは関係しない控訴人の学歴、職歴、資産等の外形的事情を過度に重視することにより、あたかも控訴人が被控訴人従業員と対等の知識、情報、経験があるかのような前提で事実認定を行った。
(2) しかしながら、原判決は、本件で認められる以下の各点を看過して上記事実認定を行ったものといわざるを得ない。
すなわち、①控訴人が商品先物取引については新規委託者として何らの経験を有する者ではなかったこと、②商品先物取引が証拠金取引であって、価格の僅かの変動によって多額の損失が生じうる取引形態であり、極めて投機性が高く、しかも、損益を決定することとなる相場の変動の要素が複雑な要因によって変化するため、その予測が困難であること、③実際の取引手法として、多数の売建玉と買建玉を同時にあるいは時間差で組み合わせるなど、複雑な手法が用いられるために、相当な経験を積んだ者でさえ、損失や利益の発生状況それ自体が理解困難であること、④このことは、取引対象商品の限月や種類が増えることによりあたかも等比級数的に倍加すること、⑤先物取引の継続、拡大は、委託者である顧客にのみ、その取引リスクをもたらすが、他方で、被控訴人ら先物取引業者は、これにより手数料収入の拡大を図ることができるという利益相反関係に立つものであることがいずれも看過されている。
(3) 新規委託者保護義務違反について
本件でなされたサイン取引は、そもそも控訴人のような一般投資家、とりわけ新規委託者にとって、適正に行いうる類のものではない。それにもかかわらず、本件では、取引開始当初から五四枚もの建玉がなされ、取引対象商品も多岐にわたったもので、かかる事実は、被控訴人外務員が控訴人に対する新規委託者保護義務を尽くして行った取引では毛頭ないことを推認させる。原判決は、この点について何ら顧慮しておらず不当な事実認定をしたとの批判を免れない。
(4) 説明義務違反、断定的判断の提供について
ア 原判決は、被控訴人外務員が控訴人に対して、約諾書、委託者ガイド等の諸書類を交付していることを、説明義務が履行された根拠とするが、いやしくも正規の先物取引業者であれば、上記書類の交付はなべて行っていることである。それは、控訴人が先物取引の内容を理解する端緒とはなっても、被控訴人外務員がその内容を控訴人の知識や理解の程度に応じて説明したことを意味するものではない。
イ また、原判決が指摘する控訴人が本件取引の仕組みやリスクについて理解した旨をアンケート書類に記載した点についても、そのように記載するよう被控訴人側から誘導されたことが容易に推認できる。
ウ 原判決は、被控訴人の業務日誌に、RSI、RCIなどについて控訴人に説明した旨の記載があることをも説明義務が履行された根拠とするが、上記業務日誌は、商品取引所における紛議調停が不調となり本件訴訟が提起された後に提出されているから、被控訴人の責任を否定するに適した形で整えられたものであるとの疑いを拭いきれない。
エ さらに、原判決は、本件取引終盤に控訴人と被控訴人とのやりとりを録音したテープから、控訴人の本件取引の仕組みに対する理解が窺われるとするが、そもそも、上記テープは本件におけるやりとりを全て録音したものではなく、また、控訴人が、多額の値洗損を被るにあたり、先物取引について学習し、知識を得ていたことは当然であるから、上記テープから、控訴人が取引当初より上記知識を有していたとは認められない。
オ なお、原判決は、控訴人が無断売買を主張するのは平成一一年一二月一四日のパラジウム取引であるところ、そこに至るまでの取引の経緯等について全く具体的な説明をしていないことをも、説明義務が履行された根拠とする。しかしながら、本件においては、多数の取引が間断なく繰り返されていたから、控訴人がその詳細を全て説明することは困難である。また、仮に、被控訴人外務員から先物取引のリスクについて十分な説明を受けていれば、そのような取引を漫然と一任するはずがない。したがって、原判決の上記判断も失当である。
(5) 手数料稼ぎ目的の頻繁売買について
被控訴人は、控訴人に対する新規委託者保護義務を漫然と懈怠し、顧客の利益よりも自己の取引手数料の取得を優先して取引の受託を行ったというべきである。
そして、平成一一年一二月一四日に至るまでの取引は、控訴人が被控訴人外務員から取引について格別の説明を受けることなく、いわば一任状態でなされたものであり、①手仕舞い後もすぐに新規建玉がなされるなど間断なく頻回に取引が継続したこと、②取引対象商品が多岐にわたり、同一商品でも限月違いのものが多数認められる、このような複数の商品についてそれぞれの相場の動きを的確に判断することは、機関投資家でもない控訴人には到底無理であること等からして、被控訴人は手数料稼ぎ目的で頻繁売買を行ったもので、それは背任的不法行為に当たるというべきである。
原判決は、控訴人が平成一一年一二月一四日の取引に至るまで、累計で四四九万円余の利益を取得したことを、被控訴人による手数料稼ぎ目的の頻繁売買とは認められない根拠とする。しかしながら、顧客が利益を取得したことをもって先物取引業者が違法な取引行為を行っていないことを推認させるものではないし、かえって、被控訴人は、本件取引によって控訴人の利益手取額を大きく上回る手数料収入を得ていること等からすれば、手数料稼ぎ目的の頻繁売買がなされたものと認定し得る。
(6) 平成一一年一二月一四日のパラジウム取引(以下「一二月一四日取引」という。)について
ア 平成一一年一二月七日のパラジウム取引について
控訴人は、平成一一年一二月七日にパラジウム五〇枚を売建し、翌八日に全て手仕舞いした後、同月一四日に再度パラジウム五〇枚の売建をしたことになっている。しかし、平成一一年一二月初旬以降パラジウム価格が概ね上昇傾向にあったところ、控訴人は、一二月七日付けの上記取引について、被控訴人側から勧誘されたり説明を受けたことはない。仮に、上記勧誘及び説明があったとしても、被控訴人の担当者中所は、その当時、パラジウムが値下がりするとの相場観を有していたのであるから、下げ幅が少ない一二月八日に手仕舞いすることは極めて不合理である。したがって、被控訴人による一連のパラジウム取引は、その後の一二月一四日における直し取引を企図した手数料稼ぎ目的でなされたものであったといわざるを得ない。
イ 一二月一四日取引の適合性原則違反について
控訴人は、本件取引に至るまで取引経験がなく、本件取引も実質的に一任売買であったものであるから、一二月一四日取引に至るまで、その都度、自己の判断により取引を行っていたとはいえない。
また、本件取引当時の諸般の事情に照らせば、今後、パラジウムが値下がりするとの中所の相場判断は合理的なものであったとはいえず、一二月一四日取引(パラジウムの売建)は、一般投資家の参入を正当として是認できるような取引ではなかったというべきである。すなわち、<証拠省略>を精査すれば、テクニカル分析や商品の需給予測を基礎とするファンダメンタル分析によっても、中所のように、パラジウムの価格は一三〇〇円程度にまで上昇すると、下落に向かうといった傾向があるとは認められない。さらに、中所は、本件取引当時、ロシアのパラジウム輸出は比較的順調であり、受給はそれほど逼迫した状態ではなく、受給関係から見ると、パラジウムの価格はかなり上昇していると判断したが、これは過去の値動き、当時、ロシアの供給停止が懸念されていたこと(甲五の六・七、甲六の一九等)、パラジウムの市場規模は小さいため、その価格は実需の受給状況というよりも、投機資金の流入による投機的思惑によって大きく動くことからすれば、正しいとはいえない。
そして、中所は、控訴人との取引に関するやりとりの中で、パラジウムの価格が一三〇〇円台になったことは過去にない旨の発言をしているが(甲一一の一・四頁)、平成一〇年五月二〇日には一四〇二円の高値を付けており(乙二二)、中所が控訴人に対し虚偽に満ちた断定的判断を提供したとの誹りを免れない。
また、<証拠省略>によれば、本件当時、パラジウムについては壮大な投機合戦が展開されていたことが窺われるのであり、一二月一四日取引は、そのような鉄火場の様相を呈するリスク性の高い状況で敢行されたものであるところ、中所は控訴人に対して、上記の点に関する説明等を一切していない。
以上を総合すれば、被控訴人による一二月一四日取引は、適合性原則に違反したものであるといわざるを得ない。
ウ 一二月一四日取引が無断売買であることについて
平成一二年五月八日に録取された控訴人と中所とのやりとり(甲一一の一・一〇~一二頁)や、五〇枚という取引量の多さからしても、控訴人が一二月一四日取引に消極的意向を示し、これを拒絶したことが窺われる。
そうすると、上記取引は、無断でなされたものであり、そうでないとしても、控訴人の意向を無視して、適合性原則に反する勧誘行為により行われたものというべきである。
エ 被控訴人の損害拡大回避義務違反について
原判決は、一二月一四日取引後、控訴人に対して損害拡大措置について助言したとの中所の証言のみに依拠して、被控訴人に損害拡大回避義務違反があったとはいえないとするが、中所の証言内容が全体として信用できないことは、その責任回避的な証言態度からも明らかである。
第三争点に対する判断
当裁判所も、控訴人の当審における補充主張を考慮しても、控訴人の請求は理由がないものと判断する。
その理由は、後記一のとおり原判決を補正し、後記二のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三争点に対する判断」欄に説示されたとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
(1) 原判決二四頁三行目と四行目の間に、改行の上以下のとおり付加する。
「なお、控訴人が主張する損害は主に一二月一四日取引に起因するものと解されるところ、仮に、被控訴人に、本件取引の当初の段階で、新規委託者保護義務に違反するところがあったとしても、その後、新規委託者保護のための習熟期間とされる三か月を越える約八か月にわたって先物取引が継続されている。さらに、後記認定の各点によれば、一二月一四日取引の時点においては、控訴人自身も先物取引に関する十分な知識を備えていたものと見うるし、同時点までの間における被控訴人の勧誘行為等に違法な点があったとも認め難い。そうすると、被控訴人に、控訴人主張の損害発生と相当因果関係のある新規委託者保護義務違反があったとはいい難い。」
(2) 原判決二六頁二三行目の「⑧」から同二七頁三行目の「記載があること」までを削除する。
(3) 原判決二八頁二二行目から二三行目までの「、この期間の取引をもって、違法な取引であるとはいうことはできない。」を「この期間の取引をもって、被控訴人が控訴人に対し、適合性原則に反して、手数料稼ぎ目的で頻繁に売買をさせるなど違法な取引を行ったものということはできない。」と改める。
(4) 原判決二九頁一一行目から一二行目までの「平成一一年四月二七日以降の取引が違法な取引であったとまでは認めることができない。」を「平成一一年四月二七日以降の取引についても、被控訴人が控訴人に対し、適合性原則に反して、手数料稼ぎ目的で頻繁に売買をさせるなど違法な取引を行ったものということはできない。」と改める。
(5) 原判決三一頁一三行目の「取引の中止」を「個々の取引の中止」と改める。
(6) 原判決三一頁一五行目の「これに対し」から同二二行目の「齟齬があり、」までを以下のとおり改める。
「これに対し、控訴人は、平成一二年二月一日、一六日、三月三日に、取引の中止を申入れつつ多額の委託証拠金を入金した理由について、「中所がいつも泣くような言い方で言うもんですからね、それと必ず返すと言うもんですから、ものすごい額だったんですけど。」と供述し(本件調書二六頁)、また、陳述書(甲九)中にも「中所から必ず返すからとにかく振り込んで欲しいと言われ、それを支払わないとこれまで伊藤忠フューチャーズに出した資金の返金を受けられないと考え」との供述記載がある。しかしながら、控訴人の主張によれば、被控訴人担当者は、控訴人の指示に反して仕切を拒否し、かつ、総額一億円に近い一二月一四日のパラジウム売建てを無断で行ったため、控訴人は取引の中止を求めていたというのであるから、そのような控訴人が、特段の事情もなく、上記証拠金の入金に応じるとは考えにくい。しかるに、控訴人はかかる状況下であえて高額な証拠金を入金したものであるところ、控訴人の上記供述等に照らしても、そのような行動を取る特段の事情があったとは認め難い。」
(7) 原判決三二頁六行目の「原告は」の次に「、平成一二年二月一七日、二二日、二五日における中所との電話でのやりとりの中で」を加える。
(8) 原判決三二頁二四行目の「述べていることからすれば」を「述べていること及び前記認定の各点を総合すれば」と改める。
(9) 原判決三三頁一七行目の「原告は」の次に「、平成一二年二月一七日における中所との電話でのやりとりの中で」を加える。
(10) 原判決三四頁三行目から五行目までの「、被告としては、損害拡大を回避するための対処法を原告に提案していたといえるから、前記原告の主張は採用できない。」を以下のとおり改める。
「、被控訴人は控訴人に対し、パラジウムの価格が上昇し始めて以降、断定的判断の提供に至らない範囲で、損失拡大を回避するための対処法を提案しており、これに対して、控訴人は、平成一二年二月の時点においても、買建てによる損切りを強く拒絶し、最終的には、東京工業商品取引所による値段凍結によって、控訴人の損失拡大が確定したことが認められる。以上の経緯に照らせば、被控訴人に控訴人主張の損失拡大回避義務違反があったとはいい難く、その他、同義務違反があったと認め得る事実関係や証拠もないから、控訴人の前記主張は採用することができない。」
二 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 控訴人は、原判決は、本件取引終盤に控訴人と被控訴人とのやりとりを録音したテープから、控訴人の本件取引の仕組みに対する理解が窺われると認定判断したが、①そもそも、上記テープは本件におけるやりとりを全て録音したものではなく、また、②控訴人が、多額の値洗損を被るにあたり、先物取引について学習し、知識を得ていたことは当然であるから、上記テープから、控訴人が取引当初より上記知識を有していたとは認められないと主張する。
しかしながら、仮に上記①のとおりであったとしても、原判決の上記認定判断を左右するものとはただちにはいえないし、上記②の点については、原判決が認定するとおり、そもそも控訴人が多額の根洗損を被ることが確定したのは平成一二年九月以降であるところ、上記テープ(甲一一の二、乙一五の一ないし四)は、それ以前の平成一二年二月から五月にかけて録音されたものであることに照らしても、直ちには採用できず、その他、控訴人の主張事実を認定し得る的確な証拠もない。
(2) 一二月一四日取引について
ア 控訴人は、平成一一年一二月初旬以降パラジウム価格が概ね上昇傾向にあったところ、一二月七日付けのパラジウム取引について、被控訴人側から勧誘されたり説明を受けたことはなく、仮にそれがあったとしても、被控訴人の担当者中所は、その当時、パラジウムが値下がりするとの相場観を有していたのであるから、下げ幅が少ない一二月八日に手仕舞いすることは極めて不合理であって、被控訴人による一連のパラジウム取引は、その後の一二月一四日における直し取引を企図した手数料稼ぎ目的でなされたものであると主張する。
確かに、中所の上記相場観からすれば、一二月八日に上記手仕舞いをしたことは不合理と見る余地もあるが、そのことから直ちに、一二月一四日取引に至る一連のパラジウム取引が手数料稼ぎ目的でなされた違法なものであると見ることは困難である。
イ また、控訴人は、本件取引当時の諸般の事情に照らせば、今後、パラジウムが値下がりするとの中所の相場判断は合理的なものであったとはいえず、一二月一四日取引(パラジウムの売建)は、一般投資家の参入を正当として是認できるような取引ではなく、適合性原則に違反する、中所は控訴人に対して上記相場判断に関して断定的判断を提供して違法な勧誘をしたとして種々主張する。
しかしながら、控訴人が挙げる各点や<証拠省略>や、東京パラジウム相場の歴史的な暴騰の全経過を示す控訴理由書添付の別紙二の月間軸足表などを検討しても、中所が控訴人に対して示した一二月一四日取引に関する相場判断が、当時として合理的な根拠に基づかないものであったとまではいえない。また、被控訴人が、上記取引に際して適合性原則に違反したものと認められないことは、原判決の説示を補正の上引用して示したとおりである。
ウ なお、控訴人は、中所が控訴人に対し、パラジウムの価格が一三〇〇円台になったことは過去にない旨の発言をしているが、平成一〇年五月二〇日には一四〇二円の高値を付けており、中所が控訴人に対し虚偽に満ちた断定的判断を提供した旨主張する。
しかしながら、控訴人が上記発言がなされた根拠とする証拠は、中所と控訴人との電話でのやりとりを録取したテープの反訳書(甲一一の一・四頁)であるところ、同反訳書の当該記載部分は、「で、要は、一三〇〇円台、過去にないんだというお話で作っていただいて、で、じゃあ、どんな値打ちなんだっていうことで、ファックス後から、流してですね」というもので、中所が一三〇〇円台の件について、どのような趣旨や文脈で控訴人に対して述べたかは、上記前後の記載内容に照らしても必ずしも明らかとはいえない。そうすると、上記記載によって、直ちに中所が断定的判断や虚偽の情報を提供したとまでは認め難い。また、それはおくとしても、乙二二によれば、平成九年八月二八日には六六一円であった価格が上昇し、平成一〇年五月二〇日に一四〇二円に達したが、それ以降は価格が下降し初め、同年一〇月から再度上昇し初めて一三〇〇円台に達したとの経緯が認められ、一三〇〇円台が過去にない旨の中所の発言内容には不正確な点があったといわざるを得ないものの、上記乙二二に見られる価格の推移は、概ね一三〇〇円台に達すると下降に向かう等中所の相場判断に概ね沿ったものであり、従前の値動きからみれば一三〇〇円台が最高値といい得ること、平成一〇年五月から一二月一四日取引までの約一年半の間に、パラジウムの価格が一三〇〇円台を越えて一四〇〇円台に達したことはないことに照らせば、必ずしも虚偽を述べたものということはできない。したがって、この点からも、中所が控訴人に対して、断定的判断や違法な虚偽情報を提供したとまではいい難い。
エ また、控訴人は、<証拠省略>によれば、本件当時、パラジウムについては壮大な投機合戦が展開されていたことが窺われ、一二月一四日取引は、リスク性の高い状況で敢行されたものである旨主張する。しかしながら、控訴人が指摘する上記証拠から直ちに壮大な投機合戦が展開されていたとの事実を当時として認定しうるか疑問であり、その他にこれを認定しうる的確な証拠もない。また、仮に、上記事実があったとしても、本件証拠上、そのことから直ちに、一二月一四日取引がリスクの高いものであったとまではいい難い。
(3) その他、控訴人は、当審において、被控訴人外務員による本件商品先物取引の勧誘、受託行為等について、説明義務違反、新規委託者保護義務違反、適合性原則違反、手数料稼ぎ目的の過当取引、無断売買、損害拡大回避義務違反等があったと認められるとして種々主張するが、上記義務違反等があったとは認められず、被控訴人外務員の行った本件勧誘、受託行為等が違法であったともいえないことは、原判決の説示を補正の上引用して示したとおりである。
第四結語
以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 青沼潔)