大阪高等裁判所 平成16年(ネ)664号 判決 2005年7月28日
奈良県<以下省略>
一審原告
X
同訴訟代理人弁護士
岡村泰郎
同
濵岡峰也
同
堀内康徳
東京都中央区<以下省略>
一審被告
東洋証券株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
坂野滋
同
橋本副孝
同
藤重由美子
主文
1 一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は,一審原告に対し,2499万1438円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
2 一審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用(一審被告の控訴費用を除く。)は,第1・2審を通じて,これを5分し,その3を一審原告の負担とし,その余を一審被告の負担とする。
4 一審被告の控訴費用は,一審被告の負担とする。
5 この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,5473万7141円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1・2審とも,一審被告の負担とする。
2 一審被告
(1) 原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1・2審とも,一審原告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,一審原告が,一審被告神戸支店において,同支店外務員の勧誘により,平成5年7月から投資信託及び債券の取引を開始し,その後株式の現物取引を行うようになり,平成9年10月21日からは株式の信用取引も行ったが,①これら一連の全取引が適合性原則に違反するものであるとして(主位的主張),②信用取引開始以後の株式の信用取引及び現物取引が,過当取引に当たるとして(予備的主張),一審被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償(主位的主張として,5473万7141円,予備的主張として,5093万1565円)及びこれに対する不法行為後である平成12年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,適合性原則違反を認め,過失相殺として3割を控除して,一審原告の請求のうち,損害賠償2062万3189円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で認容した。
そこで,一審原告及び一審被告の双方が控訴を提起した。
当審における主たる争点は,(ア)適合性原則違反の有無,(イ)過当取引の該当性,(ウ)損害額(特に現引き後のNTTドコモ株の下落との因果関係),(エ)過失相殺である。
【以下,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に対する判断」の部分を引用した上で,当審において,内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載し,それ以外の字句の訂正,部分的加除については,特に指摘しない。】
1 争いのない事実
(1) 一審被告神戸支店の外務員であったB(以下「B」という。)は,平成5年,一審原告に対し,一審原告が一審被告梅田支店で購入した投資信託を売却して,他の投資信託を購入するよう勧めた。一審原告は,これに応じ,同年7月5日,保有していた投資信託を合計241万3250円で売却し,それを原資として,同月8日,他の投資信託を240万6616円で購入した。一審原告は,それ以降,Bの勧誘に基づく証券取引を始めた。
一審原告の一審被告神戸支店における取引のうち,平成5年7月8日から平成9年10月21日までに買い付けたものは,原判決添付「X取引明細表(平成5年5月14日移管~9年10月21日まで)」記載のとおりである(ただし,上段が投資信託及び債券,下段が株式の現物取引である。)。
(2) 一審原告は,一審被告神戸支店において,平成9年10月21日から株式の信用取引を開始した。それ以降の一審原告の神戸支店における株式の現物取引及び信用取引の内容は,原判決添付「X株式取引明細表(B担当分)」及び原判決添付「X株式取引明細表(C担当分)」記載のとおりであり,この間の取引回数・株式保有日数等は,原判決添付「保有日数と損益の関連表」記載のとおりである。
また,一審原告の一審被告神戸支店における平成9年10月21日以降の投資信託及び債券取引の内容は,原判決添付「X債券・投信取引明細表(B担当分)」及び原判決添付「X債券・投信取引明細表(C担当分)」記載のとおりである。
(3) 一審原告の一審被告神戸支店への入出金状況は,原判決添付「X・入出金一覧表」記載のとおりである。
2争点及び当事者の主張
(1) 適合性原則違反(平成5年7月から平成12年6月13日までの全証券取引)
【一審原告の主張】
ア 一審原告は,昭和13年○月○日に出生した女性で,a大学ピアノ学科を卒業後,D(以下「D」という。)と結婚してからは,平成3年ころまで自宅でピアノの教師をしていた者であり,会社等への勤務経験はなく,証券取引をしたことはあったものの,優良株を数銘柄長期間保有したり,証券会社外務員に勧められるまま数百万円で投資信託を買ったりしたことがある程度で,証券取引の経験は少なく,証券取引に関する高度な知識は全くといっていいほどなかった。
また,一審原告は,一審被告への預け入れ資産を除いては,神戸市●●●所在のマンションがあるのみで,他にめぼしい資産は有していなかった。
イ(ア) Bは,一審原告が証券取引について上記程度の知識及び経験しか有しておらず,資産も上記程度であったため,ハイリスク・ハイリターンの投資信託等を大量に購入する取引についての適合性を有していなかったにもかかわらず,平成5年7月以降,一審原告に対し,「私に任せてくれれば,年4%以上で運用する。」「プライベートバンクだと思って預けてください。」などと申し向け,一審原告に適合性のない原判決添付「X取引明細表(平成5年5月14日移管~9年10月21日まで)」記載の取引をさせた違法がある。
(イ) また,Bは,平成7年8月以降,一審原告が証券取引の経験及び知識が浅く,資産も上記程度であることに加え,当時Dが胃癌及び白血病に罹患したため同人の看護に奔走し,心身共に疲れ切って,全財産を投じるような巨額の証券取引には適合性がなかったにもかかわらず,D死亡後の平成8年6月以降に至るまで,一審原告に対し,「年4%は確実である」と利益を断定的に保証するような言葉や,「あなたの財産運用のみならず人生のアドバイザーとして面倒を見ます。」,さらには「私はXさんのことを自分の母親のように思っています。私が自分の息子だと思って信用してください。」「Xさんのことを一生面倒見ていくのが私の宿命だと思っています。」などと専ら一審原告の寂しさ,不安感,人情に訴えかけるような言葉を用いて勧誘し,一審原告に適合性のない多額の投資信託等の取引及び株式現物取引(具体的取引内容は,原判決添付「X取引明細表(平成5年5月14日移管~9年10月21日まで)」記載のうち,平成7年8月以降に買い付けたもの。)を行わせた違法がある。
(ウ) さらに,Bは,一審原告が証券取引の経験及び知識が浅く,資産も上記程度であることに加え,夫を亡くした未亡人であること,一審原告の資産は老後の生活資金であったこと,老後を心配なく過ごすに足りるだけの資金を有しているため投機的な取引をして積極的に資産を増やそうという意向は持ち合わせていなかったことからして,株式の信用取引を大量に繰り返す等のリスクの大きい証券取引には適合性を有していなかったにもかかわらず,平成9年10月21日以降,一審原告に対し,適合性のない原判決添付「X株式取引明細表(B担当分)」記載の取引を行わせた違法があり,引き続きC(以下「C」という。)は,平成11年9月30日以降,一審原告に対し,適合性のない原判決添付「X株式取引明細表(C担当分)」記載の取引を行わせた違法がある。
これらの取引が,一審原告に適合性のないものであったことは,株式取引が極めて多数の銘柄につき大量かつ頻繁になされていること,短期間での乗換売買がされていること,証券売買による利益が取引手数料等を控除するとゼロ又はマイナスになる「手数料の不抜け」がみられること等からも明らかである。
ウ B及びCによるこれらの取引は,質・量共に同内容であり,継続性が認められるから,個々人の行為に分断することなく,これらの取引全体が実質的に1つの不法行為を構成するというべきである。
【一審被告の主張】
ア証券取引は,利益追求を目的とする経済活動で,必然的にリスクを伴うものである。投資者は,証券会社からの情報や助言を参考にするとしても,取引をするかしないかの決定は自らの責任において行い,その結果利益がでた場合は,自らの利得としてこれを取得できる代わりに,損失がでた場合には,自らこれを負担しなければならない(自己責任の原則)。
他方,証券取引法43条1項は,適合性原則を定めたものとされるが,この規定は,直接には証券会社と顧客との間の法律関係の規律を目的とするものではなく,したがって,適合性原則違反が直ちに私法上の不法行為を成立させるものではない。
投資者は,証券会社から投資勧誘を受けても,自分の資産規模・投資目的等を考慮して投資を控えればよいのであるから,原則として,証券会社の投資勧誘が違法となることはない。仮に,証券会社の投資勧誘において,適合性原則違反が問題となる場合があるとしても,それは顧客の財産状態・投資経験等に照らして過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘するなど,その違反が顕著で明白な例外的な場合にはじめて私法上も違法となると解するべきである。
イ 一審原告は,一審被告神戸支店での取引を開始した当時54歳で夫も健在であったし,また,信用取引が開始された時点でも58歳であったから,証券取引の適合性がないという年齢ではない。
一審原告は,昭和43年から信用取引開始まで,計6箇所の証券会社に口座を開設し,約30年にわたり証券取引を行っていた。一審被告との取引に限っても,昭和62年から信用取引開始までの約10年間にわたり,投資信託・現物株式の取引を行い,特に為替相場の変動によりリスクの高い外貨建て債券の取引を好んで行っていた。しかも,一審原告は,株取引での利益を競い合うライバルであるE,パートとして働いていた有限会社bの社長,本件取引を終了させた時に相談したと主張しているF等,株取引をしている仲間や知り合いを多数有しており,それらの者との間で互いに情報を交換しながら取引をしており,「私はそんじょそこらの主婦ではない。不動産も投資のために購入して高値で売り抜けている。今は景気が悪いが,私は,色々な商品を駆使して,どんな相場も乗り切る自信がある。今までだって商品取引もやっていた。」と発言するほどに証券取引等の投資についての知識を有していた。
しかも,一審原告は,Cに対して,投資残高8500万円を早く1億円にしたいと言っていたことから明らかであるように投資意欲を有していた。一審原告においても,「年間200万から300万円稼げたら十分だ。」と述べていた旨主張しているが,昨今の預金金利からすれば,一審原告の平均的な投資額約8500万円から,リスクを伴わない銀行預金だけで,そのような利益を得ることは不可能であるところ,このような主張は,資産を増やしたいとの積極的意向を持っていたことを一審原告自身が自認するものである。
また,一審原告は,資産を売却した残金や相続財産など,預貯金1億円以上を有し,ほかにマンションも保有していた。
ウ(ア) 一審原告が信用取引を開始する以前の取引(平成5年7月から平成9年10月まで)は,原判決添付「X取引明細表(平成5年5月14日移管~9年10月21日まで)」記載のとおりであり,ハイリスク・ハイリターンの投資信託等を大量に購入させたという事実は一切なく,一審原告が上記のとおり証券についての知識及び経験,資産並びに投資意欲を有していたこと等に照らしても,適合性原則違反には当たらない。
(イ) また,信用取引を開始した以降の株式取引についても,一審原告の月平均株式投資額は,現物株式で約1565万円,信用取引で約6785万円,計約8350万円であり,預かり資産が約8000万円の場合,信用取引の限度額は約2億6000万円であるから,一審原告が上記のとおり証券についての知識及び経験,資産並びに投資意欲等を有していたこと,親からの相続や不動産の売却等により相当の資産を有していたこと,「低金利の時代に銀行にお金を預ける人間は馬鹿である。頭を使って稼ぐことを考えなければいけない。」,あるいは,約8000万円あった一審被告に対する預け資産を「早く1億円に増やしたい。」と発言するなど積極的に財産を増やそうとしていたことに照らして,過大な取引ではなく,一審原告が保有資産を増やす目的で自らの積極的意思でした取引であって,適合性を欠く取引であったとはいえない。
エ B及びCは,一審原告に対し,商品,銘柄,取引数量等の推奨・助言を行なうことはあったが,常に一審原告の資産が少しでも増加することを願ってあらゆる情報を一審原告に提供していたものであり,また,一審原告に対して断定的な判断の提供や虚偽の情報を提供するなどの違法な行為は全く行っておらず,B及びCの行為に何ら違法性はない。
一審原告は,Bの推奨する銘柄に同意しないこともあり,Bの推奨に関係なく,NTTドコモや京セラのように,一審原告が積極的に購入を希望した銘柄もあった。
(2)過当取引(平成9年10月21日から平成12年6月13日までの株式取引)
【一審原告の主張】
ア B及びCが一審原告に行わせた取引のうち,信用取引が開始された後に行われた株式取引(信用取引開始後の投資信託等取引は,それ以前の投資信託取引内容と有意的な差が見られないので,過当取引の対象として違法性の主張をするのは,信用取引開始以後の株式の信用取引・現物取引に限定する。)は,前記のような一審原告の証券に関する知識及び経験や投資意欲あるいは資金の量と性格に適合しない過当取引として違法である。
イ 過当取引に該当するかどうかは,①当該取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資意欲あるいは資金の量と性格に照らして過当であること(過当性の要件),②証券会社等が一連の取引を主導していたこと(口座支配の要件),③証券会社等が当該顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件)の3つの要件から判断される(なお,B及びCの担当の取引は,上記のとおり質・量共に同内容の取引であり,Cは,B担当時代に行われた過当な取引状態(違法状態)をそのまま承継し,継続しているに過ぎず,資金の回転的運用状況や口座支配の程度からみて,実質的に1つの不法行為を構成すると解されるため,要件の検討に際しては,B及びC担当取引を一体のものとして検討すべきである。)。
(ア) 過当性の要件については,平成9年10月21日から平成12年5月23日までの約2年8か月(約32か月)の間の,株式総購入額は47億7145万1500円(売買金額合計は95億5650万0500円),取引回数は679回にも及んでいること,取引した株式銘柄は195銘柄,市場が6市場(東証1部140銘柄,東証2部16銘柄,大証2部1銘柄,名証2部3銘柄,店頭登録34銘柄,外国株1銘柄)にわたっていること,日計り商い・保有期間10日未満の取引・同30日未満の取引・3か月以内の取引の割合は,原判決添付「保有日数と損益の関連表」記載のとおりであり,極めて短期しか保有しない取引が圧倒的に多いこと,年平均購入額17億8929万4312円・平均証券保有額7915万5156円であるため資本回転率は年22.6回であること(資本回転率は,一般に年6回を超えれば,当該取引は違法となると解される。),一審被告は,それら株式取引(約32か月間)において,総額7507万7832円もの高額の委託手数料(1か月平均234万6182円)を得ているほか,信用取引に係る金利として211万4035円を得ており,その他税金等の経費を総合すると,上記取引期間内の売買経費は,合計で8110万7993円(1か月平均253万4624円)にもなるところ,一審原告は,毎月253万4624円(年間では3041万5488円)もの売買差益(これは,一審原告の平均証券保有額つまり平均投資額の38%以上に当たる。)を継続的に実現しなければ,最終損益がマイナスになってしまう取引であったこと,一審被告内部でも上記取引が問題となっていたことからみれば,この要件を満たしていることは明らかである。
(イ) 口座支配の要件については,一審原告の株式取引に関する知識・経験等が前記程度であること,本件が大量かつ頻回の信用取引や多種類の銘柄・市場の証券を対象とする短期(損切り)売買,短期乗換売買等が見られる証券取引であることからみれば,一連の取引は,一審被告神戸支店のBないしCの主導でなされたものであり,この要件を満たしていることは明らかである。
また,実際に,BないしCは,一審原告に対し,あらかじめ取引内容を決めてから電話をかけてきて,矢継ぎ早に推奨するのが常であり,一審原告としては,その場で決断させられるため,冷静に取引の合理性や採算等につき自ら熟慮する期間を奪われ,BないしCの推奨を鵜呑みにするしかない状態に置かれていたのであり,投資対象の会社名すら知らないことも多く,仮に会社名を知っていても,その会社の業務内容,業績,過去の株価の値動き等については全く知らないことがほとんどであった。
そして,一審原告が海外旅行に行っている間にも頻繁に取引がなされているが,これは,一連の取引が一審原告の投資判断に基づくものでなく,一審被告神戸支店の担当者が自らの判断で行っていたことを明らかに示すものである。
(ウ) 悪意性の要件については,一審被告神戸支店がこれら一連の取引で総額7507万7832円もの高額の委託手数料(1か月平均234万6182円)を得ているほか,短期売買や短期乗換えを繰り返しており,また,取引手数料等を控除すると,証券売買による利益がゼロ又はマイナスになる「手数料の不抜け」が多数見られること,利益の少しでも上がったものはすぐに決済をして利益を図るが,大きなロスが出たものは放置して含み損の実現化を意図的に遅らせ,一審原告の投資判断を狂わせるようなことを繰り返していたことからして,この要件を満たしていることは明らかである。
【一審被告の主張】
ア 過当性の要件について
信用取引開始後における一審原告の株式の現物・信用取引(原判決添付X株式取引明細表[B担当分]及び原判決添付X株式取引明細表[C担当分]記載のとおり)は,前記のような一審原告の資産状況・投資目的・投資傾向・投資知識・経験・相場傾向等に照らして,過当なものとはいえない。
信用取引は,決済期限が当初から6か月以内と定められており,短期的に値上がり益を獲得することを目的とする取引であるから,資本回転率を問題とすべきでなく,資本回転率が6回を超えることが違法に当たるものでもない。
イ 口座支配の要件について
一審原告は,B及びCから商品,銘柄,取引数量の具体的な提案,勧誘を電話ないし店頭又は自宅で受けることがあったものの,自らの判断に基づいて投資対象を決定して投資し,その売却時期・売却価額等も自ら決定していたのであり,B及びCが,一連の株式取引を主導していたということはない。
一審原告は,一審原告が海外旅行中にも取引をしていることをもって,口座支配があったと主張するが,一審原告が海外旅行に行くときは,事前にBが一審原告方に出向き,長時間を割いて旅行中の取引について相談し,ターゲットにする銘柄,その銘柄がこの値段になったら売るとか買うとかいうことを取り決めていたのであり,特定の銘柄に関する売買の委託を受けていたのであるから,この点から口座支配の事実があったとはいえない。
また,一審原告は,これら旅行中の取引を含む一連の株式取引の期間を通じて,月次報告書の記載内容に間違いがない旨の回答書に署名・捺印をした上で,一審被告に返送しており,何ら異議を述べたことはなかったのであるから,BないしCによる口座支配がなかったことは明らかである。
ウ 悪意性の要件について
B及びCは,一審原告に対し,商品,銘柄,取引数量等の推奨・助言を行なうことはあったが,常に一審原告の資産が少しでも増加することを願って,あらゆる情報を一審原告に提供していたものであり,一審原告の利益を犠牲にして一審被告の利益を図ったことはないから,B及びCが一審原告の信頼を濫用して自己の利益を図ったといえないことは明らかである。
(3) 因果関係
【一審原告の主張】
一審原告が一審被告神戸支店での証券取引で被った損失は,B及びCによる一連の不法行為によって生じたものである。
Bの担当していた取引において,一審原告が多額の手数料を支払い続けながら利益を得ることができていたのは,平成12年初頭までのITバブルによる株価高騰があったからこそであって,この間損失が発生しなかったのは偶然のことというべきであり,結果として生じた損失とB及びCによる一連の不法行為との因果関係を否定する事情とはいえない。
【一審被告の主張】
一審原告に生じた損失は,専ら予想し得ない株式相場の大幅な下落によって発生したものであり,BないしCの不法行為によって生じた損害とはいえない。
また,平成9年10月21日に信用取引を開始してからBが担当を離れるまでの期間の一審原告の取引回数は638回で,Cが担当していた期間の一審原告の取引回数は41回であり,取引回数からいえば,Bが担当していた期間の方が多いにもかかわらず,Bが担当していた期間の一審原告の取引では利益こそ出ているものの損失は発生していない。Bが転勤した平成12年2月初めに,一審原告は,Bが転勤するなら,一審被告との取引を止めたいとして,信用取引の大部分を決済した。その時点で一審原告が取引を終了していれば,信用取引開始後の損益は,ファナック株の含み損を除いても,1434万4529円の利益であった。ところが,一審原告は,Cの推奨・助言を見極めながら,さらに利益を上げようと考えて,取引を継続したもので,このことからみても,一審原告に生じた損失とBないしCの不法行為との間に因果関係はなく,一審原告の損失が予想し得ない相場の大幅な下落によって発生したものであることは明らかである。
なお,一審原告は,株式の保有日数が少ないことを違法性の根拠としているが,原判決添付「保有日数と損益の関連表」記載のとおり,資本回転率が高い取引の方が,資本回転率が低い取引よりも利益が出ていることからみても,株式の保有日数が少ないことと一審原告に生じた損失との間に因果関係はないというべきである。
(4) 損害
【一審原告の主張】
ア 一審原告が一審被告担当者らの不法行為によって被った損害の額は,一審原告が支出した金員と一審原告が受領した金員及び株式の価額との差額に弁護士費用を加えた金額である。
(ア) 一審原告が支出した金員 9391万2382円
(イ) 一審原告が受領した金員 2166万6344円
(ウ) 受け取った株式 2248万5000円
一審原告は,受け取ったNTTドコモ株式12株のうち3株を,平成12年10月6日1株328万円で売却し,残り9株(平成14年3月末に1株を5株にする株式分割が行われたため,それ以降は45株)をその後も保有しており,平成14年7月5日時点での株価は1株28万1000円である。
(エ) 弁護士費用 497万6103円
(オ) したがって,一審原告の被った損害は,5473万7141円である。
イなお,NTTドコモ株の信用買いとその後の現引き(受株)は,一審原告の主体的な判断によって行われたものではなく,一審被告のCやその上司の判断によって主導されたものであるから,一審被告との取引終了後,NTTドコモ株の下落による口頭弁論終結時までの拡大損害(含み損)も,一審被告の不法行為と相当因果関係のある通常損害であると認めるのが,一審原告の信用取引の実情や,一審被告が巨額の手数料を取得していることから公平にかなうものである。
一審原告がNTT株を現引きした平成12年6月13日以降,同株は一貫して下落基調にあり,そのような状況の下で,適切な投資判断能力を有しない一審原告に同株を適切に売却することを強制したり,期待することは無理であるからである。
仮に通常損害ではなく特別損害であるとしても,一審被告は,証券会社としてこのような損害の発生(素人投資家が高値で買った株を塩漬けにして,多額の含み損を生じさせること)につき予見可能性があったというべきである。
したがって,これによりNTTドコモ株の口頭弁論終結時(平成17年5月31日)の含み損を算定すると,購入時の価格5202万9762円(1株433万5813円)と終結時の価格1008万円(1株84万円)との差額3146万2317円(9株分)が損害となる。これにNTTドコモ株以外の損害1209万0270円を加えると,一審原告の損害合計は4355万2587円となり,弁護士費用はその1割(435万5258円)が相当であるから,損害総額は4790万8745円となる。
ウ (予備的主張)
一審原告が一審被告担当者らの不法行為によって被った損害の額は,平成9年10月21日時点での一審原告の口座価値及びそれ以降に一審原告が支出した金員と平成9年10月21日以降に一審原告が受領した金員及び株式の価額との差額から,投資信託及び債券取引での損益を控除したものに,弁護士費用を加えた金額である。
(ア) 平成9年10月21日時点での一審原告の口座価額 7617万1837円
(イ) 同日以降に一審原告が支出した金員 880万円
(ウ) 同日以降に一審原告が受け取った金員 1918万2257円
(エ) 同日以降に一審原告が受け取った株式 2248万5000円
(オ) 投資信託及び債券取引による損失 299万6843円
(カ) 弁護士費用 463万0142円
(キ) したがって,一審原告の被った損害は,5093万1565円である。
【一審被告の主張】
ア 否認ないし争う。
一審原告の取引経過をみると,平成12年5月までは全取引の収支は黒字であり,NTTドコモ株を除けば,同年6月に売却した任天堂1000株・野村證券5000株・松下電産1万株の計1628万2656円の損失のみによって損害が発生している。一審原告の本件請求は,これらの特定の取引によって生じた損害の補填を要求するもので,証券取引法により禁止された損失補填の要求にほかならない。
これらの銘柄が下落したのは,いわゆるITバブルの崩壊によるもので,一審被告担当者の取引の推奨・助言により損害が生じたものではない。しかも,これらの銘柄は,Cが早期の売却を勧めたにもかかわらず,一審原告がとても気に入った株であったため,持ち続けたもので,この点からも一審被告に責任はない。
イ 一審原告の損害に関する主張は,一審原告が一審被告以外の証券会社で購入した株式(JR東海,フジテレビ,NTT)を入庫して一審被告の口座で売却しているにもかかわらず,その入庫額を加算していないこと,受株としたNTTドコモ株式の売却損及び評価損を損害に加えていることなどの点で誤っている。
一審原告の主張を前提とした場合の損害額は,原判決添付損害計算表1記載のとおりである。
ウ 遅延損害金
本件訴訟は,第1・2審を通じて,一審原告の訴え変更の申立て,期日変更申請や,裁判所の都合によって期日が何度も空転している。これら一審被告に何ら帰責性のない訴訟遅延期間の合計は1年7か月に及んでいる。これらの期間に発生した遅延損害金は,一審被告の過失と相当因果関係のない損害である。
仮にその主張が認められないとしても,過失相殺において斟酌すべきである。
(5)過失相殺
【一審被告】
一審原告には,損害発生につき相当程度の過失があるから,過失相殺がなされるべきである。
【一審原告】
一審被告は,一審原告に適合しない過当な株式取引をさせ,わずか32か月で7500万円という預かり資産とほぼ同額の巨額の手数料収入を得て,一審原告に損害を被らせるという極めて悪質な不法行為を行ったことなどを考慮すれば,本件において,過失相殺はされるべきではない。
第3当裁判所の判断
1 前記争いのない事実,証拠(甲1ないし3,5ないし8,14,乙1ないし32,34,35,39ないし46,証人B,証人C,一審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)ア 一審原告は,昭和13年○月○日生まれの女性であり,a大学ピアノ学科を卒業後,昭和36年(当時23歳),Dと婚姻した。一審原告は,その後,平成3年ころまで,自宅でピアノ教室を開いていたほかは,家事に専念しており,会社等に勤務したことはなかった。
Dは,昭和3年○月○日生まれの男性であり,d校(現d1校)を卒業後,中学校で音楽及び社会の教師をし,昭和62年に定年退職した。Dは,平成8年○月○日,胃癌及び白血病のため死亡した。
一審原告及びDの間には長男がいるが,昭和62年以降絶縁状態にあり,他に子はいない。
一審原告は,Dが死亡した後である平成9年9月から3年間ほど不動産会社である有限会社bに,週3回程度,午前10時から午後3時までパート勤務をしていたが,その後は無職である。
一審原告は,現在奈良県にある老人ホームに入所し,生活している。
イ 一審原告及びD夫妻は,平成4年7月当時,主な資産として,預貯金約1000万円及び自宅不動産を有していたが,同月,同不動産を1億3000万円で売却し,神戸市●●●所在のマンションを約5500万円で購入して,不動産取引に伴う税金等を支払ったところ,不動産売却代金のうち約6800万円が手元に残り,従前からの預貯金と併せて,8000万円を超える預貯金を有するに至った。一審原告及びD夫妻は,この預貯金を老後の生活資金と考えていた。
(2) 一審原告は,昭和43年ころから約3年間,割引債及び神戸製鋼株式等を保有していたことがあったが,その後昭和60年ころまでの間は,証券取引を行わなかった。一審原告は,昭和60年ころ,国際証券で約100万円の投資信託を1,2回購入した。
(3) 一審原告及びDと一審被告との取引は,昭和59年12月,Dが一審被告大阪駅前支店に取引口座を開設したのが始まりであった。Dは,昭和63年ころには,同支店において,NTT株式1株を225万円で購入した。
一審原告は,昭和62年6月に一審被告大阪駅前支店に取引口座を開設し,そのころ約300万円の投資信託を購入したのを始め,平成4年7月に前記●●●のマンションを購入するまでの間,一審被告大阪駅前支店にて,投資信託や金貯蓄などをしたことがあった。
(4) 一審原告は,平成5年ころ,第一證券で約100万円の投資信託を1回購入した。
(5) 一審被告神戸支店外務員であったBは,平成5年4月,上司とともに,前記●●●のマンションに転居した一審原告及びDの下を訪れ,一審被告大阪駅前支店が閉店になったことを謝るとともに,今後,一審被告神戸支店で引き続き取引を行うよう勧誘した。Bは,一審原告に対し,一審被告神戸支店にて保有していた投資信託(ベストクオリティ89アクティブカブ,日興クオリティシステムオープン,ダイナミックインデックス)を売却した上,その売却代金を原資に他の投資信託を購入するよう勧誘した。一審原告は,Bの勧誘に応じ,同年5月7日,顧客登録票(顧客カード)に必要事項を記載し(勤務先の欄には「(有)b」,投資経験の株式現金取引の欄には「有」,信用取引の欄には「無」,債券の欄には「無」,投信の欄には「有」,継続貯蓄の欄には「有」,資産状態の欄には「1億以上」と記載した。),同月14日,一審被告における取引口座を一審被告神戸支店に移管する手続を採った上,同年7月5日,上記投資信託を241万3250円で売却し,その売却代金を原資として,同月8日,投資信託である東洋ドリーム50オープンを240万6616円で購入した(Dも,同月7日,顧客登録票[顧客カード]を作成し,勤務先の欄には「無職」,投資経験の株式現金取引の欄には「有」,信用取引の欄には「無」,債券の欄には「無」,投信の欄には「有」,継続貯蓄の欄には「無」,資産状態の欄には「1億」と記載した。)。
一審原告は,同年7月8日から平成9年10月21日までの間,一審被告神戸支店にて,担当者であるBの勧誘によって,投資信託,債券及び株式の取引を行っており,その具体的内容は,原判決添付「X取引明細表(平成5年5月14日移管~平成9年10月21日まで)」記載のとおりであった(ただし,平成9年10月20日までに購入し,同日以降に解約又は売却した取引を含む。)。また,一審原告の一審被告神戸支店の取引口座への入出金は,原判決添付「X・入出金一覧表」記載のとおりの経過をたどったが,それらは,すべて一審原告の自己資金であった。
Dは,平成7年4月13日,c医療センターにて進行性胃癌であると診断され,その後の検査では白血病にも罹患していることが判明した。一審原告は,同病院の医師から,上記診断及びDが余命1年であることを告げられた。その後,Dは,胃癌及び白血病によって平成8年○月○日に死亡したが,平成7年4月13日から平成8年○月○日までの間,5度にわたって入退院を繰り返した。一審原告は,Dが入院中も,自宅で療養中も,継続的にDの看護を行っていたが,一審原告自身も疲労,心労等が蓄積し,平成7年12月から平成8年○月まで,計13回精神神経科を受診した。一審原告は,平成7年4月にDが胃癌及び白血病と診断されて以降も,また,平成8年○月○日死亡して以降も,Bからの取引勧誘を受け,一審被告神戸支店にて投資信託,債券及び株式の取引を上記のとおり行っていた。
Bは,平成5年4月以降,一審被告神戸支店における一審原告の担当者として,一審原告宅を月に1,2回程度の頻度で訪問し,証券取引についてだけでなく,日常生活に関することなど様々な会話をした。一審原告は,親身になって話を聞いてくれるBを次第に厚く信頼するようになり,Bからの取引勧誘を断ることなく,ほとんどすべて応じるようになっていった。Bも,一審原告が次第に自分を信頼するようになり,取引勧誘を断らなくなったことを認識していた。
一審原告は,平成9年10月21日よりも前の時点で,株式の信用取引を行ったことはなく,本件口頭弁論終結時に至るまで,商品先物取引を行ったことはなかった。
(6) 一審原告は,平成9年,知人の勧めもあり,日興証券に取引口座を開設した上,フジテレビ株式2株を購入した。
(7) Bは,平成9年10月,一審原告に対し,信用取引について,株式相場が下落傾向にあるときでも利益を上げることができる取引であること,差し入れた保証金以上の取引ができるので,少しの資金で大きな利益を上げる可能性があること,一方で,発生し得る損失の額や,損失を被る可能性など,信用取引に伴うリスクについても説明をした上,株式の現物取引と信用取引を組み合わせた取引を行うよう勧誘したところ,一審原告は,Bを厚く信頼していたこともあり,これに応じる姿勢を示した。そこで,Bは,一審被告で信用取引の口座を開設するためには支店長面接が必要とされていたことから,一審原告に対し,一審被告神戸支店へ来店するよう求めた。一審原告は,同月21日,一審被告神戸支店を訪れ,一審被告神戸支店の清水支店長と面接した上,信用取引口座設定約諾書等,信用取引の口座を開設するための必要書類に署名,押印をした。
(8) 一審原告は,平成9年10月21日から平成12年2月14日までの間,一審被告神戸支店において,株式の現物取引及び信用取引を,原判決添付「X株式取引明細表(B担当分)」(同表は,同月14日までに買い付けられたが,同月15日以降に決済された分を含まない。)記載のとおり行った(ただし,平成12年2月10日から同月14日までの取引は,Bに代わってH課長が担当した。)。Bは,この間,月1,2回,一審原告宅を訪問したほか,多くの場合電話にて株式取引の勧誘を行った。Bは,一審原告に会社四季報を手渡し,また,一審原告に株式取引を勧誘するに際しては,取引する銘柄を知らせ,売却時にはいくら程度の損益が生じているかという説明をしたほか,各銘柄の業務内容,資産状況,営業成績,過去の株価の値動き等についてもできるだけ説明をした。
一審原告は,Bを信頼していたこともあり,Bから株式取引を勧誘された際に,「もう売るの?」などと問い返す程度のことがまれにあったものの,ほとんどすべてBの言うとおりに株式取引を行った。一審原告は,聞いたことがない銘柄よりもNTTドコモなどの有名な銘柄を購入したいと希望することが何回かあったものの,その他には,一審原告の方から自発的に株式の銘柄及び数量を指定し,株式取引を行ったことはなかった(ただし,一審原告は,Bとの会話や実際の株式取引を通じ,信用取引の仕組みについては理解できるようになっていき,信用建玉を減らして委託保証金率を上げる方法に,受株と反対売買による決済があることや,株式取引特有の用語も一定程度分かるようになっていった。)。Bは,一審原告が自分の勧誘をほとんど断らないことを認識しつつ,繰り返し株式取引の勧誘を行い,一審原告をして上記株式取引を行わせた。
一審原告は,平成10年5月8日から同月20日までスペインへ,同年10月1日から同月12日までカナダへ,平成11年2月8日から同月27日まで南米へ,それぞれ旅行に出かけた。Bは,一審原告がこれら旅行に出かける前に,旅行期間中の株式取引を勧誘し,一審原告もこれを了承したため,これら旅行の間も,上記のとおり,一審被告神戸支店における株式取引が行われた。Bは,その勧誘の際には,取引対象である株式に係る会社の資産状況,営業成績,過去の株価の値動き等についての説明はしなかったが,一審原告は,Bを信頼していたこともあり,Bが勧誘する株式取引をそのまま了承した。
一審原告は,上記株式取引のほか,Bの勧誘により,投資信託及び債券の取引を原判決添付「X債券・投信取引明細表(B担当分)」(同表は,平成9年10月20日までに購入し,同月21日以降に解約又は売却した取引を含まない。)記載のとおり行った。
Bが担当者であった平成9年10月21日から平成12年2月14日までの証券取引(ただし,同月15日以降に決済された分は除く。)のうち,株式取引においては341万9092円の利益が出ており,投資信託及び債券の取引においては1037万5385円の利益が出ていた。
Bが担当者であった上記期間中に,信用取引に関して,追い証が必要となることはなかった。
(9) 一審原告は,平成10年1月26日にNTT株式1株の株券を,同年2月27日にJR東海株式1株の株券及びフジテレビ株式2株の株券を,それぞれ一審被告神戸支店に入庫し,後日売却した。
(10) Bは,平成11年12月,東京転勤の内示を受けたため,一審原告に対し,転勤の可能性があることを説明した。Bは,平成12年2月,正式に転勤が決まったことから,一審原告に対し,その旨説明したところ,一審原告は,Bに対し,Bが転勤するなら一審被告神戸支店での取引をやめる旨述べ,信用取引の建玉も減らしていきたいと希望した。Bは,信用取引の建玉を減らしはしたものの,自身が転勤した後も,一審原告に引き続き一審被告神戸支店での取引を継続してもらいたいと考えたことから,一審原告に対し,優秀な人物を後任者とするので取引を継続してほしい旨述べた上,同月10日,一審被告神戸支店に転勤してきた外務員Cを連れて,一審原告宅を訪れた。一審原告は,当初Bの転勤後は一審被告神戸支店での取引をやめるつもりであり,Cを信頼していたわけでもなかったが,Bから取引の継続を勧誘され,Cを優秀な後任者として紹介された上,Cが証券会社外務員として長年の経験を持っている旨聞かされたことなどから,Cを信用して,Bの転勤後も,Cを担当者として,一審被告神戸支店での証券取引を継続することにした。
一審被告神戸支店での担当者がBからCへ引き継がれた際,一審原告の保有している証券及び建玉は,相当程度減らされていたものの,すべての取引が決済されていたわけではなかった。その際に一審原告の保有していた証券及び建玉は,株式現物がケミプロ化成株式2000株,東洋証券株式5000株及びサミー株式100株(買付額合計356万0027円),信用買がファナック株式1500株(買付額合計2039万4974円),投資信託及び債券が東海上ワールドインワン,パラダイムF,メイプルファーストステージ,近畿日鉄道5.85及びメイプルジャパンオープン(買付額合計517万2650円)であった。
(11) 一審原告は,平成12年2月15日から同年6月13日までの間,一審被告神戸支店において,株式の現物取引及び信用取引を,原判決添付「X株式取引明細表(C担当分)」(同表は,B担当時から保有していた証券及び建玉に係る取引を含む。)記載のとおり行った(ただし,同年2月16日から同月22日までの取引は,Cに代わってH課長が担当した。)。Cは,同年2月15日から同年5月半ばまでの間,一審原告の担当者として,一審原告に対し,電話で株式取引の勧誘を行った。Cは,一審原告が有名企業の株式を好んでいる旨聞いたことから,各業種で日本のトップクラスにあるとされている企業の株式を勧誘することが多かった。Cは,一審原告に株式取引を勧誘するに際し,銘柄を知らせ,銘柄ごとの資産状況,営業成績,過去の株価の値動き等についても,一応の説明をした。一審原告は,同年5月半ばころまで,Cを信頼しており,Cから株式取引を勧誘された際には,Cの言うとおりに株式取引を行った。Cは,一審原告が自分の勧誘をほとんど断らないことを認識しつつ,繰り返し株式取引の勧誘を行い,一審原告をして上記株式取引を行わせた。一審原告は,CがNTTドコモ株式を勧誘した際に,株式数の希望を述べたことや,評価損が発生しているファナック株式について,他の株式で利益が出たときに併せて決済したいとの希望を述べたことはあったものの,大部分はCからの勧誘どおりに取引を行っていたものであり,また,一審原告の方からCに電話するなどして取引の注文をしたことはなかった。
一審原告は,上記株式取引のほか,Cの勧誘により,投資信託及び債券の取引を原判決添付「X債券・投信取引明細表(C担当分)」(同表は,平成9年10月20日までに購入し,同月21日以降に解約又は売却した取引を含む。)記載のとおり行った。
(12) Cは,平成12年4月半ばころ,株式相場が全体的に下がり,一審原告の保有する株式の評価も低下し,一審原告の信用取引の委託保証金率が30%(委託保証金率が20%を下回ると追い証が必要となる。)を下回ったため,一審原告に対し,電話にてその旨説明するとともに,対応方法として,保証金を追加するか,あるいは,受株又は反対売買による決済によって委託保証金率を上げる方法があることを説明した。一審原告は,多額の損失が確定することを嫌った上,NTTドコモは業績が良く将来的に株価は上昇するであろうとの認識を持っていたことから,NTTドコモ株式の受株によって信用建玉を減らし委託保証金率を上げることを希望した。そこで,Cは,委託保証金率を上げる方法として,一審原告が担保として差し入れている投資信託の売却代金によってNTTドコモ株式9株を受株とし,シャープ株式2000株を反対売買で決済することを提案し,一審原告もこれを了承したことから,同月17日,その旨の取引が行われた。
(13) Cは,平成12年5月11日,株式の相場が下落を続け,一審原告の信用取引の委託保証金率が低下し,追い証が必要となったことから,一審原告に対し,電話にて,その旨説明した上,信用建玉を減らし,取引口座の現金を保証金として差し入れればよい旨提案した。一審原告がこれを了承したため,同日,大日本スクリーン株式が反対売買で決済された。
Cは,同月15日にも株式相場が下落したことから,一審原告に対し,電話にて,その旨伝えたところ,一審原告から自宅へ来るよう求められた。Cは,上司であるH課長と共に一審原告宅を訪れ,一審原告に対し,その時点で信用建玉をすべて決済すると2000万円余りの損失が発生する可能性があることを説明した。一審原告が多額の損失が確定することを嫌い,しばらく様子を見たいと希望したことから,Cは,その希望に従い,建玉を減少させながら株式相場の様子を見ることとした。
Cは,同月17日,18日には株式相場が持ち直し,現物で株式を購入する資金的な余裕ができたため,一審原告に対し,東亞合成株式の購入を勧誘し,一審原告はこれを行った。しかし,Cは,同月22日,NTTドコモ株式が大幅に値下がり,追い証が必要になったことから,一審原告に対し,電話にてその旨伝えたところ,一審原告は,多額の損失が確定することを嫌った上,NTTドコモは業績が良く将来的に株価は上昇するであろうとの認識を持っていたことから,NTTドコモ株式の受株を希望した。Cは,一審原告の希望に応じ,任天堂,サミー及び東亞合成の各株式の売却代金によってNTTドコモ株式の受株を行うことを提案したところ,一審原告がその提案に応じたため,同日,上記現物株式が売却され,NTTドコモ株式2株が受株にされ,同月23日,さらにNTTドコモ株式2株が受株にされた。
一審原告は,同月22日,相場の下落によって損失が発生したことに不満を持ち,電話にてCを自宅に呼んだ上,一審原告宅を訪れたC及びH課長に対し,Cの勧誘が不適切であったために損失を被った旨のクレームを述べた。
C及びH課長は,同月26日にも一審原告宅を訪れたが,一審原告から上記同様のクレームを述べられた。Cは,同月27日,一審被告の指示により,一審原告の担当を外れることとなった。
一審原告は,東京に転勤したBや知人に相談をしながら,一審被告神戸支店で保有していた証券及び建玉を順次決済していき,同年6月13日,一審被告との取引をすべて終了した。一審原告は,受株としていたNTTドコモ株式13株のうち,1株については,同月12日に売却したものの,残り12株については,NTTドコモの株価が将来上昇するであろうとの認識を持っていたことから,株式の保有を続け,株価が上昇した時点で売却することとし,一審被告神戸支店でそれらの株券を受け取った。
(14) 平成12年2月15日から同年6月13日までの証券取引(ただし,B担当時から保有していた証券及び建玉に係る取引を含み,同日以降保有を続けたNTTドコモ株式12株に係る取引を除く。)のうち,株式取引においては1850万6205円の損失が発生し,投資信託及び債券の取引においては737万8542円の損失が発生した。
(15) 一審原告は,以上のような株式,投資信託及び債券の取引を,一審被告神戸支店の取引口座への預け金によって行っており,その入出金の経過は,原判決添付「X・入出金一覧表」記載のとおりであった。一審原告の一審被告神戸支店の取引口座における金員残高及び証券残高は,●●●マンション以外の一審原告の資産の大部分を占めていた。B及びCは,一審原告の資産状況につきすべての情報を有していたわけではなかったが,上記金員残高及び証券残高が,一審原告の資産の中で大きな割合を占めていることは認識していた。
また,一審原告に対しては,一審被告から,毎月末ごとに,月次報告書が送られており,同書面には,一審被告へ預けてある金銭の残高,証券の残高及び信用取引の残高の明細等が記載されていた。一審原告は,月次報告書が送られてくるごとに,月次報告書に記載された一切の取引明細及び残高の内容に相違はない旨の記載がある欄に署名,押印した上,これを一審被告に返送しており,月次報告書の内容について,一審被告に対し,クレームを述べたことはなかった。一審原告は,平成11年3月8日には,平成9年10月1日から平成11年2月6日までの取引内容が記載された一審被告の内部管理本部長宛ての「確認書」と題する書面を,平成11年5月10日には,同年1月4日から同年4月22日までの取引内容が記載された一審被告宛ての「取引内容の確認書」と題する書面を,それぞれ一審被告から渡され,その求めに応じ,記載内容に間違いはない旨の記載がある欄に署名,押印をした。
一審原告は,B及びCから,証券取引の損益について,個々の取引ごとにどの程度の損益が発生したかという説明はおおよそ受けていたが,取引全体としてどの程度の損益になっているかについては,「儲かっています。」という程度の説明がされたことはあったものの,金額等を示しての説明は受けなかった。
(16) 一審原告は,一審被告神戸支店から受け取ったNTTドコモ株式12株の株券を野村證券に預け入れ,その保有を継続したが,一審原告の期待に反し,NTTドコモの株価はその後も上昇しなかった。一審原告は,知人とも相談の上,平成12年10月16日,上記NTTドコモ株式のうち,3株を1株328万円で売却し,残り9株(平成14年3月末に1株を5株にする株式分割が行われたため,それ以降は45株)を引き続き保有することにした。一審原告は,以後もそれら株式を売却することなく,引き続き保有している。
2 争点(1)(適合性原則違反[平成5年7月から平成12年6月13日までの全証券取引])について
(1) 証券取引は,一定のリスクを伴う取引であり,かつ,的確な投資判断をするためには,経済的,社会的要因等に関する高度の知識,情報収集・分析能力等が必要とされている。この点,証券会社は,証券取引に関し,高度の知識,情報収集・分析能力等を有している一方で,顧客はそのような知識,能力が十分でないという場合が多く,そのような顧客の投資判断は,証券会社の顧客に対する助言及び勧誘に依拠せざるを得ないものといえる。このような証券会社と顧客との知識及び能力の差異,顧客の投資判断における証券会社の占める役割に照らすと,証券会社の外務員は,顧客の証券取引に関する知識,経験及び資産状況などに照らして,顧客保護に欠けるような不適当な証券取引の勧誘を行わないように注意する義務を負っており,これを怠って,不適当な証券取引を勧誘した場合には,顧客に対する不法行為(民法709条)を構成するものと解される(適合性の原則)。
そして,当該顧客との関係では,具体的な商品の特性を踏まえて,それとの相関関係において,顧客の投資経験,証券取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。
そこで,一審被告神戸支店の外務員であったB及びCが一審原告に対して勧誘した証券取引が,一審原告の証券取引に関する知識,経験及び資産状況などに照らして,顧客の保護を欠いた不適当なものであったといえるかについて,検討する。
(2) まず,平成5年7月から信用取引が開始される前日である平成9年10月20日までの証券取引について検討する。
前記認定のとおり,一審原告の行っていた証券取引の規模は,平成5年7月に一審被告神戸支店で取引を開始して以降,次第に大きくなり,平成8年6月ころには証券保有額が合計8500万円ほどにまで達しており,高額の取引が行われていたものといえるところ,一審原告は,平成5年7月当時,Dと合わせて,8000万円を超える預貯金,約5500万円で購入した自宅マンションなど多額の資産を有していた者であり,上記期間の証券取引は,すべて一審原告の自己資金の範囲内で行われていたものである上,取引の種類も投資信託,債券取引及び株式現物取引に限られており,信用取引は含まれておらず,それほどリスクが大きいものではなかったこと,株式の保有額は700万円以下で推移しており,頻回に売買が繰り返されていたわけでもないことからすれば,一審原告は,平成5年7月当時,経済活動,投資等に関わる職歴をほとんど有しておらず,主として家事に専念していた50代半ばの女性であり,それ以前における一審原告の証券取引の経験は,数百万円程度の投資信託,債券及び株式を購入したことが数回あった程度であるなど,一審原告の証券取引に関する知識が高度とはいえず,経験も乏しかったこと,また,一審原告の夫が平成7年4月以降胃癌及び白血病のため入退院を繰り返し,平成8年○月には死亡しており,その間,一審原告が夫の看病等で心身共に疲労していた等の事情を考慮しても,Bによる上記期間中の証券取引の勧誘が,一審原告の証券取引に関する知識,経験及び資産状況などに照らして,顧客の保護を欠いた不適当なものであったということはできない。
(3) 次に,Bが一審原告に対し,信用取引を勧誘したことが不適当であったかを検討する。
一審原告は,平成5年7月から平成9年10月20日までの約4年間,前記のように高額の投資信託,債券及び株式の取引を行っていた上,多額の資産(そのほとんどは,一審被告神戸支店の取引口座における金銭及び有価証券という形態で保有していた。)を有していたものであり,このような一審原告の証券取引の経験及び資産状況に照らせば,平成9年10月当時の一審原告の属性,家庭事情等の諸事情を考慮しても,Bが一審原告に対して信用取引を勧誘したこと自体が顧客保護を欠く不適当なものであったとはいえない。
3 争点(2)(過当取引〔平成9年10月21日から平成12年6月13日までの株式取引〕)について
(1)証券取引,とりわけ株式取引は,株価の動向によって損益が左右されるが,株価の動向は,当該会社の規模・資産・経営実績等の会社情報のみでなく,当該会社を取り巻く産業・社会・国家間の諸状況,投資家の意向等様々な要因によって左右されるところ,高度な情報化社会では,こうした要因に関する情報は証券会社に偏在しがちであり,また,証券会社の収益は,主として投資家に証券取引を勧誘して得る手数料に依存しているから,投資家を多数回・多額の投資に勧誘すればするほど,より多額の収益を挙げ得る立場にある。一方,証券取引に参入する一般投資家の多くは,必ずしも証券取引の知識,経験に富むわけではなく,株式取引に限ってみても,とりわけ株式信用取引においては,株価動向を左右する要因につき十分な情報を持たないまま,取引市場に参入することも少なくないのが実情であって,こうした投資家にとっては,専門家としての証券外務員の説明,推奨ないし助言に依存して,その主導の下に株式取引を行わざるを得ず,ここに投資家の危険において証券会社が利得するという関係が生じるおそれがある。
証券会社が一般投資家に投資を勧誘するに際しては,投資家の意向,投資経験,資産状態等に最も適した投資が行われるよう十分に配慮すべきであるとされ,証券会社の従業員がその顧客に対し過当な数量の証券取引を勧誘することが禁止されているのもその趣旨に出たものである。
したがって,(ア)証券取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的に照らして過当であること(過当性の要件),(イ)証券会社が一連の取引を主導し顧客の取引口座を支配するに等しいこと(口座支配の要件),(ウ)証券会社が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件)の3要件を充たすときは,証券会社の勧誘した証券取引は私法上も違法として不法行為を構成するものというべきである。
そこで,平成9年10月21日から平成12年6月13日までのB及びCによる信用取引を含めた証券取引の勧誘が,過当取引に当たるか否かにつき,以下検討する。
ア 取引の大量性・頻回性(過当性)
一審原告の平成9年10月21日から平成12年6月13日までの株式取引は,前記争いのない事実のとおり,信用取引が大半を占めている上,株式の総購入額が47億7145万1500円(年平均17億8929万4312円)にも上っており,購入回数も極めて多数回に上り,月末信用建玉残高平均額7518万4422円(弁論の全趣旨)及び金員残高と証券残高の月平均額8091万8048円(争いがない)とを対比すると,巨額の株式の売買が,しかも,極めて頻回に繰り返されていたものといえ,また,このように頻回の取引が行われた結果,手数料負担も極めて大きかったものである(上記期間中の株式取引に係る手数料は,消費税を含めて総額7507万4831円であり,年平均約2800万円である。)。このように株式取引が極めて頻回に行われたことは,上記期間中の株式取引の中で,日計り商いの占める割合が7.2%,保有日数10日未満の取引が67.9%であること,資本回転率(年間平均証券購入総額を毎月末の平均投資額で除したもの)が22回以上である(一審被告の主張によっても11回以上である)ことからもうかがわれる。
一審原告がB及びCの勧誘により行った株式の現物取引及び信用取引の内容は,前記争いのない事実のとおりであり,一審原告の一審被告神戸支店における金員残高と証券残高の月平均額は8091万8048円(争いがない。)である。その大部分は株式,債券及び投資信託が占めていた上,それら金員及び有価証券を担保にして行われた信用取引につき,月末信用建玉残高平均額は7518万4422円(弁論の全趣旨)であったことからすると,一審原告は,平成9年10月21日から平成12年6月13日までの30か月以上もの間,1億5000万円程度の投資をほぼ常時行っていたものである。
そして,このような一審原告の投資の規模は,個人投資家であること,●●●マンションを除く一審原告の資産の大部分が一審被告神戸支店への上記預け資産とされていたこと,一審原告が安定した収入を得ておらず,夫を失い,子とも絶縁状態であるなど,経済的,精神的援助を求めることのできる家族を持たない60歳前後の女性であったこと,一審被告神戸支店への預け資産は,一審原告にとって老後の生活資金であったことに照らせば,著しく投資規模の大きいものであったといえる。
以上のとおり,平成9年10月21日から平成12年6月13日までの証券取引は,それ以前の証券取引とは量的,質的にも大きく異なっており,一審原告の資産及び収入などの経済的状況,家族関係並びに預け資産の性質などに照らして,著しく大規模かつ頻回に過ぎたものであったといわざるを得ない。
イ 取引の主導性(口座支配)
前記認定のとおり,このように大規模かつ頻回で,銘柄数が190以上と極めて多数に上り,短期売買,ナンピン買い,出し入れ取引(同一銘柄を短期に買付と売付を頻繁に繰り返すこと),買い直し(既存建玉を仕切ると同時に,同一日内に新規に売直し又は買直しをすること),途転等,種々の複雑な取引がなされているなど,本件における信用取引を中心とする株式取引は,一審原告の証券取引の知識及び経験から考えて,一審原告自身が適切な投資判断をすることが極めて困難な取引であったといえる。一審原告は,独り暮らしとなる老後の生活資金を確実に利殖する目的で,信用取引に臨んだもので,信用取引における取引期間が短期であることを考慮しても,本件における取引は余りに頻回であり,しかも,190以上もの銘柄を選択することは,到底その自発的・主体的な投資判断によるものとは考えられない。実際にも,前記認定事実によれば,一審原告は,BやCから勧誘された取引を断ったことがほとんどなく,また,自発的に株式の銘柄や数量を指定して取引を行ったこともほとんどなかったこと,特に,一審原告が海外旅行中も信用取引が行われていたことからみても,上記期間中の取引は,一審原告自身の適切な投資判断によって行われたとはいえないものである。
したがって,上記期間中の証券取引(投資信託及び債券取引を含む。)は,一審原告の証券取引に関する知識,経験,資産状況などに照らし,明らかに一審被告の主導の下に行われたものというべきである。
一審被告は,本件におけるすべての取引は一審原告の承諾の上で行われたもので,顧客の承諾がある場合には,口座支配の要件が欠けると主張するが,そもそも顧客の承諾がなければ無断売買であって,それ自体が違法である。口座支配は,顧客の承諾のある取引であっても,実質的にみて,それが証券外務員の情報・知識や経験に依存してなされ,顧客の自発的・主体的な投資判断に基づかないでされた場合をいうのであるから,一審被告の主張は失当である。
ウ 悪意性
B及びCは,このような証券取引が一審原告にとって明らかに不適合であるにもかかわらず,前記認定事実のとおり,一審原告がB及びCに依存しており,証券取引を勧誘すればほとんど断ることがないことを認識しつつ,平成9年10月21日から平成12年6月13日まで多数回・多額の過当な証券取引を勧誘して,これを行わせ,それにより7500万円を超える多額の手数料(これは一審原告が当時保有していた資産の大半を占める額である。)を取得したものである。手数料率(生じた手数料の総額を平均投資額で除したもの)は90%を超えているから,一審被告は,一審原告の利益を犠牲にして,自己の利益を図ったものというべきであって,悪意性も認められる。
エなお,一審被告は,不法行為の成否は,担当者ごとに検討すべきであり,B及びCの取引勧誘が全体として不法行為を構成するものではない旨主張する。
しかし,B及びCは,一審被告神戸支店において一審原告を担当する前任者及び後任者の関係にあり,いずれの担当の時点においても,株式の信用取引及び現物取引に投資信託及び債券の取引を組み合わせた証券取引が行われており,取引の規模や頻度にも大きな差はなく,Bが担当していた間に購入され,決済されないままCに引き継がれた有価証券及び建玉もあったのであるから,不法行為の成否を検討するに当たっては,Bが担当していた時点での取引とCが担当していた時点での取引を区別することなく,全体を一体のものとして考えるのが,取引の実態に則しており,妥当というべきである。
オ一審被告は,これらの証券取引は一審原告自身が判断して行っていたものであって,B及びCが本件の取引を主導したものではなく,また,B及びCが断定的な判断や虚偽の情報を提供した違法はないから,本件の取引によって生じた損失については,一審原告自身が負担すべきである旨主張する。
しかし,上記証券取引は,取引の頻度及び銘柄数が著しく多く,さらには一審原告の海外旅行中にも頻繁に取引が行われているところ,前記認定事実のとおり,一審原告は,自ら主体的に銘柄や数量を指定して取引を行うことはほとんどなく,B及びCに勧められるまま,これを断ることもほとんどなく取引に応じていたものであるから,自らの適切な判断により取引を行っていたとは評価し得ないというべきであり,前記のとおりの一審原告の知識や証券取引の経験等に照らすならば,一審原告は,このような規模及び態様の取引を,自ら積極的に行うような動機や能力も有しておらず,むしろ,BやCに情報・知識や経験を依存しており,一審被告は,その依存関係を利用して,積極的に証券取引を勧誘し,これを一貫して主導したと見るべきであるから,不法行為に該当するものといわざるを得ない。
したがって,一審被告の主張は採用できない。
4 争点(3)(因果関係)について
(1) B及びCは,平成9年10月21日以降,前記のとおり過当な証券取引を勧誘し,これを一審原告に行わせたものであるところ,その証券取引によって一審原告に多額の損失が発生したものであるから,B及びCの不法行為と,上記損失発生との間には,因果関係を認めるのが相当である。
(2) この点,一審被告は,一審原告に損失が発生したのは,予想し得ない株式相場の下落によるものであり,B及びCの不法行為と因果関係はない旨主張する。
しかし,証券取引,とりわけ株式取引は,株価の変動により損益が生じることを前提とする取引であるから,事前に予想し得ない株式相場の下落が損失の要因となることは別段特異なものではなく,むしろ,証券取引に内在する危険が顕在化したものというべきである。
したがって,事前に予想し得ない株式相場の下落があったことをもって,因果関係を否定する事情と評価することはできず,一審被告の主張は採用できない。
なお,一審被告は,Bが担当していた期間の証券取引では損失が発生していないことも因果関係を否定する事情として主張するが,前記のとおり,B及びCの行為を全体として一体の不法行為として評価する以上,その不法行為によってなされた全取引の最終的な結果として損失が生じている限り,不法行為と損失との間の因果関係は肯定されるというべきであり,取引継続中のある時点における損失の存否がその判断を左右するものではないから,上記主張も採用できない。
5 争点(4)(損害)について
(1) 一審原告が,B及びCの不法行為によって被った損害は,同不法行為によって行われた前記期間中の取引全体から生じた損害に,同不法行為と因果関係が認められる弁護士費用を加えたものである。
(2) 前記認定によれば,平成9年10月21日から平成12年6月13日までの証券取引(同日以降保有を続けたNTTドコモ株式12株に係る取引を除く。)は,株式取引において1508万7113円の損失,投資信託及び債券の取引において299万6843円の利益及び日興MRFの運用益等として118万2155円の利益の発生(この点については,一審原告は明らかに争わない。)があり,これら全体の損益は1090万8115円の損失であるから,これが上記不法行為によって行われた取引全体から生じた損害(ただし,上記NTTドコモ株式12株に係る損害を除く。)である。
(3) 次に,一審原告が一審被告神戸支店での取引終了に当たっても売却せず,保有を続けた上記NTTドコモ株式12株に係る損害を検討する。
株式信用取引において,その取引期間が終了した後に現物株を受領したときは,現物株の取得も信用取引の結果であり,その購入額と現物株の時価との差額が損害となる(現物株の価格相当額は損害から控除すべきである。)から,投資者が現物株を保有する限り,現物株の価格の変動に応じて損害は増減する関係にある(後に現物株の価格が高騰すれば,損害が消滅することもあり得るし,価格が減少すれば,損害が増大することとなり,現物株の売却により損害は確定する。)。したがって,顧客が現物株を保有する場合には,その含み損は株式信用取引と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であり,含み損は口頭弁論終結時をもって評価するのが相当であると解される。
前記認定によれば,上記12株の購入価額は,手数料を除き,5202万9762円(1株433万5813円)であり,証拠(甲29~32,一審原告)によれば,一審原告は,うち3株を平成12年10月6日に1株328万円(計984万円)で売却し,残る9株(株式分割後の45株)を現在も保有しているところ,口頭弁論終結時に最も近い平成17年5月27日時点のNTTドコモ株の時価は1株83万5000円(9株で計751万5000円)であることが認められるから,同株の口頭弁論終結時の含み損は,計3467万4762円となる。
(4)損害合計 4558万2877円
(5)過失相殺
ア一審原告は,本件の証券取引において,個々の投資判断を主体的,積極的に行っていたものではなく,B及びCに主導されていたものであるとはいえ,B及びCに依存して,本件のような態様での証券取引を行うことを容認し,個々の取引についても了承し,2年6か月以上にもわたって信用取引を含む証券取引を継続していたものである。しかも,一審原告自身,取引全体の損益を正確に把握していたわけではなかったとはいえ,一定の利益が出ているとの認識は持っており(一審原告本人),資産をさらに増やしたいという気持ちがあったからこそ,B及びCからの取引勧誘に応じていた面があったことは否定できない。そして,NTTドコモ株については,現引き後,一審原告は,自由な意思でそれを売却することが可能であったから,それを保持した結果,含み損が拡大したことについては一審原告にも相当な落度があったといわざるを得ない。
したがって,本件の証券取引による損害の発生につき,一審原告にも相当程度の落ち度があったものというべきであり,上記事情のほか,一審被告の取得した手数料額,前記認定の一審原告の属性や証券取引の経験など本件に現れた一切の事情を斟酌すると,一審原告の損害額については,5割の過失相殺をするのが相当である。
イ 過失相殺後の損害額 2279万1438円
4558万2877円×5割=2279万1438円
(6) 弁護士費用
本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,220万円と認めるのが相当である。
(7) したがって,本件において,一審被告が,一審原告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき賠償すべき損害額は,2499万1438円及びこれに対する不法行為後(最後の取引日)である平成12年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金となる。なお,一審被告は,本件訴訟は同被告に何ら帰責性のない理由により,1年7か月も遅延したが,同期間に発生した遅延損害金は一審被告の過失と相当因果関係のない損害であり,仮にそうでないとしても,過失相殺において斟酌されるべきであるなどと主張するが,本件訴訟の複雑性,困難性等と事案の真相を解明し,当事者の納得を得る訴訟審理をするためには相応の日時を要することなど諸般の事情を総合勘案すると,特段の遅延を生じているとは認め難いので,一審被告の上記主張は採用しない。
6 結論
以上の次第で,一審原告の本訴請求は,2499万1438円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないから,これを棄却すべきである。
よって,これと一部異なる原判決は一部失当であるから,一審原告の控訴に基づき,原判決を本判決のとおり変更し,一審被告の控訴は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 吉岡真一)