大阪高等裁判所 平成16年(ラ)113号 決定 2004年3月30日
抗告人(債権者)
X
同代理人弁護士
吉田竜一
同
竹嶋健治
同
前田正次郎
同
平田元秀
同
土居由佳
相手方(債務者)
ピー・アンド・ジー株式会社
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
中筋一朗
同
益田哲生
同
荒尾幸三
同
種村泰一
同
勝井良光
同
田中崇公
同
中井崇
主文
1 原決定を次のとおり変更する。
2 相手方は,抗告人に対し,平成16年4月から本案第1審判決言渡に至るまで,毎月25日限り各24万3460円を仮に支払え。
3 抗告人のその余の本件申立てを却下する。
4 申立費用及び抗告費用は,相手方の負担とする。
理由
第1本件抗告の趣旨及び理由並びに相手方の反論
本件「仮処分申立却下決定に対する即時抗告状」,「抗告理由書」及び各「主張書面」の記載を引用する。
第2事案の概要
事案の概要は,次のとおり補正するほか,原決定の「理由の要旨」の「第2 事案の概要」欄(原決定1頁20行目から同8頁2行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原決定3頁6行目の次に改行して次のとおり加える。
「 当事者双方の主張は,本件記録中の「仮処分命令申立書」,「答弁書」及び各「主張書面」記載のとおりであるから,これを引用する。争点及び当事者の主張の要旨は,次のとおりである。」
2 同4頁11行目の「Bマネージャー」を「製造課のBベビーケア・オペレーション・デパートメント・マネージャー(以下「Bマネージャー」という。)」と改める。
3 同8頁2行目の次に改行して次のとおり加える。
「 本件は雇い止めではなく,抗告人は,相手方を退職しても,当面の生活には困らないと判断して本件退職申出書を提出したのであるから,保全の必要性はない。
人事院の世帯人員別標準生計費調査(2002年4月)によると,抗告人の世帯(4人)の標準生計費は月額23万2750円であり,神戸市における4人世帯の標準生計費(2003年4月)は月額24万3460円であるから(<証拠省略>),抗告人において,それ以上の額を必要とする保全の必要性の疎明がなく,また,仮払を無期限に認める必要性もない。」
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件退職の意思表示は撤回されたか否か)について
(1) 本件紛争に至る経緯について
本件記録によれば,次のとおり補正するほか,原決定の「理由の要旨」の「第3 争点に対する判断」欄1項(1)アないしク(原決定8頁7行目から同10頁19行目まで)記載の事実が一応認められるから,これを引用する。
ア 原決定8頁15ないし17行目の「製造課のBベビーケア・オペレーション・デパートメント・マネージャー(以下「Bマネージャー」という。)」を「Bマネージャー」と改める。
イ 同9頁5行目の次に改行して次のとおり加える。
「 上記「特別優遇措置による退職者募集受付について」と題する書面(甲2)には,募集受付方法の欄に「・退職応募者は「特別優遇措置による退職申出書」に<1>必要事項(申出日,所属,社員番号,氏名)を記入し,<2>希望する再就職支援制度の丸印をし,捺印をした後に,その申出書を所属長に提出する。・「特別優遇措置による退職申出書」は事前に配布する。・会社が退職を受理した者に対しては,所属長と業務引継ぎ等を考慮して<1>最終就業日,<2>退職日の確定を行った後に「合意書」を作成して受付完了とする。」旨記載されていた。」
ウ 同16行目の「自ら署名押印した本件退職申出書を」を「「尚,退職日・最終就業日に関しては,所属長と業務引継ぎ等の話し合いを行った上で,最終決定する事を了解します。」との記載のある本件退職申出書(甲8)に自ら署名押印した上,これをBマネージャーに提出しようとしたが,同マネージャーは所用があったため,」と改める。
エ 同10頁15行目の「掲示し」から同17行目末尾までを「掲示した。同書面には,「2002年8月16日より実施しておりました,優遇措置による貸借者(退職者の誤り)募集受付を,先週金曜日(11月8日)にて締め切りました事をお知らせします。また,この優遇措置で応募された人数を加え105のポジションの削減を達成し,今期初めより皆さんにお伝えしてきました,人員計画は順調に進んでいる事を併せてお知らせします。しかしながら,我々のCBNの達成には未だ途半ばであり,我々明石工場が真の“シャイニング・スター”になる為に,以下の事を継続的に進めていきます。
・組織の再構築・カルチャーの変革
・IWS活動の継続実施
・PPIの継続的実施
・CDSNの準備実行
現行の組織力を維持しながら,CBN達成の為の競争力を向上させていく事は,我々にとって大きな挑戦であり,非常に困難な課題である事は理解をしています。しかし,我々はそれをやりぬくしかないし,明石工場全員の力を集結すれば達成できると確信しています。」旨記載されていた。」と改める。
オ 同19行目の次に改行して次のとおり加える。
「 ケ Bマネージャーは,平成14年11月22日,抗告人から本件退職申出書の撤回の可否について質問され,「キャンセルはできないと思うが,正確なことを知りたいのであれば総務に直接問い合わせてほしい」旨回答した。
コ Bマネージャーは,平成14年12月初旬,抗告人から「やはりキャンセルはできないのでしょうか」と再び質問され,「総務のCグループ・マネージャーに聞いたが,キャンセルはできないとのことだった」旨回答した。
サ BマネージャーとCグループ・マネージャーは,平成14年12月中旬,抗告人に対し,既に退職合意が成立しており,退職申出の撤回はできない旨の相手方の見解を説明した。
シ 相手方は,平成15年1月,抗告人の退職手続を進めようと,「合意書」と称する書式に基づき,退職金等の説明し(ママ)ようとしたが,抗告人は,これを拒否した。
ス 抗告人は,このままでは退職扱いにされてしまうと不安になり,法律相談を受けるなどし,吉田竜一弁護士に解決を委任した。
吉田竜一弁護士は,平成15年2月18日,相手方に対し,配達証明郵便で,抗告人は,すでに口頭で本件退職申出の撤回を行っているが,現段階でも合意書は作成されておらず,退職の撤回は可能であるので,改めて本書面で退職の意思表示の撤回を行う旨意思表示した。
抗告人と相手方との間に抗告人の退職に関する合意書は作成されていない。」
(2) 上記認定事実によれば,抗告人は,平成14年11月8日,本件退職申出書をDマネージャーに提出し,同日,Dマネージャーが所属長承認欄に署名し,さらに,工場長であるEが工場長承認欄に記名押印したことが認められるが,他方,抗告人が本件退職申出書を提出する契機となった「特別優遇措置による退職者募集受付について」と題する書面(甲2)には,募集受付方法の欄に「・退職応募者は「特別優遇措置による退職申出書」に<1>必要事項を記入し,<2>希望する再就職支援制度の丸印をし,捺印をした後に,その申出書を所属長に提出する。・会社が退職を受理した者に対しては,所属長と業務引継ぎ等を考慮して<1>最終就業日,<2>退職日の確定を行った後に「合意書」を作成して受付完了とする。」旨記載されていること,また,本件退職申出書(甲8)には,「退職日・最終就業日に関しては,所属長と業務引継ぎ等の話し合いを行った上で,最終決定する事を了解します。」と記載されていることがそれぞれ認められ,これらの記載に照らすと,「合意書」が作成されるまでは,退職の受付は完了せず,抗告人と相手方との間の退職の合意は,成立しないものと解するのが相当である。そうすると,上記のとおり,抗告人は,「合意書」を作成する前に,本件退職申出を撤回しているから,抗告人と相手方との間の退職の合意(労働契約解約の合意)は成立していないと一応認めることができる。
2 争点2(賃金請求権)について
本件記録によれば,抗告人の毎月の賃金は,毎月末日締めで翌月25日に支払われるところ,相手方が抗告人に対し支払っていた賃金は,平成15年4月が47万3827円,同年5月が55万1744円,同年6月が48万8996円であり,その平均は50万円を下らないことが認められるが,実働を伴わず,また,別居でない場合に支払われるべき毎月の賃金は,深夜手当等を除いた基本給(30万3510円),家族手当(2万7700円)及び住宅手当(3万2000円)の合計36万3210円であることが認められる(<証拠省略>)。
3 保全の必要性について
(1) 本件記録及び審尋の全趣旨によれば,抗告人は,4人家族であり,その生活費は相手方からの賃金に依拠していること(<証拠省略>),単身赴任していたが,現在は,家族と共に生活をしていること,貯蓄額は80万円であること(<証拠省略>),多額の住宅ローンを抱えていること(<証拠省略>),平成15年10月から4週間につき22万3440円の失業保険の仮払金を受けて生活してきたこと(<証拠省略>),神戸市における4人世帯の標準生計費(2003年4月)は月額24万3460円であること(<証拠省略>)が認められるので,平成16年4月以降本案第1審判決言渡に至るまで,相手方から毎月受け取っていた賃金の範囲内である月額24万3460円の支払につき保全の必要性があると認めることができる。
したがって,抗告人は,相手方に対し,平成16年4月から本案第1審判決言渡に至るまで,毎月25日限り上記24万3460円の支払を求めることができる。
(2) その余の本件申立てについては,保全の必要性を認めるに足りる疎明がない。
4 結論
よって,抗告人の本件仮処分命令申立てを却下した原決定は不当であるから,これを取り消し,上記のとおり認めることとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 市川賴明 裁判官 一谷好文 裁判官 村川浩史)