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大阪高等裁判所 平成16年(ネ)984号 判決 2005年1月20日

主文

1  原判決主文第1項を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、129万9503円及びうち107万0190円に対する平成15年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、本判決が控訴人に送達された日から14日を経過したときは、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の本件請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は、債権者である被控訴人が、債務者Aの第三債務者国に対する供託有価証券取戻請求権を差し押さえたにもかかわらず、大阪法務局民事行政部供託課職員(以下「供託課職員」という。)、執行裁判所である大阪地方裁判所(以下「執行裁判所」という。)裁判官又は同書記官の過失により、配当手続に参加して配当を受け取ることができなかったとして、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、得べかりし配当金相当額の損害賠償金(配当期日である平成8年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払を請求した事案である。

原審は、執行裁判所裁判官又は同書記官の過失を認め、遅延損害金請求部分につき過失相殺による減額をして、請求を一部認容した。

2  争いのない事実等、争点及び争点に対する当事者の主張は、次の当審における当事者の主張のほか、原判決の事実及び理由、第2の1、2(原判決2頁16行目から14頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

3  当審における控訴人の主張

(1)  争点(2)(執行裁判所裁判官又は同書記官の行為にかかるもの)について

ア 本件において、執行裁判所の行為が国家賠償請求の対象となるか。

原判決は、配当期日の呼出しを受けていなかった被控訴人が、適時に執行異議を申し立てることは不可能であったといえるから、昭和57年判決の適用を受ける前提を欠くとする。

しかし、配当期日に呼び出されず、配当表にも記載されなかった者は、配当異議の訴えを提起する原告適格を有せず、配当表の作成手続の違法を理由として、執行異議の申立てによりその是正を求めるべきであるとされている(最高裁平成6年7月14日第一小法廷判決・民集48巻5号1109頁)。そして、動産引渡請求権の差押債権者は、他の差押手続と競合している場合には、執行裁判所に対して積極的に通知をするなどの手だてを講じ、そのために手続の推移を注視し、適宜執行裁判所に問い合わせるなどして進行状況を把握しておくべきであったことも考え合わせると、配当期日の呼出しを受けなかった被控訴人についても、自ら競合する債権差押命令手続について調査を尽くし、適時に執行異議の申立てをすべきであったのであり、昭和57年判決の射程は本件にも及ぶと解するのが相当である。

また、原判決は、昭和57年判決について、権利関係の外形と実質的権利関係との不適合が生じ、権利関係の外形に依拠して執行手続を実施した執行裁判所の処分に関する国家賠償法の適用を制限したものであり、執行裁判所が、記録に現れた権利関係の外形自体の認定を誤った本件のような場合にまでは妥当しないとする。

しかしながら、後記のとおり、動産引渡請求権の差押命令の執行手続においては、民事執行法及び同規則上、執行裁判所書記官は、当該事件記録に基づいて権利関係の判断を行えば足り、他の事件記録まで調査すべき義務を負うことはなく、仮に、そのような調査義務を負うとしても、本件では、執行裁判所書記官において権利関係の外形自体の認定を誤ったことはないのであるから、昭和57年判決の射程は本件にも及ぶものである。

なお、昭和57年判決の調査官解説では、同判決の事例の枠を超えて適用される可能性があることが示唆されており、執行手続における権利侵害は、他の執行当事者や利害関係人に対し直接利益をもたらすものであるから、第一義的にはこれらの者との間で解決されるべき問題であり、損失を国民全体に転嫁し国民全体で負担する国家賠償にはなじまないとの考慮があったものと推察されるなどと指摘されていることからしても、本件のような場合にも、昭和57年判決の法理が及ぶと考えるべきである。

そうすると、本件において、被控訴人が第一次的な救済手段である執行異議の申立てをすることを怠ったことによる損害について、控訴人に請求できる特段の事情があることの主張・立証がない以上、本件請求は棄却されるべきである。

イ 執行裁判所裁判官又は同書記官の行為の過失又は違法性について

(ア) 執行裁判所書記官の調査義務について

民事執行法165条4号は、動産引渡請求権の差押えがなされている場合について、執行官がその動産の引渡しを受けた時までに、競合する差押え、仮差押えの執行等をした債権者(以下「競合差押債権者」という。)は、配当等を受けることができると定めている。

しかし、動産引渡請求権の差押命令の執行においては、不動産執行における各種の差押えの登記や動産執行における執行官の封印等による差押えの表示のような公示方法が定められていない。

また、執行裁判所は、動産引渡請求権の差押命令の発令に先立ち、債務者又は第三債務者の審尋を行わず、また、差押命令発令後に後行差押えがなされたとしても、先行差押えの執行裁判所がその事実を知る民事執行法及び同規則上の制度はない(香川保一監修・注釈民事執行法第6巻・802頁、同書814頁(注2))。

とりわけ、動産引渡請求権の差押命令の執行においては、通常の債権執行のように第三債務者の供託があり得ない。そうすると、執行裁判所が債権執行において競合差押債権者の存在を知ることのできる手段として想定されている第三債務者の供託に伴う事情届(民事執行法156条3項)が提出されることはないこととなる(香川・前掲書803頁、804頁)。

以上のとおり、動産引渡請求権の差押命令の執行において、執行裁判所が、競合差押債権者等の存在を一般的に知り得る制度は、現行法制度上存在しない。

また、競合差押債権者等の存在を知ることができる数少ない手段である第三債務者の陳述催告についても、差押債権者の申立てがある場合に行われ(民事執行法147条1項)、職権により行うものとはされていない。これに対し、電話加入権執行、預託株券等執行においては、執行裁判所が職権で陳述の催告を行うこととされている(民事執行規則147条)。

そうすると、動産引渡請求権の差押命令の執行においては、執行裁判所が競合する差押債権者を知る方法は、むしろ、競合差押債権者の積極的な行動にゆだねられていると解すべきである(香川・前掲書815、816頁(注8))。

以上に照らせば、執行裁判所は、配当手続に当たり、競合差押債権者等の有無を当該事件の記録に基づいて判断すれば足り、それを超えて、他の競合差押債権者等がいるかを調査確認する手段を講じるべき法律上の義務はないというべきである。

これに対し、原判決は、期日の呼出しを裁判所が職権で行うものとされていること(民事執行法20条、民事訴訟法94条参照)を根拠とし、執行裁判所書記官には、配当を受けるべき債権者を確定するための適切な調査確認手段を講じるべき注意義務があるとする。しかし、民事執行法20条が準用する民事訴訟法94条は、期日の呼出しの方法について、呼出状の送達等によるべきことを定めるものにすぎない。また、同法98条は、裁判所が職権で送達を行うとし、送達を裁判所書記官の事務と定めているが、これらの規定を総合しても、期日の呼出し方法の選択及び呼出しの実施について、裁判所が職権で行うことを定めているにとどまり、これらをもって、呼び出すべき者を裁判所書記官が職権で確定すべき注意義務があることの根拠規定と理解することはできない。

したがって、執行裁判所書記官が、配当を受けるべき債権者を確定するため、本件配当手続を行った事件記録のほかに、競合差押債権者の有無について「適切な調査確認手段を講じ」るべき注意義務を負うと解すべき理由はない。

(イ) 執行裁判所書記官の調査確認義務違反について

原判決は、1666号事件の差押決定は、本件配当手続を実施した「執行裁判所」と同一の「執行裁判所」に属する裁判官が行ったものであり、1666号事件の記録には、被控訴人の差押えの事実が記載された陳述書が存在したのであるから、「執行裁判所」が保有する資料から、競合差押債権者として被控訴人を確認できたと判示する。

本件配当手続は、1734号事件及び3511号事件(以下「先行事件」という。)の差押債権者が、大阪地方裁判所執行官に対し、それぞれ差押命令に基づいて第三債務者に対する動産引渡執行を申し立て、執行官が、(共同)動産引渡執行手続を実施して、本件有価証券の売得金を先行事件執行裁判所に提出したことにより、先行事件が黙示的に併合されて実施されたものである(甲9)。

これに対し、1666号事件は、先行事件と全く別個独立に手続が進行しており、本件配当手続を実施した先行事件の執行裁判所とは別の執行裁判所が行った執行手続である。そして、1666号事件の差押え(平成6年)は、先行事件(いずれも平成5年)に遅れていたのであるから、先行事件の記録をいかに精査しても、1666号事件の存在は明らかにはならず(甲8、甲9)、先行事件の執行裁判所が、その保有する資料から当然に競合差押債権者として被控訴人を確認できたとはいえない。

大阪地方裁判所第14民事部(執行部)においては、平成5年度に債権差押事件4048件、電話質権を除く担保権実行事件702件、平成6年度は、それぞれ4269件、617件の新受事件を受理するなど、年間4000件以上の債権執行事件を担当していたから、同部に所属する裁判所書記官等が他の執行事件の記録を検討しなければならないとすれば、執行事件の迅速な処理を妨げるとともに、事実上不可能を強いるものにほかならず、第三債務者から陳述書の送付を受けるたびに、競合する債権差押命令申立事件の記録を探し出した上で、これに他の競合する差押事件の存在を記載するなどの事務を行うことは、到底現実的な方法ではなかった(乙8)。

また、そもそも、先行する差押債権者による差押えがあった後、債務者が転居した場合のように、競合する差押命令を発令する裁判所が同一であるとは限らないから、被控訴人が主張するような手段を講じたとしても、必ずしも執行裁判所が競合する差押債権者を常に把握できるわけではなく、執行裁判所が被控訴人主張のような措置を講じるべき合理性も欠ける。

さらに、本件においては、先行事件の執行裁判所書記官は、上記の実情を背景に、実務上の工夫として、本件照会を行い、第三債務者(供託課職員)に電話をして、差押えの競合を確認している。

(ウ) まとめ

以上のとおり、本件配当手続を実施した先行事件の執行裁判所書記官は、先行事件の執行事件記録によるほかに、競合差押債権者たる被控訴人の存在を調査確認するための手段を講じるべき注意義務を負うことはなく、仮に、これを負うとしても、適切な手段による調査確認を行ったものであるから、注意義務を尽くしたというべきである。

(2)  争点(3)(被控訴人の損害及び因果関係)について

債権差押手続は、被担保債権の満足を図る手続であるところ、被控訴人が本件配当手続により配当金を受け取れなかったとしても、被担保債権額が差押時の債権額のまま存続しているという結果が生じたにすぎないから、被控訴人に何ら損害はない。

控訴人が被控訴人に対して損害賠償金を支払ったとしても、被控訴人のAに対する債権の帰趨に当然に影響するものではないから、被控訴人は、Aから債権額全額を回収することができ、配当金相当額を二重に取得することが可能となる。

(3)  争点(4)(過失相殺)について

過失相殺として、原審における控訴人主張の事情のほか、以下の事実も斟酌されるべきである。

被控訴人は、平成5年3月5日、633号事件の差押命令を得たところ、第三債務者である控訴人の供託課職員は、執行裁判所に対し、上記差押命令の当事者目録、差押債権目録の記載に誤りがある旨を記載した陳述書を提出した。しかし、被控訴人において、何ら訂正等の措置が執られないまま、1734号事件、3511号事件の差押えがなされた。被控訴人は、第三債務者の陳述から1年以上経過した平成6年6月3日に、633号事件差押命令の申立てを取り下げ、同月8日、1666号事件差押命令の申立てをし、同月9日に差押命令が発令されたものである。

この経過からすると、被控訴人において、633号事件の申立てを直ちに取り下げて再度の申立てを行うなどの措置を講じていれば、先行事件に先立って差押えを受けることが可能であった。

そうでないとしても、被控訴人が、Aの有する本件有価証券取戻請求権の行使が可能になったか否かを十分に調査していれば、先行事件の差押債権者と同時又は時機に後れることなく動産執行の申立てを行い、先行事件と共同して動産執行をすることができた。

さらに、上記のとおり、被控訴人は、本件有価証券取戻請求権の差押債権者として、その執行手続の推移を注視し、執行裁判所に対して進行状況を適宜問い合わせるなどしていれば、容易に本件配当手続の実施を知ることができたのであるから、その結果、同手続において配当を受けるべき債権者から除外されていることを知った場合には、執行異議の申立てをすることによって、その是正を求めることが可能であった(香川・前掲815、816頁参照)。

以上のとおり、被控訴人は、自己の権利実現について適切な手段を講じなかった結果、1666号事件の差押えが先行事件債権者の差押えに遅れるとともに、先行事件のみで動産執行及び配当手続が実施される結果を招いたのである。したがって、被控訴人は、遅延損害金のみならず、配当金相当額の損害金(主たる請求)についても、損害拡大について極めて重大な落ち度があり、ほとんど自己責任の結果といってよいから、このような被控訴人の過失は最大限考慮されるべきである。

4  当審における被控訴人の主張

(1)  争点(2)(執行裁判所裁判官又は同書記官の行為にかかるもの)について

ア 本件において、執行裁判所の行為が国家賠償請求の対象となるか。

被控訴人の損害が執行裁判所書記官の過失による損害であり、執行裁判所書記官の行為が国家賠償法1条1項の要件を充足する限り、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求が認められることは当然であって、昭和57年判決はかかる場合まで損害賠償請求の成立を否定する趣旨ではない。

最高裁平成6年7月17日判決は、配当期日に呼び出されず、配当表にも記載されなかった者は、配当異議の訴えを提起する原告適格を有せず、配当表の作成手続の違法を理由として、執行異議の申立てによりその是正を求めるべきであると判示しているにすぎず、配当期日に呼び出さず、配当表に記載しなかったことが執行裁判所書記官の過失に基づく場合に国家賠償法に基づく損害賠償請求が認められないと判示したものではなく、本件とはまったく異なる事案である。

イ 執行裁判所裁判官又は同書記官の行為の過失又は違法性について

(ア) 執行裁判所書記官の調査義務について

民事執行法165条4号は、動産引渡請求権の差押命令の執行の場合も、他の債権差押命令の執行の場合と同様に、「配当を受けるべき債権者は、次に掲げるときまでに差押え、仮差押えの執行又は配当要求をした債権者とする」と定めているにすぎず、動産引渡請求権の差押命令の執行の場合の配当を受けるべき債権者として、差押え、仮差押えの執行又は配当要求をした「知れたる債権者」と定めてはいない。したがって、民事執行法165条4号の文言上、執行裁判所書記官は、その知・不知にかかわらず同法の要件を満たす債権者を確定しなければならず、そのために適切な調査確認手段を講じるべき注意義務があることは当然のことと解される。控訴人の主張する「競合差押債権者等の存在を一般的に知り得る制度が、現行法上制度上存在しない」ことから、執行裁判所書記官が配当を受けるべき債権者を確定するために必要な適切な調査確認手段を講ずべき注意義務が免じられていると結論づけることは、論理の飛躍がある。

(イ) 執行裁判所書記官の調査確認義務違反について

1666号事件につき第三債務者である国から提出された陳述書により競合する差押事件が存在することが執行裁判所に報告されたのであるから、競合する他の差押事件の事件記録に1666号事件が競合することを記載するなどして、1666号事件を看過することのないよう適切な手立てを講じるべきであった。このような手立てを講じておれば、執行裁判所としては、配当手続にあたり膨大な数の事件記録を精査するまでもなく、配当を受けるべき債権者がB、C及び被控訴人であったことを容易に確認できた。執行裁判所書記官としては、動産引渡請求権の差押命令の執行において、執行裁判所が競合差押債権者等の存在を一般的に知り得る制度が現行法制度上存在しておらず、第三債務者の陳述が競合差押債権者等の存在を知ることができる数少ない手段であることは当然に認識していたはずであるから、上記のような手立てを講ずることが配当を受けるべき債権者の確定手続に遺漏なきを期するために極めて重要であることは十分理解できたはずである。第三債務者から提出された陳述書に競合する差押事件が記載されていた場合には、配当手続にあたり膨大な数の事件記録を精査するまでもなく、適切な調査確認義務を履行するために、当該競合する差押事件の記録に他の差押事件の事件番号を記載するなどの手立てを講じておき、調査確認義務を尽くすことができるようにすることが必要であり、かかる手立てを講じることなく、漫然と執行手続を進行させたことは、適切な調査確認手段を講ずべき義務を怠った過失に該当するというべきである。

(2)  争点(3)(被控訴人の損害及び因果関係)について

配当金相当額の本件損害賠償請求権と被控訴人のAに対する債権は不真正連帯債務の関係に立ち、一方が現実に履行されれば目的到達により、他方もその履行のあった限度で消滅すると解されるから、被控訴人が配当金相当額を二重に取得することが可能になるというのは控訴人の独自の見解にすぎない。

(3)  争点(4)(過失相殺)について

控訴人の主張する事情は、執行裁判所書記官が配当を受けるべき債権者を確定するために適切な調査確認手段を講ずべき義務を怠り、被控訴人が配当金相当額の損害を被ったことにつき、被控訴人側の落度と目されるべき事情にあたらない。

被控訴人は、本件有価証券取戻請求権を差し押え、第三債務者から提出された陳述書により自らが民事執行法165条4号の配当を受けるべき債権者に該当することを確認した。かかる場合、差押債権者としては、同条同号の要件に該当する限り執行裁判所の配当手続から除外されることはないと信頼するのが当然であって、第三債務者の陳述書の提出により競合する差押事件が存在することが執行裁判所に明らかになっているのであるから、かかる場合に執行裁判所に対する信頼を債権者の落ち度として評価する理由はない。法律の解釈適用を使命とする裁判所の書記官の過失により発生した損害(遅延損害金を含む。)の負担を過失相殺の名のもとに裁判所による民事執行手続の適正な運用を信頼していた差押債権者に安易に転嫁することは許されない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(供託課職員の行為にかかるもの)について

(1)  供託課職員が本件照会に対し行った本件回答は「公権力の行使」(国家賠償法1条1項)に該当するか。

「公権力の行使」は、国又は地方公共団体の権力的作用のみならず非権力的作用を含み、純然たる私経済作用と営造物の設置・管理作用を除くすべての作用をいうものと解される。

本件回答は、有価証券の供託に関し、執行裁判所書記官がその本件有価証券取戻請求権に対する競合差押えの有無につき供託所に照会したことに対して供託課職員が行ったものである。有価証券の供託については、実体的要件が民法その他の法令に、手続要件が供託法及び供託規則等に定められており、かかる供託に関する供託官及び供託課職員の行為は純然たる私経済作用、営造物の設置・管理作用とはいえない。

したがって、供託事務に関して供託課職員が行った本件回答は「公権力の行使」に当たる。

(2)  供託課職員の行為につき、違法性及び過失が認められるか。

被控訴人の主張には、甲9のうちの平成8年2月8日付け電話聴取書(記録243丁裏)、乙7が沿うが、乙2ないし4に照らし、直ちには同主張を認めさせるに足りず、他に同主張を認めさせるに足りる証拠はない。

すなわち、乙2ないし4によれば、本件供託にかかる供託書副本の裏面には、整理番号8382、8527、8637、8661、8806、9014にかかる差押命令書の送達があった旨の記載がされているところ、そのうちの整理番号8527、8637にかかる差押命令については、それぞれ整理番号9011、8652により取下書が送達された旨の記載がある上、更に×印で抹消されていることから、それらを除いた整理番号8382、8661、8806、9014にかかる差押命令のみが現にされていることが一目で分かり(なお、二つ記載されている整理番号8637のうちの第1のものは誤記載により抹消して訂正印が押捺されたものであり、第2のものが取下書が送達されて×印で抹消されたものであって、整理番号8390を含め、平成8年2月8日当時、本件供託書副本の裏面に記載の順序ですべての記載がされていたことが認められる。)、これと、本件供託にかかる有価証券払渡後であったため、一括してまとめられて一件書類として管理されていた本件供託にかかる本件有価証券取戻請求権に関する差押命令書等を照合すれば、整理番号8382、8661、8806、9014にかかる差押命令が、それぞれ3864号事件、1734号事件、3511号事件、1666号事件であることは容易に分かることが認められ、1666号事件を取下げ済みの633号事件(整理番号8527)と混同する可能性は低いといわざるを得ない。

したがって、甲9のうちの平成8年2月8日付け電話聴取書(記録243丁裏)、乙7から、供託課職員が本件照会に対して被控訴人による差押命令を混同して回答したとは直ちに認められないというべきであり、例えば、執行裁判所書記官からの本件照会に対し、供託課職員が事件番号ではなく、差押債権者名のみを回答した結果、執行裁判所書記官が本件電話聴取書を作成するに際し、633号事件と1666号事件を混同した可能性も否定できない。

よって、供託課職員の行為につき、違法性及び過失が認められない。

2  争点(2)(執行裁判所裁判官又は同書記官の行為にかかるもの)について

(1)  本件において、執行裁判所の行為が国家賠償請求の対象となるか。

当裁判所も、本件において、執行裁判所の行為が国家賠償請求の対象となると判断するが、その理由は、原判決の事実及び理由、第3の1(1)(原判決14頁9行目から同24行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

控訴人が当審における主張において指摘する平成6年最高裁判決は上記結論を左右しないし、その余の主張事由を考慮しても上記結論に変わりはない。

(2)  執行裁判所裁判官又は同書記官の行為の過失又は違法性について

ア 債権者が二人以上存在し、かつ、売却代金で各債権者の債権及び執行費用の全部を弁済することができないときは、配当手続が実施され(民事執行法166条2項、84条1項、2項)、執行裁判所は、職権で配当期日を定めなければならず(民事執行規則145条、59条)、裁判所書記官は、配当期日が指定されたときには、その日時及び場所を通知して配当を受けるべき債権者及び債務者を呼び出さなければならず(民事執行法166条2項、85条2項)、当事者は、配当期日において異議を申し出た上、配当異議等の訴訟等を提起することができ、その場合には、配当額が供託され、権利が確定したときに配当が実施される(民事執行法166条2項、89ないし92条)。

上記期日の呼出しは厳格に行われることを要し、送達の特例に関する規定(民事執行法166条2項、16条)が適用される。これらの規定は、配当を受けるべき債権者に対し適切な配当がなされることを目的として設けられたものであるから、これらの規定に反し、配当金受領資格のある債権者に対する配当期日の呼出しが欠けた場合には、期日は開くことができず、これを看過してされた配当手続は原則として違法というべきであり、当該債権者に対する関係でも違法である。

イ 民事執行法165条4号は、動産引渡請求権の差押えがなされている場合について、執行官がその動産の引渡しを受けた時までに、競合差押債権者は、配当等を受けることができると定めている。

ところで、動産引渡請求権の差押命令の執行においては、不動産執行における各種の差押えの登記や動産執行における執行官の封印等による差押えの表示のような公示方法が、民事執行法上定められていない。そして、執行裁判所は、動産引渡請求権の差押命令の発令に先立ち、債務者又は第三債務者の審尋を行わず、差押命令発令後に後行差押えがされたとしても、先行差押えの執行裁判所がその事実を知る民事執行法及び同規則上の制度はない。その上、動産引渡請求権の差押命令の執行においては、通常の債権執行のように第三債務者の供託があり得ず、執行裁判所が債権執行において競合差押債権者の存在を知ることのできる手段として想定されている第三債務者の供託に伴う事情届(民事執行法156条3項)の提出がない。

そうすると、動産引渡請求権の差押命令の執行において、執行裁判所が競合差押債権者の存在を知り得るのは、差押債権者の申立てがある場合に催告により行われる第三債務者の陳述(民事執行法147条1項)によるほか、競合差押債権者の積極的な行動にゆだねられていると解すべきであり、執行裁判所は、民事執行手続上、配当を実施する主体として、競合差押債権者は、自己の実体上の権利を民事執行手続上実現すべき当事者として、それぞれ、競合差押債権者が配当期日に参加し得るよう適切な措置を講じるべき民事執行手続上の注意義務を負うといえる。

したがって、第三債務者の陳述書により競合する差押事件が判明した場合には、当該執行裁判所は、競合する差押事件執行裁判所に何らかの方法でその旨の連絡をし、配当手続の実施に際して競合差押債権者の呼出しが欠けて期日に参加できない事態が生じないように措置すべき注意義務があったというべきであり(執行裁判所が同一官署に属しない場合の移送につき民事執行法144条3項参照)、競合差押債権者は、申立てにかかる執行裁判所及び競合する差押事件執行裁判所に事件進行上の確認も含め種々の問い合わせをして、競合差押債権者の存在を認識せしめ、配当手続きの実施に際して呼出しが欠けて期日に参加できない事態が生じないようにすべき注意義務があったというべきである。

甲6ないし9、乙7、弁論の全趣旨と前記争いのない事実等によれば、本件配当手続は、先行事件の差押債権者が、大阪地方裁判所執行官に対し、それぞれ差押命令に基づいて第三債務者に対する動産引渡執行を申し立て、執行官が、(共同)動産引渡執行手続を実施して、本件有価証券の売得金を先行事件執行裁判所に提出したことにより、先行事件が黙示的に併合されて実施されたものである(甲9)ところ、各先行事件について提出された第三債務者の陳述書には、競合する差押えとして他方の先行事件及び仮差押事件と633号事件が記載されているのみであり、当然のことながら先行事件に遅れて申し立てられた1666号事件は記載されてなく、一方、先行事件と全く別個独立に手続が進行していた1666号事件について提出された第三債務者の陳述書には、競合する差押えとして各先行事件と仮差押事件が記載されていたこと、先行事件執行裁判所書記官は、各先行事件記録及び仮差押事件と633号事件の各記録を精査して、取り下げられていた633号事件債権者を除く先行事件債権者B並びに先行事件及び仮差押事件債権者Cと各事件債務者Aを当事者として配当期日の呼出しをし、平成8年2月16日の配当期日前の平成8年2月8日、動産引渡調書に記載してある債権者が引渡日までに差し押さえた債権者と明記されていない上、引渡しの執行までに2年かかっているので、供託課職員に対し、本件有価証券取戻請求権に対する差押えの有無について電話による照会を行った(前記「本件照会」である。)こと、この間、被控訴人は、1666号事件執行裁判所に事件進行上の確認も含め何の問い合わせもしなかったこと、被控訴人は、執行裁判所から配当期日の呼出しを受けず、本件配当手続に参加できないまま、執行裁判所は、平成8年2月16日の配当期日に原判決別表1の配当表を作成し、配当を実施したことがそれぞれ認められる。

先行事件執行裁判所と1666号事件執行裁判所とは、執行手続上、別個の裁判所であるが、本件では同一官署である裁判所に属しているところ、1666号事件につき第三債務者から提出された陳述書により競合する差押事件が存在することが判明したのであるから、1666号事件執行裁判所は先行事件執行裁判所に容易かつ簡便にその旨の連絡ができたはずであり、先行事件執行裁判所は、1666号事件を看過することのないよう、先行事件の事件記録に1666号事件が競合することを記載するなどの適切な手立てを講じるべきであった。このような連絡及び手立てを講じておれば、先行事件執行裁判所は、配当手続にあたり膨大な数の事件記録を精査するまでもなく、各先行事件記録等と1666号事件記録とを精査するのみで、配当を受けるべき債権者がB、C及び被控訴人であったことを容易かつ正確に確認できたのに、各執行裁判所は上記措置を講じなかった。

また、被控訴人は、第三債務者から提出された陳述書により競合する差押事件が存在することが判明したのであるから、1666号事件執行裁判所及びこれと同一官署である先行事件執行裁判所とに事件進行上の確認も含め種々の問い合わせをして、競合差押債権者の存在を認識せしめ、配当手続の実施に際して呼出しが欠けて期日に参加できない事態が生じないようにしておくべきであったのに、そのような措置を講じなかった。

したがって、本件においては、各執行裁判所、被控訴人双方に過失があり、同過失の競合により、被控訴人が執行裁判所から配当期日の呼出しを受けず、本件配当手続に参加できないまま、執行裁判所が本件配当手続を実施するに至ったというべきである。

3  争点(3)(被控訴人の損害及び因果関係)について

当裁判所も、被控訴人は、原判決別表2記載のとおり、214万0381円の配当を受けることができず、同額の損害を被ったと判断するが、その理由は、原判決の事実及び理由、第3の2(原判決16頁8行目から同20行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

配当金相当額の本件損害賠償請求権と被控訴人のAに対する債権は不真正連帯債務の関係に立ち、一方が現実に履行されれば目的到達により、他方もその履行のあった限度で消滅すると解されるから、被控訴人が配当金相当額を二重に取得することが可能になるという控訴人の主張は採用しない。

4  争点(4)(過失相殺)について

前記のとおり、本件においては、控訴人、被控訴人双方に過失があり、同過失の競合により被控訴人の損害が発生したのであるから、過失相殺をすべきであり、双方の過失は各5割というべきであるから、控訴人の負担する損害賠償額は107万0190円(円未満切り捨て)となる。

5  結論

よって、控訴人は、被控訴人に対し、107万0190円及びこれに対する平成8年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払義務を負い、原判決は、上記限度で相当であり、これを超える部分は相当でないところ、107万0190円に対する配当期日である平成8年2月16日から本訴提起の日である平成15年4月8日まで年5分の割合による遅延損害金38万2189円(円未満切り捨て)については、原判決の認容する214万0381円に対する年5分の割合による同期間の遅延損害金76万4379円の3割である22万9313円の範囲内で請求を認容すべきことになるから、本訴請求は、129万9503円及びうち107万0190円に対する平成15年4月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する部分を認容し、その余を棄却すべきであり、原判決をその旨変更し、主文のとおり判決する。

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