大阪高等裁判所 平成16年(ネ)3596号 判決 2005年6月02日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、150万円及びこれに対する平成14年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1・2審を通じて、これを3分し、その2を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、240万円及びこれに対する平成14年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1・2審とも、被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は、控訴人が、被控訴人との間に一般自動車総合保険契約を締結していたところ、控訴人所有の普通乗用自動車(被保険自動車)をショッピングセンターに駐車していた間に盗難被害に遭ったとして、被控訴人に対し、同保険契約に基づき、車両保険金240万円及びこれに対する支払請求日の翌日(平成14年8月23日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、控訴人所有の被保険自動車につき盗難事故(偶然の事故)に遭ったと認めることはできないとして、控訴人の請求を棄却した。
そこで、控訴人が控訴を提起した。
1 前提事実(争いのない事実以外は証拠を掲記した。)
(1) 控訴人は、aオートサービスの商号で、自動車修理業を営む者であり、被控訴人は、損害保険業を主たる目的とする保険会社である。
(2) 控訴人は、平成13年12月11日、被控訴人との間に、控訴人所有の普通乗用自動車(三菱パジェロ、登録番号<略>、以下「本件車両」という。)につき、保険金額を240万円、保険期間を同日午後4時から平成14年12月11日午後4時までとする一般自動車総合保険契約(SAI、以下「本件保険」という。)を締結した。
(3) 保険金の支払責任
ア 本件保険の約款においては、衝突・接触・墜落その他偶然の事故によって被保険自動車に生じた損害及び被保険自動車の盗難によって生じた損害に対して、車両条項及び一般条項に従い、被保険自動車の所有者に車両損害保険金及び費用を支払う旨の条項(車両条項1条1項)がある。(乙1)
イ 他方、同約款には、保険契約者又は被保険者は、事故が発生したことを知ったときは、次のことを履行しなければならないと定め(一般条項14条柱書)、その内容として、保険者が特に必要とする書類又は証拠となるものを求めた場合には、遅滞なく、これを提出し、また、保険者が行う損害又は傷害の調査に協力することが定められ(同条9号)、保険契約者又は被保険者が、14条9号の書類に故意に不実の記載をし、又はその書類もしくは証拠を偽造しもしくは変造した場合には、保険者は、保険金を支払わない旨が定められている(同15条4項)。(甲3、乙2)
(4) 控訴人は、平成14年5月22日午後0時40分ころ、買い物のため、大阪府<略>所在のショッピングセンター<略>5階屋上駐車場に本件車両を駐車していたところ、同日午後1時40分ころ、盗難被害に遭ったとして、同日午後2時ころ、大阪府富田林警察署(小金台交番所)に盗難届(受理番号平成14年富警捜第1740号)を提出した。(以下、これを「本件盗難事故」という。甲4、9)
(5) 控訴人は、平成14年8月22日、被控訴人に対し、本件保険に基づき、車両損害保険金の支払を請求したが、被控訴人は、支払を拒否した。
(6) 被控訴人が本件保険に基づく保険金の支払いを拒否した理由は、(ア)控訴人が、過去の盗難被害歴の調査に対し、「なし」と回答したことが、本件保険約款の一般条項15条4項にいう不実記載に該当すること、加えて、(イ)本件車両の盗難被害申告は信憑性に乏しく、本件盗難事故の偶然性に疑問の余地があるので、同約款の車両条項1条1項にいう保険事故(偶然の事故)に該当しないことであった。(甲7)
2 争点
(1) 本件盗難事故の偶然性
(2) 不実申告の有無
(3) 本件車両のてん補額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件盗難事故の偶然性について
【控訴人の主張】
<1> 本件盗難事故の発生は、控訴人にとって予知できない偶然の出来事であった。
控訴人は、平成14年5月22日午後0時30分ころ、上記屋上駐車場の上がり口からすぐに右折した区画の端から7台目のあたりに、窓をすべて閉め、サイドブレーキを引いて、エンジンキーを抜いて、ドアをロックするとともに、本件車両に備え付けた盗難防止装置をセットして、駐車した。
控訴人は、買い物の後、本件車両が駐車場所に見あたらなかったことから、駐車位置の記憶違いかと考え、2~3分辺りを探したが、見つからなかったため、直ちに車の整理をしていた女性警備員に警報音や何か不審な出来事はなかったか尋ねた。女性警備員が何も知らないと答えたことから、同警備員が所属する警備会社の事務室に赴き、隊長に事情を説明し、駐車場の防犯カメラの設置の有無や控訴人が駐車した時に警備についていた警備員から事情を聴きたいと申し入れた。しかし、本件駐車場には防犯カメラは設置されておらず、また、当時の警備員のその後の配置場所が分からず、警備室では事情が分からなかったため、控訴人は、直ちに近くの交番所に本件車両の盗難を届け出た。
本件盗難事故の発生場所にはガラスの破片等盗難の痕跡はなく、また、本件車両に設置していた盗難防止装置が作動したか否かは不明であるが、警備員が配置された来客の多い駐車場で短時間に本件車両を持ち去る手口はプロの仕業であることを彷彿させる。本件駐車場だけで直近の3か月間に本件車両をも含めて3件の盗難事件が発生しているが、いずれも犯人は検挙されていないこともそれを示している。
<2> 控訴人は、平成7年から平成10年にかけて、日本火災海上保険株式会社(以下「日本火災」という。)に2件の保険金を請求したが、これらはいずれも正規の請求であって、何ら不正請求ではない。
また、控訴人は、平成10年5月下旬と同年6月初旬の2件の保険金詐欺事件について、平成11年2月と同年5月に大阪地方裁判所堺支部に起訴され、平成12年2月4日に同支部において懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決の宣告を受けたが、被害者の日本火災とは、被害保険金に調査費用24万円余を加えた560万円余を全額支払うことで示談が成立し、既にこれを支払い終えている。
本件盗難事故は、この執行猶予期間中の出来事であり、現在執行猶予中の控訴人にとって、実刑まで覚悟して犯行に及ぶ動機となるものではない。かえって、これは、偶然性を裏付ける事情である。
<3> 控訴人の経済的状況は、上記刑事事件のころと変わらず、債務の返済は滞ってはいるが、金融業者から厳しい取立を受けているわけでも、早急に多額の返済金を用意しなければならない状況でもなく、保険金不正請求の動機とはならない。
【被控訴人の主張】
<1> 本件盗難事故の偶然性の欠如
ア 控訴人が、本件保険に基づく車両保険金請求権を行使するには、本件盗難事故が「偶然の事故」であることを具体的に主張立証すべき責任がある(最高裁平成13年4月20日第二小法廷判決・民集55巻3号682頁参照)が、本件車両に関しては、盗難の事実は疑わしく、控訴人自らが本件車両の紛失に関与していた可能性が高い。
イ 控訴人主張の盗難現場は、屋上駐車場で、警備員が交通整理をしており、しかも白昼で、人の流れが途切れることは考えにくく、かつ、買い物客はいつ車へ帰ってくるかわからない場所である。同駐車場からは、スロープで1階まで降りても、敷地内T字路で警備員が左折を誘導しているから、再びスロープを上がって陸橋を渡って、道路を挟んだ駐車場(ここにも警備員がいる)から一般道路へ出なければならないが、かように逃走の困難な屋上駐車場で盗難に及ぶとは考えにくい。しかも、ここから盗難するには車両積載車やレッカー車での運搬は考えられず、本件車両が自走する方法がとられたと考えられるが、本件車両には、控訴人が備え付けた盗難防止装置が装備されており、予めその配線を切断することは極めて困難であり、自走させるには何らかの物理的な破壊が必要となる。本件車両は車高が高いから不審な挙動をすれば目立つのみならず、破壊音は避けられないし、破壊作業をすれば警報音が鳴り続けたはずであるし、現場に破壊の痕跡も残っていなかったことから、本件車両の正規キーにより、盗難防止装置を解除して自走させたとしか考えられない。控訴人は、1本しか所持していなかった本件車両のキーを、被控訴人から委託されて保険事故の調査をしていたKに渡したと主張するが、そのような事実はない。
ウ 控訴人は、盗難発見後、屋上駐車場入口の警備員に本件車両を見なかったか尋ね、防犯カメラに盗難の様子が写されていないか警備室へ行って尋ね、その後午後2時ころになってから交番へ盗難届を提出しているが、本件車両発見のために直ちにとるべき有効な手段は110番通報であったのに、ありもしない防犯カメラを探したり、わざわざ交番まで被害届を出すために出向いている。これらはたとえ110番通報しても本件車両が発見されないことを控訴人が知っていながら、盗難であることを裏付ける意図的な証拠作りをしたものである。しかも、警備室においても、交番においても、車両登録ナンバー「7」を言えない、車両の所有・使用者とは思えない態度であった。
エ 控訴人には3(1)<2>の保険金詐欺をした前科があるのみならず、刑事事件の平成10年6月当時、控訴人の父は1億円を超える負債を抱え手形不渡りを出して蒸発してしまい、控訴人自身はジェットスキーや自動車の購入代金のため1088万円余の負債を抱えていたのであり、この大部分は高金利で4年足らずで完済できるとは考えにくく、控訴人は本件車両の盗難当時負債を抱えており、保険金詐取の動機があった。
オ 一般に自動車保険に加入していても、犯罪被害に遭う者は稀であるのに、控訴人は、平成7年9月28日に控訴人名義のホンダオブアメリカの一部盗難器物損壊事故により日本火災から保険金83万円を受領、平成8年1月29日に、同ホンダオブアメリカの車両盗難事故により日本火災から保険金93万円を受領、平成9年2月に控訴人の元従業員S名義の車両盗難事故によりSが車両保険金を受領するなど、上記刑事事件以外にも、控訴人の周囲では車両盗難や車両荒らしの被害が相次いで発生しており、偶然とはとても考えられない。
カ 控訴人は、本件車両の取得経緯について、Kの調査に対しては、Bのチェロキー取得に際して本件車両を、(本件車両と同型車の平成13年当時の中古車市場価格は、小売価格で161万円、下取り価格で117万円にすぎなかったのに)諸費用込みで175万円で下取りしたと答え、これにそう見積書を提出し、修理費用は15万円程度だったと述べていたのに、被控訴人からの平成14年8月22日付け「ご質問状」には修理費用は120ないし130万円と記載し、本件訴訟においては横転事故にあった本件車両を諸費用は控訴人持ちで控訴人が引き取り、チェロキーの代金150万円は別途支払を受けたと主張している。また、本件車両に新品のカーナビやオーディオを取り付け、その価格は43万5000円であると主張するが、これらを取得したことを示す資料は提示されていない。
控訴人は、知人で保険代理店のMに、最高額で頼むと依頼して240万円の車両保険を設定したが、本件車両に240万円もの価値はなく、車両保険は実損てん補を目的としていて、現実の取得価格に基づき車両保険金を設定することを、自動車保険のプロである控訴人は知っていたはずである。
(2) 不実申告の有無について
【被控訴人の主張】
<1> 本件盗難事故に関しては、控訴人は、被控訴人以外の他の保険会社に対し、過去、同種車両盗難等を理由とする保険金請求歴を複数回有し、かつ、保険金詐欺事件として検挙された事実があるのに、被控訴人の調査に対し、無しと回答して、客観的事実に反する不実の申告をした。
<2> 実際には、控訴人が本件車両を取得した価格は無償であり、当時の中古車市場下取価格117万円程度の車両が、120万円もの修理を要する事故に遭い、それだけでも価値は著しく減価するのに、同額の修理をして装備品45万円を付しても、165万円の時価を有することにはならない。自動車の専門家である控訴人はこのことを承知していながら、本件車両の取得価格を、チェロキー販売の下取りであり、同車の価格が175万円であったと偽ったものである。
【控訴人の主張】
<1> 控訴人は、保険金請求歴を故意に秘匿した事実はないし、不実の申告についても控訴人に故意はない。また、被控訴人の調査書には、検挙歴の調査に関する項目はなく、検挙歴について故意に秘匿したり、不実の申告をしたこともない。
<2> 被控訴人が不実の申告と主張するのは、定型の調査書(甲4)に関してではなく、個別に作成した「ご質問状」(甲5)に関してであるが、「ご質問状」の内容は、本件盗難事故とは関連性がないか、控訴人のプライバシーに踏み込んだ事項が多く、協力義務の名の下に控訴人に回答を強制する書面である。
控訴人は、「ご質問状」の各欄に記載するに当たって、調査会社の担当者Kの指示に従って、空白としたり、無しとしたものであるし、特に、過去の保険金請求歴に関しては、被控訴人に関するものと理解して、Kと相談の上、無しと記載したもので、故意に不実の記載をしたものではない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲4、5、9、12、13、15~20、乙6、16、24、31、33、40、41<以上枝番を含む>、調査嘱託の結果、控訴人<原審・当審>)によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件車両の取得経過
本件車両は、平成8年に新車登録された車両で、元はBが所有し、同人の娘Nが使用していた車両であったが、平成13年7月25日ころ、同女が運転中に横転事故を起こして破損したため、修理のため控訴人の工場に持ち込まれたものであった。
控訴人が、本件車両の修理代を見積もって、120万円ないし130万円程度を要すると伝えたところ、同女からは、それなら別の車両(クライスラー社製の白色・右ハンドルのチェロキー)を購入したいとの希望が出され、本件車両は無償で控訴人に譲渡するとのことであったので、控訴人は、Bから本件車両の譲渡書・印鑑証明書等の必要書類を受け取った。(甲18)
そこで、控訴人は、同年9月、オークションで中古車のチェロキーを購入し、付属品等を付けて総額150万円でBに売却した。そして、同月27日、Bから、チェロキーの代金150万円の入金を受け、同年11月2日、本件車両の所有者のみを控訴人名義に変更した。なお、本件車両のキーは、Nがスペアキーを含め3本保有していたが、うち2本の所在が不明であったことから、控訴人はスペアキー1本を受け取ったのみであった。(甲5、18、19)
控訴人は、本件車両を取得後、白ら損傷箇所を修理し、付属品等を付けて、同年12月11日、使用者の名義も控訴人に変更し、さらに、盗難防止装置も取り付けて、通勤用等に使用していた。(甲18、乙16)
(2) 控訴人は、本件盗難事故当時、1000万円以上の負債を抱えており、返済のために、自動車整備業を営むかたわら、午前中は清掃会社に勤務していた(甲18)。
本件盗難事故当日も、控訴人は、午前10時半ころ、清掃会社の勤務を終えて、午後0時過ぎころ、退社し、午後の工場への出勤までに時間があったので、<略>に立ち寄り、買い物をすることとした。(甲18)
<略>には、駐車場として、屋外の南・西駐車場、建物4階の屋内駐車場、建物5階の屋上駐車場があり、南駐車場には南側2箇所の出入口に警備員室があり、西駐車場には東側と南側に警備員が常駐し、屋上駐車場には上がり口付近に警備員が配置されている。(甲20の1~6、乙6、24、33、40)
本件盗難事故当日、控訴人は、屋上駐車場の上がり口を右折してすぐの駐車区画の端から7台目当たり(空調設備の塔屋前)に前向き(塔屋向き)に本件車両を止め、窓ガラスを全部閉め、ドアキーと盗難防止装置用のリモコンボタンを押して、ドアをロックするとともに盗難防止装置をセットした。(甲16、18)
その盗難防止装置は、バイパー社製の中古品で、振動や衝撃が加わったり、ドアを開けてルームランプが点灯して微小な電流変化が生じると警報音が鳴るもので、本体とスピーカーが別個になっており、エンジンキーのキーシリンダーから配線して電源を取り、エンジンルームの端に本体を取り付け、フロントグリル内の支柱にスピーカーを取り付け、固定した配線で本体とスピーカーを結んであり、配線の上にカバー等を掛けてはなかった。スピーカーの後ろから配線が出ているのは外から覗くと見えるが、その他の部分では、ボンネットとフェンダーの隙間は忍び返しの構造になっているため、ボンネットを閉めた状態では配線を外から見ることはできない。(甲16、18、乙31、41、控訴人本人、三菱自動車工業株式会社への調査嘱託の結果)
(3) 控訴人は、駐車後、<略>内の専門店で音楽CDを購入し、昼食用の食べ物等を買う等して、約1時間後に駐車場に戻ったところ、止めたはずの場所に本件車両がなかったことから、最初は場所を間違えたかと探したが、本件車両がないことが分かると、屋上駐車場の女性警備員に警報音を聞かなかったかと尋ね、15分ほど前に交代したから知らないと答えられると、商業施設横の警備室へ行き、かなり興奮して防犯カメラを見せてくれるよう頼み、屋上駐車場に防犯カメラは設置していないと言われると、交代前の警備員に会いたいと頼んだが、巡回中で連絡が取れないという対応であった。控訴人は、こうした警備員らの対応に立腹し、商業施設の事務所へ、警備室での対応が悪いと苦情を申し入れた。(甲18、乙6)
そして、控訴人は、同日午後2時ころ、近くの大阪府富田林警察署小金台交番所に本件車両と預金通帳1通の盗難被害届(受理番号平成14年富警捜第1740号)を提出した。同交番の警察官が現認したところでは、控訴人は、被害届時に、音楽CDと昼食の入った買い物袋を所持して、歩いて届け出たものであった。(甲4、9、18、乙6・305~308丁)
2 上記認定の事実に照らせば、本件盗難事故当日、控訴人が、本件車両を運転して、買い物のために<略>に立ち寄り、屋上駐車場に本件車両を駐車したこと、及び買い物の後、控訴人が屋上駐車場に戻った際、本件車両が紛失していたことは疑いのない事実と認めることができる。
そして、本件車両が紛失した場所が屋上駐車場であり、入り口に警備員が常駐していたことを考慮すると、レッカー車などを持ち込んで本件車両を短時間内に運び出すことは、あまりに不自然で極めて目立つ行為であるから、あり得ないことと考えられる。したがって、本件車両は自走により運び出されたものと考えるのが合理的である。
3 争点(1)(本件盗難事故の偶然性)について
そこで、次に、本件車両の紛失が盗難被害によるものか否かにつき検討する。
(1) 本件保険の約款(車両条項)において、保険金の支払事由とされているのは、「偶然の事故によって被保険自動車に生じた損害」及び「被保険自動車の盗難によって生じた損害」であるから(前提事実(3)ア、乙1)、被保険自動車の盗難は、保険金請求権の成立要件であり、したがって、保険金請求者において、被保険自動車に盗難事故が発生したことを主張立証すべき責任があるというべきである。
しかし、車両の盗難は、通例、所有者の不知の間に秘密裡に持ち去られ、多くの場合、その痕跡を残さないものである。それにもかかわらず、盗難事故の発生をいうためには、その事故が保険金請求者の意思に基づかないで生じたことを立証しなければならず、いわゆる消極的事実を立証することになって、保険金請求者の側に困難を強いることになる。そこで、盗難事故の発生については保険金請求者に主張立証責任があるとはいえ、その立証の程度は、当該事故前後の状況や所有者・使用者の行動、とりわけ車両の管理使用状況等に照らし、外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況が立証されれば、盗難事故であることが事実上推定されるというべきであり、これに対し、その推定を覆すには、保険者の側で、その事故が保険金請求者の意思に基づき発生したと疑うべき事情を立証しなければならないというべきである。
以上の見地から、本件盗難事故について検討する。
(2) 上記1で認定した事実に加えて、証拠(甲18、控訴人<原審>)によれば、控訴人は、本件車両を日常の通勤に使用し、午前中は清掃会社への通勤に、午後は清掃会社から自己の経営する工場への移動に使用し、時折、その移動途中にある<略>に立ち寄って買い物等をしていたこと、本件盗難事故当日も、清掃会社から工場へ向かう途中に買い物のために<略>に立ち寄り、普段駐車する屋内駐車場が満車であったために屋上駐車場に本件車両を駐車し、ドアをロックし盗難防止装置をセットした上で、ドアキーを持って1時間程買い物等をした後、屋上駐車場に戻ったこと、ところが、駐車したはずの位置に本件車両が見あたらなかったことから、控訴人は、しばらく付近を探した上、屋上警備員に警報音を聴いたか否かを尋ね、次いで、警備員室に出向いて屋上の防犯カメラを見せて欲しいと頼み、さらに、交代前の警備員に面談を求めたが、いずれも叶わなかったため、購入した食品等の入った買い物袋のみを持って、歩いて近くの交番に出向いて盗難被害届を出したことが認められる。
こうした本件盗難事故前後の経過をみると、本件盗難事故当時の控訴人の行動には、通勤途中で思いがけない車両の盗難に遭った被害者の行動として、格別不自然・不合理な点はうかがえないというべきである。
なお、控訴人は、本件盗難事故により、本件車両内に置いていた近畿大阪銀行の預金通帳1通を紛失したため、直ちに電話で同銀行に盗難の事実を伝えたものの、その後、正式の受理手続をしないまま経過したことが認められるが(乙32の2、控訴人<当審>)、同預金口座には、本件盗難事故当時、わずか残額74円が預金されていたのみであったため、正式の受理届をしなかったものと認められるので(同銀行への当審調査嘱託の結果、控訴人<当審>)、そのことを不自然な行動と評価することは相当ではない。
(3) これに対し、被控訴人は、種々の疑問点を指摘して、控訴人の行動が不自然で不合理であることを主張する。
ア 被控訴人は、車両の盗難被害に遭った控訴人としては、携帯電話を所持していた以上、警備員などに問い合わせる以前に、警察へ通報するのが最善の対応であるのに、控訴人は警備室へ行くのみならず、警察への届け出もわざわざ徒歩で出向くなどして時間を浪費しているのは、本件車両が発見されないことを知っていたための意図的な証拠作りであると主張する。
しかし、証拠(甲18、乙6)によれば、本件車両が紛失していることに気付いた直後の控訴人は、かなり興奮して警備員室を訪れた上、警備員の応対が悪いと言ってさらに立腹し、商業施設の事務所にまで苦情を告げていることが認められるのであって、予期しない突発的な出来事に遭遇して慌て苛立った控訴人の様子がうかがえる上、まずは自ら本件車両の行方を探そうとしたことも理解できることであり、そうした心理状態の下で直ちに110番通報をしなかったからといって、あながち不自然であるということはできない。
イ 被控訴人は、白昼、警備員が交通整理をし、しかも、常時買い物客が出入りをして、逃走の困難な屋上駐車場で、盗難に及ぶとは考えられないと主張する。
確かに、証拠(甲20の1~6、乙6、24、33、40、41、富田林警察署に対する調査嘱託の結果3通)及び弁論の全趣旨によれば、<略>の駐車場での車両盗難は、平成8年から本件車両の件までの間に、<1>平成10年7月24日午後1時から1時55分ころまでの間に、エンジンキーを抜きドアロックをしていた軽四輪自動車(ダイハツムーブ)、<2>平成13年12月30日午前11時45分ころから午後1時30分ころの間に、エンジンキーを抜いた普通乗用自動車(トヨタクラウン)、<3>平成14年3月22日午前11時30分ころから午後1時10分ころの間に、エンジンキーを抜きドアロックをしていた普通乗用自動車(三菱ランサー)が、いずれも屋外駐車場に駐車中に盗難に遭ったとして、所轄の富田林警察署に被害届が出されていることが認められるが、屋上駐車場での盗難被害届は本件盗難事故以外にないことがうかがわれる。
しかしながら、白昼、警備員が交通整理をし、常時買い物客が出入りをしている点では、屋外駐車場も屋上駐車場も同じ条件であり、逃走の困難さに関しても、犯人がほかの車両に隠れ得る点では同一であるし、かえって、商業施設内の顧客に紛れ込める点では屋上駐車場の方が犯人にとって有利ともいえるのであって、屋上駐車場において盗難被害が発生することが絶無であるとは到底いえない。そして、後記ウで述べるいわゆるプロの窃盗集団等にとっては、逃走経路の複雑困難さは、さほど犯行抑止の作用を有しないともいえる。
ウ 被控訴人は、本件車両に装備された盗難防止装置を短時間に解除して運び出すことは極めて困難であると主張する。
確かに、本件車両に装備された盗難防止装置の構造・配置・配線位置等は、上記1(2)で認定したとおりであり、同装置用のリモコンボタンを押して同装置を解除しない限り、ドアを開けようとすれば、その振動で警報音が鳴り続ける仕組みとなっているから、警報音を鳴らすことなく、本件車両を運び出したとすれば、正規のドアキーを使用したと考えることも可能である。
しかし、同装置もスピーカーの配線を切断すれば警報音が鳴ることを妨げることができることはいうまでもないところ、そのスピーカーはフロントグリル内の支柱に取り付けられて、配線で本体と接続されていることは上記認定のとおりであるから、特殊な器具等を使用してその配線を外部から切断することが技術的に全く不可能というわけではない。
そして、証拠(甲11、21、22、乙25)によれば、現在、車両の盗難防止装置として最も高度な技術を装備しているとされるイモビライザー装着車においても、盗難被害が後を絶たないことが認められ、このことは、例えば、ピッキングといわれるような一定の専門的な技術を有するいわゆるプロの窃盗集団等においては、あらゆる盗難防止装置を排除して車両の窃盗を実行し得ることを示しているのであって、こうした犯人であれば、本件車両に装備された盗難防止装置でも排除して盗み出すことは可能であるとうかがわれる。したがって、本件盗難車故に関して、盗取の手段・方法・態様を具体的に明らかにすることは困難であるが、そうであるからといって、盗難防止装置が高度な構造を有していることのみで、直ちにその盗取が正規のドアキーを使用するという方法によってされたものと推測することはできない。
エ また、被控訴人は、控訴人が多額の債務を抱え、かつ、過去に債務返済のために、車両盗難を装った保険金詐欺事件を引き起こした前科があるので、本件盗難事故に関しても、保険金を詐取する動機を有していたと主張する。
証拠(甲18、乙5の1・2、8~15、控訴人<当審>)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成10年ころ、1000万円を超える債務を負っていたところ、<1>平成10年6月1日に自己の工場内に鍵を付けたまま駐車中の車両を盗まれたとして、車両保険金369万円を受領した件と、<2>同年5月22日に知人の車両が駐車中に盗まれたとして、車両保険金165万5000円を受領した件で、平成11年2月16日及び同年5月10日に起訴され、平成12年2月4日、大阪地方裁判所堺支部において懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けたこと、その後、控訴人は、被害者である日本興亜損害保険株式会社との間に、560万2947円を分割弁済する旨の示談を成立させ、平成13年11月にその弁済を了したこと、一方、その後、上記債務の返済はほとんど進まず、本件盗難事故当時も、なお1000万円を超える多額の債務が残っていたことが認められる。
このように、控訴人が車両盗難事故を装って車両保険金を詐取したという前科を有しており、かつ、多額の負債を抱えていたことからすれば、本件盗難事故に関しても、保険金を詐取する動機を有していたとされても不自然ではない状況にあったということはできる。
しかしながら、多額の負債を有していることや同種前科があることは、それのみで直ちに保険金詐取の動機に結びつくものではなく、ほかの状況と相まって初めて詐取の動機が有るといい得るところ、証拠(甲18、控訴人<当審>)によれば、控訴人は、すでに平成10年9月ころには、債務超過で支払を停止し、そのため、その後、父親名義や控訴人名義の債務の返済は止め、母親が保証人となっている債務の返済のみを続けて、本件盗難事故当時に至ったことが認められるのであって、本件盗難事故当時には、債務返済のための資金調達を迫られていた状況ではなかったことがうかがわれる。
したがって、上記の前科や債務が直ちに保険金詐取の動機となっていたとまでは言い難いというべきである。
オ 被控訴人は、控訴人が平成7年9月と平成8年1月に同一車両につき2度にわたり盗難被害に遭ったことを挙げ、同一人がさらに続けて本件車両の盗難被害に遭うという偶然はあり得ないと主張する。
証拠(乙5の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、<1>平成7年9月28日に、所有するホンダオブアメリカがフロントガラスを割られ、タイヤホイール4本と本革シート2個を盗まれたとして、車両保険金83万円を日本興亜損害保険株式会社から受領し、<2>平成8年1月29日にも、同じホンダオブアメリカが路上駐車中に盗難に遭ったとして、同社から車両保険金93万円を受領したことが認められる。
被控訴人は、ほかに、平成9年2月に控訴人の元従業員であったS某が車両盗難事故に遭ったことにより、控訴人が車両保険金を受領したと主張するが、同保険金受領に控訴人が関わっていたことを認めるに足りる証拠はない。
上記<1><2>の事実からすれば、本件盗難事故は、控訴人にとって3度目の車両盗難事故ということになり、同一人が重ねて3度も被害に遭うというのは決してよくあることではないとうかがわれるが、他方、証拠(甲21)によれば、同一人が2度続けていわゆる人気車種の車両(ランドクルーザー)を盗まれる被害に遭ったことも認められるのであり、控訴人の被害があり得ないとまでいうことはできず、まして、そのことから3度目の盗難被害が作為によるものと根拠付けることもできない。
(4) 以上の検討によれば、本件盗難事故前後の状況や控訴人の行動、とりわけ本件車両の駐車状況に照らし、外形的・客観的にみて第三者による本件車両の持ち去りとみて矛盾のない状況が立証されているということができる一方、本件盗難事故が控訴人の意思に基づき発生したと疑うべき事情は立証されていないというべきである。
したがって、本件盗難事故は、盗難被害に該当するものと認めるのが相当である。
4 争点(2)(不実申告の有無)について
(1) 被控訴人は、控訴人が、本件盗難事故につき保険金を請求するにあたり、被控訴人からの質問状(甲5)で、事故歴を照会されたのに対し、「なし」と不実の記載をしたと主張する。
ところで、本件保険の約款(一般条項15条4項)は、被控訴人が必要として提出を求めた書類に控訴人が故意に不実の記載をしたときは、保険金を支払わない旨を定めていることは上記(前提事実(3)イ)のとおりである。
そして、証拠(甲4、5)によれば、被控訴人は、本件盗難事故の内容を知るために、控訴人に対し、「車両盗難事故発生状況確認書」(甲4)、「ご質問状(自認書)」(甲5)に必要事項を記載して提出するよう求めていたところ、控訴人は、「ご質問状」の第3項4の項目(過去の盗難被害、車上狙い、悪戯被害等の照会)につき、上記のとおり、平成7年9月、平成8年1月と少なくとも2回の盗難被害に遭っていたのに、「なし」と記載して提出したことが認められる。
この点につき、控訴人は、同項目を他社をも含むものとは理解せず、被控訴人との間に締結した保険契約に関するもののみと勘違いをして、「なし」と記載したと主張しているが、同項目には、末尾に「対応保険会社名」を記載する欄が設けられており、被控訴人との保険契約に限られないことが明らかであるから、同主張は理由がない(なお、控訴人の上記前科の対象となった事故は、盗難被害歴等には当たらないから、それの秘匿が上記の不実記載に該当しないことはいうまでもない。)。
したがって、控訴人が「ご質問状」に記載した内容は、一部に不実の記載があったことは否定し難い。
しかしながら、提出書類の記載内容の一部に不実の記載があった場合のすべてに保険者が免責されると解するのは相当でなく、不実の対象は、保険者の保険金の支払義務の有無・範囲・程度を調査し確定する上で必要とされる主要な事実に限られ、また、これが故意に記載されたというためには、不実の記載により、保険者が盗難事故の調査、損害てん補責任の有無の調査、てん補額の確定をするにつき、妨げとなることを提出者において認識していたことを要するものと解すべきである。
しかるに、上記の「ご質問状」における一部の不実記載の内容は、損害保険会社相互間の調査依頼等によって客観的に確定し得る事柄であり、現に、被控訴人は、控訴人につき、弁護士照会の方法により、過去の盗難被害等につき調査を行って、被害歴を把握しているのであるから(乙5の1・2)、本件盗難事故による保険金の支払義務の有無等を確定する上で必要とされる主要な事実とまではいえず、また、控訴人が本件盗難事故の調査につきその不実記載によって妨げとなることを認識していたともうかがわれないから、上記の不実記載をもって、約款(一般条項15条4項)にいう支払免責事由に該当するとまではいうことができない。
(2) 被控訴人は、控訴人が、本件車両の取得価格が無償であり、修理費や装備品の価格を加えても175万円に及ばないのに、評価額を偽って不実の申告をしたと主張する。
確かに、証拠(甲2、12、15、18、乙17の1・2)によれば、本件車両は、初年度登録が平成8年2月の中古車であり、中古車市場での取引価格は平成13年度で161万円、平成14年度で151万円程度であったが、横転事故でかなり破損し、修理見積額は120万円を超えると査定されたことから、Bは、控訴人に無償で譲渡したほどであったことが認められ、こうした経緯からすれば、本件車両の時価は相当程度低減していたものとうかがわれる。
他方、証拠(甲4、5、18、乙6・356丁)によれば、控訴人は、チェロキーをBに150万円で販売した際、本件車両を無償で譲り受けたにもかかわらず、本件車両の修理に約120万円程度の出費を要し、総額40万円以上の付属品等を装備し、約4万円で入手した盗難防止装置を設置したこと等によって、一定の価格を有するに至ったものとし、現に日常の通勤等に本件車両を使用していたことから、被控訴人に提出した「見積書」(乙6・356丁)には、本件車両を175万円に査定してチェロキーの下取車とした旨を記載したことが認められる。
したがって、本件車両を175万円と査定して下取車としたとの記載は不実の記載であることは明らかである。
しかし、上記認定の経過からすると、「見積書」提出当時の本件車両の時価額が175万円をさほど下回っていたとは認められず、しかも、盗難事故により保険者がてん補すべき損害の範囲は、被保険自動車の保険価額(被保険自動車に損害が生じた地及び時における被保険自動車と同一車種、同年式で同じ消耗度の自動車の市場廉売価格相当額)を超えることはないから、保険者において、被保険自動車の車種・年式が特定できていれば、保険金請求者の申告した被保険自動車の評価額に左右されることなく、保険価額を評価・算定することは可能である。
そうであれば、本件車両につき、控訴人の申告した評価額が不実であっても、それがさほど時価額を上回っていない場合には、それにより、被控訴人の行うてん補額の調査・確定を妨げるものではないといえるから、本件保険の約款(一般条項15条4項)による免責の対象となるものではないと認めるのが相当である。
5 本件車両の保険価額
上記4(2)で認定した事実によれば、本件車両の平成13年当時の時価額は約165万円であったと認められるが、平成14年当時の同一車種・年式の車両の市場価格は、平成13年と比較して約1割減額となっていることから、本件車両の平成14年当時の時価額は150万円と評価するのが相当である。
第4 結論
以上の次第で、被控訴人は、控訴人に対し、本件保険に基づく保険金として150万円及びこれに対する請求日の翌日(平成14年8月23日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであるから、控訴人の本件請求は、その限度で正当として認容し、その余は棄却すべきである。
よって、これと一部異なる原判決は一部失当であるから、原判決主文を本判決主文第1項のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 吉岡真一)