大阪高等裁判所 平成16年(ネ)3454号 判決 2005年10月25日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人の本訴請求を棄却する。
3 控訴人の反訴のうち、建物賃貸借契約の期間終了を理由とする予備的建物明渡請求にかかる部分、平成17年6月2日以降に履行期が到来する予備的賃料請求(当審新請求)にかかる部分及び建物賃貸借契約の期間終了後の予備的賃料相当損害金の請求にかかる部分をいずれも却下する。
4 その余の反訴請求(当審新請求を含む。)を棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審とも、本訴反訴を通じ、これを4分し、その3を被控訴人の、その余を控訴人の、各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3)ア 被控訴人は、控訴人に対し、平成16年6月1日限り、原判決添付の別紙物件目録1ないし3記載の各建物を明け渡せ(主位的請求)。
イ 被控訴人は、控訴人に対し、平成19年12月30日限り、上記アの各建物を明け渡せ(予備的請求)。
(4) 被控訴人は、控訴人に対し、平成16年6月1日から上記(3)の各建物の明渡済みまで1か月451万9500円の割合による金員を支払え(請求の趣旨においては主位的・予備的請求は同じ。)。
(5) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(6) 仮執行の宣言。
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟の経過
(1) 事案の要旨
ア 本訴
被控訴人が、控訴人に対し、控訴人から賃借している原判決添付の別紙物件目録1ないし3記載の各建物(以下「本件各建物」という。)の賃料が平成9年7月1日から平成13年11月30日までの間は1か月276万2000円、平成13年12月1日以降は1か月272万3000円であることの確認を求めたものである。
イ 反訴
控訴人が、被控訴人に対し、主位的に、被控訴人に賃貸借契約上の債務不履行があったとして同契約を解除し本件各建物の明渡を求め、予備的に賃貸借契約期間の終了時における同明渡を求めたほか、主位的に契約解除日以後である平成16年6月1日から建物明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求め、予備的に賃貸借契約期間の終了を理由として同一の請求をしたものである。
(2) 原判決
原審裁判所は、本訴請求を、上記賃貸借契約における約定純賃料が、平成9年7月1日から平成13年11月30日までの間は月額404万円、平成13年12月1日以降は月額371万円であることを確認する限度で認容し、その余の本訴請求を棄却し、控訴人の反訴請求をすべて棄却した。
(3) 当審における審判の対象等
これに対し、控訴人が控訴し、上記第1の1のとおりの判決を求め、金銭請求についての予備的請求原因を、賃貸借契約期間内にあっては賃料を、期間終了後は賃料相当損害金を、それぞれ請求する旨、従来の主張を改めた。
よって、当裁判所は、被控訴人の本訴請求(原判決が認容した範囲内である。)及び控訴人の反訴請求(一部変更後のもの)の当否を判断すべきこととなる。
2 当事者間に争いのない事実
(1) 控訴人と被控訴人は、平成4年12月1日、次のとおり、控訴人が被控訴人に対し本件各建物を賃貸する旨の賃借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、控訴人はそのころ被控訴人に対して本件各建物を引き渡した。
ア 期間 平成4年12月1日から15年間
イ 賃料 次のとおり、約定純賃料及び償却賃料を月額賃料とする。償却賃料は、原判決添付の別紙物件目録2及び3記載の建物(以下「本件建物2及び3」という。)にかかる、各該当年度の不動産取得税、固定資産税及び都市計画税の合計額の12分の1の相当額並びに下記(イ)の建設協力金相当額をいう。
(ア) 約定純賃料
a 平成4年12月1日から平成7年11月30日まで 月額360万円。
b 平成7年12月1日から平成9年11月30日まで 月額369万円。
c 平成9年12月1日から平成14年11月30日まで 月額441万4500円。
d 平成14年12月1日から平成19年11月30日まで 月額451万9500円。
(イ) 建設協力金(甲1の1の5条本文)
被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付の別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物1」という。)の建設協力金として7500万円、本件建物2及び3の建設協力金として3億2760万円を無利息で預託する。
ウ 賃料の改定
消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び、本件各建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は、被控訴人及び控訴人で協議の上、これを改定することができる。
(2) 本件賃貸借契約後、大阪府下の不動産市況は下降をたどり、不動産評価額も下落し続けている。
(3) 被控訴人は、平成9年6月27日ころ、控訴人に対し、同年7月1日をもって本件各建物の賃料を減額する旨の意思表示をした。
被控訴人は、平成13年11月26日、控訴人に対し、同年12月1日をもって本件各建物の賃料を減額する旨の意思表示をした。
(4) 控訴人と被控訴人との間で、上記(3)の意思表示後における賃料額について争いがある。
(5) 控訴人は、平成16年1月20日の原審第4回口頭弁論期日において、下記3(3)の消滅時効を援用した。
(6) 控訴人は、平成16年5月21日送達の反訴状により、被控訴人に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(7) 被控訴人は、現在まで、控訴人に対し、本件賃貸借契約に基づく約定純賃料を支払っている。
3 争点
(1) 本件賃貸借契約に対する借地借家法32条の適用の有無(争点(1))。
(2) 本件賃貸借契約における賃料が不相当となったか(争点(2))。
(3) 平成9年6月27日ころに被控訴人が行った賃料減額請求の結果が時効消滅したか(争点(3))。
(4) 平成9年7月1日、平成13年12月1日の各時点における本件各建物の相当賃料額如何(争点(4))。
(5) 控訴人の反訴の要件の有無(争点(5))
(6) 被控訴人の本件賃貸借契約上の債務不履行による契約解除に基づく控訴人の建物明渡請求及び期間終了を理由とする同請求の当否(争点(6))。
(7) 控訴人の質料及び賃料相当損害金請求の当否(争点(7))。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)について
(1) 控訴人
本件債貸借契約の実質は、次のとおり、控訴人と被控訴人の共同事業であるから、借地借家法32条の適用はない。
本件賃貸借契約は、控訴人、被控訴人、株式会社永井スポーツセンター、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツ及びテレビ大阪株式会社が共同企画事業を行うために締結されたものである。すなわち、控訴人がその所有する土地を提供し、被控訴人がその地上に建物を建て、その所有名義を控訴人とする。被控訴人は、控訴人から同建物を賃借し、転貸等を行って収益を上げる。控訴人は、被控訴人から賃料名義で収益を得る。したがって、本件賃貸借契約における約定純賃料は、上記共同事業の継続期間である15年分の収益を見越して予めすべてを決定した。その金額は、被控訴人の建物建設費負担を勘案して、当初は低額とし、順次増額することにした。さらに、控訴人と被控訴人は、協議の上、前記土地上に本件各建物以外の建物を建築した場合、この新築建物も本件賃貸借契約の対象とすることとするが、約定純賃料の金額を変更しないものとした。これらの点からすると、本件賃貸借契約における賃料は、実質上、共同事業の分配金である。
(2) 被控訴人
控訴人の主張は、ただ本件賃貸借契約には借地借家法32条の適用がないとの結論をいうにすぎず、その法的な根拠を欠くものである。
2 争点(2)について
(1) 被控訴人
本件賃貸借契約の約定純賃料は、不動産評価額の下落により、著しく不相当となった。
(2) 控訴人
本件賃貸借契約の約定純賃料は、公租公課との対比からしても、終始、著しく低額である。
3 争点(3)について
(1) 控訴人
被控訴人は、平成9年6月27日ころ、同年7月1日以降の賃料につき減額請求権を行使したのであるから、これによって賃料減額の効果が発生したにもかかわらず、それから5年以内に本訴を提起しなかった。したがって、同賃料減額請求権の行使の結果は、時効消滅した。
(2) 被控訴人
賃料減額請求権の行使の結果が時効消滅することはあり得ない。
4 争点(4)について
(1) 被控訴人
平成9年7月1日、平成13年12月1日の各時点における本件各建物の相当賃料月額は、それぞれ276万2000円、272万3000円である。
(2) 控訴人
ア 被控訴人の主張は争う。
イ 原審における鑑定結果は、以下のとおり相当ではない。
本件賃貸借契約は被控訴人と控訴人らの共同事業の一環であり、賃料は控訴人の出資に対する収益として契約当初から、地価の上下とは一応無関係に計画的に決定されたことや、地価が高いにかかわらず賃料を安価とし、被控訴人が大きく利得していることを無視している。そのほか、評価対象地の標準価格の算出方法が不明であり、水路の存在を理由に土地価格を16%も減価するのは不合理であること、利回り法及びスライド法は運用益と本来無関係であるから、これらの算定方法を差額配分法に加味した賃料から低下金利分を控除する理由がないのに、低下金利分の半額を控除し、さらに、その後の算出過程で、再度、運用益を控除し、結局、2回にわたって運用益を控除している。15年の契約期間終了後、本件建物の取り壊しが予定されているのに、減価償却費及び取り壊し費用の計算上25年後の取り壊しを前提としていることなどにおいて不当である。
5 争点(5)について
(1) 被控訴人
控訴人の反訴は、本訴の目的である防御方法と関連する請求を目的とするものではない。また、反訴の提起により、著しく訴訟手続を遅延させるものもある。したがって、いずれにしても不適法である。
(2) 控訴人
争う。
6 争点(6)について
(1) 控訴人
ア 本件賃貸借契約は、控訴人外3社の15年間にわたる共同事業遂行のための一環として締結されたものであるから、15年間の契約期間が終了すれば当然に本件契約は終了する(予備的請求原因)。したがって、借地借家法の更新の規定は適用されない。
イ 本件賃貸借契約17条4項では、控訴人又は被控訴人が同契約の各条項に違反し、同契約を継続し難いと認められるときは、相手方は本件賃貸借契約を解除することができる旨規定している。
ウ 被控訴人は、本件訴訟の中で、控訴人に対し、本件賃貸借契約が終了する平成19年11月30日に本件各建物を明け渡す意思はないことを明らかにした。
被控訴人の上記対応は、本件賃貸借契約が15年間の共同事業に関するものであることを根本から覆すものであり、背信性が大きく、また、同契約期間の条項に違反し、本件賃貸借契約を継続し難い事由となる(主位的請求原因)。
(2) 被控訴人
争う。
7 争点(7)について
(1) 控訴人
ア 主位的に本件賃貸借契約が解除されたことに基づく平成16年6月1日から本件各建物の明渡済まで賃料相当損害金として1か月451万9500円の支払いを求める。
イ 予備的に平成16年6月1日から平成19年12月30日までは約定の賃料として、同契約終了日の翌日である平成19年12月31日から本件各建物の明渡済までは賃料相当損害金として1か月451万9500円の支払いを求める。
(2) 被控訴人
争う。
第4争点についての当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 事実の認定
争いのない事実及び下記の各証拠並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
ア 控訴人、被控訴人、株式会社永井スポーツセンター、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツ及びテレビ大阪株式会社は、平成3年12月24日、次の内容の協定(乙1)を結んだ。
(ア) 控訴人の所有地に、被控訴人が指定した仕様に基づくインフォメーションパビリオン、フラワーセンター、バラエティショップ、アミューズメントアメニティ施設及び駐車場を建設し、レジャー、スポーツ及びリゾートに焦点を当てた事業を展開する。この事業は、平成4年9月1日に開場し、15年間の継続事業とする。
(イ) 株式会社永井スポーツセンターは、土地整地費及び建設引当金2億円を負担する。そのほか、各施設の建設費は、被控訴人及び株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツがすべて負担する。同社らは、株式会社永井スポーツセンター及び控訴人に対して同費用について何らの請求をしない。
(ウ) 各施設は、控訴人の所有とみなす。開場後の催事は、被控訴人が主催し、テレビ大阪株式会社が後援し、株式会社ジャパンマーケッティングアソシエイツが企画を代行する。
イ 被控訴人と株式会社永井スポーツセンターは、平成3年12月24日、株式会社永井スポーツセンターが所有する土地に、被控訴人が指定する仕様により建設する建物及び附帯施設につき、以下の約定を含む賃貸借契約を締結する旨予約した。
(ア) 期間を15年とし、期間延長は、契約終了の1年前に双方協議の上決定する。
(イ) 当初の賃料を月額360万円とし、賃料改定は別途覚書による。消費者物価指数の大幅な変動、賃貸借物件の公租公課の急激な上昇、経済情勢の大幅な変動等により、上記改定率が著しく不相当となった場合は、双方協議の上改定率を決定する。
(ウ) 被控訴人は、建設協力金として7500万円を無利息で株式会社永井スポーツセンターに預託する。
(エ) 株式会社永井スポーツセンターは、上記建設協力金を、本契約締結の日から3年間据え置き後、被控訴人に対して20%を控除した残額を12年間で分割返還する。
(オ) 株式会社永井スポーツセンターは、賃貸借物件である土地の整備費及び一部施設の建築費として2億円を限度として負担し、その他の施設は被控訴人が建設する。被控訴人は、株式会社永井スポーツセンターに対し、その建設費の支払を請求しない。
(カ) 被控訴人は、株式会社永井スポーツセンターに対し、保証金として1500万円を預託する。
ウ 控訴人は、平成4年8月5日、末広建設株式会社に対し、本件各建物等の建築工事を代金4億7380万円で発注した(後に、請負代金額は4億5880万円に変更された。)(乙3の1・2)。末広建設株式会社は、同年12月ころまでに、同工事を完成し、控訴人に引き渡した。
エ 控訴人と被控訴人は、平成4年12月1日、甲1の1、乙6により本件賃貸借契約を締結し、前記のほか、以下の約定をした。
(ア) 本件賃貸借契約は、上記アの協定書による合意を実施するために締結する(前文)。
(イ) 控訴人は、被控訴人に対し、上記イの賃貸借契約予約及び前記ウの請負契約に基づき建設された本件各建物を賃貸する。被控訴人は、本件各建物の賃貸借に伴い、控訴人所有の本件各建物の敷地及び株式会社永井スポーツセンターの上記所有土地を駐車場、駐輪場として利用することができる(第1条)。
(ウ) 被控訴人は、上記土地及び本件各建物を、被控訴人及び被控訴人が指定する代行者の企画運営する上記協定書掲記の事業のための複合商業施設及び附帯設備としてのみ使用し、その他の目的に使用してはならない。また、被控訴人は、上記使用目的の範囲内において本件各建物の全部又は一部を第三者に使用させることができる(第2条)。
(エ) 被控訴人は、控訴人に対し、賃料の支払、損害の賠償、その他本件賃貸借契約から生ずる債務の弁済を担保するため、同契約存続中、1500万円を無利息で預託する(第6条)。
(オ) 上記土地及び本件各建物の維持管理(清掃等も含む。)はすべて一括して被控訴人の責任と費用負担において行う。本件各建物等の内外の模様替え又は修繕(本件各建物の土台、柱、壁及び屋根等の修理を含む。)の必要が生じたときは、被控訴人は予めその設計についての控訴人の承諾を受けて施工するものとし、これに要する費用は被控訴人の負担とする(第11条)。
(カ) 被控訴人が本件契約の各条項に違反し、本件契約を継続し難いと認められるときは、控訴人は、催告の上、本件賃貸借契約を解除することができる(17条4項)。
(キ) 被控訴人は、本件賃貸借契約の有効期間が終了したとき、控訴人、被控訴人合意の上解約したとき、又は第17条により本件賃貸借契約が解除されたときは、30日以内に、被控訴人の所有物一切を自己の費用をもって撤去し、上記土地及び本件各建物を原状に回復し、控訴人に明け渡さなければならない(第18条)。
オ 控訴人と被控訴人は、本件賃貸借契約締結と同時に、次の内容の覚書(甲1の2、乙7)を締結した。
(ア) 本件賃貸借契約は、控訴人所有地上に建設した賃貸借物件を控訴人所有の建物としているが、その建設費の大半は被控訴人が負担したものであり、被控訴人は、その償還を控訴人に請求しないことを約定したものである(第1項)。
(イ) 被控訴人が控訴人との間に、本件賃貸借契約を締結したのは、本件各建物を第三者に賃貸し、その建設費の回収を図るほか、建設敷地及び駐車場用地以外の更地部分を、被控訴人が主催する各種イベント用地として利用することを企図したものである。控訴人は被控訴人の上記企図を承認し、被控訴人が各種イベントを挙行することに協力し、これを妨害するような措置をとらないことを確約する(第2項)。
(ウ) 被控訴人は、各種イベントを挙行することが不可能又は著しく困難になったと認めたときは、本件賃貸借契約の約定にかかわらず、控訴人に対し6か月前の予告をもって、本件賃貸借契約の解約を申入れることができる(第3項)。
(エ) 上記(ウ)の申入れを受けたときは、建物敷地及び駐車場用地並びに更地部分上の全ての建物及び施設を撤去することを前提にして、控訴人と被控訴人は、誠意をもって解約後の措置につき協議しなければならない。この場合には、本件賃貸借契約に関する上記契約書第18条ないし20条は適用しないものとする(第4項)。
カ 本件建物1は、スケルトン仕様の飲食店舗として、本件建物2は、ログハウス仕様の店舗として、本件建物3は、スケルトン仕様の物販店舗・遊技場(カラオケボックス)としてそれぞれ設計建築されている。本件各建物敷地と一体をなす控訴人所有地には、スポーツセンター等が存在し、全体で複合商業施設ゾーンを形成している。
以上の事実が認められる。
(2) 判断
ア 以上の争いのない事実、認定事実及び証拠(甲1の1、乙6)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件賃貸借契約は、控訴人が、被控訴人に対し、控訴人の所有する本件各建物の使用収益をさせ、被控訴人が、その使用収益の対価として、控訴人に対し一定額の金員(賃料)を支払う旨約定したものであって、借地借家法1条所定の「建物の賃貸借の契約」に当たることが明らかであるから、原則として同法32条の規定の適用があるというべきである。
イ 控訴人は、本件賃貸借契約は、実質的には、控訴人と被控訴人の共同事業であることを理由に借地借家法32条の適用がないと主張するが、本件賃貸借契約が法的には「建物の賃貸借の契約」であることは明らかであり、この点は控訴人も認めていることから、控訴人のこの主張の趣旨は理解が困難なところがある。
これが経済的には控訴人と被控訴人の共同の企業活動であるとの趣旨であるとしても、そのことから本件賃貸借契約の法的性格が左右されるものではなく、借地借家法32条の規定の適用がないことの根拠とすることはできない。ただし、控訴人の主張する諸事情は、本件賃貸借契約による約定賃料の相当性(借地借家法32条の規定における「不当性」)や相当賃料額の算定において斟酌すべき重要な事情になるものと解される。
また、本件賃貸借契約において、借地借家法32条の規定の適用をしない特約があったとの趣旨であったとしても、到底採用できない(最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁)。
なお、本件賃貸借契約において、消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び、本件各建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は、被控訴人及び控訴人で協議の上、これを改定することができる旨(4条)の約定がある(争いがない。)が、この約定は、借地借家法32条の規定に反する限度(例えば、契約当事者間の協議を要するとすればその点など)で、効力がない。
2 争点(2)について
(1) 本件賃貸借契約における賃料額の約定と借地借家法32条の解釈
ア 被控訴人は、平成9年6月27日ころ、控訴人に対し、賃料の減額の請求を行ったが、その具体的な内容は明らかではないものの、当時の本件賃貸借契約における賃料月額は369万円であった(争いがない。)から、これを相当額まで減額するとの請求を行ったものと解釈するほかない。
そして、この賃料月額に変更実施された時期は、平成7年12月1日である(争いがない。)から、同日から減額請求時(平成9年6月27日ころ)までの間における不動産の価格の低下により本件賃貸借契約における賃料額が不相当になったかどうかを判断すべきこととなる。
イ 被控訴人は、本件賃貸借契約日から上記平成9年7月1日における不動産の価格の低下事情を考慮できるかのように主張する(甲3ないし5を提出していることからそのように理解される。)。
しかし、事情の変更によって約定賃料額の一方的な変更(形成権)を許す借地借家法32条の法意からすれば、増減額請求の発生の根拠とすべき事情の変更は、増減額の対象となる賃料額の授受が開始された時(通常は、その合意日ころであろうが、本件においては、本件賃貸借契約でその旨約定された日である。本件では、15年間にわたって予め賃料額が定められた特別の事情による。)から同請求時までに発生した事情に限定すべきことは、事の性質上、当然であるというべきである。
本件において具体的に述べると、平成4年12月1日から平成7年11月末日までに発生した事情は、同期間における賃料360万円の相当性(不当性)の判断において考慮され、その後変更された賃料額の相当性(不当性)の判断において考慮すべきではないのである。少なくとも、借地借家法32条に基づく賃料額の増減額請求においては、以上の考えが妥当するとするというべきであり、被控訴人の主張は採用できない。
ウ 以上の検討の結果からすれば、被控訴人の平成9年6月27日ころの賃料減額請求は、その効力が減額対象賃料額の約定終期である平成9年11月末日までに制限されるものと理解すべきである。そして、以上の理は、被控訴人が行った平成13年11月26日の賃料減額請求についても妥当するものである。
(2) 賃料額の不当性
ア 平成7年12月1日から平成9年6月27日までに発生した事情によって、同期間における賃料369万円が不当になったと認めるに足りる証拠はない。
甲3によれば、大阪府堺市<省略>の基準地価(m2当たり単価)は、平成7年が25万円で、平成9年が23万6000円であることが認められ、その減少率は5.6%にすぎない。原審鑑定結果によれば、消費者物価指数は、平成7年12月が98.3(平成12年3月を100とした指数)で、平成9年6月が100.9であり、企業向けサービス価格指数中の不動産賃貸指数は、平成7年12月が98.9(平成7年4月を100.1とした指数)で、平成9年6月が98.4であることが認められる。このように不動産賃料にかかる指数は微減したにすぎないし、消費者物価指数は逆に上昇しているのである。そのほか、近隣における賃料相場も不明であり、下記イ(ウ)の本件賃貸借契約における特別事情にもかんがみると、賃料369万円が不相当に高額になったと認めることはできない。
イ 次に、①平成9年12月1日から②平成13年11月26日までに発生した事情によって、同期間における賃料441万4500円が不当になったかどうかについて判断する。
(ア) 各事情の変動状況と変動率(③)
a 本件各建物の敷地の単価(原審鑑定46頁)
①24万円 ②15万2000円 ③36%強の減少。
b 地価公示及び地価調査(同87頁)
①(もっとも近い平成10年1月1日の数値) 303
②(同上) 194
③約36%の減少。
c 建設物価建築費指数(同87頁)
①98.1 ②90.1 ③約8.2%の減少。
d 消費者物価指数(同93頁)
①100.7 ②98.7 ③約2%の減少。
e 企業向けサービス価格指数中の不動産賃貸(同93頁)
①98.4 ②93.3 ③約5.2%の減少。
f 原審鑑定におけるスライド法における指数(平成4年12月1日を1とした場合の変動割合)
①0.97 ②0.89 ③約8.25%の減少。
(イ) 消費者物価等の動向
以上のとおり、上記①の時点から②の時点においては、本件各建物の敷地を含め大阪府堺市(甲3)及び全国の土地の価格の低下が認められ、その低下率も相当大幅なものがあるというべきであるが、その間における賃料を含めた消費者物価指数等の低下率は10%に満たず、特に消費者物価指数は約2%の低下に止まっている。これらを要するに、上記の期間においては、少なくとも、土地の価格の低下がその割合で賃料額に反映されていないものと見るのが相当というべきであり、具体的には、上記(ア)eの指数(5.2%)を中心にその低下の程度を考慮するのが正当である。
(ウ) 本件賃貸借契約における特別事情
本件においては、既に認定した事情に加えて、本判決別紙「中百舌鳥企画」記載のとおり、控訴人、被控訴人らが、協議合意の上、本件賃貸借の全期間にわたって売上高(土地、建物、販促分担金)、固定資産税、減価償却費、投資金利、経常利益を予測し、これに基づいて土地及び建物の売上高合計を12分し、毎月の純賃料額を定めるなどしたものである(乙4、弁論の全趣旨。)。したがって、当然に15年間にわたる将来の経済変動をある程度予測したうえで売上高(賃料額)を定めたものと推認され、この賃料額は本件賃貸借契約を含めたいわば共同事業の中核となるべきものと認められ、平均的な賃貸借契約におけるのと異なり、当事者に対する拘束性の強いものと評価するのが契約当事者の合理的な意思に沿うのものというべきである。
これらの事情に上記アで述べた事情にもかんがみると、①平成9年12月1日から②平成13年11月26日までに発生した事情によって、同期間における賃料441万4500円が不当になったということができない。
ウ そうすると、被控訴人が主張する二つの時期にその主張する賃料減額請求権が発生したとはいえないから、被控訴人の上記減額請求の意思表示は効力がない。
3 本訴請求の当否
以上の認定判断によれば、争点(3)(4)について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がない。
4 争点(5)について
控訴人の反訴における請求原因は、本訴における防御方法と関連するものということができるし、反訴の提起により、訴訟手続が著しく遅滞したとも認められない。したがって、控訴人の反訴は、民訴法146条1項本文の要件を欠くということはできないし、また、同条1項2号にも該当しないから、適法である。
この点の被控訴人の主張も採用できない。
5 争点(6)について
ア 借地借家法26条の規定の適用の有無
この点は、争点(1)で述べたとおりであり、本件賃貸借契約について借地借家法26条の規定の適用があると解するのが相当である。そして、同規定の適用を当事者間の合意によっても排除することはできない(同法30条)。
イ 被控訴人が本件訴訟の中で、控訴人に対し、本件賃貸借契約が終了する平成19年11月30日に本件各建物を明け渡す意思はないことを明らかにしたとしても、ただちに債務不履行に当たるとは認められない。
控訴人の反訴主位的請求のうち、被控訴人の債務不履行を理由とする契約の解除に基づく建物明渡請求は、その余を判断するまでもなく理由がない。
ウ 契約期間の終了を理由とする建物明渡請求は、予めその請求をする必要があるとは認められないから、不適法であって却下を免れない。
6 争点(7)について
ア 被控訴人の債務不履行を理由とする賃料相当損害金の請求(主位的金銭請求)は、上記のとおり、理由がないことが明らかであるから棄却すべきである。
イ 予備的金銭請求のうち、平成16年6月1日から当審口頭弁論終結時である平成17年6月2日までに履行期が到来した賃料の請求は、この賃料債権が既に弁済により消滅したことが争いがないから、棄却すべきである。その余の、同日以降に履行期が到来する賃料及び期間終了後の賃料相当損害金の請求は、予めその請求をする必要があるとは認められないから、不適法であって却下を免れない。
第5結論
以上の次第で、本件における各請求についての判断は次のとおりとなる。すなわち、被控訴人の本訴請求はすべて棄却すべきである。控訴人の反訴建物明渡請求中、債務不履行を理由とする請求は棄却すべきである。同期間終了を理由とする建物明渡請求にかかる反訴は却下すべきである。反訴主位的金銭請求は棄却すべきである。反訴予備的金銭請求(当審新請求)のうち、平成17年6月2日までに履行期が到来した賃料の請求は棄却すべきであり、同日以降に履行期が到来する賃料請求は却下すべきである。同期間終了後の賃料相当損害金の請求は却下すべきである。これと異なる原判決は相当ではないので、これを変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 矢延正平 川口泰司)
(別紙)中百舌鳥企画(最終)<省略>