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大阪高等裁判所 平成16年(ラ)1180号 決定 2004年12月27日

抗告人(原審相手方)

日本銀行

同代表者総裁

福井俊彦

同訴訟代理人弁護士

末吉亙

岡田淳

相手方

(原審申立人・本案原告)

株式会社宮崎工務店

他461名

同訴訟代理人弁護士

伊賀興一

他5名

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の文書提出命令申立てを却下する。」との裁判を求めた。

抗告の理由は、別紙一の一、二のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙二の一、二のとおりである。

第二事案の概要

一  本案訴訟は、平成一四年三月の本案被告相互信用金庫(以下「相互信用金庫」という。)の経営破綻により、相互信用金庫の出資者である相手方らにおいて出資金の返還を受けることができなくなったところ、相互信用金庫の出資勧誘行為には詐欺等の違法があり、本案被告国(以下「国」という。)にはその違法な勧誘行為を放置したほか、相互信用金庫が有する貸金債権の実質的資産価値を評価するにあたり恣意的な評価を行ったことによって相互信用金庫を経営破綻に追い込んだ違法があるとして、相互信用金庫に対しては不法行為に基づく損害賠償を、国に対しては国家賠償法に基づく損害賠償又は憲法二九条三項に基づく損失補償をそれぞれ求めたものである。

二  相手方らは、相互信用金庫が詐欺的方法により出資の勧誘をしたこと、平成一三年三月末日基準検査が恣意的な方法でされたことを立証するため、相互信用金庫の当時の資産状況及び国が平成一三年三月末日基準検査を行うに際して大きな影響を受けたと考えられる日銀考査の内容を明らかにする必要があり、これらの立証のため、民訴法二二〇条四号本文に該当するとして、抗告人が保管する、抗告人が平成一四年一月一〇日に相互信用金庫に送付した所見通知(以下「本件対象文書」という。)の提出を求めた。

三  これに対し、抗告人は、本件対象文書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の、同法一九七条一項三号に規定する「職業の秘密」に関する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書に該当するので、本件対象文書の控えの提出義務はない、と主張した。

四  原決定は、本件対象文書のうちの別紙記載の箇所(以下「本件対象箇所」という。)のうち融資先企業の業種の記載部分は民訴法二二〇条四号ハの文書に該当するが、それを除く部分は同法二二〇条四号ハの文書に当たらないとして、抗告人に対し、本件対象文書の控えのうち、本件対象箇所(ただし、融資先企業の業種の記載部分を除く。)の提出を命じた。

五  抗告人は、原決定を不満として抗告した。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も本件対象文書の控えのうち、本件対象箇所(ただし、融資先企業の業種の記載部分を除く。)は、民訴法二二〇条四号ハ所定の、同法一九七条一項三号に規定する「職業の秘密」に関する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書に該当しないものであって、証拠調べをする必要性も認められるので、その提出を命じるのが相当であると思料する。その理由は、原決定の「理由」、「第三 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審での抗告人の主張について

(1)  本件対象文書は、民訴法一九七条一項三号が規定する「職業の秘密」に関する事項が記載された書面に該当するか。

ア 抗告人は、日銀考査は我が国の金融システム安定性を維持するために必要不可欠な事務であるところ、考査事務の維持遂行は抗告人の守秘義務を前提とする金融機関からの自発的かつ積極的な情報提供を基礎として初めて成り立つものであるので、仮に、本件対象文書が公表された場合には、抗告人の考査事務の維持遂行が著しく困難となり、よって、本件対象文書は、民訴法一九七条一項三号が規定する「職業の秘密(その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの)」に関する事項が記載された書面に該当する旨主張する(なお、抗告人は、当審において、本件対象文書が同法一九七条一項三号が規定する「技術の秘密」を記載した文書に当たる旨の主張をするかのようであるが、上記文書の性格、内容及び抗告人の抗告理由書からすると、「技術の秘密」に関する事項を記載したものと認められないので、以下においては、「職業の秘密」に該当するかどうかを中心に検討する。)。

そして、抗告人は、同人が法令上及び契約上負うものとされる守秘義務に対する社会的信頼が損なわれ、金融機関は、いつ自己に関する情報が裁判を通じて公表されるかもしれないという危惧から抗告人に対する情報の提供を躊躇するようになることは容易に予測される。そのことは、「未だ経営破綻していない金融機関」と「既に経営破綻した金融機関」とで変わるところはない。特に、経営破綻に至っていないもののそのリスクに直面している金融機関については、抗告人に対する情報提供に消極的になるおそれがある旨主張する。

イ よって、案ずるに、一件記録によると、日銀考査とは、日本銀行法四四条一項に規定する、同法三七条から三九条までに規定する業務を適正に行い、及びこれらの業務の適切な実施に備えるためのものとして、これらの業務の相手方となる金融機関等(取引先金融機関等)との間で、考査に関する契約を締結して、取引先金融機関等の業務及び財産の状況について、抗告人が当該取引金融機関等に立ち入って行う調査(考査)であり、考査を行うときは、あらかじめ取引先金融機関等に対し連絡し、その承諾を得なければならないなど、必要な要件が政令で定められていること、そして、日銀考査の実情は、概ね抗告人主張のごとく、抗告人と金融機関との信頼関係に基づいて行われているものであることを認めることができる。

他方、同記録によると、日銀考査の対象となる金融機関は、当座預金取引先と概ね一致していること、考査契約によると、考査先が正当な理由なく考査や情報提供を拒絶した場合、抗告人がその事実を公表できるほか、こうした公表を行うことは、抗告人が当座取引の解約などを行うことを妨げないこと、と定められていることを認めることができる。

以上の事実に基づき、抗告人主張にかかる金融機関が抗告人に対する情報提供を躊躇し、あるいは、消極的になるとの危惧があるかを考察するに、日銀考査の結果を記載した本件対象文書について、「未だ経営破綻していない金融機関」については、裁判所の提出命令の対象とならず、「既に経営破綻した金融機関」についてはこれが対象となるとの法理が確定したならば、日銀考査が現に行われる「未だ経営破綻していない金融機関」において、上記のような情報提供の躊躇等の危惧が生じることはないというべきである。加えて、考査対象金融機関が情報提供等を拒否した場合に抗告人が考査契約上で有する上記のような強力な権限を背後に有する以上、抗告人が危惧する状況が生じるとは認め難い。さらに、抗告人は、日銀考査の結果を、金融機関に対して強力な監督権をもつ金融庁長官から求めがあれば提出しなければならないし、金融庁の職員に閲覧させ、その他正当な理由がある場合には開示することができる旨定められているのであり(日本銀行法四四条三項、同施行令一一条三号ハ、考査に関する契約書一二条一項)、このことは、考査を受ける金融機関においても、金融庁長官や正当な理由がある場合には考査結果を提出等開示されることがあることを予想して考査を受けるということである。したがって、当初から契約当事者以外への提出があり得ることを前提になされている考査である以上、裁判所の文書提出命令に応じて提出されること(これは上記正当な理由がある場合に該当するといい得る。)があることとなったとしても、資料の提出等に消極的な姿勢になるとは到底認め難いというべきである。加えて、抗告人主張の上記「危惧」なるものは、原決定が判示するように考査先金融機関の融資先企業の業務の遂行にも配慮し、かつ、本案訴訟の立証の必要性をも勘案して、提出対象の範囲を限定した本件提出命令との関係で、具体的な存在は到底認められず、極めて抽象的な「危惧」をいうものにすぎないというべきである。

よって、抗告人の上記主張は認められない。

(2)  原決定は、本来比較衡量すべき利益に関する判断を誤っているか。

ア 抗告人は、原決定が「既に経営破綻した金融機関において経営責任を問われるべき経営者がその根拠となる情報を公表されないことによって経営責任を問われなくなるという利益は、抗告人が考査結果を公表しないことによって保護されるべき利益にあたらない」旨判示したことをとらえて、抗告人は「経営責任を問われるべき経営者が経営責任を問われなくなる利益」を保護に値する利益であるなどと考えていないし、そのような主張も行っていない、抗告人は、動機がいかなる点にあるにせよ、結果として、金融機関が抗告人に対する情報の提供を躊躇することによって、抗告人が日銀考査により果たすべき金融システムの安定性の維持という使命が機能不全になってしまう危険性そのものを主張しているのであり、文書提出命令の存否を判断するに際して比較衡量すべき利益は、「秘密の公表によって秘密帰属主体(本件では抗告人)が受ける不利益」と「提出拒絶により犠牲となる真実発見及び裁判の公正」であるから、少なくとも相互信用金庫の経営者の責任を問うわけでない本件訴訟においては、金融機関の経営者の利益が保護されるべきか否かという議論は何の意味も持たない旨主張する。

イ 確かに、文書提出義務の存否を「秘密の公表によって秘密帰属主体(本件では抗告人)が受ける不利益」と「提出拒絶により犠牲となる真実発見及び裁判の公正」とを比較衡量して判断することは一理あるところであるが、金融機関の経営者が将来経営破綻した場合に経営責任を問われることを危惧して日銀考査に対して自発的、積極的な情報提供を控えるとした場合に、その危惧をもって抗告人の提出義務を否定することは、ひいては経営者の経営責任を問われなくすることを認めることになり許されないとする点では、原決定は相当というべきである。

そして、前記説示のように、本件対象文書の提出義務に関する法理が確立するならば、日銀考査が現に行われる「未だ経営破綻していない金融機関」において、上記のような情報提供の躊躇等の危惧が生じることはないというべきであること、もっとも、上記法理が確定した場合にも、金融機関側が将来経営破綻した場合に考査結果が公表されることを慮って、日銀考査に対して情報提供に消極的になることがあり得るとしても、その危惧は極めて抽象的なものであるにすぎず、上記のような考査に関する契約等の諸事情からするとほとんど皆無にすぎないであろうことが推認できること、このように抗告人が不利益を受けるとの危惧が上記の程度であるのに比し、本件対象文書が本件訴訟における立証上必要性が高いものであることなどの諸事情を総合勘案すると、本件対象文書のうちの一部に限定して提出を命じた原決定の結論に何ら違法なところはない。

よって、抗告人の上記主張は理由がない。

(3)  本件対象文書の強制的な開示を認めることは情報公開制度の理念に反するか。

ア 抗告人は、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下「独立行政法人等情報公開法」という。)五条二号ロ、四号を根拠に本件文書提出命令は認められない旨主張する。

イ 独立行政法人等情報公開法は、「国民主権の理念にのっとり、法人文書の開示を請求する権利及び独立行政法人等の諸活動に関する情報の提供につき定めること等により、独立行政法人等の保有する情報の一層の公開を図り、もって独立行政法人等の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的」(一条)として制定されたものであり、開示請求権については、「何人も、独立行政法人等情報公開法の定めるところにより、独立行政法人等に対し、当該独立行政法人等の保有する法人文書の開示を請求することができる」(三条)旨定められている。そして、法人文書の開示義務について、同法五条各号に定める以外は開示しなければならない旨規定しており、同条二号ロ、四号には抗告人主張にかかる定めがある。

しかし、上記規定からしても独立行政法人等情報公開法と民訴法所定の文書提出命令の場合とでは、情報開示の目的、請求権者等において異なるものであり、また、独立行政法人等情報公開法の規定を精査するも同法の規定が民訴法所定の文書提出義務に関する規定に優先することを窺わせるものはなく、また、解釈上からもそのように解することはできない。とりわけ、民訴法所定の文書提出義務は、訴訟当事者から訴訟における立証のために必要であることを前提に、民訴法所定の要件を満たす場合に提出を命じることができるとしていることからすると、独立行政法人等情報公開法上においては国民一般に情報開示を拒否できる場合であっても、民訴法上の文書提出義務を負うことになったとしても何ら不都合なところはない。

ウ なお、抗告人は、独立行政法人等情報公開法五条二号ロに反して独立行政法人(抗告人)が一方的に情報開示をした場合は損害賠償責任を負うことになるとか、同法五条四号からすると、本件対象文書は法令上及び契約上の守秘義務に基づく文書であることなどを理由に開示の対象から除外される旨主張する。

しかし、ここで問題となるのは、民訴法上の文書提出義務の存否であり、これが認められる場合には当該文書を提出することについて正当な理由がある場合にあたるというべきであるから、独立行政法人等情報公開法の定めにかかわらず、裁判所に当該文書を提出したことによって損害賠償責任の有無が問題となることはない。また、抗告人が挙げる法令及び契約上の守秘義務においても、正当な理由がある場合には守秘義務が解除されていることは前記認定説示のとおりである。

よって、抗告人の上記主張はいずれにしても採用できない。

三  以上の次第で、抗告人に対して本件対象文書の控えのうちの本件対象箇所(ただし、融資先企業の業種の記載部分を除く。)の提出を命じた原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 吉岡真一)

<以下省略>

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