大阪高等裁判所 平成16年(ネ)814号 判決 2004年8月31日
東京都中央区<以下省略>
控訴人
光陽トラスト株式会社
同代表者代表取締役
A
和歌山県有田郡<以下省略>
控訴人
Y1
兵庫県尼崎市<以下省略>
控訴人
Y2
神戸市<以下省略>
控訴人
Y3
控訴人ら訴訟代理人弁護士
後藤次宏
大阪市<以下省略>
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
植田勝博
同
山田治彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2事案の概要
1 事案の要旨と控訴に至る経緯
(1) 被控訴人は,商品取引員である控訴人光陽トラスト株式会社(以下「控訴人会社」という。)の従業員の控訴人Y1(以下「控訴人Y1」という。),同Y2(以下「控訴人Y2」という。)及び同Y3(以下「控訴人Y3」といい,以上3名の従業員を「控訴人従業員ら」と総称する。)の勧誘行為により控訴人会社と委託契約を締結して商品先物取引を行った。
被控訴人は,次のとおり請求した。
ア 主位的に,控訴人らに対し,控訴人従業員らの一連の断定的判断の提供・説明義務違反,無敷,両建,仕切拒否,無断売買等の違法な勧誘行為により取引を行い損失を被ったと主張して,控訴人従業員らに対しては共同不法行為責任,控訴人会社に対しては使用者責任に基づく損害賠償として,1392万3000円(取引による損害1092万3000円,慰謝料150万円及び弁護士費用150万円)及び遅延損害金の支払を求めた。
イ 予備的に,控訴人会社に対し,控訴人従業員らの断定的判断の提供に基づく勧誘により先物取引を行うに至ったので消費者契約法4条1項2号により委託契約を取り消す旨主張して,不当利得返還請求権に基づき,控訴人会社に入金した委託証拠金1092万3000円及び遅延損害金の返還を求めた。
(2) 原審は,主位的請求につき,控訴人らの責任を認め,控訴人らの過失相殺の主張を認めず,慰謝料と弁護士費用の一部を除き,主位的請求を認め,控訴人らに対し連帯して1202万3000円(取引による損害1092万3000円及び弁護士費用110万円。慰謝料は認めなかった。)及び遅延損害金を支払うよう命じた。
これに対し,控訴人らが控訴し,原審の事実認定及び評価について争った。
なお,被控訴人は控訴していない。
2 前提事実(争いのある事実は,認定証拠を該当個所に掲げる。)
(1) 当事者
ア 被控訴人は,昭和18年○月○日生まれの男性で,後記(2)の取引(以下「本件取引」という。)当時,a(以下「a」という。)●●●管理者として勤務していた者である。
イ 控訴人会社は,先物取引業者であり,控訴人従業員らは,いずれも本件取引期間中控訴人会社の従業員であって,控訴人Y1は第1本部第2事業本部課長(店長),同Y2は同事業本部の係長,同Y3は第1本部第1事業本部の副本部長の地位にあった者である(乙14の1)。
(2) 本件取引
被控訴人は,平成14年7月11日(以下,特に断らない限り,日付は平成14年である。)から9月9日までの間,控訴人会社に対し,委託証拠金合計1446万円を入金して,別紙取引一覧表記載の先物取引(本件取引)を行い,その結果,1092万3000円の損失(手数料及び取引所税を含む。損益につき以下同じ。)を被った(乙7,8)。
(3) 委託証拠金の清算
被控訴人は,10月29日,前記入金済み委託証拠金1446万円から前記損失額1092万3000円を控除した残額である353万7000円の返還を受けた(乙24)。
3 主要な争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 控訴人従業員らによる勧誘行為は違法か(主位的請求)
ア 被控訴人の主張
控訴人従業員らの被控訴人に対する本件取引の勧誘行為は,以下のとおり違法であり,同人らは共同不法行為責任を負い,控訴人会社は使用者責任を負う。
(ア) 適合性原則違反
被控訴人は,昭和41年に大学を卒業後,aの管理者として勤務し,その一般事務に従事してきた者であって,株式等投資,投機取引の経験もなく,自分で情報を集めたり,自己の判断で指し値をしたりすることもできない者である。また,被控訴人は,当時仕事量が多く,毎日分単位で動くという立場にあったから,膨大な取引を行うための判断をする時間的な余裕もなかった。
また,被控訴人には,先物取引に投資する余裕資金も資産もなかったのである。
このように,被控訴人は,そもそも先物取引の適格性を欠く。
したがって,控訴人従業員らの被控訴人に対する本件取引の勧誘行為は,それ自体違法である。
(イ) 説明義務違反,断定的判断の提供
控訴人従業員らは,被控訴人に対し,先物取引の仕組みや危険性について必要な説明を怠り,逆に,控訴人Y2は,「2週間で安全でかつ確実にもうかる。」などと言って断定的判断を提供し,控訴人Y1は,「東京ゴム及びゴム指数は絶対上がる。責任を持つ。元本を保証する。」などと言って断定的判断を提供し,控訴人Y3は,「売玉を追加しなければ大変な損害になる。来週には7円ぐらい急落する。」などと詐欺的・断定的な説明を行って,被控訴人に本件取引を開始させ,継続させた。
(ウ) 無敷
商品取引員は,売買より前に委託証拠金を徴収する義務があるが,控訴人Y3は,8月5日,同義務を怠り,委託証拠金を徴収しないまま80枚の買建を行った。
(エ) 両建の勧誘
控訴人従業員らは,被控訴人に対し,専ら手数料稼ぎの目的で,控訴人Y2が7月15日,同Y3が同月25日,いずれも,「損失が出たので両建する必要がある。」などと言って両建を勧誘し,これを承諾させた。
被控訴人には両建の仕組みを理解するだけの知識がなかったので,被控訴人Y2あるいは同Y3に言われるままに応じざるを得なかった。
(オ) 仕切拒否
被控訴人は,8月8日,控訴人Y3及び同Y2に対し,順次,手仕舞いするよう指示したにもかかわらず,同控訴人らはいずれもこれを拒否した。
(カ) 無断売買
控訴人従業員らは,本件取引における売買の大半を,被控訴人の指示を受けないまま無断で行った。
(キ) 控訴人らの責任原因
前記(ア)ないし(カ)は,控訴人従業員らが,被控訴人から手数料を騙取する目的で一連,一体となって行ったものであるから,控訴人従業員らの共同不法行為に当たる。
これらは,いずれも,控訴人会社の職務の執行につき行われたものであるから,控訴人会社は,被控訴人に対し,使用者責任を負う。
よって,控訴人らは,連帯して,被控訴人に対し,控訴人従業員らの共同不法行為による損害を賠償する責任がある。
イ 控訴人らの主張
争う。以下のとおり,控訴人従業員らに共同不法行為は成立しない。
(ア) 適合性原則違反について
被控訴人は,aの管理者であって,十分な判断能力がある。また,被控訴人自身は有職者であり,妻も○○であって夫婦ともに収入があり,預貯金1200万円があって,当初投資予定額を1000万円と申告するなど余裕資金もあるから,先物取引の不適格者に該当しない。
そもそも,先物取引は,専門的知識と経験がなければ理解できないようなものではない。仕組みもそれほど難解なものではないし,相場の予測も一般人が行えないようなものではない。
(イ) 説明義務違反,断定的判断の提供について
控訴人従業員らの説明義務違反・断定的判断の提供の主張は否認する。
B(被控訴人に最初に先物取引を勧誘した控訴人会社の従業員。以下「B」という。)及び控訴人Y2は,本件取引の勧誘の際,被控訴人に対し,資料や相場情報等を使って取引の仕組みや危険性について説明し,被控訴人にこれを理解させた。被控訴人は,その上で,これらの書類(乙3ないし5)に署名押印し,あるいは理解度アンケート(乙4)の「損することもある」について「理解した」に丸印をしている。
一般社会人は,絶対もうかるものがあるということを信じないものであり,Bあるいは控訴人従業員らにおいて値上りするなどの断定的判断を提供したことはない。仮に控訴人Y1が断定的判断の提供をしたとしても,その予測はすぐにはずれており,被控訴人がその後委託を受けた控訴人Y3の発言を信じたはずはないから,控訴人Y3は断定的判断の提供をしていない。
(ウ) 無敷について
8月5日に,控訴人Y3が被控訴人から委託証拠金を受領せずに取引をしたことは認める。しかし,控訴人Y3の無敷の違法性の主張については争う。
無敷が受託契約準則により原則として禁止されていることは認めるが,これは顧客保護を目的とするものではないし,取締規定に過ぎないから,その違反が顧客に対する不法行為を構成することはない。
(エ) 両建の勧誘について
控訴人Y2及び同Y3の両建の勧誘行為が違法であるとの主張は争う。
両建は,予測が外れたときの対処方法として,損益を固定するという効用があり,一定の合理性を有する取引手法であるから,両建にするかどうかは,顧客の自己責任において行われるべきものであって,その勧誘が違法となることはない。
また,控訴人Y2は,取引開始当初及び両建を提案した時の各場面で,両建,追証,仕切り等の取引方法について適切に説明しており,両建しか手段がないなどと言って両建を強要したようなことはない。
(オ) 仕切拒否について
控訴人Y3及び同Y2の仕切拒否の事実は否認する。
そもそも,被控訴人は,8月8日,控訴人Y2及び同Y3に対し,手仕舞いを指示していない。
仮に仕切拒否があったとしても,両建状況での仕切拒否であって損金の増大はない。
(カ) 無断売買について
無断売買については否認する。
控訴人従業員らは,いずれも,被控訴人の指示を受けて本件取引の売買を行ったものである。
(キ) 控訴人らの責任原因について
争う。
(2) 被控訴人の損害額等(主位的請求)
ア 被控訴人の主張
(ア) 取引自体による損失額 1092万3000円
(イ) 慰謝料 150万0000円
(ウ) 弁護士費用 150万0000円
(エ) 合計額 1392万3000円
ただし,原判決は,(イ)慰謝料については認めず,(ウ)弁護士費用についても110万円のみ認容したが,被控訴人は認められなかった部分について控訴をしていない。
イ 控訴人らの主張
争う。
(3) 本件取引の消費者契約法による取消しの可否(予備的請求)
ア 被控訴人の主張
(ア) 被控訴人は個人であり,控訴人会社は法人であるから,本件取引の委託契約は,消費者契約に該当する。
(イ) 被控訴人は,前記(1)ア(イ)記載のとおり,控訴人従業員らから「絶対もうかる」との断定的判断の提供を受け,その旨誤信して本件取引の委託契約を締結した。
(ウ) 被控訴人は,7月11日から7月25日までの間に,控訴人会社に対し,本件委託契約に基づき,委託証拠金として合計1446万円を入金した。
(エ) 被控訴人は,平成14年10月31日送達の本訴状において,控訴人会社に対し,消費者契約法4条1項2号に基づき,本件取引の委託契約を取り消す旨の意思表示を行った。
(オ) よって,被控訴人は,控訴人会社に対し,同契約の取消しによる不当利得返還請求権に基づき,1092万3000円(前記(ウ)の入金済み委託証拠金額から返還を受けた353万7000円を控除した残額)及びこれに対する平成14年7月26日(被控訴人が控訴人会社に対して最後の委託証拠金を入金した日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 控訴人らの主張
争う。
控訴人従業員らが被控訴人に断定的判断の提供をしたことはない。
(4) 過失相殺(主位的請求について)
ア 控訴人らの主張
仮に控訴人らに責任があるとしても,本件取引においては被控訴人にも過失があるから,損害の算定に当たってしんしゃくすべきである。
イ 被控訴人の主張
被控訴人に過失があることは争う。
そもそも,このような不法な取引において,その責任を被害者に負担させ,加害者の不法行為による責任を免除する効果を生む過失相殺は,先物取引の被害を誘発するものであり,許されるべきではない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(控訴人従業員らによる勧誘が違法か否か)について
(1) 認定事実
前記前提事実,証拠(甲2の1ないし5,3,乙1の1ないし5,2ないし8,10の1ないし7,11の1ないし3,12の1ないし4,13,14の1,15ないし18,19の1ないし4,20の1・2,被控訴人本人,控訴人Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる(なお,事実認定上の主張についても触れる。)。
ア 被控訴人の経歴等
被控訴人は,昭和18年○月生まれ(本件取引当時59歳)の男性であり,昭和41年にb大学を卒業直後から,aの職員として勤務するようになり,本件取引当時はaの管理者(事務長)の地位にあって,同会館の行事の企画・運営業務に携わっていたが,経理を担当したことはなかった。
被控訴人は,本件取引まで,株取引等の投機取引の経験は全くなかった。
また,被控訴人は,上記勤務により収入を得ており,本件取引当時,約1500万円の貯蓄があったほか,被控訴人の妻も○○をしており,夫婦で収入を得ていた。なお,被控訴人は,本件後の平成15年3月25日,37年間の勤続の後,退職した。
イ 本件取引の勧誘及び開始
(ア) 被控訴人は,(平成14年)7月4日(木)及び翌7月5日(金),職場で控訴人会社の従業員であるBから2回電話を受け,先物取引を勧誘されたが,いずれもこれを断った。しかし,Bから3回目の電話があり,「資料だけでも送らせてほしい。」と言われたため,やむなくこれを承諾したところ,7月8日(月),控訴人会社から資料が送付されてきた。被控訴人は,その資料を開封しなかった。
(イ) 7月10日のBの訪問勧誘
被控訴人は,7月10日(水),職場でBの電話を受け,同人から「すぐ近くまで用事で来ているので立ち寄らせてほしい。」などと言われ,これを断ったものの,それにもかかわらずBが強引に被控訴人の職場を訪問してきたので,やむなく同人から話を聞くことにした。
Bは,被控訴人に対し,約20分間にわたり,先物取引について,①現物ではなく先物を売買すること,②建玉と落玉の価格差により損益が出ること,③先物取引では利益となることもあれば損失となることもあるが,損失が出ても追証・両建等の対処方法があることなどを説明した。そして,「東京ゴムは,現在107円だが,1か月で必ず127円に上がる。(委託証拠金が)1枚7万円なので,50枚なら(利益が)1000万円になる。今年中には150円から160円にまで上がる。」などと説明し,東京ゴムの買建を勧誘した(括弧内は発言していない。)。
被控訴人は,先物取引の仕組み及び危険性を十分理解できなかったが,Bからもうかると言われて熱心に東京ゴムの買建を勧められたことや,Bが自分の息子と同世代で,息子も同じような立場の仕事をしており親近感を覚えるなどしたことなどから,その気になり,東京ゴムを(委託証拠金で)約100万円分買い建てることを承諾した。
ウ 本件取引の経過
(ア) 7月11日の控訴人Y2の訪問
a 7月11日の訪問時の勧誘の概要
Bの上司(係長)であった控訴人Y2(当時29歳くらい)は,翌7月11日(木)午後1時ころ,Bとともに被控訴人の職場を訪れた。
控訴人Y2は,被控訴人に対し,約15分間にわたり,東京ゴムについて説明し,買建を勧め,被控訴人は買建を指示した。
また,同日,被控訴人は,控訴人Y2から求められるまま,「先物取引の危険性を了知した上で,<省略>私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」旨が記載された控訴人会社あての約諾書(乙2),「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙3。以下「対処説明書」などという。)に署名押印し,また,「口座設定申込書兼理解度アンケート」(乙4。以下「アンケート」などという。)の「先物取引の仕組みや危険性を理解した」等の項目に丸印を付け,署名押印した。さらに,商品先物取引委託のガイド(乙1の1。以下「委託のガイド」などという。)・同別冊(乙1の2)を受領した。
以下,個々の行為について更に検討する。
b 先物取引の説明及び東京ゴムの勧誘
(a) 控訴人Y2は,被控訴人に対し,約15分間にわたり,東京ゴムについて,罫線(乙19の1と同様のもの),相場情報を記載した書面(乙19の2ないし4と同様のもの)を示し,買い建てた場合に得られる利益の試算等を控訴人会社用箋に書いて示しながら,「東京ゴムは今後値上りする。今年中には150ないし160円になる。約100万円の委託証拠金であれば14枚買える。」などと説明した。
そこで,被控訴人は,委託証拠金101万円を入金して,東京ゴム14枚を買い建てるよう指示した(なお,実際には必要な委託証拠金額は98万円であり,101万円は控訴人Y2の計算違いであった。)。
(b) (控訴人らの主張について)
上記説明に関し,控訴人らは,控訴人Y2が先物取引の仕組み,危険性,ゴムの値動きや市況について説明したと主張し,これに沿う同控訴人の陳述書(乙15)の記載及びその本人尋問における供述がある。
しかし,以下の点を考慮すると,控訴人Y2の陳述書の記載及び供述はいずれも採用できず,控訴人らの上記主張は採用し難い。すなわち,
① 本件では,被控訴人が初心者であるにもかかわらず,取引開始日の翌日からいきなり合計114枚(後記(イ)の追加分を含む。)もの買玉が建てられており,このような大量の建玉は,損失を被る危険があることを認識した者の行動としては到底理解できないこと。
② 株取引等の投機取引の経験が全くない被控訴人に対して,先物取引のように難解な金融商品の仕組み,危険性を理解させるには相当の時間が必要と考えられるところ,前記説明時には,被控訴人は勤務中であり,控訴人Y2が被控訴人が理解できる程度に説明をする時間があったとは考えられないこと。
③ 控訴人Y2は,後記(イ)のとおり,同日午後3時までには帰社して控訴人Y1に前記面談結果を報告した上,被控訴人に追加の買建を勧誘しているのであって,控訴人Y2がその本人尋問で供述するように午後1時以降約3時間にわたって被控訴人の職場にいたはずがないこと。
④ 控訴人Y2は,後記のとおり,被控訴人に対して先物取引の経験がある旨の虚偽申告をするよう指導しており(争いがない。),そもそもその供述等の信用性自体に疑問があること。
c 対処説明書(乙3)及びアンケート(乙4)
(a) 対処説明書(乙3)
上記説明・勧誘の際,控訴人Y2は,「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙3)を示し,これに書き込むなどしながら決済,追証,難平,両建等について説明をした。被控訴人は,上記対処説明書に署名押印し,日付を7月10日とするよう求められて,そのとおり記載した。
上記対処説明書には,両建には保険機能があるが,これを外した場合は損金が大きくなる可能性があるなどと記載されているものの,両建について図示したグラフには,両建後首尾よく売玉を底値(又は買玉を天井)で決済し,その後反対の玉も値洗益が出て両方の建玉がいずれも利益となる場合の例のみが記載されており,両建後も決済が不首尾に終わって損失が拡大する場合については触れられていない。
(b) アンケート(乙4)
また,控訴人Y2は,上記説明の際,被控訴人に「口座設定申込書兼理解度アンケート」(乙4)を示し,被控訴人は,その先物取引の仕組みや危険性を理解した等の項目に丸印を付けた。
また,控訴人Y2は,被控訴人の商品先物取引の経験につき,エース交易で1年間金の取引を行っていた経験者である旨の虚偽の記載をするよう指示し,被控訴人は,その趣旨がよく分からなかったが,言われるままにアンケートにそのとおり記載した。また被控訴人は,投資予定額は1000万円,預貯金額は約1200万円である旨それぞれ記載した上,署名押印し,日付をBが被控訴人の職場を初めて訪問した7月10日付けとした。
控訴人Y2が被控訴人に先物取引の経験がある旨虚偽の記載をさせたのは,控訴人会社が,その内部規定で,取引経験3か月以内の新規委託者については,その保護育成を目的として,取引規模を投資額の7割以下かつ500万円以内に制限していたため,被控訴人には取引経験がある旨申告させて,上記制限を潜脱し,より多額の取引を行わせて,控訴人Y2自身の営業成績を上げるためであったと認められる。
(c) ((a)(b)に関する控訴人らの主張について)
控訴人らは,アンケート(乙4)において,被控訴人が説明を受けた内容に関し「理解した」という選択肢に丸印を付けていることや,このアンケートや「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙3)に被控訴人の署名押印があることから,控訴人従業員らが説明を尽くしたこと,説明を受けて被控訴人が理解したことを示していると主張する。
しかし,被控訴人は,形式的に丸印を付け署名押印したと供述しているところ,(b)で認定したように,顧客保護のための制限を潜脱して自己の成績を上げるために虚偽記載をさせた控訴人従業員らの態度にかんがみると,上記被控訴人の供述は信用できる。
(d) (アンケートに関する被控訴人の主張について)
他方,被控訴人は,上記アンケート中の取引経験,投資予定額,預貯金額については控訴人Y2が被控訴人に無断で記載したものであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。もっとも,だからといって,被控訴人が先物取引の仕組みが分かった上で,真に1000万円を投資しようと考えていたと認められるわけではない。エース交易で金の先物取引の経験があるように申告させられたのと同様,控訴人Y2から誘導されて記載された可能性もないわけではない。
また,被控訴人は,前記各書面はいずれも7月10日に作成されたと主張するが,控訴人Y2が初めて被控訴人と面談したのは7月11日であり,この時アンケートに取引経験につき虚偽の記載をするよう指示したものと認められるから,被控訴人の上記主張は採用できない。
d 委託のガイド(乙1の1)等
(a) また,控訴人Y2は,前記説明・勧誘の際,被控訴人に商品先物取引委託のガイド(乙1の1)・同別冊(乙1の2)を交付した。
以上のうち,同ガイド(乙1の1)には,表紙裏に,赤の枠囲みで,「顧客は,同冊子の内容を精読し,先物取引の仕組みを十分理解した上で取引を行う必要がある」旨の説明があり,2頁以降に,先物取引の仕組み,危険性(4頁・赤の枠囲み内),委託契約の手順と取引の流れ,取引の指示・(追証等)・決済,書類の確認方法,商品取引員の禁止行為(断定的判断の提供,利益保証,一任売買・無断売買,仕切拒否等)について解説した上,末尾に用語解説が記載されている。
また,商品先物取引委託のガイドの別冊(乙1の2)には,商品取引所一覧,主要上場商品の取引単位と値動きによる差損益一覧表,損益計算の具体例,委託本証拠金・委託(受渡)手数料一覧表,委託追証拠金の計算例,上場商品の相場情報等について記載されている。
(b) しかし,控訴人Y2は,「読んでおいてほしい。」というようなことは言ったが,内容を具体的に説明することはしなかった。
(イ) 7月11日の電話
a 控訴人Y2は同日(7月11日)帰社して買建の手続をし,上司の控訴人Y1(当時39歳くらい)に報告した後,午後3時ころ,被控訴人の職場に電話して,前記東京ゴム14枚の買建が成立した旨を報告した(単価は109円)。
その際,控訴人Y2は,さらに,「店長が特別に持っている東京ゴムで,キャンセルになった分が200枚あり,2週間で絶対に値上りして決済できる」旨を告げて,その上司の課長(店長)である控訴人Y1に電話を代わった。
控訴人Y1は,被控訴人に対し,「自分が責任を持つので200枚特別にどうか。」などと言って,東京ゴム200枚(委託証拠金は1400万円)の買建を勧誘した(この点について,控訴人Y2は,店長の特別枠といった話はしていないというが,先物取引についても先物取引業者についてもさして理解できていない被控訴人が創作できるような話ではなく,また,被控訴人が10円動けば総額で2000万円も動くような取引を,いきなり,そのような勧めなしに自ら進んでするはずがなく,控訴人Y2の供述は信用できない。)。
b このような勧誘に対して,被控訴人は,当初は「資金がない。」などと言って断っていたが,店長である控訴人Y1が「信頼してほしい。2週間で決済するので100枚だけ特別にどうか。元本は保証する。ゴム指数(大阪ゴム指数)も上がる。これは倍率が2万倍で効率が良いのでどうか。」などと言って勧誘したので,被控訴人もその気になり,東京ゴム100枚及び大阪ゴム指数30枚の買建を指示した(このような事実は,被控訴人がこのころ記載したメモである甲2の1ないし4によっても裏付けられている。)。東京ゴムは7月12日に単価106円で,大阪ゴム指数は同日単価97.9円で買建された。
(ウ) 取引経験の申告等(7月12日,15日)
a 控訴人Y2は,翌7月12日(金)午前11時ころ,前項の建玉の合計925万円の委託証拠金を預るために被控訴人の職場を訪問した。そして,その際,被控訴人に対し,「控訴人会社管理部のC(以下「C」という。)が被控訴人の取引経験について調査しに来るので,そのときは,前記アンケート(乙4)に記載したとおり,5,6年前エース交易で金の取引経験があることにしておいてほしい。」と要請し,被控訴人はこれを承諾した。
また,同日午後5時ころ,控訴人Y1及びその上司(控訴人会社第1本部第2事業本部副部長)であるD(以下「D」という。)が被控訴人の職場を訪れたが,その際,Dも,控訴人Y2の指示どおりCに取引経験がある旨虚偽の申告をするよう念を押した。
b 被控訴人は,7月15日(月),Cの訪問を受け,取引経験があるかどうか聞かれたので,控訴人Y2及びDの前記指示に従って,「5,6年前にエース交易で金の先物取引をしたことがある。」旨を回答した。
なお,その際,Cから渡された「お取引について」と題する書面(乙5。「商品取引では元本は保証されておりません。」などと記載されている。)及びアンケート調査表(乙6)に,それぞれ必要事項を記載した上,署名して,それぞれCに提出した。
(エ) 7月15日,16日の両建等の措置
a 控訴人Y2は,7月15日(月)午後1時30分ころ,被控訴人の職場に電話をかけ,「タイがゴムの在庫を13万トン売却してゴムが暴落し始めたので,両建してプラスマイナスゼロにしなければならない。そのためには委託証拠金が511万5000円必要である。」旨を告げた。被控訴人は,いったんは「資金がない。」などと言って断ったが,同控訴人から,「被控訴人の委託証拠金は292万5000円しか残っていない。一部損切りして両建にするとしても最低限210万円(30枚分)は必要である。」と言われ,やむなく210万円を入金した。
b そして,翌7月16日(火),東京ゴム50枚の売建(単価101.7円),買玉54枚の決済(単価102.6円)により,買60枚・売50枚の一部両建とされ,大阪ゴム指数30枚(単価94.4円)も決済された。
被控訴人は,同日(7月16日)午後4時過ぎころ,控訴人Y2に電話したところ,控訴人Y2は,「両建をしたので安心だ。うまく操作して売りと買いとを外して行く。損はさせない。」などと言った。
(オ) 7月25日の取引
控訴人Y3は,7月25日(木)午後1時ころ,被控訴人の職場に電話をかけて,「今は東京ゴムが値下がり傾向なので,売りを60枚追加しないと大変な損害になる。60枚分の委託証拠金が420万円必要である。盗んできてでもこれだけは入れてください。」などと言った。
被控訴人は,いったんは「資金がない。」と言って断ったが,控訴人Y3から,「半分の210万円だけでも用意しなければ大変なことになる,毎日350万円ずつの損が出る,入金するまでには30枚売り建てておく。」と言われ,やむなくこれを承諾し,その結果,買60枚・売80枚の一部両建となった。
その際,被控訴人は,控訴人Y3に対し,控訴人Y2,同Y1の説明に反して東京ゴムが値下がりしたことについて苦情を言ったところ,控訴人Y3から,「値上りするのは来年になってからだ。」との説明を受けた。
(カ) 7月26日の電話
被控訴人は,7月26日(金)午後3時45分ころ,職場で控訴人Y3から電話を受け,「7月25日,26日と値動きがないので,来週にはドーンと7円くらい下がってきます。ストップ安が来ます。売越しの20枚をまず決済すると同時に買い60枚を決済してしまう。」などと言われ,やむなくこれに従った。
(キ) 7月30日の電話
被控訴人は,7月30日(火)午後1時ころ,職場で控訴人Y3から電話を受け,「東京ゴムは予測に反して値下がりしなかったが,両建をしているので今はまだ安心である。」旨説明されたので,控訴人Y3の予測が外れたことについて苦情を言ったところ,控訴人Y3からは,「弘法も筆の誤りということもある。」などと言ってはぐらかされた。
(ク) 8月5日の電話
a 被控訴人は,8月5日(月)午前10時45分ころ,職場で控訴人Y2から電話を受け,「東京ゴムが急落しているので,昼前に買玉を先に決済する。」旨説明され,やむなくこれを承諾し,買玉が全部決済された(単価104円)。
そして,被控訴人は,その直後,控訴人Y2から,再度,電話で,売玉30枚を追加するよう勧誘されたため,これに応じ,売110枚・買0枚の状態になった。
b 同日(8月5日)午後,東京ゴムは値上りに転じ,控訴人Y2は,同日午後2時ころ,被控訴人の携帯電話に電話して,「大企業の買いが集中したためゴム指数がストップ高になっており,東京ゴムも急騰しているが,午前中に買玉を全部決済してしまった。これが2,3日続けば2,3000万円の損失になるので,買玉110枚を建てて両建にした方がよいが,そのためには1150万円必要である。」旨を説明したが,被控訴人は,資金がないなどと言ってこれを断った。
しかし,上記通話内容について控訴人Y2から報告を受けた控訴人Y3は,同日後場3節で,80枚の買建をして(単価105.3円)売80枚・買80枚の両建にした。その上で,控訴人Y3は,同日午後4時ころ,被控訴人の職場に電話して,被控訴人に謝罪した上,控訴人Y3が裁量で80対80の両建にした旨説明し,委託証拠金367万8000円を入金するよう指示したが,被控訴人は資金がない旨告げてこれを拒否した。
(ケ) 8月6日の電話
控訴人Y3は,8月6日(火)午前11時ころ,被控訴人の職場に電話し,「今106円に値上りしているので,このまま両建を維持して,110円になれば買玉を決済したいが,追証の入金がなければ40枚ずつ強制決済して40対40にせざるを得ないので,同日午後3時までに返事をするように」と指示した。
しかし,被控訴人がこれを拒絶したので,控訴人Y3は,入金期限として指定した午後3時を待たずに,まず,同日午後2時30分ころ,買玉40枚を,次いで,同日午後3時30分ころ,売玉40枚をそれぞれ強制決済し,その結果,売買各40枚の両建となった。
エ 弁護士との相談及び取引の終了まで
(ア) 8月6日,7日の出来事
a 被控訴人は,同日(8月6日),本件取引の件で弁護士(本件被控訴人代理人)に相談し,控訴人側と接触を持たないよう指示されていた。
翌8月7日(水)午前10時ころ,控訴人Y3から電話があり,その際,被控訴人は,同控訴人に対し既存の建玉を全て決済するよう指示したが,控訴人Y3は,「今手仕舞いすれば更に1200万円の損になる。」などと言ってこれを拒否した。被控訴人は,更に「本件先物取引は詐欺商法ではないか。」などと抗議して,何度も決済するよう指示したが,控訴人Y3は,「できるだけ損させないようにする。」などと言ってしつように取引の継続を勧誘し,被控訴人による決済の指示を取り合わなかった。
b また,同日(8月7日)午後4時50分ころ,控訴人Y2は被控訴人の職場を訪問し,損失を出したことについて謝罪するとともに,「残りの建玉で少しでも損を回復したい。」旨を述べて建玉維持の勧誘をした。
被控訴人は,これを拒絶した上,直ちに決済するよう再三指示したが,控訴人Y2は,上記同様の説明をして取引の継続を勧めることに終始し,決済の指示に応じなかった。
c (控訴人らの主張について)
なお,控訴人らは,控訴人Y3及び同Y2が被控訴人から決済の指示を受けたことを否認し,これに沿う内容の控訴人Y2(乙15)及び同Y3(乙17)の陳述書の各記載及び本人尋問における各供述がある。
しかし,①本件取引では8月8日以降一切売買がされていないこと,②被控訴人が8月6日には本件取引の件で弁護士に相談していること,前記電話の際控訴人Y3に対して詐欺商法ではないかと強く抗議していること(争いがない。),8月以降は,それまで提出していた取引確認書(乙12の1ないし4)も提出していないことなどに照らし,被控訴人には控訴人会社と取引を継続する意思があったとは考えられないこと,③本件取引の建玉は9月9日まで維持されているにもかかわらず,控訴人らは,平成15年4月9日付け準備書面3において,控訴人Y3が8月8日に決済の指示を受け,翌9日にこれを実行した旨主張するなど明らかに真実に反する主張を行ったばかりか,平成15年7月9日付け準備書面4において,被控訴人・控訴人Y3は,8月8日,話合いの結果,40対40の両建で様子を見ることにした旨の主張を追加するなどの主張の変遷がみられること(この点は弁論の全趣旨により認められる。)などを総合すれば,前記陳述書の各記載及び各供述は信用できない。
(イ) 取引の終了
9月9日,全建玉が決済され,本件取引が終了した。
その損益は,1092万3000円の損失であったことから,被控訴人は,10月29日,入金済み委託証拠金1446万円からその損失額を控除した残額である353万7000円の返還を受けた。
(ウ) なお,本件取引における各売買については,その都度,売買報告書および売買計算書(乙10の1ないし7はその控えである。)が,毎月末ころ,残高照合通知書(乙11の1ないし3はその控である。)が,それぞれ被控訴人あてに送付されていた。
(2) 判断
ア 適合性原則違反について
(ア) 投機取引は自己責任が原則である。
しかし,先物取引は,①仕組みが複雑で,相場の予測も極めて困難であり,一日のうちに値が大きく動くこともあり,多額の損失を被る危険性を有すること,②委託証拠金によって,実際に支払う額に比して高額の取引が可能な制度があり,しかも,取引の手数料が高く,相場の予想が的中しても手数料を差し引きすると損がでる場合があること,③限月があるため,相場の改善を待つとしても限界があるから,損を承知で決済しなければならない場面もあることなどの特色がある。
このため,取引の仕組み及び危険性を理解して自己の判断で売買を行う能力を欠く者や,取引による損失に耐え得る資力を有しない者などは,そもそも先物取引を行う適格性を欠くものというべきである。
商品取引員は,このような者に対しては,先物取引を勧誘すること自体が許されず,また,勧誘自体が許される場合であっても,初心者に先物取引を勧誘する場合は,同人が経験不足のため不測の損害を被ることのないよう,過大な取引の受託を控えるべき信義則上の義務を負うものというべきである。
(イ) 本件について検討する。
a 被控訴人は,4年制大学を卒業した学歴を有し,本件取引当時,aの管理者の地位にあった。しかし,一般に先物取引よりは仕組みが簡単な投機でリスクも小さい株取引の経験さえなく,そのような投機的な関心とは無縁に生活してきた者である。
先物取引における適合性は,最終学歴が高ければ適合性が高いとは必ずしもいえないのであって,リスクのない商品しか購入してこなかった者と,特に投機的な関心が高く,ある程度リスクがあってもリターンを求めてリスクのある商品に投資してきた者(リスクをとることに対する親和性が一定程度あるといえよう。)と比較すれば,学歴いかんを問わず,適合性は後者の方が高いと考えられる。
b また,一般に日中仕事に忙殺され,相場の変動に関心を払っていられないような者は,自らの判断で注文を出すことなどは事実上困難であり,その間に高額の損得が生じかねないとなれば,一般には適合性は低くなると考えるべきである。
このような者が先物取引を行おうとすれば,結局は先物取引業者に任せなければならない事態になりやすいが,先物取引業者と顧客の利害は必ずしも一致するものではなく,先物取引業者としては顧客に対し,可能な限り,多額,多数回の取引を勧める傾向が生ずることにもなる。
c また,委託証拠金により取引ができるために,手持資産に対して,高額の損失を生じることも多く,損失が生じてみて初めてことの重大さに気づき,自己の失敗を回復しようと更に資金をつぎ込むことになること(しかも,先物取引業者としてはそのような行動は自己に利益を生み出すことになるから,顧客の資産状態への心配は薄くなり,どうしても過大な取引を勧めがちになる。)も,世上しばしば見受けられるところである。
このような実態も踏まえると,およそ先物取引をするのに適合しているかどうかは,厳格な判断に親しむと考えられ,実態が理解しうるかということのみならず,実態がわかった上でなお先物取引を行うような状況にあったかという観点から検討されるべきである。
本件についていえば,被控訴人が預貯金が1200万円であり,投資予定額は1000万円である旨申告していたとしても,それがなくなっても生活に支障がないような余裕資金であったかどうかは不明である。被控訴人の投資歴,仕事の状況等を考え合わせた場合,被控訴人が先物取引の実態がわかってもなお先物取引を始めたとは想定しにくい。そして,いきなり大口の取引をしていること自体,先物取引の仕組みがわかっていないことの最大の徴表というべきであり,被控訴人には適合性がなかったことを裏付けているといえる。
d これに反する控訴人らの主張は採用できない。
イ 断定的判断の提供・説明義務違反・両建について
(ア) 先物取引は,自己責任が原則であるが,以上のとおり,先物取引は複雑困難で危険を伴うこと,一般投資家と商品取引員との間には,先物取引の知識・経験・情報量において顕著な格差があり,一般投資家は商品取引員の提供する情報・助言に依拠して取引を行わざるを得ないこと,商品取引員が一般投資家に先物取引を行わせることで手数料収入を得ていること等の特質がある。
これらの点にかんがみると,商品取引員は,先物取引を勧誘する際,顧客に対し,その自由な判断を阻害するような断定的判断を提供してはならないばかりでなく,顧客の属性に応じて,取引の仕組み及び危険性等の重要事項について十分説明する義務があるというべきである。
(イ) これを本件についてみるに,控訴人従業員らは,被控訴人に対し,①控訴人Y2は,先物取引についての知識・経験が全くなかった被控訴人に対し,先物取引の仕組み,危険性等について十分な説明を行わなかったばかりか,かえって,東京ゴムは必ず1か月で127円に上がるなどの断定的判断を提供して本件取引を開始させ,②控訴人Y2及び同Y1が,店長(控訴人Y1)が特別に東京ゴム200枚を持っており,必ず値上りするとか,大阪ゴム指数が必ず値上りするなどの断定的判断を提供して取引規模を過剰に拡大させ,③控訴人Y3が,来週には東京ゴムが7円くらい下がる旨の断定的判断を提供するなどして本件取引を継続させたものと認められる。
以上の勧誘行為は,いずれも,断定的判断の提供として違法といわざるを得ない。
(ウ) (控訴人らの主張について)
なお,この点,控訴人らは,本件取引の勧誘の際,被控訴人に対して先物取引の仕組み及び危険性について解説したパンフレットを交付した事実をもって説明義務を履行した旨主張する。
しかし,控訴人従業員らは,危険はあってもこれを回避する方法があるとか,本件取引は利益になるとかいって勧誘したのであるから,被控訴人に先物取引の危険性を説明しなかったのと異なるところはなく,控訴人らの上記主張は採用できない。
(エ) (両建について)
また,両建(既存の建玉を仕切らないまま反対の玉を建てること)は,同一限月の場合,買玉と売玉が相互に値洗損益を完全に打ち消し合うため,仕切りと類似の効果を得られるものの,両建の時点で手数料が必要となって,既存の玉を仕切ってその後新規に玉を建てた場合と比較して経済的な合理性が乏しいだけでなく,建玉が維持されるため,決済により利益を出すためには,値動きに対してきわめて難しい判断が要求されることから,業者側から両建を積極的に勧誘する場合,顧客に仕切りとの相違を説明する義務があるというべきである(ただし,両建の受託そのものが直ちに違法であるとはいえない。)。
しかし,控訴人Y2及び同Y3は,その旨の説明を怠っただけでなく,被控訴人に対し,両建が損失の拡大を防止し,損失を回復するための唯一の手段であるかのような説明をして両建を勧誘したものと認められるから,この点も,違法性を有するものといわざるを得ない。
ウ 無敷について
被控訴人は,無敷を委託者との関係で違法になると主張する。
しかしながら,受託契約準則により無敷が禁止されている第一次的な意味は,商品取引員の委託者に対する債権を担保するためであり,委託者の過大な取引を防止させる機能があるとしても,それはあくまで副次的効果に止まり,また,無敷自体によって自己責任による投機判断が阻害されるものでもないことを考えると,委託証拠金の徴収なくして行った取引が直ちに委託者との関係で違法になるものとは解されない。
したがって,この点に関する被控訴人の上記主張は採用できない。
エ 仕切拒否について
控訴人Y2及び同Y3は,8月8日,被控訴人による仕切り指示を拒否したものと認められ,これは,自己責任による投機判断を著しく妨げるものであるから,違法な仕切拒否に該当するというべきである。
前記認定のとおり,被控訴人の強い仕切要請に対しても,しつこく取引継続を勧め,取り合おうとしないなど,控訴人Y2及び同Y3の態度は悪質である。
オ 無断売買について
被控訴人は,無断売買を主張する。被控訴人の意思に合致していない疑いのある取引も存在するが,全く無断で売買したとまでは認められない。したがって,この点に関する被控訴人の主張は採用しない。
カ 控訴人らの責任原因
(ア) 前記(1)に認定した各事実によれば,前記ア,イ及びエの不法行為は,控訴人従業員らが,控訴人Y2及び控訴人Y1において,共同して,断定的判断の提供により,先物取引の初心者である被控訴人に対し,過大で不適合な取引を開始させ,控訴人Y3が,これを前提として,断定的判断の提供により被控訴人に取引を継続させ,更に,控訴人Y2において仕切拒否により取引の継続を図ったものと認められる。
そうすると,控訴人従業員らの上記一連の行為は,被控訴人に先物取引を開始・継続させるため,一体的・連続的に行われたものといわざるを得ないから,控訴人従業員らは,被控訴人に対し,共同不法行為に基づき,連帯して,本件取引により被控訴人に生じた損害を賠償する責任があることになる。
(イ) また,前項の不法行為は,いずれも,控訴人従業員らが,控訴人会社の職務の執行につき行ったものと認められるから,控訴人会社は,使用者責任に基づき,控訴人従業員らと連帯して,本件取引により被控訴人に生じた損害を賠償する責任があるというべきである。
2 争点(2)(被控訴人の損害額等)について
(1) 取引自体による損失額 1092万3000円
(2) 弁護士費用 110万0000円
(3) 合計 1202万3000円
(4) 遅延損害金
被控訴人は,控訴人に対し,平成14年7月25日(被控訴人が最後に控訴人会社に委託証拠金を入金した日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するが,控訴人従業員らの不法行為は,前記認定のとおり,同年8月8日の仕切拒否まで継続しているから,被控訴人は,控訴人らに対し,同日以降の遅延損害金の支払を請求できるものと解するのが相当である。
なお,前記のとおり,原審では請求のあった慰謝料については,当審では不服の対象とされていない。
(5) 過失相殺
被控訴人が本件取引に至った経緯,その従前の取引経験,本件取引における控訴人従業員らの勧誘行為の内容,悪質性,責任の程度等の諸事情からすれば,被控訴人に過失相殺として損害の算定に際してしんしゃくすべき過失は認められないというべきである。
(6) よって,被控訴人の請求は1202万3000円及びこれに対する平成14年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める範囲で理由がある。
第4結論
以上から,被控訴人の請求は前記の範囲で認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと結論を同じくする原判決は相当である。
よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 礒尾正 裁判官 金子修)
<以下省略>