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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)3774号 判決 2005年10月21日

控訴人(原告・反訴被告) X市

上記代表者市長 A

上記訴訟代理人弁護士 福元隆久

同 今井陽子

上記指定代理人 田村良二郎

同 桐谷敏弘

同 檜垣朱美

同 芝軒崇晃

同 中村直之

同 竹森達也

被控訴人(被告・反訴原告) 破産者a株式会社破産管財人Y1

被控訴人(被告) Y2

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人が、破産者a株式会社に対し、神戸地方裁判所尼崎支部平成12年(モ)第263号強制執行停止決定を原因として控訴人が被った損害の賠償請求権として8600万円の破産債権を有することを確定する。

3 控訴人と被控訴人破産者a株式会社破産管財人Y1 との間において、控訴人が別紙供託目録記載の供託金及び既発生の利息金について還付請求権を有することを確認する。

第2事案の概要

本件は、控訴人は、a株式会社(後に破産宣告を受けているが、以下、その前後を通じ、「a社」という。)に対して金員の支払を命じる仮執行宣言付判決を取得したが、同社は、これに対して控訴をするとともに、金銭を供託する方法で担保を立てて強制執行停止決定を得、その後上訴審係属中に破産宣告を受けたので、仮執行はその効力を失い、控訴人は、破産手続においてのみ上記債権を行使すべきこととなって損害を被ったとして、その破産手続において、上記強制執行停止決定による損害賠償債権を有する旨債権届出したところ、被控訴人らが異議を述べたので、控訴人が、被控訴人両名に対し、その債権の確定を求めるとともに、強制執行停止決定の際に立てられた担保たる供託金及びその利息について還付請求権を有することの確認を求める事案の控訴審である。

なお、被控訴人a株式会社破産管財人Y1 (以下「被控訴人破産管財人」という。)は、原審において、上記供託金について取戻権を有することの確認を求める反訴を提起したが、原審はその訴えを却下し、被控訴人破産管財人は同判決に対して控訴しなかったので、当審においては、控訴人の提起した本訴のみが審理の対象となる。

1  前提となる基本的事実(当事者間に争いがない事実及び証拠により容易に認められる事実)

(1)  別訴第一審仮執行宣言付判決(甲1)

ア 神戸地方裁判所尼崎支部は、平成12年6月29日、控訴人とa社との間の同庁平成6年(ワ)第975号不当利得金返還請求事件及びその反訴である同庁平成9年(ワ)第155号賃貸料及び売買代金請求事件(以下、同事件については、その上訴審における手続も含めて「別訴」ということもある。)について、「a社は、控訴人に対し、1億1536万3731円と内金9052万8000円に対する平成9年8月8日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員及び内金である別表1の「未払賃料相当額金」欄記載の各金額に対する「遅延損害金算定の始期」欄記載の各年月日からいずれも支払済みまで年14.6パーセントの割合による各金員を支払え。」等の内容の主文の、金員の支払を命じる部分について仮執行宣言付判決(金員請求の原因債権は、売買契約に基づく違約金、未払の賃料債権ないし賃料相当損害金債権等である。以下「別訴第一審仮執行宣言付判決」という。)を言い渡した。

イ 同判決に対しては、a社が控訴をし(大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2775号)、控訴人が附帯控訴をした(同庁同年(ネ)第3502号)。

(2)  仮執行(甲16ないし18、23ないし25)

ア 神戸地方裁判所尼崎支部は、平成12年7月14日、控訴人の申立てに基づき、別訴第一審仮執行宣言付判決を債務名義として、a社の所有する別紙物件目録記載の不動産について強制競売開始決定をした(同裁判所平成12年(ヌ)第28号。以下「本件不動産仮執行」という。)。

イ 同裁判所は、同日、控訴人の申立てに基づき、別訴第一審仮執行宣言付判決を債務名義として、a社のb信用金庫、株式会社c銀行(以下「c銀行」という。)、株式会社d銀行(以下「d銀行」という。)及び株式会社e銀行(以下「e銀行」という。)に対する預金債権を差し押さえる旨の決定をした(同裁判所平成12年(ル)第446号。以下「本件預金差押仮執行」という。)。

上記決定について、d銀行は差押えに係る預金は53万1177円存しており、これを支払う意思がある旨を陳述したが、b信用金庫及びc銀行は差押えに係る預金は存するものの、反対債権があるので相殺予定である旨を陳述し、e銀行は差押えに係る預金は存在しない旨を陳述した。

(3)  強制執行停止決定等(甲3ないし5、7)

ア 神戸地方裁判所尼崎支部は、平成12年7月17日、a社の申立てに基づき、同社が保証として8500万円を供託することを条件として、別訴第一審仮執行宣言付判決の執行力ある正本に基づく強制執行を本案控訴事件の判決があるまで停止する旨を決定した(同裁判所平成12年(モ)第263号。以下「本件強制執行停止決定」という。)。

イ a社は、同月21日、別紙供託目録記載のとおり、神戸地方法務局尼崎支局に8500万円を供託した(以下、その手続を「本件供託」と、供託された金員を「本件供託金」という。)。

上記により、本件不動産仮執行及び本件預金差押仮執行は、いずれも、その手続が停止された。

(4)  更正決定(甲2)

神戸地方裁判所尼崎支部は、平成12年8月18日、別訴第一審仮執行宣言付判決中、金員の支払を命じる部分の主文を、「a社は、控訴人に対し、1億1535万4646円と内金9052万8000円に対する平成9年8月8日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員及び内金である別表1の「未払賃料相当額金」欄記載の各金額に対する「遅延損害金算定の始期」欄記載の各年月日からいずれも支払済みまで年14.6パーセントの割合による各金員を支払え。」と更正する旨決定した。

(5)  別訴第二審判決(甲6)

大阪高等裁判所は、平成14年9月3日、a社の控訴を棄却し、控訴人の附帯控訴に基づき、別訴第一審仮執行宣言付判決を一部変更し、「a社は、控訴人に対し、1億5585万1781円と内金9052万8000円に対する平成9年8月8日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員及び別表2の「元本」欄に記載の各金額に対する当該元本額に対応する「起算日」欄記載の日から支払済みまでそれぞれ年14.6パーセントの割合による金員を支払え。」との仮執行宣言付判決(以下「別訴第二審判決」という。)を言い渡した。

(6)  破産宣告等(甲8)

ア a社は、平成14年9月11日、神戸地方裁判所尼崎支部に自己破産の申立てをした(同裁判所平成14年(フ)第1294号。以下「本件破産手続」という。)。

イ 同裁判所は、同月13日午前9時15分、a社について破産決定をし、破産管財人にY1 弁護士を選任した。

ウ その結果、別訴(大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2775号、第3502号。ただし、判決言渡し済み。)の訴訟手続は中断した。

(7)  破産債権届出等(乙4、17、18)

ア 控訴人は、平成14年10月31日、本件破産手続において、下記の債権届出をした。

(ア) 別訴第二審判決に基づく元金1億5585万1781円と遅延損害金7060万8122円(上記債権はその後確定したので、以下、「本件確定債権」という。)

(イ) a社が本件強制執行停止決定を取得したために控訴人が被った損害についての損害賠償請求債権1億1536万3731円と遅延損害金2311万0389円(以下「本件損害賠償債権」という。)

イ 被控訴人Y2 (以下「被控訴人Y2 」という。)は、a社の代表取締役であった者であるが、同社に対して求償債権を有する債権者でもあるとして、その資格において、本件確定債権と本件損害賠償債権について、いずれも、異議の申出をした。

ウ 被控訴人破産管財人は、本件確定債権については異議を述べなかったが、本件損害賠償債権については、本件確定債権と重複しているとして、異議の申出をした。

(8)  別訴の確定(甲15、丙1、2)

被控訴人Y2 は、控訴人の相手方として別訴(大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2775号、第3502号)の訴訟手続を受け継ぎ、上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所は、平成16年5月28日、上記上告を棄却するとともに、上告受理申立てを受理しない旨決定し、別訴は、同日、確定した。

2  争点及び当事者の主張

(1)  本件損害賠償債権について債権届出をすることの適法性

(被控訴人破産管財人)

本件損害賠償債権は、本件確定債権とその発生原因を同じくするものであって、その債権額は、全額本件確定債権に包含されている。

したがって、本件損害賠償債権は、本件確定債権と重複して届け出られたものであって、独自に配当を受けうるものではないから、破産債権としての適格性を有しない。

また、本件損害賠償債権の確定を求める訴え(控訴の趣旨2項)は、すでに債務名義の存する本件確定債権について、届出債権者の側からその確定を求めるものであるから、その点でも不適法である。

よって、その訴えは不適法であって、却下を免れない。

(控訴人)

判決に基づき認容された請求権とその判決に対する上訴に伴って強制執行停止決定がされた結果、発生した損害賠償請求権は、発生原因を異にする別個の債権である。

上記の損害賠償請求権は、判決に基づく請求権の満足を得ることができなくなったために生じるものであるから、破産手続において判決に基づく請求権と別個に配当を受けうるものではないが、給付判決又は確認判決によりその権利が確定したときには、損害賠償請求権者は担保たる供託金について還付請求をする方法によりその権利を行使することができるものであるところ、債務者が破産している以上、損害賠償請求権の存否及びその額を確定させるためには、確定判決と同一の効力を有する債権表への記載を獲得すべく、破産債権届出をするほかないから、同債権について破産債権届出をすることは適法であるし、これに対して異議の申出があったときには、債権確定訴訟を提起することも適法である。

(2)  被担保債権の範囲(損害額)

(控訴人)

ア(ア) 仮執行宣言付判決に対する上訴に伴い強制執行停止決定がされた後、債務者が破産宣告を受けた場合に、債権者が担保たる供託金について他の債権者に先立って弁済を受けうる被担保債権(損害賠償請求権)の範囲は、強制執行が停止されなかった場合に債権者が得たであろう金額と破産手続により配当を受ける金額との差額であると解するのが相当である。

(イ) 控訴人は、別訴第一審仮執行宣言付判決取得当時、a社がf株式会社(以下「f社」という。)及びg工業株式会社(以下「g社」という。)等と取引していることを了知していた。

(ウ) 控訴人は、別訴第一審仮執行宣言付判決に基づいて不動産及び預貯金に強制執行しても、これが功を奏さなかったときは、f社及びg社等の取引先に対する売掛金債権の差押えを申し立てる予定であった。

(エ) a社のf社に対する売掛金の額は、平成12年6月から同年12月までが合計1億2797万0270円、平成13年1月から同年12月までが合計2億3455万2745円、平成14年1月から同年9月までが合計6012万2070円、g社に対する売掛金の額は、平成12年6月から平成14年9月までで合計2113万円であって、その合計額(4億4377万5085円)は、別訴第一審仮執行宣言付判決の認容額(更正決定後の額で計算すると、平成12年7月10日時点で元利合計1億3847万4120円)を大きく上回るから、控訴人は、上記売掛金債権を差し押さえることにより、別訴第一審仮執行宣言付判決の認容額についてその全額の満足を受けることが可能であった。

(オ) a社は、平成12年7月21日に本件供託をした後も、平成14年9月11日の本件破産申立てまで2年間以上順調に経営を続け、その間営業利益を計上することができていたものであるから、f社ないしg社に対する売掛金債権を差し押さえられても、その経営に影響することはなかった。被控訴人破産管財人は、上記売掛金債権が差し押さえられたときには、上記両社との取引が中止されるおそれがあるとも主張するが、f社及びg社とa社は、長期にわたり継続して、相当額の取引を行ってきたものであるから、その取引実績に鑑みれば、売掛金債権の差押えを受けても、その後の取引が中止されたとは想定し難い。

(カ) 本件破産手続における控訴人に対する予想配当額は3700万3548円である。

(キ) したがって、控訴人は、本件強制執行停止決定によって、別訴第一審仮執行宣言付判決の認容額(平成12年7月10日の時点で元利合計1億3847万4120円)と予想配当額(3700万3548円)の差額の範囲内である、少なくとも8600万円の損害を被ったものというべきである。

(ク) なお、被控訴人破産管財人は、控訴人が本件強制執行停止決定がなされるまでに上記売掛金債権について具体的な執行準備をしていなかったことを問題とするが、仮執行は破産直前までこれを行うことが可能であるから、上記の考え方はそれ自体が不当であるし、本件強制執行停止決定は別訴第一審仮執行宣言付判決が言い渡された後20日以内になされているから、その間に具体的準備に着手することを要求するのは不可能を強いるものであって、相当でない。

(ケ) a社は、破産宣告を受ける直前まで順調に経営を続けていたのであるから、f社ないしg社に対する売掛金債権を差し押さえてこれを取り立てることは否認権の対象となるものでもない。

イ 仮にア記載の主張が認められないとしても、控訴人は、本件強制執行停止決定の結果、別訴第一審仮執行宣言付判決に基づく仮執行が奏功しなかったものであるから、その認容額(ただし更正決定前のもの)に対する本件供託が行われて強制執行手続が停止された日(平成12年7月21日)から別訴第二審判決の言渡日(平成14年9月3日)までの間の遅延損害金(1538万1172円)がその損害として認められるべきである。

ウ 仮に損害額について立証が尽くされていないとしても、控訴人が本件強制執行停止決定により損害を被ったことは明らかであるから、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、裁量により相当な損害額を認定すべきである。

(被控訴人ら)

ア 控訴人の主張ア(ア)の損害額についての考え方は争わない。

イ 控訴人は、本件強制執行停止決定がなされる前に本件不動産仮執行及び本件預金差押仮執行を申し立て、その発令を得たが、本件不動産には担保権が設定されていて、余剰はなかったし、差押えにかかる預金債権は、d銀行に対するものを除き、存在しないか、存在しても相殺予定の反対債権が存していて、回収可能性がなかった。

ウ 控訴人は、f社ないしg社に対する売掛金債権を差し押えることができたと主張するが、同社らは、売掛金債権の差押えを受ければ、a社との取引を中止していたものであり、同社はその時点で資金繰りに窮して事業を継続することが不可能となって、破産申立てに至っていたことが確実である。したがって、上記債権については、そもそも回収可能性がなかった。

仮に直ちに破産申立てに至らないとしても、売掛金債権に対する差押えについては、公租公課の交付要求がなされるとともに、労働債権を有する優先債権者ら及び一般債権者が配当要求することとなるから、控訴人が回収できる金額はごくわずかにとどまる。

仮に一定額を回収し得たとしても、控訴人は、a社の資産及び負債の状況を十分認識しながら、その債権を行使したものであるから、その執行行為は否認権の対象となって、控訴人は回収額を維持することができない。

エ なお、控訴人は、本件破産手続において、中間配当として2264万5990円の配当を受けているが、これは控訴人が差し押さえていたd銀行の預金額を上回る。

したがって、控訴人は、本件強制執行停止決定によって何ら損害を被ったものではない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件損害賠償債権について債権届出をすることの適法性)について

(1)  被控訴人破産管財人は、本件損害賠償債権の破産債権としての適格性ないし債権確定訴訟を提起する者の適格性を争うので、まずこの点について判断する。

(2)  仮執行宣言付判決に対する上訴に伴い強制執行停止決定がされた後、債務者が破産宣告を受けた場合に、債権者が担保たる供託金について他の債権者に先立って弁済を受けうる被担保債権(損害賠償請求権)は、後に述べるとおり、強制執行が停止されなかった場合に原告が得たであろう金額と破産手続により配当を受ける額との差額をその損害として発生するものであって、仮執行宣言付判決に基づく債権と重複して配当を受けうるものではない。また、担保となった供託金以外の破産財団については何らの権利を行使しうるものではない。

(3)  しかし、本件確定債権が、売買契約に基づく違約金、賃料債権ないし賃料相当損害金債権であるのに対し、本件損害賠償債権は、強制執行停止決定がなされたことによって生じた損害の賠償を求めるものであって、その発生原因を異にするから、両者は同一の債権であるとはいえない。

(4)  本件損害賠償債権は、a社が強制執行停止決定を得たことによって発生したものであるから、破産宣告前に発生していることは明らかであるところ、a社は、その後破産宣告を受けたから、本件損害賠償請求権の存否及び額を決定するためには、本件破産手続において債権届出をし、異議申出があった場合には、債権確定訴訟を提起してこれを確定させることにより、その存否及び額を決するほかない。

(5)  控訴人は、本件損害賠償債権に関し、本件供託金について、他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有するが、破産法(平成16年法律第75号による廃止前の破産法。以下同じ。)92条は別除権を「破産財団に属する財産の上に存する特別の先取特権、質権又は抵当権」に限定するところ、上記優先弁済を受ける権利は同条に規定する権利のいずれにも当たらないし、その他の法律で定める別除権にも当たらないから、控訴人としてはその権利を本件破産手続において処理するしかなく、その意味で、本件損害賠償債権は、これを破産債権として取り扱うのが相当である。

(6)  被控訴人破産管財人は、本件確定債権と本件損害賠償債権のいずれも債権届出をできるとすると、重複配当がされる危険がある旨指摘するが、被控訴人破産管財人は、本件損害賠償債権についてその額が確定したとき(ないしはその後還付請求権が行使されたとき)は、控訴人に対し、本件確定債権についてその限度で取り下げを促し、控訴人がこれを拒むときは、本件確定債権について請求異議訴訟を提起するなどしてこれに対処することができるから、重複配当がなされる危険があるとはいえない。

(7)  したがって、本件損害賠償債権は、本件確定債権と別個独立の権利であって、破産債権としての適格性を有しているし、いまだその存否と額が確定していない無名義債権であるから、債権を有すると主張する者が確定訴訟を提起すべきものである(破産法244条1項)。

本件損害賠償債権について、これを破産債権であるとしてその確定を求める控訴人の本件訴えは適法である。

2  争点(2)(被担保債権の範囲)について

(1)  損害額についての考え方

ア 破産法70条1項本文は、破産債権に基づき破産財団に属する財産に対してされた強制執行等は破産財団に対してはその効力を失う旨を規定するところ、破産宣告当時既に強制執行が終了している場合は、同項本文の適用はないから、既に終了した強制執行は、破産宣告により効力を失うことはない。仮執行宣言は、その宣言又は本案判決を変更する判決の言渡しにより、変更の限度においてその効力を失うものではあるが(民訴法260条1項)、仮執行宣言付判決に基づく強制執行(仮執行)は、終局的満足の段階にまで至る点において確定判決に基づく強制執行と異なるところはないから、破産宣告当時既に終了している仮執行は、破産宣告により効力を失うことはないと解すべきである。

そうすると、仮執行宣言付判決に係る訴訟が上訴審に係属中に債務者が破産宣告を受けた場合において、仮執行が破産宣告当時いまだ終了していないときは、破産法70条1項本文により仮執行はその効力を失い、債権者は破産手続においてのみ債権を行使すべきことになるが、他方、仮執行が破産宣告当時既に終了していれば、破産宣告によってその効力が失われることはない。

よって、仮執行宣言付判決に対して上訴に伴う強制執行の停止がされた後、債務者が破産宣告を受けた場合には、その強制執行停止がされなかったとしても仮執行が破産宣告時までに終了していなかったとの事情がない限り、債権者は、強制執行停止により損害を被る可能性がある(最高裁判所第一小法廷平成13年12月13日決定・民集55巻7号1546頁参照)。

イ 上記考え方を敷衍すると、仮執行宣言付判決に対する上訴に伴い強制執行停止がされた後、債務者が破産宣告を受けた場合に、債権者が担保たる供託金について、他の債権者に先立って弁済を受けうる被担保債権(損害賠償請求権)の範囲は、強制執行停止決定により仮執行が停止されなかった場合に債権者が得たであろう金額と破産手続により配当を受ける金額との差額であると解するのが相当である。

ウ 控訴人は、強制執行手続が停止された日から破産宣告前に上訴審の判決が言い渡された日までに発生した遅延損害金は最低限の損害として認められるべきであると主張するが、債権者が担保たる供託金について他の債権者に先立って弁済を受けうる損害賠償請求権の範囲は上記のとおりと解するのが相当であり、その主張にかかる遅延損害金が当然にその範囲に含まれるものということはできない。

(2)  本件において控訴人に生じた損害額

そこで、以下、上記の考え方を前提に、本件において控訴人に生じた損害額を検討する。

ア 本件不動産仮執行に関して生じた損害

(ア) 証拠(乙2、3、13、14)によると、別紙物件目録記載の不動産について強制競売開始決定がなされた時点において、同目録記載1、2の各不動産には、いずれも、根抵当権者をb信用金庫、債務者をa社とする極度額4000万円、5000万円、1億円の3個の根抵当権が設定されていたこと、上記各不動産の平成14年度固定資産税評価額は合計4290万6836円であったこと、被控訴人破産管財人は、破産裁判所の許可を得て、平成15年1月8日、これらの不動産及び建物内に存在する動産類を合計5500万円で売却したこと、この時点におけるb信用金庫のa社に対する債権額は7500万円を超えていたこと、被控訴人破産管財人は、根抵当権者であるb信用金庫に対し5225万円を弁済し、別除権の目的物たる上記各不動産を受け戻したことが認められる。

(イ) また、証拠(乙1、15、16)によると、上記時点において、別紙物件目録記載3の建物には、被控訴人Y2 外1名が所有するその敷地等を共同担保として、根抵当権者を中小企業金融公庫、債務者をa社とする極度額6000万円の根抵当権、根抵当権者を兵庫県信用保証協会、債務者をa社とする極度額1億0200万円の根抵当権が設定されていたこと、上記建物とその敷地については不動産競売手続が進行中であったところ、同手続におけるその評価額は合計5638万円であったこと、被控訴人破産管財人は、破産裁判所の許可を得て、平成15年7月11日、上記建物とその敷地を合計7800万円(うち建物の価格は2510万9963円)で売却したこと、被控訴人破産管財人らは、そのうちから、中小企業金融公庫に対し4998万2952円、兵庫県信用保証協会に2141万7656円を弁済し、中小企業金融公庫から別除権の目的物たる上記建物を受け戻したこと、兵庫県信用保証協会は根抵当権を放棄したことが認められる。

(ウ) これらの事実によると、本件強制執行停止決定がなかったことを想定した場合、別紙物件目録記載の各不動産には、これらの根抵当権者が把握していた交換価値以上の価値があったとは認め難い。したがって、本件不動産仮執行に関しては、本件強制執行停止決定により控訴人に損害が生じたとすることはできない。

イ 本件預金差押仮執行に関して生じた損害

(ア) 証拠(甲16ないし18、23、乙4)によると、本件預金差押仮執行に関し、d銀行は、執行裁判所に対し、同債権差押命令の同行への送達の時点で、a社の債権として53万1177円の当座預金があり、この限度で弁済の意思がある旨の陳述をしたが、b信用金庫及びc銀行は、差押えにかかる債権は存在するが、a社に対してそれ以上の額の反対債権を有しており、将来相殺予定であるため、弁済の意思はない旨の陳述をし、e銀行は、差押えにかかる債権は存在しない旨の陳述をしたこと、本件破産手続において、b信用金庫は1億円余り、c銀行の権利義務を承継した株式会社みずほ銀行は1億7000万円余りの破産債権届出をし、異議の申出がなかったので、同債権はいずれも確定したことが認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

(イ) これらの事実によると、本件強制執行停止決定がなかったことを想定した場合、控訴人は、a社のd銀行に対する上記当座預金債権53万1177円を取り立てることができたと認めることができるが、他の第三債務者に対する預金債権を取り立てることができたとは認めることができない。

ウ その他の財産について破産宣告の時点までに強制執行を終了しえた可能性

(ア) 証拠(甲8、9、12、13、14、19ないし22、乙4、7の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

a a社は、昭和23年に設立された、自動車用ガラス製造の金型制作等を主な事業とする株式会社であった。

b その経営状況は、昭和62年度(第40期。昭和62年4月1日から翌63年3月31日まで)は、売上が約6億0100万円で営業利益が約4860万円に達したが、その後、売上、利益とも減少し、平成11年度(第52期。平成11年4月1日から翌12年3月31日まで)には、売上が約3億1100万円、営業損失は約3970万円で、累積損失は約7940万円にも達し、その後、平成12年度は約3030万円、平成13年度は約1260万円の営業利益を計上することができたものの、それまでの累積損失が大きかったため、平成13年5月30日には積立金を取り崩して損失金を処理しなければならない状態で、破産宣告を受ける直前の平成14年4月1日から同年9月9日までの間も、約1490万円の営業損失を計上した。

c 破産宣告を受けた平成14年9月13日現在の貸借対照表によれば、その時点におけるa社の主な資産は、不動産(評価額約5900万円)、売掛金(約7700万円)、本件供託金(8500万円)などであって、資産の合計額は約2億2500万円にとどまる一方、負債は、優先債権約750万円、一般破産債権約8億円、公租公課約170万円など、合計約8億0800万円であった。

d a社の主要な取引先はf社とg社であり、平成11年度から平成13年度の各年度末でみると、その時点で存していた売掛金債権の約半分をf社とg社で占め、かつ、その大半をf社が占めていた。

e a社は、平成14年9月3日別訴第二審判決がなされたが、同判決の内容を履行することは困難であったため、同月11日、自己破産の申立てをした。

(イ) 以上の事実によれば、a社は、別訴第一審仮執行宣言付判決が言い渡された平成12年6月29日の時点において既に債務超過の状態にあり、本件強制執行停止決定が認められない場合には、その時点で自己破産の申立てをする可能性が高かったということができるし、また、その後、平成12年度は約3030万円、平成13年度は約1260万円の各営業利益をそれぞれ計上することができたものの、それまでの累積損失を解消するまでには至らず、別訴第二審判決がなされた平成14年9月3日の時点においても債務超過の状態で、同判決の内容を履行することは困難な経済事情にあり、到底その営業を続けることはできなかったため、自己破産の申立てをしたものと認められる。

また、a社の上記のような経営状態からして、本件強制執行停止決定がなされず、その売上のかなりの部分を占める得意先のf社やg社に対する売掛金債権の差押がなされていれば、その影響は甚大で、その時点で営業を継続することは困難となったものと認められる。

したがって、f社及びg社等の取引先に対する売掛金債権を差し押さえることにより、別訴第一審仮執行宣言付判決の認容額についてその全額の満足を受けることが可能であったとする控訴人の主張は、a社は本件強制執行停止決定を得た後2年間以上経営を続けることができたものである事実を考慮しても、これを採用することはできない。

(ウ) 控訴人が、その余の財産について具体的な強制執行の準備行為をし、あるいはa社が破産宣告を受けるまでに強制執行を完了することができたことを認めるに足りる証拠はない。

(エ) 以上によれば、控訴人は、本件強制執行停止決定により、d銀行に対する預金債権53万1177円を取り立てることができなくなり、同額の損害を被ったということはできるが、これを超えて損害を被ったとまでは認めることができない。

(オ) なお、被控訴人らは、他の債権者による当該預金債権への差押え、配当要求等の可能性を指摘するが、債権差押命令が発付されても公告されたり関係官庁に通知されたりすることはないし、本件においては、他の債権者が、当該預金債権について、差押え、配当要求等のための具体的な準備をしていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人らの上記主張はこれを採用することができない。

エ 民事訴訟法248条の主張について

(ア) 控訴人は、本件においては、本件強制執行停止決定により控訴人が損害を被ったことは明らかであるから、その額について立証が尽くされていないとしても、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、裁量により相当な損害額の認定をすべきであると主張する。

(イ) しかし、控訴人は、a社のd銀行に対する預金債権の差押えがその効力を失ったことを除いては、その余の本件預金差押仮執行及び本件不動産仮執行に関して損害を被ったと認めることができないし、その他の財産に対しては具体的な執行準備行為を行っていたとは認められないから、d銀行に対する預金債権以外については、本件強制執行停止決定により仮執行が功を奏しなかったことによって損害が発生したと認めることができない。

(ウ) f社とg社に対する売掛金債権について仮執行の申立てをしえた可能性はあるが、先に認定したとおり、同債権が差し押さえられたときには、a社はその時点で営業を継続することが困難となって、倒産のやむなきに至っていたものであって、同債権から満足を受け得たとは認めえないから、上記仮執行の申立てをし得た可能性をもって控訴人に何らかの損害が発生したとも認めることはできない。そして、その他の財産については、仮執行を行うことができたと認めるに足りる証拠はない。

(エ) してみると、控訴人の主張は、結局、抽象的に破産宣告までに何らかの財産について仮執行を終える可能性があったというものにすぎず、具体的に損害が発生したことの立証は尽くされていないというべきであるから、民事訴訟法248条を適用する前提を欠くものといわざるを得ない。その主張は失当である。

オ 損害額についてのまとめ

以上によれば、控訴人は、本件強制執行停止決定により、a社のd銀行に対する53万1177円の預金債権を取り立てることができなくなって、同額の損害を被ったものということができるが、それ以上の損害の発生を認めることができない。

3  控訴の趣旨3に係る訴えについて

(1)  控訴人は、控訴の趣旨3において、控訴人と被控訴人破産管財人との間において、控訴人が別紙供託目録記載の供託金及び既発生の利息金について還付請求権を有することの確認を求めている。

(2)  しかし、被控訴人破産管財人は、本件損害賠償債権の存在についてはこれを争っているが、同債権の存在が認められるときには、その限度で控訴人が還付請求権を行使しうることを争うものではない(弁論の全趣旨)。

(3)  控訴人は、控訴の趣旨2で求めた本件損害賠償債権の確定が得られれば、その確定判決を供託官に提出することにより、同判決の認めた限度で当然に本件供託金の還付を受けることができ、還付請求権の存在についてこれを確認する判決を取得することを要しない。

(4)  以上によれば、控訴人と被控訴人破産管財人との間では、手続的な意味で控訴人が本件供託金について還付請求権を有することに争いがなく、争いの実質は本件損害賠償債権の存否にあるというべきであるから、控訴の趣旨3に係る訴えについては、独自に確認の利益を認めることができないと解するのが相当である。その訴えは不適法であるといわざるをえない。

第4結語

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 藤本久俊)

<以下省略>

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