大阪高等裁判所 平成16年(ネ)405号 判決 2005年6月30日
当事者
控訴人
X1
同
X2
控訴人ら訴訟代理人弁護士
小久保哲郎
同
尾藤廣喜
同
竹下育男
同
石那田隆之
同
陳愛
控訴人ら訴訟復代理人弁護士
木原万樹子
被控訴人
兵庫県
同代表者知事
井戸敏三
同訴訟代理人弁護士
乗鞍良彦
同指定代理人
岩井文子
同
西角光司
同
白井重孝
同
井上雅之
被控訴人
神戸市
同代表者市長
矢田立郎
同訴訟代理人弁護士
飯沼信明
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人らが当審で拡張した請求をいずれも棄却する。
3 控訴費用(請求の拡張に係る訴訟費用を含む。)は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 Aは児童扶養手当の支給要件に該当する児童か
(1) 児童扶養手当の支給要件の判断基準
ア 法令の規定
旧法4条1項は、次のとおり規定している。
都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母が監護しない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育する(その児童と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう。以下同じ。)ときは、その母又はその養育者に対し、児童扶養手当を支給する。
1号 父母が婚姻を解消した児童
2号 父が死亡した児童
3号 父が政令で定める程度の障害の状態にある児童
4号 父の生死が明らかでない児童
5号 その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの
同5号に規定する政令で定める児童について、旧施行令1条の2は、次のとおり規定している。
1号 父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き1年以上遺棄している児童
2号 父が法令により引き続き1年以上拘禁されている児童
3号 母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)
4号 前号に該当するかどうかが明らかでない児童
イ 養育者について
旧法4条1項本文は、当該児童の母以外の者が「その児童を養育する」とは、「その児童と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう」と規定するところ、同項にいう養育者とは、児童と起居をともにし、主として精神面から児童の生活について種々配慮し、物質面から日常生活において児童の衣食住などの面倒を見、児童の生計費の大半を支出している者をいうものと解される。
ウ 遺棄について
旧法4条1項5号に基づく旧施行令1条の2第1号にいう「遺棄」がいかなる状態を指すものであるかについては、旧法及びその関係法規に明確な定義規定が定められていないから、児童扶養手当を支給する旨を定めた同法の立法趣旨や目的、同法4条1項の文言などに照らして検討することになる。
旧法は、いわゆる死別母子世帯を対象として国民年金法による母子福祉年金が支給されていたこととの均衡上、いわゆる生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの議論を契機として制定されたものであるが、旧法4条1項各号で規定する類型の児童は、生別母子世帯の児童に限定されておらず、旧法1条の目的規定に照らして、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童、すなわち、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態、あるいは児童の扶養の観点からこれと同視することができる状態にある児童を支給対象児童として類型化しているものと解することができる(最高裁平成14年1月31日第一小法廷判決・民集56巻1号246頁、同年2月22日第二小法廷判決・裁判集民事205号505頁各参照)。したがって、旧法4条1項5号に基づく旧施行令1条の2第1号の「父が引き続き1年以上遺棄している児童」も、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を類型化したものと解するのが相当である。このような見地からすると、「遺棄」とは、父が子を監護する意思を放棄し、かつ、現に父による監護がなされていない状態をいうものと解するのが相当である。
エ 婚姻の解消について
旧法4条1項1号にいう「父母が婚姻を解消した児童」も、上記ウのとおり、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態にある児童を類型化したものと解することができ、「婚姻を解消した」とは、法律婚にあっては、離婚を意味することは当然である。なお、事実婚にあっても、その解消は同号に当たる。
オ 憲法14条違反の主張について
控訴人らは、憲法14条に照らし、旧法1条、4条1項、旧施行令1条の2の「父」との定めを「父又は母」と読み替えるべきであると主張する。
しかしながら、上記ウのとおり、旧法は、いわゆる死別母子世帯を対象として国民年金法による母子福祉年金が支給されていたこととの均衡上、いわゆる生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの議論を契機として制定されたものであって、旧法4条1項各号で規定する類型の児童は、生別母子世帯の児童に限定されておらず、旧法1条の目的規定に照らして、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童、すなわち、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態、あるいは児童の扶養の観点からこれと同視することができる状態にある児童を支給対象児童として類型化しているものと解することができ、旧法4条1項各号の規定は、同法の目的に照らしても、またその内容からみても合理性があると認められる。よって、控訴人らの主張は採用できない。
(2) Aの児童扶養手当の支給要件該当性に対する判断
ア 事実関係
そこで、児童扶養手当の支給要件該当性について検討するに、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(ア) BとCは、昭和52年10月27日に婚姻し、昭和○年○月○日にAが出生した。
(イ) Bは、昭和56年ころから飲酒が原因で手や身体が震えるようになり、昭和57年1月28日から同年3月24日までの間、肝硬変症、糖尿病によりa病院に入院した。
(ウ) 他方、Cは、昭和57年1月ころからBと別居した。控訴人X2が興信所に所在調査を依頼したところ、同年2月ころからは別の男性と同居を始めたが、自らの在留資格がなくなる同年8月ころには、別の地域に転居し、行方不明になったとの報告を受けた。
(エ) Aについては、昭和57年2月1日、京都市児童相談所長により、父母の別居、Bの入院等を理由として京都市内の乳児院への措置入院の決定がなされたが、同月10日、Bの兄である控訴人X2に引き取られ、措置解除となった。
(オ) Bは、a病院退院後も収入を得られる状態ではなく、昭和57年3月31日から生活保護法による保護を受給するようになった。
(カ) BとCの婚姻関係については、同年8月10日、京都市南区役所に控訴人X2ほかを証人とする離婚届が提出され、受理された。しかし、Bの戸籍には、現在もCが妻として記載されており、戸籍上離婚したことになっていないが、その理由は不明である。外国人登録原票記載事項証明書上も、Cは、現在もBの妻とされている。ちなみに、控訴人らは、本件訴訟を提起するまで、BとCが上記離婚届出をしたことを失念しており、本件訴訟係属後になって資料を探索した結果、京都市南区長作成の上記離婚届の受理証明書(〔証拠略〕)を見つけ出した。
(キ) Aは、昭和63年ころ、Bと同人の母Dに養育されていた(現実にはDに養育されていた。)が、Dも入院したため、Aは京都市内の児童養護施設に入所となることになった。Bの妹Eは、姉のFからそのことを聞き、同年4月7日ころ、夫である控訴人X1と共にAを引き取り、Aは、X1夫婦と同居することになった。以後Aは、平成12年5月15日まで、X1夫婦と同居していた。
(ク) Bは、その後も、昭和63年6月7日から同年8月12日までの間、平成元年9月25日から平成2年1月7日までの間、それぞれ肝硬変、糖尿病によりa病院に入院し、同年11月4日から平成3年5月15日までの間は、糖尿病、肝障害、胃十二指腸潰瘍によりb病院に入院するなど入退院を繰り返した。平成3年11月15日には、同病院の医師により児童扶養手当障害認定診断書が作成されており、生活保護(生活扶助・医療扶助)の受給は現在も継続している。
(ケ) Bは、控訴人X2方から徒歩で10分もかからない所に住んでいたが、AがX1夫婦に引き取られた以後、平成3年になるまで、控訴人ら及びEは話し合って、Aが落ち着くまではBとAを会わせるのを避けていた。そして、平成3年になって、Bが上記のとおり、b病院に入院し、病状も思わしくなかったことから、万一の場合を慮り、控訴人ら及びEは、AをBに会わせることとした。控訴人X2は、電車賃として2000円程度をBに渡して、Bに対し、Aに渡すようにと指示した。そこで、Bは、これに応じて、Aが来た際に、電車賃として同額を渡した。
この後、Aは、夏休みや冬休みに各1回程度、Bと会うようになり、Bは、その際に、上記同様のはからいで、わずかではあるがその手から小遣いを渡していた(その総額は7000円程度であると控訴人X2本人は供述する。)。もっとも、Aは、中学校に進学したころからは、Bに会うのを嫌がり、Aの足は遠のいた。他方、BがAと会うことを拒否する意向を示したことはない。また、Bは、小さいころから、知識・理解力に乏しく、非社交的、消極的な性格であり、読み書きの能力も相当劣っていたが、Aに一度手紙を送ったことや、高校生になったAに電話をかけたこともあった。
(コ) Aは、平成7年3月、中学校を卒業して就職し、定時制の高校に進学した。Aは、就職した当初の3か月間程度、X1夫婦に月額2万円程度の生活費を入れ、学費として数千円程度を自ら負担し、最初のボーナス時に1万円ないし2万円程度を追加して入れ、また、X1夫婦の子供に小遣いをやったこともあったが、その後は、X1夫婦に生活費を入れておらず、住居費や食費など、Aの生計費の大半はX1夫婦が負担していた。
イ 養育者について
以上の事実によれば、X1夫婦は、昭和63年4月7日以降、Aと起居をともにし、精神面においても、物質面においても、種々配慮し、Aの衣食住の面倒を一手に見ていたと認められる。被控訴人らは、Aの中学校卒業後は、X1夫婦がAを養育していない旨主張するが、上記ア(コ)に認定のとおり、Aが自らの収入をその生計費に充てた期間はわずか3か月程度であり、その金額もせいぜい月額3万円弱であって、この金額をもってAの生計のほとんどを維持できるとまでは認め難く、他にX1夫婦がAを養育していたことを覆すに足りる証拠はない。
よって、被控訴人らの主張は採用できない。
ウ 遺棄について
上記認定によれば、Bは、平成3年以降、Aに若干の小遣い等を交付し、また、電話による連絡、面会等をしていることが認められる。しかし、金銭の交付は、金額的にみてAの生活費を一部にしろ賄うものであったとは認められない。電話連絡、面会については、その頻度、態様等に照らして親権者の子に対する監護義務の履行とみることはできないにしても、Bにおいて監護の意思を放棄していたとまで認めることはできない。他方、昭和63年4月7日から平成3年ころまでの間は、控訴人X2及びX1夫婦において、Aが落ち着くまでAとBとの面会を避けるよう配慮していたのであり、Bの側でAとの面会を忌避したことは一度もなかったのであるから、これをもって、Bが監護の意思を放棄していたとまで認めることはできない。
そうすると、昭和63年4月7日以降、BがAを遺棄していたとまでは認めるに足りないといわざるを得ない。よって、Aが旧法4条1項5号、旧施行令1条の2の「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に当たることを前提とする控訴人らの本件請求は、理由がないといわざるを得ない。
エ 婚姻の解消について
上記認定によれば、BとCの婚姻関係については、昭和57年8月10日、京都市南区役所に控訴人X2ほかを証人とする離婚届が提出され、受理されているのであって、これにより、BとCの婚姻関係は解消されたものと認めるのが相当である。
この点について、被控訴人らは、BとCの婚姻関係が解消されたことはない旨主張する。BとCの場合、法例16条、14条により、離婚の効力は、双方の本国法である大韓民国民法によるとされ、同法836条により、家庭法院の確認を受け同国戸籍法の定めるところにより申告をすることにより協議離婚の効力を生じる。本邦戸籍法25条2項によれば、外国人に関する届出は、届出人の所在地でこれをしなければならず、大韓民国民法836条1項所定の家庭法院の確認については、離婚の方式に属するものと解されるので、法例22条により、行為地法によることを妨げないと解される。結局、韓国人夫婦が本邦で離婚をする場合には、あらかじめ家庭法院の確認を要しないで日本法の方式に従ってその届出をすることができると解されるのである。以上によれば、上記の京都市南区長に対する届出と受理により、離婚の効力は生じているのであって、被控訴人らの主張は採用できない。
オ 以上によれば、Aは、昭和57年8月10日以降、旧法4条1項1号所定の児童に当たり、Aを昭和63年4月7日以降平成10年3月まで養育していた控訴人X1は、同期間中、児童扶養手当の受給資格者に当たるというべきである。
2 被控訴人らの職員の行為の違法性について
(1) 控訴人らは、控訴人らの児童扶養手当の認定請求に関して、市職員及び県職員には、公権力の行使に当たる公務員として、その職務である兵庫県知事の神戸市長に対する機関委任事務を遂行するにあたり、故意又は過失によって、違法な認定請求の拒否、教示義務違反行為を行ったものであるから、被控訴人らは、これによって控訴人らに生じた損害について、国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負う旨主張する。そして、Aが旧法4条1項1号の「父母が婚姻を解消した児童」に当たることは前示のとおりであるから、市職員及び県職員の職務上の義務違反行為の有無が問題となる。なお、Aが旧法4条1項5号、旧施行令1条の2第1号の「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に当たらないことは前示のとおりであるが、念のため、これに当たると仮定した上で、この点についても検討しておく。
(2) 市職員及び県職員と控訴人らの折衝等の事実関係
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
ア 旧法4条1項は、児童扶養手当の支給主体を都道府県知事と規定し、同法6条1項は、児童扶養手当の受給資格及び手当の額について都道府県知事の認定を受けなければならないと規定し、同法33条及び旧施行令6条1項により、旧法6条に規定する認定の請求の受理及びその請求に係る事実についての審査に関する事務を市町村長に行わせるとされていた。神戸市においては、神戸市福祉事務所条例、神戸市福祉事務所規則、福祉事務所長委任規則により、神戸市垂水区域における児童扶養手当の受給資格及びその額の認定の請求の受理及びその請求に係る事実についての審査に関する事務を、垂水福祉事務所に行わせ、同事務に係る神戸市長の権限を垂水福祉事務所長に委任していた。したがって、市職員は、被控訴人神戸市の職員として、垂水福祉事務所長の所掌事務を分掌していた。他方、被控訴人兵庫県の県民生活部健康福祉局児童課(平成9年3月当時は福祉部児童福祉課)の職員(県職員)は、旧法4条1項、同法6条1項により、兵庫県内における児童扶養手当の受給資格及び手当の額に係る兵庫県知事の認定事務を分掌していた。
イ 控訴人ら及びEは、Aを引き取ったころBが生活保護を受給していたので、引き取ったX1夫婦にA分の扶助を受給できるのではないかと考え、Eにおいて、垂水区役所に相談に行くことになった。
ウ Eは、昭和63年5月ころ、垂水区役所を訪れ、市職員に対し、Aの生活保護を受給できるかを尋ねた。これに対し市職員は、生活保護は受給できないと答え、児童扶養手当という子供の扶養に対して出る手当の受給が考えられる旨を答えた。Eは、市職員に対し、要旨「母親が別れていなくなったので、京都で父親である兄と子で生活保護を受けていた。今まではEの母が面倒を見ていたが、認知症が悪化して面倒を見ることができなくなった。父親は腎臓の病気で生きるか死ぬかの状態なのでとても子供の面倒を見ることができない。兄弟もそれぞれ家庭があって引き取れないということで、Eが引き取って面倒を見ることになった。」と述べて、児童扶養手当なる手当の受給を希望した。市職員は、Eの話を聞いて、要旨「児童扶養手当は母子家庭には割合簡単に認められるが、男性には普通に生活力があるから養育する義務があり、父子家庭や父方の親戚が子供を預かっている場合には出ない」と答え、Eに認定請求書を交付しなかった。Eは、何の手当も受けることはできないと思い、その場を辞去した。Eは、同年6月ころにも垂水区役所を訪れ、上記同様のことを市職員に述べて、生活保護ないし児童扶養手当の受給を希望したが、市職員の対応は前回と同様であった。
エ Eから、同年5月の市職員の応答を聞いた控訴人X2は、必ず何か手当が出るはずだと思い、同年7月ころ、Eとともに垂水区役所を訪れ、市職員に対し、要旨「母親が行方不明で、父親と子供は京都で生活保護を受けていたが、この子の分だけでも保護が受けられないか。」「児童扶養手当は受けられないのか」と尋ねた。これに対して市職員は、生活保護が出ないことを回答した上、児童扶養手当については、要旨「児童扶養手当は母子家庭は対象になるが、父親には普通生活力があり扶養義務があるので、父方の親戚の養育には受給資格がない」と答えた。控訴人X2とEは、やむなくその場を辞去した。
しかし、控訴人X2は、それでも納得できず、同年12月に、またEを伴い、垂水区役所を訪れ、市職員に対し、同年7月に話したのと同旨を述べた。しかし、市職員の回答は、やはり前回と同様であった。
オ 控訴人X2は、とにかく何らかの手当が出るはずだと思っていたが、平成3年11月ころ、京都府福祉部児童家庭課作成の「児童扶養手当のしおり」を入手したところ、「父障害の家庭も対象となります」との記載を見て、当時Bが受診していたb病院の医師に同月15日付けの児童扶養手当障害認定診断書を作成してもらい、これを持って垂水区役所を訪れ、児童扶養手当の支給を求めた。市職員は、この障害では駄目であると回答し、控訴人X2は、諦めてその場を辞去した。
カ 控訴人X2は、その後も、納得できない思いから、平成7年6月ころ、垂水区役所を訪れて、市職員に相談をしたが、児童扶養手当は出ないとの回答を受け、さらに、平成9年3月ころ、兵庫県福祉部児童福祉課を訪れて相談したが、同様の回答を受けた(その後も、同課には電話をしているが、結果は変わらなかった。)。控訴人X2は、平成10年12月ころにも、垂水区役所を訪れ、市職員に対し、児童扶養手当の認定請求書用紙の交付を求めたが、断られた(なお、この時点では、Aは既に「児童」ではなかった。)。
キ 以上を通じて、控訴人X2やEは、Bの詳しい病状や養育能力、Cが同居していない理由、離婚の有無、Aの監護状況について、上記以上に詳細な説明はせず、BとCの離婚届が京都市南区役所に提出され受理されたことに言及したこともなかった。
(3) 市職員及び県職員の対応の違法性について
以上の事実に対し、被控訴人らは、市職員や県職員が旧法4条1項、旧施行令1条の2に反するような説明をしたことは考えられない旨主張している。しかし、当該事実の有無を検討するまでもなく、上記(2)イないしカの事実によれば、控訴人X2及びEは、Aについて、何らかの手当を受給できるものと考えて、当初は生活保護を求め、これを断られると児童扶養手当の受給を求めたもので、同手当の受給を求める意思とこれに基づく行動は、昭和63年5月ころから一貫していた。そうすると、控訴人ら及びEが児童扶養手当の受給資格についていかなる認識を有していたかについてみるまでもなく、控訴人ら及びEは、児童扶養手当の認定の請求を口頭でしていたものと認められるのであって、それにもかかわらず、市職員は昭和63年5月から、控訴人X1の認定請求の受付を拒否していたものと認めるのが相当である。
これに対し、被控訴人らは、厚生省所管課の通知によれば、「認定請求書に町村において容易に補正することができない程度の誤りがあるとき又はその添付書類等に著しい不備があるときは、認定請求書を請求者に返付すること」としているから、市職員が認定請求書を交付しなかったからといって、直ちに違法と評価されるものではないと主張する。しかしながら、昭和60年8月21日児発第706号厚生省児童家庭局長通知「児童扶養手当市町村事務取扱準則の改正について」(〔証拠略〕)の準則第二1(3)には、被控訴人らの主張するとおり「認定請求書に町村において容易に補正することができない程度の誤りがあるとき又はその添付書類等に著しい不備があるときは、認定請求書を請求者に返付すること。」との記載があるものの、これは実際に認定請求書が提出された場合の処理について記載したものであって、それ以前の認定請求書を交付するか否かの場面を想定しているものではない上、認定請求書を返付する場合でも提出受付処理簿の返付欄に返付年月日を記入して返付の事実を明確に記録にとどめることとしているのであって(同準則第二1(4))、そもそも認定請求書の交付さえなさず、そのことを記録化もしないで判断を回避するような不明朗な処理を容認し、その根拠を提供するものとは到底解されない。なお、控訴人X2やEが児童扶養手当の支給を求めたというのも、認定の請求を求めたものではなく、その相談に来ただけであると解する余地が考えられないではない。しかしながら、上記認定のとおり、控訴人X2やEの行動は、単なる相談の域を超えているものと理解するほかはなく、それ故に市職員も「児童扶養手当は出ない」とか「児童扶養手当の受給資格がない」との判断を窓口限りで示しているものと考えられるのである。
以上によれば、市職員は、控訴人X2及びEを使者とする控訴人X1の児童扶養手当の口頭での認定請求に対し、同請求書を交付することもなく、その受付を拒否したものというべきであって、旧法6条は受給資格者の認定請求権を定めているから、市職員の上記拒否行為は、認定請求権の行使を妨げる違法な行為というべきであり、市職員はその職務上の義務に違反しているというべきである。
仮に、市職員は、控訴人ら及びEの相談に対して応答をしただけであると理解したとしてもち市職員及び県職員の対応には次の点で違法があるというべきである。すなわち、控訴人X2及びEは、上記認定のとおり、相当長期間にわたり相当回数生活保護ないし児童扶養手当の受給について相談に赴いている。ところで、社会保障給付については各種の給付が存するのであるから、相談に当たる職員としては、相談者の説明内容を的確に把握して、支給可能性のある給付が何であり、受給資格としてどのような要件が定められており、相談者の場合には、どのような問題点があるのかを常に念頭において、相談者の相談に当たることが窓口職員には要求されているのである。したがって、本件の場合、市職員及び県職員としては、積極的に相談者のプライバシーに踏み込んで質問をするまでの必要はないとしても、最低限、相談者の相談内容から支給の可能性がある給付の種類及びその受給要件(すなわち構成要件)の概括的内容を教示する職務上の義務があるというべきである。すなわち、これを本件についてみるに、上記認定によれば、控訴人ら及びEは、児童扶養手当の受給について相談をしたところ、旧法4条1項1号の「父母が婚姻を解消した児童」及び同項5号、旧施行令1条の2第1号の「父(中略)が引き続き1年以上遺棄している児童」の規定自体及びその意味するところ(この点については、後に説示する厚生省所管課からの通知通達により、明確にされており、その説明ができないはずはない。)の説明を、市職員からも県職員からも受けていない。法令の内容に理解が乏しい相談者にとって、これらの事項さえ明確に認識できないとすれば、相談者は、およそ自己の意思による適切な判断をなし得ず、その結果として、受給できた給付さえ受給できなくなる可能性が生じるのであって、担当職員においてこの程度の説明さえなさず、逆に、上記認定のような程度の不正確な回答にとどめることは、相談者の正当な権利行使を妨げる危険を作出することになり、児童扶養手当の受給権を侵害する危険性は極めて大きい。他方、この程度の説明をすることについては担当職員の負担も大きくはない。以上によれば、本件において、控訴人X2及びEに対し、旧法4条1項1号及び同項5号・旧施行令1条の2第1号の規程の内容及び児童扶養手当の受給要件を説明せず、不正確な回答にとどめたことは、職務上の義務に違反する違法な行為というべきである。
3 市職員及び県職員の故意過失、損害との間の因果関係について
(1) 前示のとおり、市職員については、昭和63年5月以降、控訴人X1の口頭での児童扶養手当の認定請求の受付を拒否し、また、旧法4条1項1号・5号及び旧施行令1条の2第1号の規定の内容及び児童扶養手当の受給要件を説明しなかったことにつき職務上の義務に違反する行為があったと認められ、県職員については、平成9年3月の相談時に、旧法4条1項1号・5号及び旧施行令1条の2第1号の規定の内容及び児童扶養手当の受給要件を説明しなかったことにつき職務上の義務に違反する行為があったと認められる(なお、Aが「児童」でなくなった以後の市職員及び県職員の職務行為については、控訴人らの主張する児童扶養手当受給額相当の損害発生との間の因果関係を肯定できないから、検討の必要をみない。)。そこで、次に、これらの義務違反行為と控訴人らの主張する児童扶養手当を受給できなかったこととの間に因果関係があるか、並びに市職員及び県職員に故意過失があったかの点について検討する。なお、Aが旧法4条1項5号、旧施行令1条の2第1号の「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に当たらないことは前示のとおりであるから、上記各職員の故意過失、損害との間の因果関係については、検討するまでもないのであるが、念のため、これに当たると仮定した上で、この点についても検討しておく。
(2) 控訴人X2について
控訴人X2は、その主張から明らかなように、Aの養育者とは認められず、このことは上記認定からも明らかである。そうすると、上記各職員の違法行為とX2の被ったという損害との間にはそもそも因果関係を肯定することができない。そして、上記各職員の違法行為の故に控訴人X2がAのために200万円を援助せざるを得なかったとの因果関係を認めるに足りる証拠もない。よって、控訴人X2の本件各請求は理由がない。
(3) 上記認定事実及び〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。
ア 上記のとおり、BとCの婚姻については、昭和57年8月10日、京都市南区長に対し、控訴人X2ほかを証人とする離婚の届出がなされ、これが受理されているが、控訴人らは、本件訴訟を提起するまで、BとCの上記離婚届がなされていたことを失念しており、市職員及び県職員に対して、BとCが離婚したことを何ら説明していない。控訴人X2は、本訴においても、BとCは戸籍上離婚していなくとも婚姻関係は破綻し事実上の離婚に当たり、Aは対象児童に当たると陳述書(〔証拠略〕)を提出しているのである。控訴人ら及びEは、本件訴訟係属後になって資料を探索した結果、京都市南区長作成の離婚届の受理証明書(〔証拠略〕)を見つけ出し、ようやくBとCの離婚届が受理されていたことを主張するに至ったものである。
イ 上記のとおり、控訴人X2及びEが市職員や県職員に説明した内容は、要旨「母親が別れていなくなったので、京都で父親である兄と子で生活保護を受けていた。今まではEの母が面倒を見ていたが、認知症が悪化して面倒を見ることができなくなった。父親は腎臓の病気で生きるか死ぬかの状態なのでとても子供の面倒を見ることができない。兄弟もそれぞれ家庭があって引き取れないということで、Eが引き取って面倒を見ることになった。」というものであり、Bの詳しい病状や養育能力、Aの監護状況について、上記以上に詳細な説明はしていない。
ウ 控訴人X2及びEが昭和63年5月以降市職員や県職員と接触を持つに至った当時、旧法4条1項1号の「父母が婚姻を解消した児童」の解釈については、婚姻の解消とは法律婚にあっては離婚届出の提出を意味し、事実上婚姻関係をやめている場合であっても離婚届を提出せず、戸籍上婚姻関係にある限り婚姻を解消したことにはならないとの解釈が示されており、昭和48年5月16日児企第28号厚生省児童家庭局企画課長通知「児童扶養手当及び特別児童扶養手当関係法令上の疑義について」においても、同様の解釈が示されていた。そして、児童扶養手当の認定請求書には、住民票あるいは外国人登録済証明書の添付が必要とされていた。
エ 旧施行令1条の2第1号の「遺棄」については、次のとおりの解釈がされていた。
(ア) 厚生省所管課担当者の解説書によると次のとおりである。遺棄というのは、保護の断絶のことである。父が児童と同居しないで日常生活における児童の衣食住などの面倒を含め監護義務を全く放棄している状態が1年以上にわたって継続していれば、ここにいう遺棄に該当する。
(イ) 昭和48年5月16日児企第28号厚生省児童家庭局企画課長通知「児童扶養手当及び特別児童扶養手当関係法令上の疑義について」によれば、遺棄は、同居も仕送りもせず、児童の扶養、監護の義務を果たす意思が全く認められない場合であるとされる。昭和51年10月1日児企第36号厚生省児童家庭局企画課長通知「児童扶養手当の認定について」によれば、「監護」の意味は、同居しているか別居しているかを問わず、精神面等から児童の生活に種々配慮していることをいい、別居の場合は、例えば、定期的な訪問、手紙、電話等のやりとり、仕送り等があれば監護しているものと考えられるとされる。
(ウ) 昭和55年6月20日児企第25号厚生省児童家庭局企画課長通知「児童扶養手当遺棄の認定基準について、(通知)」においては、次のとおりの認定基準を定めたので、今後の認定に当たって参考とされたいとしている。「遺棄」とは、父が児童と同居しないで監護義務をまったく放棄している場合をいい、同居している場合は遺棄に該当せず、別居の場合、出稼ぎ、入院等特定又は不特定の期間、就労、事業、療養等のため別居しているが、目的達成後帰来することが予定されている場合には遺棄に該当しない。監護とは、金銭面、精神面等から児童の生活について種々配慮していることをいう。別居の場合でも、仕送り、定期的な訪問、手紙、電話等による連絡等があれば監護しているものと考えられる。父の居所が不明である場合には、通常遺棄に該当する。父の居所が判明している場合でも、父の監護意思及び監護事実が客観的に認められず、かつ母に離婚の意思がある場合には、他の要件を満たす限り遺棄に該当する。遺棄のケースは種々のケースがあると考えられるので、事実関係を総合的に勘案の上判断されたい。
(エ) 昭和55年7月9日児企第29号厚生省児童家庭局企画課長通知「児童扶養手当及び特別児童扶養手当に関する疑義について」においては、父が事故によらずに行方不明になった後、たった一度とはいえ、子の安否を気づかう電話があった場合は遺棄に該当せず、その後1年間仕送りや連絡が一切ない場合に遺棄を事由に資格認定をすることができるとされている。
(4) 以上の事実を基に検討する。
ア 旧法4条1項1号の関係について
上記認定のとおり、控訴人ら及びEは、BとCの離婚届が受理されたことを市職員や県職員に全く説明していない。そして、戸籍に離婚の記載がされていないことはもちろん、必要添付書類とされていた外国人登録原票記載事項証明書上も、Cは現在もBの妻とされているし、離婚届の受理証明書も提出しなかった(その事実さえ失念していた。)。そうすると、市職員も県職員も、およそ、Aの両親が離婚したことを予測することはできなかったというほかはなく、控訴人X1が認定請求をしても、受給資格が認められないとして請求が棄却されていた蓋然性が極めて高い。そうすると、市職員及び県職員には故意過失が認められず、控訴人ら主張の損害との間の因果関係も認められないというほかはない。
また、控訴人ら及びEにおいて、旧法4条1項1号についての上記(3)ウの内容を教示されたとしても、控訴人ら及びEにおいては、上記(3)ア及びイのとおり、「母親が別れていなくなった」とか事実上の離婚状態であったとの認識しか有しておらず、離婚届出に関する資料も提出できなかったと考えられるので、前示同様、市職員も県職員も、およそ、Aの両親が離婚したことを認識することはできなかったというほかはなく、控訴人X1が認定請求をしても、受給資格が認められないとして請求が棄却されていた蓋然性が極めて高い。そうすると、市職員及び県職員には故意過失が認められず、控訴人ら主張の損害との間の因果関係も認められないというほかはない。
イ 仮に、Aが旧施行令1条の2第1号の「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に当たるとしても、控訴人X2及びEにおいて上記(3)イ程度の説明しかできない上、上記(3)エのとおりの解釈が示され、厚生省通知(通達)が発出されていたのであるから、控訴人X1において仮に認定請求をしたとしても、BのAに対する上記1(2)ア(ケ)認定の監護の状況を前提にすると、市職員及び県職員においては、Bと控訴人X2やX1夫婦との接触状況、AとBとの面談状況、小遣い交付の事実、手紙を送ったことや電話をかけた事実を上記解釈や通達の内容に当てはめた上で、Aは遺棄されている児童には当たらないと判断し、結局受給資格が認められないとして請求が棄却されていた蓋然性が極めて高い。そうすると、市職員及び県職員の先に示した違法行為と控訴人ら主張の損害との間の因果関係も認められないというほかはない。
なお、上記(3)エのとおりの解釈や通達に示されている解釈は、上記1(1)ウにおいて摘示する平成14年の最高裁判決の説示するところに比して、精神面における監護を重視し、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養の観点をいささか軽視しているとみられるが、控訴人X2及びEが市職員及び県職員と折衝していた時期においては、上記最高裁判決はいまだ言い渡されておらず、上記(3)エのとおりの解釈や通知に示されている解釈が明らかに不合理であるとまでは認められないから、市職員や県職員がこのような行政解釈に従うこともやむを得ないといわざるを得ない。
ウ 以上によれば、市職員及び県職員の職務執行について、職務上の義務に違反する行為があったとしても、結局、これと控訴人らの主張する財産上の損害との間には因果関係が認め難いというほかはないから、控訴人らの本件各請求は、その余の点を検討するまでもなく、いずれも理由がないというほかはない。
第4 結語
以上の次第で、控訴人らの本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。そうすると、これと結論において同旨の原判決は相当である。
よって、本件各控訴は理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 富川照雄 下野恭裕)
≪参考≫神戸地裁平成15年12月24日判決(平成13年(ワ)第2361号)
【主文】
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
【事実及び理由】
第1 請求
被告らは、原告らに対し、連帯して、456万8000円及び別紙計算書記載の各回支給額に対する各支給日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、妻の兄の子を扶養しているとして児童扶養手当の支給を被告らに請求した原告X1が、当該請求を被告らが受け付けなかったのは不当であるなどと主張して、被告らに対し、国家賠償法1条1項に基づき、本来であれば受給できたであろう受給額相当の損害金の賠償とこれに対する各支給日からの遅延損害金を連帯して支払うよう求め、原告X2が、原告X1に扶養費を援助したとして、同原告と同一の請求をした事案である。
2 前提となる事実
原告X1(以下「原告X1」という。)は、昭和63年4月7日、妻E(以下「E」という。)の兄であるB(以下「B」という。)の長男A(同○年○月○日生、以下「A」という。)を引き取り、それ以降、Aと同居し、同人を監護、養育した(証人E、弁論の全趣旨)。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は、<1>Aの児童扶養手当の支給要件該当性、<2>被告らの職員の行為の違法性、<3>被告らの責任、<4>原告らの損害、<5>消滅時効の成否であり、争点についての当事者双方の主張は下記のとおりである。
(1) 原告らの主張
ア Aの児童扶養手当の支給要件該当性
Aは、以下のとおり、児童扶養手当支給の対象児童であった。
(ア) 父が引き続き1年以上遺棄している児童
平成12年4月1日改正前の児童扶養手当法(以下「旧法」という。)4条1項5号及び当時の児童扶養手当法施行令(以下「旧施行令」という。)1条の2によると、父が引き続き1年以上遺棄している児童の母がないか、若しくは母が監護しない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育するときは、その養育者に対し児童扶養手当を支給する旨が規定されていた。
そして、旧施行令の上記規定にいう「遺棄」とは、父の監護意思及び監護事実が客観的に認められない状態を指すと解されるところ、Aの父BがAと別居後初めて会ったのは別居から3年後のことであり、また、受給期間である10年間にBがAと会ったのは5回程度で、Bが与えた金銭も全額で7000円程度であるから、Aは、Bと別居を始めた昭和63年4月当時からBに遺棄されており、それから1年が経過した平成元年5月以降、児童扶養手当の支給要件を満たす児童であったことは明らかである。
(イ) 父母が婚姻を解消した児童
旧法4条1項1号によると、父母が婚姻を解消した児童の母がないか、若しくは母が監護しない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育するときは、その養育者に対し児童扶養手当を支給する旨が規定されていた。
そして、旧法の上記規定にいう「婚姻を解消した」とは、父母が事実上離婚している状態をも含むと解されるところ、Aの母C(以下「C」という。)が家出の後、生死不明の状態であったことは明白であるし、仮に「婚姻を解消した」との要件が法律婚の解消のみを指すとしても、離婚届の提出や裁判離婚によって父母が法律婚を解消することは将来的に可能であったから、いずれにせよ原告らは、一定の時期以降、児童扶養手当を受給できた。
イ 被告らの職員の行為の違法性
(ア) 被告神戸市の職員の違法行為
a 不当な申請拒否
上記のとおり、原告X1は、Aの養育者として児童扶養手当を受給する権利を有するところ、原告X1の使者である原告X2ないしEは、再々、被告神戸市(以下「被告市」という。)の垂水区役所に赴き、児童扶養手当受給のための申請書用紙の交付を求めたところ、被告市の公務員である垂水区役所職員は、次のとおり述べるなどし(以下「 」内は垂水区役所職員の発言である。)、ことごとく、それを拒否し、原告X1に児童扶養手当の申請をさせず、同原告の児童扶養手当の受給を妨げた。
(a) 昭和63年4、5月
Eに対し、「父方の親戚による養育は受給資格なし。」
(b) 同年7月、12月
Eと原告X2に対し、「父は扶養義務があるから父方の親戚による養育は受給資格がないので申請できない。」
原告ら側が、父が生活保護受給者であると中告したのに対し、垂水区役所職員が被告兵庫県(以下「被告県」という。)職員に問い合わせた結果、受給資格なしとの回答を得たとのことであった。
「同手当は、家持ちの人には受給資格がない。」「父の方は、普通、生活力があり養育する義務があるので父子家庭は資格がなく、育てることが大変だったら、なぜ預かった。」
(c) 平成7年6月
原告X2に対し、「父方の親戚は受給資格がないので、あなたには申請用紙は渡せない。」
(d) 同11年3月ころ
原告X2に対し、上記(a)から(c)と同じ説明をした。
b 教示義務違反
原告X1の使者である原告X2は、垂水区役所職員に対し、昭和63年5月以降、再々、窓口や電話で、Aの父の病名及び入退院履歴並びに生活保護受給の事実について、また、Aの母が行方不明であることについて話し、何か受給する手当があればお願いしますと相談したが、垂水区役所職員は戸籍上離婚していなければ児童扶養手当法にいう「婚姻の解消」に当たらないという通達に基づく解釈について原告X2に教示せず、原告X1側からの児童扶養手当の申請を妨げ、原告X1による児童扶養手当の受給を妨げた。
c 憲法14条違反
憲法14条は男女平等を定めるから、旧法1条、4条1項、旧施行令1条の2の「父」との定めは、すべて「父又は母」と読み替えるべきである。
そうすると、Aは、憲法14条1項によって読み替えた旧法4条1項4号に定める「父又は母の生死が明らかでない児童」、あるいは、憲法14条1項によって読み替えた旧施行令1条の2に定める「父又は母から引き続き1年以上遺棄されている児童」に該当するから、その意味でも、原告X1は、児童扶養手当を受給できる。
そうであるのに、上記aに記載のとおり、垂水区役所職員は、原告X1側からの児童扶養手当の申請書用紙の交付の要請を拒否し、原告X1の児童扶養手当の受給を妨げた。
(イ) 被告県の職員の違法行為
a 不当な申請拒否
被告県の職員は、被告市の問い合わせに対し、旧法、旧施行令、憲法14条を正しく解釈した結果を伝えるべきであるのに、これを怠り、上記(ア)a(b)に記載のように、垂水区役所職員からの数回にわたる問い合わせに対し、旧法、旧施行令、憲法14条の定める要件とは異なる、「父方の親戚には受給資格がない」旨の回答をし、さらには、平成9年3月、原告X2が、原告X1の使者として被告県健康福祉児童課に相談したところ、同様に「父方は民法でも子供の親権者であり養育義務があるので父方の親戚は受給資格がない。」と回答し、その後、平成12年まで、原告X2において、再々、被告県に相談したところ、上記と同様の回答をし、原告X1の、垂水区役所における児童扶養手当の申請及び受給を妨げた。
b 教示義務違反
原告X1の使者である原告X2は、被告県職員に対し、再々、窓口や電話で、Aの父の病名及び入退院履歴並びに生活保護受給の事実について、また、Aの母が行方不明であることについて話し、「何か受給する手当があればお願いします。」と相談したが、被告県職員は戸籍上離婚していなければ旧法にいう「婚姻の解消」に当たらないという通達に基づく解釈について原告X2らに教示せず、原告X1側からの児童扶養手当の申請を妨げ、原告X1による児童扶養手当の受給を妨げた。
ウ 被告らの責任
(ア) 被告市
垂水区役所職員は、被告市の公権力の行使にあたる公務員として、その職務である兵庫県知事の神戸市長に対する機関委任事務を遂行するにあたり、故意又は過失によって、上記イ(ア)記載の違法行為を行ったものであるから、被告市は同記載の違法行為によって原告X1及び原告X2に生じた損害について、国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負う。
(イ) 被告県
被告県の職員は、被告県の公権力の行使にあたる公務員として、その職務を遂行するにあたり、故意又は過失によって、上記イ(イ)記載の違法行為をしたものであるから、被告県は、同記載の違法行為によって原告X1ないし原告X2に関して生じた損害について、国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負う。
(ウ) 被告らの責任は連帯債務である。
エ 原告らの損害
原告X1は、被告らの上記違法行為によって、本来受給できる昭和63年4月分以降の児童扶養手当の受給を妨げられた。原告X2は、Aの父の兄弟であるが、原告X1が公的手当を受けられなかったので、平成元年10月ころから平成6年11月ころまで、Aに対する養育費として合計200万円を原告X1に対し援助した。
養育費相当の損害は原告ら双方に生じており、損害賠償請求権は不可分債権である。
オ 消滅時効の成否
原告らの請求が遅れた理由は、行政の専門家である係員から、行く度に受給資格がないと拒否され、諦めていたからであって、原告らが権利の上に眠って権利の行使を長期間怠っていたわけではない。
本件で、消滅時効の主張をすることは、著しく正義、衡平の理念に反するものであって、信義則上、被告らの消滅時効の主張は許されない。
(2) 被告市の主張
ア Aの児童扶養手当の支給要件該当性
(ア) 父が引き続き1年以上遺棄している児童
原告らの主張する各規定の存在は認めるが、要件該当性の判断につき争う。
児童扶養手当に関する遺棄の認定基準については、昭和55年6月20日、厚生省児童家庭局企画課長による通知(以下「厚生省通知」という。)がなされているが、同通知によると、「遺棄」とは父が児童と同居しないで監護義務を全く放棄している場合をいうものとされている。そうであれば、Aの父BがAの監護を全く放棄したとはいえない以上、父が子を遺棄した場合に当たらないことになるから、Aの扶養者に児童扶養手当の受給資格はない。なお、生活保護を受給しているからといって、同要件に該当するものではない。
(イ) 父母が婚姻を解消した児童
原告らの主張は争う。
昭和48年5月16日の厚生省児童家庭局企画課長通知によると、「婚姻を解消した」とは、法律婚の場合には法律婚の解消を指し、事実上婚姻関係をやめている場合でも戸籍上婚姻関係にある限り婚姻を解消したことにならないとされている。本件では、Aの父母が法律婚を解消したことはないから、Aは、父が婚姻を解消している児童には該当せず、Aの扶養者に児童扶養手当の受給資格はない。
イ 被告市の職員の行為の違法性等
(ア) 不当な申請拒否
原告らの主張のうち、平成12年4月以降、原告X2らが垂水区役所に何度か来庁したことは認めるが、その際、職員は児童扶養手当の支給要件を原告X2らに対して説明した。しかし、その余の事実は相当以前の、窓口での、口頭又は電話による相談内容を主張するもので、原告が主張する折衝があったか否かは、担当職員も異動しており、真偽不明である。
(イ) 教示義務違反
当時、垂水区役所の職員は、戸籍上離婚したことになっていないと受け付けない旨の厚生省通知に従う必要があったし、原告らも離婚届が受理されていることについては知らなかった以上、垂水区役所職員が当該事実を知るすべはなかったから、垂水区役所職員に故意、過失はない。また、原告らから「何か受給する手当があればお願いします。」というような相談を受けたか否かは不明である。
なお、受給資格者は、受給資格を取得した日から起算して5年以内に認定請求をすべきであるから(旧法6条2項)、仮に昭和63年5月以降、Aが「父母が婚姻を解消した児童」に該当していたとしても、平成5年4月以降は認定請求期間を経過してしまっていたことになる。また、仮に同元年5月以降、Aが「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に該当したとしても、同6年5月の時点において、児童扶養手当の認定請求期間を経過してしまっていたことになる。そうであれば、同月以降、原告X1にはAにかかる児童扶養手当の認定請求資格がないから、垂水区役所職員の行為も違法行為とはなりえない。
(ウ) 憲法14条違反
児童扶養手当の支給制度は、母子世帯には社会経済的に困窮している事例が多く、母子世帯の母が児童を扶養する努力を経済的に援助する必要性が高いこと等を考慮して、経済的支柱である父と生計を同じくしていない児童の世帯に手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図るために立案されたもので、支給対象世帯を父と生計を同じくしていない児童の世帯に限ることには十分な合理性があるから、旧法1条、4条1項、旧施行令1条の2が「父」と定め、「父又は母」と定めていないからといって、憲法14条に違反するとは解されない。
ウ 被告市の責任
原告らの主張は争う。
また、扶養者でなかった原告X2に受給資格は認められないから、原告X2に対し被告市が損害賠償責任を負うことはなく、原告X2の請求はその点からも失当である。
エ 原告らの損害
原告X2には明らかに損害がない。その余は争う。
オ 消滅時効の成否
原告が主張する垂水区役所職員の行為の違法性は、要するに、原告らの受給資格を同職員が認めなかったというものである。この点、Aが支給対象児童でなくなった平成10年4月1日以降の行為については不法行為とはなり得ない。
また、原告らが垂水区役所の職員の不法行為を構成する行為として主張する行為のうち最も時期の遅い行為は、平成9年3月に行われたとされているところ、それより3年の経過により原告ら主張の損害賠償請求権はすべて時効消滅している。
被告市は、同14年10月31日、本件口頭弁論期日において、原告らに対し上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(3) 被告県の主張
ア Aの児童扶養手当の支給要件該当性
(ア) 父が引き続き1年以上遺棄している児童
被告市の主張と同じ。
(イ) 父母が婚姻を解消した児童
被告市の主張と同じ。
イ 被告県の職員の行為の違法性等
(ア) 不当な申請拒否
原告らの主張は否認する。
母も親権者であること及び母にも子供の養育義務があることについては周知の事実であり、被告県の職員が、周知の事実に反することを口にするはずはない。
(イ) 教示義務違反
原告らは、Aの父母が離婚届を提出したことを被告県職員に述べておらず、また、外国人登録原票にも離婚が受理されたことが記載されていないなど、Aの両親の離婚届が昭和57年8月10日付けで京都市南区長に受理されているという事実を被告県職員が知ることは不可能であったので、被告県職員の対応に違法性はないし、また、故意、過失もない。
また、原告らが被告県の職員に対し、Aが「父が引き続き1年以上遺棄している児童」に該当するかどうかという判断の前提となるような事実を告げた形跡がまったくうかがえない以上、被告県職員に故意、過失はない。
なお、受給資格者は、受給資格を取得した日から起算して5年以内に認定請求をすべきであるから(旧法6条2項)、仮に昭和63年5月以降、Aが「父母が婚姻を解消した児童」に該当していたとしても、平成5年4月以降は認定請求期間を経過してしまっていたことになる。また、仮に同元年5月以降、Aが「父に1年以上遺棄された児童」に該当したとしても、同6年5月の時点において、児童扶養手当の認定請求期間を経過してしまっていたことになる。そうであれば、同月以降、原告X1にはAにかかる児童扶養手当の認定請求資格がないから、被告県職員の行為も違法行為とはなりえない。
ウ 被告県の責任
原告らの主張は争う。
また、扶養者でなかった原告X2に受給資格は認められないから、原告X2に対し被告県が責任を負うことはなく、原告X2の請求はその点からも主張は失当である。
エ 原告らの損害
被告市の主張と同じ。
オ 消滅時効の成否
原告らが主張する被告県職員の違法行為は平成9年3月と同11年の行為であるが、Aが受給資格を失う年齢に達した後である同11年の行為は不法行為とならないから、同9年3月の行為のみが不法行為となるものである。
そして、上記時期から3年の経過により原告ら主張の損害賠償請求権につき消滅時効が成立しているところ、被告県は、同14年10月31日の本件口頭弁論期日において、原告らに対し、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
第3 当裁判所の判断
1 Aは児童扶養手当の支給要件に該当する児童であったか(争点<1>)。
(1) 児童扶養手当の支給要件の判断基準
ア 遺棄について
旧法4条1項5号に基づく旧施行令1条の2にいう「遺棄」がいかなる状態を指すものであるかについては、旧法及びその関係法規に明確な定義規定が定められておらず、扶養手当を支給する旨を定めた同法の立法趣旨に照らして判断するほかないが、児童扶養手当に関する行政事務を地域的格差なく画一的に処理する必要が認められることから、その判断は、客観的、中立的立場から明確な基準に基づいてなされる必要があるというべきである。
そこで、同法の立法趣旨に照らして検討するに、旧法は、いわゆる死別母子世帯を対象として国民年金法による母子福祉年金が支給されていたこととの均衡上、いわゆる生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの議論を契機として制定されたものであることに鑑みると、旧法4条1項各号及び旧施行令1条の2で規定する類型の児童は、同法1条の目的規定等に照らして、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待できない児童であり、具体的には、父の監護意思及び監護事実が客観的に認められない状態にある児童であると解される。
したがって、上記規定にいう「遺棄」に該当するか否かは、父の監護意思及び監護事実が客観的に認められない状態にあるか否かをもって判断するのが相当である。
イ 婚姻の解消について
旧法4条1項1号にいう「父母が婚姻を解消した児童」の判断にあたっても、上記「遺棄」の場合と同様に、同法の立法趣旨及び目的等から客観的基準をもって判断すべきである。
もっとも、遺棄の場合と異なり、婚姻解消の判断については父母の夫婦関係の実態につき個別の事情に立ち入って児童扶養手当の支給の判断を行うことは、行政として困難であるから、父による現実の扶養を期待できないという判断のために戸籍上の離婚を画一的に要求することに合理性が認められるから、同法にいう「婚姻を解消した」とは法律婚の解消のみを指すものと解するのが相当である。
したがって、事実上婚姻関係を解消している場合であっても離婚届を提出せず、戸籍上婚姻関係にある限り、上記規定にいう婚姻を解消したことにはならず、戸籍上も離婚することが支給要件として必要であると解される。
(2)Aの児童扶養手当の支給要件該当住に対する判断
ア 事実関係
そこで、児童扶養手当の支給要件該当性について検討するに、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(ア) BとCは、昭和52年10月27日に婚姻し、同○年○月○日にAが出生した。
(イ) Bは、同56年ころから飲酒が原因で手や身体が震えるようになり、同57年1月28日から同年3月24日までの間、肝硬変症、糖尿病によりa病院に入院した。
(ウ) 他方、Cは、同年1月ころからBと別居した。原告X2が興信所に所在調査を依頼したところ、同年2月ころからは別の男性と同居を始めたが、自らの在留資格がなくなる同年8月ころには、別の地域に転居し、行方不明になったとの報告を受けた。
(エ) Aは、同年2月1日、京都市児童相談所長により、父母の別居、Bの入院等を理由として京都市内の乳児院への措置入院の決定がなされたが、同月10日、Bの兄方へ引き取られ、措置解除となった。
(オ) Bは、退院後も収入を得られる状態ではなく、同年3月31日から生活保護法による保護を受給するようになった。
(カ) BとCの婚姻関係については、同年8月10日、京都市南区役所に原告X2らを証人とする離婚届が提出され、受理された。しかし、Bの戸籍には、現在もCが妻として記載されており、戸籍上離婚したことになっていないが、その理由は不明である。
(キ) 昭和63年ころ、Aは、Bと同人の母Dが養育していたが、同人も入院したため、Aは京都市内の児童養護施設に入所となった。Bの妹Eは、姉からそのことを聞き、同年4月7日ころ、夫である原告X1と共にAを引き取った。
(ク) Bは、その後も、同年6月7日から同年8月12日までの間、平成元年9月25日から同2年1月7日までの間、それぞれ肝硬変、糖尿病によりa病院に入院し、同年11月4日から同3年5月15日までの間は、糖尿病、肝障害、胃十二指腸潰瘍によりb病院に入院するなど入退院を繰り返した。同年11月15日には、同病院の医師により児童扶養手当障害認定診断書が作成されており、生活保護(生活扶助・医療扶助)の受給は同13年2月19日時点でも継続していた。
(ケ) Bは、原告X1にAの生活費の支払をしたことはなく、Aが会いに来た時に電車賃、小遣いなどを同人に渡したことがある程度で、その額も昭和63年4月から平成10年3月までの10年間で合計7000円ほどである。
この間、Bは、Aに数回電話をかけたことはあるし、Aに会うことを特に拒んだことはないが、自ら会いに行ったことはなく、手紙を書き送ったこともなかった。
イ 遺棄について
(ア) 上記認定事実によれば、Bに客観的にAに対する監護の事実が認められないことは明らかであるし、客観的にみてAを監護する意思も認められないというべきである。
(イ) この点につき、被告らは、BはAの監護を全く放棄しているとはいえず、Aは遺棄された児童に該当しない旨主張する。
なるほど、〔証拠略〕によれば、厚生省通知は、「監護とは、金銭面、精神面等から児童の生活について種々配慮していることをいい、」「別居の場合でも、仕送り、定期的な訪問、手紙、電話等による連絡等があれば監護しているものと考えられる。」としていることが認められる。そして、BがAに若干の金銭を交付し、また、電話による連絡、面会等をしていることは上記認定のとおりである。しかし、金銭の交付は、金額的にみてAの生活費を一部にしろ賄うものであったとは到底認められないし、電話連絡、面会についても、その頻度、態様等に照らして親権者の子に対する監護義務の履行とみることができるかははなはだ疑問というべきであって、これらをもって厚生省通知にいう監護とは到底認めることはできない。よって、被告らの上記主張は採用することができない。
(ウ) そして、BにAの監護をすることが期待できないことが決定的となったのは、Bの実家でAを養育することができず、Aが京都市内の施設に入った昭和63年4月ころであると考えられるから、Aが遺棄された児童として上記要件を満たしたのは、それから1年後である平成元年4月以降であると認められる。
ウ 婚姻の解消について
上記認定事実のとおり、BとCは戸籍上離婚したことになっていないのであるから、Aが父母が婚姻を解消した児童に当たらないことは明らかである。
ところで、児童扶養手当の支給につき、父母の戸籍上の離婚を要件とする趣旨は、事実上の婚姻関係が解消しているか否かを個別に行政が判断することは困難であり、画一的行政による平等を担保する必要があるためであることは既に説示のとおりであるところ、このような観点からすると、父母の離婚届が受理されていれば、戸籍上それが記載されていなくても、婚姻関係が解消したものとして扱うべきであると解する余地もある。
しかし、社会保障制度一般が、住民票、戸籍等の記載を疎明資料、判断資料として利用し、これらの記載を全ての法律関係の基礎として運営されている状況においては、単に記載に変更をもたらす申請が受理されているというだけで当該要件が満たされているとすると、その申請の有効性、ないしそれが戸籍に記載されていない理由を個別に詮索する必要が生じ、結局、画一的処理の要請に反することになるから、やはり、戸籍、住民票上の記載がなされていることまでが要件として必要であるというべきである。
そうであれば、本件においても、戸籍、住民票に離婚の記載がない以上、Aが父母が婚姻を解消した児童に当たるとは認められない。
(3) 以上のとおり、Aは平成元年4月以降支給要件に該当する児童であったことが認められるから、Aを監護、養育する者には同月分から平成10年3月分までの旧法所定の児童扶養手当につき受給資格があったと認められる。
2 被告らの職員の行為は故意又は過失による、違法なものか(争点2)。
(1) 違法性の判断基準
旧法4条1項によると、児童扶養手当の支給主体は県知事であると規定されており、さらに、同33条及び旧施行令6条1項の規定により、児童扶養手当に関する認定請求及びその請求に係る事実についての審査に関する事務を市町村長に行わせることができるものとされていた。また、神戸市においては、福祉事務所長委任規則に基づき、神戸市長は地域の福祉事務所長に対し、上記委任事務につき委任していた。
したがって、垂水区役所の職員は、神戸市の職員として、又は、垂水福祉事務所の職員として、児童扶養手当の受給に関する申請事務、受給資格に関する事実の審査に関する事務を取り扱っていたものと認められる。
そうであれば、垂永区役所の職員は児童扶養手当行政の担当窓口であったのであるから、具体的制度に関する申請及び相談につき誤った回答をなしたり、正当な理由なく申請書の交付を拒絶したり、申請書を受理しないことは違法行為として許されないものである。
また、それにとどまらず、昭和36年以降、厚生省(当時)の通知によって数度にわたり児童扶養手当の受給に関する普及徹底が求められていたことをも考え併せると、具体的に制度を特定した上、その受給の可否につき質問された場合には、具体的な相談内容により、受給可能な制度を教示する職務上の義務を負うと考えられるから、受給可能なことが明らかな場合には申請手続を適切に教示し、相談内容から何らかの手当を受給できる可能性があると認められた場合には、不明な部分に関する資料の追完を求め、再度来所するよう示唆すべき職務上の義務を負うと考えられるから、相談内容等に照らし、明らかに受給可能な制度の教示を怠ったり、誤った説明をすることによって相談者の受給を妨げた場合には、当該職員の対応が違法と評価される場合もあると考えられる。
したがって、窓口で対応した職員の行為が違法であるか否かは、相談者の相談の具体的内容を基礎として総合的に検討しなければならない。
また、旧法では県知事が児童扶養手当の支給の主体であるから、県職員は同手当の支給事務につき市職員からの問い合わせや相談者の相談に適切に対応すべき職務上の注意義務を負うというべきである。
(2) 被告市及び被告県の職員の行為の認定
そこで、被告市及び同県の各職員の対応につき検討するに、〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。
ア 扶養手当の受給について原告らが区役所に相談に行こうとした当初の動機は、Aを引き取ったころBが生活保護を受給していたので、子供の扶養に関する扶助が受給できるのではないかと考えたことにあった。
イ 昭和63年5月ころ、Eが垂水区役所を訪れたところ、係員がEに対し、児童扶養手当の受給が考えられる旨を回答した。そこでEは、同係員に対し、父子家庭で父が生活保護を受給していること、その子供を引き取って扶養していることを伝えたが、同係員はその事情を聞く限り、同係員は原告X1には受給資格がないと判断するに至り、Eに申請書を交付しなかった。
同年中、原告X2は12月に1回など、2回ほど垂水区役所を尋ねたが、職員は、父親に収入がなく生活保護を受給しているというだけでは児童扶養手当の支給対象にはならないと回答し、児童扶養手当の申請を受け付けなかった。
ウ Eは、垂水区役所での以上の折衝の結果、平成10年ころに偶々別事件を担当した弁護士から助言を得るまで、児童扶養手当の受給を諦めていた。ただし、Eは、その後も数回垂水区役所に行ったことはある。他方、原告X2は、児童扶養手当の支給要件につき、父子家庭と母子家庭で異なることが男女差別であるとの強い認識を抱いており、その後同区役所を訪れた際には、その点について同職員らと折衝をすることが多かった。しかし、原告X2やEから、Bの生活状況やAの監護状況について、上記以上に詳細な説明はなされず、職員からも話題にされなかった。
エ 平成3年11月ころ、原告X2は、児童扶養手当の請求をするため、京都府福祉部児童家庭課から児童扶養手当障害認定診断書等の申請用紙を取得し、Bについての診断書を入院先の病院で作成してもらった上、垂水区役所を訪れたが、結局、対応した係員は、原告らにつき児童扶養手当の受給資格があるとは判断しなかった。
また、当時、原告X2は、自らが証人となったBとCの離婚届が京都市南区役所に提出され受理されたことを失念していたため、このことに言及したこともなかった。
これに対し、原告らは、原告らの申請ないし相談に対応した垂水区役所及び被告県の職員らが、「父親は親権者であるから受給資格がない。」「父は養育義務があるから父方の親戚による養育は受給資格がない。」等と述べたと主張し、原告X2本人の陳述やその陳述書(〔証拠略〕)、証人Eの証言やその陳述書(〔証拠略〕)にはこれに沿う部分があるが、親権者であることと受給資格とは関係がないことは事務担当者にとって周知の事実であったと思われるし、後者の説明も論理的整合性を欠いていることを考えると、同職員らがそのような説明をしたとはにわかに信用し難く、原告X2やEが職員らの説明を正解しなかったり、正確に記憶していないことが多分に想定される。
また、原告らは、Aの生活状況を職員に伝えたと主張するが、対象となる児童であるAの監護状況に関し、原告らやEが、具体的にどのような説明をなしたかにつき、原告X2本人の供述や証人Eの証言及び原告X2やEの各陳述書はいずれも抽象的な指摘、言及にとどまるのみで、Aが施設に入所していたことや原告X1に引き取られた後の父Bとの接触状況等の具体的監護状況を垂水区役所の職員に具体的に説明した事実を認めるに足りない。
また、原告らは、兵庫県の職員が垂水区役所の職員に申請書の交付を禁止させていた旨を主張するが、本件証拠上、当該事実を認めることはできない。
(3) 被告市及び被告県の職員の行為の違法性の有無
ア 被告市の職員の行為について
(ア) 上記認定説示に照らすと、Aが原告X1に引き取られた昭和63年中にEが垂水区役所を訪れ、担当した係員に対して、Aが父子家庭の児童であって、父が生活保護を受給していること、そのような子供を引き取って扶養していることを伝えた事実が認められる。しかし、単に父親が生活保護を受給しているというだけでは遺棄された児童であるとは直ちに判断できないし、父子家庭であること自体が何らかの支給要件を満たすものではないから、これらの事実をもってしてはAが旧法所定の支給要件に該当する児童に当たると評価するには十分でなく、これらの申し出を受けた垂水区役所の職員が原告らに申請書を交付しなかったり、受給資格につき否定的な発言をしたとしても、それが任意の対応に止まる限り、違法であるとはにわかに認められない。
たしかに、本件において、原告X2及びEから児童扶養手当を受給したい旨の申し出がなされた際、職員において、父親が監護していないことをうかがわせる事実を具体的に知り得た場合には、職員から質問を重ねるなどして、支給要件が備わっていることを判断し得た可能性もないではないが、上記認定事実によれば、本件では父子家庭と母子家庭で異なることが男女差別であるか否かの問題が専ら職員らとEや原告X2との協議の対象となっており、BやAについてそれ以上の情報提供がなされたとは認められないところ、そのような場合に、窓口職員の方から相談者に積極的に想定し得る限りの発問をして監護状況を確認することが望ましいことではあるものの、それが職務上の義務であったとまでは解されない。したがって、同職員らが原告X1が受給資格を有することを認識するに至らなかったことにつき、過失があったものとは認められない。
(イ) また、原告らは、戸籍上、離婚していなければ、父母の「婚姻の解消」に当たらないことを被告市の職員が教示しなかったことの違法を主張しているが、離婚は当該夫婦関係にある者の意思に委ねられるべき一身専属的事項であるから、事実上の離婚状態にあることがうかがわれる場合であっても、夫婦関係の当事者でない者に対して、上記のような教示をして法的な離婚手続を促すべき義務があるとは考えがたい。なお、本件では、BとCの離婚届が京都南区役所に提出され、受理されていたが、原告X2からその点を説明しなかったことは上記認定のとおりであるから、被告市の職員においてそのことを知り得る余地がなく、そうであれば、特に本件において上記の教示が必要であったとも解し難い。
(ウ) さらに、原告らは、憲法14条に照らし、旧法1条、4条1項、旧施行令1条の2の「父」との定めを「父又は母」と読み替えるべきであると主張するが、上記規定は、母子世帯には社会経済的に困窮している事例が多く、経済的に援助する必要性が高いことを考慮したものと考えられ、合理性があることは既に説示のとおりであり、上記規定が憲法14条に違反するものとは解しがたい。
したがって、被告市の職員がAを「母の生死が明らかでない児童」あるいは「父が引き続き1年以上遺棄している児童」として支給要件に該当すると認めなかったとしても違法とはいえないし、少なくとも故意、過失があるとは到底認められない。
イ 被告県の職員の行為について
被告県の職員が、原告X1の使者である原告X2に対し、父方の親戚には受給資格がないと述べた事実が本件で認められないことは既に説示のとおりであるし、被告県の職員が垂水区役所の職員に対して申請書の交付を禁じたり、申請を拒否するよう指示した事実も認められないから、被告県の職員の行為の違法をいう原告らの主張は理由がない。
(4) 結語
以上のとおり、被告らの職員に職務上の違法な行為があった旨の原告らの主張に理由がないことが既に明らかであるから、その余の点につき考慮するまでもなく、原告らの請求に理由はない。
3 結論
以上の次第で、原告らの請求にはいずれも理由はないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中澄夫 裁判官 大藪和男 三宅知三郎)