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大阪高等裁判所 平成16年(ラ)536号 決定 2005年3月30日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原決定を取り消す。

2  原々決定中の相手方らに関する部分を次のとおり変更する。

3  抗告人は,各相手方に対し,平成15年8月から平成18年3月まで,毎月28日限り,別紙「仮払金員一覧表」の各相手方の「仮払額」欄記載の金員を仮に支払え。

4  相手方らのその余の申立てを却下する。

5  手続の総費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1本件抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  大阪地方裁判所岸和田支部が同支部平成15年(ヨ)第30号地位保全及び賃金仮払仮処分命令申立事件(基本事件)について平成15年9月10日にした仮処分決定中,相手方らの申立てを認容した部分を取り消す。

3  相手方らの上記仮処分命令申立てを却下する。

4  申立費用及び抗告費用は,相手方らの負担とする。〔主文5と同〕

第2事案の概要

本件は,佐野第一交通株式会社(旧商号・佐野南海交通株式会社。以下「佐野第一」ともいう。)の従業員であった相手方ら及び6名が,同社の親会社である抗告人に対し,抗告人が佐野第一の唯一の株主として,同社を解散させ,佐野第一が相手方ら及び6名を解雇したことについて,抗告人は,法人格否認の法理に基づき,相手方ら及び6名に対し,雇用主としての責任を負うと主張して,相手方ら及び6名が,抗告人に対し,雇用契約上の権利を有することの確認及び賃金仮払いを求めた事案である。

原々審は,相手方らの申立てのうち,将来の賃金仮払いを求める部分の一部を認め,その限度で仮処分命令を発令したが,相手方らのその余の申立て及び相手方ら以外の6名の申立てをいずれも却下した。

抗告人は,これを不服とし,上記申立て認容部分についても,これを却下するよう求めて保全異議を申し立てたところ,原審は,原々審のした仮処分決定を認可した。

そこで,抗告人が保全抗告をしている事案である。

なお,相手方らは,当審において,抗告人が佐野第一の唯一の株主として同社を解散し,佐野第一をして相手方らを解雇せしめた行為は不法行為に当たるとして,予備的に不法行為に基づく責任を追加主張した。

第3前提となる事実

当事者間に争いのない事実,(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば,本件の前提となる基礎的な事実として,次のとおり一応認めることができる。

1  当事者等

(1)  抗告人は,昭和39年に設立された,北九州市に本店を置く一般乗用旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社であり,現在の資本金は約20億円,従業員は約3400人である。

(2)  佐野第一は,解散前は大阪府泉佐野市に本店を置いていた,自動車運送業等を営むことを目的とする株式会社であるが,平成15年5月12日,株主総会の決議により解散し,現在,清算手続中である。

(3)  御影第一株式会社(旧商号・御影タクシー株式会社。以下「御影第一」ともいう。)は,神戸市に本店を置く,自動車による旅客運送事業等を営むことを目的とする株式会社である。

(4)  相手方らは,佐野第一が解雇する旨の意思表示をした平成15年4月15日当時,佐野第一の従業員であった者である。

(5)  佐野南海交通労働組合(以下「佐野南海労組」という。)は,佐野第一の従業員と件外サザンエアポート交通株式会社(以下「サザンエアポート」という。)の従業員が組織する労働組合であるところ,相手方らは,いずれも佐野南海労組の組合員である。

2  抗告人が御影第一及び佐野第一を買収した経緯

(1)  第一交通グループ

抗告人は,その設立後,全国のタクシー会社を次々と買収し,第一交通グループとして事業を拡大した。

現在,グループ全体の総資本金は約38億円,従業員数は約1万人,タクシーの保有台数は約5860台である。

(2)  御影第一の買収

御影タクシー株式会社は,従前,神戸市域を事業区域としてタクシー事業を営んでいたところ,抗告人は,平成11年8月,同社の全株式を取得して同社を買収した。その結果,御影タクシー株式会社は,同月20日,その商号を御影第一株式会社に変更した。同日,抗告人の取締役であるA3(以下「A3」という。),B3(以下「B3」という。)及びC3が御影第一の取締役に,抗告人の監査役であるD3(以下「D3」という。)がその監査役に,それぞれ選任され,A3がその代表取締役に就任した。

(3)  佐野第一等南海電鉄グループのタクシー会社の買収

ア 南海電鉄グループのタクシー会社

(ア) 南海電気鉄道株式会社(以下「南海電鉄」という。)は,従前,その沿線の大阪府及び和歌山県を事業区域とする南海タクシー株式会社(現商号・大阪第一交通株式会社。以下「大阪第一」ともいう。),佐野南海交通株式会社(佐野第一),堺南海交通株式会社(現商号・堺第一交通株式会社。以下「堺第一」ともいう。)など6社のタクシー会社の株式を100パーセント保有し,白浜南海タクシー株式会社(現商号・白浜第一交通株式会社。以下「白浜第一」ともいう。)の株式の大半を保有して,上記7社を子会社としていた。

(イ) 上記のうち,大阪府を事業区域とするのは,大阪第一,堺第一及び佐野第一の3社であった。

(ウ) 平成13年3月30日当時,佐野南海交通株式会社(佐野第一)は,泉州交通圏において,泉佐野市の本社のほか,樽井及び岬の2か所に営業所を置き,57台の車両を用いてタクシー事業等を営んでいた。

(エ) 南海タクシー株式会社(大阪第一)は,当時,大阪市の本社のほか,堺市等に6営業所を置き,277台の車両を用いてタクシー事業等を営んでいた。

(オ) 堺南海交通株式会社(堺第一)は,当時,堺市の本社のほかに1営業所を置き,36台の車両を用いてタクシー事業等を営んでいた。

(カ) 上記のうち,泉州交通圏において営業を行っていたのは佐野南海交通株式会社(佐野第一)のみであった。

イ 南海電鉄グループのタクシー会社の買収

抗告人は,平成13年3月30日,南海電鉄から,同社の保有する上記7社のすべての株式の譲渡を受けてこれを買収するとともに,全社とも,「第一」の名称を付した商号に変更した。

ウ 佐野第一について

佐野南海交通株式会社についても,同日,南海電鉄からその発行済全株式を取得し,これを買収して,その商号を佐野第一に変更した。抗告人は,同日,その取締役であるA3,B3,E3(以下「E3」という。)及び抗告人の従業員であるF3(以下「F3」という。)を佐野第一の取締役に,D3をその監査役に,それぞれ選任し,A3がその代表取締役に就任した。また,抗告人の従業員であるG3(以下「G3」という。)が佐野第一の業務執行役員部長に,H3(以下「H3」という。)がその課長に就任し,B3,A3らの指示のもと,現場管理職として佐野第一の従業員らの指導等に当たることとなった。

エ 大阪第一のセンター化

上記の結果,抗告人は関西方面に子会社を多数保有することとなったので,大阪第一に第一交通グループの関西事業本部を置くこととした。

3  抗告人とその子会社である佐野第一及び御影第一との関係

(1)  抗告人と子会社の一般的な関係

ア 抗告人は,買収したタクシー会社について,合併して抗告人の営業所とする場合と,法人格を維持したまま,子会社とする場合とがあった。

イ 子会社とする場合には,抗告人の取締役ないし従業員を買収した会社の役員ないし管理職に派遣し,統一した方針とノウハウでタクシー事業を経営した。給与基準その他の労働条件,資産の運用方針等も,その基本的な部分は,抗告人がこれを決定した。

ウ 第一交通グループにおいては,各子会社の財産(資産と負債)と収支は,親会社である抗告人の財産及び収支と混同されることなく,各別に管理されたが,給与支払事務,売上及び入出金の管理事務等の日常経理事務,税務関係書類の作成その他の決算事務などの一般経理事務は,すべて抗告人のコンピュータを使って統一的に行われた。

その具体的態様は次のとおりである。

(ア) 各子会社ごとに,その子会社名義で営業収入が入金される預金通帳を作成し,その通帳及びこれに使用する印鑑は,抗告人が管理する。

(イ) 従業員の給与明細は,各子会社からの申告に基づき,抗告人が作成し,上記口座から,その支払をする。

(ウ) 公共料金,営業車両のリース料金,営業所の地代又は家賃等個別の経費も,各子会社からの申告に基づき,抗告人が上記口座から支払う。

(エ) 税務申告書類その他の計算書類の作成及び決算手続も,グループ共通の様式に従って,抗告人が行う。

(オ) 各子会社において個別に資金を要するときは,抗告人が上記口座から各子会社が現場で使用する別の口座に要請のあった金額を振り込む。資金不足の場合は,検討の上,抗告人が貸し付ける等して,別途負担する。

(カ) 各子会社は,上記の経理事務委託手数料として,売上の3パーセントを抗告人に支払う。

抗告人は,上記手数料について,買収後最初の年度及び子会社が赤字のときはその支払を免除する運用をしていたが,平成15年3月期から,これを中止し,全子会社から必ず経理事務委託手数料を徴収することとした。

(2)  佐野第一及び御影第一と抗告人との関係

上記抗告人と各子会社の一般的な関係は,佐野第一と抗告人,御影第一と抗告人の間でもほぼ同様であった。

4  佐野第一における賃金体系をめぐる労使間の紛争

(1)  労働協約の存在

佐野南海労組は,平成9年9月,佐野第一との間で,タクシー乗務員の賃金について,<1>月例賃金を毎月の営業収入の47パーセント及び諸手当とする,<2>年3回,4か月ごとに支給する賞与をその間の営業収入の15.5パーセントとする,<3>佐野第一は,毎月,各常(ママ)務員の月間営業収入の62.5パーセントに当たる額を支払い,上記<1>,<2>に従い,4か月ごとに精算するとの内容の労働協約を締結した(以下,上記賃金体系を「旧賃金体系」という。)。

佐野第一は,上記労働協約に従い,タクシー乗務員である従業員に対し,毎月,月間営業収入の62.5パーセントに相当する額及び諸手当をその賃金として支払った。

(2)  新就業規則の作成

佐野第一は,抗告人が全株式を取得後間もない平成13年4月13日,佐野南海労組に対し,タクシー乗務員の賃金について,その減額を内容とする新たな賃金体系を導入することを提案したが,同労働組合は,これを受け容れなかった。

そこで,佐野第一は,同年5月9日,上記の案を修正して,<1>給与は月間営業収入の45パーセントとする,<2>月間営業収入が40万円以上の場合は,1年に3回,4か月ごとに,収入の多寡に応じて一定の歩合により算出した賞与及び諸手当を支給する,<3>賞与の歩合率の上限は16パーセント(給与とあわせて61パーセント)とする等の内容の新たな賃金体系案を作成して,佐野南海労組に提案したが,同労働組合は,上記新賃金体系案にも反対した。

佐野第一は,そのころ,上記提案を就業規則として策定し(以下「新賃金体系」という。),佐野南海労組の反対意見を付して,岸和田労働基準監督署に届け出た。

(3)  新賃金体系に基づく賃金の支払

佐野第一は,タクシー乗務員である従業員に対し,平成13年5月から,新賃金体系に基づいて算出した賃金の支給を実施した。

(4)  仮処分

ア 佐野第一の従業員38名は,大阪地方裁判所岸和田支部(以下「岸和田支部」という。)に,平成13年5月分の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第55号),岸和田支部は,同年7月2日,これを認める決定をした。

イ 佐野第一の従業員53名は,岸和田支部に,平成13年5月分及び6月分(ただし,うち27名は6月分のみ)の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第67号),岸和田支部は,同年8月7日,これを認める決定をした。

(5)  労働協約の破棄

佐野第一は,同年7月4日,佐野南海労組に対し,旧賃金体系の基礎をなす労働協約を破棄する旨意思表示した。

(6)  本訴

ア 佐野第一の従業員らは,佐野第一に対し,平成13年5月分の給与について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の支払を求める本訴を提起した(岸和田支部平成13年(ワ)第506号)。同訴訟については,同年12月13日,佐野第一が同年5月分から同年10月分までの差額の全額を支払う旨の和解が成立した。

イ 佐野第一の従業員らは,平成14年10月,佐野第一に対し,平成13年11月分から同14年7月分の賃金について,旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の支払を求める本訴を提起し(岸和田支部平成14年(ワ)第631号),岸和田支部は,平成15年3月25日,従業員らの請求を認容する判決を言い渡した。佐野第一は,上記判決に対して控訴をした(大阪高等裁判所平成15年(ネ)第1342号)が,同裁判所は,同年11月26日,控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

5  佐野第一におけるその他の労使紛争

(1)  交友会の結成と組合員の大量脱退

ア 佐野第一においては,平成13年4月,管理職が主導して,会社再建に協力する従業員の集まりとして「第一交通交友会」(以下「交友会」という。)が発足した。

イ 佐野第一は,同月中旬ころ,<1>交友会への加入申込書,<2>佐野第一から再建協力金を受領した旨及び1年以内に会社都合以外で同社を退職した場合はこれを返還する旨の念書,<3>佐野南海労組宛の脱退届,<4>佐野第一宛の退職届の4点,あるいは<1>ないし<3>の3点の書式をセットにして従業員に配布し,上記書類を提出して交友会に入会した者には,再建協力金名目で15万円を支給することとした。

ウ その結果,平成13年4月に3名,同年5月に9名,同年6月に8名の従業員が,佐野南海労組を脱退して,交友会に入会した。

エ 佐野第一は,その後,社員各位宛として,「職場内外で交友会員に冷遇及び劣悪行為を行う者については厳重処分とする。再建協力金については,同年7月20日で打ち切る。」等と記載した書面を営業所等に掲示した。その結果,同年7月は48名の従業員が,同年8月は10名の従業員が,佐野南海労組を脱退して,交友会に入会した。

オ 佐野南海労組には,抗告人が佐野第一を買収した平成13年3月30日当時,171名の組合員が在籍していたが,上記のとおり,組合を脱退して交友会に加入する者が続出し,中途退職者も多数を数えたこと等から,組合員の数は減少し,平成15年3月末日には62名になった。

(2)  中小企業退職金共済の停止及び脱退

ア 佐野第一と佐野南海労組は,平成9年9月,<1>タクシー乗務員である従業員らを対象として,中小企業退職金共済制度(以下「中退金」という。)に加入する,<2>掛金月額は,原則として全額会社負担として一律7000円とする,<3>ただし,賃金総額35万円未満の者は本人が1000円を負担する,<4>本人の都合で掛金を加算する場合は1000円単位で加算する,<5>任意積立部分と自己負担部分は給与から控除して,会社が中退金を司る勤労者退職金共済機構に支払う,との労働協約を締結した。

イ 佐野第一は,平成13年5月20日ころ,中退金を運営する勤労者退職金共済機構宛に佐野南海労組の組合員らが同年3月31日に佐野第一を事業主の都合で退職したとする虚偽の届出をした。

ウ そして,同年6月分から掛金の支払を中止し,同年4月分,5月分の掛金の返還を受けた。

エ 佐野第一の従業員らは,平成14年5月,岸和田支部に,佐野第一が,勤労者退職金共済機構に対し,平成13年4月分以降の共催掛金を仮に支払うこと等を求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成14年(ヨ)第57号),岸和田支部は,同年7月18日,同年7月分までの掛金について,これを認める決定をした。

佐野第一は,同決定に対して異議を申し立てた(岸和田支部平成14年(モ)第471号)が,岸和田支部は,平成15年1月17日,会社の負担部分である月額7000円を超える部分について仮処分を申し立てた従業員がその差額を抗告人に支払うこととの条件を付した上,原決定を肯認する決定をした。

(3)  共済会制度の廃止

ア 佐野第一は,従前,佐野南海労組の組合員を対象とする福利厚生事業である佐野南海交通株式会社・サザンエアポート交通株式会社共済会(以下「共済会」という。)について,会員1人月額1000円の補助金を支出し,共済事業に協力していた。また,タクシー振興共済組合に加入し,組合員1人月額300円の補助金を支出し,共済事業に協力していた。

イ しかるに,佐野第一は,平成13年4月以降,共済会,タクシー振興共済組合のいずれに対しても,会社負担補助金の支払を中止した。

ウ そして,同年5月29日の団体交渉において,共済会制度の廃止を宣言し,同年12月14日・共済会から預かって保管していた事業運営資金(1138万4240円)を,同会の了解を得ることなく引き出し,これを共済会の会員である従業員に分配した。

エ 共済会は,平成14年3月,佐野第一に対し,同社が無断で引き出した金員の返還を求めるとともに,未払いの補助金の支払を求める訴えを提起し(岸和田支部平成14年(ワ)第171号),岸和田支部は,同年10月1日,その請求を認容する判決を言い渡した。佐野第一は,上記判決に控訴をした(大阪高等裁判所平成14年(ネ)第3191号)が,大阪高等裁判所は,平成15年2月14日,遅延損害金支払義務の起算点を一部変更したものの,基本部分について原審の判断を肯認する判決を言い渡した。

(4)  チェックオフの中止

佐野第一は,従前,佐野南海労組との間で締結された労働協約に基づいて労働組合費等のチェックオフを行っていたが,平成13年6月,同労働組合の了解を得ることなく,上記チェックオフを取りやめた。

(5)  点呼ないし朝礼の実施

ア 佐野第一においては,抗告人が同社を買収する前は,旅客自動車運送事業等運輸規則24条に基づく出庫前の点呼は,月に1回程度,5分から10分行われるのみであった。

イ ところが,抗告人が買収をした後は,毎日,出庫前点呼が行われるようになり,平成13年6月ころからは,会社再建に向けて協力要請をする場にも利用するようになったことから,時間が長くなった。その時間は,同年7月に入ると20分を超え,同年8月には1時間を超えるようになった。ところが,上記の時間は,佐野南海労組を脱退して交友会に加入した者については,同労働組合に残った者よりも短い傾向があった。

ウ 佐野第一の従業員らは,平成13年8月6日,泉佐野市長と大阪法務局岸和田支局長宛に,上記長時間に及ぶ点呼に関する報告と適切な対応を求める要請書を提出した。また,同月30日,岸和田支部に,佐野第一に対して長時間に及ぶ点呼ないし朝礼を行わないことを命じる仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第77号),大阪府地方労働委員会に同実行確保の措置申立てをした。

エ 佐野第一は,その後間もなく,長時間点呼ないし朝礼を中止した。

オ 佐野第一の従業員らは,平成14年5月9日,上記仮処分命令申立てを取り下げた。

(6)  配置転換ないし点呼場所の変更

ア(ア) 佐野第一は,平成13年8月初めころ,それまで泉佐野営業所において配車を受けていた相手方X1に対し,同月16日から岬営業所において配車を受け,同営業所を拠点として勤務するよう命じた。

(イ) 佐野第一は,同月初めころ,それまで泉佐野営業所において配車を受けていたX2に対し,同月16日から樽井営業所において配車を受け,同営業所を拠点として勤務するよう命じた。

(ウ) 佐野第一は,同月初めころ,それまで南海電鉄泉佐野駅を営業拠点としていた相手方X3,同X4及び同X5に対し,同月16日から同電鉄尾崎駅を営業拠点として勤務するよう命じた。

(エ) 佐野第一は,同月初めころ,それまで岬営業所において配車を受けていた相手方X6に対し,同月16日から泉佐野営業所において配車を受け,同営業所を拠点として勤務するよう命じた。

(オ) 佐野第一は,同年9月11日ころ,それまで泉佐野営業所において配車を受けていた相手方X7に対し,同月16日から岬営業所において配車を受け,同営業所を拠点として勤務するよう命じた。

イ(ア) 相手方X1,同X6及びX2は,指定された営業所等で配車を受け,勤務をすることを拒否し,平成13年8月30日,佐野第一を相手方として,岸和田支部に配転命令の無効と賃金の仮払いを求める仮処分命令を申し立てた(岸和田支部平成13年(ヨ)第78号)。

(イ) 相手方X7も,同年11月,佐野第一を相手方として,岸和田支部に同様の仮処分命令を申し立てた(岸和田支部平成13年(ヨ)第103号)。

(ウ) 相手方X3,同X4及び同X5は,上記営業拠点とする勤務場所変更命令に異議を止めつつ,これに従った。

ウ(ア) 佐野第一は,平成13年12月16日,相手方X1,同X6,同X7及びX2に対する上記配車を受ける場所及び拠点とする勤務場所変更命令を取り消した。

(イ) そこで,同相手方ら及びX2は職場に復帰したが,従前は各人1台の担当車両が決まっていたのに,復帰後は,他の乗務員とともに複数車両をあてがわれて勤務をすることになった。

(ウ) X2は,平成14年2月,佐野第一を退職した。

(エ) 相手方X1,同X6及び同X7は,同月16日以降,再度各人1台の担当車両を与えられた。

エ 相手方X3,同X4及び同X5は,平成13年12月17日,岸和田支部に,配転命令の無効の確認とこれにより生じた減収分について仮払いを求める仮処分命令を申し立てた(岸和田支部平成13年(ヨ)第124号)。

オ 相手方X7,同X3,同X4,同X5,同X1,同X6及びX2は,平成14年10月,イ,エの仮処分命令申立ての本訴を岸和田支部に提起し,その回付を受けた大阪地方裁判所堺支部は,平成16年4月7日,同相手方ら及びX2に対する上記命令は,実質的には配置転換を命じるものであるが,その必要性を欠いているから無効であり,かつ,不当労働行為に当たるとして,不法行為に基づき,佐野第一に対し,配置転換がなければ得られたであろう賃金との差額の支払を命じる判決を言い渡した(同支部平成14年(ワ)第1578号)。

(7)  相手方X8及び同X9に対する解雇

ア 佐野第一は,平成13年11月22日到達の内容証明郵便により,佐野南海労組の中央執行委員長である相手方X8及び同副執行委員長である同X9に対し,通常解雇(予告解雇)の意思表示をした。

イ 上記解雇通知書には,<1>相手方X8及び同X9は,平成13年4月16日から同年11月15日までの間,会社の再三にわたる警告,指示にもかかわらず,所定乗務日数どおりに勤務せず,<2>労働組合役員として従業員を煽動し,南海電鉄及びその関係者に対して街宣運動等をして,不当な圧力を加え,会社の南海電鉄沿線における営業上の地位を危うくする行為を繰り返したが,上記各行為は,いずれも就業規則に違反すると記載されている。

ウ 相手方X8及び同X9は,同月30日,佐野第一を相手方として,岸和田支部に,従業員の地位確認と賃金の仮払いを求める仮処分命令を申し立て(岸和田支部平成13年(ヨ)第115号),岸和田支部は,平成14年7月22日,上記相手方らに対する解雇は無効であるとして,賃金の仮払いについて,その一部を認める決定をした。

エ 相手方X8及び同X9は,同年8月,上記仮処分命令申立ての本訴を岸和田支部に提起した。

その回付を受けた大阪地方裁判所堺支部は,平成16年4月7日,上記相手方らに対する解雇は無効であるとして,佐野第一との間で,上記相手方らが従業員として労働契約上の権利を有することを確認するとともに,佐野第一に対し,賃金の支払を命じる判決を言い渡した(同支部平成14年(ワ)第1317号)。

6  佐野第一の財務状況

佐野第一の決算書類に記載された平成8年度から同14年度(期間は,いずれも各年の4月1日から翌年の3月31日までである。)までの売上及び損益の推移は,次のとおりである。

(1)  平成8年度の売上は9億1924万0161円,営業損失は4479万8079円,当期損失は3597万6528円であって,累積損失は,同期末で1億0033万7540円に達した。

(2)  平成9年度の売上は8億3872万7470円,営業損失は597万0895円,当期損失は9991万3050円であって,累積損失は,同期末で2億0025万0590円に達した。

(3)  平成10年度の売上は7億7556万0450円,営業損失は4998万5108円,当期損失は4414万5785円であって,累積損失は,同期末で2億4439万6375円に達した。

(4)  平成11年度の売上は7億3297万2190円,営業損失は7244万2183円,当期損失は6485万5735円であって,累積損失は,同期末で3億0925万2110円に達した。

(5)  平成12年度の売上は7億1685万4081円,営業損失は7947万8689円,当期損失は1億1945万0563円であって,累積損失は,同期末で4億2870万2673円に達した。

(6)  平成13年度の売上は7億0851万5770円,営業損失は4601万3341円,当期利益は2億2778万1003円(債務免除益2億9519万5577円を含む。)であって,累積損失は,同期末で1億8992万1670円であった。

(7)  平成14年度の売上は6億2059万7333円,営業損失は1923万1084円,当期損失は1431万7687円であって,累積損失は,同期末で2億0423万9357円であった。

7  抗告人の佐野第一に対する方針の変更

(1)  当初の方針

抗告人は,買収した佐野第一の経営について,売上の増加は見通しが困難であることから,乗務員の給与引き下げ等経費削減によって収支を改善し,債務超過の状態を解消することを目指した。

(2)  その後の推移

しかし,賃金体系の改訂については,上記のとおり,佐野南海労組がこれに強く反対したため,抗告人の望む方向での協議は進まず,4(4)及び(6)ア記載のとおり,裁判でも抗告人の主張は容れられなかった。

(3)  規制緩和による情勢の変化

平成14年2月1日,改正道路運送車両法が施行され,従前はあらかじめ営業圏ごとに需給調整を経た上でなければ許可されなかったタクシー事業への新規参入と増車が,一定の消極的,警察的目的による基準を満たせば,原則として許可されることとなった。

(4)  方針の変更

抗告人は,同年5月,以上の情勢を踏まえて,抗告人が派遣していた取締役を引き上げることとし,佐野南海労組との間で新賃金体系導入について合意が成立しないときには,佐野第一に対する援助を中止し,泉州地域を事業区域とする新会社を設立して(ないしは他のグループ会社に事業区域を拡大させて),その会社に同地域でタクシー事業をさせるとの方針を確立した。

(5)  人事異動

抗告人は,上記方針に基づき,同月9日,G3とH3及び買収前には佐野第一の泉佐野営業所長を務め,その後も佐野第一で管理職を務めていたI3を佐野第一の取締役に選任した。同月23日,A3,B3,E3及びF3は佐野第一の取締役を,D3はその監査役を,いずれも辞任し,後任の代表取締役にはG3が就任した。

(6)  車両の売却

佐野第一は,同月,その営業車両57台をaリース株式会社に売却した。そして,その後は,同社から同車両のリースを受けて営業を行った。

(7)  5月23日の団体交渉

B3らは,同月23日,佐野南海労組との団体交渉の席上で,A3,B3,E3及びF3が佐野第一の取締役を辞任した旨,佐野南海労組が新賃金体系を受け容れなければ,抗告人は佐野第一に対する支援を打ちきる旨,その結果,佐野第一が解散のやむなきに至ることもありうる旨を述べた。

(8)  交友会員への発言

佐野第一は,翌24日,交友会員を対象として説明会を実施したが,A3は,その席で,「第一交通グループは泉南地区に新しい会社を設立する予定である。交友会員については,現在の賃率や労働条件を維持しつつ,新会社に移行させることを保障する。」などと述べた。

(9)  6月25日の団体交渉

佐野第一は,同月25日,団体交渉の席において,佐野南海労組に対し,新賃金体系と中退金の廃止及び共済会の廃止等の会社方針を受け容れれば,相手方X8及び同X9に対する解雇を撤回し,解決金4500万円を支払う等との案を提示した。

佐野南海労組は,上記提案に対し,「新賃金体系の導入には応じるが,中退金及び共済会の廃止には応じられない。解決金の額は1億2000万円とすべきである。」などと回答した。

結局,佐野第一と佐野南海労組の協議はまとまらず,決裂した。

8  御影第一の泉州交通圏進出と佐野第一の減車

(1)  御影第一は,従前,神戸市域交通圏においてタクシー事業を営んでいた。

(2)  御影第一は,平成14年6月28日,近畿陸運局に泉州交通圏に事業区域を拡張すること及び営業車両を50台増車することを申請した。

(3)  御影第一は,そのための事業用地として,同年8月2日,大阪府泉南市りんくう南浜に2000平方メートルの土地を取得し,同年11月15日,その地上に事務所を新築した。事務所建築費用は,抗告人が負担した。

(4)  同年10月18日ころ,御影第一泉南営業所が開設見込みであるとして,同社の乗務員を募集するチラシが佐野第一の営業所に掲示され,その連絡先は大阪第一とされた。

(5)  御影第一は,同年12月19日,近畿陸運局から,大阪府泉州交通圏に事業区域を拡張し,50台の車両で営業を行うことについて認可を受け,平成15年1月21日,運賃の認可を受けた。

(6)  御影第一は,同年2月16日から泉州交通圏においてタクシー事業を開始した。

御影第一泉南営業所には,上記開業当時69名の運転手が在籍したが,そのうちの53名は,交友会員である佐野第一の元従業員が移籍したものであった。移籍した従業員には,支度金10万円が支払われたほか,2か月間,賃金算定の際の歩合率を優遇する措置が採られた。そして,その後は,新賃金体系と同内容の賃金体系が施行された。

御影第一泉南営業所の現場管理職には,従来からの御影第一の従業員ではなく,大阪第一ないし抗告人から派遣された者が充てられた。

(7)  御影第一泉南営業所の開業に伴い,佐野第一の無線室従業員は御影第一に移籍し,佐野第一の無線機は御影第一に譲渡された。そして,御影第一泉南営業所開業後は,同社の無線室が佐野第一と共通の66―8600番及び83―0060番の無線タクシー呼出電話番号を使用して両社の無線連絡を司った。

(8)  南海電鉄泉佐野駅前のタクシー乗り場は,従前,佐野第一が泉佐野市からこれを賃借していたが,佐野第一は,御影第一泉南営業所開業当初から,同営業所所属のタクシーが泉佐野駅で客待ちをすることに異議を述べず,これを容認した。

(9)  佐野第一は,同年3月27日,14台の減車をし,同月31日,さらに22台の減車をした。

9  佐野第一の解散と本件解雇の意思表示

(1)  平成15年4月3日,抗告人の取締役会が開かれ,佐野第一を解散する旨が決議された。

(2)  佐野第一は,同日,上記御影第一への交友会員の移籍及び無線室従業員の移籍の結果,佐野南海労組の組合員のみとなっていた佐野第一の全従業員に対し,同月15日限りで解雇する旨意思表示した(以下「本件解雇」という。)。

(3)  佐野第一は,そのころ営業を停止した。

(4)  同年5月12日,佐野第一の株主総会が開かれ,同社の解散が決議された。

(5)  南海電鉄樽井駅,尾崎駅及び岬公園駅の各駅前タクシー乗り場は,佐野第一が南海電鉄からこれを賃借して使用していたが,御影第一は,佐野第一の解散後,上記タクシー乗り場にタクシーを乗り入れて客待ちをするようになった。

(6)  佐野第一は,その後,その所有する樽井営業所の建物を御影第一に売却した。

10  大阪第一,堺第一,佐野第一及び御影第一における営業車両,従業員の相互移動等

(1)  堺第一は,平成13年4月23日,その本社を大阪第一忠岡営業所と同一住所に移転した。

(2)  大阪第一は,平成15年8月1日,従前佐野第一の樫井車庫の存した場所にりんくう営業所を開設し,15台で営業を開始した。

(3)  御影第一は,同年9月1日,その営業車両を6台減車し,大阪第一りんくう営業所は,同日,その営業車両を6台増車した。その際,御影第一において上記車両を担当していた従業員数名も,御影第一から大阪第一に移籍した。

(4)  御影第一は,同年11月17日,従前佐野第一の樫井車庫の存した場所に第二車庫を開設し,20台で営業を開始した。

(5)  従前,佐野第一で使用され,リースに供されていた車両(タクシー)は,佐野第一の解散,営業停止に伴い,大阪第一と堺第一がこれを引き取った。

11  その他

(1)  大阪第一が所有する佐野第一泉佐野営業所の土地,建物,佐野第一が所有する同社岬営業所の土地,建物及び白浜第一の所有する同社の本社土地には,平成13年9月28日,これらの不動産を共同担保として,債務者を佐野第一,大阪第一及びやはり抗告人が買収した熊野第一交通株式会社とする極度額30億円の根抵当権が設定され,その旨の登記が経由された。

(2)  佐野第一は,その所有する岬営業所の土地,建物に,平成14年5月10日,債務者を佐野第一,権利者を大阪第一とする極度額3億5000万円の根抵当権を設定した上,同日,同不動産を大阪第一に売却する旨予約した。そして,その旨の登記が経由された。

第3(ママ)当事者の主張

(相手方ら)

1  法人格否認の法理に基づく主張

(1)  法人格の形骸化

ア 抗告人は,全国のタクシー会社を買収してその事業を拡大してきたが,買収したいずれの会社に対しても役員及び管理職員を派遣した。そして,抗告人において,労働条件,管理体制等会社の基本方針を決定し,売上や資産を管理し,給与や公共料金の支払その他の日常経理業務及び計算書類の作成と税務申告等決算業務を行い,重要な資産を運用して,子会社を完全に支配,管理した。

したがって,買収された子会社は,いずれも,抗告人の一営業部門にすぎない状態となり,各子会社の法人格は形骸化した。

イ 佐野第一においても,上記は同様で,同社は,抗告人に買収された後は,抗告人の一営業部門にすぎなくなり,その法人格は形骸化し,独立の法人格を失った。

ウ したがって,相手方らは,遅くとも佐野第一が解散されたときまでに抗告人と直接雇用契約上の当事者の関係に立つこととなったものであって,佐野第一の解散が真実なされたものか,有効か否かに関わりなく,本件解雇の意思表示によって,抗告人の従業員としての地位を失うことはない。

(2)  法人格の濫用

ア 抗告人は,上記のとおり,佐野第一を支配していた。

イ 抗告人は,佐野第一を買収後,自らの意思どおりに佐野第一を経営すべく,新賃金体系の導入,交友会の結成,中退金の廃止,共済会制度の廃止等を提案したが,佐野南海労組がこれに強く反対し,裁判闘争も辞さなかったため,その提案を実現することができなかった。

ウ 抗告人は,佐野南海労組を弱体化させることにより,自らの意思を貫徹すべく,佐野第一をして,佐野南海労組を脱退して交友会に加わらない組合員に対し,長時間点呼や,差別的な配置転換をしたり,同労働組合の委員長と副委員長を理由なく解雇したりさせたほか,従前の労働慣行を無視した企業運営をさせたが,佐野南海労組はこれに屈することなく反対闘争を続け,佐野第一は,いずれの裁判でも敗訴した。

エ そこで,抗告人は,佐野南海労組を壊滅させ,新賃金体系を導入してその意思どおりに泉州地区でタクシー事業経営を行うため,自らの支配する御影第一を泉州交通圏に進出させ,佐野第一を解散して,佐野南海労組に属する組合員を全員解雇した。

オ したがって,抗告人は,労働組合を壊滅させ,労働組合員を排除することにより,その意図する労働条件を実現し,会社を経営するという違法,不当な目的のために,自らの支配する佐野第一及び御影第一の法人格を濫用して,佐野第一を解散して相手方らを解雇し,御影第一にその事業を継承させたものであるから,法人格否認の法理により,相手方らに対し,雇用契約上の責任を負う。

カ 仮に,法人格の濫用事例においては,いわゆる偽装解散が行われた場合でなければ背後の法主体に責任が生じないとしても,御影第一は,佐野第一の事業を承継しており,佐野第一の解散は偽装解散であるから,その要件も満たされている。

(3)  賃金請求権

相手方らが平成15年1月から3月までに佐野第一から支給を受けた賃金を旧賃金体系に引き直して計算し,これを平均すると,その額は,別紙「仮払賃金債権一覧表」の各相手方の「仮払賃金債権額」欄記載のとおりである(この点につき「地位保全賃金仮払仮処分命令申立書」添付の「仮払賃金債権一覧表」における相手方X10の「仮払賃金債権額」欄には27,045円と記載されているが,同欄記載の各金額は,上記一覧表作成の基礎となった各人別賃金計算書の各平均賃金の額をそのまま記載したものであるところ,同相手方の「各人別賃金計算書」には,同相手方は,平成15年は3月しか稼働しておらず,その賃金は81,138円であることが明記されているから,これを引き写した「地位保全賃金仮払仮処分命令申立書」添付の「仮払賃金債権一覧表」及び2003年7月15日付け主張書面添付の「仮払賃金債権一覧表」の各相手方X10の「仮払賃金債権額」欄の27,045円の記載は明らかに81,138円の誤記であると認められる。なお,同相手方が1か月当たり81,138円の仮払いを求める趣旨であることは,「債務者ら主張書面(7)」において,相手方X10に対して実際に支給された賃金の額が27,045円より高い58,419円であるとしていることからも明らかである。)。

(4)  まとめ

よって,相手方らは,抗告人に対し,雇用契約に基づき,上記賃金の請求をする権利がある。

2  不法行為に基づく主張

(1)  不法行為

抗告人は,佐野第一の唯一の株主であるが,佐野第一においては,労働組合(佐野南海労組)の団結が固く,乗務員の給与引き下げ等その意図する経費削減策を採りえなかったことから,もっぱら組合を消滅させること等不当な目的をもって同社を解散し,これに伴って佐野第一をして相手方らを解雇せしめ,その雇用機会を喪失せしめた。これは,子会社である佐野第一に対する支配的な地位を利用し,不当な目的のために法人格を濫用して行われた違法行為であり,不法行為に該当する。

(2)  損害

相手方らは,抗告人の上記不法行為により,佐野第一の従業員たる地位を失い,同社に対する賃金請求権を喪失したが,相手方らが平成15年1月から3月までに佐野第一から支給を受けた賃金を旧賃金体系に引き直して計算し,これを平均すると,その額は,別紙「仮払賃金債権一覧表」の各相手方の「仮払賃金債権額」欄記載のとおりである(なお,相手方X10についてその額を81,138円とすべきことについては,前記1(3)記載のとおりである。)。

(3)  まとめ

よって,相手方らは,抗告人に対し,不法行為に基づき,上記賃金相当額の損害の賠償を求める権利がある。

3  保全の必要性

相手方らは,一家の支柱として家計を支えてきたが,本件解雇によって生活の糧を奪われ,他に収入を得る途もないので,相手方らとその家族の生活は危殆に瀕している。

よって,相手方らは,本案の第一審判決言渡しまで,毎月28日限り,別紙「仮払賃金債権一覧表」の各相手方の「仮払賃金債権額」欄記載の額の賃金または賃金相当損害金の仮払いを受ける必要がある。

(抗告人)

1  法人格否認の法理に基づく主張について

(1)  法人格形骸化の主張について

ア 佐野第一は,従前南海電鉄の子会社であったものであり,抗告人が新たに法人格を作出したものではない。

イ 買収後も,両者の財産(資産・負債)と収支は,混同されることなく,厳格に峻別して管理された。

ウ 佐野第一の労務管理と営業等は,抗告人からの出向者がこれを行ったが,いずれも専従の出向者であり,地域の実情とそれまでの佐野第一の対外的,対内的関係を踏まえ,独自の判断に基づいて仕事をしたものであり,タクシー事業の運営について抗告人が制約を設けたり,特別の管理をしたことはない。

エ したがって,抗告人は,佐野第一の唯一の株主ではあるが,同社は,抗告人の営業の一部門ではなく,その法人格は形骸化していない。

(2)  法人格濫用の主張について

ア 支配の有無

上記のとおり,抗告人は,佐野第一を支配していない。

イ 違法,不当な目的の有無

(ア) 御影第一が泉州交通圏に進出した理由

平成14年2月1日,改正道路運送車両法が施行され,タクシー事業への新規参入及び増車の要件が緩和された。このため,抗告人を含むタクシー事業者は,増車によりシェアを拡大し,1台ごとのコストを削減してサービスを向上するのでなければ,競争に勝ち残ることが困難となった。

そこで,抗告人は,関西空港に近い泉州交通圏についても第一交通グループ全体のシェアを広げることを計画し,御影第一を泉州地区に進出させることとした。

御影第一泉南営業所は,当初は佐野第一と並行して事業を行うことを予定されていたものであり,佐野第一を解散させた後の受け皿として開設されたものではない。

したがって,佐野第一の解散と御影第一の泉南地域への進出は,佐野南海労組を嫌悪して,同組合を消滅させる等,違法,不当な目的で行われたものではない。

(イ) 佐野第一を解散した理由

a 佐野第一の収支は,南海電鉄の子会社であった当時から大幅な赤字であり,平成12年度は,単年度の営業損失が7947万8689円で,同年度末(平成13年3月31日)には累積損失は4億2870万2673円に達していた。

したがって,単体の企業としては,その時点から解散ないし倒産やむなしの状態であった。

b 抗告人は,管理職の人員を削減し,経理事務をグループ内で統一的に行うこと等によりコストダウンを図ったほか,乗務員の給与を引き下げ,経費(主として人件費)を削減することによって佐野第一の収支の改善を目指したが,佐野南海労組は抗告人ないし佐野第一の提案を受け容れなかった。

c 岸和田支部は,新賃金体系を導入した就業規則の効力が争われた訴訟について,平成15年3月25日,その効力を認めない旨の判決を言い渡した。

d 佐野第一は,その後も,新賃金体系を受け容れることを求め,佐野南海労組と同月27日に団体交渉を行ったが,同労働組合は,佐野第一の申し入れを拒否した。

e そこで,抗告人は,これ以上の事業継続は収支の悪化を招くばかりであると判断し,同年4月3日,佐野第一の株主として,同社を解散することを決定した。

f 以上のとおり,佐野第一を解散したのは,事業継続が困難であったからであって,佐野南海労組を消滅させることが目的ではない。また,賃金改定法理や解雇制限法理を潜脱することを目的としたものでもない。

ウ 佐野第一と御影第一泉南営業所との事業の同一性の有無

(ア) 御影第一は,泉州交通圏に事業区域を拡大するに当たり,独自にりんくう地区に土地を購入して新社屋を建築し,佐野第一の社屋を利用しなかった。

(イ) 御影第一は,営業車両を独自に購入し,佐野第一からはこれを引き継がなかった。

(ウ) 佐野第一の備品は,御影第一だけでなく,近在の第一交通グループに所属する各社がその需要に応じて購入した。御影第一が購入したのは,そのうちの無線親機ほかごくわずかである。

(エ) 佐野第一は,従前,サザンエアポートから発注を受けて日本航空の乗務員の送迎業務を行っており,その収入は売上の20パーセントを占める重要なものであった。しかし,御影第一泉南営業所はその業務を承継していない。

(オ) 御影第一泉南営業所は,当初,佐野第一と並行して事業を行うことを計画して開設され,平成15年2月と3月は,実際に並行して営業が行われた。

(カ) 以上によれば,佐野第一と御影第一泉南営業所の間には事業の同一性を認めることができない。

エ まとめ

よって,抗告人は,佐野第一を支配しておらず,佐野第一の解散と御影第一の泉州交通圏への進出は違法,不当な目的を実現するため,法人格を濫用して行われたものではない。また,佐野第一は真実解散されたものであって,御影第一泉南営業所と佐野第一との間には事業の同一性を認めることができない。

したがって,抗告人は,法人格否認の法理によって,相手方らに対し,雇用契約上の責任を負うものではない。

(3)  法人格の濫用事例に当たるとした場合の抗告人の責任の有無

仮に,佐野第一の解散が,御影第一でその営業を引き継ぐことを前提に行われたものであって,法人格を濫用して行われた偽装解散であるとしても,その場合に法人格否認の法理により雇用契約の主体として雇用契約上の義務ないし責任を負うのは御影第一であって,抗告人ではない。

したがって,本件については,被保全権利の疎明がない。この点,原決定は,何人も契約締結を強制されないという私的自治の原則に反するものであり,不当である。

2  不法行為の主張について

(1)  上記のとおり,佐野第一の解散は真実行われたものであり,相手方らに対する解雇の意思表示は有効であるから,佐野第一の株主にすぎない抗告人に,相手方らの解雇について不法行為の成立する余地はない。

(2)  仮に,不法行為の成立する余地があるとしても,雇用機会喪失として上記と相当因果関係の認められる損害は,6か月分の賃料相当額にとどまる。

3  保全の必要性について

御影第一は,相手方らが御影第一泉南営業所で就労することを拒否しておらず,就労機会を提供したが,相手方らは,その申し出を拒んだものであるから,本件には保全の必要性がない。

第4(ママ)当裁判所の判断

1  解散した子会社の従業員に対する親会社の責任

(1)  法人格についての一般論

法人格が別である場合,子会社が解散しても,親会社は,原則として子会社の従業員に対して労働契約上の責任を負うものではない。

(2)  法人格が形骸化している場合の雇用契約上の責任

しかし,法人格とは名ばかりで,株式の所有関係,役員派遣,営業財産の所有関係,専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し,両社間で財産と業務が混同されてその事業が実質上同一視され,子会社を親会社の一営業部門と解すべきような状態にある場合には,子会社の法人格は形骸化しているというべきである。

上記法人格形骸化事例において,労働関係についても,親会社が子会社の従業員の賃金その他の労働条件や人事に具体的な影響力を行使し,これを支配しているとみられるときには,子会社が解散されても,これは,一つの営業所が閉鎖されたことと同視すべきである。

したがって,この場合には,子会社の従業員は,解雇の意思表示を受けたとしても,これによって労働者としての地位を失うものではなく,直接親会社に対して,継続的,包括的な雇用契約上の権利を主張することができるというのが相当である。

(3)  法人格を濫用して解雇が行われた場合の親会社等の雇用契約上の責任

ア 一般論

法人格が形骸化しているとまではいえない場合であっても,親会社の子会社に対する支配の程度が一定以上に達していて,その支配力を利用することにより,子会社に存する組合を壊滅させる等不当な目的を達するため,その手段として子会社が解散されたものであるなど,法人格が違法に濫用された場合には,法人格を異にするという形式的理由のみで親会社が雇用契約上何らの責任を負わないとすることは,法の根元にあるフェアネスの精神に反する。

したがって,親会社がその支配する子会社の法人格を違法に濫用してこれを解散させ,その従業員を解雇したときには,親会社は,子会社との法人格の別異を主張することが許されず,解散した子会社の従業員に対し,責任を負うというのが相当である。

イ 債務の内容いかんによる責任の相違

そこで,どのような場合に,どのような責任を負うかであるが,未払の賃金や退職金等既存の債務については,公平の観点からみて,濫用の程度が比較的低い場合でも,親会社にも雇用契約上の責任を認めるのが相当である。

しかし,雇用契約の主体として,将来も雇用契約を継続すべき責任を負うかについては,その解散が真実されたものであるか,あるいは,解散後,親会社が自ら事業を再開したり,親会社の支配する別の法人によって同じ事業が継続されているかで場合を分けて検討をしていく必要がある。

けだし,雇用契約における主要な債務は,労働と賃金支払であるところ,事業が存続していないのであれば,就労請求権も,労働義務も観念しがたいからである。

ウ 継続的雇用責任の有無について

(ア) 真実解散の場合

そこで,検討するに,まず,その目的,動機はともかく,子会社が真実解散されて,従前行われてきた事業が消滅したときには,当該会社はもはや清算目的でしか存在せず,子会社の従業員は,雇用契約の主たる内容をなす労働を提供することができなくなる。

したがって,真実解散の場合には,親会社は,その解散が法人格を濫用して行われたものであったとしても,解散後は,将来に向けて,継続的,包括的な雇用契約の主体としての責任を負わないというのが相当である。

(イ) 偽装解散の場合

これに対し,子会社が真実解散されたものではなく,解散後親会社が別の営業所を立ち上げたり,会社継続の決議をして自ら営業を継続した場合や,別の法人を設立し,その法人格を利用して従前と同じ事業活動を再開した場合には,子会社の労働者は,当該事業体において就労することが可能であるから,雇用契約は当該事業体との間でなお消滅していない,ないしは,新たな事業体が創設された時点で復活すると解するのが相当である。

(ウ) 偽装解散の場合に雇用責任を負うべき主体

しかし,この場合であっても,雇用契約は,労働の提供と賃金の支払がその主たる債務として対価的関係をなすものであるから,雇用契約の主体である雇用主は,継続して事業を行っている事業体であると解さざるを得ない。

したがって,親会社は,自ら事業を復活させた場合や同一の事業を行っている子会社とその法人格が同一視される場合には,雇用主として,子会社の従業員に対し,将来に向けて継続的,包括的な責任を負うが,新たな事業を行う別会社の法人格が形骸化しているとはいえない場合には,その責任は,新たに事業を行う別会社が負うと解するのが相当である。

(4)  不法行為責任

ア 労働基準法は,解雇ができない場合があることを定めており,判例法上も解雇権は濫用されてはならないとされている。平成15年には上記判例法理は立法にまで高められた。

したがって,親会社が,子会社に存する労働組合を消滅させる等不当な目的を達するために,子会社に対する支配的な地位を利用してこれを解散し,子会社の労働者の雇用機会を喪失させたときには,その解散が真実されたものであるか,偽装でされたものであるかにかかわらず,その行為は不法行為に該当し,親会社は,子会社とともに,雇用機会喪失等によって子会社の労働者に生じた損害を賠償すべき責任を負うというのが相当である。

イ その場合,どの程度の期間の雇用機会喪失等について責任を負うかは,子会社が解散されるに至った経緯,親会社が行使した支配力の程度,目的の不当性の程度及び解雇が労働者に与える影響の深刻さの程度など諸事情を総合判断して決せられるというのが相当である。

2  法人格形骸化の主張の当否

(1)  そこで,まず,前記認定事実に基づき,本件において佐野第一の法人格が形骸化しているかについて検討する。

(2)ア  抗告人は,佐野第一の株式を100パーセント所有している。

イ  買収後は,その役員ないし従業員を佐野第一の取締役及び管理職に派遣し,完全に同社の人事権を支配した。

ウ  日々の売上や収入は,自らの保管する佐野第一名義の預金通帳によってこれを管理し,給与の支払や公共料金等の日常経理業務,税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も抗告人においてこれを行った。

エ  佐野第一の所有する不動産について,関連会社のために多額の根抵当権を設定する等,重要な資産の管理に関する事項も,抗告人において決定した。

オ  賃金その他の労働条件及び勤務体制等についても,抗告人が方針を定め,現場管理職には従業員との交渉権はあっても,決定権はなかった。

カ  <1>堺第一は,その本社を大阪第一忠岡営業所と同一住所に移転した,<2>大阪第一りんくう営業所及び御影第一泉南営業所第二車庫は佐野第一の樫井車庫跡に開設された,<3>御影第一は,平成15年9月1日,その営業車両を6台減車し,大阪第一りんくう営業所は,同日,その営業車両を6台増車した等,大阪第一,堺第一,御影第一及び佐野第一は,相互にその施設や人員を融通し合う密接な関係にある。

(3)ア  しかし,佐野第一は,もともとは南海電鉄の子会社であり,本来は抗告人とまったく別個独立の法人であった。

イ  買収後も,佐野第一の資産,負債,収支は,抗告人と区別して管理され,混同されることはなかった。

(4)  してみると,抗告人は,佐野第一をかなりの程度支配していたが,その支配の程度は,佐野第一が抗告人の一営業部門とみられるような状態にあるというまでのものではなく,したがって,佐野第一の法人格は形骸化するには至っておらず,相手方らは,あくまで佐野第一の従業員であって,同社解散の時点でも,直接抗告人に対して雇用契約上の権利を主張しうる立場になかったというのが相当である。

3  本(ママ)人格濫用の主張の当否

次に,前記認定事実に基づき,抗告人は,佐野第一及び御影第一の法人格を濫用したものであるか,そのことにより将来も雇用契約を継続すべき責任を負うか等について検討する。

(1)  支配の有無とその程度

ア 上記のとおり,抗告人は,佐野第一をかなりの程度支配していた。

イ 抗告人と御影第一の関係も2(2)とほぼ同様であるから,抗告人は,御影第一もかなりの程度支配していた。

(2)  不当な目的の有無

ア(ア) 佐野第一は,南海電鉄の子会社当時,営業収支は毎年赤字であり,抗告人が同社を買収する直前の平成12年度は,単年度で約7974万円の営業損失を生じ,同年度末には,累積赤字は約4億2870万円に達していた。

(イ) 抗告人は,佐野第一を買収後,主として乗務員の賃金体系を改めることにより,収支を改善することを目指したが,その計画は,佐野南海労組の強い反対にあって,協議によっては実現することができなかった。

そこで,佐野第一は,就業規則を変更して新賃金体系の導入を強行したが,佐野南海労組はこれにも反対であり,組合員は,裁判所に旧賃金体系によって計算された賃金額との差額の支払を求めて提訴してこれを争った。

そして,仮処分手続においては,佐野南海労組側の主張が認められ,本訴においても,佐野第一は,平成13年5月分から同年10月分の賃金について,同年12月13日,和解により,旧賃金体系に基づいて賃金を支払うことを余儀なくされた。

(ウ) 抗告人は,そのほか,会社再建に協力する者の集団と称して交友会を組織し,佐野南海労組を脱退して交友会に移籍してきた者に対し,再建協力金として15万円を支給することとしたが,その施策によっても,佐野南海労組は壊滅するには至らなかった。

(エ) 佐野第一は,交友会に移籍をせず,佐野南海労組にとどまった者の一部について,不利益な配置転換政策を行ったが,配置転換命令を受けた組合員らは,仮処分及び本訴を提起してこれを争い,佐野第一は,一部の者について,配置転換命令を撤回した。

(オ) 佐野第一は,佐野南海労組の執行委員長と副委員長を解雇したが,裁判所は,仮の地位を定める仮処分において,その解雇が無効であると判断した。

(カ) 中退金及び共済会の廃止についても,佐野南海労組は断固として反対であり,裁判所も基本的に同労働組合の主張を認めた。

(キ) 以上によれば,佐野第一及びこれをかなりの程度支配する抗告人は,佐野第一の経営を改善するためには新賃金体系を導入する必要があるが,佐野南海労組が存在していては,その導入は困難であると判断したものであると認定するのが相当である。

イ 抗告人は,御影第一について,平成14年12月19日に近畿陸運局から泉南交通圏に事業区域を拡張することの認可を受けた。

御影第一は,主として,佐野第一から移籍し,新賃金体系に同意した,地域の地理に精通したベテランのタクシー労働者を確保して,同15年2月16日から,その事業を開始した。佐野第一は,御影第一の事業開始後,営業車両を減車した。

ウ 以上によれば,抗告人は,佐野第一に新賃金体系を導入しようとしたが,佐野南海労組が存在する限りはその導入が困難であるので,御影第一を立ち上げ,新賃金体系に基づいて事業を遂行することができる状態を確保した上で,同労働組合の消滅を目的の一つとして,佐野第一を解散したものであると認められる。

したがって,同社の解散は不当な目的のために行われたものであると認定するのが相当である。

エ(ア) この点につき,抗告人は,御影第一の進出は,平成14年2月1日からの改正道路運送車両法施行に伴う規制緩和政策に対応するため,泉州地区でも第一グループ全体で増車をするために行ったものであって,佐野第一の解散とは関係がない旨を主張する。

しかし,同地区で増車をするのであれば,御影第一を利用せずとも,佐野第一で増車をすればよいし,その方が新たな施設建設の必要もなく,合理的である。

したがって,その主張は採用することができない。

(イ) また,抗告人は,佐野南海労組を嫌悪したことはなく,その組合員にも御影第一への移籍を呼びかけたと主張する。

しかし,移籍を認める条件は,あくまで新賃金体系を受け容れることであるところ,これまでの両者の対立からみて,佐野南海労組にとどまったまま,新賃金体系を受け容れ,御影第一に移籍するということはあり得ない事態であるから,上記は,おおよそ実現不可能な呼びかけであるというべきである。

その主張はやはり採用することができない。

(ウ) 抗告人は,佐野第一を解散した理由について,佐野第一は,単体では収支が赤字であり,平成15年3月25日に言い渡された判決では,就業規則変更の効力が認められず,裁判手続によっても,新賃金体系を導入することが不可能になったので,これ以上の損害発生を避けるために解散を決断したものであると主張する。

しかし,先に認定したとおり,泉州地区では同年2月16日から新賃金体系によって御影第一泉南営業所を営業することが可能な状態になっていたのであるから,その導入に反対し,裁判闘争も辞さない佐野南海労組の組合員しか残っていない佐野第一の経営をそのまま続けていくことには経済的合理性を認めることはできない。

(エ) してみると,抗告人は,新賃金体系に基づいて御影第一泉南営業所を経営していくことが可能になったので,佐野南海労組がその結果消滅することを視野に入れ,これを容認して,佐野第一を解散したものである,平成15年3月25日の岸和田支部の判決はそのきっかけにはなったにすぎないと認定するのが相当である。

オ 以上のとおりであるから,佐野第一の解散は,佐野南海労組の壊滅をその目的の一つとして,不当な目的のためにされたものであるというのが相当である。

(3)  事業継続の有無

ア(ア) 佐野第一も,御影第一泉南営業所も,同じ泉州地域を事業区域とする。乗入駅は,同じ南海電鉄泉佐野駅,樽井駅,尾崎駅及びみさき公園駅である。

(イ) タクシー事業は,運転手が乗客を目的地まで送り届けることをその主要な業務とするから,事業の中核をなすのは地域の地理に精通した乗務員たる従業員である。

御影第一泉南営業所は,開業当初69名の従業員中,53名が地域の地理に精通した佐野第一からの移籍者であった。

(ウ) タクシー事業においては,その営業上,無線呼び出しの電話番号が利用者に浸透することが重要であるが,御影第一泉南営業所は,佐野第一と同じ無線番号を引き継いで使用した。無線室の従業員は,佐野第一から移籍をした経験者である。

(エ) 佐野第一は,御影第一泉南営業所の経営が軌道に乗り始めると減車をした。

(オ) 以上によれば,御影第一泉南営業所は,佐野第一と同一の事業を行っていると認めるのが相当である。

イ この点につき,抗告人は,御影第一泉南営業所は,独自に事業認可を受け,新たに事業用地を取得し,車両も自ら購入して営業を開始したものであって,佐野第一の資産を引き継いでいないから,その事業には同一性がないと主張する。

しかし,御影第一泉南営業所は,佐野第一の存続中から事業を開始したものであるから,独自に事業認可を受け,事業所及び車両を用意すべきことは当然である。

抗告人の上記主張は,これを採用することができない。

ウ 抗告人は,サザンエアポートの営業を引き継いでいないとも主張する。

しかし,得意先を引き継ぐことができるか否かは,抗告人ないし御影第一泉南営業所が独自に決定しうることではない。

したがって,得意先を引き継がなかったことは,それのみでは事業の同一性を否定する理由となるものではないから,その主張は採用することができない。

(4)  将来も雇用契約を継続すべき責任の有無とその主体

ア 以上のとおりであって,抗告人は,佐野第一及び御影第一に対して強い支配力を有していたところ,佐野南海労組を排除し,新賃金体系を導入するという不当な目的を実現するため,その支配力を利用して佐野第一を解散したものであるから,佐野第一の解散は,抗告人が法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。

イ 佐野第一の事業は,やはり抗告人が支配する御影第一泉南営業所がこれを引き継いで行っているから,その解散は偽装解散であるというべきである。

ウ しかし,本件全証拠によるも,御影第一の法人格は,いまだ形骸化しているとまではいうことができない。

エ したがって,本件は法人格濫用事例に該当し,相手方らは,佐野第一と同一の事業を行っている御影第一に対して雇用契約が継続している旨を主張することができるが,抗告人に対しては,法人格濫用を理由として,将来も雇用を継続すべきことを求めることはできないというのが相当である。

4  不法行為責任の有無

(1)  責任の有無

上記のとおり,抗告人は,その支配する佐野第一及び御影第一の法人格を利用し,佐野南海労組を排除して新賃金体系を導入するという不当な目的を実現するため,その手段として佐野第一を解散し,御影第一泉南営業所に佐野第一の事業と同一の事業を行わせたものであるから,抗告人は,法人格を違法に濫用して,相手方らの雇用機会を失わしめたものであるというべきである。上記は明らかに不法行為に該当する。

(2)  相当因果関係のある損害の範囲

ア 抗告人が佐野第一を解散した目的は,上記のとおり極めて不当である。

イ 抗告人は,佐野第一の解散後,その支配する御影第一に同一の事業を行わしめて利益を享受している。

ウ 佐野第一の解散後,すでに満2年が経過しようとしているにもかかわらず,紛争は長期化し,いまだ解決の目途が立っておらず,相手方らは,現時点においても,御影第一で就労することができていない。

エ 以上の諸事情にかんがみれば,抗告人は,少なくとも佐野第一解散後3年間,相手方らに対し,賃料(ママ)相当額について,これを相当因果関係のある損害として賠償すべき責任があるというのが相当である。

(3)  不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利として賃金相当額の仮払いを求めることの適否

ア 本件は,名目上は損害賠償権を被保全債権とするが,実質的には生活確保のため,賃金相当額の支払を求めるものである。

イ 賃金は通常後払いであり,相手方らの賃金も後払い(毎月28日払い)であった。

ウ 相手方らは,本件において,不法行為責任としても,生じた損害を一括して先払いすることを求めていない。

エ 抗告人の責任を認めつつ,将来分については定期払いの方法によらしめることは,抗告人と相手方の利害関係を適切に調整し,両者間の公平を図ることに資する。

オ 以上によれば,本件においては,不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利として仮処分命令手続により賃金相当額の定期的な仮払いを求めることは適法であり,可能であるというのが相当である。

5  被保全権利についてのまとめ

以上のとおりであるから,相手方らは,抗告人に対し,平成15年4月から平成18年3月まで,毎月28日限り,毎月支払われるべき賃金と同額の損害について,その支払を求める被保全権利があると一応認めることができる(仮払いを認める金額については保全の必要性とあわせて後に判断する。)。

6  保全の必要性

(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば,相手方らには,原々決定と同様,毎月28日限り,旧賃金体系によって算定された賃金の平均額と現実の支給額の平均額の低い方の額(ただし,相手方X8及び同X9については,その余の相手方らの現実の支給額の平均額)であるところの別紙「仮払金員一覧表」の各相手方の「仮払額」欄記載の額の限度で,その支払を求める保全の必要性があると一応認めることができる。

仮払金員一覧表

<省略>

仮払賃金債権一覧表

<省略>

7  まとめ

以上のとおりであって,相手方らの本件仮処分申立ては,主文第3項の限度で理由があるが,その余は失当であるから,原決定を取り消し,原々決定を変更することとして,主文のとおり決定する。

8  原状回復を求める申立てについての補論

なお,抗告人は,当審において原状回復命令の申立てをしたが,上記申立ては,仮処分命令が取消し又は変更されないことを法定の解除条件とする条件付申立てであると解するのが相当であるところ,本決定は,原決定を取り消し,原々決定の一部を変更するものではあるが,抗告人がすでに履行した部分については原決定を取り消したり,原々決定を変更したりするものではなく,この部分についての原決定及び原々決定は維持されるものであるから,上記部分については解除条件が成就したというのが相当である。

したがって,当裁判所としては,本決定において上記申立てに対して応答することをしない。

(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 藤本久俊 裁判官 村川浩史)

当事者目録

抗告人 第一交通産業株式会社

同代表者代表取締役 U

同代理人弁護士 松下守男

清水英昭

眞野淳

奥毅

佐野洋二

妹尾佳明

楠森啓太

石川一成

相手方 X11

(ほか44名)

上記45名代理人弁護士 小林保夫

横山精一

藤木邦顕

高橋徹

中筋利朗

西本徹

山﨑国満

岡本一治

半田みどり

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