大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成16年(ラ)1126号 決定 2005年1月14日

抗告人(原審相手方) A

相手方(原審申立人) B

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1事案の概要

1  抗告人と相手方は、昭和52年11月1日に婚姻したが、平成15年6月28日以降別居する夫婦である(このことは記録上明らかである。)。

2  相手方は、平成15年9月8日、抗告人に対し、同居を求める家事調停を申し立てたが、同調停は、平成16年4月27日不成立となって審判手続(原審)に移行した。

3  原審は、平成16年9月15日、相手方の申立てを容れ、抗告人に対し、直ちに、相手方肩書住所(以下「自宅」という。)で相手方と同居するよう命ずる原審判をした。

原審判は、抗告人と相手方の婚姻期間が26年余りであり、別居期間は1年2か月に過ぎず、相手方が離婚を拒否して抗告人との同居を希望している以上、その夫婦関係は未だ回復できない程度まで破綻しているとは認められず、同居を拒絶する正当な理由はないと判断し、抗告人に対し同居を命じたものである。

4  抗告人は、原審判を不服として即時抗告をし、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻す旨の裁判を求めた。その抗告の理由は、抗告人と相手方は、平成13年以降家庭内で必要最小限度の会話すら交わさなくなり、平成14年初め以降完全に家庭内別居の状態となり、その夫婦関係は、既に長期間にわたって形骸化し、現在までに修復の可能性が全くない状態となって既に破綻しているのであって、この点に関する原審判の認定判断は誤りであるというものである。

第2当裁判所の判断

1  事実関係について

原審記録(神戸家庭裁判所伊丹支部平成16年(家)第○○○号を含む。)及び当審記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  抗告人と相手方は、○○大学の同級生であり、在学中に知り合って交際を始め、ともに昭和51年3月同大学を卒業し、その後医師免許を取得し、昭和52年11月1日に婚姻した。

相手方は、婚姻後、長男C(昭和53年9月19日生)、長女D(昭和57年2月9日生)を出産したが、抗告人とともに勤務医として共働きを続けた。

相手方は、現在、○○大学放射線科に助教授として勤務しており、抗告人は、同大学附属××病院に放射線科外科部長(助教授)として勤務している。

(2)  抗告人は、昭和59年から昭和63年(抗告人30歳代)にかけ、当時の勤務先の女性看護師と不貞関係を持ったが、その関係が相手方に発覚したことから、その女性との関係を解消した。

(3)  抗告人は、平成10年8月から平成11年7月ころにかけ、やはり当時の勤務先の女性看護師(上記(2)とは別の女性)と不貞関係を持ったが、その女性が妊娠したことを契機に、その関係が相手方に発覚し、結局、その女性に示談金120万円が支払われ、同女が堕胎し、両者の関係は解消された。

(4)  抗告人は、平成13年5月ころ、勤務先(○○大学附属××病院)の女性看護師であるE(昭和55年3月17日生)と交際を始め、不貞関係を持つに至った。

抗告人は、平成13年12月30日以降、行き先を告げないまま何日も自宅に帰らなかったことから、相手方は、興信所に調査を依頼し、抗告人が茨木市内のE宅(賃貸マンション)で生活していることを突き止めた。

相手方は、E宅に行き、Eと抗告人に会い、抗告人に対し、Eと別れて自宅に戻るよう申し向けたが、抗告人は、Eが妊娠していたため、むしろ、相手方と離婚すると言い出した。

相手方は、鹿児島に住むEの両親にも事情を話し、平成14年1月26日から27日にかけて、Eの両親も交えて、Eや抗告人と話し合い、結局、Eと抗告人とは関係を解消し、Eは堕胎することになり、抗告人は、平成14年2月14日、E側の要求に従い示談金558万円を支払った。

(5)  抗告人は、平成14年1月27日以降、再び自宅で生活するようになったが、家庭内で相手方と会話を持つことも殆どなくなった。

抗告人は、平成14年2月20日ころ以降、頻繁にEと連絡を取り合い、平成14年3月16日には大阪で、4月20日から21日にかけて京都でEと密会していた。

抗告人は、平成14年12月中旬から外泊することが増え、平成14年12月30日から平成15年1月1日の年末年始も外泊し、平成15年4月15日、相手方との離婚を求めて夫婦関係調整調停事件を申し立て、平成15年5月から6月にかけて頻繁に外泊するようになり、平成15年6月28日以降、遂に自宅に帰らなくなって相手方と別居するに至った。

2  同居審判の当否について

(1)  民法752条は夫婦の同居義務を定めており、その義務違反が離婚や損害賠償の原因となることは明らかであるが、法は、同居義務として抽象的な法規範を定めるにとどめ、具体的な同居義務の形成を非訟手続である家事審判に委ねたものである(家事審判法9条1項乙類1号)。

(2)  家庭裁判所が、いかなる場合に具体的な同居義務を形成すべきかという点について、民法は一定の指針を明らかにする規定を置いていないが、非訟事件の裁判である同居審判は、夫婦間に同居義務があることを前提として、身分法秩序の安定を期し、後見的、合目的な裁量によって同居時期や同居場所等の具体的な同居方法を定めるものであるから、基本的には、婚姻の維持継続の見込みが否定されず、同居を命ずることが公平の観念や個人の尊厳を害しないとみられる場合には、家事審判により具体的な同居義務を定めることができると解される。

(3)  これを本件についてみると、前記のとおり、抗告人は、平成14年1月、一旦はEと別れて自宅に戻ることにしながら、相手方と夫婦としての生活を取り戻す態度を示さず、Eとの密会や外泊を繰り返し、平成15年6月、一方的に自宅を出たというのである。そして、抗告人と相手方の婚姻期間が25年余りの長きにわたっており、それとの比較で別居期間が短く、相手方が抗告人との同居を求めているという状況に鑑みれば、抗告人と相手方の婚姻については、その維持継続の見込みが完全に否定される状況にあるとは断定できないし、同居を命ずることが公平の観念や個人の尊厳を害するとまではいえないから、前記のとおり同居義務を定めた原審判は相当である。

(4)  抗告人は、その抗告の理由において、Eと交際を始めたころ以降長らく夫婦の不和は顕著であり、夫婦関係は既に破綻したと主張しているところ、確かに、前記認定の事実関係に照らせば、夫婦関係の修復が容易でないこと自体は否定できないが、それでも、家事審判による同居義務の形成が不相当な事情があるとまではいえない。

3  結論

以上のとおりであって、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 橋詰均 三宅康弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例