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大阪高等裁判所 平成16年(行コ)107号 判決 2005年5月12日

主文

1  原判決中,被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人らは,京都市に対し,各2万7804円及びこれに対する平成14年4月13日(ただし,被控訴人cにおいては同月14日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1・2審を通じて,これを10分し,その9を控訴人らの負担とし,その余は被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,被控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人aは,京都市に対し,57万円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人b,同c,同d,同e及び同fは,京都市に対し,各59万6950円及びこれに対する平成14年4月13日(ただし,被控訴人cにおいては同月14日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  原審第1事件は,京都市の住民である,第1事件控訴人が,京都市議会(以下「市会」又は「市議会」ともいう。)の議員(以下「市会議員」という。)が平成12年及び平成13年に3回にわたって行った「海外行政視察」(内訳は,①平成12年8月17日から同月26日までの間のヨーロッパ視察<以下「ヨーロッパ視察」という。>,②平成12年10月18日から同月27日までのアメリカ視察<以下「第1アメリカ視察」という。>,③平成13年8月20日から同月29日までの間のアメリカ視察<以下「第2アメリカ視察」という。>であり,全体を併せて「本件各海外視察」という。)はいずれも観光目的の旅行であるから,その旅費のための公金の支出は,違法であるなどと主張して,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,京都市に代位して,本件各海外視察に参加した当時市会議員であった被控訴人ら6名及び原審相被告13名に対し,不当利得返還請求権に基づき,旅費として受け取った公金の半額相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月13日(ただし,被控訴人cにおいては同月14日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の返還を求める住民訴訟である(なお,被控訴人aに対する請求額は57万円,その余の被控訴人らに対する請求額は各59万6950円である。)。

原審第2事件は,京都市の住民である第2事件控訴人が,原審第1事件と同じ被控訴人らに対し,同一の請求をして,第1事件に共同訴訟参加した事件である。

なお,原審第2事件は,原審第1事件の別件訴訟として提起されているが,共同訴訟参加の要件を満たしているから,その訴えの提起は共同訴訟参加の申立てとして取り扱うのが相当である(なお,原審において,原審第2事件を原審第1事件に併合する旨の決定がされているが,これは,外形上別訴として提起された原審第2事件を,原審第1事件の共同訴訟であることを外形的,手続的に明確にするためにされたものであり,原審第2事件を原審第1事件の共同訴訟参加事件として取り扱うことの妨げとなるものではない。)。

(2)  原審は,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察に関する訴えは,公金支出から1年以上経過して監査請求がされたものであり,適法な監査請求(法242条2項)を経ていないから,不適法であるとして却下し,第2アメリカ視察に関する請求は,公金支出が違法とはいえないとして棄却した。

控訴人らは,原判決中,第2アメリカ視察に関する部分(被控訴人らに関する部分)について,原判決の取消しと自己の請求の認容を求めて控訴した。なお,原判決中,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察に関する部分(被控訴人ら以外の原審相被告13名に関する部分)は,控訴人らの控訴がなく確定した。

(3)  当裁判所は,第2アメリカ視察の公金の支出の一部は違法であると判断するものである。

2  前提事実(末尾に証拠等を掲げないものは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 控訴人らは,京都市の住民である。

イ 被控訴人らは,いずれも平成12年から平成13年にかけての期間,京都市議会の議員であった者である。

(2)  京都市議会の出張に関する要領

京都市議会議長は,平成11年9月30日,「京都市会議員の出張に関する要領」(以下「本件要領」という。)を定めた。同要領には,議員の海外出張等に関して,次のような規定がある(乙6)。

ア 2期以上の議員は,その任期中に1回海外出張を行うことができる。

イ 団を編成して行い,2団以内とする。

ウ 海外出張には視察団に1人職員を随行させる。ただし,視察団員数が12名以上となる場合は,職員2名を随行させることができる。

エ 出張旅費は,議員1人につき120万円を限度とし,出張期間は21日以内とする。

オ 視察団団長は,海外出張を行おうとするときは,原則としてその3週間前までに行程表,見積書を添えて出張申出書を議長に提出しなければならない。

カ 視察団団長は,海外出張を行ったときは,速やかに出張報告書を議長に提出しなければならない。

キ 出張旅費は,京都市旅費条例を準用して支給する。

(3)  被控訴人らの第2アメリカ視察と公金の支出

ア 被控訴人ら6名は,被控訴人aを団長,同bを副団長とする海外行政視察団を構成し,海外行政視察として,平成13年8月20日から同月29日まで,アメリカ合衆国のシカゴ市,ボストン市,ワシントンD.C.及びニューヨーク市並びにカナダのトロント市に出張した(第2アメリカ視察)。第2アメリカ視察には京都市の職員gが随行した。

イ 京都市は,同月17日,京都市長の同月13日付け支出命令に基づいて,第2アメリカ視察の出張旅費として,被控訴人aに対しては,参加費用114万円,その余の被控訴人らに対しては,それぞれ参加費用114万円と支度料5万3900円の合計119万3900円を概算払の方法で支出(支出総額は828万0495円)した(甲8)。

(4)  監査請求

ア 第1事件控訴人は,平成14年2月1日,本件各海外視察の全体がいずれも観光目的の旅行であるから,その経費の支出は違法又は不当な支出であるとして,京都市長において,視察に参加した市会議員らに対して,支出された金額の半額を返還させる措置等をとるように求める監査請求を行った。

監査委員は,本件各海外視察の全体が観光目的であることを証する書面の提出がないとして,同年3月1日付けで,上記監査請求を却下し,第1事件控訴人は,そのころ,その通知を受けた。

イ 第2事件控訴人は,平成14年5月27日,本件各海外視察はいずれも主目的が観光目的の旅行であるとして,アと同旨の監査請求を行った。

監査委員は,同年7月26日,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察については,公金支出から1年以上経過して監査請求を行ったことについて,正当な理由があるとは認められないとして却下し,第2アメリカ視察についても,監査請求に理由がないとして棄却し,第2事件控訴人は,そのころ,その通知を受けた。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  原審第1事件に係る訴えの適法性(本案前)

〔被控訴人ら〕

原審第1事件に係る訴えは,次のとおり,適法な監査請求を経ていないから不適法である。

すなわち,第1事件控訴人は,その監査請求に際して,本件各海外視察に係る公金の支出命令,支出決定及び行程表の写しを添付していたが,これらの書面は,適正な手続を経て公金が支出されたこと及び実際の旅程を明らかにするものにすぎず,およそ「違法又は不当な公金の支出」があったことを証するものではない。したがって,第1事件控訴人の監査請求には,法242条1項の違法又は不当な公金支出を「証する書面」が添付されていたとはいえないから,不適法なものである。

〔第1事件控訴人〕

第1事件控訴人は,住民監査請求をした際,本件各海外視察についての支出命令書,支出決定書,行程表等を提出している。そして,上記資料から,各視察の日程と支出した金額は特定されており,違法な公金支出か否かについては行程表を見れば,移動に必要な時間を除き,各視察時間とそれ以外の時間の区分,その視察時間以外の時間での観光地見学の有無とその内容を監査することは可能である。また,平成12年の情報公開資料は京都市の行程表だけであり,議会では公開していないので,これ以上の「証する書面」は提出し得なかった。

したがって,監査の対象は明確であるから,監査委員が,「証する書面」の提出がないとして監査請求を却下したことは違法である。

(2)  第2アメリカ視察についての公金支出の違法性

〔控訴人ら〕

地方公共団体の議会が議員を海外に派遣する場合には,合理的な必要性が必要であるところ,第2アメリカ視察は,その視察目的,訪問先,日程,視察内容,費用等を考慮すると,視察に名を借りた観光旅行であるから,合理的な必要性は認められず,京都市が,そのような観光旅行に被控訴人らを派遣したことには,裁量権を逸脱した違法があり,その経費として被控訴人らに公金を支出したことも違法であって,被控訴人らは,それぞれ,支給された公金の少なくとも2分の1相当額を不当に利得している。

ア 視察目的

市会議員が海外に行政視察に赴く合理的な必要性がある場合においては,まず視察目的があって,その目的にかなう視察先を定めるのが当然である。しかし,第2アメリカ視察においては,必要な視察目的があって,視察が計画されたのではなく,先に視察先が決められ,その後に視察目的が設定されたものであり,しかも,その視察目的に関してあらかじめ準備・研究がされた形跡はない。このような視察目的が極めて軽視され,形骸化していることからして,第2アメリカ視察の実質は観光旅行であることは明らかであって,行政視察としての体裁を整えるために,取って付けたような「視察目的」が形式的に定められたからといって,主たる目的が観光旅行である性格が変わるものではない。

現に,「循環型社会形成の取り組み」の調査を目的とするシカゴにおいては,京都市としては考えられないようなゴミ処理方法を採用しており,分別・リサイクルにしても特に先進的な取組があるわけでもない。「交通政策」の調査を目的とするボストンも,京都市が参考にすべき高速道路関係の資料があるわけではない。「ドメスティック・バイオレンス対策」の調査を目的とする,ワシントンDCにおいても,事前に資料を集めれば十分に得られる以上の成果は報告されていない。ニューヨーク,トロントにおいても同様である。

イ 日程等

第2アメリカ視察は,その視察目的からすると10日もの日数を必要とするものではないのに,わざわざ土曜日と日曜日をはさむ10日もの日程を組み,しかも全ての視察が6名もの大人数で行われている(真に調査の目的を達成するためには,少人数で分担する方が期間も短くて済み合理的である。)。また,季節も8月に,行き先も北アメリカに限定されており,真に必要な時期に必要な調査をするものではなく,年中行事化したものであることが表れている。

なお,滞在期間内に行った短時間の施設訪問等が意味のある視察であったとしても,それによって,全体として観光旅行であるという性格が変わるものではない。

ウ 視察内容等

第2アメリカ視察において参加した被控訴人らが行った視察は,観光的な視察のほかは,1日1時間ないし2時間,各種の施設において説明を受けた程度のものにすぎない。現在の高度情報化社会においては,海外の情報であっても,様々な手段で入手することは容易であって,上記程度の調査のため,あえて,公金を使って現地に赴く程の合理的な必要性はない。

また,第2アメリカ視察については,公務と言い得る時間の2倍近い時間が観光に充てられている(実際の旅行日程により,公務時間と観光時間を比較すると,公務時間が15時間にすぎないのに対し,観光時間は,土曜日,日曜日全日<ディナークルーズやメトロポリタン美術館の見学等>を含め,31時間も費やされている。)。

エ 費用

第2アメリカ視察の行き先,旅行内容は,各旅行会社が行っているいわゆるパック旅行とそれほど変わりはない。ところが,その費用は,1人約120万円と一般のパック旅行の2,3倍であり,その効果に比べて過大である。

〔被控訴人ら〕

第2アメリカ視察は,議員の活動に資するための視察目的をもって計画,実行された適法なものであり,支出された費用も適正なものであって,違法な公金の支出には当たらない。

ア 視察の必要性,視察目的,視察先,視察時期等

国際化が進展した今日においては,市会議員の海外視察は,議員としての見識を深めるだけではなく,執行機関から提出される議案の審議の際の参考としたり,市の施策の実施について広く提言を行うなど,議会の活動能力を高め,議会の意思決定機能や監査機能の強化を図るために,有益かつ重要な方法の一つである。

第2アメリカ視察においては,あらかじめ,生活安全,ドメスティック・バイオレンス,水質資源保全,循環型社会形成,大都市の交通政策という視察目的を定め,これらに先進的に取り組んでいるニューヨーク,ワシントンDC,トロント,シカゴ,ボストンの各都市を視察先として確定し,姉妹都市であるボストン市及び国際連合日本代表部への公式表敬訪問を行うための日程を定め,それに基づき各訪問先で視察目的に沿った調査をし,公式友好親善を深めている。

そして,第2アメリカ視察に参加した市会議員は,視察ごとに報告書を作成し,市民の閲覧に供しているほか,参加経験を踏まえ,市議会の本会議や委員会で質問するなど,その成果は議員活動に生かされている。

イ 視察先,視察時期

視察先が様々な行政分野において先進的な取組を行っている北アメリカの諸都市となるのは自然であり,視察時期が,8月となるのも,その時期は,市議会が閉会中であるからにすぎず,いずれも第2アメリカ視察が観光目的であったことをうかがわせる事情ではない。観光とは何らの関係もない。

ウ 視察の日程等

第2アメリカ視察において,行政視察の合間には,市内視察が含まれているが,これらのほとんどは,日曜日を除いて,行政視察が実施された後に,次の行政視察まで空き時間が生じた際に,その都度現地協議により市内視察が実施されたものであり,実施された市内視察も,その大部分は,都市施設の見学である。また,観光施設の見学が含まれているとしても,京都が国際観光都市としての機能を高めるためには,海外の観光施設を視察して今後の参考とすることも有意義であるから,議員の職務と関連ある行政視察的要素を含むものである。

また,参加者は,日曜日においても,団体行動で調査項目に関連する施設等を視察するなどして,できる限り多くの成果を得るよう努めている。

エ 費用

第2アメリカ視察の費用は,本件要領において限度としている120万円以内であり,海外行政視察を確実に遂行できる規模と実績を有する旅行代理店数社から見積書の提出を受けて,決定したものであり,適正である。

第3当裁判所の判断

1  原審第1事件に係る訴えの適法性(争点(1))について

被控訴人らは,第1事件控訴人の監査請求には「証する書面」が添付されていたとはいえないから,不適法である旨主張している。

ところで,法242条1項が,監査請求について,違法又は不当な財務会計上の行為又は怠る事実を証する書面を添えることを求めている趣旨は,事実に基づかない単なる憶測や主観だけで監査を請求することの弊害を防止しようとするところにあるから,「証する書面」については,当該行為が違法等であることを証明するに足りる証拠である必要はなく,監査を求めている根拠として一定の事実があることを示す書面であれば足りると解される。

これを本件についてみるに,証拠(甲1,5の3)及び弁論の全趣旨によれば,第1事件控訴人は,監査請求にあたって,本件各海外視察の支出決定書及び支出命令書並びにヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の行程表を添付していることが認められ,これらにより,訪問先都市が一般の観光旅行の目的地となる都市であり,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の行程表から,その行政視察が滞在時間の全てあるいは大部分を要するものではないことがうかがえるから,同様の海外視察である第2アメリカ視察においても,その点は同一であると推認することも可能であり,これらを併せて,第2アメリカ視察が観光目的と一応推認することが可能であるから,第2アメリカ視察が観光目的であることについて,単なる憶測や主観を超えた根拠があるとすることができるのであって,第2アメリカ視察について,「証する書面」の添付があったものとすることができる。

したがって,「証する書面」の添付の点から,第1事件控訴人の監査請求を不適法とすることはできず,被控訴人らの本案前の主張は採用できない。

2  第2アメリカ視察についての公金支出の違法性(争点(2))について

(1)  認定事実

前記前提事実及び証拠(甲9の4,乙5,9,17,20,23,26,原審証人g)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 市会議員による海外行政視察は,本件要領に基づいて,次のような手続,手順で実施される。

市会運営委員会の理事会において,視察にかかるテーマ,行き先(方面),調査都市の候補,調査事項の事例,参加する市会議員を決定し,その後,参加する市会議員が旅行代理店も交えて具体的な調査事項,調査都市,日程を協議して行程案を作成する。当該行程案は,市会運営委員会理事会に諮られた上,視察団長が市会議長に申請書を提出して最終的に決定される。

なお,2期以上の市会議員は,任期中に1回海外行政視察に参加しており,その順番は,各会派で決定している。

イ 第2アメリカ視察についても,市会事務局が北アメリカ方面への視察を提案し,平成13年5月8日の市会運営委員会理事会において,視察にかかるテーマ,行き先(方面),調査都市の候補,調査事項の事例,参加する市会議員が決定された。その後,視察参加者らは,事務局案や旅行代理店の案を基に,具体的な視察テーマ,調査事項,調査都市,日程について協議をし,その結果,平成13年8月21日にシカゴ市において,①「循環型社会形成の取組について」,同月22日にトロント市において,②「水道水源保存の取組について」それぞれ視察し,同月23日に,③京都市の姉妹都市であるボストン市を公式訪問するとともに同市において,④「交通政策について」視察し,同月24日にワシントンD.C.において,⑤「ドメスティック・バイオレンス対策について」視察し,同月27日にニューヨーク市において,⑥国際連合日本政府代表部を公式訪問するとともに,⑦「生活安全対策について」視察するとの行程案を作成した(なお,視察参加者ごとに担当項目と担当都市が定められたが,全体の取りまとめと③⑥が被控訴人a,①が同e,②が同d,④が同f,⑤が同c,⑦が同bであった。)。この行程案について,同年8月1日,市会運営委員会理事会で承認を得た上,市会議長によって,第2アメリカ視察の実施が決定された。なお,実施に先立ち,全体で,事前の学習会等を開催したことはない。

それを受けて,海外渡航旅費の支出決定書が起案され,市長により,同年8月10日,支出が決定された。

ウ 市会議員が職務のために出張するときは,京都市報酬及び費用弁償条例7条,京都市旅費条例18条により,「旅費の取扱いについて」という基準に従って支給されることとされており,同基準によれば,外国旅行の旅費の種類は,航空費,鉄道費,船賃,車賃,日当,宿泊料,支度料及び旅行雑費と定められているが,団体参加により外国旅行をする場合で,これらの合計額が明らかに団体参加旅費を上回る場合には,団体参加費及び支度料の合計額が支給されることとされており,第2アメリカ視察については,平成13年8月13日,市長により,被控訴人らにつき,団体参加旅費(1人114万円)及び支度料(被控訴人aを除き,1人当たり,5万3900円)の支出が命令され,同額が支給された。

市議会は,第2アメリカ視察に当たっては,旅行代理店3社から見積書を提出させ,その中からの株式会社J社を選択し,同社に旅行の手配を依頼した。

被控訴人らは,上記支給額から,同社に対して,見積書のとおり,交通費,宿泊費,食事代,施設入場料等の一部及び通訳代として,1人当たり114万円を支払った(随行のg分も含め,合計798万円)。

エ 第2アメリカ視察における参加者らの行動は,次のとおりである。

(ア) 平成13年8月20日(月曜日)

関西国際空港からデトロイト経由でシカゴ市に向けて出国し,同日午後4時51分ころ(現地時間。以下同じ。)にシカゴ空港に到着し,同日は,シカゴ市内のホテルで宿泊した。

(イ) 同月21日(火曜日)

朝,シカゴ市庁舎を訪問し,午前10時から午前11時45分までシカゴ市環境局において,環境局副局長から「環境の循環型社会形成の取組」についての説明を受け,質疑等を行い,その後,市郊外にあるシカゴ・ソーティング・センター(リサイクルセンター)に移動し,午後0時15分ころから午後1時15分ころまで同施設職員から説明を受け,施設内を見学した。その後,市街地に戻って昼食をとり,午後2時30分ころから,シアーズタワーなどの市街地の高層建築物や高層ビルを利用した駐車場,高層建築物附属の駐輪場などを見て歩いた後,イリノイ州庁舎に移動し,州庁舎のオープンな執務室を見学した。その後,バッファロー空港を経て,午後8時30分ころ,バスでナイアガラ市のホテルに到着し,同ホテルに宿泊した。

(ウ) 同月22日(水曜日)

朝,ホテル周辺の公園を清掃する作業の様子を見学した後,午前9時50分ころ,トロント市に向けてバスで同ホテルを出発し,トロント市到着後,午前11時45分ころから午後0時15分ころまでオンタリオ州庁舎を見学し,昼食後,午後1時30分ころから午後3時30分ころまでトロント市水道局の執務室において,同市の水質保全の取組について担当者から説明を受け,質疑等を行った。

その後,バスで空港に移動し,航空機で午後7時20分ころにボストン空港に到着し,同市内のホテルに宿泊した。

(エ) 同月23日(木曜日)

午前9時30分から,市役所前で行われていた市民参加の催しを見学した後,午前10時ころから正午ころまでボストン市役所を訪問し,京都市長の親書をボストン市長代理に手渡した後,同市の交通政策についての説明を受け,質疑等を行い,昼食後,午後1時15分からボストン市街地を歩いて回った後,市内の高速道路建設現場,マサチューセッツ工科大学のキャンパスや校舎を見学した。その後,航空機でワシントンD.C.に移動するため空港に行き,午後6時30分ころワシントンD.C.の空港に到着し,そのまま市内のホテルで宿泊した。

(オ) 同月24日(金曜日)

午前10時30分ころ,NPOである家庭内暴力に反対する全国連合会の事務所を訪問し,午後0時30分ころまで2人の担当者と懇談した。昼食後の午後1時30分ころ,上院の議場を見学し,その後,アーリントン国立墓地を訪問し,国立航空宇宙博物館及びナショナルギャラリーを見学し,午後4時30分ころバスでホテルに向かった。

(カ) 同月25日(土曜日)

朝,ボルティモア市に移動し,午前10時50分ころから正午ころまでの約1時間,インナーハーバー(大規模ショッピングセンター)を見学し,昼食後,列車(アセラ特急)でニューヨーク市に移動し,午後3時50分ころ同市に到着し,夜間は,ディナークルーズ船に乗船して夕食をとり,そのまま市内のホテルで宿泊した。なお,同日には,視察目的に沿う視察日程は組まれていない。

(キ) 同月26日(日曜日)

午前9時ころから夕方まで,貸切バスで,約8時間にわたり,ガイド付きで,メトロポリタン美術館などニューヨーク市街を見て回った。なお,同日にも視察目的に沿う視察日程は組まれていない。

(ク) 同月27日(月曜日)

午前10時ころから午後0時15分ころまでニューヨーク市警察本部を訪問し,人事部長から生活安全対策についての説明を受け,質疑等を行った。その後,国際連合本部で,昼食をとりながら日本人職員から国際連合の概要についての説明を受けた後,本部内の諸施設を見学し,午後2時ころ,日本政府代表部を訪問し,大使から国際連合を取り巻く諸状況についての説明を受けた。

(ケ) 同月28日(火曜日)

朝の飛行機でニューヨーク市を出発し,デトロイトを経由し,同月29日,関西国際空港に到着し,帰国した。

オ 第2アメリカ視察に参加した被控訴人らは,視察の結果について,各自の担当部分について原稿を作成し,随行したgが,予算の枠内に収まるように整理・編集して「京都市会海外行政視察報告書」(乙5)という冊子にまとめて報告している。

(2)  判断

ア 普通地方公共団体の議会は,当該普通地方公共団体の議決機関として,その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し,合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することができるが,裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは,議会による議員派遣の決定が違法となる場合がある(最高裁判所第1小法廷昭和63年3月10日判決・裁判集民事153号491頁,最高裁判所第3小法廷平成9年9月30日判決・裁判集民事185号347頁参照)。

換言すれば,議員の海外行政視察が許されるのは,議決機関を構成する議員として,その職責を果たす上で合理的な必要性がある場合に限られるのであって,視察目的が議員の活動との関連で正当性が存在しない場合や,視察目的に合理性があっても,その目的に照らして,派遣計画が相当性を有しない場合等には,裁量権の逸脱又は濫用が認められることになる。そして,派遣計画の相当性については,目的の正当性に関する議会の裁量の広範性と比べると,議会の裁量は制約されていると解するべきであって,視察目的との関連性を議会が積極的に示すことのできない視察旅行は,相当性を欠くものとして違法であると解される。

イ これを第2アメリカ視察について検討する。

まず,視察目的についてみるに,前記認定事実のとおり,第2アメリカ視察においては,参加した市会議員である被控訴人らは,①循環型社会形成の取組について,②水道事業について,③交通政策について,④ドメスティック・バイオレンス対策について,⑤生活安全対策について,それぞれ先進的な取組を視察すると共に,姉妹都市ボストン市とニューヨーク市の国際連合日本政府代表部を公式訪問することを目的としているところ,京都市の当時の具体的な政策課題との関連において,この時期に多人数で海外行政視察を行う必要性があったかはともかくとして,これらの視察目的自体は,抽象的には市会議員の活動に密接に関連し,あるいは将来関連性を持ち得る課題として,正当な視察目的であるというべきである。

ウ 次に,派遣計画の相当性について検討する。

(ア) 控訴人らが指摘しているように,本来,公費を使って海外行政視察を行う以上,先ず視察の必要性が検討され,その必要性を満たし得る地域・機関等を調査し,その調査に相応しい担当者を決定すべきであるが,市議会は,本件要領を定め,2期目以上の議員であれば,その適格性や具体的な必要性を問うことなく,任期中に1回は海外出張を行うことができるものとし,また,同要領による海外出張は,団を編成して行い,1年間に2団以内に限って派遣するものとしている(有資格議員が60名として,全員が派遣されるためには,1団を7~8名として,年2団ずつ実施することになる。)。そのため,市会事務局は,恒例行事として,行き先(方面)を決めて視察の提案を行っており,第2アメリカ視察についても,調査項目より先に派遣場所(北米)が決定されている。

(イ) このように本末を転倒したともいうべき海外視察の計画のためもあって,それぞれの調査項目の調査の対象として,第2アメリカ視察の際,訪問した都市が最善の選択であるかについては疑問が少なくないし(視察報告書から見て,例えば,シカゴ市において,「循環型社会形成の取組について」の視察を行っているが,ゴミの処理方法やリサイクルに関する取組等について,京都市の取組より遅れていることはあっても,取り入れられるべき先進的な施策が行われているようには思われない。),調査した内容も報告書等の内容から判断する限り,視察先から入手した資料の域を出ないものや,表面的・概括的なものが多く,京都市の課題との関係でどのように有益な視察結果が得られたのかもほとんど明確にされていない。

(ウ) そのような実態からすれば,真に多人数による海外視察の必要性があったのか,また,このようなレベルの海外視察を住民が許容していると見るべきか,いささか疑問というべきであるが,前記認定事実によれば,一応,訪問都市と調査項目との関連性は認められる上,現実に各施設を視察しており,被控訴人aは,市議会(本会議)での一般質問で,第2アメリカ視察において,f国連大使と意見交換したことを紹介しつつ,京都で国際会議を開催することの宣伝効果としての意義を強調し,サミットの招致についての市長の見解を求め(乙9。もっとも,同被控訴人は何度も国連を訪問しているということでもあり,今回の視察の成果といえるかは不明である。),また,同視察で「循環型社会形成の取組について」を担当した被控訴人eは,京都市役所本庁舎がISO14001を取得するについて,委員会で発言したことがあったようであり(原審証人g。ただし,シカゴ市の視察がどのように反映されているかは明らかでない。),何らの成果がなかったとまではいえないこと,視察内容や視察場所と視察予定時間(実際の視察時間が短い場合でも,相手方の対応や質疑によって不確定要素があることから,ある程度幅を取って設定されている。)に照らして,10日間の日程が不相当に長期間であるとまでは認め難いこと,支出された費用も,条例に基づいて算定された金額であり,本件要領限度内の額であることなどからすると,いまだ第2アメリカ視察の派遣計画の全体が観光目的であって,市議会の裁量を逸脱し,相当性を欠くものとして,違法であるとまで断ずるのは相当でない。

(エ) 控訴人らは,第2アメリカ視察の視察内容は,様々な方法で諸外国の情報を容易に入手できるようになった今日において,特段,現地に行って視察する必要性のあるものではないと主張するところ,もっともな面はあるが,書物等により得られる知識と現実に海外で見聞して得られる知識とでは,質的に差があり,議員としての幅広い見識と国際的な視野を持ち,これを保つためには,実際に現地で視察することの必要性もあながち否定できない(ただし,議員として,幅広い見識や国際的な視野を持つことは,もとより期待されるところであるが,基本的には自己研鑽によって獲得すべきこととも考えられ,情報化が進み,海外旅行が容易な時代になっていることなども考慮すれば,今度,このような一般教養取得型ともいうべき海外視察を温存すべきかは大いに検討の必要があろう。)。

(ア) しかし,派遣計画の相当性を検討するに当たっては,全体的な考察のみならず,個別の日程の検討も不可欠であると解される。なぜならば,正当な視察目的のために,視察日程が組まれた場合,その一部に明らかに視察目的に合致しない日程(すなわち,観光目的の日程)が組まれていても,全体としては違法ではないと判断されるのであれば,正当な視察目的を加えておけば,観光のための無駄な公金が支出されることを抑制できないことになり,結果として,議員の派遣に関しては,法的な統制がほとんど及ばないということになりかねないからである。

以上の観点からすると,視察日程の一部ではあっても,当該日程が専ら観光目的など視察目的と何ら無関係に組まれ,そのために公金が支出されている場合には,当該日程部分についての公金の支出は,裁量権の逸脱又は濫用に当たり,違法であると解するのが相当である。

(イ) これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,第2アメリカ視察の日程において,平成13年8月25日(土曜日)と同月26日(日曜日)については,視察目的に沿う何らの視察も行われていないところ,25日の土曜日については,交通機関による都市間の移動も同時に行われており,インナーハーバー等の「観光」が約1時間にすぎないことから,必ずしも25日の日程全体が観光目的とまで即断できないものの,26日の日曜日については,同一都市(ニューヨーク)に滞在しつつ,視察目的とは直接には何らの関連性も有しないメトロポリタン美術館等ニューヨーク市内の見学等をしているのであるから,観光目的であると判断されてもやむを得ないものであり,その所要時間が8時間もの長時間に及ぶことからしても,26日の日曜日の日程に限っては,相当性を欠くものとして,裁量権の逸脱又は濫用があるといわなければならない。

(ウ) 被控訴人らは,観光施設の見学が含まれているとしても,京都が国際観光都市としての機能を高めるためには,海外の観光施設を視察して今後の参考とすることも有意義であるから,議員の職務と関連ある行政視察的要素を含むものである旨主張している。

しかし,前記のとおり,そもそも第2アメリカ視察の目的には,観光施策の調査などは含まれていない上,いやしくも視察目的とする以上,漠然とした見学にとどまらず(それは正に観光であろう。),具体的な調査項目が必要であると解されるところ,26日の日曜日の日程には,そのような具体的な調査項目がまったく設定されておらず(現に,乙5の報告書においても,土曜日と日曜日の日程に関する報告は全くされていない。),また現実に調査もされた形跡がないのであって,当該部分は,視察目的に照らして相当な計画であるとは到底認められない。

もっとも,海外行政視察の機会に,我が国と異なる街並み,文化,生活等に触れること自体,議員の行政的判断のための知識ないしその土台となる素養を得るという面において,それなりに有意義であるとは解されるものの,そのようなことはその性質上,およそ議員の自己研鑽の一環として自費で賄われるべき事柄であって,市民の税金等を原資とする公金を費消してまで行うことが許されるべきものではない。

また,前記認定事実によれば,前記両日以外にも観光的な日程が組まれていることが窺えるが,これらはいずれも正当な視察日程の前後に接着して組まれたものであり,ことさら観光のみを目的に組まれたものとまで断定できないから,いまだ裁量権の範囲内というべきであり,裁量権の逸脱又は濫用があるとまでは認め難い。

オ そこで,以上を前提に,違法な公金の支出額について検討する。

証拠(甲9の4)によれば,8月26日に支出された費用のうち,宿泊費用を除いた額は,総額1659.8ドルであり,被控訴人ら6名とgの7名で負担するものとすると,1人当たり,237.1ドルであることが認められ,これを所定の為替レートで円換算すると,1ドル=120.4円であるから(弁論の全趣旨),1人当たりの支出額は,2万8546円(円未満切捨て)となる。

もっとも,甲9の4を上記の為替レートで円換算して,航空運賃を加えた額の総額は,819万2845円であるのに対し,第2アメリカ視察について,京都市がj社k支店に支払った総額は798万円(甲9の4)であるから,現実に支払われた額を前提に違法な公金額を算定するには,上記の額を上記の割合で按分する必要があり,その額は,1人当たり,2万7804円(円未満切捨て)となる。

カ したがって,第2アメリカ視察に関する公金の支出のうち,上記の1人当たり,2万7804円の支出は違法であるから,第2アメリカ視察の参加者である被控訴人らは,上記金額を不当に利得しているというべきである。

3  結論

以上によれば,控訴人らの被控訴人らに対する請求は,京都市に対し,不当利得として,各2万7804円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月13日(ただし,被控訴人cにおいては,同月14日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の返還を求める限度で理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。

よって,原判決を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 高山浩平 裁判官 神山隆一)

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