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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)633号 判決 2004年11月26日

控訴人 甲

同訴訟代理人弁護士 大搗幸男

同 柿沼太一

同 高橋敬

同 辰巳裕規

被控訴人 国

同代表者法務大臣 南野知恵子

同指定代理人 仁田裕也

同 豊田周司

同 根来実

同 黒仁田修

同 中秀之

同 藤川工

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、500万円及びこれに対する平成13年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人に対し、大阪国税局資料調査課を中心とする職員が控訴人の自宅及び控訴人が代表者を務める株式会社A(以下「A」という。)を訪れて行った税務調査(いわゆる料調調査)に際し、上記職員に控訴人の自宅への違法な侵入、A本社事務所における恫喝行為及び守秘義務違反の違法行為があったと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、500万円の慰謝料の支払を求める事案である。

原審は、控訴人が主張する違法行為があったとは認められないとして控訴人の請求を棄却したので、控訴人が本件控訴を提起した。

その他、本件事案の概要は、後記のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」2以下に記載したとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

1  原判決4頁9行目の「障害のため」の次に「壁などを伝い歩きしたり」を加え、14行目の「(原告供述8頁)」を削除する。

2  同5頁6行目の「従業員」の次に「ら」を加え、9行目の「脅し」を「脅すなどし」と改める。

3  同7頁6行目の「戊が原告に」を「戊が控訴人を」と改め、11行目の「戊」の次に「ら」を加える。

4  同9頁12行目の「リビングの入り口付近まで進入したのは」を「リビングまで進入したのは」と改める。

5  同11頁10行目文頭の「戊」の次に「ら」を加え、13行目の「脅しをかけた」を「脅しをかけるなどして戊らが守秘義務違反行為をした」と改める。

6  同12頁12行目の「事務室付近の路上で」を「事務室を出て付近の路上で」と改める。

7  同14頁4行目の文末に「この話し合いにおいては、戊が事務所の敷地外で待機することになったため、Dは、戊に代え、控訴人の了解を得た上で、途中から合流した丁を伴って事務室に入り、控訴人に対する調査への協力要請を継続した。」を加える。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の当審における主張・立証を考慮したとしても、本件税務調査に当たった大阪国税局の職員らの言動が違法であるとは認められず、控訴人の本件請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

二  不法行為の具体的内容に関する控訴人の主張は、原判決を引用して摘示したとおりであるが、甲15、16、18、23、24、25、28ないし30、31の1、32ないし35、乙の証言、控訴人の本人尋問の結果中には、控訴人の上記主張に副う部分がある。

しかし、上記各証拠中、以下の認定に反する部分は、乙1ないし5、証人丙、同丁、同戊の各証言及び弁論の全趣旨に照らし、これを信用することができず、他に控訴人の主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。これを詳説すれば、以下のとおりである。

三  乙1ないし5、証人丙、同丁、同戊の各証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の自宅及びAにおいて行われた本件調査は、次のようなものであったと認められる。

1  控訴人の自宅の調査

(一) 大阪国税局課税第二部資料調査第1課所属の丙主査及び丁実査官は、平成13年9月11日午前9時ころ、控訴人が代表取締役会長を務めるAの国税調査の目的で、控訴人の自宅を訪れた。

(二) 上記調査が行われたのは、税務当局において、① それまでAに対し約7年間税務調査が行われなかったこと、② Aの売上高が大幅に増加しているのに、利益率が低く、過少申告の疑いがもたれたこと、③ Aは、関連企業を含む全体の規模が大きく、事業範囲も広範囲にわたる等の事情から、所轄税務署では十分な調査ができず、その実態を把握するには相当の時間を要し、そのため、調査の実施のためには資料調査課による調査が適当と判断されたことによるものであった。

(三) 丙らが控訴人宅の玄関前に到着した時、控訴人の自宅の玄関口ドアは開いていたものの、通風用扉が閉まっていたため、丙は、控訴人宅のインターホンを押し、玄関前で丁とともに待機した。すると、控訴人の妻がインターホン口に出たので、丙は、自己の姓を名乗って控訴人夫妻が在宅するかどうか尋ねたところ、控訴人の妻が通風用扉を顔の幅くらい開けた。そこで、丙は控訴人の妻に対し、自己の身分証明書を提示し、自己が大阪国税局所属の丙であることを告げた上、Aの調査で伺ったが、オーナーのご主人にお会いしたい旨を伝えた。控訴人の妻は、いったん通風用扉を閉めたが、同扉には通風用の隙間があったため、その前に立って待機している丙からは、控訴人の妻が奥に入って行き、リビングのソファに座っていた控訴人と話をしているのが見えた。

(四) しばらくして、扉の奥から「どうぞ」という控訴人の妻の声がかかったが、丙らは、どうしたらよいものか暫く思案していると、控訴人が上記ソファから立ち上がり、「どうぞ」と言いながら、玄関に向かって歩いて来た。丙は、控訴人及びその妻の発言が玄関内への立ち入りを許可する趣旨のものかどうか判然としなかったので、扉の前から、「入らせていただきます」と声をかけた上で扉を開け、丁とともに玄関内に入った。

(五) 丙らが玄関内に入ると、控訴人は、すでに玄関までの廊下を歩いて約1メートルほどの近さまで来ており、丙と目があった後、奥のリビングの方に向きを変え、丙らに背を向けてリビングの方に歩き出すそぶりを見せた。このような控訴人の言動から、丙は、リビングに招き入れられているものと考え、「上らせてもらいます」と声をかけて右足の靴を脱ぎかけた。すると、控訴人は、突然、振り向き、「誰が上れ言うた」と怒鳴り、丙らのすぐ近くまで歩いて来た。

(六) そこで、丙は控訴人に対し、玄関内において、控訴人の言動から部屋に招き入れられているものと思ったこと、家の中にはまだ上っていないことを丁寧に説明した。しかし、控訴人は、「どうぞと言うただけで靴を脱いで上るやつがどこにおるんや」「国税局かなんか知らんけども、調査したいんやったら令状を持って来い。帰れ。」などと言い、相当興奮した状態であった。

(七) そこで、丙は控訴人に対し、Aの調査で訪れたことを説明し、創業者でオーナーである控訴人に話だけでも聞かせてほしいので、家の中に入れてほしい旨を約5分間話したところ、控訴人も少し落ち着いてきたので、近所に声が漏れるので中に上げてくれるよう要請した。すると、控訴人は、ようやく「上れ」と言い、丙らをリビングに招き入れた。その際、リビングの入り口にいた控訴人の妻が丙らに対し、「どうぞと言うたけど、上っていいとは言わんかったよ。」と言ったが、控訴人はその妻に対し、「わしがええと言ったんや」と説明した。

(八) リビングに通された丙らは、応接セットに座り、対面して座った控訴人に対し、身分証明書を提示して各自の名刺を渡し、Aの調査で訪問した来意を告げ、調査への協力を要請した。そして、丙は控訴人に対し、控訴人のAへの関与状況等の質問をした。これに対し、控訴人は丙に対し、Aの社長はE社長であり、自分は会長であること、控訴人は体調を崩したため5年近く経営に関与していないこと、控訴人は頸椎の病気で手術をし、平成12年9月から約7か月入院したこと、控訴人は障害2級であることなどを説明し、障害者手帳を見せた。その後、丙は控訴人に対し、創業者である控訴人から話を聞きたいことを述べた上で、再度調査への協力を要請したが、控訴人は、「協力しても何も得になることはない」「事前に連絡するのがルールや」「どうしても調査したかったら令状を持って来い」などと言ってこれに応じなかった。丙は、その後も控訴人に対して再三協力要請をしたが、控訴人は、同様の言を繰り返してこれに応じなかった。

(九) 平成13年9月11日午前9時30分ころ、丙と控訴人とのやり取りを聞いていた控訴人の妻が、「そやそや、電話がかかってきてたわ。事務所にも行かれてるんやね。」と言って電話機の近くに行った。すると、控訴人は、再度興奮し、「お前ら人を犯罪者扱いするんか」「わしをここに閉じ込めて一斉に踏み込むとはどういうことや」などと怒鳴り始めた。これに対し、丙が、Aの調査のため、その代表者である控訴人の居宅を訪れたこと、それ以外にAの本社、湊町(兵庫)支店、E社長宅にも調査に行っていることを説明した。すると、控訴人は、その妻に電話の子機を持って来させ、どこか3か所に「税務署が行っとるやろ。中へ入れるな。外へ追い出せ。」「湊町にもそう伝えておけ」などと電話をした。

(一〇) 電話を終えた控訴人は丙に対し、「従業員には普段から税務署としゃべったら首にすると言ってある。わしが事務所へ行く。」と言って着替え始めた。そこで、丙が控訴人に対し、「本社に行かれるのですね」と尋ねたところ、控訴人は丙に対し、「どこへ行こうが勝手や。お前らに許可をもらう必要はない。」と答えた。さらに、丙が控訴人に対し、「事前通知がないから調査に協力していただけないんですか」と尋ねたところ、控訴人は丙に対し、「税務署のルールが皆に通用すると思ったら大間違いじゃ」と言うだけであった。

(一一) 控訴人は、着替えを済ませ、外出しようするので、丙らは、これ以上の説得は無理と判断し、同日午前9時45分ころ、控訴人夫婦に退出の挨拶をした上で、控訴人宅を出た。

2  A本社の調査

(一) 大阪国税局課税第二部資料調査第1課D主査及び戊実査官は、平成13年9月11日午前9時ころ、Aの国税調査のため、A本社に赴いた。Dらは、その玄関に入り、同所において、E社長に対し、身分証明書を提示した上で、Aの調査で赴いた旨の来意を告げた。これに対し、E社長は、控訴人でなければ分からないと答え、控訴人宅に電話したものの、控訴人は、電話口に出なかった。そこで、Dらは、控訴人が電話口に出た場合に対応する必要があると考え、同所で待機していた。

(二) すると、Aの女性従業員から、「甲会長から2度電話があって、国税を外に出しておけと言われた。」と言われ、E社長から、「甲会長は言い出したら聞かないところがある」「お願いですから外で待っておいて下さい」と言われたので、Dらは、事務室付近の路上で待機していたが、その間、E社長から、控訴人と連絡が取れた旨の連絡はなかった。

(三) 同日午前10時5分ころ、控訴人が自動車に乗ってA本社に出社したので、待機していたDらは、駐車場に向かい、事務室横の倉庫入口前において、控訴人に対し、Aの法人税等の調査のために訪れた旨を告げ、身分証明書を提示して名刺を渡そうとした。しかし、控訴人は、これを無視し、令状がないことを確認すると、「それなら帰れ」などと言って歩き出し、倉庫から事務室に入ろうとした。これを見た戊が控訴人に対し、「調査でお伺いしましたので、ご協力をお願いします。」と言って調査への協力を要請したところ、控訴人は、「そんなん知らん。ええか。一歩も敷地に入るなよ。一歩でも入ったら訴えるぞ。」と倉庫の入口を指さして大声で言い、倉庫を通って事務所の北側入口の方に歩いて行った。

(四) Dらは、道路を通って事務所南側出入口の方に回り、扉を開けて事務室の外から事務室内にいた控訴人に対し、さらに「Aの調査で寄させていただきましたので、協力をお願いします。とりあえず、お話だけでもお願いします。」と調査協力を要請したが、控訴人は、かなり興奮して聞く耳を持たず、「調査は受けん」「話なんかない」「一歩も入んな」などと言ってこれに応じなかった。

(五) Dらは、その後も控訴人に対し、重ねて調査協力の要請を続けたが、状況に変化はなく、控訴人が調査に応じる様子はなかった。そこで、Dが控訴人に対し、調査に応じない理由を尋ねたところ、控訴人は、「前もっての連絡がないからや」と答えた。

(六) これを聞いた戊が控訴人に対し、事前通知のないことが調査拒否の理由にはならない旨を説明したところ、控訴人は、「そんなんお前に言われることはない」「裁判所で争う」と答えた。そして、戊が控訴人に対し、事前通知のないことが調査拒否の理由にはならないとの裁判例があることを説明し、さらなる調査協力要請をしたところ、控訴人は、「理由なんかどうでもいい」「それやったらお前の顔が気にくわんからや」「お前何言ってるねん」「調査なんか受けん」「さっさと帰れ」と言うだけで、全く要請に応じなかった。そこで、戊は控訴人に対し、「調査を拒否されましたら、青色申告の取消や、更正処分がなされ、消費税の仕入税額控除が認められなくなる。」「そういうことはしたくありませんので、調査へのご協力をお願いします。」と言って説得を重ねたところ、控訴人は、「青色申告の取消でも更正でも好きにしたらいい」「お前何偉そうにしゃべってるねん。もうええ。お前とはしゃべることはない。」、「お前の顔は二度と見たくない」と言ってこれに応じなかった。

ところが、控訴人は、その後Dから重ねて説得されると、Dとだけなら話をしてもよいと言い出した。そこで、戊は、やむなく本社の敷地外で待機することになった。

(七) 同日午前10時20分ころ、Dと控訴人は、事務室内の応接席に移動し、控訴人はDに対し、事前通知は社会の常識であること、調査したければ、令状を持参すべきであることなどを述べた。Dは控訴人に対し、改めて法人税等の調査で訪れたことを告げたが、これに対し、控訴人は、「お前が責任者か。令状持っていないなら、さっさと帰れ。お前らと話すことはない。帰れ。」と述べた。そこで、Dは控訴人に対し、「私が今回の責任者です。会長さん、特別の理由がないのに事前の連絡がないということで調査を拒否されますと、罰則が科せられることにもなりますよ。また、帳面を提示していただかないと、青色の取消とか、消費税の仕入税額控除が認められない場合もありますよ。私たちは税法の質問調査権に基づいて調査していますので、協力をお願いします。」と言って調査拒否の場合の課税処理等について再度説明し、調査への協力を要請した。しかし、控訴人は、「罰でも何でも勝手にしたらええやろ。受けて立ってやる。」と言うだけで、事態に変化はなかった。

(八) 同日午前10時40分ころ、50歳くらいの男性が自動車に乗ってA本社の事務室を訪れ、控訴人が「わしは大事な商談があるんや。帰れ。営業妨害する気か。」と言ったので、Dが控訴人に対し、商談が済むまで事務室外で待機させてほしいと言うと、控訴人はこれを了承した。そこで、Dは、事務室から出、敷地外で待機した。

(九) 同日午前11時20分ころ、控訴人の自宅に行っていた丁がDらに合流した。

(一〇) 同日午後2時5分ころ、Dらは、上記50歳くらいの男性が事務所を出たのを確認したので、事務所の南側入口に行き、控訴人に対し、「お話をお願いします」と申し入れた。ところが、控訴人は、戊を見るなり、「お前はあかん」と言ったので、戊は、やむなく敷地外で待機することになり、Dは、戊に代えて丁を同行したところ、控訴人はこれを了承した。

(一一) D及び丁が事務所内の応接席に着くと、そのテーブルの上にはテープレコーダーが置いてあり、録音状態になっていた。そこで、Dは控訴人に対し、公務員には守秘義務があり、録音されている状態ではこれに反するおそれがあるので、録音のない状態での調査協力を要請した。しかし、控訴人は、これに全く応じなかった。

(一二) 同日午後2時45分ころ、30歳くらいの男性がA本社の事務室を訪れ、控訴人はDに対し、後日話を聞くと述べた。しかし、Dは、次回調査日の約束も取れないまま話が中断したので、控訴人に対し、来客との用件が終わった後、少し話をする時間を取ってほしいと要請いたところ、控訴人はこれを了承した。そこで、D及び丁は、事務所を出て敷地外で待機した。

(一三) 同日午後3時ころ、D及び丁は、上記30歳くらいの男性と入れ替わりに事務室に再度入室した。Dは控訴人に対し、提示してほしい帳簿を説明するため、明日の午後2時に訪問したいと述べたところ、控訴人は、これを了承し、帳簿はFに預けてあると説明した。そこで、Dは、帳簿の取り寄せを依頼し、明日はテープレコーダーの録音のない状態で調査したい旨を述べたところ、控訴人は、「今日の分も目の前で消したる」と述べた。同日午後3時10分ころ、D及び丁は事務室を退出し、戊及びGも待機場所を離れた。

四  以上の点につき、乙及び控訴人本人の供述(その各陳述書を含む。以下同じ。)中には、控訴人の妻は当初の1回しか「どうぞ」という趣旨の言葉を発しておらず、控訴人が「誰が上れ言うた」と怒鳴ったにもかかわらず、丙らは勝手にリビングの入口付近まで進入したとか、リビング内で被控訴人が主張するようなやり取りがされたことはないなどと述べる部分がある。しかし、丙や丁が控訴人宅を訪れたのは、Aの法人税等の調査のためではあるが、そこに帳簿等の重要な物証が存在する可能性は乏しい上、現にそのような物証の探索を目的として控訴人宅の調査を行った形跡は全くなく、Aの創業者でありオーナーである控訴人からAの営業状況などを聴取し、調査の承諾と協力を得るためであったことは、本件証拠上明白である。このような目的で控訴人宅を訪れた丙や丁が控訴人及びその妻の了解もないのに勝手に控訴人宅に強引に上り込む行為に及ぶ必要性は全くなかったというべきであり、この点において乙及び控訴人本人の供述は、極めて不自然かつ不合理である。もし乙及び控訴人本人が述べるような違法行為が行われたとすれば、国税局の本件調査を断固はねつけている控訴人の対応からみて、警察へ通報するなり、後日告訴するなりするのが自然であるが、控訴人がこのような措置をとった形跡は全くない。そして、丙と丁に控訴人のいうような違法行為があったとすれば、それは控訴人らにとっては明らかな犯罪行為であって、戊の控訴人に対する対応などとは比較にならないほど悪質な行為であろうから、控訴人の立場としては断じて許し難い行為というべきものと思われる。ところが、控訴人は、A本社における調査において、戊の対応等を非難して事務所への立ち入りを拒否しながら、途中から合流した丁を特に非難せず、Dとともに事務所の応接席に招き入れて長時間応対しているのである。これは、仮に上記住居侵入の違法行為があったとすれば、不可解なことであり、乙や控訴人本人の述べるような違法行為等がなかったことをむしろ推認させるものである。これに対し、控訴人及びその妻が「どうぞ」という趣旨の言葉を発し、当初丙らを招じ入れる態度を示したとしても、前記認定の具体的事情のもとにおいては格別不自然なこととはいえない。また、それにもかかわらず、控訴人が一転して「誰が上れ言うた」と怒鳴ったとしても、控訴人がその後あらゆる手段を尽くして結局国税局の当日の調査を不奏功のうちに終わらせていること、その過程で控訴人の喜怒哀楽が激しく変化したことは本件証拠上明白であるから、その直後に改めて気を取り直すなどして丙及び丁の立ち入りを許すことは十分考えられ、そのような経過が直ちに不自然かつ不合理なこととはいえない。丙及び丁の供述(陳述書を含む。以下同じ。)は、細部については記憶が十分でない点もあるが、年月の経過などを考慮すれば、大筋において格別不自然な点は見当たらない。これらの点を考慮すれば、上記の点に関する乙及び控訴人本人の供述は、丙及び丁の各証言に照らし、採用できないものである。

また、控訴人本人の供述及びこれを支える上記各証拠中には、A本社の調査において、戊に住居侵入や恫喝行為があり、Dらの調査に守秘義務違反があったなどとする部分がある。しかし、控訴人本人の供述を支える上記各証拠は、いずれもAの従業員や取引先であって、控訴人の強い影響下にあるものである上、特に反対尋問も経ていない陳述書であるから、高い信用性をもつものではない。しかるところ、控訴人本人の上記の点に関する供述は、従業員も多数いるAの事務所で唐突に恫喝行為に及んだなどというものであり、甚だ不自然かつ不合理である。そして、控訴人本人は、上記のとおり控訴人宅における丙らの調査に関して不自然かつ不合理な供をしていること、控訴人は、日頃から税務調査に対しては何も話さないよう従業員に申し渡していたこと(この点は、控訴人本人もこれを認めている。)、控訴人が結局は本件調査を阻止していることなどを考え併せれば、控訴人本人の上記の点に関する供述は、調査の過程を具体的かつ合理的に説明している戊の証言(陳述書を含む。)及び乙5(Dの証言調書)に照らして採用できず、これに副う控訴人の供述を支える上記各証拠も採用できないものである。

五  なお、控訴人は、国税局資料調査課が中心となって行ういわゆる料調調査は、本来任意調査である「課税処分のための調査」について、その権限がないのに強制調査と変わらない調査を行うものであるから、法を逸脱し、職員による違法行為を納税者に受忍させる特質を有し、本質的に違法であるとか、この点を考慮しないのは不当であるとか主張する。

しかし、税務調査が違法であるか否かは、各調査の具体的職員の行動を対象とし、当該具体的事情のもとにおいて、職員の質問検査権の行使に裁量権の濫用ないし逸脱があったか否かを基準として判断すべきものであり、具体的な事実関係を離れて、いわゆる料調調査がおよそ違法であるなどと解することはできない。

また、控訴人は、A本社及び控訴人宅の本件調査がAの湊町(兵庫)支店及びE社長宅を対象として一斉に調査をし、併せてAの取引先金融機関であるH用金庫兵庫支店に反面調査をした全体像を間接事実として考慮すべきであると種々主張する。

しかし、そもそも、本件は、控訴人本人が本件調査の過程で国税局の職員から住居侵入を受けたことによるプライバシーの侵害、A本社における恫喝や守秘義務違反による損害の賠償を求める国家賠償請求事件であるから、控訴人が直接関係しないこれ以外の場所における調査経緯が直ちに重要な間接事実になるものではない。そして、具体的調査における調査の日時・場所の決定は、事前通知の有無を含め、具体的事情のもとにおける税務職員の合理的裁量に委ねられているから、その裁量権の行使に逸脱ないし濫用がなければ、これを違法視することができないものである。しかるところ、本件全証拠によっても、本件調査にこの点についての裁量権の逸脱ないし濫用があったとは認めることができない。控訴人の上記主張は採用できない。

その他、控訴人は、その主張事実が認められるべきことにつき種々主張するが、この点に関する認定・判断は上記のとおりであって、いずれも採用し難い。

第四  結論

以上のとおりであって、控訴人が主張する不法行為の事実は、本件証拠上認め難く、控訴人の本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。これと同旨の原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 山下満 裁判官 青沼潔)

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