大阪高等裁判所 平成16年(ネ)547号 判決 2004年11月26日
住所<省略>
控訴人
井上金属工業株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
森賢昭
同
青本悦男
住所<省略>
被控訴人
井上ヒーター株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
増田健郎
同
関川正則
住所<省略>
被控訴人
X1
同訴訟代理人弁護士
林義久
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(本案前の申立て)
主文同旨
(本案について)
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
被控訴人らは株式会社である控訴人の株主であるが,本件は,被控訴人らが控訴人に対し,平成15年6月27日開催の控訴人の定時株主総会(本件株主総会)について,株主に対する招集手続が法令に違反した,決議方法が法令に違反し又は著しく不公正であったとして,本件株主総会の決議,すなわち,第1号議案(第69期利益処分案承認の件),第2号議案(自己株式取得の件),第4号議案(取締役6名選任の件)を承認可決した本件各決議の取消しを求める事案である。
原判決は,株主総会の議長は,投票による表決方法を選択した以上,投票によって意思を表明しない者の議決権を,その者の内心を推測して当該議案に賛成する旨の投票をしたものとして扱うことはできないというべきところ,本件株主総会における本件各決議はこれに反してなされたものであるから,その方法は法令に違反しており,裁量棄却すべきともいえないとして,被控訴人らの請求をいずれも認容した。そこで,控訴人は,原判決の判断を不服として本件控訴を提起した。なお,後記のとおり,控訴人は,当審において,その後の事情により本件訴えはいずれも訴えの利益を欠くから却下すべきであるとの主張を追加した。
その他,本件事案の概要は,次のとおり当審における本案前の申立てにかかる控訴人の主張(以下「控訴人の当審主張」ということがある。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」1ないし3に摘示されたとおりであるから,これを引用する。
(当審における本案前の申立てにかかる控訴人の主張)
1 新たな株主総会における決議
(1) 控訴人は,原判決後の平成16年6月22日午前10時,各株主に対して送付された株主総会招集通知書記載のとおり,第70期定時株主総会(以下「平成16年総会」という。)を開催し,同日,同総会は終了した。
(2) 本訴において被控訴人らが取消を求める本件各決議のうち第1号議案及び第4号議案にかかる決議については,平成16年総会において,両議案と同趣旨の議案が再度上程され,仮に,本件各決議の取消を認容した本件原判決が確定した場合であっても,第1号議案及び第4号議案を本件株主総会決議の時点に遡って効力を生じることとされた上で,いずれも原案どおり承認可決された。
2 第2号議案について
(1) 本件各決議のうち第2号議案については,そもそも,第2号議案に基づき自己株式取得が可能とされた次期定時株主総会,すなわち平成16年総会が終結するまでの間に,自己株式が取得された事実はなかった。
(2) そして,新たに,平成16年総会において,同総会終結から次期(第71期)定時株主総会終結時までに自己株式を取得し得る旨の議案が新たに上程され,原案どおり承認可決された。
3 なお,平成16年総会については,商法248条1項所定の期間内に,株主総会決議取消の訴えは提起されていない。
4 その他,本件において,本件各決議の取消について訴えの利益を認めるべき特段の事情はないから,本件訴えはいずれも却下されるべきである。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,本件決議取消の訴えは既にいずれも訴えの利益を欠くに至ったから,これを却下すべきであると判断する。その理由は以下のとおりである。
1 証拠(乙13の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人の当審主張1ないし3の各事実を認めることができる。
2 そして,上記認定のとおり,第1号議案及び第4号議案について上記再決議を行った平成16年総会に対しては,商法248条1項所定の期間内に決議取消の訴えは提起されていない。しかも,被控訴人らは平成16年総会の各決議の有効性を特段争っていないし(弁論の全趣旨),その他,平成16年総会における上記再決議が無効ないし不存在であるというべき事情等も本件証拠上は認め難い。そうすると,現時点においては,上記再決議の有効性が争われる法的な可能性は存しないということができる。
3 したがって,本件各決議のうち第1号議案及び第4号議案にかかる決議については,前記のとおり平成16年総会において再決議がなされたことにより,仮に,本件株主総会における上記各決議に被控訴人ら主張の取消事由があるとしてこれを取り消したとしても,その判決の確定により,平成16年総会における上記再決議がその効力を生じることになる。
上記の点に鑑みれば,本件株主総会における第1号議案及び第4号議案にかかる決議の取消を求める実益はもはやなくなったものといわざるを得ず,本件全証拠によるも,上記の他に,上記再決議にもかかわらずなおこれらの決議の取消を求める訴えの利益を肯定すべき特別の事情の主張もないし,これがあるものとも認められない。
4 また,本件各決議のうち第2号議案にかかる決議については,前記認定のとおり,同決議に基づく所定の期間が既に経過し,しかもその間に自己株式が取得された事実がなかったことに鑑みれば,同決議の取消を求める実益はなくなったといい得るのであり,本件全証拠によるも,上記の他に,訴えの利益を肯定すべき特別の事情があるものとは認められない。
第4結語
以上によれば,控訴人の当審における本案前の申立ては理由があり,本件訴えはいずれも訴えの利益を欠くに至ったからこれを却下すべきである。
よって,以上と異なる原判決を取り消し,改めて,本件訴えをいずれも却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 裁判官 青沼潔)
●被告(控訴人)側準備書面(平成16年9月7日付)
平成16年(ネ)第547号 株主総会決議取消請求控訴事件
控訴人(一審被告) 井上金属工業株式会社
被控訴人(一審原告) 井上ヒーター株式会社 外1名
準備書面
平成16年9月7日
大阪高等裁判所第4民事部合議B係 御中
控訴人(一審被告)訴訟代理人弁護士 森賢昭
同 青本悦男
第1 本案前の申立
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも却下する。
3 訴訟費用は第1審,2審とも被控訴人らの負担とする。
との判決を求める。
第2 本案前の申立の理由
1 控訴人会社は,平成16年6月22日午前10時,株主総会招集通知書記載のとおり,第70期定時株主総会を開催し,同日,同株主総会は終了した(乙第13号証の1ないし3)。
2 同株主総会では,本件取消訴訟の対象となっている第69期定時株主総会における各決議(控訴状別紙目録記載の決議)のうち,第1号議案及び第3号議案については,第1号議案「第69期利益処分案承認の件」及び第2号議案「取締役6名選任の件」として,再度上程され,これらの議案の決議は,第69期定時株主総会でなされた決議の取消が万一確定した場合,同決議の時点に遡って効力を生ずるものとされ,同日,第70期株主総会にていずれも原案どおり承認可決された。
3 また,本件取消訴訟の対象となっている各決議(控訴状別紙目録記載の決議)のうち,第2号議案「自己株式取得の件」については,第70期株主総会の終結により自己株式が取得できるとされた期間が経過するとともに,被控訴人会社においては,第69期株主総会終結の時から第70期株主総会終結の時までに,自己株式を取得した事実はなかった。
そして,第70期株主総会では,第4号議案「自己株式取得の件」として,同総会終結時から次期(第71期)定時株主総会終結時の時までに自己株式を取得できる旨の議案が上程され,原案どおり承認可決された。
4 従って,本件取消訴訟の対象となっている各決議のうち,第1号議案及び第3号議案は上記のとおり第70期株主総会において再決議されたことにより,また,第2号議案は第70期株主総会が終結したことにより,本件各議案はいずれも取消しを求める実益がなくなり,被控訴人らの本訴は訴の利益を欠くに至ったものである。
(1) 再決議と訴えの利益との関係については,最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決(最高裁平成元年(オ)第605号株主総会決議取消請求事件)が,「退職慰労金贈呈の株主総会決議取消しの訴えの継続中,右決議と同一の内容を持ち,右決議の取消判決が確定した場合には遡って効力を生ずるものとされている決議が有効に成立し,それが確定したときは,特別の事情がない限り,右決議取消しの訴えの利益は,失われる。」(判決要旨)と判示するところである。
本件では,上記各再決議が有効に成立したことに関しては,被控訴人らにおいても争いがないものと代理人弁護士からは聞き及ぶところである。そして,訴えの利益を肯定すべき特別事情は本件でも何ら窺われない。
ちなみに,最高裁判所昭和58年6月7日第三小法廷判決(最高裁昭和55年(オ)第17号株主総会決議取消請求事件)は,「計算書類等承認の株主総会決議取消の訴えの係属中,その後の決算期の計算書類等の承認がされた場合であっても,該計算書類等につき承認の決議がされたなどの特別の事情がない限り,右決議取消を求める訴えの利益は失われない。」(判決要旨)と判示している。この最高裁判決の判示するところからすれば,第70期株主総会における第1号議案「第69期利益処分案承認の件」の再決議によって,本件取消訴訟の対象となっている各決議のうち,第1号議案が訴えの利益を欠くにいたったことは明らかであるといわねばならない。
(2) 自己株式取得の決議取消の訴えの利益に関しては,直接言及する判決は見あたらない。しかし,最高裁判所昭和37年1月19日第二小法廷判決(最高裁昭和33年(オ)第1097号株主総会決議一部取消請求事件)は,新株引受権を与える決議取消の訴えの利益に関して,「株主以外の者に新株引受権を与える旨の株主総会特別決議につき決議取消の訴えが継続する間に,右決議に基づき新株の発行が行われてしまった場合には,右訴えの利益は消滅するものと解すべきである。」(判決要旨)と判示している。
また,最高裁判所昭和45年4月2日第一小法廷判決(最高裁昭和44年(オ)第1112号株主総会決議取消,株主総会決議無効確認請求事件)は,役員選任の総会決議取消の訴えの利益について,「役員選任の総会決議取消しの訴えの継続中,その決議に基づいて選任された役員が全て任期満了により退任し,その後の株主総会の決議によって役員が新たに選任されたときは,特別の事情のない限り,右決議取り消しの訴えは訴えの利益を欠くに至る。」(判決要旨)と判示している。
これらの最高裁判決からすれば,第69期定時株主総会決議に基づく自己株式取得の可能とされた期間が経過し,しかもその間自己株式を取得することなく終了し,その後の第70期定時株主総会にて新たに1年間の自己株式取得の可能期間が決議された場合には,もはや前者の決議取り消しは訴えの利益は欠くに至ったものと考えるべきである。
5 以上,被控訴人らの本訴各請求はいずれも却下されるべきである。
以上