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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)250号 判決 2005年1月19日

岡山県<以下省略>

控訴人

同訴訟代理人弁護士

木内哲郎

神﨑哲

加藤進一郎

東京都中央区<以下省略>

被控訴人

光陽トラスト株式会社

同代表者代表取締役

大阪府吹田市<以下省略>

被控訴人

Y1

千葉県市川市<以下省略>

被控訴人

Y2

福島県郡山市<以下省略>

被控訴人

Y3

神戸市<以下省略>

被控訴人

Y4

大阪府門真市<以下省略>

被控訴人

Y5

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人光陽トラスト株式会社,被控訴人Y1及び被控訴人Y2は,控訴人に対し,連帯して16万4020円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人光陽トラスト株式会社,被控訴人Y2及び被控訴人Y3は,控訴人に対し,連帯して1179万3520円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  控訴人の被控訴人光陽トラスト株式会社,被控訴人Y1,被控訴人Y2及び被控訴人Y3に対するその余の請求並びに被控訴人Y4及び被控訴人Y5に対する請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は第1,2審を通じて,そのうち,控訴人と被控訴人Y1との間に生じた費用はこれを100分し,その99を控訴人の,その余を同被控訴人の各負担とし,控訴人と被控訴人光陽トラスト株式会社,被控訴人Y2及び被控訴人Y3との間に生じたものはこれを2分し,その1を控訴人の,その余を同被控訴人らの各負担とし,控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じたものは全部控訴人の負担とする。

6  この判決は,2・3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して2313万8220円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,被控訴人光陽トラスト株式会社(以下「被控訴人会社」という。)の従業員である被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。),被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2」という。),被控訴人Y3(以下「被控訴人Y3」という。),被控訴人Y4(以下「被控訴人Y4」という。)及び被控訴人Y5(以下「被控訴人Y5」という。)による違法な勧誘を通して行った商品先物取引により損害を受けたとして,被控訴人らに対し,共同不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して2313万8220円及びこれに対する損害確定日である平成13年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,控訴人の請求を被控訴人会社,被控訴人Y1及び被控訴人Y2に対する関係のみで一部認容し,その余を棄却したところ,控訴人が同棄却部分を不服として控訴した。

2  「基礎となる事実」,「争点」,「争点に対する当事者の主張」は次のとおり訂正,付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「2 基礎となる事実」,「第3 争点」,「第4 争点に対する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁2行目及び3行目を次のとおり改める。

「イ 被控訴人会社は,商品取引所法に基づく先物取引の受託等を行う株式会社で,業務の一環として大阪商品取引所における商品先物取引の受託を行っているものである。(乙1の①②,2,弁論の全趣旨)」

(2)  同17行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「(3) 控訴人が,本件取引において,被控訴人会社に交付した委託証拠金の明細は次のとおりである。

2月2日 90万円

2月5日 600万円

2月8日 530万円

2月9日 150万円

2月13日 150万円

2月26日 600万円

2月27日 300万円

3月5日 100万円

3月8日 200万円

3月14日 150万円

合計 2870万円

控訴人が,本件取引において,被控訴人会社から返金を受けた明細は次のとおりである。

3月13日 156万2400円

3月19日 100万円

3月21日 100万円

3月27日 9万8980円

3月29日 690万0400円

合計 1056万1780円

以上の差引は1813万8220円である。」

(3)  同4頁25行目「た。」の次に「上記のような状況にあった控訴人は,元本が保証されない本件のような商品先物取引(投機的取引)に全く適合しない。」を付加する。

(4)  同5頁11行目「させた。」の次に「そのことは,被控訴人らが控訴人から2月5日に600万円,26日に600万円,27日に300万円を出捐させる際に控訴人に対して損切りという手法を告げず,「損失を防ぐにはあと100枚買って貰わなければならない。」,「今止めたら出資した金員は戻りません。これまで出したお金を全てドブに捨てるようなものです。」など不実の話をして控訴人から委託証拠金として多額の金員を出させたことからも明らかである。」を付加する。

(5)  同頁18行目「理解する」を「理解し,その上で自主的な判断に基づいて先物取引に参入し,取引を委託するか否か決することができる」に改める。

(6)  同6頁2行目「いない。」の次に「そのことは,控訴人がわざわざその損失を拡大させるような不自然な行動,具体的には本件における多数回に及ぶ「同一限月・損切り直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日の各取引)・同枚数または減玉直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日,3月21日の各取引)」の存在によって明らかである。」を付加する。

(7)  同頁5行目から同頁19行目までを次のとおり改める。

「(ア) 新規委託者の保護は,商品先物取引の仕組みが複雑でその理解に一定の時間及び取引経験(習熟)を要することとその取引が極めて投機性が強く危険性が高いことから要請されるところ,社団法人全国商品取引所連合会(以下「取引所連合会」という。)の従来の受託業務指導基準には育成期間として,3か月,同期間内の建玉枚数について20枚を超えないものとし,自主規制となった平成10年9月以降定められた被控訴人会社の受託業務管理規則にはその期間として1か月(但し,相場変動の少ない銘柄は3か月)(同規則10条),建玉枚数制限枠を500万円までとしている(同規則を受けた「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にかかる取扱要領1項」)。同各定めからすると,新規委託者の習熟期間は1か月ないし3か月であるが,同各定めがなされた趣旨からすると,同内容に沿った新規委託者に対する保護義務は,被控訴人らのような先物取引業者及びその従業員が新規委託者に対し負う一般的注意義務を構成しているといわなければならない。

被控訴人らは,仮に,委託者からその制限枠を超える建玉の希望があった場合でも新規委託者保護義務に照らして,原則として受け付けてはならず,例外的に社内の厳格な審査(事前審査)をクリアした場合のみその希望を入れた取引をすることができる。

(イ) 本件において,控訴人は,実際の取引開始後3日目の2月5日に,自ら600万円(ゴム指数100枚分)の取引を希望したわけではなく,被控訴人会社の管理責任者の審査を経る前に被控訴人Y3からそれをせざるを得ないように仕向けられて委託証拠金600万円を支払い,その後,被控訴人Y3らによって3月8日までの短期間に総額で2700万円以上にのぼる金員の支払を余儀なくされた。

かかる被控訴人らの行為は,新規委託者である控訴人の資質や資力などを無視したものであって,新規委託者保護義務に違反していることは明らかである。」

(8)  同7頁18行目「ある。」の次に「特に,3月15日以降の有害で無益だった「同一限月,損切り直し,同枚数・減玉直し」が繰り返し行われた取引は無断・一任でなされたことが明らかである。」を付加する。

(9)  同8頁20行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「 なお,本件における上記特定売買はその当時の相場の状況をふまえると,合理性が認められない無意味な取引で客殺しの実行行為として行われた取引であった。そのうち,多数回に及ぶ「同一限月・損切り直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日の各取引)・同枚数または減玉直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日,3月21日の各取引)」は客殺しの実行行為として行われたもので特に違法性が著しい。」

(10)  同9頁23行目「13日」を「14日」に改める。

(11)  同頁23行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「上記のとおり被控訴人らが控訴人に必要のない余剰金を出させた趣旨は控訴人をして将来増玉して取引を拡大させ,または,控訴人に将来追証がかかったときにも取引を終了させずに継続させることを意図した「客殺し」のためのものであった。」

(12)  同12頁22行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「 直し売買が問題となるのは同場同節のものである。

本件で控訴人が「直し」と主張する取引のうち,2月15日,3月15日のそれは「直し」ではなく,3月16日と同月19日のそれは「直し」ではあるが,因果玉整理のために行われたもので手数料稼ぎを目的としたものではなく,また,3月21日のそれは「直し」ではなく,異なった相場観に基づく取引である。」

(13)  同13頁6行目「途転」から同7行目「ある。」までを次のとおり改める。

「途転もない。なお,被控訴人らは,原審の準備書面4で別紙取引経過表(以下「別表」という。)No.8取引をもって途転である旨主張したが,同取引は売りと買いの比重の逆転がないため途転とはいえない。」

(14)  同頁12行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「 被控訴人会社の外務員は余剰な資金を預かる際,余分な証拠金であることを告げているし,委託者が予め余裕を見て業者に証拠金を預託しておくことは必ずしも不合理なことではない。」

(15)  同頁20行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「 ところで,控訴人は,被控訴人らがその仕切を拒否していたと主張する時期以降,残高照合確認書に確認した旨の記載をしているし,3月20日付け残高回答はがき(乙16)で預り証拠金残全額の返還を求めるのではなく,返還可能額の返還を求めているに過ぎない。このことからして被控訴人らにおいて仕切拒否をしなかったことは明らかである。」

(16)  同14頁13行目の次に行を改めて,次のとおり付加する。

「(5) 本件は被控訴人らが常套とした浮き玉勧誘により先物取引に興味もない控訴人を同取引に引きずり込み,上記のとおりの客殺しの手段を用いて控訴人の取引損を被控訴人会社の利益に転化させた事案である。

したがって,本件において過失相殺をすべきではない。」

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  原判決の第2の2の事実に,証拠(甲6ないし19,26,46,67,74ないし77,85ないし87,乙1ないし17,24,38ないし44,49ないし58,65《以上,枝番号を含む。》,原審控訴人,原審被控訴人Y1,原審被控訴人Y2,原審被控訴人Y3,原審被控訴人Y4,原審被控訴人Y5)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件取引経過の概要は,次のとおりである。

ア 控訴人(昭和2年○月○日生。本件取引当時,満73歳)は,昭和20年3月,a学校を卒業し,その後,昭和63年3月まで43年間岡山県北部の小学校の教諭,教頭を勤め,約2500万円の退職金を受け取って退職し,本件取引当時,b教育委員会の教育長の職にあり,手取りで月額38万円の給料を得ていた。なお,控訴人は,本件取引までに,先物取引や株取引をした経験はなかった。

イ 被控訴人Y1は,1月30日,全く面識のない控訴人に突然に電話をかけ,先物取引の勧誘である旨を告げ,同人が勤務していたb教育委員会の教育長室(以下「教育長室」という。)で翌日面会する約束を取り付け,同約束にしたがって同月31日午後,教育長室に控訴人を訪ね,1時間ぐらい話をして先物取引の勧誘を行った。

その際,被控訴人Y1は,控訴人に対し,自ら図を書き,新聞の相場欄やゴムのパンフレットを示す等して,先物取引の仕組みや,ゴムの一般的な相場要因及び当時の市況等の説明を行った。控訴人は,被控訴人Y1の上記説明に対し,先物取引をするともしないとも態度を明らかにしなかった。

ウ 被控訴人Y1は,2月1日午後1時ころ,控訴人に電話をし,「ゴムが高騰しているので,是非20枚買ってほしい。」とゴムの買い建てを勧誘した。

控訴人は,「必要ない」ということを伝える際に,「よろしい」という癖があり,被控訴人Y1の上記勧誘に対しても,それを断る趣旨で「よろしい」と言った。これに対して,被控訴人Y1は,「ありがとうございます。20枚注文します。」と言い,控訴人が「要らない。」と言い直したにもかかわらず,直ぐに電話を切った。

その後,被控訴人Y1及び被控訴人Y2は,同日午後5時半ころ,事前の連絡なく,教育長室に控訴人を訪ね,被控訴人Y2が,控訴人に対し,「教育長,Y1が間違いを起こし,誤って20枚注文してしまいました。どうか叱ってやってください。」と言って,被控訴人Y1に頭を下げさせた。

被控訴人Y2は,被控訴人Y1を教育長室の外に出した後,控訴人に対し,「Y1が誤って,注文したことは,取引所には通じません。Y1は,登録外務員証を取り上げられて,明日から仕事ができなくなります。どうか助けてください。助けてもらうためにはゴム20枚買ってもらわなければなりません。」などと言って懇願し,自分の登録外務員証(甲10)をコピーするよう手渡した。

控訴人は,Y1の立場に同情したこともあって,被控訴人Y2に対し,ゴム20枚の買いを建てたことに了解を与えた。

その後,被控訴人Y2は,控訴人に礼を言い,控訴人に対し,「商品先物取引委託のガイド」(乙1)及び「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙6)を交付して,先物取引の仕組みや危険性について説明した。控訴人は,被控訴人Y2の指示にしたがって,約諾書(乙4)等に必要事項を記載して署名押印し,「先物取引の危険性を了知の上,自己の責任と判断において自己資金の範囲内で取引を行う」旨の申出書(乙7)を作成して署名押印し,被控訴人Y2に質問を読み上げてもらって,「口座設定申込書兼理解度アンケート」(乙8)を作成して署名押印した。その際,先物取引の仕組みや,追加証拠金(以下「追証」ともいう。),取引の決済,残高照合通知書などの基本的書面などの基本的事項がわかりやすく記載された「商品先物取引-委託のガイド-」(乙1の①②)とともに受託契約準則(乙2)を受領している。

しかし,被控訴人Y2らの控訴人に対する説明と異なり,実際には,2月1日,Y1が注文したというゴム20枚の建玉はなされていなかった。

エ 控訴人は,2月2日,上記ゴム20枚の買いについて了解したことを踏まえて被控訴人会社に対し,同取引に係る委託証拠金として90万円を送金した。

被控訴人会社は,同日,控訴人の了解に合わせるように控訴人の注文分としてゴム20枚の買い建玉の取引(別表No.1)をした。

オ 被控訴人Y2は,2月5日,控訴人に電話をかけ,ゴムが値下がりして,損失が出そうになっており,損失を防ぐためにはあと100枚買ってもらわなければならないこと,また,京都支店長の被控訴人Y3が控訴人の担当となることを告げた。

被控訴人Y3は,同日,控訴人に電話をし,支店長である自分が控訴人の担当を務めること,ゴムが値下がりして損失が出そうになっており,損失を防ぐためにはあと100枚買ってもらわなければならないこと,100枚買うためには証拠金として600万円が必要であることを告げ,同日夕方,控訴人を訪問する旨伝えた。控訴人は,被控訴人Y3らの話を踏まえ,郵便局の定額貯金を解約して600万円を用意したが,先のゴム20枚の買い建玉を仕切ってその損失を負担するか,用意した600万円を交付して取引を続けるかは被控訴人Y3の話を聞いたうえで決することとした。

被控訴人Y3は,同日午後5時半ころ,被控訴人Y2と共に,教育長室に控訴人を訪ね,取引対象をゴムからより投機性の高いゴム指数に変えて,100枚買ってほしいと告げた。被控訴人Y3は,ゴム指数の値動きについて,パンフレットや折れ線グラフを示して説明し,現在,不景気で自動車が売れず,タイヤが売れないので,ゴムの値が下がるだろうとの相場観を示して,ゴム指数の売り建玉の取引を勧めた。

控訴人は,先の取引による損失を現実に負担したくないとの思いとともに被控訴人Y3の説明と勧めによりゴム指数の売り建玉の取引をすることにし,被控訴人Y3に対し,600万円を手渡した。その際,控訴人は,500万円を超える取引となるが,すべて自己資金の範囲内であり,先物取引の危険性を理解し,自己の責任と判断において取引を行っている旨の申出書(乙10)を作成して署名押印した。

カ 控訴人は,2月6日,ゴム指数100枚の売り建玉の取引(別表No.2)をした。なお,被控訴人Y3は,同日以降,新規委託者の超過建玉申請書(乙44)を作成し,被控訴人会社の管理部の許可を得た。

なお,被控訴人会社の受託業務管理規則(乙41),商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱要領(乙41),受託業務管理規則細則(乙41)では,先物取引の経験がなく取引を始めて1か月以内の保護育成期間内(相場変動の少ない銘柄については3か月)にある委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を証拠金500万円までとし,同金額の範囲内であれば,担当外務員の判断で受託することができるが,同金額を超えた取引を委託者が希望する場合には,管理担当班の責任者が審査を行い,その後,速やかに本社の総括管理責任者に調書を添えて報告し,上記責任者が適当と判断した場合に限り受託することができるとされている。

キ 被控訴人Y3は,2月7日,控訴人に電話をし,ゴム20枚の買い建玉の損切りを勧めた。控訴人は,同勧めに従って同日,ゴム20枚の買い建玉の売り落ちの取引をした(別表No.3)。

ク 被控訴人Y3は,2月8日,控訴人に電話をし,ゴム指数100枚の売り建玉に追加証拠金の必要が生じたこと,その対応策として,追証入金,両建,損切りの方法があること,取引を継続する場合には追加証拠金として530万円が必要であることを説明した。

そして,被控訴人Y3は,同日夕方,教育長室に控訴人を訪問し,控訴人に対し,両建に関して,売りと買いで相殺勘定になり,値洗いの損益が出ないので,相場の様子を見ることができる旨の説明をした。控訴人は,被控訴人Y3の説明を踏まえ,今まで出したお金を取り返したいとの気持ちもあって,被控訴人Y3に対し,ゴム指数100枚の買い建玉の取引に必要な証拠金530万円を手渡し,翌9日,ゴム指数100枚の買い建玉の取引(別表No.4)をした。

ケ 被控訴人Y3は,2月9日,控訴人に対し,買いを増やしておいた方がよいので,300万円を入金してほしい旨告げ,これを受けて,控訴人は,同日及び同月13日,被控訴人会社に対し,150万円ずつ2回に分けて合計300万円を送金した(なお,同月9日分については,誤って,被控訴人Y3名義の口座に送金している。)。

コ 控訴人は,2月15日及び同月23日,被控訴人Y3の勧めに従って,別表No.5ないし8の各取引をした。

なお,別表No.5・6の取引については,被控訴人Y3において,相場が下がったことから,ゴム指数100枚の買い建玉の売り落ちを勧め(別表No.5),その後,相場が上がることを予測して,再度,ゴム指数100枚の買い建玉の取引を勧めた(別表No.6)ものである。

サ 被控訴人Y3は,2月26日,控訴人に電話をし,追証がかかったことを告げ,両建をはずすチャンスは難しく,前回は失敗したが,600万円を入れておけば,値下がりしてもその金で速やかに売り建玉を建てられるので心配ない旨述べて,600万円を入金してほしい旨話した。

また,被控訴人Y4は,被控訴人Y3から控訴人が追証を入れるか迷っているので,入れるよう要請して欲しいとの依頼を受けて,同日,控訴人に電話をし,600万円の資金を作ったのであれば,あと300万円追加して900万円の資金を入れておけば,多少値下がりしても心配ない旨話した。

控訴人は,同日夕方,控訴人を訪問した被控訴人Y3に対し,今取引を止めたらどうなるのかについて質問し,また,同被控訴人から,追証の額を聞いた後,更に値下がりした場合に備えて余裕を残して入金しておいた方がよいとの同被控訴人の勧めに従って,同被控訴人に対し,600万円を手渡した。

また,控訴人は,翌27日,前日と同様に,被控訴人Y3の上記勧めに従って,被控訴人会社に300万円を送金した。

なお,控訴人は,上記合計900万円の資金のうち,600万円については農協からの借入により,300万円については息子や郵便局からの借入などにより工面した。

シ 被控訴人Y3は,3月5日,控訴人に電話をし,ゴム指数が値下がりしており,2回分の追証がかかっていること,ただし,その時点で,本証及び2回分の追証は入っている状況であること,損失の発生を止めるためには売り建玉を建てた方がよいが,そのためには約735万円の証拠金が必要であることを告げた。これに対し,控訴人は,被控訴人Y3に対し,上記証拠金の入金を後にしてほしいと言ったので,被控訴人Y3は,控訴人に対し,入金されないときには建玉を落とすという条件で,160枚の売り建玉の取引の注文を受ける旨答えた。

控訴人は,同日,ゴム指数100枚の売り建玉の取引(別表No.9)をし,その日の夕方,控訴人を訪問した被控訴人Y3に対し,100万円を手渡した。被控訴人Y3は,それを受領し,控訴人に対し,必要分には不足である旨を告げて帰った。

ス 控訴人は,3月6日,ゴム指数40枚の売り建玉の買い落ち(別表No.10)及び同40枚の買い建玉の売り落ち(別表No.11)の各取引をした。

セ 控訴人は,3月7日,娘から200万円を借り,翌8日,被控訴人会社に対し,同金額を送金した。

ソ 被控訴人Y3は,3月12日,控訴人に対し,ゴム指数120枚の売り建玉の買い落ちの取引(別表No.12)により得た利益金156万2400円を送金し,翌13日,控訴人の預金口座に入金された。

タ 控訴人は,3月13日,ゴム指数120枚の売り建玉の取引(別表No.13)をした。

被控訴人Y3は,同日,控訴人に電話をし,ゴム指数が値下がりしているので,売りを建てる必要があり,前日送金した分から150万円を送り返してほしいと告げた。これを受けて,控訴人は,翌14日,被控訴人会社に対し,150万円を送金した。

チ 控訴人は,3月15日,被控訴人Y3に電話をし,これ以上の入金はできない旨告げた。これに対し,被控訴人Y3は,控訴人に対し,現在の資金の範囲内で何とか損失を取り戻したいと思っている旨答えた。

控訴人は,同日,翌16日及び3月19日,被控訴人会社に注文をして,ゴム指数の各取引(別表No.14ないし22)をした。なお,控訴人は,同月16日,取引内容を確認し,残高照合回答書(被控訴人会社発行に係る残高照合通知書と一体となっている書面)(乙15の⑥)の「残高照合の通り相違ありません。」の欄に丸印を付して署名をしている。

ツ 控訴人の息子は,3月19日,被控訴人会社の管理部にクレームの電話をした。また,控訴人は,同日,本件取引について,控訴人代理人弁護士に法律相談をし,翌20日,被控訴人会社に対し,ゴム指数の返還可能額9万8980円を返還してほしい旨を記載した残高照合回答書(乙16・3月15日付け残高照合通知書〔乙15の⑤〕と一体となっていた書面)を郵送した。

なお,控訴人は,同回答書にも同日付け残高照合通知書記載の取引内容を確認し,「残高照合の通り相違ありません。」の欄に丸印を付して署名をしている。

テ 控訴人は,3月21日,被控訴人Y3に電話をし,取引を決済したい旨告げたが,Y3から,今止めると900万円前後の返金になる旨告げられたため,その時点では手仕舞いしないこととした。

控訴人は,同日,被控訴人会社に注文をして,ゴム指数の各取引(別表No.23,24)をした。なお,控訴人は,同日,取引内容を確認し,残高照合のとおり相違ない旨残高照合回答書(乙15の⑦)に記載している。

ト 被控訴人Y3は,3月22日,控訴人に電話をし,被控訴人Y5が担当になった旨告げた。被控訴人Y5は,同日,控訴人に電話をし,控訴人の取引の状況を報告して,相場で損失を取り戻したいと思うので,少し時間をいただきたい旨告げた。

ナ 控訴人は,3月24日,代理人弁護士を通じて,被控訴人会社に対し,すべての取引を仕切ることを要求し,被控訴人会社は,同月26日,控訴人の建玉をすべて仕切って(別表No.25ないし27),本件取引を終了させた。

ニ 被控訴人会社は,本件取引の間,控訴人に対し,残高照合通知書及び売買報告書の送付により,控訴人の建玉の内訳,損益及び証拠金の状況等を定期的に通知していたが,控訴人が被控訴人会社に対して返送する残高照合回答書において,取引内容について異議を述べたことは一度もなかった(乙15の①ないし⑦,16)。

(2)ア  被控訴人らは,2月1日の勧誘態様について,被控訴人Y1及び被控訴人Y2が,上記(1)ウで認定したような詐欺的勧誘をしたことはない旨主張し,被控訴人Y1及び被控訴人Y2は,原審で同日,同被控訴人らが,控訴人に対し,詐欺的勧誘をしたことはなく,被控訴人Y2が,被控訴人Y1を退席させて,一人で,控訴人に対し,先物取引の仕組みや危険性を説明し,先物取引の注文を受けた旨供述する。

しかし,被控訴人Y1及び被控訴人Y2が2月1日に教育長室に控訴人を訪ねた際に,被控訴人Y1が途中で同室から退席した理由について,被控訴人Y1は,見込み客に電話をするために退席したと供述するのに対し,被控訴人Y2は,当時迷惑を掛けていた客に電話をさせるために被控訴人Y1を退席させたと供述しており,被控訴人Y1と被控訴人Y2とで供述の内容が異なっていること,被控訴人Y1が,相場が開かれている時間帯であればともかく,相場が終了している時間帯に,わざわざb教育委員会まで控訴人を訪問して取引を勧誘している途中で,別の顧客に電話をするため退席するというのは不自然であること,被控訴人Y1及び被控訴人Y2は,同日,事前に約束をせずに控訴人を訪問しているが,先物取引の仕組みやゴムについての説明をするためであれば,被控訴人Y1が1月31日にしたように,事前に約束をして訪問するのが自然であることからすると,上記(1)ウで認定したとおり,被控訴人Y2において,控訴人に対し,実際には建玉がされていないにもかかわらず,被控訴人Y1が誤って注文(建玉)をしたとの虚偽の事実を申し向け,詐欺的に控訴人を勧誘するために,被控訴人Y1を退席させたと認めるのが相当である。

イ  控訴人は,被控訴人Y2及び被控訴人Y3から2月5日に600万円,26日に600万円,27日に300万円を出捐させる際に控訴人に対して損切りという手法を告げなかった旨主張し,原審でそれに副う供述をする。

しかし,控訴人は,2月5日,被控訴人Y3の電話での話を踏まえて600万円を用意したが,先のゴム20枚の買い建玉を仕切ってその損失を負担するか,用意した600万円を交付して取引を続けるかは被控訴人Y3の話を聞いたうえで決することとしたうえで,被控訴人Y3の話を聞いて600万円の交付をしていること,建玉について追証をする必要が生じた場合に建玉を仕切って損失を負うか,追証を提供するかは商品先物取引の基本的事項であって,控訴人が同取引に先だって受領した「商品先物取引-委託のガイド-」(乙1の①②)にも「5 取引の決済」という項目をたてて明確に記載されている。以上の事実からすると,控訴人の上記主張に副う原審の供述部分は採用することができず,かえって,控訴人は,原審において「同日の被控訴人Y3からの電話の話を受けて,先の90万円を捨てようか,それとも被控訴人Y3がいうとおり600万円を出そうか考え,後刻訪問する被控訴人Y3の話に納得がいったら用意した600万円を交付するつもりであった。」旨供述している。その他,控訴人の上記主張に副う証拠はない。

ウ  控訴人は,3月15日以降,手仕舞い拒否があったと主張し,原審でそれに副う供述をする。

確かに,同日以降,被控訴人Y3に対し,手仕舞いを要求したことがあった。しかし,控訴人は,被控訴人会社に郵送した同月15日付け残高照合回答書,同月16日及び同月21日付けの残高照合回答書の「残高照合の通り相違ありません。」の欄に丸印を付して署名しており,いずれの回答書の中でも同月15日以降の取引(建玉)について異議を述べていないことからすると,結局のところ,控訴人が,被控訴人Y3から,手仕舞いした場合の返金額等を聞くなどしたことにより,手仕舞いすることを翻意し,自らの意思に基づいて取引を継続していたと認められるところ,同事実に照らすと,本件取引において,被控訴人らによる違法な仕切り拒否があったと認めることができず,また,控訴人の上記主張に副う原審の控訴人の供述部分は採用することができず,その他,同主張を認めるに足りる証拠はない。

2  被控訴人らの責任

上記1で認定した事実に基づき,被控訴人らの控訴人に対する勧誘などの行為が,社会的相当性を欠き,私法上違法な不法行為となるか否か,検討する。

(1)  勧誘段階での違法性

ア 詐欺による取引勧誘(迷惑・執拗・誤認勧誘)について

上記1(1)ウ及び1(2)アで認定したとおり,被控訴人Y1及び被控訴人Y2は,控訴人に対し,実際にはゴム20枚の買い建玉をしていなかったにもかかわらず同建玉をしたと虚偽の事実を告げ,被控訴人Y1を救ってほしい旨懇願して取引を勧誘しており,その勧誘方法は,詐欺(浮き玉)による取引勧誘であって,社会的相当性を欠き,私法上違法な不法行為というべきである。

イ 適合性原則違反について

控訴人は,控訴人が商品先物取引を行うための資質を備えていない,すなわち,適合性がない旨主張する。確かに,先物取引は,ハイリスク,ハイリターンな投機的取引であって,その仕組みや相場の形成には取引対象物の経済的動向など複雑な側面を有しているうえ,控訴人は,本件取引をするまでは商品先物取引はもとより証券取引の経験がなく,本件取引当時73歳の高齢であった。しかし,控訴人は,本件取引当時,43年間教職にあった後,村の教育長の要職にあり,現にその職をこなしていた者であって物事に対する相当の理解力や認識力を有しており,かつ,本件取引当時,約2500万円の退職金に加え,月額約38万円の給料を得ていたことからすると,控訴人に対する本件取引への勧誘が適合性原則に違反すると認めることができず,その他,それを認めるに足りる証拠はない。

ウ 断定的判断の提供について

控訴人は,被控訴人らが,控訴人に対し,「今はゴムの値が下がって底をついているが,1か月もたてば値は上がる。そうしたら何百万,何千万円となって返ってくる。」,「今やめるような人はいない。逆に取引を続ければ何百,何千万円という利益がついて戻ってくる。」等の断定的判断を提供した旨主張し,原審でそれに副う供述をする。しかし,証拠(乙1の①②,4ないし8,原審控訴人〔同主張に副う部分を除く。〕,原審被控訴人Y2,原審被控訴人Y3)に照らすと,原審の上記控訴人の供述部分は採用しがたく,その他,同主張を認めるに足りる証拠はない。かえって,上記1(1)で認定した被控訴人Y1,被控訴人Y2及び被控訴人Y3の控訴人に対する説明,控訴人に残高照合回答書の回答などに証拠(乙1の①②,4ないし8,原審控訴人〔同主張に副う部分を除く。〕,原審被控訴人Y2,原審被控訴人Y3)を総合すると,本件取引当時,控訴人は,商品先物取引が投機性の高い取引であることを認識して本件取引を行ったことが認められる。

エ 説明義務違反について

控訴人は,被控訴人らが先物取引の仕組みや危険性を実質的に理解し,自主的判断に基づいてその取引ができる程度に説明をしなかったとして,被控訴人らの説明義務違反を主張し,原審で同主張に副う供述をする。しかし,上記1の(1)で認定したとおり,被控訴人Y1及び被控訴人Y2らは,控訴人に対し,図やパンフレットを示し,商品先物取引のガイドを交付して,商品先物取引の仕組みや危険性について説明していること,控訴人もその説明などを受けて,本件取引の対象である商品先物取引(ゴム,ゴム指数)が投機性の高い取引で元本の保証もないことを認識していたこと,控訴人は,2月5日,被控訴人Y3の説明を聞き,ゴム指数の売り建玉の取引をすることにし,被控訴人Y3に対し,600万円を手渡していること,控訴人は,本件取引終了時まで,特に,本件取引について疑義を述べることなく,異議を述べていないことからすると,控訴人の主張に副う原審の控訴人の供述部分は採用しがたく,かえって,被控訴人らにおいて,控訴人に対する説明義務違反があったと認めることができない。その他,同説明義務違反があったと認めるに足りる証拠はない。

ところで,控訴人は,当審で控訴人の不自然な行動である「同一限月・損切り直し「同一限月・損切り直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日の各取引)・同枚数または減玉直し(2月15日,3月15日,3月16日,3月19日,3月21日の各取引)」の存在によって説明義務違反があったことが明らかである旨主張する。しかし,控訴人が同主張する各行為については不自然な行動であるとまで認められないことは後記(2)エで認定説示するとおりである。そうすると,控訴人の同主張は理由がない。

(2)  取引継続段階での違法性

ア 新規委託者保護義務違反について

控訴人は,本件取引について,被控訴人らに新規委託者保護義務違反があった旨主張する。

ところで,被控訴人会社でも新規委託者を保護するため自主規制として上記1(1)カで認定したとおりの規制を定めているところ,同規制は取引所連合会の従来の受託業務指導基準(契約後3か月の習熟期間,その間に受託し得る建玉の枚数は20枚以内)の流れをくむもの(甲39)である。このような新規委託者保護規制の趣旨は商品先物取引の高い投機性,その仕組みの複雑性に加えて,仮に,未経験者が大量の取引をした場合,その時々の相場観などの判断の困難性などから自身で処理することが困難な過大な損失を被る危険性があり,そのような損失を被った場合それを取り返すべく行動して益々深みに入る危険性があることから,こうした事態を回避するため,新規の委託者が自らの責任と判断で同取引をすることができるような状況を確保するためのものである。このような新規委託者保護の趣旨からすると,被控訴人会社の定める自主規制の内容は緩やかに過ぎると思われるが,同会社及び同会社を除く被控訴人らは,少なくとも,期間,取引枚数,投下資金などを含めた内容について,上記新規委託者保護規制の趣旨にそって新規の委託者を保護すべき一般的注意義務を有していると解するのが相当である。

ところで,控訴人は,被控訴人Y2や被控訴人Y3から先物取引の仕組みや危険性について説明を受け,それらを理解した上で,証拠金500万円を超える取引を2月7日のゴム指数100枚の売り建玉取引を行っている。しかし,控訴人は,本件取引前に先物取引を含めて証券取引の経験がなかったから,新規の委託者であるにもかかわらず,取引開始からわずか数日しか経っていない2月6日,被控訴人会社に対し,証拠金600万円の同取引の委託をし,2月末日までに集中的に2420万円の資金を被控訴人会社に交付していること,被控訴人Y3らは,同規制を超える取引を控訴人から受託する前(2月6日以前)に上記規則所定の審査手続を取っておらず,受託後に同手続を取っていること,控訴人が同規制を超える取引をするにいたった原因は浮き玉という詐欺態様によって引き込まれた最初の取引による損失の現実化を回避するためということとともに被控訴人Y2及び被控訴人Y3からの積極的な説明と勧誘(同取引で取得した建玉が値下がりして損失が出そうになっており,損失を防ぐためにはあと100枚買ってもらわなければならない旨の説明と勧誘)にあること,同説明時点での控訴人の損失の程度は多くても十数万円程度(手数料を含めて)(甲74)で,500万円を超えて600万円もの委託証拠金を要するゴム指数100枚の売り取引をしなければならない必要性が控訴人に認められなかったこと,また,同取引が控訴人の積極的な要請というよりは被控訴人Y2ないし被控訴人Y3からの積極的な説明及び勧誘を踏まえて行われたことからすると,被控訴人Y2及び被控訴人Y3の控訴人からの2月6日のゴム指数100枚の売り建玉の受託行為及びそれを契機として継続拡大された本件取引は後記3(1)ウのとおり一連の取引として新規委託者保護義務違反に該当するといわなければならない。

イ 両建の勧誘について

控訴人は,両建の勧誘は同一商品の同一限月,同一枚数でなくとも同一商品の反対建玉があれば,違法となる旨主張する。

ところで,両建は,基本的には同一商品の同一限月について,売り又は買いの建玉をした後又はそれと同時に,これを手仕舞うことなく,これと反対の建玉を建てることをいうとするのが相当であるところ,取引所連合会の取引所指示事項及び受託業務指導基準において,委託者の手仕舞い指示を即座に履行せず,新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど,委託者の意思に反する取引を勧めること(取引所指示事項),委託者の意思に反して同時両建等の不適切な両建を勧めること(受託業務指導基準)を禁止するという形で,両建の勧誘が禁止されている。

上記規定の趣旨は,両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図した因果玉の放置,同時両建及び常時両建等の不適切な両建を禁止しているものと解されるところ,控訴人が両建と主張する各取引(別表No.4,6,9,13,15,18,21,24)は,そもそも,同一商品の同一限月の建玉ではなく(別表No.4,6の買い建玉の限月は,平成13年6月及び同年8月であるのに対し,別表No.9,13,15,18,21,24の売り建玉の限月は,平成13年7月又は同年9月である。),上記の不適切な両建に該当するものとは認められない。

また,控訴人は,別表No.6,8の各取引につき,因果玉の放置である旨主張するが,これらの取引は,別表No.19,22,25及び11,16,26で徐々に仕切られており,建玉が放置されたものとは認められないので,控訴人の上記主張は,採用することができない。

ウ 無断・一任売買について

控訴人は,本件取引のすべて,特に,同一限月・損切り直し,同枚数・減玉直しが控訴人からの具体的指示に基づかない違法な無断売買又は一任売買である旨主張する。

しかし,上記1(1)で認定した事実によれば,控訴人が,本件取引に関して,被控訴人会社から残高照合通知書及び売買報告書の送付を受けていたこと,控訴人が,被控訴人に対して返送した残高照合回答書において,取引内容について異議を述べたことはなかったこと,控訴人が,上記残高照合回答書の返送後に,被控訴人Y3らの勧めに従って,証拠金を入金して取引を継続していた。以上の事実によれば,控訴人は,本件取引における個々の取引について,予め了承していたか,少なくとも事後的には了承していたものと認められ,本件取引が無断売買又は一任売買であるとの控訴人の上記主張は採用することができず,その他,同主張を認めるに足りる証拠はない。

エ 特定売買について

(ア) 「直し」について

a 「直し」とは,既存建玉を仕切るとともに,新規に売り直し又は買い直しを行うことをいう。「直し」は,取引所連合会の旧取引所指示事項及び旧受託業務指導基準において,無意味な反復売買(短日時の間における頻繁な建て落ちの受託を行い,又は既存玉を手仕舞うと同時に,あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うこと)の具体的内容として禁止されている。

ところで,「直し」は,委託者にとって無意味な取引という観点からすると基本的には同場同節のものをいうのが相当であるところ,同場同節以外のものの場合は,刻々と変動する相場状況の中で,一旦利益を確定させて利益金を確保した上で新たな取引を行う等,合理的と認められる場合もあり,「直し」という取引方法の存在のみで,当該取引が違法とされるものではないというべきである。

b 上記1(1)で認定した事実によれば,本件取引には,別表No.5・6の買い直し,別表No.14・15,17・18,20・21,23・24の各売り直しがされている。

検討するに,別表No.5・6の買い直しは,相場が下がったことで一旦売り落ちしたが,被控訴人Y3が,その後の相場が上がることを予測し,再度買いを建てることを勧めたため,それに従って,再度買いを建てたものである。

また,別表No.14・15,17・18,20・21,23・24の各取引は,連続する4取引日にかけて行われたものであるが,別表No.14・15,17・18,23・24については,相場の上げ局面での売り直しであり,結果的には,新たな売り建玉を仕切った際(別表No.17,20,27の各取引)に損失が生じているが(ただし,別表No.20の取引については,売買損益では利益が生じており,手数料不抜けとなっている。),他方,上記一連の売り直しのうちの別表No.20・21の取引は,相場の下げ局面での売り直しであり,別表No.21の売り建玉を仕切った別表No.23の取引により300万円以上の利益が生じていること,上記一連の売り直しは,いずれも同場同節のものではないこと,控訴人が,3月21日,被控訴人会社に対し,残高照合回答書において残高照合のとおり相違ないと回答して,別表No.24の取引の内容を確認していることが認められる。

以上によれば,本件取引が,上記各直しの取引があったことから直ちに,私法上違法となるとは認められない。

ところで,控訴人は,上記直し部分について合理性が認められないことの裏付けとして当審でゴム指数限月毎の値動き(終値)に係る書証(甲89,90)を提出するが,上記直しが行われた時期は同一期日の中での異なる場であったことからすると,その場面での相場状況を考えるべきであって,終値の比較で考えることは相当でない。したがって,同各書証をもって,上記認定を覆すことはできない。

(イ) 「途転」について

「途転」とは,既存の建玉を仕切ると同時に,新たに反対の建玉を繰り返すことをいう。「途転」も,「直し」と同様,取引所連合会の旧取引所指示事項及び旧受託業務指導基準において,無意味な反復売買の具体的内容として禁止されている。途転は,無定見かつ頻繁に行われると,徒に手数料の負担を増やすだけの結果に終わるが,相場の状況によっては,相場の変化に対応した取引方法として合理的なものと認められる場合がある。

被控訴人らは,当審で別表No.7・8上記取引について途転ではない旨主張する。確かに,控訴人は,当該取引以前の2月15日に100枚の買い建玉を建てているが,別表No.7・8の取引は100枚の売り建玉を仕切って,60枚の買い建玉を建てており,同各取引は既存の建玉を仕切ると同時に,新たに反対の建玉を建てたというべきであるから,途転というべきである。

そこで,別表No.7・8の途転であるが,同各取引は,相場の上がり局面における売り建玉から買い建玉への途転であり,買い落ちして損失を確定しつつ,買い建てして新たな利益を得ようとする合理的なものとみることもできる。

(ウ) 「手数料不抜け」について

「手数料不抜け」とは,売買取引によっては利益が発生しているが,手数料が利益よりも高額であり,差引としては損となっているものをいう。手数料不抜けは,取引所連合会の取引所指示事項及び受託業務指導基準において,禁止されているものではなく,また,相場の状況によっては,手数料不抜けとなることを覚悟の上で損失の拡大を防止することが必要な場合があり,手数料不抜けそれ自体で,当該取引が違法とされるものではない。

上記1(1)で認定したとおり別表No.20の仕切り(買い落ち)は,手数料不抜けとなっている。これは,相場の上げ局面での売り建玉の仕切りであり,損失の拡大を防止するための合理的なものとみることもできる。

(エ) ところで,控訴人は,無意味な反復売買の度合いを客観的基準で判断する手法(客観的違法論)に基づき,本件取引における特定売買比率,月間回転率,手数料化率が,いずれも基準値の3倍以上という高率の数字となっていることから,無意味な反復売買が行われており違法である旨主張する。

しかし,個別事案における相場の動向を無視して結果のみから,取引の違法性を判断することは必ずしも相当とはいえず,かつ,本件においては,上記イ及び上記(ア)ないし(ウ)に説示したとおり,控訴人が,両建,直し,途転,手数料不抜けであると主張する各取引が違法なものとは認められないことからすると,特定売買比率,月間回転率及び手数料化率が,控訴人主張の数値であるからといって,本件取引が違法となるものではないと解される。

オ 無敷,薄敷について

上記1(1)で認定したとおり3月5日の取引(別表No.9)は,証拠金の一部が未入金のまま行われた薄敷であるが,上記取引が控訴人の要請により行われていること,翌6日には証拠金不足の状況が解消されていること(甲67)からすると,私法上直ちに違法となるものとはいえないと解される。

カ 不要な金銭徴求について

控訴人は,被控訴人らが控訴人に必要のない余剰金を出させた趣旨は控訴人をして将来増玉して取引を拡大させ,または,控訴人に将来追証がかかったときにも取引を終了させずに継続させることを意図した「客殺し」のためのものであった旨主張する。確かに,控訴人は,上記1(1)で認定したとおり被控訴人会社に対し支払った2月9日及び同月13日の各150万円,同月26日の600万円,翌27日の300万円,3月14日の150万円は,追加証拠金等として必要に迫られてされたものではない。しかし,先物取引は相場の変動によるハイリスク,ハイリターンな取引行為であるため,時期を失することなく速やかな対応が要請される場合があるところ,追加証拠金等の必要がない場合であっても,自己に有利な取引機会をとらえるべく,予め余裕をみて業者に証拠金を委託しておくことは,経済行為として合理的な行動としての側面があり,かつ,上記1(1)で認定したとおり控訴人は,自らの判断で上記各支払を行ったものと認められる。そうすると,被控訴人会社が控訴人から上記各金員を徴求した行為が,直ちに私法上違法となるものとは認めらず,その他,控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

キ 向い玉(取組高均衡手法)について

(ア) 委託者である顧客の建玉の取組高と受託者である業者の建玉の取組高において,売り建玉と買い建玉の差玉がゼロの状態(すなわち,顧客の委託玉の取組高と業者の自己玉の取組高が均衡している状態)であれば,業者と取引所との関係での損益は発生しない。すなわち,上記の状態においては,業者は,自己玉により利益を上げた場合であっても,顧客の委託玉の損失と相殺されて,取引所から利益を受け取ることはなく,他方,顧客が委託玉で利益を上げた場合には,自己玉の売買差損のほか,顧客の委託玉の利益金を支払わなければならない。そして,上記の状態において,業者において取引所から利益を受け取ることがない以上,業者は,顧客からの手数料収入に,専らその支払の原資を依存することになる。

したがって,上記のように顧客の建玉の取組高と業者の自己玉の取組高が均衡している状態にあることは,業者においていわゆる客殺し商法を行って,顧客に利益を上げさせないようにし,顧客からの手数料をできるだけ多く取得しようとする要因となり得るものである。

しかし,上記の取組高均衡の状態においても,業者は,顧客が利益を上げた場合には,顧客に利益金を支払わなければならないのであって,業者が,上記の取組高均衡の状態を作出していること(すなわち,業者が,控訴人の主張に係る取組高均衡手法を取っていること)自体で,直ちに違法な行為となるわけではなく,業者が,上記の取組高均衡の状態と組み合わせて,顧客に利益を上げさせないような無意味な反復売買等の取引を行っている場合に初めて,私法上違法な不法行為となるというべきである。

(イ) これを本件についてみると,取組高差玉率(顧客の委託玉の取組高と業者の自己玉の取組高の差をその合計で割った割合)が,ゴム指数については,平均取組高合計641枚で,平均取組高差玉率0.22パーセント,ゴムについては,平均取組高合計2558枚で,平均取組高差玉率1.45パーセントというように,控訴人の委託玉と被控訴人会社の自己玉における売り買いの数が著しく近似しており,偶然に上記結果が生じたとは考え難い。したがって,被控訴人会社は,本件取引に関して,控訴人の委託玉に対して自己玉を建てて,控訴人の委託玉と被控訴人会社の自己玉における売り買いの取組高が均衡するように調整していたと推認される。

しかし,本件においては,上記イ及びエに説示したとおり,被控訴人会社が,無意味な反復売買(両建,直し,途転等)等の取引を行っていたものとは認められない。

また,向い玉(先物業者が顧客の建玉と反対の建玉をすること)自体については,それを禁止する規定はなく,過大な数量の取引をすることが制限されているにすぎないこと(施行規則46条2項),向い玉により,一方で顧客の利益を害し,他方で業者の利益を得ることが可能となるためには,業者が相場を自由に操縦できることが前提となるが,本件において,それを肯定するに足りる証拠はないことからすると,被控訴人会社が向い玉を建てたこと自体が違法であるとは認められない。

(ウ) 以上を総合考慮すると,本件においては,被控訴人会社が控訴人の委託玉と被控訴人会社の自己玉の取組高が売り買いで均衡するように調整していたと推認されるが,無意味な反復売買等の取引を行っていたとは認められず,かつ,被控訴人会社が向い玉を建てたこと自体が違法であるとは認められないことからすると,控訴人が主張するような,取組高均衡手法を利用したいわゆる客殺しの取引という観点から,本件取引が私法上違法となるものとは認められない。

(3)  仕切り段階での違法性-仕切り拒否,回避

控訴人は,3月15日以降,被控訴人らが控訴人の仕切り要求を拒否した旨主張する。しかし,上記1(2)ウで認定説示したとおり,本件取引において,被控訴人らによる違法な仕切り拒否があったとは認められない。

3  損害額

(1)  取引差損

ア 上記2で説示したとおり,被控訴人Y1及び被控訴人Y2の控訴人に対する浮き玉による勧誘という詐欺的な勧誘行為は,悪質で違法性の程度が高く,それを行った被控訴人Y1,被控訴人Y2及び組織体として行った被控訴人会社に私法上違法な不法行為が成立するほか,それに引き続いて行われた被控訴人Y2,被控訴人Y3及び同人らの使用者である被控訴人会社の新規委託者保護義務違反についても不法行為が成立する(なお,被控訴人Y1,被控訴人Y4及び被控訴人Y5は,新規委託者保護義務違反となる取引に関与したことが認められず,したがって,同被控訴人らに新規委託者保護義務違反の不法行為は成立しない。)。

イ 最初のゴム20枚の取引(買い建てとその売り落ち,別表No.1・3)によって控訴人に生じた損害は上記違法な勧誘行為と相当因果関係を有する損害というべきであり,その損害額は別表によれば,14万9020円となる。

ウ(ア) 次に,新規委託者保護義務違反の不法行為による損害であるが,新規委託者保護義務違反が行われた経緯及びその後の控訴人の取引経緯(2月6日のゴム指数100枚の売り建玉の取引を契機としてその取引によって生じた損害を取り返すなどの意図から2月末までに集中的に2420万円の資金を投下し,最後の建玉(別表No.23,24)をした3月21日までわずか1か月半の期間であったことなど,取引が継続拡大した経緯及び期間)からすると,別表No.2の取引とその後の取引は一連の取引として全体が新規委託者保護義務に違反する違法なものと評価でき,新規委託者保護義務違反の取引後に生じた控訴人の損害(別表の差引損益金欄記載の金員〔但し,No.3の欄の部分を除く。〕)について被控訴人Y2,被控訴人Y3及び被控訴人会社は,その責任を負うべきものと解するのが相当である。

(イ) ところで,控訴人は,上記1(1)で認定したとおり本件取引に当たってその危険性を認識しながらその取引を継続しているところ,控訴人の同行為は上記イの損害についてはその発生や拡大に寄与したことが認められないが,同ウ(ア)の損害の発生,拡大に寄与しているということができる。

そうすると,控訴人は,同ウ(ア)の損害については一定の範囲で責任を負うべきであって,控訴人と上記被控訴人らとの過失相殺割合(損害負担割合)は上記被控訴人らの違法行為の態様,控訴人の本件取引への関与の態様などを総合考慮すると4(控訴人)対6(上記被控訴人ら)とするのが相当である。

それにしたがって,以下のとおり計算すると,上記被控訴人らが負うべき損害賠償額は1079万3520円となる。

1813万8220円-14万9020円=1798万9200円

1798万9200円×0.6=1079万3520円

(2)  慰謝料

控訴人において,上記(1)の損害を填補する以上に,損害賠償によって慰謝すべき精神的損害が発生したとは認められないから,控訴人の慰謝料請求は理由がない。

(3)  弁護士費用

本件訴訟の審理経過,認容額その他本件各証拠により認められる一切の事情を考慮すると,上記(1)イの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用相当額の損害は1万5000円,同ウ(ア)の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用相当額の損害は100万円と認めるのが相当である。

4  小括

そうすると,控訴人の本件請求は以下の限度で理由がある。

(1)  控訴人の被控訴人会社,被控訴人Y1及び被控訴人Y2に対する請求

16万4020円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

(2)  控訴人の被控訴人会社,被控訴人Y2及び被控訴人Y3に対する請求

1179万3520円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

第4結論

以上によれば,控訴人の本件請求については上記第3の4で判示したとおりであり,これと結論を異にする原判決を変更することとして,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条,64条,65条を,仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井土正明 裁判官 松村雅司 裁判官 中村哲)

<以下省略>

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