大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成16年(ネ)59号 判決 2004年8月31日

控訴人 甲

同訴訟代理人弁護士 高橋敬

同 大搗幸男

同 柿沼太一

同 辰己裕規

被控訴人 国

同代表者法務大臣 野沢太三

同指定代理人 仁田裕也

同 豊田周司

同 小田部博文

同 井上俊和

同 根来実

同 島田昌英

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、500万円及びこれに対する平成13年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

次のとおり改めるほかは、原判決の「第2 事案の概要」の記載を引用する。

(1)  2頁の「第2 事案の概要」の本文1行目冒頭の「原告は、」の次に「控訴人が代表取締役社長を務める株式会社A(以下「A」という。)について、突然、税務調査を受けた際、その業務を妨害され、同時に同社代表者会長宅についても税務調査がなされ、さらに、控訴人個人の税務調査の必要を理由に、」を加える。

(2)  3頁7行目の「原告の承諾」を「控訴人自身による明示の承諾」と改める。

(3)  3頁の(7)を次のとおり改める。

「(7) 大阪国税局の税務職員ら(以下「本件税務職員ら」という。)は、同日午前9時ころ、上記の控訴人宅の調査のほか、A本社、湊町支店、及び同社代表者会長戊の自宅並びに関連会社D等においても税務調査を実施し、また、Aの取引金融機関であるC信用金庫兵庫支店に反面調査をした。」

(4)  3頁の「ア 原告の主張」の次に以下のとおり加える。

「(ア) 本件税務調査は、任意調査であるという性質上、事前通知、調査理由の開示及び第三者の立会等が適法性の要件となるのであり、これらは行政手続である税務調査について憲法13条、31条の適正手続保障の要請として必要となるものである。

ところが、本件税務職員らは、平成13年9月11日午前9時ころ、控訴人宅のほか、A本社、湊町支店、及び同社代表者会長戊の自宅並びに関連会社D等においても税務調査を実施した。

Aは、葬儀等を中心に執り行い、その業務の内容から失敗の許されないものであって、控訴人は、午前7時にはAに出社し、午前9時ころには、控訴人や同社の従業員は、当日の葬儀をつつがなく執り行うためにその準備等に追われ、数多くの取引先の出入りが予想された。しかるに、本件税務職員らは、そのような状況であることが容易に予想できるのに、わざとそのような時間帯をねらい、しかも、控訴人が自宅にいないことを知りながら、控訴人宅や戊会長宅についても、同時に税務調査をしており、任意といいながら、実質は強制調査であるとの錯覚をさせるような調査を仕掛けたのであり、国民の基本的人権を侵害するものである。

そして、丙らは、事前通知なく控訴人宅に赴いて本件税務調査を行うなど、上記の要件を全く満たしていない。

のみならず、本件税務調査は、A及び控訴人個人のいずれについても、税務調査の必要性がないのになされたものであり、その点でも違法である。」

(5)  3頁の「(ア)」を「(イ)」と改め、4頁のbの1行目から9行目までを削除し、4頁の「c」を「b」と、5頁の「d」を「c」と改める。

(6)  5頁の「(イ)」を「(ウ)」と改める。

(7)  6頁の「イ 被告の主張」の次に以下のとおり加える。

「(ア) 税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等、実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられており、また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知なども、質問検査を行う上での法律上一律の要件とはされていない。

したがって、控訴人のいう事前通知、調査理由の開示及び第三者の立会等の要件を満たしていないからといって、本件税務調査が違憲ないし違法であると評価されるものではない。

また、控訴人は、Aの調査に際し、同社の役員として調査を受ける立場にある上、控訴人個人も同社からの役員報酬と不動産収入について所得税の確定申告をしており、それらの所得金額の内容を確認する必要があったから、丙らは、Aの調査と同時に控訴人個人の所得税に係る調査を行ったのである。」

(8)  6頁の「(ア) 原告の主張(ア)について」を「(イ) 控訴人の主張(イ)について」と改め、同頁のbの1行目から13行目までを削除し、同頁の「c」を「b」と、7頁の「(イ)」を「(ウ)」と改める。

第3  当裁判所の判断

1  次のとおり改めるほかは、原判決の「第3 争点に対する判断」の記載を引用する。

(1)  8頁1の1行目「争点(1)」の括弧内を「本件税務調査の違法性の有無」と改め、その次に改行して以下のとおり加える。

「(1) 証拠(甲1ないし5、15、16、19ないし25、29、乙1、2、証人丙、同丁)及び弁論の全趣旨によれば、①本件税務職員らは、Aの所得を把握するため、取引の原始記録、関係書類、現金、売掛金、棚卸資産、買掛金、借入金等の資産及び負債、事業内容についての状況を確認する必要があったこと、②本件税務職員らはA本社、湊町支店、同社代表者会長戊宅、控訴人宅並びに関連会社Dを調査するとともに、戊及び控訴人個人の所得についても調査することとしたこと、③Aの業務内容は葬儀を執り行うことであり、その業務の性質上、失敗が許されないものであること、④控訴人は、午前7時にはAに出社し、午前9時ころには、同社の従業員を指揮して、当日の葬儀をつつがなく執り行うためにその準備等に追われ、喪主とその親族らとの打ち合わせや葬儀に参列する者の案内などをする必要があり、数多くの関係者の出入りが予想されるのに、本件税務職員らは、そのような状況であることを承知の上で税務調査に入り、控訴人がその業務に追われて十分な対応ができなかったこと、⑤しかも、本件税務職員らは控訴人が控訴人宅にいないことを知りながら、同時に控訴人宅についても、税務調査をしたことにより、控訴人がAの業務の遂行とA及び控訴人宅で同時になされた税務調査の対応にも追われたことが認められる。

控訴人は、本件税務調査は、任意調査であるという性質上、事前通知、調査理由の開示及び第三者の立会等が適法性の要件となるのであり、これらは行政手続である税務調査について憲法13条、31条の適正手続保障の要請として必要であるのに、これらの要件を欠いたまま、本件税務職員らが、平成13年9月11日午前9時ころ、Aや控訴人宅のほか、同社代表者会長戊の自宅等においても税務調査を実施したのは違法であると主張する。

そこで、検討するのに、租税は、公平に負担されるとともにその負担に応じて納税や徴収が確実に行われることが必要であり、確実な徴税のためには、税務調査を欠くことができず、その際の質問検査の範囲、程度、時期、場所等、実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられており、また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知なども、質問検査を行う上での法律上一律の要件とはされていないと解される。

上記認定の本件事実関係の下では、どのような税務調査を行うか、その範囲、程度、時期、場所等については、本件税務職員らの合理的裁量の範囲内にあるというべきである。そして、本件税務職員らは、Aの業務の遂行中であれば、調査対象者の全員が揃っているので、業務時間中の業務の実情や帳簿などについて調査を行うことができると考えて、税務調査を行うことにしたものと認められるのであり(乙1、2、証人丙、同丁)、その判断に裁量権の逸脱や裁量権の濫用があったとは本件証拠上認められない。

ところで、Aのような葬祭業者が葬式を現に挙行している最中に税務調査に入られると、葬式の円滑な遂行に重大な支障が出る場合もありうるから、そのような場合には業務の遂行に重大な支障が出ないように配慮しながら調査すべきであって、社会通念上の相当性を失わないように注意しなければならないことはいうまでもない。

本件についてこれをみるのに、控訴人が突然の税務調査の対応に追われ、また、葬儀の施行など具体的な業務の遂行もしなければならず、しかも、同時に控訴人宅や会長個人宅にも税務調査がなされ、それぞれに具体的指示も十分にできなかった状況があったことは、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によって窺い知ることができるが、本件税務職員らが葬儀を妨害したとか、本件税務調査によって、Aの業務の遂行に重大な支障が出たとのことまでは本件証拠上認められず、また、代表者個人が留守にしている自宅に対して税務調査を行うことが、社会的相当性を失わせたとまでは認めることができない。

したがって、本件税務調査に違法性があったということはできない。」

(2)  8頁「(1)」を「(2)」と改める。

(3)  9頁13、14行目の「一般に有り得ることであり、」を「、法人と個人の所得が混在することもあり、法人と個人との間で経費等の名目で所得を隠蔽したりして、脱税に利用されたりすることもあって、一般的に必要性が高いと認められるところ、」と改める。

(4)  10頁7行目の「①ないし③」を「1ないし3」と改める。

(5)  10頁イの1行目から11頁4行目までを削除する。

(6)  11頁の「ウ」を「イ」と、13頁の「エ」を「ウ」と、同頁の「(2)」を「(3)」と改める。

2  以上によれば、原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田昭孝 裁判官 竹中邦夫 裁判官 矢田廣髙)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例